魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百四十一話 完全無犯罪

2097年6月13日

 

 木曜日。時間は午前、学校的に言えば昼休憩の約2時間前。絶賛授業中であるが、俺は相変わらず保健室登校だ。皆の注目を集める、大勢から活性化プシオンを浴びせられる状況はまだ続いており、教室に入れば1時間とせず体調を崩す日々だ。この保健室登校自体が俺に遭遇率低のレアキャラ属性を付与して、そのせいで皆の関心が高いまま静まらない原因になっている気がする。

 しかし、だからと言って無理を押せば、結局体調崩した様子を曝してさらに注目を集めるという、割とどうしようもない悪循環に嵌まっている。

 保健室で座学を受け、運動系は教師陣から顔パスされ、魔法実技は課題だけクリアしてさっさと引っ込んでいるので、授業単位は問題ない。どれもしっかり好成績を収めているから、百山校長もたまに様子を見に来ても苦言は呈さず、保健室登校の長期化を許してくれている。百山校長からは大体懐疑と呆れが混ざった視線を投げかけられるが。学校の長となれば、俺が不正に休んでいないか確認せねばならないので、俺は校長のその態度を仕方ないと受け入れている。普通に申し訳なく思ってはいるし。

 

 閑話休題。

 

 俺は保健室備え付けの端末で授業を受けながら、別の事にも頭を回していた。

 

(結局、スターズは事前にパラサイトを捕らえる事は出来なかったんだよな……)

 

 周妃から、その後にバランスからもされた報告。

 一昨日起こった、スターズ内に居るパラサイト憑依者の暴動。

 バランスは定期健診に紛れてパラサイト憑依者かどうかを調べようとしていたのだが、些細な違和感に、パラサイト憑依者たちが気付いてしまったらしい。憑依されてしまったとはいえ、伊達にスターズ所属のUSNA軍人ではなかった、という訳だ。

 

(暴れられた時の事にも備えていたが、全てを無傷の捕縛とはいかなかったと。相手にバレないようにするため、外部から連れてくる妖魔専門家を少数にしたのが、徒になったな……)

 

 機密性を保持するため、少数での作戦遂行。通常の作戦行動だったら、正常な判断と言える。同時に、準備時間が少なかったとなれば、やはり数を揃えるのは間に合わない。

 結果、バランスたちはパラサイト憑依者を何人か殺してしまった。

 しかし、ここで異常事態に陥る。

 

(解放されたパラサイトが誰に憑依したか分からない、か……。厄介さに拍車が掛かってるな)

 

 憑依者を殺しても、パラサイト自体は死なない。次の憑依者を探すだけ、のはずなのだ。

 それなのに、その新たに憑依された者たちを、バランスたちは見つけられていない。もちろん、専門家の手を借りても、だ。

 パラサイト憑依者をやむなく手に掛けたリーナも、専門家の検査に引っかからない。リーナ自体は憑依されていないとバランスたちは判断し、不幸中の幸いに小さくも安堵したようだ。

 ただ、予断を許さない事には変わりない。パラサイトがフリーになっており、次の憑依対象を探して彷徨っている最中、というのも想像できる。

 

(それで、結局リーナを四葉家へ預ける事にしたんだよな、あの大佐は)

 

 リーナが憑依される可能性。それは無視できない。

 故に、パラサイト自体に対処できる者たち、精神干渉系使いの巣窟である(と、少なくともバランスたちは判断しているのだろう)四葉家にリーナを一時保護してもらう。バランスは、そう決断したのだ。

 

(それを受けて、俺たち四葉家も念のためにパラサイト対策をしている、と)

 

