第百四十四話 真の友は円卓になし
『リーナっ、お前は―――っ!?』
鳴った銃声と共に撃ち込まれる弾丸。俺の脇腹に刻まれる弾痕。
『弱めれば、拒まなくなるよね……。サキー……?』
それは、俺を暗い瞳で見つめるリーナの手によるモノだった。
リーナは『パレード』で俺を抱擁している像を捏造しつつ、実際には拳銃を取り出して、俺に発砲したのだ。
その理由が、俺の抵抗力を割くため。
パラサイトとして、同化するため。
俺とリーナ以外には訳が分からない状況で、しかし即応したのが達也である。
達也は問答無用で、リーナに『バリオン・ランス』を放った。
残念ながら、『バリオン・ランス』はCADに炭素杭のアタッチメントを後付けする仕様上、その後付けするための時間を要してしまう。
如何に達也が即座に動いたとはいえ、リーナが虚像を置いて逃げる程度の時間は与えてしまう訳だ。
故に、『バリオン・ランス』は虚像にすかされ、リーナの実像は10歩程退いた場に現れる。
『リーナ、どういうつもりだ』
達也は俺を『再成』しつつ、俺の壁にならんと割って入った。彼は声音こそ平静だったが、CADの銃口を真っすぐリーナに向けている事から、心の内は煮えたぎっている事が窺える。
『嬉しかった、嬉しかったの。サキー?まさか、貴方が最初からワタシと一緒だったなんて。だから、思わず抱き着いてしまったのだけど……。でも、どうして?どうして一緒になってくれないの?』
達也に回答しているかのようでありながら、リーナは相変わらず俺から視線を外さない。
真っ暗なその瞳。わずかに覗く小さな光は、心から分かり合える親友の存在に期待しているようだった。
この状況からすると、パラサイト的な意味で意志を共有、思考を同化したいようにしか見えないが。
『リーナっ!いったいどうしたと言うの!?急に十六夜を攻撃するなんて……』
『……パラサイトに、憑依されたのね』
『そんな……っ!』
状況がまだ理解しきれない深雪と、最悪を想定した真夜。そうして突きつけられた最悪の状況に、深雪は青ざめた。
『そんな、そんなはずはありません!だって、USNAで検査したのでしょう!?リーナはパラサイト憑依者特有のプシオンを放っていないと、リーナはパラサイトに憑依されていないと!』
『……『パレード』だな。まさか、プシオンすら偽装できるようになるとは思っていなかったが。『パレード』は
理論武装で現実逃避しようとした深雪。達也の推論による反論を貰った彼女は、何も言えなくなったその口で、息を呑むしかない。
『心配しないで。タツヤ、ミユキ?今は貴方たちと別になってしまったけど、一緒にしてあげるから。一緒になってくれるわよね?』
リーナは達也と深雪に手を差し出していた。彼女はその手を取ってくれると、信じて疑っていない。
いや、達也たちが一緒にならない可能性を、最初から考えていない。
リーナをそれぞれ見つめて動かない達也たちに、手を取ってくれない者のいない光景に、動揺していないのはそのためだろう。
『大丈夫、大丈夫よ?2人とも変わってしまうのが怖いのは分かるわ?ワタシだって怖かったもの。でも、サキーと一緒になれるのよ?みんなと心から分かり合えるの。それって、とっても嬉しい事よね?』
リーナは誰も手を取ってくれない現実を見ず、ただ自身のエゴに浸っていた。
そんなリーナの変わりように、達也と深雪は、
『リーナ……。どうして、そんなになるまで……』
深雪は今のリーナを見て、泣きそうになっていた。
彼女からしてみれば、今のリーナは変わってしまったのではなく、壊れてしまっただけなのだ。
リーナは、良くも悪くも、第一高での学生生活を楽しんでいた。小学校で友達と遊んだ青春を思い出し、味わう事の出来なかった高校生活という仮初の日々を、噛みしめていた。
深雪をそう見ていたのだろう。
