魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百四十五話 アリアドネの糸

2097年6月17日

 

 月曜日。時は既に夕刻を迎えている。

 俺、真夜、達也は、ヴィジホンの画面越しに、顔を合わせる。

 

「……リーナの所在は」

 

〈まだ何処からも。……『パレード』、厄介ね。監視カメラももちろん、人の目すら潜り抜けるあの魔法を使われては、足取りを追う事も難しいわ〉

 

 俺の開口一番に、真夜は冴えない顔で返答した。

 そう。現状、リーナの足取りは追えていないのだ。

 

〈サイオンレーダーは?〉

 

〈搔い潜られています。レーダーシステムをハッキングしているとは思えないから、上手く隠蔽しているようね〉

 

〈最悪、『パレード』はサイオン反応すらも偽装できる可能性があります〉

 

〈そうだとしたら、お手上げね。あっちが気を抜いて変装を解いてくれない限り、我々に彼女たちを捕捉する術はないわ〉

 

 達也が提示した可能性に、真夜は溜息をついた。

 そこで、沈黙が挿まる。

 

〈……十六夜。疲れているか〉

 

 自分でも気付かず俯いていた俺は、達也のその声で引っ張り上げられる。

 俺の事を心配するように、達也だけでなく、真夜もこちらを見つめていた。

 

「……疲れてはいるさ。心労が絶えん状況だよ。……まさか、リーナがパラサイトに乗っ取られるなんて」

 

〈十六夜。リーナを、どうする〉

 

 また俯きそうになる俺に、言葉を重ねる達也。言葉にもその表情にも、優しさが垣間見える。

 

「……どうにかしてリーナを元に戻す。そうすれば、リーナに多大な恩を売れる。どう転んでも、四葉の利益になる」

 

〈『元に戻す』、か。そんな方法があるのか?〉

 

「元に戻す、というか、正気に戻す事は可能だ。俺とリーナで一旦同期し、そこに俺の自己暗示を掛ける。俺たちはパラサイトじゃないと暗示を掛ける事が出来れば、リーナを正気に戻す事だけは可能だろう。パラサイト憑依者である事実は、覆せないが」

 

 達也からリーナを元に戻す方法を問われたので、俺は達也に共有されている偽情報に合わせた嘘をついた。

 自己暗示の精神干渉系を持っているという偽情報を掴まされている達也なら、この嘘が筋の通った真実だと、騙されてくれるだろう。

 

〈……そうか。……、それなら、確かに正気に戻す事だけは可能そうだな〉

 

 達也の返答には、タイムラグがあった。俺の騙った方法案の正当性を思考したのか、とも思えるが。判然とはしない。

 

〈除去の方も可能性はあると、会議の時に言っていましたね。その方法は?〉

 

「……対パラサイト用に編み出した精神干渉系魔法があります。それならば、パラサイト本体は間違いなく消滅させられる。ただ、範囲を対象とする魔法ですので、リーナ自体も対象になってしまうという懸念点があります。その懸念点を、どうにか解消できれば、と」

 

 真夜の追及に対し、俺は『グレート・オールド・ワン』について開示するかを迷ったが、とりあえずそれだけはぼかした。他の情報には、嘘を混ぜていない。

 

〈リーナに被害が及ばない事に賭けるか?〉

 

「いや、安全が確保できないなら、少なくとも理論的に安全であるという立証ができないなら、使う気はない。まずは、正気に戻して、しばらく保護したい」

 

〈……そこまでする意味が、あるのか?〉

 

「…………は?」

 

 達也が慮るような表情をしながらも吐いたその薄情な言葉に、俺は唖然とした。

 彼は、いったい何を言ってるんだ。

 

〈短時間の同化とはいえ、同化は同化。お前に悪影響が出る事は、ほぼ間違いない。お前がそんなリスクを負う必要が、本当にあるのか?〉

 

「……達也?……お前は、何を言ってるんだ?俺がリスクを負う必要なんて、そんなモノ、あるに決まってるだろ?……いや、そうか、達也。あれだな、俺がリスクを負うまでもない方法を思いつい―――」

 

〈お前にリスクを負わせるくらいだったら、リーナは殺しても良いと思っている〉

 

 俺は、一瞬呼吸を忘れた。

 

〈十六夜。リーナがパラサイトに憑依されてしまったのは、リーナ自身とUSNAのせいだ。俺たちがリスクを負ってまで、USNAの尻拭いをする必要はない〉

 

