魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

146 / 179
第百四十六話 蛇の道は蛇

2097年6月18日

 

 本日は火曜日。学生は絶賛修学中の平日だ。

 本来なら俺も第一高で勉強していなければならないが(相変わらず保健室で)、正午も近づこうという時間に、自宅に居た。

 しかも、ヴィジホン越しで烈と相対している。

 

「お忙しい中、お時間を作ってくださり、大変ありがとうございます」

 

〈何、君の呼び掛けなら、進んで応じるとも。それに、大姪の捜索で忙しいと言っても、実際に動いているのは配下たちで、指揮しているのも真言たちだ。私は暇な方だよ〉

 

 烈はこちらの肩の荷が下りるよう、そう穏やかに応じてくれていた。

 

〈しかし、良かったのかい?第一高の校長は、百山君だったろう。彼は子供が学ぶ事については柔軟に対応してくれるが、ズル休みには煩いと記憶しているんだが〉

 

「ご安心を。一応それらしい理由で病欠扱いとしてもらっています。病弱体質の改善に向け、精密検査をすると」

 

 悪い事している子供と頭の固い友人を笑う烈。俺は、その友人がまだ頭の固いままであるとしつつ、俺は理由をでっちあげて休んでいると明かした。

 十師族の仕事がある、という理由で公休が取れれば良いのだが、第一高の校長はその手の強権に反感を覚える人だ。パラサイトの再発を教える訳にもいかないので、俺たち四葉はテキトーな理由をでっち上げる他なかったのである。

 それでも公休扱いにはならないし、校長はでっち上げであると勘付いているようだった。

 ただ、こっちがそうまでして動く切羽詰まった状態である事も察したから、病欠扱いにしてくれているのである。まぁ、これが通らなかったら、俺は不登校で押し通るつもりだったが。

 

〈そういえば、君は保健室登校なのだったか……。パラサイト憑依の影響は、それ程に酷いのかい?〉

 

「俺が元より人混みが、他人の視線が苦手、というのがあります。そこに、パラサイト由来のプシオン感知が合わさって、元の体質が悪化したような状態になっているだけです。気を張っていれば、体調を崩す事はありませんよ。記者の視線が集まる会見は、無事に対応できますからね」

 

〈……ふむ。……リーナ君は、君のような特殊な状況には陥っていない、と〉

 

 烈はどうやら、リーナが俺と同じ病弱体質になっていないか、多少の心配を抱えていたようだ。病弱体質になっていないと分かり、小さな安堵を漏らしていた。

 ただ、老骨に鞭打つようで申し訳ないが、そう安堵してほしくない。

 

「老師。正直、リーナは俺以上に厄介な状態となっているかもしれません」

 

〈……そうか。君が学業を蔑ろにしてでも対処を優先したのは、そういう事か〉

 

 俺はシリアスな面持ちに、烈は合わせて顔も気も引き締めた。

 

〈私へいの一番に連絡したという事は、古式魔法関連……。いや、私の弟関連かな〉

 

 気を引き締めればこの通り。こちらの思考を即座に読み取るのは、さすがは老師と言ったところか。伊達に大戦を生き延びた老兵ではない。

 

「どちらも、と言うのが正確かもしれません。九島健から受け継いだとされる御守が、リーナの憑依状態に影響を及ぼした可能性があります。今彼女は、俺とも、通常の憑依者とも違う状態にある。問題は、俺の想定を超えている事です。超えていなければ、彼女を元に戻す方法はありました」

 

〈健の、古式魔法か……〉

 

 俺が事の切迫を態度で示せば、烈は考え込んだ。それは、情報開示を渋っている、という様子ではない。

 

〈……実のところな、弟は、健は古式魔法に傾倒していた。健は私と同じく、ファンタジーが好きだったからなぁ〉

 

 懐かしげに、悲しげに、烈は語る。再会が叶わなかった弟との思い出を、彼は掘り起こす。

 

〈特に、精霊とか、妖魔とか、それらに関する知識を進んで集めていた。空想だと思っていたそれらが現実に在ったと知って、憧れを抑えられなかったのだろう。当時でも『九』の家と確執があった古式の家に、積極的に、好意的に接していた〉

