〈君、少し落ち着きなさい。これじゃあ、君への朗報も伝えられない〉
第三者の声に、光宣は呆気にとられた。魔法を止めてしまう程だ。
そんな彼含め、皆が音の発生源を追う。
〈周胤、映像の準備は?〉
それは、周胤がいつのまにかに取り出していた円筒形の機械、真夜たち世代ですら懐かしさを感じるwebカメラ、360度カメラ・マイク・スピーカーを兼ね備えたそれから発せられていた。
周胤はその声の主から受けた指示を全うするように、自身の背後に有った、会場備え付けのスクリーンを下ろしている。
開かれたスクリーンに、周妃が自前で持ってきたプロジェクターで以って、映像を映し出す。
14歳程の、アジア人らしい特徴を持つ少女が、足を組んで座っている尊大な姿を。
しかし、プロジェクターもwebカメラも、電源コードが何処にも刺さっていない。これ見よがしに、丸く纏められたコードが各々の機械の傍にある。
〈……うん。映ったみたいだな〉
足を組み替えたり、伸びをしていたりした少女。彼女は自身の行動と映像が別でない事を確認し、佇まいを整えた。と言っても、足は組んで頬杖まで突いているが。
〈初めまして。九島家の方々、四葉家の方々。俺は
スクリーンの横に控えた周胤を、映像で指差す少女。彼女は
今俺が、必死に動かしているのだから。
これは、万が一にも俺と
ただ、俺としては大変だ。右手・左手にそれぞれコントローラーを持って、2キャラを同時に操っているような状態なのだ。正直、俺の方の動きが固くなっているので、俺が注目されている時には、露呈するのが怖くて使えたものではない。
澪がさりげなく俺の方に微笑みかけているのだが、本当に勘弁してほしい。
〈さて。九島光宣、君に朗報を伝えたい。俺は、君の病弱体質を治す事ができる。君の想い人が抱える魄の問題も、俺なら改善する事ができる〉
映し出されている
それを気にした様子は皆にない。少なくとも俺からはそう窺えない。
それ以上に、希望の光を見たような光宣の様子が目立ってしまったが故に。
「……治せるんですか。……桜井さんも、僕も」
〈断言しよう、可能だ。あくまで俺の感覚的なモノだが。五輪澪の症状も魄の問題により起こっていたモノだった。そういう意味では、君らの症例に対する施術は初めてではない。ま、施術例が少ない事には変わりないし、全く同じ症例という訳でもないから、100%手術が成功するとも言い切れないんだけど〉
「試してくださいっ、僕に!」
「……対価は?我々九島家に、何を求める」
光宣を制すでもなく、取引を拒絶するでもなく、対価次第といった態度を示したのは、真言だった。
「真言!」
「父上、これは千載一遇の好機です。我々の血族が、より魔法師としての完成に近付ける、何よりの」
「それでお前は我が子を差し出すと言うのか!我が孫を差し出させるのか!?」
「『差し出す』?異な事を言う。これは光宣のためでもありましょう。あの子の
「真言……!」
烈と真言が言い争う。両者のスタンスは真逆どころではない。そも、光宣に対する認識が違いすぎる。前者は守るべき孫だと、後者は直すべき欠陥品だと。これでは和解など、有り得るはずもない。
「お
光宣は、烈と言葉を交わす。
「光宣……。そうか……。私の愛は、お前にとって枷でしかなかったか……」
「決して枷なんかじゃありません。ただ、守られ続ける子供では、ありたくないんです」
「……そうか。……そうだな、……子供は、巣立つものだったな」
前に進もうとする光宣。そんな彼に相対して、烈は寂しそうであり、嬉しそうでもあった。自分の愛は、孫をちゃんと育めたのだと。
「父さん。対価は僕が払います。だからご心配なく」
光宣は次に真言へと言葉を投げつける。まさに、一方的な、突き放すようなモノだ。頭は冷えたが、怒りは冷めぬようだ。
「好きにしなさい。私は私の方で、彼女らと取引する」
突き放された真言の声音は、全く波打っていない。光宣に嫌われても、何の感傷もないようだ。
〈あー、失礼。残念ながら予定が混んでてね、すぐに手術とは行かないんだ〉
そんなシリアスな雰囲気に、
皆の目つきが胡乱になる。焦燥を露わにしているのは、光宣だけだ。
「そんなっ……!ここまで思わせぶりな事しておいて、それはないでしょう!?」
