2097年6月9日
面倒事を
今日くらいは休めるかと気を休めていたのだが、そうも行かないのが現実だ。
予定外の報告が、周妃からもたらされたのだ。
「……俺も耳が悪くなったかな?……なんか、USNAがまたバカをやったと聞こえたんだが」
「そういう感想が出てくる時点で、聴覚は、ついでに思考能力も正常でしょう。USNAがまたパラサイトを呼び出したのですから」
聞き間違いを期待したのだが、周妃は念押しに再度報告した。『USNAがまたパラサイトを呼び出した』と。大事な事なので脳内で反芻し、都合3度その事実を頭に入れる。
「……何をどうしてそうなったんだ?」
俺は怒りを通り越して困惑していた。USNAってそんなバカだったっけと、事実を受け入れ切れていない。
「詳しい経緯は分かりませんが、パラサイトを呼び出す場、マイクロブラックホール生成・蒸発実験の場には、あのレイモンド・クラークが居たようです」
「……レイモンドに唆されたって?……いや、ハッカーに唆されんなよ。……情報精査もできないのかよ、USNA軍は」
結果として、以前もパラサイトを呼び出したマイクロブラックホール生成・蒸発実験を実行したUSNA軍の一派(スターズ第三隊)と、その実験に立ち会ったレイモンドは、あえなくパラサイトに憑依されたらしい。
「……実験以降、まだ目立った動きはないんだよな?控えてたスターズ随一の
「そこまでは……。ただ、その人物の力量を鑑みるに、パラサイトの浸食を防げるとは思えません。出来て自身1人かと」
スターズ第三隊はパラサイトへの対抗策を用意していたが、周妃からすれば、対抗できるはずもないという話。
パラサイトを甘く見過ぎであるし、そもそも何のために呼び寄せたのか、意味が分からなすぎる。
「パラサイトの浸食は受けていると仮定して……。以前の失敗を踏まえ、密かに増殖するためか……?」
スターズ第三隊やレイモンドの思惑はともかくとして、その先を思考する。憑依したパラサイトは、どう動くつもりなのか。
パラサイト自体には、生殖本能しかない。生きる。そして増える。それだけだ。
吸血鬼事件、前回のパラサイト騒動も、言ってしまえばそれだけ。どうやったら自分たちは生存できるのか。どうやったら自分たちは増えられるのか。それを模索していただけにすぎない。
その過程に犠牲が出たのだが。パラサイトからしてみれば、自分たちが増えるため・生きるために人間を結果として殺してしまうのは、俺たち人間が肉を食うために動物を結果として殺している事と、なんら変わらないのだろう。酷い言い方をすれば、下等生物はいくら殺しても気にならない、という訳だ。
(パラサイトが人殺しを逡巡するとは思えない。だから、今回も人を襲うはずだ。まだ暴れていないのも、前回の失敗を踏まえてと考えれば、何らおかしくはない。ないんだが……)
自身で出した仮説に、違和感を覚える。
相手の目的は、本当に、密かに増殖する事だけなのだろうか。
「……ダメだな、判断材料が少なすぎる。……、周妃、とりあえずパラサイト憑依者の監視を続けてくれ」
結局仮説は崩せず、俺はただ違和感の原因を欲して指示を出した。最終結論は、相手の出方を見なければ出せそうにない。
「シリウスはどうしましょう。今回の憑依者はほとんどがスターズですから、憑依者が暴れた場合、高い確率で巻き込まれると思いますが」
「こちらが手を出すまでもない事を期待したいし、手助けしようがないんだが……。そうだな。俺の方から母上とバランス大佐に報告しておけば、どうにかしてくれるだろう」
「……万が一ですが。シリウスが自国に居られなくなったら?」
「……そんな事あるか?……いや、そうか。そういうルートか」
周妃の懸念を伝えられて、俺は得心が行った。
こういう感じでリーナは達也たちと合流するのか、と。
そう得心が行ったからこそ、俺は周妃に頼む。
「出来ればで構わないが、リーナを国外に逃がす準備をしておいてくれ」
「逃亡先は日本、ですね」
「そういう事」
俺と周妃は、不敵な笑みを浮かべ合った。持つべき部下は優秀なのに限る。こいつは正確には部下ではないけど。部下ムーブが板に付きすぎている気がするけど。
