魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百四十七話 神道、仏道、魔道

2097年6月19日

 

 水曜日。病欠でっち上げのズル休みをしている俺は、烈に強請(ねだ)った時間を徴収するため、午前中から九島家の本宅がある奈良の生駒へ出発していた。

 烈が対応できるのは今日の夕方からなので、奈良に直行すると早い時間なのだが、寄り道の予定があったのだ。

 

 その場所は、横浜中華街である。

 

大人(ターレン)、こちらです」

 

 細道を行って、さらに建物の隙間を縫う周妃。

 寄り道の理由は、こいつにある。

 なんでも、忘れ物を取りに行く、とか。

 そのため、俺は絶賛、周公瑾の時に使っていた隠れ家へ、誘われようとしている。

 

大人(ターレン)、持ち上げていただけますか?あそこの(へり)を渡らねばならないのです。この体では魔法を使わないと上がれないのですが。その場合、仕掛けてある罠に掛かる可能性があります。前の体なら、引っかからない仕組みだったのですが」

 

「1人じゃ取りに来れない忘れ物だったと」

 

 周だったら1人で取りに行きそうなものだが、そういう訳だった。

 周公瑾の時と比べれば、こいつの分霊(フェンリン)は身長が低いし、体が変わっている事で周公瑾の時は大丈夫だったセンサーに引っかかってしまう。という事なのだろう。

 

 俺は納得し、周妃を持ち上げる。

 

「……届かないじゃねぇか」

 

「脇を抱えて持ち上げる程度で届くのでしたら、この体でもジャンプで届きます」

 

「じゃあなんで持ち上げられる前に言わなかったんだよ」

 

「それを言わせるのですか……?」

 

 頬を赤らめて身をよじる周妃。

 あからさまに演技だし、無駄に時間を取らせたこいつに、俺はちょっとイラつく。

 なので、俺は周妃の足首を持って真上に投げてやった。そうされると予期していたのか、周妃は驚く事はなく、綺麗に真上へ真っすぐ投げられ、何事もなかったかのように(へり)に着地する。

 まるで雑技団だ。

 

 周妃は「それでは行ってまいります」と一礼してから、猫のように建物の出っ張りを伝っていった。

 俺はこんな怪しい場所で待つのも嫌なので、暇潰しに路地に出る。幸い、ここは横浜中華街。買い食いでもしてればいくらでも時間が潰せる。

 

 そうしてフカヒレまんやら小籠包やら杏仁豆腐やら北京ダックやらを食べ歩い1時間も過ごせば、周妃は何食わぬ顔で合流してきた。

 忘れ物を中華街で買ったお土産に偽装するためか、無駄に店のロゴみたいなのがデザインされた紙袋を抱えている。

 

「……なんだそれ」

 

「中国由来の特殊な顔料です。京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)というモノがございまして、雑に言えば、京劇(ジンジュウ)は中国の歌舞伎、臉譜(リャンフゥ)は歌舞伎の隈取に当たるモノです。この顔料は、その隈取、臉譜(リャンフゥ)で使うモノですね」

 

「……中華文化の土産にはなるか」

 

 一応紙袋の中身を、お土産という偽装も強固にするついでに訊ねてみたが。残念ながら、表向きの解説では、何故わざわざ周妃がそれを取りに来たのか、分からない。

 

(この顔料は古式魔法に用いる特別製です。京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)を模した大陸系の古式魔法、名前はそのまま『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』。特殊な化粧をする事で効果を発揮する魔法なのですよ)

 

 俺が理解できてないのを読んでか、周妃はテレパシーで補足してきた。

 

(この魔法の効果は、役を被る事。つまり、疑似的に、暗示と個別情報体(エイドス)の偽装が行えます)

 

(なるほど、それこそ剣士の役を被れば、剣士としての身体能力と、剣士としての個別情報体(エイドス)が得られ―――ちょっと待て)

 

 自分でその魔法の効果を噛み砕いている内に気付く。

 

個別情報体(エイドス)の偽装が行えるだって?お前、それ、劣化とはいえ『パレード』じゃねぇか)