〈君の気持ちは分かってる、分かってるんだが……。こっちは新興組織として、やらなくちゃいけない事が山積みなんだ。契約内容を書面で送るし、後でその内容を詰める時間を設けるから、少し待っててくれ。ほら、家族と話し合うとか、考えを見つめなおすとか、そういう時間だと思って、な?〉
焦燥と不安をぶつける光宣。そんな彼に申し訳なさそうな様子で応対する
ここに居るほとんどの者(勇海も洋史も含めて)が困惑する。『こいつ、本当にマフィアのボスか?』と。
困惑していないのは、俺と周妃は当たり前として(もちろん困惑している演技はしているが)、焦燥にかられる光宣と、クスクスと笑っている澪くらいか。
「そんな時間は必要ありません!」
〈分かった、分かったから。……うーん、……3ヵ月はかかるかなぁ〉
「1ヵ月!」
〈無理!2ヶ月半!〉
「1ヵ月半!」
〈2ヵ月!頼む、これ以上は本当に無理なんだ!〉
「……言葉を違えないでくださいね。違えたら訴えますからね!」
待機期間の交渉で、
周り(勇海・洋史・周妃も含めて)は困惑を深めて遠い目をしている。
俺も遠い目をしている。これから2ヶ月でベゾブラゾフと『ディオーネー計画』推進派を片付けねばならない事に。
澪は腹抱えて笑っている。
〈……ゴホン。では。お忙しい中、お集まりいただきありがとう。君たちと良い関係を築ける、そんな未来を望んでいるよ?〉
そこで、俺が口を挿む。
「1つだけ、今訊きたい事がある」
〈……何かな?四葉十六夜〉
俺は、
「お前は『聖女』か」
その言葉に目を見開いたのは、
達也も聞かされているのは少し予想外だったが、なら、なおさらこの問答は彼らの思考を鈍らせるモノとして、大きな意味を持つだろう。
とかく、演劇を続ける。
〈……なるほど。成程成程!貴方が今代の『英雄』だったか!通りでだ!〉
正直に話すと、真顔はただの操作ミスである。でも、衝撃を受けたように見せられただろう。
〈我らが偉大な先達よ。敬意を以って、1つお答えしよう〉
不敵な笑みを浮かべ、
〈俺は人類を憎んでいない〉
『聖女』かどうか。それを置き去りにした答え。
それを聞いて、俺は眼の笑っていない微笑みを返す。またになるが、目が笑っていないのは操作ミスである。
「良かった。なら、後は日本を、四葉を巻き込まないでくれ」
〈承知した、『英雄』様。しかし、そちらで少し商売をする事は許してほしい。俺には望みがあるんだ〉
「俺からの返答は変わらないよ。こっちを巻き込まないでくれ」
〈了解了解。亡命ブローカーとか、人材派遣とかもしてるから、たまには御贔屓に〉
ネタ晴らしすると、俺の『付喪神』だが。
疑念が溢れる。皆の視線が俺に向く。澪はずっと笑顔だが。
「こちらの話は以上でございます。
周りの雰囲気を意に介さず、周胤は自分の用事を締める。
「それでは、失礼いたします」
持ち込みの道具を革製のトランクケースに収め、恭しく一礼してから、この会場から出て行った。
俺も倣うように、そそくさと外へと足を向ける。もちろん、それで逃げられる訳はないのだが。
「十六夜君」
烈が、小さな声量に反して大きな迫力のある声を、俺の背中へと叩きつけた。足を止めなければならないと、本能的に思わされる声だ。もしかしたら、精神干渉系をひっそり込めていたのかもしれない。普通に、魔法に依らないただの話術とも思えるが。
何にせよ、俺は振り向く。
「どうかしました?老師」
「『聖女』や『英雄』というのは、私たちには話せない事かね」
俺の白々しさを踏みにじるように、烈は核心に迫った。
『聖女』と『英雄』というのは、あまり他人に聞かせられない機密事項だ。それでもこの場で話を出さねばならなかったという事は、喫緊の問題という事だ。
烈からしてみれば、あからさまに逃げようとしている俺の様子から、そう察するには余りあるだろう。
「我々『四葉』でも、一部の人間にしかスポンサー様から聞かされていない、そんな危険分子。それが『聖女』だとご認識ください」
機密事項、かつ、喫緊の問題であるという烈の推測に、俺は正確な事実をぼかしながら丸を付けた。同時に、これ以上は踏み入るなと、警告もしている。
「
烈は
俺は思わず笑顔を浮かべる。
「『英雄』の方も聞かせてもらえんかね。君がそうだとなれば、私は興味が尽きんよ」
「神秘の継承者だと思っていただきたい。脈々と神秘を受け継ぐ者。それが『英雄』です」
烈から暗に、君に付きまとう、と言われたので、俺はこっちもぼかして事実を告げた。数世代に1人だけ『リライト能力』に目覚めるのだから、その表現は間違ってもいないだろう。
