第百四十三話 スリープ・ビューティー
2097年6月11日
〈日本政府の下には新ソビエト連邦による攻撃と判断できる材料がありますが、世界情勢の観点から、そして、相手国の良心を信じて、侵略者の指名を避けました。ですが、同じく判断材料がある四葉家は、此度の下手人を、明確な敵意を以って指名させていただきます〉
6月2日に催された、四葉十六夜による記者会見。討論番組でおさらいとして流されるその映像は、英訳された音声も同時に流されていた。
日本語を習熟しているリーナはその英訳音声を邪魔に思いつつ、消し方が分からないので、そのまま聞いている。
ちなみに、英訳音声を消す機能は、その映像を今現在映し出すテレビ端末に標準装備されている。あくまでその操作をリーナが知らないだけだ。
〈『イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ』!新ソビエトの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を、明確な意志を持って使えるのは、貴方だけだ!〉
「……凄いな、サキー」
多くの記者を目に前にする中、その発言が世界中に公開される中、はっきりと宣言する十六夜。その姿を、リーナはクッションを潰す程に強く抱きしめながら、感嘆として眺めていた。
普通に国際問題になりかねないというか、国際問題にしにいっている言葉を、堂々と世界へ発している。その十六夜の姿に、リーナは羨望すら抱いている。
「ワタシは、こんな事できない……」
リーナはそんな十六夜と自分を比べ、クッションに顔を埋めた。
内心は、比べるべくもないと、思っている。
(ワタシなんて、エンタープライズの事、魔法師が発電システムとして消費されてる事、タツヤにすら伝えられてない……)
正義の密告すら出来ない自分を、正義のために他国とすら渡り合おうとする十六夜と、比べるべきではない。
自分には、正義を成す事すらできない。軍人としてある自分の地位惜しさに、悪行を看過している。
もし十六夜が、上記の発言で地位を追われると思っていたら、十六夜は記者会見をしなかっただろうか。リーナは思考する。
「しない訳ない……!むしろ、サキーは自分の身分を使って、影響力を使って、正義を成してる……!」
そのリスクを考えない訳がない。十六夜はそんな考えなしではない。
そして、十六夜が地位を惜しむなど有り得ない。そも、彼はその地位をくれた者たちのために、戦っている。
少なくとも、それがリーナの十六夜評だ。
不意に、涙が溢れる。
「サキー、タツヤ、ミユキ……!ワタシは……、ワタシはっ……」
不甲斐ない。ああ、不甲斐ない。
正義を成せない自分が不甲斐ない。何のための軍人だ。どうして少佐という位まで辿り着いた。
いや、軍人になったのは成り行きだ。少佐になったのは何も考えず、ただ忠実に命令を熟していただけだ。
その任務も、自身が少女である事を上が考慮してか、敵を寄せ付けないようにするための護衛役や、暴徒や領海侵犯者を委縮させるための威嚇射撃(魔法)役ばかりだった。
最初から人を殺す事が確定していたのは、『吸血鬼事件』と世に言われているあれ、その裏で行われたUSNA軍脱走兵の処分くらいなものだ。仕方なく殺す事になってしまった任務はいくつかあったが。
脱走兵の殺処分命令が下されたのも、実力的に自分しか出来なかったというだけの話。自分以外の選択肢があったら、上はその時も自分にその命令を下さなかったかもしれない。
ここまで来て、リーナは目を見開く。
(ワタシは、ただ戦闘兵器としてここまで引っ張られたのに、その役目すら、果たせてない……)
酷い話だ。望んでいなかった役目とはいえ、自分に適した役目。それすら、果たせていない。
求められる役すら演じられない自分に、果たして価値はあるのか。
(違う!違う違う違う!ワタシは、戦闘兵器なんか、道具なんかになりたくない!)
果たすも果たせていないも、そもそもそんな役目を負いたくはない。
考えたくない事、考えなくて良い事を思考している。リーナは自分が混乱している事を自覚する。
ただ、強く目を閉じたって、その混乱が治まる訳ではない。
むしろ、加速する。
(どうして……。どうしてこんな思いをしなくちゃいけないの……?ママ、パパ……。ワタシは、皆が望んだ姿に、皆が褒めてくれる存在になりたかった……。それだけなのに……)
思い返す。この苦しい思いをせめて脳内で晴らそうと、リーナを軍へと見送った両親の姿を、思い返す。
(……ママもパパもっ、入隊なんて心からは望んでなかったじゃない!)