 精神干渉系使いの巣窟とはいえ(四葉家自体がそれを認めた事実はないが)、パラサイト自体に対処できる者たちはほとんどいない。

 だから、四葉家は備える事にした。

 まず、幹比古と八雲に声を掛けた。

 幹比古は俺が頼んだら即快諾。『十六夜の役にちゃんと立てそうで良かった』なんて、何故だか喜んでいた。

 八雲は達也が相談に行き、日本内でパラサイト発生の兆候が見られたら即応すると、承諾してくれた。『妖魔退治は僕らの仕事だからね』と、得意げだったそうだ。

 それと、その2人の助力を受けて、達也が対パラサイトの魔法を練習中。スピリチュアル・ビーイングを封じ込める密閉容器をサイオンで作るという、割ととんでもない発想の魔法を達也は編み出そうとしている。八雲にその未完成品を見せたら、完成すればパラサイトにも有効だと評価をもらったとの事。ちなみに八雲曰く、達也のその魔法は古式の『封玉(ふうぎょく)』に近いモノらしい。『封玉』自体の詳細は聞けなかったと、達也が言っていた。

 そうして、その『封玉』モドキを完成させるべく、幹比古の手を借りて練習している達也である。

 

(達也の対策は間に合うのか怪しいな。確か、リーナが日本に着くのは2日後、だったはず)

 

 USNA軍スターズ総隊長であるリーナの出国を上に納得させ、それから他国に移動経路を悟らせない道を辿って、四葉家の下に辿り着くのは2日後。

 移動経路については、亡命ブローカーたる周が事前に準備を始めていたモノだから、安心安全の道が早めに準備できたはずだ。

 なのに、逃走に一昨日の暴動発生から2日後まで時間を掛けてしまうのは、上への説得が主な原因だろう。

 バランスは大佐だが、あくまで大佐だ。佐官の身分で国家の最大戦力を国外に出すとなれば、説得しなければいけない上官は何人になる事か。俺は同情の念を禁じえない。同時に、それをやってのけたのだから、バランスの辣腕に感嘆してしまう。

 

(というか、通常それだけ時間の掛かる事が、俺や達也の打倒には即決なレベルで駆り出されてたのか……。いや、その時にどれだけ議論時間を要したのかは知らないが……)

 

 リーナが留学生に扮して達也を偵察しに来た時やジード捕縛を邪魔してきた時の事を思い返し、USNAがどれだけ達也や俺を危険視していたか、俺は思い知る事となった。

 今は一部ではあるもののUSNAと和解できているから、深く考えずにおこう。

 

(とにかく、だな。パラサイト駆除が後に控えている事を鑑みると、やはりベゾブラゾフはさっさと片付けておきたい)

 

 予定は込々だ。

 だから俺は積もった予定を少しでも少なくするために、強行突破する事を決心する。

 

(周、聞こえてるか?)

 

(問題なく聞こえております)

 

 俺は既に周が繋いでくれていたテレパシーで以って連絡する。返事をしてくれたのは、用事があった周胤だ。

 

(計画の進捗は?(ティエン)はベゾブラゾフの傍に配置できてるか?)

 

(順調です。ベゾブラゾフは現在新シベリア鉄道で移動中。貨物列車に偽装するため、実際に貨物も運ぶという事で、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)はそこに紛れ込ませています。仮死状態で保存できるのは便利ですね。大亜へ返還する遺体とすれば、積み荷を改める人はいないでしょう。改めたらうっかり、死体に偽装された亡命途中の方を見つけてしまった、なんて面倒に巻き込まれたい人は居ませんから)

 

 死体に偽装して亡命させるのは日常茶飯事という、亡命ブローカーの日常。

 それに、もし仮に(ティエン)が見つかったとして、仮死状態。その手の医療機器でも使わん限り、生きている人間だと気付かれるはずはない。強いて疑われる点は、その死体がアジア人という点だけだろう。大亜連に返還する遺体と偽っているようなので、結局疑問はそこ止まりだろうが。

 

 計画は完璧で、順調に進んでいる。その事実に、俺は頬が緩みそうになる。

 『トゥマーン・ボンバ』発動地点までの移動に鉄道を使っているベゾブラゾフ。そこに相乗りできている(ティエン)(ティエン)は大亜に返還する遺体と偽装されているし、終点まで付いていく事は事前に調査済みだ。