 

 烈の語りに、俺はある得心をする。

 烈より『パレード』が得意だったという事。

 それと―――

 

「だから、追い出されたのですね。九島家からも」

 

―――日本追放を、九島家が突っぱねなかった事。

 九島健は、九島家の中でも異端扱いだったのだろう。だから、『パレード』という一部分とはいえ、烈より優れた部分がある直系を手放した。

 日本国によるUSNA派遣という命令に、当時の九島家は同乗したのである。

 

〈……健は、古式魔法師たちの神輿になりかけていた。あのまま日本に居たら、面白くない事が起こっただろう。そう、当時の私も納得していた、してしまった〉

 

 古式魔法師たちとの積極的かつ好意的な接触が、九島健を危うい立場にさせかけた。きっと、九島健も善意で、『九』の家と古式魔法師たちを和解させたいという思いで、動いていたのだろう。結果、神輿として担ぎあげられかけるというのは、努力が水泡に帰すようで、虚しい話だ。

 故に、そんな虚しい結末を避けるためだと、当時の烈も納得して、弟と別れた。それが、今生の別れとなるとも知らずに。

 

〈最後は、喧嘩別れとそう変わりなかったよ。『兄さんも僕を捨てるんだ』。『これはお前のためなんだ』。……それが、健と交わした、最後の言葉だったよ〉

 

 烈の背中は、どんどん丸まっていく。

 

〈……当時は大戦前とあって、酷い緊張状態でね。電話どころか、手紙のやり取りすら厳しい制限が掛けられていた。特に、私と健は『九』の魔法師だ。どうにか1通だけは健に送れたが、返事は帰って来なかった。出来なかったのか、しなかったのか……。どちらなのかは、今でも、分からない……。葬式に行くどころか、健の子供たちと話す事すら、遺品の1つを貰う事すら、出来ていないからね……〉

 

 烈は後悔を、絞り尽くした。

 目頭を右手で覆った後、彼は背筋を伸ばす。

 

〈すまない、老人の昔話に付き合わせてしまった。君に伝えたかった事は、健がしていた古式魔法に関する研究資料は、そのほとんどが彼の手で持ち出された、という事。合わせて、残っていた物も当時の当主たちが焼いてしまっている。そして、健が持っていた資料は生前も死後も、何1つ私の手には渡っていない、という事だ〉

 

 昔話に付き合わせたせめてもの詫びとしてか、烈は昔話の節々にあった情報を抽出・要約した。

 烈は健がしていた研究の資料を何1つ持っていない。健本人どころか、その子供たちとの交流もいっさい絶たれているとなれば、然もありなん。

 そして、弟への想いが世情で蔑ろにされてきた烈の悲しみは、推して知るべしだ。詮索するのは、野暮が過ぎる。

 

「当時、九島健さんが交流を持っていた古式魔法師は、把握していますか?」

 

 とかく。九島健本人の資料がないのだとすれば、彼の足跡を辿るしかない。彼に古式魔法の知識を教えただろう者たちを、辿るしかない。

 

〈……文通の手紙は残っている。健が鍵付きの棚に隠していた物だ。私がピッキングしたがな。文章は暗号化もされていたが、アナログのそれだ。解読も出来ている〉

 

 烈は凄く悪戯っぽく、口の端を吊り上げていた。この男、弟の秘め事を暴いていたのである。

 

〈公共機関を使わずに手紙をやり取りしていたようだし、送り主の本名も伏せられている。分かるのは、送り主のあだ名が『なっちゃん』である事だ。うむ。筆跡や文体を見る限り、女性だな?健め、一族同士で溝がある女の子と仲良くしていたとは。あいつも隅に置けないものだ〉

 

 しかも、弟の恋路を嬉々として探っていた。公共機関の使用履歴も辿っているとか、生き別れの兄弟相手でなければ、通報待ったなしだ。

 

「つまり、送り主は特定できていない、という事ですね?」

 