思い出すのは、寂しげで不安げな、両親の顔。
そうだ。リーナは両親の心配を振り切って、軍に入ったのだ。
幼い頃に、軍の偉い人が自分を褒めてくれたから、自分はたくさん褒めてくれる方へと、まさしく子供のようにその道へ誘惑され、踏み入ってしまったのだ。
軍は弱きを助ける存在、ヒーローだという当時の認識も相まって、自分の足は止まらなかった。
両親はリーナが稚拙な決断をしていると分かった上で、されど、求められる彼女の優れた魔法資質を腐らせる訳にはいかないと、受け入れた。最後まで、我が子を引き止めたいその手を、胸に抱き止めて。
「……ママ、パパ」
リーナはゆらゆらと立ち上がる。ゆらゆらと歩き、デスクの棚を開ける。
そこには、御守が、日本神社で市販されているのによく似たそれが、仕舞われていた。わざわざ四角いクリアケースに入れる程に、丁寧に。
ただ日本語で「御守」の文字が刺繍されているだけのそれを、リーナはケースから取り出して、両手に乗せる。
その御守は、自分の祖父から、あの九島烈の弟である九島健から、父へ自分へと、受け継いできた物だと言う。しかも、祖父のお手製なのだとか。
リーナは祖父との記憶がある。軍に入る前、祖母も居て、当然両親も居た、家族団欒の記憶。軍に入る頃には、失ってしまった宝物。
「グランパ……。ワタシ、どうすれば良い……?」
記憶の中にしか居ない祖父へ問いかけるように、リーナは御守へと呟いた。
『成りたいモノを、目指しなさい。グランパは、そうした。そうしたせいで途中に大切なモノを失ったけど。代わりに、大切なモノを得られた。……前に進みなさい。自分の足で進めなきゃ、きっと悲しみで圧し潰されてしまう』
かつての、祖父の言葉。魔法師が教育を受ける権利を懸けて戦い、故郷たる日本から追放された、烈たちとの繋がりを失った、偉大なる先達の教訓。
リーナは反芻した。幾度と反芻してきた。その度に、ここが自分の足で進んできた場だと、悲しみを押し返してきた。
でも、もう足りない。ここまで来た足が、本当に自分の足だったのか、自分の意志だったのか。疑問を覚えてしまった今のリーナでは、悲しみを押し返す力がない。
「グランパ、分からない……。分からないの……。何処に進めば良いの……?ワタシは、何がしたいの……?」
道に迷った。人生という道で未来を指し示してくれる羅針盤、自分の意志を、リーナは失くしてしまった。
もう、自分の足だけでは進めない。
『リーナ。問題の答えが分からなくなった時は、周りに訊いて良いんだ。答えを教えてくれなくても、きっと一緒に考えてくれる』
『これから考えれば良いさ、リーナさんもね』
他人に頼りたくなったからこそ、リーナはそれらの言葉を思い出す。前者は祖父の言葉で、後者は十六夜の言葉だ。後者の言葉はシチュエーション的に色々含んでいるモノだったが、それらの発言者がリーナの頼りたい相手である事に変わりはない。
『リーナ、もし自身を取り巻く現状に違和感を覚えたなら、力になれると思うぞ』
『リーナ、お兄様も十六夜も貴女の力になりたいのは本心からよ』
十六夜の言葉に釣られるように、達也と深雪の言葉も、リーナの記憶は引っ張り出した。
それは、祖父と同じくらい、彼らを信頼している証だろう。
「……サキーたちに会いたい」
リーナは、本心からそう零した。
十六夜たちは、リーナがUSNA軍スターズ総隊長である事も察した上で、友達のように接してくれていた。
雫、ほのか、美月、エリカ、レオ、幹比古。その者たちも自分に気兼ねなく接してくれたが、やはり、自分の素性を知ってなおの態度とすると、リーナが秘める親愛度には差が出る。
リーナにとって、十六夜たちは事情を知ってなお対等で在ってくれた存在なのだ。実力でも対等で在ってくれるというのも、親愛度を高める要素だろう。達也とは直接戦って負けているし、先程まで十六夜と自分は比べるべくもないとしていたが。
何にせよ、リーナにとって彼ら3人が、今ここに至ってなお親友と思える相手、きっと手を貸してくれるだろう掛け替えのない存在なのだ。
だからこそ、リーナは思う。