 

 そう。『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』は、個別情報体(エイドス)の偽装だけに効果を限定された、劣化『パレード』なのである。

 

(司波達也が持っている先天性スキル、『エレメンタル・サイト』、でしたか。以前からご警戒されているようでしたので、その対策を、と。ただ、こちらの真名や魂の年齢を読み取るという先天性スキルに対しては試して効果があったのですが、『エレメンタル・サイト』に通じるかどうかは未知数です)

 

 周妃の補足で、俺は得心する。

 『エレメンタル・サイト』に有効かは未知数であり、しかも、歌舞伎のそれと似ているなら派手な化粧。隠れ潜みたい状況では、派手で特異な化粧などデメリットでしかない。

 それらの問題点があるから、今まで使わなかった。

 しかし、今後は使い道があるだろう。

 例えば、(ティエン)を達也の目の前に立たせる時とか。

 

(有効か分からないから、本当に奥の手になりそうだな)

 

(ええ。『備えあれば憂いなし』という事で、念のために回収しただけです。可能ならば、これが必要な状況には陥りたくないですね)

 

 奥の手を使うまで追い込まれる。

 俺も周妃も願い下げだが。なんとなく、今、フラグが立ったような気がするのだった。

 

 

 

 俺の家に一旦戻り、回収した顔料をしっかり保管してから、改めて奈良の生駒へ。

 そんな移動経路でありながら、夕方には余裕を持って着けるというのだから、文明の進歩を地味に感じる俺だった。

 

「お待ちしていました!十六夜さん!」

 

 九島家本家の正門前、元気に出迎えたのは光宣である。

 平日だが、高校生が帰ってきててもおかしくない時間だ。部活や生徒会活動は置き去りにしてきただろう時間だが。

 

「まだ、こんにちは、で良いかな?光宣さん。二高の生徒会副会長を務めていると記憶してたけど、大丈夫なのかい?」

 

「十六夜さんより優先する事項なんてありませんよ。それに、僕は病弱で生徒会を空ける事もしばしばありますし。あ、一応今回は家の都合という事で、役員の方々には了解をもらっています」

 

「ま、家(九島家)の都合となれば、納得せざるを得ないだろうな」

 

 十師族からは下ろされたとはいえ、権威ある家だ。師補十八家という現在の格だけでも、魔法科学生は無理に引き止めるなんてできないだろう。

 

「さ、お祖父(じい)様が待ってます」

 

 光宣はそう奥を指し示し、俺と周妃を先導する。

 以前来た時と同じように、迷路のような庭を通る。前回で形状は把握済みだが、余計な警戒心を抱かせぬよう、ただ光宣の背中に付いていった。

 

 玄関から上がり、清純で荘厳な和風屋敷の中を歩く。

 道中、行きかう侍従が光宣を認めては脇に控え、見送られながら辿り着いたのは、まるで誰かの私室のような、されど誰にも使われていないような、物悲しい和室だった。生活感と現代感がわずかに滲む、書院造の部屋がそこに在る。

 

「いらっしゃい、十六夜君。……ここは、健が使っていた部屋だ」

 

 紙媒体の小説を開いて出迎えたのは、九島烈。

 掃除してたら懐かしい本を見つけてしまって、つい読みふけってしまった、とでも言いたげな様子だ。

 

「お邪魔しています、老師。……何をお読みで?」

 

「『東京レイヴンズ』だよ。知っているかな?」

 

「…………21世紀初頭のライトノベルですね。作者が存命の内に完結しなかったのもあり、発行部数が少なく、ついでにプレミアも付いて、入手が難しいとされる名作ですね」

 

 おじいちゃんがライトノベルを読んでいたもので反応に困ったが、マニアックなネタを話せる仲間として交友を深めるのもありかと、俺が持ち得る情報を言葉にした。

 

「おお!君もこの手のコレクターだと噂で聞いていたから、もしやと思っていたが……。是非とも君のコレクションを聞きたいな」

 

 思った以上に食いついてきた烈である。

 