〈ああ。紙自体に細かな折り目がある事から、いわゆる『式紙(しきがみ)』、紙自体を操る魔法で郵送していたと考えられる。だから、相手が古式魔法師である事は間違いない〉

 

 紙を操る事しかできないような魔法。そんな用途が少ない古式魔法を会得しているとなれば、確かに烈の推測したとおり、生粋の古式魔法師である確率が高い。

 どうにか接触したい相手だ。

 

「その手紙を見せていただく事は可能でしょうか」

 

〈紙の状態が悪い。動かすのは、あまりやりたくない。これが、私にとって数少ない弟の残滓だからな〉

 

「俺が直接伺います。明日か明後日、お時間ありますか?」

 

〈ふむ、明日なら夕方頃になってしまうかな?明後日なら、丸1日時間を作れるが〉

 

 頭の中でタイムスケジュールを確認しただろう、顎に手を置く烈。『丸1日時間を作れる』と言っている辺り、俺の来訪を望んでいるようだ。

 なら、ちょっと強請(ねだ)ってみよう

 

「明日の夕方から明後日の1日まで、お時間をいただく事は可能でしょうか」

 

〈それは、侵入者捜索の協力という名目が用意できるから、可能ではあるが……。何を考えている?〉

 

「何、少し老師のお力をお借りしたいだけですよ」

 

 俺は、不敵な笑みを烈に向けた。

 烈は俺の思惑が読めないようだったが、面白そうだと、俺のお強請りを叶えてくれるのだった。

 

 

 

 幸いな事に、烈への交渉は午前中で済んでしまった、そんな午後。

 俺は、余裕があればしようと思っていた事を、余裕があるのでしている。

 

 俺は、長い石段の前に居た。九重寺(きゅうちょうじ)、九重八雲の寺だ。

 

(ここに来るのは、2回目だな。1回目は、俺がパラサイトに憑依されている件だと、誘き出されたんだったか。本命は俺の『リライト能力』、『英雄』だの『聖女』だのの話。あの時は、肝を冷やした)

 

 石段を上りつつ、俺は1回目の事を想起した。

 あの時は『魔を嫌う集団』でありながら四葉家のスポンサーである東道青波に、問い詰められたのだった。

 お前が、今代の『聖女』かと。

 正確に言うと、俺が疑惑を解くまで『聖女』と断定していたし、今でも悪い事をしない『聖女』と判定されているのだが。

 

(ま、今回はちょっと古式魔法について訊きに来ただけだし、以前みたいな手荒な歓迎は―――)

 

 石段が伸びるような幻覚に対象を陥れる、そんな古式の精神干渉系で妨害してきたりは、今回しないだろうと思っていた。

 思っていた矢先に、前回と同じ事が起こった。

 

 石段が伸び、山門が見えなくなる程遠ざかったのである。

 

「……なんで警戒されてるんだ、俺」

 

 思わず顔が引きつった。

 いや、確かに俺は警戒対象だろうが、何も聞かずにこれはないだろう。

 というか、あの忍びの事だ。こちらの事情は把握し、俺は古式魔法について訊きに来たと予想できるはず。

 

「……予想できたから、追い返したいのか」

 

 俺は、八雲の意図を察した。

 彼は古式魔法師であり、神秘の秘匿を重視する人だった印象がある。原作において、古式魔法の知識が一部使われている『パレード』を世に広めないよう、リーナに釘を刺していたくらいだ。

 つまり、俺が古式魔法について訊きに来たと予想しているが、神秘の秘匿を重視して話す気はない、という事だ。文字通り門前払いをしたいのである、九重八雲という古式の忍びは。

 

「そうは問屋が、卸さないんだよ!」

 

 せめて、リーナの御守がどのような魔法なのか、見解の1つでも貰いたい。

 俺は目を瞑って惑わされている視覚を遮断、触角と記憶と超人の直感で以って、前回と同じようにこの幻覚の突破に挑む。

 俺は駆け上がる。この石段が何段だったか、もう前回で体が記憶している。ゆっくり進む必要もない。前回以上の妨害が予測できる事だし。

 

 そうしてやっぱり、妨害の手が伸びる。

 

