2097年6月14日
〈昨日、新ソビエト連邦ウスリースク郊外で新ソビエト連邦軍の派閥間抗争が起こり、その火中に十三使徒、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ氏が亡くなられたと、新ソビエト連邦政府より発表されました〉
テレビニュースで公表されたその情報に、日本は当然、世界各国も騒いだ事だろう。
亡くなったベゾブラゾフが十三使徒という、世界に公開された13人の戦略級魔法師、その1人であったのも騒がせた要因の1つだが、他にも様々な理由がある。
1つは、今世界的に批判されている『ディオーネー計画』の参加者だった事。
1つは、派閥間抗争が何故に起こったのかという事。
1つは、新ソ連がどうして自国所属の十三使徒が死んだ事を正直に告白したのかという事。
それらが主な、世界を騒がせた要因、人々に疑問を植え付けて考えさせた部分だ。
ただ、それらの疑問に対する回答も、後々のニュースで一応公表される。
〈『新ソビエト連邦軍内部は、日本に対する強硬派と融和派に二分されていた。強硬派の先頭に立っていたのが、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ氏であった。そして、融和派の先頭に居たのが、コマンダ『トゥマーン・ボンバ』の1人、エミリア・アンドレエヴナである』〉
ニュースキャスターによって読み上げられる新ソ連の声明。
派閥間抗争が起きた理由は、まずそれで解消された。日本に対する強硬派と融和派が対立。それが話し合いで決着せず、しかもベゾブラゾフが強権を振るって日本との敵対を推し進めた。それに納得できず、また説得できなかったエミリアが暴力で訴えるしかなくなった。というのが傍からも見て取れる。
まぁ、真実を知る俺からは、そういう筋書き、というだけの話だ。新ソ連首相が話の分かる人で良かった。
ちなみに、エミリア・アンドレエヴナとは、『イグローク』Eの事である。一応その名前で初めから戸籍登録されていたとの事。
それで。自意識がなかったはずのエミリアが自意識を持って動いていると聞こえるような話だが。
単純な話。『イグローク』は全て自活できるように俺が『リライト能力』を使ったのだ。
(『イグローク』をあのまま『付喪神』として扱っても良かったが。
結果として、『イグローク』は全て俺の部下で、内2体は俺の命令で新ソ連に従ってもらっている。
とかく。1つ疑問は解消されただろうが、新たな疑問が湧く。
『コマンダ『トゥマーン・ボンバ』』とは何だ、という疑問が。
『コマンダ』は「команда」、ロシア語で「チーム」、「部隊」とかそういう意味であるから、『トゥマーン・ボンバ』に関する集団である事は分かるだろう。
〈『コマンダ『トゥマーン・ボンバ』とは、『トゥマーン・ボンバ』を効率良く行使するための集団であり、特に、イーゴリ氏とエミリア氏は『トゥマーン・ボンバ』魔法式の起動役であった。どちらかが居れば、『トゥマーン・ボンバ』は起動できるが、団員の補助によって、その威力と精度を向上させる』〉
明け透けに語られる、戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』運用チーム、今まで隠されていた切り札、その公開。
頭が多少回る者なら、俺の思惑に嵌まってくれる事だろう。
その公開で以って言いたい事は2つ。
新ソ連は十三使徒・ベゾブラゾフを失ったが、まだ代わりが居る。しかも、『コマンダ』、集団だ。エミリア以外にも、まだ代わりは居る。という事。
そして、我々がベゾブラゾフを捨てたのは、意見を変えたからである。という事。
〈『強硬派の先頭、イーゴリ氏の死を以って、我々政府は日本との敵対が国民の総意でない事を認識した。対日本として『ディオーネー計画』の歪曲による日本戦力の漸減は、過ちだったと言わざるを得ない。『ディオーネー計画』の歪曲により害を被った方々、特に、四葉達也氏には深く謝罪する』〉
自分たちは間違っていた。日本に謝りたい。
要約すれば、そういう文面だ。
故に、前述の『新ソ連がどうして自国所属の十三使徒が死んだ事を正直に告白したのか』という疑問についても解消するだろう。