「準備は問題なく行えますが。周循を遣わす許可がいただきたく」
「国外逃亡させるなら、亡命幇助担当の周循が適任か……。しかしそうすると、USNAにまで
今にでも騒動が起きそうな状態だ。専門家を送って早く亡命幇助の準備を整えたい、そんな周妃の意見は理解できる。
でも、『
「
迷う俺に、周妃は具申してきた。こいつにとっては組織の拡大が孫呉再興に繋がるのだから、乗り気なのは当然なのだが。
情報網の拡大は、俺にとっても利益がある。今後、世界を相手にするかもしれない事を考えれば、情報収集能力は高ければ高い程良い。
それに、今以上に組織が成長すれば、各国への影響力すら得られるかもしれない。まぁ、影響力と言っても、望めるのはそれこそジードがやっていたような事くらいまでか。反魔法国際政治団体『ブランシュ』の支部を各国に置くように、俺が思考誘導できる集団を各国にばらまく、と言ったような。
「……仕方ないか、リーナは助けたいし。……、了解だ。周循に動いてもらおう」
とかく、俺はまず主目的、リーナの亡命を主眼に置き、その成功を高める事だけ考えて腹を決めた。
リーナという、敵とすれば厄介な戦力がこちらに引き込めるかもしれないのだ。最悪、亡命幇助失敗でリーナが死んでも、俺からしたら潜在的脅威が減るだけ。失敗があまりリスクにならないなら、ベットする価値はある。
「
「いや、命には代えるな。周循とリーナ、そのどちらかが死ななければならなくなった場合、リーナは見捨てて良い」
「……
俺が周循とリーナを天秤にかけたら、周妃が呆けるように目を見開いた。
いつも微笑みを絶やさない、絶やしたとしても演技であるこいつが、本気で呆けている。
「……何かおかしな事言ったか?リーナは引き込めれば、確かに戦力として最高の味方だ。でも、味方になるかどうかは未確定。日本で少し匿った後、普通にUSNAに帰るなんてのは有り得る話だ。それで恩は売れても、味方ではない」
四葉の食客になる。あるいは、ないと思うが日本に帰化する。それが、俺の定義するリーナの味方化だ。正直、そうなる可能性を俺は低く見積もっている。
原作ではもしかしたら、ここで多大な恩を売って、後で大亜連とかと日本の正面衝突時に味方してくれるよう脅す、という流れなのかもしれない。
でもそれは、結局恩の貸し借りであって、完全に味方になった訳ではない。『国家に真の友人はいない』とは、誰の言葉だったか。
「それに対して、周。お前は、少なくともまだ俺を切り捨てる段階ではない。お前にとって、まだ利用価値はあるはずだ。その利用価値がある限り、お前は俺に協力する」
俺と周の間に国防という要素はなく、どちらも各々の大願成就を目指す、ビジネスパートナーだ。利用価値がある限り、相手を進んで助ける事も、ままある。周はかなりの頻度で、というかほぼいつも手を貸してくれるし。まぁこれも、俺が『超人』や『魔物』の研究に必要だからだろうが。
『魔物』の方は
そう。『超人』の方は、俺が『
と言っても、その方法で『超人』にした手駒はまだ1人(千葉寿和、澪、防衛大臣の娘は手駒ではないのでカウントしていない)、ジロー・マーシャルしかいないのだが。周がなかなかさせてくれないのだ。
とかく。俺にとっての周も、周にとっての俺も、まだ役に立つ駒なのだ。役に立つかも分からない駒とは、味方になるか分からないリーナとは、比べられない価値がある。
「……」
そんな俺の考えを聞いて、周妃は凄く微妙な顔になっていた。強いて表現するなら、「マジかコイツ」という感じの顔である。
「……何だよ」
「いえ、まぁ……。どのような人生を歩んできたら、そんな鈍感になれるのかと」
「俺が鈍感?」
何をどう受け取って微妙な顔をしているのかと思えば、まさかの評価に俺は面食らった。
「『鈍感』以外で評するなら、『朴念仁』でしょうか」
「何を言いたいのかは分かったが、何を言ってるのかはまるで分からん」
他人からの恋慕に鈍いと言っている事は分かったが、何故そういう結論になったのか。理解できないし釈然としない。
「私はこんなに愛しているのに、全然分かってくれないからですよ。私はそれこそ、抱かれても良いくらいなのに。……良ければどうですか?一晩」