 故に、ベゾブラゾフが鉄道で何処に移動しようと、俺の術中からは逃れられない。

 

大人(ターレン)、鉄道が減速しています。これは……、いや、今回はウスリースク郊外で行うつもりなのか……)

 

 周胤は予定外の動きを捉えたようだが、どうやらこちらの事が露呈したとか、障害となる急な予定変更があった訳ではないようだ。

 

(前回はウラジオストク郊外でしたが、そこに監視が張られていると考えましたか。(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)を同乗させていて良かった。危うく、大人(ターレン)の作戦を失敗に追い込むところでしたよ)

 

 文面では焦っているかのようだが、その声音は相手を嘲笑っているそれ。周胤は自身の策が上手く行っている事に喜んでいるようだ。

 

(ベゾブラゾフは『トゥマーン・ボンバ』発動準備に入るところか?そろそろ意識を(ティエン)に移しとくか)

 

 作戦は余裕を持って行いたい。(ティエン)の仮死状態を解かなければ行けない点から、意識を移すのはベゾブラゾフが動きを止めてからにするのがベストだが、作戦内容的には時間との勝負な面もあるため、ある程度事前に動いておきたいのだ。

 

(畏まりました、大人(ターレン)。最悪失敗しても、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)の逃走と敵CADの破壊はどうとでもします)

 

(頼りにしてるぞ、周胤)

 

 周胤から許可が降りたので、俺は保健室のベッドで眠りに就く。

 そうして、意識を(ティエン)の方へ。

 

 

 

 視界は真っ暗。運ぶ遺体として箱に保管されているのだから仕方ない。

 なので、作戦どおり、俺は(ティエン)の体で地面を薄く広く依り代にする『付喪神』・『太極図(タイチィトウ)』を行使する。ベゾブラゾフと『イグローク』を捕捉すべく、範囲を広げていく。

 

(……こいつらか)

 

 一際プシオンが感じ取りづらい存在たち・計5体を、俺は捕捉した。

 おそらく、それらが『イグローク』だ。『イグローク』は自意識がないという事前情報と、このプシオンの感じ取れなさは合致している。

 

(で、こっちがベゾブラゾフか?)

 

 他と比べてプシオンの放出が多く、またその放出が淀みない個体を捕捉した。

 内に激情を秘めている、という感じか。特殊性もある事から、おそらくベゾブラゾフだと思われる。

 確定ではないので、動きを正確に把握しようと努める。

 まぁ、今作戦は『イグローク』の方が要であり、『イグローク』の方が作戦どおり行けば、ベゾブラゾフの処分は叶うだろう。

 

大人(ターレン)、いえ、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)

 

(一々フルネームは長い。テレパシーの時は『大人(ターレン)』にしろ)

 

(失礼しました、大人(ターレン)。列車が完全に停車した事を報告します)

 

 俺からの苦言に気分を害したりはせず、周胤は状況報告をした。

 周胤は今、オオタカを依り代にした『付喪神』で、この列車を見張っている。

 オオタカの『付喪神』越しに列車の停車を奴が確認したなら、動く頃合いだ。

 

 俺は、2体の『イグローク』が横にされたまま運ばれ、何処かに安置されたのを感じ取る。詳細を知るべくその周辺一帯まで『太極図(タイチィトウ)』を伸ばせば、まるで戦車砲塔に対する砲弾のように、大きな機械に『イグローク』2体が装填されていると分かった。

 

(今回『トゥマーン・ボンバ』発動に使うのはその2体、後3体は予備か。用意が良いが、それがお前たちの首を絞めるぞ)

 

 ベゾブラゾフ本体の処分を狙うなら、装填された2体を先に狙うべきだが、俺はその2体への接触が何かしら感知される事を懸念し、まず予備3体へ接触する事に決めた。

 

 そうして俺は、予備3体の『イグローク』に『太極図(タイチィトウ)』で接触。それから、その3体に『付喪神』を行使する。

 