ベゾブラゾフは今までの非礼を詫びるためのケジメとして処分した。日本へ敵対したのはベゾブラゾフの意志で、全てベゾブラゾフが悪かったのだ。
という訳だ。そういう筋書きだ。
〈『今後、日本とは友好的な交流を目指すため、その第一歩に使者を遣わしたい。遣わす使者は、『コマンダ『トゥマーン・ボンバ』』の1人、ガリナ・アンドレエヴナである』〉
ガリナ・アンドレエヴナは、『イグローク』Bだ。新ソ連に渡した2体には含まれない。
日本と全面衝突は控えてほしい。そのために『イグローク』を使者として送ってはどうだ。と、俺が『イグローク』E(自意識書き換え前)越しに、新ソ連首相へ提言したのだ。
それを実行してくれたようで、本当に良かった。
まぁ、提言された際には『トゥマーン・ボンバ』使いが目の前に4人居て、しかもこっちの手駒と化した『イグローク』が今は懐に2体居る状態で、俺の提言を跳ね除けられるとは思えないが。
とかく。報道された中で重要な情報はそのくらいだ。日本でも朝に報道されたこのニュースは多くの番組で取り沙汰され、結果終日ずっと話題にされる。
第一高でも話題となったのは言わずもがな。学生たちがそれぞれの視点・価値観で以って、件の報道について議論していた。達也一団も、風紀委員たちも。
ただ、俺や司波兄妹は、その議論への参加が消極的だった。もちろん、何か訊かれれば自身の意見を出してはいたが。
本来当事者、と言うか被害者である俺たちがほぼだんまりを決め込んだ理由は、とても簡単だ。判断材料が少なすぎるのだ、俺以外は。
そうして、個々人の持ち得る判断材料ではこれと言った推論が得られないままだった。
だから、ヴィジホン越しに真夜と集まる。議論の参加者は真夜、俺、司波兄妹だ。周妃が画角に入っているので、こいつも参加していると言えなくもないか。
〈使者派遣の文書は、日本政府にも日本魔法協会にも届いているそうです。少なくとも、使者を派遣する意志は本物でしょう〉
真夜が自身の持つ情報を俺たちに共有する。
それは、真夜自身も新ソ連の真意が分からない、事情を把握しきれていない事の証明だろう。
〈十師族でもお昼頃にオンラインで集まり、議論しました。八代殿が言うには、新ソ連のウスリースク郊外で戦闘があったのは事実だそうよ。その他に新事実はなかったのだけれど〉
〈十師族としましてはどのような結論を?〉
真夜に対して質問する達也の表情は、とても神妙なものである。
〈保留、様子見よ。新ソ連の使者に接触して何か訊き出さないと、結論も何も出せないわ。何せ、急展開がすぎるのだから。誰も『コマンダ『トゥマーン・ボンバ』』なんて知らなかったんですもの。アンドレエヴナという者たちも初耳よ。まったく、新ソ連の情報隠蔽能力には完敗ね〉
真夜は肩をすくめた。彼女の『完敗』は、実に皮肉に聞こえる。
〈……フリズスキャルヴ、でしたか。あれを持ってしても知り得ていなかったと?〉
達也も皮肉に聞こえていたようだ。
真夜の言う『完敗』とはつまり、報道された情報がフェイクである、その可能性が高い、と表現したモノである。
さすがに騙しきれないかと、俺は内心残念に思う。
〈ええ、知り得なかったわ。考えられる可能性は、2つね。本当に完璧に隠蔽していたか、今何かを隠蔽しようとしているか。前者だった場合は、フリズスキャルヴの存在を知った上でのモノになるから、新ソ連の重鎮にフリズスキャルヴのオペレーターが居る事になるのだけれど……〉
リアルタイムの電子情報を盗み見放題という馬鹿げたハッキングツール、フリズスキャルヴ。その性能が馬鹿げているからこそ、その存在を信じられるのは、その恩恵に与かっている者だけだ、というのが真夜の弁だ。この場に居る皆が納得する弁である。
〈叔母上は、新ソ連が何を隠蔽しているとお考えでしょうか〉
後者の可能性が高いとして深雪が訊ねるが、真夜は首を横に振る。
〈正直お手上げよ。新ソ連が今何を考えているのか、十師族の誰も分かっていないわ。だから、……訊きたいの〉
真夜の目が、俺を捉えた。見れば、司波兄妹の視線も俺に向けられている。
〈十六夜、貴方はどう思う?〉
その目には、微細な疑いが感じられる。嫌疑、ではない。むしろ、信頼に近い。
俺の勘を頼っている、とも取れるが。何故だろう。何か、胸の内を語ってほしいというような、寂しげな目にも見える。
(まさかだけど……。俺がやったと考えている……?)