「そんな訳あるか!リーナが憑依されたのは俺のせいだ!俺がレイモンドをあんなに煽らなければ、リーナがパラサイトに憑依される事はなかった!俺はその俺のミスを清算したい。俺は、俺の罪を―――」

 

 俺は思わず、声を荒げていた。罪を償わなければと、熱くなっていた。

 そんな時に、冷や水を被る。

 

 インターホンのチャイムが鳴ったのだ。

 

 達也と真夜、何か言おうとして口を開ける2人も、そのチャイムで沈黙を作っている。

 

「……すまない。ちょっと見てくる」

 

 俺は席を外した。来客の確認に動いていた周妃も制した。

 頭を冷やすには丁度良いだろうと、俺はそうしたのだ。

 そうして、インターホンを覗き込む。

 

〈ハロー、サキー。来ちゃった〉

 

 リーナの姿が、画面に映っていた。

 

「なっ、り、リむぐぅ!」

 

 俺は大声を出しそうになった口を、咄嗟に手で塞いだ。

 ここで大声を出せば、間違いなくヴィジホンがその音声を拾う。達也たちがリーナの来訪を知る事になる。知られるだけなら構わないのだが、動かれると困る。

 リーナの目的は分からないが、ならばこそ、相手の敵意を煽りたくない。

 

 俺は、周妃へと目をやった。

 

(ヴィジホン通話、画面を閉じておきます。サウンドはミュート、こちらのマイクはオンにしたままで)

 

 周妃は俺の考えを読み取ってくれたようだ。出来る部下である。部下じゃないけど。

 

〈サキー、どうしたの?〉

 

「……いや、何でもない。……1人か?」

 

 周妃のヴィジホン操作を見収めてから、平常さながらのリーナに、俺は言葉を返した。

 インターホンの画面には、リーナしか映っていない。レイモンドの影がない。もちろん、『パレード』を使えばいくらでも隠しようがあるので、だからこそ訊ねている。

 

〈ええ、1人よ?レイったら酷いのよ?仲間になる気がないなら、サキーたちなんか殺した方が良いって言うの〉

 

 リーナは友人と喧嘩したような、そんな小さな不機嫌を露わにしていた。

 それで、俺は違和感を覚える。

 

(意志の統一が、されていない?)

 

 レイモンドとリーナはパラサイト憑依者として既に同化しているはずだ。なら、意志の統一が行われている。個性は多少残るだろうが、活動方針で意見を違えるなんて事はない。

 なのに、レイモンドとリーナは、俺たちへの対処方法で揉めている。

 何故、そんな事になっているのか。

 

〈ねぇ、サキー。インターホン越しなんて寂しいわ?家に上げて?〉

 

 リーナはそう、友達へするように、ただの少女のように、小首をかしげてお願いしてきた。そこに、凄んでいたり、睨んでいたりするような、こちらを脅迫する態度は見られない。

 俺への接触に積極的である事以外、以前のリーナと変わりないような、そんな感触を受ける。

 

「……分かった」

 

 違和感の正体やこの感触の理由を探るべく、俺は、リーナと対面して話す事にした。

 同時に、このリーナの様子を、達也と真夜にも認識してもらう。ヴィジホンのカメラとマイクは、まだ繋がったままだ。こっちから一方的に映像と音声を送っている。

 

「リーナ。家に上がる前に、インターホンの横にある端末で、光彩と指紋の登録をしてくれ。しないと警報が鳴る」

 

〈……サキー、USNAでも家にはこんなセキュリティ敷かないわよ?〉

 

「親から言い渡された、独り暮らしするための条件だ。俺は『四葉』だからな」

 

〈……そう考えると、普通なのかしら?いや、そもそも名家の子息が独り暮らししているという時点で普通じゃない気が。……、はい、やったわよ?〉

 

 リーナは無理に上がってくる事もなく、素直に手順を踏んでいた。パラサイトに憑依されているとは思えない程に、普通だ。

 

「手間を取らせた。リビングはこっちだ」

 

「私室じゃないのね、残念」

 

 玄関のドアを開けて招き入れれば、リーナは言葉とは裏腹に笑顔だった。

 

 そうして、俺とリーナはリビングへ、達也たちとの通話がまだ繋がっているその場所へ。俺たちはテーブルを挿んで、椅子に腰を落ち着ける。

 周妃がアイスティーを差し出せば、「ありがとう」と躊躇いもせず口を付けていた。

 