「『とある魔術の禁書目録(インデックス)』、旧約、新約、創約、壊約*1、全巻を収集しています。外伝漫画は『とある科学の超電磁砲(レールガン)』もどうにか全巻収集できたのですが、それ以外の外伝漫画は何とも……」

 

禁書目録(インデックス)超電磁砲(レールガン)もか!ああ、あれらは面白い、実に素晴らしい作品だ。登場する魔術や超能力を上手い事現実にできないかと、健と共に試行錯誤したものだよ。そうだ。私の方は心理掌握(メンタルアウト)をどうにか揃えた。良ければデータ化したモノを交換しないか」

 

「ええ、是非とも。……ところで、老師は『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』はご存じですか?」

 

「Ⅱ世の事件簿!『Fate』ではなくてそっちを知っているとは。君も中々通だな」

 

「登場する魔術がしっかり理論的に説明されておりますので、現実の魔法に流用できるかもと、興味を持ったのが収集するきっかけでした」

 

「分かる、分かるぞ十六夜君。ファンタジーでありながらミステリーでもあるがために、推理に必要な魔術の理論もまさしく理論的に描写されている。あそこまで魔術という題材を深く掘り下げた作品はそうないだろう。……続編である『冒険』、あれを探しているのだが。……君の方はどうだ」

 

「申し訳ありません、歯抜けです。1、2、4、5、7、8はどうにか手に入れましたが……」

 

「何と言う福音か!十六夜君っ、その歯抜けを私は埋められるぞ!君と私のを持ち寄って、見事コンプリートだ!」

 

「真ですかっ、老師!?」

 

「同好の士に嘘は吐かんよっ、十六夜君!」

 

 どちらともなくシェイクハンドしてしまうほど、小説談議に花が咲いたのだった。

 

「あの……。お祖父(じい)様?十六夜さん?……お二人は、歓談するために集まったんですか?」

 

 光宣から胡乱な視線が投げかけられた。さすがに話が逸れすぎたか。

 

「……こういうの、僕の役目ではなく従者の役目だと思うのですが」

 

「主が楽しんでおられるのに水を差すなんて、とてもとても」

 

 光宣に諫められるまで気配を消していた従者、周妃。とても良い笑顔を浮かべていた。ちょっとムカつくくらいに。

 

「私としてはまだまだ話し足りないが、仕方あるまい。―――十六夜君、これだ」

 

 恥ずかし気はないが名残惜しさはあるような烈が、引き戸の棚(地袋(じぶくろ)とか言うんだったか)に手を突っ込んだ。

 そうして丁寧にゆっくりと引き出したのが、ガラスケース。その中には、日焼けした手紙が大切に仕舞われている。

 読みやすいように文面広げて斜めに掛けられているのだから、展示の仕方に拘りを感じる。いや、それ程に貴重としているのだろう、弟が居たという残滓を。

 

「……達筆ですね」

 

 筆で書かれただろう文字は、達筆すぎて解読が難しかった。

 

「古めかしいというか、まるで万葉集の詩のような言い回しも多いしな。送り主は暗号の代わりとして、そうしていたのだろう。文通相手だけに思いが伝われば良い、とな。まぁ実際、読み解ける分ではただの文通のそれだ。お互いにしか分からない符号もありそうだが、それも重要な秘密を隠すものではなく、そういう遊びの面が強いのだろう」

 

 烈の語り。文面を眺める彼は、しかし遠い目をしていた。この手紙から想像できる弟の姿を、幻視しているのかもしれない。

 

「ふむ。とすると、やはりこれで分かるのは、老師の弟(ぎみ)、彼が文通をしていた相手は古式魔法師の可能性が高い、という事だけになりますか」

 

「そうだな。その相手も、あだ名が『なっちゃん』である事以外、名前が絞り込めん」

 

 俺が知りたい事、リーナの御守に刻まれていた魔法については、この手紙から何も得る事はできない。

 俺と烈は小さく唸るしかなかった。

 

「周妃、お前は何か分かるか?」

 

「申し訳ありません、大人(ターレン)。使われたばかりの古式魔法なら、何か分かったかもしれませんが。これはあまりにも日が経ちすぎています」

 