だからこそ、深雪には、今のリーナがその仮初の日々を取り戻そうと壊れてしまったように、映っているのかもしれない。どうしてそうなるまで、1人で抱え込んでしまったのかと。
『パラサイトに憑依された弊害、だろうな。生存本能を掻き立てると言うが。生存本能より強い欲望があった場合、そちらを膨れ上がらせるのかもしれない』
俺はパラサイト憑依の経験者として、原作知識も含めて、リーナの状況を分析した。
あの状態は、友達が欲しいという強い欲望を膨れ上がらせた結果だ。
そう教えられた深雪は、ただ憐憫の感情が増すだけであった。
『……十六夜、どうする』
『……』
達也はリーナの処遇を決めかねている。『バリオン・ランス』を躊躇なく使っていた点から、達也個人としては殺しても問題ないのだろう。
だが、俺にとってはそうではない。友人だからとか、引き込めれば有力だからとかではなく、それ以前の話だ。
原作の展開が、分からない。この事態が原作とほぼ同じ、ないし大筋は合っているのか、俺には分からなかったのだ。
それに、俺には、原作でリーナがこうまで完全に敵側へ回るとは、思えなかった。USNA軍上層部の命令で達也を殺しに来る、だったら納得が行く。そこで達也に感じる友情で引き金を引けず、なし崩し的に敗走するのまで想像できる。
現状はあまりにも、想像から乖離している。
だから、ここで殺してしまって良いのか、殺さずに捕らえなければ行けないのか。
俺には、分からない。
『達也さん、深雪さん。どうにかリーナさんを捕らえましょう。……、それで良いわね?十六夜』
判断を下せないの俺を見かねてか、真夜が指揮を執った。
真夜が、原作キャラが判断した。それなら、それが原作と同じ流れのはずだ。
そう信じこんだ俺は、達也と深雪に続いて、頷こうとしていた。
上空に漂う、そいつを視認するまでは。
『……レイモンド、クラークっ!』
レイモンドの来襲に、俺は直感した。
この展開は、俺のせいだと。
何故なら、レイモンドの視線は、俺に向けられたそれは、敵意に満ち満ちていたからだ。
『やぁ諸君。お楽しみいただけているかな?楽しんでくれてるだろう。何せ、僕が用意した最強の仲間だ。USNA最強、アンジー・シリウスだ。パラサイト本体を5体使ってようやく同化できたが、それだけの価値はあったし、5体分の強化が出来ているという意味でもあるからね』
俺たちを見下し、レイモンドは俺たちを嘲笑していた。勝ち誇るように。俺の苦悶の表情が、お気に召したように。
俺はつい、聞いてしまう。直感しながら、そうでない事を願ってしまう。
『どうして、そこまでしてリーナを……』
『お前に嫌がらせするためだよ、イザヨイ・ヨツバ!』
初めからなかった虚構に縋っていた俺へと、レイモンドは怒りと共に現実を叩きつけた。
リーナがパラサイト憑依者になったのは、俺のせいだ。
『リーナは、俺の、せいで……』
『ああ、そうだ。お前のせいだ!』
お前のせいだ
◇◇◇
2097年6月16日
「…………」
日曜の朝。起床した俺は、最悪な気分で上体を起こす。
顔に手をやれば、わずかな水気が纏わりつく。
汗を、かいていたのだ。
「
扉越しに、俺を慮る周妃の声が聞こえた。
扉越しに何でうなされてたのが分かるのかと思ったが、何の事はない。
「……そういえば、俺のプシオンを遠隔で感知できるようにしてたんだっけな」
「はい」
周妃が素直に答えたように、こいつは俺を心配して、俺のプシオンを監視していたのだ。いつもは監視していないと、思っておこう。
「それで、調子の方はいかがで?」
「……嫌な夢を見ただけだ。……シャワーを浴びる。シーツとタオルケットも洗濯に出そう」
周妃の詮索。深掘りされたくないので、概要だけ伝え、俺は早々に話題を変える手に出た。