「……嬉しい」

 

 リーナが、そう言葉を零しながら、コップをコースターへと置き直す。

 

「……何がだ?」

 

「サキーは、ワタシがパラサイトに憑依されているのを知りながら、そんなに態度を変えない事。さすがに無警戒じゃないのはプシオンで分かるけど。それでも、こうしてワタシを受け入れてくれた」

 

 リーナが俺を見つめる。

 その瞳は、何処か暗いように感じられた。何か、光がないような。

 

「……リーナ、俺は君を元に戻したいと思ってる」

 

「……『リーナ』、『リーナ』って呼んでくれるのね。前はリーナさんって、『さん』を付けてたのに」

 

 リーナとって俺の敬称略の方が重要なのか、返答はせず、乙女のように自身の両手を絡ませながら頬を赤らめていた。

 ただ、彼女の乙女心に付き合っている暇はない。

 

「リーナ、協力してくれ。君を戻せる可能性はあるんだ」

 

「どうして戻る必要があるの?この状態ならサキーと、タツヤやミユキたちとも一緒になれるのよ?」

 

「パラサイトは、その憑依者ごと人類の脅威として排除される。このままじゃ、危険なんだ」

 

「サキーもタツヤもミユキも一緒なら、どんな敵だって怖くないわ?ねぇ、だから、一緒になりましょう?」

 

 俺は、リーナとのこのやり取りに、表情を険しくする。

 こちらの話を聞いていない、というのではない。それはまるで、特定の回答しか受け入れないプログラムのようだ。

 それらしい言葉が返ってくるから会話が成立しているように見えるが、リーナは似たような問答を繰り返している。おそらく、こちらが「イエス」と言うまで、繰り返すだろう。

 

(これは、本当にパラサイト憑依の弊害か……?)

 

 パラサイトは生存本能と、憑依者の最も強い感情を刺激する。

 ただリーナは、生存本能がないような、己の意志だけに囚われているような、そんな状態であるような気がしてならない。

 

(通常の、パラサイト憑依じゃない……)

 

 あまり頼った事がない己の勘が、そう自身に告げている。

 リーナの状態は、ある意味で俺や周公瑾に似ているのだ。己の目標だけを目指している、パラサイト憑依者。

 その状態となる理由は1つ。

 パラサイトの憑依に対して、何らかの対抗手段を持っている事。

 俺の『リライト能力』や、周公瑾が持っていたとする対妖魔魔法のようなそれを、リーナは持っていたのか。

 

「……リーナ、レイモンドとテレパシーは出来ているのか?」

 

「うん?ええ、出来ているわよ。今もレイモンドからテレパシーが飛んできているもの。いくら話してもワタシの意見を通してくれないから、受信拒否してるけど」

 

 リーナの回答は、俺の望んだモノではなかった。

 俺や周公瑾と似たような手段で対抗しているなら、そもそもレイモンドとはテレパシーが通じていないはずだ。

 しかし、他のパラサイト憑依者と意志が統一されていない点は、俺や周公瑾と共通している。

 

大人(ターレン)。彼女の様子は、どうにも我々と近しいようで、遠いように感じられます)

 

(……そうだな)

 

 周妃からのテレパシー。リーナがこれに反応している様子はない。やはり、俺たちとは違う。

 リーナの反応がないのを良い事に、このテレパシーで周妃と議論する。

 

(この状態になる理由、お前は見当付くか)

 

(強い精神を以ってすればパラサイトの影響を抑えられる、という理論を何処ぞの書物で読みましたが。あれは信憑性が薄い仮説でしたし、彼女がその状況とも思えません。考えられる理由は、やはり対妖魔魔法かと)

 

(対妖魔魔法だとしても、この状態はおかしくないか?結局パラサイトには憑依されてるし、人格が変容してるぞ?)