 周妃を使っても収穫なし。申し訳なさそうにする周妃である。

 

「やはり、老師には明日もお付き合いいただくしかありませんね」

 

「良いだろう、十六夜君。明日の時間はばっちり空けてある。是非とも君の奇策に付き合わせてくれ」

 

 俺が改めて烈の時間をもらう許しを窺えば、烈は喜色交じりで即座に乗ってきた。存外、俺が何を企てているか、楽しみにしていたのだろう。

 

「あの!僕も同行できませんか?」

 

「光宣、お前には学業があるだろう。元気な内は、しっかり学業に励め」

 

「はい、分かりました……」

 

 尊敬するお爺ちゃんにたしなめられて、肩を落とす光宣だった。

 

 この後、時間も良いという事で、烈や光宣と共に夕食の卓を囲んだ。

 泊まる部屋も、周妃の分まで用意してくれているという事で、俺は遠慮なく甘える。

 

 その間、九島家現当主である真言とは、すれ違う事すらなかった。

 

◇◇◇

 

2097年6月20日

 

 木曜日。烈に一日同行してもらう約束をしている日。

 朝食は案の定、烈や光宣だけと共にした。従者の姿は見れど、前述以外の九島は一切姿を表さない。

 まぁ、十師族は緊急事態時以外に協調を避けなければならない規律があるので、その疑いが掛けられないように体裁を整えているのだろう。九島家はもう十師族でないため、その規律の穴を突けるのだが。元・十師族としての習慣が身に染みているのかもしれない。

 

(あるいは、烈や光宣以外は、まだ自分たちを十師族だと思い込んでいるのか)

 

 長年飾った錦の旗だ。旗を下げてもその残影を見てしまうというのは、いたしかたない事だろう。

 

(……邪推は()めよう。本当にただ、習慣が抜けていないというのはある。規律の穴でもあくまで穴で、指摘されると面倒ではあるから避けている、というのもあるしな)

 

 俺は別に九島家へ悪感情を抱いている訳ではないので、これ以上彼らを憐れむのは控えておく。

 

 そんなこんなで、良くも悪くも比較的気安い面子と時間を過ごす。

 ただ、光宣は普通に登校日だし、体調を崩しもしなかったので、第二高への通学路に足を向けた。歩みの遅い足は、まさに後ろ髪を引かれているようだったが。

 

 そうして俺は、俺の企てを実行するため、俺、烈、周妃の3人で春日(かすが)大社を目指す。

 

「ほら、十六夜君。この辺りの食べ歩きグルメ、『バターポテト』だ」

 

 俺と同じ年の頃をした少年が、買ってきた物を俺に手渡す。

 

「これは、カマボコ……?なるほど、ジャガイモとバターを混ぜた物ですか。初めて見ましたよ。お詳しいんですね」

 

「当たり前だ。この土地に何年居ると思っている?伊達にこの土地の守護を長年勤めた家系ではないよ」

 

 俺の感心を受けて、少年は見た目相応、しかし歳不相応に胸を張った。器に魂が寄っているのかもしれない。

 

「それにしても。面白い事を考えるな、君は。まさか、私に()()姿()()()()()()とは」

 

 少年は、いや、老年は今の自身を確認するように、自身の手をマジマジと見たり、黒々とした髪を弄ったりしていた。

 そう。何を隠そう、この少年は烈が『パレード』で変装した姿なのだ。『パレード』は弟の方が得意だったとされるが、烈自身が不得意だったとは誰も言っていない。

 それに、()()()()()()()()()()()()姿()となれば、その姿を模す事など、老師には造作もない事だろう。

 

「本命が釣れれば重畳(ちょうじょう)ですが。ま、縄張りに知らぬ古式魔法師が入ってきた事で古式魔法師が出てきてくれれば、それで充分です」

 