「洗濯とベッドメイクはこちらでやっておきます。シャワーの後はすぐに朝食になさいますか?」
「……ああ、朝食はいつもの量で良い」
詳しく話したくないという意が伝わったようで、周妃はそれ以上詮索してこない。それは有難く感じつつ、しかしメイドらしさが行き過ぎているこいつに対して、どう反応しようか俺は迷う。
迷った末に、言及したところでこいつは変わるまいと悟り、いつもと変わりない応対を俺はするのだった。
「……」
シャワーを浴びて、水の滴る体。汗は流せたので、身体的不快感は拭えた。
しかし、精神的不快感は拭えない。
『リーナは、俺の、せいで……』
『ああ、そうだ。お前のせいだ!』
不意に蘇る、昨日の一幕。レイモンドはテキトーに吐いた罵倒の言葉だったかもしれないが、その言葉が、俺の胸に刺さって抜けない。
「……クソッ」
間違っても壁を殴らないよう、俺は自身の掌を握りこぶしで殴りつけた。
思ったより痛かったが、気は紛れない。
「俺が、あいつを無駄に煽らなければっ」
リーナは、原作でもパラサイト憑依者に襲われたのかもしれない。でも、憑依まではされなかっただろう。
レイモンドは言っていた。パラサイト本体5体でやっと同化できたと。
つまりは、パラサイト憑依者を5人も引き換えにして、リーナ1人を手に入れた、という事だ。
その5人が誰なのか、俺はまだ把握できていないが。おそらくは、スターズだった者だろう。
パラサイトで強化されたスターズ5人。戦力としてはなかなか、手数も同様だったはずだ。それらを失ってでもリーナ1人を取るのは、戦力としてリーナ1人の方が上回ると判断しても、戦略的に不適当だ。どうしても戦力としてリーナが欲しいとしても、俺だったら5人を捨てない。捨てずにどうにかリーナを手に入れる術を探るか、そもそもリーナを戦力に加えるのは諦める。
『お前に嫌がらせするためだよ、イザヨイ・ヨツバ!』
リーナ1人に固執したのは、レイモンドのその一言に尽きる。
俺と面識のないスターズ5人を手下にするより、俺と面識のあるリーナ1人をパラサイト憑依者にした方が、俺に仕返しができる。
面識のないスターズ5人が俺に襲撃をかましてきたところで、バランスに殺処分の許可を取って、達也とリーナの協力を得て、何の感慨もなく消し飛ばせる。
相手がリーナとなれば、そうはいかない。原作であそこまで取り沙汰されたキャラを、原作者がこんな雑に悪役にして使いつぶすとは思えない。
パラサイト憑依者からリーナを助け出し、そうして恩を売り、その後に協力して他の敵を討つ。それが、一番考えやすい話の展開だ。その敵が誰なのかは、予想がつかないが。
十三使徒の誰か、だろうか。ベゾブラゾフは、二回目の『トゥマーン・ボンバ』行使時、達也が見逃すとは思えない。俺と違ったやり方で、あの時に達也が片を付けるはずだ。
何にせよ。何にせよ、だ。
「俺が……。俺のせいで、流れが変わてしまった……。俺のせいでっ、リーナがっ……」
俺のせいで、リーナが敵になった。
今にも、自らの首を締めたい気分だ。拳銃が手元に合ったら、衝動的に使っていたかもしれない。
浴室の先、脱衣所の扉がノックされる。
「……、朝食の準備が整いました。冷めぬうちに、お召し上がりください」
周妃が、そう声を掛けてきた。話始める前、何か、呼吸を整えたような音が聞こえたような気がする。
「……ああ。もう上がる」
俺はそれを思考できる余裕がなく、周妃が何を考えているのか分からないまま、浴室を出たのだった。
朝食を済ませ、身なりも整えて午前10時。
ヴィジホンにて、十師族当主たちと、九島烈や俺が顔を揃えていた。
〈昨日送付しました、『吸血鬼事件』概要資料は、皆様お読みになりましたか?〉
真夜が集まる皆に、念のための確認をした。
当事件に関わった者たち*1を除く皆が、真剣な面持ちで頷く。俺含め前者も、真剣な面持ちをしている事は変わりない。