(……成功か。……プシオンの希薄さから出来るとは思ってたが。……大分人間性を削がれてるな)

 

 『付喪神』はパラサイトの性質を使っているため、プシオンを備えた生物には適応できない、拒絶されてしまう。

 『イグローク』がパラサイト憑依者になるでもなく、『付喪神』となってしまったのは、それは、もはや『イグローク』が死者も同然だった事を意味している。ある種、植物人間のようなものか。

 しかも、『付喪神』となったから把握できたが、この『イグローク』、どうやら無菌室から出られないレベルで虚弱なようだ。ほぼホルマリン漬け状態で保管されているが、そういう訳があったようだ。

 

 哀れに思ったりはしていない。ただ、ここまで生物として欠陥があると、一工程加える必要がある。

 「やはり、予備であるこちらから接触して良かった」と、俺はその一工程を加えに掛かった。

 

 その一工程とは、『リライト能力』だ。

 3体の『イグローク』、その欠陥部分を全て書き換える。消費する生命力(アウロラ)は、『イグローク』たちに払わせた。大事に保管されていたのもあって、生命力(アウロラ)だけは有り余っていたようである。

 

(周胤、『イグローク』、装填されてるのじゃなくて予備の方3体を確保した。2体のコントロールを任せたい)

 

(かしこまりましたが、10秒だけお待ちを。……予備という事は『トゥマーン・ボンバ』用のCADから離れておりますか?)

 

 人型3体の操作なんて俺では処理できないので、2体を周胤に。周胤はオオタカの『付喪神』から改めて『太極図(タイチィトウ)』を広げる必要があるので、10秒のタイムラグが発生する。その10秒も無駄にすまいと、周胤は状況確認をしてきた。

 

(CADから後方2両目だ。俺は1体で速攻する。攪乱と後詰を頼む)

 

(了解です)

 

 周胤の返答を聞くや否や、『イグローク』1体を動かし、『イグローク』の魔法を、小規模な『トゥマーン・ボンバ』を行使、『イグローク』3体を保管していたガラス製の円筒を破壊する。

 使う魔法に『トゥマーン・ボンバ』を選んだのは、『イグローク』がCADなしで発動できる魔法がそれだけだった事、視界越しに俺の魔法を使うよりそうした方が早かった事に起因する。『イグローク』は完全に『トゥマーン・ボンバ』用に調整されている、という訳か。

 

 急に『イグローク』を保管していた容器が割れた事に、その車両に詰めていた者たち(普通に新ソ連の軍人)は動揺しながらも小銃やら拳銃形CADやらを構える。

 しかし、想定外の事態に判断が鈍っているあちらと、想定どおりに排除しに来たこちら。躊躇の差が勝敗を分ける。

 そこに居た者たちは、あえなく小規模『トゥマーン・ボンバ』で肉片を散らした。

 

 俺はそのままの勢いで直進。ベゾブラゾフの意識をこちらに割かせる目的も兼ね、派手に壁も敵も爆破していく。

 

 そうして、ベゾブラゾフまでの障害を全て取り除き、その男と『イグローク』の『付喪神』が相対する。

 ベゾブラゾフはあからさまに目を瞠っていた。この状況に理解は追いついていないだろう。

 その隙を逃さず、小規模『トゥマーン・ボンバ』で、ベゾブラゾフの殺傷を狙う。

 

(これで届けばっ)

 

 勝ちは目前、かに思えた。

 だが、ベゾブラゾフは咄嗟に『領域干渉』を展開。干渉力で負ける『イグローク』では、その領域内で魔法は使えない。

 ベゾブラゾフが別の魔法を使って干渉力が下がるのを願ったが、抜け目なかった。ベゾブラゾフは自動拳銃で射撃。少しブレのある拳銃裁きだったが、放たれた10発中4発が『イグローク』の足を穿つ。