「……ふむ、難しいな」
顎に手を添える烈。さすがの老師も、この程度の情報では真相を窺い知れないようだ。出来たら怖いが。
「十六夜君。君が帯びる使命を測り知る事は難しい。だが、力を貸す事は難しくない。いつでも頼ってきなさい」
烈は、俺をそう優しく諭した。俺の警告を聞き入れ、自身から深入りする事は止めたのだろう。でも、そっちから巻き込んでくるのは違反にならないだろうと、穴を突いてきている。
まったく、食えない先人だ。
「機会がありましたら、手をお借りします」
俺は年輪を重ねたような老師に敬意を評し、その言質を渡した。必要だったら戦力に数えると、こちらも言質を取っているので、両者痛み分けと言ったところだ。
笑顔で口を結んだ烈を見納め、俺は止められていた足を動かす。
真夜も司波兄妹も、九島の3人にお辞儀してから、俺に続く。
そうして四葉一行は、先んじて周妃が開けていた門を潜り、この場を辞すのだった。
俺は、全ての追及を見事受け流した―――
「十六夜、聞かせなさい」
―――訳はない。
真夜は同じリムジンの中という、どう足掻いても逃げられない状況を作りこんでいた。丁寧にも、真夜、俺、司波兄妹のそれぞれが乗ってきた計3台のリムジンを2つ帰して、である。
その文章で分かる通り、司波兄妹も同乗だ。
「深雪に聞かせて良い話かい?」
「深雪さん?これから十六夜について、達也さんにも話してある事をお伝えします」
無駄な足掻きと分かっていたが、真夜によってものの数秒で打ち崩された。
そうして、真夜は深雪に伝える。
所有者自身の遺伝子を書き換える異能『リライト能力』の事。
『リライト能力』を持つ者が『英雄』と呼ばれる事。
それに対成す存在、記憶を継承する者たち、『聖女』の事。
俺が、『英雄』であり、『聖女』である事。
それらを伝えられた深雪は衝撃を受け、少しの間、開いて塞がらない口を両手で隠していた。
というか、俺も衝撃を受けている。
(達也にもそこまで共有してるのかよ……。ただ、『アウロラ』、生命力を使っている事は伏せてたな……。達也にもそれを伝えていないのか?いや、それより……。遺伝子を書き換えられるって、達也も知ってるのか。だが、俺に対する達也の態度を見る限り、『四葉十六夜』に『リライト能力』が芽生えたと受け取っているのか。……真夜も分かってるな。実の血縁者、疑似的な弟じゃないとバレたら、達也がどう出るか分からん)
達也に遺伝子を書き換えられる能力の所持を知られている、というのは致命的だが。達也が俺の事を『四葉十六夜』に成った誰かであると思い至っていないのは、まさに首の皮一枚だ。
後で隠していた事を謝って、応急処置をしよう。
そう思考し終えたところで、深雪が言葉を紡ぐ。
「十六夜、私にも聞かせて。どうして、貴方が『聖女』のはずなのに、他人を『聖女』であると疑ったの?」
深雪は、俺を真っすぐ見ていた。
俺はその思考能力に舌を巻く。よく、真夜から今さっき聞かされた話と、俺が
皆の視線が俺に向く。周妃は目を伏せているが。
四葉の3人が抱く疑問は、皆同じだったようだ。真夜も達也も、深雪と同じく、その矛盾点に気付いている。
そう。俺が『聖女』のはずなのに、
しかし、皆は勘違いしている。
俺は、俺自身が『聖女』だと認めた事は、一度だってない。
「……俺には分からないんだ、俺が本当に『聖女』なのか」
俺は静かに告げた。真夜と深雪は神妙な顔になる。達也だけ、目を見開いている。
達也の反応が他と違う事は気になるが、俺は話を続ける。
「『聖女』はその名称通り、女性にしか継承されない。東道閣下はそう言っていたね?それで、男である俺への継承は、隠していた切り札なんじゃないかって」
「……貴方からすれば、違うのね?」
真夜が俺が語ろうとしている懸念を察した。
「俺は、見せ札なんじゃないかと思ってる」
男である俺への継承は、切り札ではなく、そう偽った見せ札である。
俺は騙っていく。
「東道閣下の話を聞いていた限り、『聖女』の記憶継承は、一部だけという俺のケースは有り得ない。そう窺えた。最終的には判断を覆してくれたけど。今まで男に継承されるケースは存在しなかったから、何かしら、俗にいうバグが起こったのかもしれないって」
「でも、貴方はそう思っていないのね?貴方の記憶継承はバグではなく、誰かの故意だと」