「全部話して、全部理解してもらって……。それで、私と一緒に―――」
自分の全部を知ってくれた上で、一緒に―――
ノイズが響く。
「―――っ!?何っ、これ……!」
物理的な音ではない、直接脳に響くようなそのノイズ。リーナはそれが魔法的な何かと直感しつつ、発生源の特定に気を回した。
そして、リーナはその発生源を、なんとなく感じ取る。
「あっち……?しかも近い……。まさか、基地内部!?」
リーナは慌てた。
今彼女が居る場所は基地の寮、自分が与えられたその一室だ。そこから近くとなれば、当然基地内部となる。
今、USNA軍の基地内で、詳細不明の魔法が使われている。
リーナは床に投げ捨てたままの軍服を羽織り、慌てて飛び出す。
御守を手に持ったままなのに気付き、汚れないようにせめてと内ポケットに仕舞ったのは、飛び出して数分した頃だった。
ノイズの発生源を追って辿り着いたのは、やはり軍基地内。訓練場としてある演習林の中だ。夕日はとっくに沈む、夜戦訓練の日程などもないその場に、数人の人影がある。
リーナは道中しっかり足を殺し、幹にその身を潜ませる事が出来た。伊達に軍部少佐ではない。ちゃんと林での行軍訓練は熟してきている。
(あれは、ランディ、イアン、サム……?第六隊の3人は、いったい何を……)
木に隠れて人影を窺い、相手を特定するリーナ。
USNA軍スターズ第六隊隊長、オルランド・リゲル。愛称はランディ。
同隊隊員、イアン・ベラトリックス。愛称はそのままイアン。
同隊隊員、サミュエル・アルニラム。愛称はサム。
第六隊の3人が集まっている事自体には、違和感がない。ただ、こんな
それに、そうして集まっている事以外にも、見る者に大きな違和感を与えるモノがある。
(……どうして3人は、口を開かないの?)
3人がそれぞれ、黙祷でもするように目を瞑り、屹立している。密談でもしているような状況なのに、一見、話している様子がないのだ。
その光景には違和感を持たざるを得ないし、もう1つ、リーナに違和感を抱く。
(今までノイズとしか思えなかったけど……。まるで、会話みたい……)
第六隊が集まるこの場に迫って、今までノイズだと思っていた脳に響くモノが幾分かはっきり聞こえるようになっていた。
といっても、未だ「ザザザ」というようなノイズだ。でも、そのノイズには断続性があり、そのノイズが聞こえなくなる合間が、会話中の息継ぎに似ているのだ。
(ノイズが、会話……?もしかして、テレパシー……?でも、ランディたちはテレパシーなんて持ってなかったような……)
テレパシーを先天性スキル、生来の固有魔法として持つ者は存在する。だが、そんな存在は稀有だし、そういう人間は得てしてテレパシー特化で、戦闘に耐える魔法資質は持ち合わせていない。
かつてスターダストにテレパシー持ちが居たという話は、リーナも聞いた事があるが。現在もUSNA軍に所属しているという話は聞いていない。
ランディたちが隠していた、というのも考えづらい。テレパシーは適応範囲が小さかったとしても、電波に依らない通信ができるというだけで有用で、それだけで軍上層部の覚えは良くなるはずだ。
そも、戦闘に耐えるテレパシー持ちだったら、それだけでいくらでも出世できる。出世が本能レベルで嫌でもない限り、その力を隠すなんてしないだろう。
では、ランディたちの放つノイズは、テレパシーではないのか。
(テレパシー……。そういえば、パラサイトに憑依されるとテレパシーが使えるようになるって、サキーたちが言っていたような……)
パラサイト憑依者はテレパシーが使える。
その情報自体、リーナが歪曲してしまったモノであり、その情報は十六夜から直接聞いたモノではない。
正確には、テレパシーなどの超能力が使えるかもしれないと十六夜たちがバランスに教えたのを、バランスが十六夜たちからの情報であると、リーナたちスターズ隊員に教えたのだ。
まぁ、ここでその情報の正確性は重要ではない。
重要なのは、パラサイト憑依者はテレパシーを使えるようになるという情報を、リーナがパラサイト憑依者の
(まさかっ、ランディたちはパラサイトに憑依されたの!?)