 これで、その『イグローク』は歩くのもままならない。

 そんな『イグローク』に対して、ベゾブラゾフはちゃんとマガジンを取り替えてから、銃口を向けてゆっくり近づいてきた。

 乱れた呼吸、幾筋も流れる冷や汗。ベゾブラゾフはへたり込む『イグローク』の1メートル手前まで近づき、しっかり脳天に照準を合わせてから、ようやくトリガーを引いた。

 そうして体を力なく地面に投げ出した『イグローク』に、残りの弾を見舞う。頭と胸を重点的に撃っていたのは、万が一のないように徹底的に相手を殺すという兵隊知識が、頭の隅にあったからか。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……。何が、どうなってる……」

 

 後部車両で断続的に続く爆発。それが小規模『トゥマーン・ボンバ』によるものだと、ベゾブラゾフは気付いているのだろう。

 だから、息を整えるのが精一杯で、未だに立ち尽くしている。

 足元の『イグローク』が、彼が殺したと思い込んでいるそれが、肉爆ぜた軍人が投げ出した小銃へ手を伸ばしている事に気付かない。

 故に、ベゾブラゾフは腹を撃たれる。

 

「ガッ……グッ……」

 

 ベゾブラゾフは咄嗟に腕輪刑汎用型CADを操作しようとしたが、銃弾で以ってその機器を破壊した。そのCADを装着していた手首も銃弾の餌食となったが、致命傷には至らない。

 無力化したいが、後もうちょっと生きていて貰わないと、こちらも困る。

 

「グゥ……ウゥ……。死体を、操っての、テロ……?」

 

 汎用型CADを破壊され、痛みで魔法発動のための集中もできないベゾブラゾフだが、頭と胸にいくつも弾痕がある死体モドキの『イグローク』を見上げ、どうにか事態把握に頭を回していた。

 答えてやる義理はないので、俺は無視するが。

 

 後部車両から響いていた爆発音は止んでいる。

 脳が破壊、つまりは魔法演算領域も破壊されている今の『イグローク』を捨てて、俺は(ティエン)に意識を移す。

 

「お目覚めですか、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)

 

 (ティエン)の目を開ければ、丁度、周胤の操る『イグローク』が(ティエン)を収めた箱の蓋を開けたところだった。

 

「『イグローク』を1体やられた。そっちは?」

 

「2体とも損傷ありません。残敵掃討も終わったところです。しかし、『トゥマーン・ボンバ』しか使えないので、列車に大きなダメージを与えてしまいました」

 

「さすがにこの列車全てを鹵獲するつもりはない。『トゥマーン・ボンバ』用のCADさえ手に入れば良いさ」

 

 (ティエン)を箱から出させ、歩かせる。

 そうして、ベゾブラゾフの元へと戻った。先程は『イグローク』の体で今度は(ティエン)の体だから、『戻る』という表現が正しいかは分からないが。

 

 2体の『イグローク』、周胤が操るそれらを連れて、ベゾブラゾフの目の前へ。

 ベゾブラゾフ。銃弾に見舞われた腕を心許なくもハンカチできつく締めて血流を抑え、残った手で撃たれた腹部を押さえ、脂汗を流し続ける彼。

 彼は、(ティエン)を見て、唖然としていた。この事態の首謀者であると察しつつも、それが14歳程のアジア人女性である事に、頭がパンクしてしまったのかもしれない。

 

 俺はそんな彼を横目に、『トゥマーン・ボンバ』用のCADに『付喪神』を掛け、装填されている『イグローク』2体を排出させる。

 それからその2体も『付喪神』、『リライト能力』で改善、それぞれ小規模『トゥマーン・ボンバ』を行使させてガラス製の円筒から自由にする。

 

「ハァ……アァ……!助け、助けてくれ……!何でもする……!」

 

 現実をまだ受け止めきれない様子のベゾブラゾフだが、『イグローク』4体と(ティエン)に囲まれたこの現状で、己の死が目前にまで迫ってきている事を察したのだろう。

 大の大人が涙を流し、震えた声で命乞いをしてきた。

 