「誰が中身男なんて抱くんだよ。それに、お前は俺の遺伝子目当てだろ」
メイド服の胸元を開けて間近に迫ってくる周妃を、俺は物理的に押し退けた。
いくら誘惑されたって、中身が男と知れているのだから、気持ち悪さしか感じない。
「心外ですね。女とし生きた経験はそこそこありますよ?」
「俺はお前を女として見てきた連中に同情するよ」
こいつの事だ、絶対に己の女体を利用してきている。そうして、中身が男と知らずに抱いてしまった奴らは、きっと多い事だろう。
『知らぬが仏』とはこの事である。せめて祈ってやるべき事は、そのまま男と知らずに死ねている事か。抱いた後に中身が男であると知った、なんて事があったら、俺はそいつを想って泣ける自信がある。
「ふふっ……」
「……今どうして笑ったん?」
本当に微笑ましいモノを見たような周妃に、俺は不気味さすら覚えていた。今、何処が笑えたのだろうか、と。
「失礼をお許しください、
「人のツッコむ姿を『素顔』と言うか、お前は」
「等身大と、言い換えても良いですよ?本当の貴方はきっと、友人と馬鹿をやって笑い合うような、そんな純朴な人だ」
周妃のその穏やかな微笑は、まるで母のようだった。
我が子の幸せを願うような、母の顔だった。
それは、俺にとって、酷く罪悪感を覚えさせる。
報いる事の出来なかった母を、思い出してしまうから。
「……そんな生き方が、許されるはずがない」
だから俺は、俺の罪悪感が口から絞りだされた。
そうだ、許されるはずがない。親不孝者だった俺が、そんな幸せに生きて良いはずがない。報いを受けなければならない。罪を償わねばならない。
そうしなければ、俺は俺を許せない。
「……失礼しました、
謝る周妃は、酷く悲しげだった。大切な人を、不意に傷付けてしまったような。
「……ああ。……仕事に戻れ。俺も、真夜に連絡を入れなくちゃいけない」
そんな周妃にどう応対すれば良いのか悩んだ末、俺はただ、周妃を追い出す。
周妃は何も言わず、一礼してから書斎を退室する。
静かになった部屋で、俺は眉間を抑える。
(最近、感情が制御できなくなっているような……)
素顔がよく出る、と言うか、感情的になりやすくなった事を、俺は自覚していた。
(……いや、振り回される事が多くなっただけだ)
少し思い返す、感情的になった事。
レイモンドに怒鳴ったのは、あれはあいつが俺の地雷すぎただけだ。しかも、自分でも気付いていない地雷だった。
『自分でも気付いていない地雷』に関しては、前もあった気がする。真由美をすっぱりフってやった方が良いと、摩利に助言された時だったか。
(……嫌われるのは、地雷になるレベルで嫌、なんだよな。前者は親に嫌われる観点で、後者は知人に嫌われる観点で)
自己分析は終えている部分だ。
俺は、人に嫌われたくない。
「……改善のしようがないな」
死んでも治らなかった馬鹿な部分だ。どうしようもないと、それについては諦める。
(澪や周妃に振り回されて素でツッコんでしまうのは、完全に条件反射なんだが。2年前はどうだったかな……。振り回してくる奴が居なかったのもあるが、そういう事をする精神的な余裕がなかった気がする)
『魔法科高校の劣等生』が始まるという2年前。原作には過去編もあるから、何処を物語の始まりとするかは意見が分かれるだろうが。少なくとも、原作で描かれた最初のシーンは、司波兄妹が第一高に入学するシーンだ。転生者である俺は、その場面に立ち会った瞬間が物語の始まりであると、強く感じられた。知っている面倒事が押し寄せてくる事に頭が痛くもあったし。
そう。知っている面倒事、降りかかる既知の未来に対処せねばと、先の事で頭がいっぱいだったのだ。
おかげで、俺はずっと気負う事が出来たのだろう。『四葉十六夜』を演じ続けねばならないと、脅迫観念を持っていられたのだろう。
だが、最近はそんな状況が変わってきているような気がする。
(
大分前から『四葉十六夜』ではない時があったが、それが増えてきた。『四葉十六夜』でなくても、周りに受け入れられる時が増えてきたのだ。
それはつまり―――
(―――違う。甘えるな。『
緩んでいた気を、俺は引き締めた。
やり遂げると誓ったのだ。罪を償うと決めたのだ。