 若かりし頃の九島健に変装してもらったのは、つまりそういう事。

 単純に言って釣りだ。本命は『なっちゃん』、対抗はその血縁者、大穴で由緒ある古式魔法師を釣ろうとしている。

 どれが釣れても妖魔(パラサイト)の事を話して協力を仰ぐ。本命、対抗、大穴の順で協力してくれる確率が上がり、合わせて九島健の刻印術式について聞ける確率も上がる、という話だ。

 

「ふむ。私としては、是非とも『なっちゃん』に会ってみたいがね。弟の事で謝罪せねばならんし、彼女から見た弟の事を聞いてみたい」

 

 烈は少年の顔なのに、いくつもシワが刻まれた老人のような表情を浮かべていた。

 罪悪感、期待感、寂寥感、郷愁。俺の総合年齢より長く、より濃い人生を生きている彼の顔は、俺には何とも表現しきれない。

 

「きっと会えますよ」

 

 俺はただ、そんな慰め言葉しか、彼に掛けてやれなかった。

 

「……そうだな。ああ、きっと会えるだろう」

 

 老人は、前を向いて強く歩む。

 俺には、その姿を真似て横に立つので、精一杯だった。

 

 

 

 春日大社。その境内。自然豊かであれど、参拝客のために道を拓かれているその場。

 ここには古式魔法師の由緒ある家系のと、伝統派と呼べるの者たちの、その両方の拠点が隠されているという。

 人の行き交うこの場所に隠れ家作っているのだから、古式魔法とは侮れないものだ。

 

「おや、これは……」

 

 よもぎ餅片手に表参道を歩いていた烈が、急にその場に立ち止まった。

 見れば、その足元には、紙飛行機が落ちている。

 

「十六夜君、どうやらお招きいただけたようだ」

 

 烈は確信して、林の方を見やった。

 一見して、何かある訳ではない。

 ただ、立ち入ってはいけないように感じられる。しかし、落ちていた飛行機の向きからして、そちらから飛んできたもの。合わせて、立ち入ってはいけない感覚は、人払いの術だと思われる。

 

「行こうか」

 

「……はい」

 

 烈も俺も、覚悟を決めて立ち入る。周妃は無言で付いてくる。

 不思議と、行き交う人々は誰もこちらを見なかった。

 

 一歩入れば、肌が粟立つ。領域の神聖さが、本能に伝わる。

 迷い入ったのではなく、招かれたからこそ、領域に踏み込めたのだろう。

 

 表参道の雑踏は、壁一枚隔てたように静かだが、まだ聞こえていた。ある意味で、もう少し踏み込めと言われているようである。

 だからこそ、俺と烈は奥へと進む。

 十歩進んだ時点で、雑踏の音は消え、森の騒めきだけが場を満たし、そして―――

 

―――狐の面を被った袴姿の女性が、その輪郭を揺らしていた。

 

 古式魔法師である事は間違いない。それでは、本命、対抗、大穴、そのどれだろうか。

 

「……酷い事をしますね。二度と会えぬあの人を私に見せるなど」

 

 女性は、悲し気な声音を発した。

 本命だ。

 

「……すまない。……私は、九島烈だ。弟を、健を、君から切り離した1人だ」

 

「謝る必要はありません。青春とは、そういうものです。淡く青い草花の如く、秋には実りを付ける事もあれど、冬には枯れて地に還る。彼との交わりは、元より実らぬただの戯れと、我が春の彩りに加えただけでございます」

 

 烈が『パレード』を解いて正体を表すが、そもそも察していたのだろう女性。身じろぎ1つもせず、恨みも悔いもないと、想いの詩をしたためた。

 彼女の佇まいは、大自然の中で育った大樹を思わせる。確かな存在感があるが、威圧はしない。

 

「して、何用でございましょう。袂を分けた我等に、微かな(よすが)を頼って呼び寄せたのです。尋常の事ではないと、お見受けいたします」

 

 この女性は、俺たちがどれ程切羽詰まっているかも見通しているようだ。

 だからこそ、『袂を分けた』と彼女自身が言いながら、こうして俺たちの前に現れてくれた。

 狐面は、線引きを超えないためだろう。彼方と此方、現代魔法師と古式魔法師、その線引きを。

 故に狐面を用いたという訳だ。狐に摘ままれている事を演出したいのか。それとも稲荷の狐のように、本体ではなく使いであると言いたいのか。

 