「……今お前が連絡できる中で、この国で一番偉い人物に電話を掛けろ」

 

 (ティエン)で冷たく睨みつつ、そう吐き捨てれば、ベゾブラゾフは血で汚れるのも構わず携帯端末を取り出す。

 血が邪魔なためか、指紋認証が誤作動しているのに焦れながら手と端末についた血を服で拭う。しかし、手が痛みや恐怖で震えているため上手く端末を操作できず、音声操作へと切り替えて指示の声を荒げていた。荒げなければ、声も震えて正常に認識しないと言わんばかりだ。

 そうして、携帯端末は誰かへと繋がる。

 

〈ベゾブラゾフ君っ、何があった!列車が何者かに襲われていると―――〉

 

「掛けたっ、掛けたぞ!私を助けろ!!」

 

 通話相手の言葉を無視して、ベゾブラゾフはこちらに端末を掲げた。

 その端末には、新ソ連のトップ、現・連邦政府首相の名前が表示されている。

 これで、ベゾブラゾフは用済みだ。

 

「な、何を……―――」

 

 銃声が響く。1発の弾丸は、ベゾブラゾフの脳天を射貫いた。

 念のためと仕返しを兼ねて、(ティエン)の手で頭と胸に2発ずつ銃弾を加えておく。

 

〈ベゾブラゾフ君っ!イーゴリっ、返事をしろ!〉

 

 新ソ連首相の声が鳴る端末を、俺が操る『イグローク』に拾わせる。

 以降の区別のため、予備の3体を順にA・B・C、装填されていたのをD・Eとしようか。そうすると、魔法演算領域も破壊されている『イグローク』がA、今端末を拾わせたのがEだ。

 

allO(もしもし)、新ソ連首相さん?」

 

〈……状況と、要求を訊きたい〉

 

 『イグローク』Eで通話しているが、新ソ連首相は「誰だ」などと悠長な問答は挿まなかった。『イグローク』だと特定できてはいないが、列車を襲った犯人とは推測できているのだろう。

 

「ベゾブラゾフと乗っている軍人たちは全員殺した。ああ、『イグローク』は5体中4体無事だよ?ほんとは全部欲しかったけど、1つ破損させてしまった。まぁ、ベゾブラゾフ相手だから、いくつか破損してしまうのは覚悟していたけど」

 

〈……要求は、『イグローク』の譲渡、という事かい?〉

 

「値切り過ぎだ、首相。『トゥマーン・ボンバ』は今こっちの手中にあるんだ。今すぐ首相官邸を爆破してやっても、こっちは構わないんだよ?」

 

 首相は一縷の望みでこちらの要求を軽く見積もってきたのだろうが、甘く見られないためにも、こっちが何を手にしたかをはっきり突き付けてやった。

 ただ、こんな脅しだけでは、ただやり返されるだけだろう。新ソ連が抱える十三使徒はもう1人居るし、隠している戦略級魔法師が何人いるかは未知数なのだ。今すぐここら一帯を消し去る事は、決して不可能ではないだろう。

 

「失礼、首相。こっちもただ脅してふんだくろうというつもりはない。むしろ、新ソ連とは仲良くなりたいんだ。だから、こっちが調整しなおした『イグローク』、2体の返還は約束しよう。ベゾブラゾフと違って従順な子に調整してあげるからさ」

 

 首相の固唾を呑んだ音が、端末越しに聞こえる。

 脅迫するだけが脳の木端な犯罪者とは違うと、あっちも分かってくれたようだ。

 

「だからさ。話をしよう、首相。直接会って、さ」

 

 ノイズキャンセリングが効いている通話で、何処か誘惑的なその言葉ははっきりと相手に届いただろう。

 

〈……分かった。迎えを寄越そう〉

 

 だからこそ、新ソ連首相はその誘いに乗ってくるのだった。




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 次回の更新は、10月13日の予定です。
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