ない、はずだ。
(どう疑われているのか分からないな……。とりあえず、新情報を出しておくべきか……)
疑いを逸らす事もかねて、俺は皆を別の思考へと誘導にかかる。
「……未確認情報だけど。エミリア・アンドレエヴナ、ガリナ・アンドレエヴナ、その両者は戦略級魔法師かもしれない」
アンドレエヴナたちが戦略級魔法師である事を、俺は情報筋も確実性もぼかして伝えた。あえて、周妃であるとしなかったのは、後々澪から得た情報であるとする事も考えたからだ。
澪が相手を視認しただけでその魔法資質を測れる事は、まだ公にされていない。その事を考えれば、澪からの情報とする場合も、情報筋をぼかすのはおかしくないだろう。
〈……『トゥマーン・ボンバ』の使い手はまだまだ居る、という事かしら?その2人以上に〉
「俺は、『まだまだ居る』、じゃなく、「まだまだ増やせる」、なんじゃないかと思ってる」
俺の言葉に、詮索した真夜はもちろん、司波兄妹も険しい顔をする。
「達也。この前の『トゥマーン・ボンバ』の行使者は、2人の女性だったんだよね?」
〈……そうだ。女性であったし、その2人は、おそらく姉妹だったと思う〉
達也は俺の言葉を精査している内に、それを裏付ける情報を思い出したようだ。
『分解』した『トゥマーン・ボンバ』行使者たちは、姉妹だったと。
姉妹だった事には気付いていたのだろう。ただ、俺の言葉で姉妹である事に大きな意味を見出した、というところか。
〈……調整体。しかも、ベゾブラゾフの遺伝子を使ったそれ、かしらね〉
〈まさかっ、新ソ連は『トゥマーン・ボンバ』の使える魔法師を生み出せるようになったと言うのですか!?〉
真夜の零した予想に、深雪は思わずと言った様子で驚愕を露わにしていた。
無理もない。単純に、戦略級兵器を大量生産できるとなれば、世界のパワーバランスは崩れる。
合わせて、深雪は忌避感もあるだろう。調整体と戦略級魔法師が身近に、それも親しい存在として在る深雪。彼女は、それらがただの道具として消費されるかもしれない情報を得て、声を抑えられる訳もないだろう。
「……希望的観測ではあるけど。あくまでも、今回だけ数体の生産が叶った、というのも考えられる。変な話、戦略級魔法師なんて奇跡の産物だ。人工的に、そう易々と生み出せるとは、思いたくないね」
〈その推測どおりだったとしたら、新ソ連は何故ベゾブラゾフを切り捨てた?〉
裏事情を知る俺としては皆の警戒度を下げたかったのだが、希望的観測が過ぎたようで、達也からの追及をもらった。
「……対立したのは軍じゃなくて、『トゥマーン・ボンバ』の使い手たち、なのかもしれないね。ベゾブラゾフとそれ以外、という形で」
〈……他の『トゥマーン・ボンバ』使いは、この前ベゾブラゾフに使いつぶされた者たちと同様の末路になる事を嫌ったのか?〉
少し苦し紛れの誘導だったが、達也が穴に嵌まる。
この前『分解』した者たちは『トゥマーン・ボンバ』使いの成れの果て、あるいは欠陥品の有効活用、という想像を達也はしたようだ。
そして、『トゥマーン・ボンバ』使いたちの反旗は、その結末を見た上での、恐怖感によるモノとまで思考する。
頭が良すぎるのも考えものだ。
〈……なるほど。日本への態度を改めたのは、『トゥマーン・ボンバ』使いたちが新ソ連政府と交渉した結果か。使いつぶされるのを嫌い、『トゥマーン・ボンバ』の使用機会を減らしたかった〉
「ああ、そういう事か。『トゥマーン・ボンバ』は、結構な代償を払ってやっと行使できるモノだと。この前の『トゥマーン・ボンバ』で使われた者たちは、一番安定して『トゥマーン・ボンバ』を使えるベゾブラゾフの損耗を抑える、いわば補助装置だったのか」
『トゥマーン・ボンバ』を使える者は居るが、おいそれとは使えない。
達也と俺のその推測に、真夜と深雪は警戒心を緩める。
安定した戦略級魔法師が量産できる、なんて話よりは、この推測の方が受け入れやすいだろう。
〈ただ、それでも警戒はした方が良い。新ソ連が『トゥマーン・ボンバ』使いを複数抱えているだろう可能性は揺るがないし、補助装置の方は量産できるという事は充分に考えられる〉
「ああ、そうだな……。この前使われたのは、その補助専用の個体だったかもしれないしな」