「弟の孫娘がな、妖魔に憑りつかれてしまったのだよ。ただ、その状態がおかしいという事でな。その原因となっただろう魔法の式を模写してきたんだが……」

 

 烈は女性に用件を伝えながら、俺に視線を向け、刻印術式の写しを渡すように促された。

 特に抵抗する事もなく、俺は写しの紙を懐から取り出す。

 そうすると急に風が吹き、紙を攫って、女性の下へと流した。

 それらは古式魔法によるものなのだろうが、神秘的と言うか、ファンタジーがすぎる。

 

「……これは。……精確に模写したのであれば、本体はあの人が刻印した物でしょうね。しかし、その効果までは測りかねます」

 

 九島健の癖を知っていたのだろう、女性はその式の制作者をすぐに見抜いた。さて、彼女が見て取れたのは筆跡か、それとも式の組み方か。

 

「九重八雲に知恵を借りたところ、『天草式十字凄教』と言っておられました」

 

「『天草式十字凄教』……?」

 

 俺は彼女に判断材料を渡そうと、八雲の言葉をそのまま伝えれば、彼女は首を傾げてしまった。

 俺は自分の失態を悟ったし、烈は笑いを堪えられず吹いている。

 『とある魔術の禁書目録(インデックス)』なんてフィクションを、魔術・呪術がリアルの世界に生きてきた彼女が知るはずもない。

 

「……ああ、カモフラージュした絵であると」

 

 彼女は知っていた。その意外感で顔をひくつかせる俺と、笑いを響かす烈である。

 彼女は気にせず、与えられたヒントを基にまた式を観察する。

 

「……彼の悪い癖が出ていますね。1つの図形に多くの意味を持たせようとした結果、どの意味も機能を果たせていません」

 

「な、何か分かったのですか?」

 

「梵字と六芒星のような図形で、仏教の『蓮華座(れんげざ)』。六芒星はさらに古代ヘブライ語と合わせてシクラメン、『ソロモン王の冠』。そして文字の並ぶ輪は、『ソロモンの指輪』。それらを描き、それらの効果を模倣したかった『類感呪術』でしょう。……あの人は、ソロモンの伝承が好きでしたからね」

 

 女性はこんこんと描かれた絵の解説を語り、九島健との思い出で締めた。

 春日大社に根ざす古式魔法師だから、神道系の家系である事は推測できるところ。浅からぬ縁である仏教を知っているのまでは不思議でもなかったが。神道系の人間が聖書系まで網羅していたのは、九島健のソロモン好きに付き合ったから、という訳だ。

 

「『類感呪術』……。つまり、仏教とソロモン王の伝説から何かを引用したかったと?」

 

 伝説のモノを真似する事で、その真似したモノと同じ効果を生み出そうというのが、『類感呪術』だ。

 現代魔法師だって知っている、古式魔法の技術。古式魔法では推挙のいとまがない程に使われて、古式魔法師も最早隠していない技術である。

 とかく。その技術を使っているという事は、何かの伝説を真似たかった事を示している。

 

「マーラの誘惑に打ち勝った釈迦如来と、72柱の悪魔を従えていたソロモン王。それらから、妖魔に精神を乗っ取られないという効果と、妖魔を従えるという効果を抽出したかったのでしょう」

 

「……全く違う宗教ですし、改めて何を描いているのか言われてもそうは見づらいのですが。そんな物で効果を得られるのですか?」

 

「無理です」

 

 女性ははっきりと言い捨てた。

 だから、彼女は九島健のその所業を、『悪い癖』と称していた訳だ。

 

「その無理をわずかでも通してしまった結果が、大姪の状態か……。健め、せめてもっと意味のある御守を作れと言うに……」

 

「あの人は、古式魔法に夢を見ておりましたからね」

 

 今は亡き弟を、友人を、各々想起しては呆れる烈と女性。淡い思い出を、それぞれ噛みしめている。

 申し訳ないが、余韻に浸らせる余裕はこちらにはない。

 