 石段の両脇に生い茂る木々が、騒めきだした。

 風がそうさせているのだが、おかしい。さっきまで無風も同然だったのに、風が突然荒れている。

 超人としての感覚が警鐘を鳴らす。

 だから、風が俺に向かって吹いた瞬間に、後方へ飛ぶ事ができた。石段の上とあって数段転げ落ち、俺は後退させられる。

 俺をそうさせた物は何か、恨みがましく目を開く。

 

「……葉っぱ?……石段に刺さってやがる」

 

 八雲の魔法だ。木の葉を、石段にも刺さる程に鋭い刃として、飛ばしてきたのだ。

 現代魔法なら、木の葉に硬化魔法を掛けて、移動系でも加速系でも使って動かせば、似たような事はできる。

 しかし相手は忍術使い。伝説上の幻術師・果心居士(かしんこじ)の再来とも称される古式魔法師だ。俺の常識に当てはめるべきでない。

 今俺がすべき事は、まだ襲いかかろうと騒めく木々の木の葉を掻い潜る事だ。

 

 木の葉の刃が、飛んでくる。

 

(持ってて良かった『フォノン・メーザー』!)

 

 シルバー・アティラリー・ガイア、俺愛用の拳銃形特化型CADに、『フォノン・メーザー』がインストールされているカートリッジを装填。それから、飛んでくる刃に向けて放ち、焼き払う。

 七宝琢磨との決闘時に習得した『フォノン・メーザー』。決闘時はその魔法専用の特化型CADを装備したが、以降は俺愛用のCADでも使えるように、専用カートリッジを増やしたのだ。

 色んな魔法が使える優秀な魔法演算領域が勿体ないと、もっと通常の手数を持てと、達也に小言を密かに言われていた故だが。後で達也には感謝しておこう。俺は『付喪神』で充分と、過信していたし。

 

 とかく。俺はあまた飛んでくる木の葉の刃を、俺に命中コースの物だけ狙って焼き払う。自由に操作できないのか、地面に刺さった物は沈黙している。

 ただそれは、意味のある沈黙だった。

 地面に刺さっている木の葉たちが、火の手を上げる。

 

(おいおいおい!葉っぱを刃にした上に、その後火元にするとか、どういう魔法だ!)

 

 沈黙した木の葉に後から分子振動系を掛け、燃やすという事なら、現代魔法でも出来る。

 しかし、沈黙からの発火までタイムロスがなさすぎるし、発火させる数も多い。新緑の葉が枯葉の如く燃え上ってもいる。この光景と同じ事を現代魔法で行う場合、優秀な魔法資質と優秀な魔法式が必要となるだろう。

 それが出来ているこの古式魔法は、想像の埒外にある。

 

(命中・非命中問わず葉っぱは焼くしかないって事か!)

 

 地面に刺さった物も、まだ飛んでくる物も全て、俺は木の葉を『フォノン・メーザー』で焼き払っていく。範囲燃焼、『インフェルノ』もカートリッジに、あるいは一応持ち歩いている端末系汎用型CADに入れておけば良かったと、歯噛みしながら。

 

〈『フォノン・メーザー』をそんな連射できるなんて、呆れた演算速度だね〉

 

 何処からか、まるで全方位からのように、八雲の声が聞こえた。その声音は言葉通り、呆れて、されど驚いているようである。

 

「呆れているのはこっちだ。風使ったり火を使ったりする忍びなんて。『NARUTO』じゃないんだぞ」

 

〈おや、『NARUTO』を知ってるのかい?〉

 

「……貴方が知ってる事にびっくりだよ」

 

 通じないと思って言ったボケが通じてしまい、俺は苦笑を浮かべた。

 まさかこの忍びは、『NARUTO』が大好きで忍びになった、とか言わないだろうか。

 

〈なら、分かるだろう?風遁・火遁と使えるのであれば、僕がどういう手を持つか〉

 

 声音だけで、ニヤリと笑みを浮かべているのが分かる。

 次の手が来る。

 

 木の葉の灰が、舞い上がる。赤熱するそれが集まり、蛇の如く押し寄せる。

 

 見れば分かる。触れたら焼かれる。

 

(土遁も使えるってか!冗談じゃない、冗談じゃないぞ!)