〈では、事前知識が周知されているという前提で、再度報告いたします。……、USNAにてパラサイトが再出現し、その憑依者となった2名が、日本に上陸しております。その2名の内1人は、USNA軍スターズ総隊長にして十三使徒の一角、アンジー・シリウス。本名、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんです〉
『吸血鬼事件』が再発、しかも前回より広い規模で起こるかもしれない。ここに集まった者たちには、前日にそう報告されていた。
そして今日、事前知識を皆に周知してから、真夜は再度かつ詳細に報告し直したのだ。
補足だが、アンジーの素性を十師族当主たちと日本魔法師界の老師に明かす許可は、昨日バランスから貰っている。この期に及んで、彼女の素性を隠せるものではないと。ただ、世に公開しない事を条件とされている許可だったため、この真実はここに居るメンバーに留められる。達也と深雪が既に知っているのは、USNA・四葉間の公然の秘密、大人の事情だ。四葉と事を構えなくないという、バランスの裁量である。
〈アンジェリーナ・クドウ・シールズ……。閣下の弟さんの孫娘に当たる人物、
〈閣下の大姪となれば、戦略級魔法師であるのも納得ですね〉
自分たちにとってまだ実感のないパラサイトに関する問題を置いて、八代雷蔵と六塚温子はリーナについて言及した。両者共に、戦略魔法師に至った烈の大姪、その実力に感嘆しているようだ。
〈閣下の弟君、九島健殿がUSNAに遣わされたのはこちらにも記録がありますが。アンジェリーナ殿が閣下の大姪である事は真実なのでしょうか?〉
〈安心しろ、勇海。確認済みだ。交換留学の際、我が家の使いが彼女の健康診断に立ち会った。その時に遺伝子も確認させてもらっている。すり替えも許さぬ程、厳重にな。間違いなく、アンジェリーナ君は私の大姪だ〉
九島健がUSNAに遣わされてから、彼に関する情報はUSNAからあまり共有されなかったという事実。
それ故に、日本魔法師界の権威に対する血縁者がでっち上げられていないか、五輪勇海は不安を露わにしている。ただ、九島家も確かに九島健の子孫を詳細には把握していなかったが、リーナ個人は血縁者である確認が取れていると、烈はそんな不安を取り攫ってみせた。
リーナが交換留学の際に遺伝子検査されていたというのは、俺としては、というか九島家以外は初耳だが。違和感はない。日本魔法師界が親愛を抱けるよう、リーナは日本の縁者であると、USNAは示したのだろう。
リーナに対する深掘りはこの辺りで、次の議題を三矢元が提示する。
〈資料内容の確認と、認識のすり合わせをしたい。『吸血鬼事件』のパラサイトは、すべて処分した、という事で間違いないか〉
〈ええ。2体は四葉が*2、1体は九島と七草が共同で保管し、その他は全て消滅させましたわ?〉
〈四葉が2体?それはおかしいですね。『吸血鬼事件』の際、私は1体のみだと聞かされていたのですが*3〉
元への回答で真夜の口から明かされた情報を、弘一は逃さず追及した。その様子は、実に嬉々としたそれである。
〈共有する必要がないと思っておりましたので。私ども四葉も、九島と七草がどのようにパラサイトを保管しているのか、共有されておりませんし〉
これ以上追及するならお前らの所業もここで暴露するぞ。笑顔で青筋を浮かべる真夜からは、そんな心の声が聞こえた気がした。
〈あー、弘一。その事は、私に免じて許してやってくれ。真夜も、この通りだ。後、皆にも伝えておくが、以前のパラサイトについては、私たちの間で手打ちは済んでいるという事で〉
〈烈閣下、また何をやらかしたので?〉
〈ははは。舞衣、この老骨をそう痛めつけんでくれ〉