 

(パラサイト憑依に主眼を置いたモノではなかったのかと。そも、それに主眼を置いていたら、用途が限定的すぎます。数多の妖魔と戦う専門家でもなければ、もっと用途の多い魔法を持つかと)

 

 周妃の論述に、俺は得心する。

 仮想敵をパラサイトに限定した魔法ではなく、もっと広い用途の魔法。リーナの現状は、その魔法で中途半端に対抗したため。という説だ。

 有力説だが、もう少し考えなくてはならない事がある。

 どうして、リーナがそんな魔法を持っていたか、だ。

 妖魔、悪性のスピリチュアル・ビーイングと相対する機会は、滅多にあるモノではない。今至っているパラサイトとの接触だって、マイクロブラックホール実験をしなければ発生しなかった、イレギュラー中のイレギュラーだ。

 そんな万どころか億が一の可能性に備え、対妖魔魔法を持っておくというのは準備が良すぎる。その億が一すら許容できないという、対妖魔に対して偏執的すぎる対応だ。

 リーナがそんな妖魔嫌いだったとは、とても考えられない。

 

(第三者、かな。妖魔嫌いの誰かが、リーナにその対抗魔法を与えた)

 

 俺は第三者の介入が思い付く。

 誰かがリーナに対妖魔の魔法を与えたとすれば、妖魔嫌いではなさそうなリーナがその魔法を持っていた理由として、一応筋が通る。

 しかし、これでも疑問点は残る。誰がリーナにその魔法を与えたのか、という事。妖魔嫌いにしては対策が中途半端、という事。以上2点だ。

 

 思考で至れるのはここまで。後は、リーナからどう判断材料を得るか、だ。

 もしかしたら、リーナにその魔法を与えた者が、リーナの現状を改善する術をもっているかもしれない。パラサイトに対しては中途半端な対策だったとはいえ、影響は及ぼす術を持つ者だ。その希望はあるだろう。そう考えると、なおさらこの疑問に答えを得ておきたい。

 

「……リーナ、少し訊きたいんだが。君の現状は、パラサイトに憑依されている状態は特殊だ。通常の憑依者とも、俺とも違う。その心当たりはないか?」

 

 迷った末に、俺はストレートに訊ねる事にした。良くも悪くも、今のリーナは俺に好意的だ。探りを入れるように迂遠な問答をするより、真っすぐ言葉にした方が良い、と、俺は思ったのだ。

 

「特殊?ワタシはそうは感じていなかったけれど。それが、サキーがワタシと一緒になる事を拒む理由だったりするかしら?」

 

「……そうだ。今のリーナと心を通わせるのは、正直怖い」

 

 元のリーナと心を通わせるのには、俺は一切躊躇いを持たないが。パラサイトに憑依されているリーナと心を通わせるのは怖い。

 何も嘘はついていない。リーナの言う『一緒になる』については答えているようで、何も答えていないだけだ。

 

「なら改善したいのだけど……。心当たり、心当たりねぇ……」

 

「憑依される直前に魔法を使った訳じゃないのか?」

 

 リーナが話に乗ってきたので、俺はこれ幸いと尋問を続ける。

 

「ワタシはサキーたちみたいに精神干渉系は持っていないんだもの、使ってないわよ?」

 

「じゃあ、そうだな……。何か、そう、例えば特殊な法機、刻印型術式を使ってるタイプの物を持っていた、とか」

 

「コクインガタ……?ああ、魔法式を幾何学模様化して、あらかじめ刻んでおく技術ね。でも、そんなのを使ったCADなんて、ワタシ持ってたかしら?」

 

 考え込むリーナ。すっとぼけている様子ではないし、だとすると、彼女自体にはその手の物を身に着けていた認識はないのだろう。

 で、あるならば、彼女にはその認識がない物だ。そっち方面で探ろう。

 

「軍人としての備えではない物で、常に身に着けている物は?」

 

「うーん、あんまりアクセサリーには興味ないし、壊れたら嫌だから、そういうのは身に着けないんだけど……。あ、そうだ。これ、御守。普段は持ち歩かないんだけど、その時にだけは持ち歩いてたの」

 

 俺の予想はちょっと外れていたが、当たりには繋がったようだ。リーナはポケットから御守を取り出した。

 それは、神社とかで市販されている御守に、よく似ている。ただ、「家内安全」とかではなく、ただ「御守」としか刺繍されていないが。

 

「……ちょっと貸してもらえないか?」

 

「貸すのは良いけど、開けちゃダメよ?パパから開けちゃダメだって言われてるの。パパはグランパからそう言われたって」

 

「……祖父から受け継いできた物なのか?」

 

「そうよ?マスター・レツの弟、ケン・クドウから」

 

 リーナから俺の掌に乗せる形で貸してもらいつつ、この御守、その元々の所有者をリーナの口から聞けた。

 おおよそ、ビンゴだ。

 ケン・クドウ、九島健、九島烈の弟にして『九』を冠する家の人間。『九』は古式魔法を対人目的に再構成した家。古式魔法の知識を持つ者たちだ。

 ならば、対妖魔の古式魔法を、どこかで聞きかじっていても不思議はない。むしろ、対策が中途半端だった理由が専門家ではなかったからと、辻褄が合う。

 