結局、新ソ連の危険度は今までと変わらない。それが達也の結論であり、俺の妥協点だった。これ以上は達也たちの警戒度を下げられそうにない。
〈……、使者についてはどうかしら?使者、ガリナ・アンドレエヴナも戦略級魔法師かもしれないのでしょう?安定した戦略級魔法師でないとしても、新ソ連はどうしてそれを国外へ遣わす事にしたのかしら〉
「案外、本人の希望だったりしてね。彼女が一番不安定、というか『トゥマーン・ボンバ』行使に耐えられない個体だから、一番使用機会がないところに行きたかった、とか」
〈だから、新ソ連も国外へ出る事を許したと〉
真夜から質問に俺は答え、達也が継いだ締めに頷いた。
本当に、よくそこまで思考が回るものだ。感心するし、本当にありがたい。
「何にせよ、どれも可能性の域を出ない。仮説に仮説を重ねた推論を結論に持ってくるべきではないよ」
〈はぁ……。何にしても、しばらくは様子見するしかない、という事ね……〉
真夜は張り詰めた空気を、風船が萎むように吐き出した。
『四葉』の4人が揃った議論においても仮説しか立てられないという虚しさを、俺以外の3人は味わうのだった。
◇◇◇
2097年6月15日
土曜日。午前授業たる本日の修学をさっさと終え、また風紀委員としての仕事を森崎たちにぶん投げてきた。
そうして訪れているのが、
集まっている面子は、昨日のヴィジホン会議とほぼ同じだ。俺、司波兄妹、真夜、周妃。そしてそこに葉山を加えたのが今日の面子である。俺と真夜の従者が控えている状態だ(周妃は正確には従者ではないが)。水波はまだ安静にすべきだと、付いてきていない。
さて、少数とはいえ四葉家の意思決定に足る者たちが、何を目的にただの港に集まったかといえば、それは重要人物の出迎えだ。
「……あの小型船か?リーナが乗ってるのは」
ギリギリ見える範囲(2.0並みの視力)で、波を割く物体がある事を俺は視認した。
そう。ここに集まった者は、リーナを出迎えるためにここに居るのである。
「……小型船で太平洋が渡れるはずもない。……途中で乗り換えたのか」
「……亡命幇助も生業としているのだったかしら、あの組織は。……そのための船すら持っている、あるいは何処からか借りる事ができるとなると。……その組織力は単純な総員1万弱の組織ではないわね。各国に協力者が居る、最悪、その協力者が各国のシンジケート、というのも予想できるかしら」
達也と真夜が、
USNAから日本まで人を逃がし得るとすれば、確かにその組織力を低く見積もる事は出来ない。
国力の損失たる人員の亡命を警戒してきたのは、人類史の常だ。しかも、国際的冷戦状態と言っても差支えない、国家間戦争の火種が辺りに転がっている現状。なおさら、亡命には警戒している。
そんな中で亡命幇助を生業としているのだ。低く見積もれるはずがない。本当、周は侮れない。
皆が警戒で緊迫する事幾ばくか。小型船の前方に立つ女性の姿を、俺も、俺以外の皆も捉える。
プロポーション抜群な、ステレオタイプなアメリカ人女性だ。その姿は皆にとって初見だろう。
まぁ、その姿は初見でも、その者とは初見ではない。皆も間違えない。
「リーナ、変装してきたのね」
深雪が呟いたとおり、あれは『パレード』で姿を偽ったリーナだ。以前もステレオタイプなアメリカ人女性に変装していたが、以前とは違った変装をしている。
亡命だから変装しているのは何らおかしくないが。小道具も化粧も必要なく、理論上どんなモノにでも変装できる『パレード』は無法すぎる。まぁ、変装する対象を思い描ける想像力と、その像を生み出すだけの緻密な演算ができる魔法演算領域が必要であるが。
光宣の『パレード』が座標詐称特化である事を考えると、リーナのように変装特化の魔法資質が必要なのもあるだろうか。変装特化といっても、リーナは魔法の照準を防ぐレベルには座標を詐称できているが。
「タツヤ!ミユキ!サキー!」
そんな事を考えている内に、接岸間近まで来ていたリーナ。接岸が待ちきれず、彼女は岸に飛び移った。
そして、そのままの勢いのまま、何故か俺に抱き着いてくる。
そこまでアメリカスタイルにしなくて良いだろうと思ったが、俺は黙って抱擁を返した。
リーナは良くも悪くも少女だ。生まれながら戦士として訓練された達也なんかと比べたら、その精神は年齢相応に多感である。