頭を下げ続ける烈にほとんどの者はこの事を呑み込んだが、二木舞衣だけは胡乱な視線を諫言と一緒に投げかける。烈は頭を下げたまま、ちょっと冷や汗をかきつつ、笑って流そうとしていた。
舞衣は仕方ないとばかりに溜息を吐いて、この事で口を開くのはそこまでにする。
〈出現したパラサイトの保管ないし処分は、その方法を既に確立している、という事でよろしいか?〉
建設的で率直な議論に持っていこうとしたのは、一条剛毅だった。
〈その方法を持っている、という意味ではイエスですが。その技術を確立している、という意味ではノーです。パラサイトはスピリチュアル・ビーイング。その存在にダメージを与えようとすると、精神干渉系が必要になります。合わせて、視覚的に存在しない相手を対象に出来る能力も〉
〈精神干渉系の適性と、特殊な知覚能力が必要、ですか……。そうなると、我々十文字家は対処が難しい〉
対パラサイトに必要な能力が真夜から開示された訳だが。必要な能力を1つも持っていない克人は、その表情が険しいものとなった。
〈あくまで本体の消滅に必要な能力がそれである、と、資料からも窺えます。憑依者の捕縛自体には、それらの能力は必要ないでしょう。もちろん、取れる手が憑依者の捕縛しかなくなるという点では、それらの能力も持っているべきですが〉
打ちひしがれる克人を慰める、というより、自分たちでも取れる手段を明確にする七宝拓巳。ただ、パラサイトの対処に自分たちが不適格という認識も、正しくしているようだ。
「十師族当主の皆様、老師。パラサイト憑依者の対処は、俺たち四葉家が引き受けます」
拓巳が作った流れに乗るように、俺は敵を直接叩く役へ、自ら名乗り出た。
皆、驚きはないが、神妙な表情になる。
〈十六夜殿、訊きたい事がある。君は、その侵入者たちを如何に処分するつもりだ?〉
元が皆の思いを代表するように、その疑問を真っすぐぶつけてきた。
真夜も含めて皆の視線が、俺に集まっている。
「少なくとも、アンジェリーナの方は憑依者含めて一時的に封印。可能なら、後日パラサイト本体を除去したいと、思っています」
〈可能なのか〉
「封印の方は、外部協力者に依頼する形ですが、可能です。除去の方も、可能性はあります」
元の詮索に、俺は正直な返答をした。
そう。除去も、出来る可能性が俺にはあるのだ。
単純な話、『グレート・オールド・ワン』を使えば、憑依中のパラサイトでも消滅させられる。代わりに、憑依者の精神も壊す事になるが。壊してしまったら、『
だから、『
だが、俺はその手は最後の手段と考えている。払う対価が『
それに、正直な話、怖いのだ。俺は、リーナをしっかり書き戻せるか、不安なのだ。
(寿和やマーシャル、澪の時は、パラサイトの影響を受けていなかった。だから、彼らの存在情報を見たとおりに書き戻せば良かった。でも、リーナは違う。パラサイトの影響を受けているし、レイモンドと同化した事による変容もある。今までどおりの、見た存在情報どおりの書き戻しでは、
防衛大臣の娘を含めた都合4度の施術は、言うなればコピー&ペースト、与えられたプログラムコードの丸写しだ。対して、リーナにしなくてはいけない施術は、コンピューターを前のバージョンに戻す事。人間の存在情報にバックアップもなければジャーナルファイルもないのだから、ロールバックはできない。
パラサイト憑依以降の記憶を消せば良い、とも行かない。パラサイトの憑依は脳自体を変質させている。記憶を消したところで、脳の変質は残る。
パラサイト憑依の前後では、その者の思考は変わっているのだ。
故に、『
〈十六夜殿。私が思うに、対処だけを考えたなら、アンジェリーナ氏は遠方からの狙撃や毒などで殺してしまった方が良い。捕縛するとなると、戦略級魔法師は難敵が過ぎる。強化もされているのだろう?パラサイト憑依者は。なら、彼女自身は殺してしまって、別の者に憑依させてしまった方が、対処は格段に容易になる〉