 

 赤熱する灰の蛇、その突撃を石段の上で跳ね回って躱す。汗がにじみ出るのは、激しい運動と灰の熱のせい、だけではない。むしろ、割合は冷や汗の方が多いだろう。

 『領域干渉』は使っている。汎用型CADに入れっぱなしの、対抗魔法として俺の数少ない手。設定した領域内において、俺の魔法干渉力を上回らない限り、俺以外魔法を発動できない。

 そんな領域に、灰の蛇は遠慮なく入ってくる。

 

(領域内で魔法を発動している訳じゃない?領域外にある時点でこの動きをプログラムしてあるってのか!?)

 

 生き物と見まごう動きで襲いかかってくる灰の蛇。これがプログラムされた動きとなれば、俺の動きを完全に読まれている事になる。

 そうは考え難い。こっちは超人。常人の想定を超えて動ける者だ。

 ともかく、理解が追いつかず、この灰の蛇自体を対処する術が、俺にはない。

 

(術者を狙うしかない)

 

 俺は石段に『付喪神』を掛けた。『太極図(タイチィトウ)』と同じ要領で、八雲本体を探る。

 『太極図(タイチィトウ)』でそれをしないのは、『太極図(タイチィトウ)』は意外と繊細な操作を必要とするからだ。攻撃を避けつつそれをするなんて、俺にはまだ出来ない。

 それに、『太極図(タイチィトウ)』の隠密性は、この場では必要ない。むしろ、効果範囲拡大の早さとプシオン感知の精度を求めるなら、通常『付喪神』の方が良い。

 

(八雲は、何処だ!)

 

 『付喪神』を広げながら、八雲を探す。

 それで、俺は虚を突かれる。

 

(……は?後ろ?)

 

 背後に八雲のプシオンを探知して、俺は不意に振り返った。

 俺の眼前に、八雲の飄々とした笑みが在る。

 

「なっ!?くっ」

 

 超人の反射神経は優秀で、俺の体を飛びのかせた。

 それでも、首の薄皮が割かれている。

 八雲の姿はもうない。プシオン感知にも引っかからない。

 

(馬鹿か、俺は。相手は対妖魔専門家だ、パラサイトのプシオン感知に対処してないはずがない)

 

 俺は己の失念を恥じた。

 相手は対妖魔の術を継承する、由緒正しき古式魔法師。しかも『魔を嫌う集団』の先兵であれば、なおさら対妖魔の魔法を持っていない訳がない。

 そも、『パレード』の源流は古式魔法だ。座標詐称は、八雲にとってお手の物。原作でも、『纏衣(まとい)の逃げ水』という『パレード』の原形を、彼は披露していた。

 

(そうだ。相手は『今果心』、幻術のスペシャリスト。……幻術のスペシャリスト?)

 

 俺は、立ち戻った。

 九重八雲は、伝説上の幻術師・果心居士の再来だ。忍者として有名な服部(はっとり)半蔵(はんぞう)加藤(かとう)段蔵(だんぞう)ではなく、果心居士という幻術師の再来なのだ。

 もちろん『忍び』と認められる八雲であるから、忍者としての素養も高いのだろう。だが、その素養は火遁だの雷遁だのを使うファンタジー忍術を使う者ではなく、あくまでも諜報活動を担う者、まさしく現実の『忍び』たる素養だ。

 そして、その素養を差し置いて彼が評価されているところは、幻術師としての腕なのだ。

 九重八雲という男は、優れた忍びである以上に、優れた幻術師なのである。

 

「……ああ、全く騙された」

 

 綺麗に騙されて、逆に清々しい気分だった。

 騙されている、幻に落とされていると自覚すると、全てが腑に落ちる。

 木の葉が刃となるのも、火元になるのも、灰が蛇の如く舞うのも、全て幻覚だ。

 

(しかし、どうしたもんか……)

 

 未だに灰の蛇を避けながら、俺は考える。

 

 熱々のアイロンを見せた後に、目隠しをさせて冷たいスプーンを押しつけると、その者は火傷する。

 思い込みだけで人は傷を負う。

 ならば、この現実と見まごう幻で、その現象が起こらない訳がない。むしろ、それを狙った魔法である可能性が大だ。

 ではどうするか。

 

(どうするもこうするも、考えるまでもないよな!)