スターズの仲間たちが、またパラサイト憑依者になってしまったかもしれない。そう頭に過った時、リーナは動揺を、大きな感情の動きを抑えられなかった。
パラサイトはプシオンを感じ取る。活性化したそれならなおさら。
その情報を、リーナは思い出せなかったのである。
そのせいで、リーナは第三者に見つかる。
「おや、総隊長。こんなところに居られたのか」
その第三者とは、スターズ第三隊隊長、アレクサンダー・アークトゥルスだ。
彼は、木々の合間から、悠々と姿を表した。
「ア、アル……っ!ちょ、ちょっと待ってください。今、ランディたちがパラサイトかもしれなくて―――」
急な展開で大慌てなリーナは、とにかくパラサイト憑依者かもしれないランディたちの監視を続けようと、アレクサンダーに説明しようとする。
残念ながら、その必要はないのだ。
「ご心配なく、総隊長。彼らは、そして我々も、まごうことなきパラサイト憑依者ですから」
「―――……え?」
アレクサンダーの告白に、リーナは呆然と目を見開いた。
ただ、その事実を噛み砕く時間は与えられない。
アレクサンダーと合流するように、第三隊隊員、ジェイコブ・レグルスも姿を表し、そして、2人でリーナににじり寄る。
ランディたちと共に、取り囲むように。
「な、何を言っているの、アル……?ジャック……?ランディ、イアン、サムも……。パラサイトに憑依されてるなんて、嘘よね……?」
にじり寄られたリーナは後ずさるが、5人に囲まれ、逃げ場がない。5人に視線を送るが、皆一様に、真顔である。
「嘘などではありません。……我々は、ずっと疑ってきたのです。何故、フレディがパラサイトに憑依されたのか。何故、マイクロブラックホール生成実験なんてモノが強行されたのか。……そうして私の下に、1通のメールが届きました。あの実験は、日本の工作員によって唆されたモノだったと」
フレディ、アルフレッド・フォーマルハウト。スターズ第三隊・元隊員にして、『吸血鬼事件』の際、脱走兵として処断された男であり、アレクサンダーたち第三隊の戦友でもある。
「日本の工作員がっ!?そんな事、出来るはずないわ!スパイに厳しいのは、アルだって分かってるでしょう!?もし私たちの目をかいくぐってUSNA軍に潜り込めていたとしても、あの実験を唆すような大それた事をすればすぐに露呈するわ!」
「ええ。私が感情的になっていて、冷静な判断が出来ていなかっただろう事は、否定しません。私は戦友を理不尽に失った、その理由を知りたかった。いや、この宛てのない怒りの矛先が欲しかった。だから私は、その工作員を炙り出すべく、もう一度、マイクロブラックホール実験の実行を提案しました」
「そん、な……」
マイクロブラックホール生成・蒸発実験がパラサイトを呼び出してしまうというのは、リーナも知るところだ。
だからこそ、リーナは失意に落ちる。アレクサンダーたちは凶行に及び、以ってパラサイト憑依者になってしまった、と。また自分は、スターズの隊員たちを、仲間を、処分しなければならない、と。
(……サキーなら、タツヤたちなら、きっと殺さずに済む方法を見つけてくれる!サキーたちに連絡を―――)
失意のあまり、現実から逃避していた。意識を妄想に割いてしまった。
故に、あえなくアレクサンダーたちに組み伏される。
「む、むぅーーーーーー!!!」
リーナは5人の男に地面に押し付けられ、口まで手で塞がれる。
「総隊長。貴女にここまでお話したのは、貴女に仲間になってほしいからだ。イザヨイ・ヨツバ、タツヤ・シバを殺すためには、貴女の力が必要不可欠だ。全ては、我々のために!」
アレクサンダーたちは、実験の犯人などどうでも良くなっていた。
先鋭化された愛国心、自分たちを追い詰めるだろう存在への敵意、散々こちらの企てをくじいてきた相手への怨念、生存本能。今の彼は、それらに囚われている。
自身の意志が誇張され、また、生存本能が高まり、それゆえに行動が短絡化する。パラサイトに憑依された弊害だ。対抗魔法も『リライト能力』も持っていなかった彼らは、一切耐性のない状態で、その弊害を受けている。
「さぁっ、我々の仲間になれ!アンジー・シリウス!」
「っ!?」
アレクサンダーの言葉が合図だったように、リーナは悪寒を覚えた。
今までにない感覚。まるで、自分の中に何かが入ってこようとしているかのようなその感覚に、リーナは本能的な嫌悪を感じている。