元の意見は実に合理的で、相手がリーナではなかったら、俺も素直に頷くようなモノだった。
正直、パラサイトに憑依されて強化されたリーナは難敵だ。俺、真夜、司波兄妹、周妃、周胤。この6人に囲まれて、レイモンドと共に無傷で逃走できているのが、その一端と言える。
その手段は、『パレード』で座標偽装した後の、長距離『疑似瞬間移動』だ。俺たちの目では当然、達也の眼ですら一瞬で見失った。
おまけに、リーナとレイモンドは飛行魔法が使えていたのだ。空中も自由に飛び回られるとなると、座標偽装なしでも狙いが定められない。
以上を加味すれば、そんな相手は遠距離から狙撃で射殺とかした方が良いだろう。
でも、リーナだからダメだ。
彼を説得するため、原作展開や感情論ではなく、俺は別の合理的論理を展開する。
「彼女は五体満足で確保できれば、見込める利益があります。日本に取り込める、あるいはUSNAに貸しを作れる、という利益です。戦略級魔法師ですから、どちらに転んでも大きな利益となります」
〈そうだな、それは私も想定した利益だ。だが、コストやリスクに見合っているだろうか?パラサイトは常に増殖する恐れがあるのだろう?〉
当然、俺の返答に、元は損益の話で切り替えしてきた。彼の中では、見込める利益に対して、負うコストやリスクが見合ってないようだ。
確かに、俺も正直、『吸血鬼事件』の再発による死傷者の発生やパラサイトの増殖に対し、利益が見合っていると、自信満々には言えない。
リスクヘッジの観点で言えば、元の方が正論だ。被害は出さない、少なくするに越した事はないのだから。
俺は言葉に窮する。その正論に対する論理的な反論は、持ち合わせていない。
どうすれば良いか考えあぐねる。
その間に、助け舟が出される。
〈暗殺するにしろ、捕縛するにしろ、四葉の協力は必要ではないかな?元。パラサイト本体への対抗手段を持っているのは、今のところ四葉家だけなのだから〉
助け船を出してくれたのは烈だ。彼は四葉という実働部隊の意を汲むべきと、意見してくれた。
〈それはもちろん理解しています、烈閣下。ですが、四葉しか対抗手段がないとして強権を行使されては、足並みを合わせる事すら叶わない。ここで全体の意志を定めるべきでしょう。そして、それには四葉も従ってもらう〉
〈無理矢理従わせて、現場の意欲を削ぐ必要はない、という話だよ。そも、損害を抑えるのは、現場でなくて監督官の仕事ではないかな〉
初めから総意を決定しておいて、後で指揮系統が混乱しないようにしておく、という元の考えだったが。実際対処に動くのは四葉で、自分が監視する地で被害を抑えるのはそれぞれの仕事、という話を烈が展開していた。
まだ反論はできる様子の元だったが、彼は周りを見渡す。静観しているのがほとんど、俺の肩を持とうと睨んでいるのが温子のみ。真夜は目を伏せているので、静観側だ。
〈ふむ。あまり総意を得られそうにはありませんか。……仕方ない。四葉とどう協力するかは、各家の判断に任せます。四葉への情報共有は前提として、だ〉
ここで自分の意見を貫くのは後で責任を負わされかねないと思ったのか、元はそういう妥協案に落ち着いた。
〈侵入者の目撃情報共有は絶対とし、四葉との共同作戦は各々の判断に任せる、という事なら、二木家も賛成します。皆様は、何か意見や異論がございますか?〉
終着に近づいてきた事を読み取り、十師族の年長者として総括にかかる舞衣。彼女は参加者それぞれに目をやり、口を開く者が居ない事を確認する。
〈異論ないという事で、以上の案で決定としましょう〉
そうして、舞衣のその言葉で、この会議は締められるのだった。
閲覧、感謝します。
次回の更新は、11月24日の予定です。