 さて、それでは。この御守を封も解かずにどう調べるか、であるが。

 

「ちょっとすまん」

 

 俺は一応詫びを入れつつ、その御守に『付喪神』を掛けた。

 パラサイト由来の能力を使っている事はリーナも感じ取っているようだが、小首をかしげて御守を注視するだけで、止めにかかっては来ない。

 

「周妃、何か絵をかける物」

 

「紙と鉛筆でよろしかったでしょうか」

 

「むしろよく用意できたな……」

 

 ある意味で一番最上な道具を即座に持ってきた周妃に呆れつつ、俺は昨今供給量が少なくなっているそれらを受け取る。

 

「何をするの?」

 

「模写、と言うか転写か?今この御守は、俺の一部だ。構成材料とまではいかないが、形は完全に把握できる。それが、目に見えない、袋の中身でも」

 

 リーナの好奇心に応え、俺は御守の中身を、紙に書き起こす。

 刻印型術式とは、物体の凹凸によって描かれた幾何学模様だ。ならばこそ、形さえ把握できれば、その形を絵に書き写すのは難しくない。絵画のセンスが必要になるが、四葉の遺伝子は優秀だ。瞬間をそっくりそのまま描くでもなければ、下手な絵にはならない。

 

「……ま、書き起こしたは良いが」

 

 御守の中身。幾何学模様が彫られた板は、ちゃんと紙に転写し終える。もちろん、表・裏、どっちもだ。

 ただ、転写したは良いが。その転写した絵で分かるのは、この御守の中には幾何学模様が彫られた板があるという事だけだ。

 

「……これが、御守の中にある物?……何か、マジックサークルみたいね」

 

 紙に書き起こされた絵に、ちょっと興が削がれたように零したリーナの感想がそれ。

 俺としても、似たような感想だ。二重円の中心に六芒星、内円と外円の間に描かれている何語か分からぬ文字列で、ファンタジー世界の魔法陣としか形容しようがない。

 

「……当たり前だけど、効果がまるで分からないな」

 

「失礼ながら申しますと、私もです。六芒星が描かれていますが、古式魔法のどんな流派も取り入れているモノです。意味が似通う事はありますが、流派次第では全く別の意味になる事もしばしば」

 

 周妃も幾何学模様を覗き込んでいたが、残念ながら詳細は不明、のようだ。

 

「とりあえず。この御守から分かる事は、やはりこれは刻印型術式のような技術を用いた法機で、刻印されているのは古式魔法っぽい、という事だ」

 

 そして、これが九島健の創作物である確率が高い、という事。

 それらが、俺の収穫となる。

 

「リーナ。この魔法について詳しく調べたい。時間を貰えないか」

 

「うーん、長くは上げられないわ。レイが煩いし、追手がしつこいし」

 

 さりげなくリーナを追えている者の存在が発覚する。

 予想できる最悪は、『魔を嫌う集団』か。いまだあの集団は謎が多いので何とも言えないが、問答無用でリーナを殺しにかかってもおかしくはない。

 

「……2週間だ、2週間くれ。それまでにどうにかする」

 

「分かったわ。それじゃあ、2週間後」

 

 俺の時間指定を、リーナを驚くほどあっさり呑み込んだ。

 そうして立ち上がり、この場を後にしようとする。

 

「……サキー?」

 

 玄関へと向かう足を止めて、リーナは振り返る。

 

「……なんだ?リーナ」

 

「……、絶対、一緒になろうね?」

 

 リーナは、とても晴れやかな、ともすれば恋する乙女のような笑顔を浮かべながら、俺を、光のない瞳で見つめていた。

 

「……。ああ、リーナ。心から分かり合える、友達になろう」

 

 俺も、笑顔を返した。

 絶対に彼女を元に戻すと、心の中で誓いながら。

 

 彼女は、満足げに目を細めながら、玄関を潜り、その姿を消したのだった。

 

 俺は踵を返すように、ヴィジホンの前へと戻る。

 画面を付け、音声もオンにして、映る達也と真夜にこう告げる。

 

「この魔法の解析をする。達也、母さん。手伝って?」

 

 リーナを救うために。

 罪を、償うために。




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 次回の更新は、12月8日の予定です。
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