『
もうすぐでゴールなのだ。『魔法科高校の劣等生』は、司波達也の高校3年間を描く物語のはずなのだ。
ここまで来て、ここで躓いたら、今までの努力が水の泡となる。
(……『もうすぐでゴール』、それもあるか)
ゴールが近い事の喜び。もうすぐゴールだと舞い上がっている部分が、俺の中にあるのだろう。ようやく終わるという気の緩み。やっと終われるという、希望。
そして、絶対に勝ち逃げできるという安心感。
(間違っても俺は、高校生編以降は付き合えない)
仮にもし、『魔法科高校の劣等生』に続編が出るとしても、そこに自分は絶対居ない。
(『アウロラ』が、寿命が足りない)
『リライト能力』を使いすぎた。使う場面は限定してきたつもりだが、そういう場面に限って使う寿命の量が多かった。
だから、もう残り少ない。
(『ポイント・オブ・ノーリターン』、ごくわずかの残量を認識する、というところまでは行ってないが。まぁ、どう足掻いても大学生編なんて乗り切れないだろう)
今の残量でも、20歳まで生きられたら御の字。
俺は、そんな予感がしている。
だから、どうなろうが勝ち逃げだ。
原作主人公の大事な3年間を支え切って、母親役に子供たちの尊さを説き切って、晩節を汚す事無くエンディング。
これ程素晴らしいハッピーエンドがあるだろうか。
それ以上のエンディングが、俺に望めるとは思えない。それ以上のエンディングを俺が臨めるなんて、思わない。
(しかし。俺が死んだ後の真夜、雫、真由美だよなぁ……。絶対ヤバいだろ)
その上記3人には大きな心の傷を残す。それくらいは俺でも予想できる。
(いっそ抱くか?全員。子供でも仕込めば、て、それは下世話すぎるか。……やっぱり、下手に手を出さず、一時の思い出程度に留めて貰うのが最善か)
引きずらせないように、何も残さない。何だったら、俺の私物を全部始末するか、とまで考える。周にでも頼んでおこう、俺が死んだら俺の私物を全部燃やせと。
(さてと。終活はここで区切ろう。しなくちゃいけない仕事がある)
USNAがまたパラサイトを呼び出した事を、真夜に伝えなければならない。
しかし、そこで思い至る。
(電話で伝えようものなら、レイモンドに捕捉されるな……)
電子ネットワークの情報をリアルタイムで覗き見るツール、フリズスキャルヴ。それが邪魔になる。
フリズスキャルヴのオペレーターであるレイモンドに、今しようとしていた電話を盗聴されたら、レイモンドたちパラサイト憑依者は今すぐに動き出すだろう。こっちの対策準備時間がなくなる、という事だ。
しかし、知られたくない一心で文通などしていれば、それこそタイムアウト、レイモンドたちが先に動き出す。
(周循がリーナ亡命幇助の準備が済んだところで共有。それが最善か?)
最善策を考える。優先順位を考える。
亡命幇助において、優先すべきは未然に防ぐ事ではない。リーナをこちらに引き込む事だ。言ってしまえば、リーナを亡命させられるのであれば、USNAでどれ程パラサイトが暴れようが、こっちは知ったこっちゃないのである。
むしろ、パラサイト憑依者を暴れさせた方がこちらは得まである。リーナのUSNAに対する不信感が煽れるかもしれないからだ。
(USNAに伝えるのは遅くなって良いな。じゃあとりあえず、真夜にだけ手紙でも出すか)
郵送役を四葉家に寄越すよう連絡を入れる事も考えつつ、俺は文書を書こうと、スタンドアローンにしてある端末を立ち上げようとする。
そこで、携帯端末が震える。表示されている名前は、『四葉真夜』だった。
俺は立ち上げる端末を、ヴィジホン端末に切り替える。
そうして映し出されるのが、真夜、そしてヴァージニア・バランスだ。
「母上、ミス・バランス。何か重大事件ですか?」
パラサイト再出現をその両者が知るのは、早すぎると思った。
それ以外の重要情報である可能性が高い。
それも、ヴァージニア・バランスが俺に共有するレベルのモノ。
〈率直に情報共有しよう、ミスター・ヨツバ。エドワード・クラークが行方をくらませた〉
バランスから伝えられた望外の吉報に、俺は笑みを禁じえなかった。
閲覧、感謝します。
次回の更新は、9月8日の予定です。