その嫌悪感の正体は、パラサイト分離体の憑依。『吸血鬼事件』の際、アルフレッドやミカエラがやっていた、パラサイト憑依者を増やす手法だ。憑依される相手に適性がないと、魄が消費され、その影響で衰弱し、最悪死に至るのだが。幸いにしてリーナは、適性というか、パラサイトの浸蝕程度では死なないタフさがある。
このまま浸蝕を受け入れれば、リーナはパラサイト憑依者となるだろう。
もちろん、受け入れるリーナではないが。
リーナは気を張る要領で、サイオンを漲らせる。それが、サイオンとプシオンで構成されるパラサイト分離体を阻む壁となる。
一般的に、気を張ったところでサイオンが漲り、それがパラサイト浸蝕の壁になるなんて事はない。
それが出来ているのは、リーナの火事場の馬鹿力というヤツか、あるいはそういう、言ってしまえば古式魔法の才能じみたモノがあるのか。古式魔法を対人化した魔法師家・九島の血筋である事を考えると、後者なのかもしれない。
「なっ、これは……!ふふ、俄然仲間にしたくなった!―――っ!」
仲間にできれば心強い力の発露を目の前にして歓喜するアレクサンダーだったが、リーナの口を抑えていた手を思い切り噛まれ、咄嗟に放してしまった。
リーナの口は自由になる。ただ、四肢も胴体も頭も抑えられている状況で、反撃が出来るとは思えない。
その油断がアレクサンダーたちの足を掬う。
「『ハンドレッド・サウザンド・ボルト』、アクティベート!」
それは、音声認識によるCADの起動。リーナが普段備えている腕輪系CADには、まさかの音声認識が組み込まれていたのだ。
そうして起動されたのが、自身を中心に放電現象を起こす放出系魔法『ハンドレッド・サウザンド・ボルト』である。
某携帯獣の超有名電気ネズミが使う技・『じゅうまんボルト』を模したその魔法。『ヘビィ・メタル・バースト』すら作り得る天才魔法技術者・アビゲイルが、放出系魔法を得意とするリーナへ面白半分で授けた魔法。
音声認識にしたのもその人だ。あの某携帯獣の主人公が超有名電気ネズミに指示する様を再現したかった、とかいうおふざけの産物だが。人生、何が功を奏すか分からない。
一応の補足だが、中心点に居る術者が電撃に浴びないよう、ちゃんと対策もしてある、無駄に高性能な魔法である。
「うぐっ!?」
放電を浴びせられたアレクサンダーたちは痛みで怯み、咄嗟に距離を空けてしまった。
リーナはその隙を逃さず、CADを操作して移動系魔法で自身を動かす。「ハンドレッド・サウザンド」と銘打ってはいるが、実際はUSNAで市販されているスタンガン程度の威力。態勢を立て直している暇はない。
そうしてアレクサンダーたちの拘束から脱し、リーナは太い枝の上から彼らを見下ろす。
やはり、怯んだのはわずかな時間で、もう彼らは臨戦態勢を取っている。
「ハァ……ハァ……。……っ、アル、ジャック、アンディ、イアン、サム!大人しく投降しなさい!今ならまだパラサイトのせいにできる!貴方たちを、パラサイトから救う術はきっとある!」
処断したくない。それがリーナの偽らざる本心であるために、アレクサンダーたちを威圧した。同時に、救いの道も提示している。言った本人すらもあるかどうか分からない、その道を。
「はは、さすがはシリウス。歴代最強というのも、過大評価ではなかったようだ。なおさら、退けなくなった」
5人で囲んでも勝てるビジョンが湧かない。パラサイトで強化されてなお、だ。
リーナは強い、アレクサンダーたち5人よりも。彼女1人が手に入るなら、自分たち5人を犠牲にしてもおつりが出ると、そう思わせる程に。
アレクサンダーたちの中で、天秤が傾いた。
アレクサンダーたち5人は、おもむろに拳銃を取り出し、自らの頭に銃口を突き付ける。
「な、何のつもり!?」
「我々は死なん。我らが魂は、精霊と共にある!……、USNAにっ、栄光あれ!」
リーナの動揺が、ロスタイムを産む。そのロスタイムは、アレクサンダーたちが自害するための時間となった。
彼らは、パラサイト本体が自分の魂を継承してくれると盲信し、肉体の死を選んだのである。
「どう、して……」
リーナは愕然と、横たわった5つの死体に寄り添う。
綺麗に脳天直撃。反対側までしっかりが弾が貫通している。息もしていないし、目を開いたまま瞬きもしないとなれば、死亡確定だ。
アレクサンダーたちは人として死んだ。
何故か。
パラサイトとして、生き延びるためである。
「く、あっ……。頭がっ……」
締め付けるような頭痛に似ているその痛みを、リーナは味わう。
でも、頭痛とは決定的な違いがある。
(我らの仲間になれ、アンジー・シリウス!我らと共にあれ、アンジー・シリウスっ!)