 

 俺は、獰猛に笑って、石段を駆けた。

 灰の蛇が迫る。幻が迫る。五感全てが幻を現実と錯覚している。

 ならば、頼るべきは、第六感だ。

 

 俺は、全ての判断を、超人の感覚に任せた。

 騙されている五感に頼らず、灰の蛇へと勘に任せて突っ込んだ。

 五感にも頼っていたら、襲いかかる幻覚を避けるため、超人の感覚は回避を選択していただろう。

 でも今は、五感全てを否定し、ただ超人の感覚、勘だけに身を任せている。

 故に、勘は、灰の蛇など居ないと告げている。

 

 灰の蛇は煙となって霧散した。

 それに合わせてか、景色も周りに霧が立ち込める。

 

(知った事か)

 

 足は前に進んでいる、石段を確かに上っている。そう、勘が告げている。

 故に、霧が晴れた先に、山門が在った。

 

「……君、無我の境地とかに至ってたりする?」

 

 八雲は苦笑を浮かべていた。あの術がまさか勘なんてモノで破られるとは、露とも思っていなかったのだろう。思えるか、という話だが。

 

「自分の勘、いや、『英雄』の力を、馬鹿な程に信じているだけです」

 

「信じ疑わない精神となると、見習いたいところではあるね。悟りを目指す1人の坊主として」

 

 八雲は己が『坊主』である事を強調して、己の坊主頭を叩いていた。忍びの仕事は今終えたと、言わんばかりだ。つまるところ、その様子はもう争う事がないという意志も、表しているのだろう。

 

「坊主には忍びの技は訊けませんか」

 

 それも意味しているだろうと、俺は半ば諦観を込めて口から吐いた。

 八雲は笑みを深めている。

 

「神秘を暴き立てるつもりはないのです。せめて、所感だけでもお聞かせ願いたい」

 

 ダメで元々と、俺は懐から取り出した幾何学模様の写し、リーナが持っていた御守のそれを差し出した。

 それを、八雲は意外にも手に取って、まじまじと見つめる。

 

「……所感で良いんだよね?」

 

「ええ、何でも構いません」

 

 八雲の再確認に、俺ははっきり言質を取らせた。そこまで譲歩しないと、相手は何も口を割らないだろう。

 そうして言質を得た八雲は、こちらを試すように細目から瞳を覗かせる。

 

「『天草式(あまくさしき)十字凄教(じゅうじせいきょう)』だね」

 

「十字凄教、ですか。なるほど」

 

 八雲が差し返した紙を手に取って、俺は幾何学模様、ファンタジーの魔法陣としか見えないそれを見つめ直す。

 六芒星も、不明な言語の文字列も、それ自体に意味はない、という事か。

 これらの図形・記号は、何かを隠しながら描いているのだろう。

 禁じられた十字教を信仰するために、花束でマリア像を描き、線香の束をろうそくに見立てて奉った、『天草式十字凄教』のように。

 

「ありがとうございました。俺はこれにて失礼します」

 

 収穫はあった。

 俺は得た情報を胸に、踵を返すのだった。

 

「十六夜君」

 

「……なんでしょう」

 

「『とある』も知ってるんだね」

 

「…………『天草式十字凄教』って、現実にはないんでしたっけ」

 

「潜伏キリシタンが、なんで自分たちの総称を持つのさ*1

 

「……」

*1
『天草式十字凄教』は『とある魔術の禁書目録』に登場する、架空の宗教。そう、架空の宗教である。元ネタは現実にあった『潜伏キリシタン』と考えられる。八雲の言葉は、一時期の禁制から逃れるための苦肉の策に、名前を付ける信仰者は居ない、という話。禁制が解けたなら、隠れずに堂々とキリスト教徒になるのだし。




 閲覧、感謝します。
 次回の更新は12月22日の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。