真夜が言葉にしてくれた俺の結論に、俺は頷く。
「……俺という偽物を仕立て上げ、本物が息を潜めているかもしれない。俺は、それが怖いんだ」
俺は不安を顔に張り付けた。
そんな騙りを受け、真夜と司波兄妹は思考する。
「十六夜。お前はあの
達也は話を、
しかし、その答えは達也も分かっている事だろう。
「『聖女』本人ではない。ただ、繋がっているのは確かだ。俺が『英雄』である事を即座に見抜いたし、俺の事を『我らが偉大なる先達』と言っていた。最有力は、『英雄』か『聖女』、その先代のシンパ。次点で、今代『聖女』の息がかかった組織、だな」
「その可能性があるなら、探りたいわね……。取引すべきかしら」
「水波ちゃんを差し出すのですか!?」
探りを入れる方法に頭を回したのが真夜。その方法を水波の事を繋げてしまったのが深雪だ。深雪は、水波を得体のしれない相手に渡す事を忌避し、声を張っていた。
「相手の提示した取引をそのまま呑む必要はないでしょう。相手が望んでいるのは、魄治療の被検体。代わりを用意する事は、別に難しくないわ?」
「そもそもあの取引に乗る必要もない。亡命ブローカーや人材派遣もやっていると、奴は言っていた。そっちで取引した方が良いでしょう」
水波の代わりを用意するという真夜へ、達也は別案を提示した。代わりの犠牲者を用意するというのは、達也にとって、いや、深雪にとって本末転倒であると考えたのだろう。達也は深雪が罪悪感を抱かぬよう、犠牲者を出さないような方法を提示している訳だ。
「水波さんに治療を受けさせるのかについては、受けるだろう光宣さんの術後経過と、本人の意志も考慮に入れよう。……俺は、水波さんが受けたいと言うなら、受けさせるべきだと思うよ」
「健康被害が出なくても、俺は受けるべきではないと思う」
俺は相手の提示した取引そのままを、患者の意見次第で前向きに受ける意見を出したのだが、達也から否定が入った。
「十六夜。お前なら気付いたはずだろう。あの周胤と名乗った男は、パラサイト憑依者だ」
達也の断言。確たる証拠があるはずはないのだが、そう言い切られると、俺も言い逃れができない。
「……変質してるんだろうな。少なくとも、俺と同種ではない。でも、『付喪神』を使っていた辺り、同質だろう」
「やはり、あのカメラとプロジェクターは『付喪神』だったか」
「『付喪神』はパラサイトの力を使ったモノなの?」
俺の回答で納得している達也の横、疑問符を浮かべる深雪が居た。
そういえば、この場に居る中で、深雪だけには『付喪神』の詳細を教えていないと、思い当たる。
もう隠す事でもないだろうと、パラサイトの分離体を使っている云々を明かせば、深雪も話に追いついく。
「『付喪神』、パラサイト憑依者であれば使えてしまうモノなのね」
「同じ発想ができた人は少なそうだけどね」
深雪と俺で『付喪神』について話し終えたところで、達也が話を戻しにかかる。
「俺は、パラサイト憑依者モドキの治療なんて、受けさせたくない。最悪、水波をパラサイト憑依者にすると言い出すぞ」
達也の懸念はご尤もであり、深雪が青ざめるくらいには想像しやすい未来である。
俺は真相、というか舞台裏を知っているし、出来れば水波を治療したい。どうにか相手の取引を受けるように、皆の考えを持っていきたいところだ。
「いや、それはない。同じ治療を受けた澪さんがパラサイト憑依者になってないからな。ま、水波さんに別の施術をする可能性は、ないでもないが」
かと言って、怪しい奴の治療を全力で推奨するのは怪しすぎるので、あくまで達也の上げた懸念点を潰していくしかない。おまけに、俺も懸念点を上げて、推奨している雰囲気を中和しなくてはならない。
これは、俺の思惑は成就するのだろうか。
「深雪さんの
真夜は現当主としての強権を振るい、この話し合いを纏めに掛かった。意見の対立が明白だったから、その対立を深めたくなかったのだろう。達也や深雪が矛を収められるよう、水波にも配慮するという譲歩もしている。
「十六夜?貴方の恐れも分かります。だから、あの組織とは接触を続けます」
真夜は俺にも譲歩して、
どうやら、俺が取引に乗り気だったのは、
真夜が纏めた意見は、保留とも言えるようなそれだったが、今のところ達也にも俺にも不都合はない。
故に、俺も達也も、真夜に頷きを返すのだった。
閲覧、感謝します。
次回の更新は、8月25日の予定です。