声が、今までノイズだったモノが、はっきり聞こえる。
リーナは理解した。今まさに、自分は憑依されようとしている。パラサイト本体、計5体に。
「かっ、あっ……。いやっ、嫌、嫌、嫌、嫌ぁあああーーーーーーー!!パラサイトなんかにっ、人外なんかに……、サキーたちと別の存在なんかにっ、なりたくないっ!」
強まる痛み、圧迫感。それが恐怖を煽り、リーナの正気を削り取っていく。
(恐れる事はない。イザヨイ・ヨツバも仲間にすれば良い。そうすれば、彼と一緒になれる)
「……サキーと、一緒に?」
正気を失いつつあるリーナにとって、パラサイトの語りかけるその話は、非常に甘く感じられた。感じられてしまった。
「サキー。サキー……。サ、キー……」
まるで自我を失っていくように、声が弱まっていくリーナ。体中が痛むような現状で、彼女は胸ポケットを、いや、正確には内ポケットにある御守を握りこんでいた。
『リーナ。問題の答えが分からなくなった時は、周りに訊いて良いんだ。答えを教えてくれなくても、』『これから』『一緒に』『考えれば良いさ、リーナさんもね』
言葉が響く。薄れゆく意識が故に、祖父の言葉と混じってしまった十六夜の言葉。
「たす、け、て……。グランパ……。サキー……」
御守が一瞬暖かくなったのが錯覚か現実が分からないまま、リーナは
リーナは痛みに耐えて蹲っていた体を、真っすぐ立たせる。ただそこから何をするでもなく、アレクサンダーたちの死体を見下ろしていた。
そこに、更なる来訪者が現れる。
「総隊長!ご無事ですか!」
その来訪者とは、ベンジャミン・カノープス。スターズ第一隊隊長にして、よくリーナの副官を務める男である。
そんな彼は、基地内での不審なサイオン反応、及びその付近のリーナらしきサイオン波特性を捉えたので、こうして駆け付けたのである。
「これは……。総隊長、ここでいったい何が……」
倒れ伏すスターズ隊員の死体、計5人。カノープスは脳天を撃ち抜かれている事まで把握して、しかし下手人は、少なくともいさかいの原因はリーナではないと判断していた。
リーナの人となりから、そして、一様に真横から頭を射貫かれている状況からの判断である。いかにリーナが手練れとはいえ、一々真横から射貫くのは手間が過ぎる。
それに、カノープスからは、リーナが呆然としているように見えたのだ。
「……ベン?」
「総隊長、大丈夫ですか?状況の説明は出来ますか?」
リーナはカノープスの勘違いを覆るように、視線を向けるのも応対も緩慢である。余程衝撃的な自体が起こったのだと、カノープスは優しく、丁寧にリーナへ質問していた。
そこに、リーナがゆっくりと口を開く。
「……彼らは、パラサイトに憑依されていました。……ワタシを仲間にしようと、テレパシーを投げかけて、私をここに誘き出したんです」
「パラサイト……。第三隊だけでなく、第六隊まで広がっていたか……」
リーナの回答に、やはりと苦汁を呑むカノープス。彼は、バランスからパラサイト発生と、その増殖の恐れを秘密裏に共有されていた1人だ。リーナと違って。
「……ベンは、知ってたんですか?」
「はい、バランス大佐から窺っておりました。対妖魔の術を持つ外部協力者を招いていましたが、パラサイトに察知されるのは拙いと、大々的に動けなかったのです」
「そう、ですか……。ワタシの、知らないところで……」
カノープスは軍人然として、ただ事実を報告している。それが、今のリーナにどう影響を与えるかも分からずに。
「……カノープス少佐。憑依者が死亡したため、パラサイト本体が自由になっています。サキーが以前言っていた事が正しければ、本体は次の憑依者を探して漂っているはず」
リーナは、軍人然とした態度を取り繕いだす。
「総隊長、外部協力者の下までご案内します。
「……ええ」
カノープスは、リーナがパラサイトに憑依されていると微塵も思っていない。
だからリーナ自身、その事を隠した。ひっそり『パレード』を使って、パラサイト特有のプシオンを隠蔽しながら。
(はははははは!手に入れたっ、手に入れたぞ!USNA最強の力だ!今に見てろ、イザヨイ・ヨツバ、タツヤ・シバ……!誰に喧嘩売ったのか、思い知らせてやる!)
頭に響く、
閲覧、感謝します。
次回の更新は、11月10日の予定です。