そんな少女が、味方の裏切りを受けたのだ。仲の良し悪しは不明で、裏切りの理由は両者と別のところにあるとはいえ、その裏切りは容易く少女の心を傷付けた事だろう。
ならば、数か月の仲ではあれど、学友として親しんだ相手とのコミュニケーションで心を癒したいとするのは、無理もない話だ。
だから真夜はそんな唖然としないでほしい。そんなに俺に女が寄り付くのが嫌か。
「お取込み中のところ、失礼します。業務上の確認をしなければなりませんので」
接岸を終えて上陸する周循。達也たちがこの前邂逅した周胤と違いながら、周胤が成長したかの如きその少年の姿に、達也たちは表情を険しくする。
「……お前自身が、肉体を操る術を持っていたとはな」
「四葉達也様ですね?周胤から話は窺っております。……父の事を言っているなら、貴方様が一番分かっているはずでしょう。わが父は、貴方たちに殺されたのです」
「いいや、あいつ、あの肉体は自害した。そうして、魂は別の場所にある、という事だろう」
「魂とは、また酔狂な事を。現代魔法では排除されたファクターではないですか」
あくまで周公瑾が操る肉体と捉える達也と、あくまでも周公瑾とは別人であると白を切る周循。互いが互いを正面に置いている、睨んでいるのは片方だけの睨み合いだ。
しかし、達也は早々に睨み合いを止める。この瞬間では詰め切れず、また、詰めたところで御しようがないと判断したのだろう。警戒心を向けたまま、達也はリーナの方へと視線を送る。
そのリーナはまだ俺に抱き着いたままだ。そろそろ放してほしいが、傷心中の少女にそう冷たくは当たれない。
「報酬の方はUSNA軍の方からいただいております。四葉様の方には何も要求しない、という事を明言しましょう。あ、誓約書もありますよ?USNA軍のサイン入りです。もちろん、我が組織側としても、
「……マフィアと言うには、随分と社会的な対応ね」
「国家の法に則っていないというだけで、我々は社会性を軽視する組織ではありません。
「そう。人の良心を盾にするのね」
周循のマフィアらしくない態度に真夜は猜疑心を露わにするが、周循は変わらず涼し気な笑顔を浮かべるばかり。『人の良心を盾にする』という真夜の言葉に対しても、ただ笑顔を返している。否定も肯定もしない、という返事にしか見えない。
「ご理解がいただけましたら、一応貴女様もサインの方をお願いいたします」
「……一昔前の運送業者じゃないのだから」
周循から先程の誓約書とは別の紙を、真夜は差し出される。真夜は呆れながらもその紙を手に取り、文面をしっかり読んで効力がある書面と把握してから、自身のフルネームを直筆した。
周循もしっかり署名を見収めてから、その紙を懐に収める。
「アンジェリーナさん。これで貴女は正式に我々の保護下よ。不自由はさせない事、亡命を強要しない事、貴女に不利益を与えない事。それらはバランス大佐に約束しました。だからもう、安心して良いわよ?」
真夜は俺に抱き着き続けるリーナへ、そう優しく声を掛けた。一見、傷心の少女を慮っているようだが、何故か裏を感じる。早く十六夜から離れろ、というような裏が。
その考えに同調する訳ではないが、俺もそろそろリーナを離すべきだと思った。異性に胸部を潰れる程に押し付けているのだから、正気に戻った時に羞恥心で大変な事になるだろう。
だから、俺はリーナの肩に手を置いた。
嫌な予感を、直感する。
「……どうして」
「……リーナ?」
俺の耳にしか届かないだろう呟き。その声音は、間違っても安心しきったそれではない。
強いて言うなら、絶望している声音だ。
「ねぇ、サキー……。どうして、ワタシは貴方の心を読み取れないの……?」
寂しげで、虚ろな声音。
訳が分からない。
いや、分かりたくない。
だって、心が読み取れるのを当然とする事は―――
「サキーは、
―――彼女が精神を共有できる、
俺を抱擁する彼女の右腕が、像を置いて離されたような事を、肌で感じる。
「リーナっ、お前は―――っ!?」
銃声が響く。俺の横腹に、弾痕が刻まれた。
「弱めれば、拒まなくなるよね……。サキー……?」
暗く淀んだリーナの瞳が、俺の眼前にあった。
閲覧、感謝します。
次回の更新は、10月27日の予定です。