「俺は老師の大姪、リーナを助けたいと思っています。協力を願えませんか」

 

「……協力はできません。日本における現代と古式の魔法師は、両者の領域に踏み込まぬ不文律にて、その和平を保っています。本来は、知恵を貸す事すら避けるべき事。八雲和尚が知恵を貸しているのは、総本山が護国を第一義に置いているためです」

 

 両者が領分を弁えているからこそ、同じ国土に同居できているという話。弁えなかった未来は、ジードが国から排斥されたような、現代と古式、どちらかの魔法師が国に駆逐される結末か。

 それで、八雲が大分現代魔法師に加担しているのが許されているのは、八雲の上司、東道青波がそもそも体制側、フィクサーであれど国の重鎮だから、という事か。いれゆる、強権により作られた例外措置なのだ。

 そして、この女性は体制側ではない。世が乱れる事を良しとしない良心があるために言葉を詰まらせていたが、世が乱れる事を良しとしないからこそ、現代と古式の魔法師が衝突するのを避けたい。というところか。

 

「事は妖魔が関係しています。妖魔は貴女方の領分のはずだ。領分を超える事にはならない。それに、八雲和尚の総本山が、妖魔が蔓延る事を良しとするはずがない。許しを得られるはずです」

 

 俺は、彼女を説得しにかかった。

 大義名分は揃っている。動いても問題ない場が整っている。ただ、これは世俗の視点だ。

 神の教えに殉ずる者であれば、人の都合で発行された免罪符など言語道断だろう。

 でも、かつての想いに惹かれて迷い(さそ)われた彼女なら。

 

「……妖魔の誘いに乗った、その娘も()し。般若心経も知らぬ小娘を、救う意味など我等にはありません。どうか、お引き取りを」

 

「……君の想い人、その孫娘だぞ?思うところはないのか」

 

「言った通りです、『ただの戯れ』と。私は仏教徒ではありませんが、神に仕える身。世俗の穢れに触れるは禁忌でございます」

 

「君はっ―――」

 

「老師、帰りましょう」

 

 烈の気迫をそよ風同然に受け流す女性。そんな彼女になおも気を浴びせようとする烈を、俺は制した。

 もう用は済んだのだ。

 

「十六夜君っ、しかし……。いや、分かった……」

 

 烈は得るモノが少なかったと悔やむように、視線を下げていた。

 

「お帰りは、あちらです」

 

 女性が懐から紙飛行機を取り出せば、それが不自然な風に吹かれて飛んでいく。

 飛んでいく先を視認した後、女性の方へと向き直れば、彼女の姿はもう消え去っていた。

 何処までも和風ファンタジーな人物だった。

 

 俺は帰り道へと歩き出す。烈は遅れて隣に並び、周妃は後ろに付いてくる。

 

「周妃、写経するのに適した道具とか持ってるか?」

 

「持っていませんが、取り寄せる事は可能です」

 

「……写経?十六夜君、何を考えているんだ?」

 

 俺と周妃のやり取りに、烈は首を傾げた。

 烈は気付いていなかったようだ。思考のリソースを大分(だいぶん)弟や大姪に取られていたのだろう。

 

「彼女は、般若心経も知らないリーナは救えない、と言っていました。それは逆説的に、般若心経を知ればリーナを救える、という事です。もちろん、魔法的な作用が必要になるでしょうが」

 

「ま、待て。彼女は無知な人間は救えないと……。いや、彼女はおそらく神道系。ただ無知を示すなら、神道の用語を出すはず……。そうだな、彼女が急に仏教を持ち出すのはおかしい……。そして、健が使っていたのは、仏教の伝承か……。ならばこそ、仏教の方が対抗策となりえる……」

 

 俺が思考に道筋を与えればこの通り。烈はすぐに俺と同じ視点に辿り着いた。

 これで、俺と烈は同じ視点に立ったのだ。

 

 異界の雰囲気すらあった林を抜け出し、俺たちは表参道に出る。

 

 紙飛行機が落ちている。

 俺は、直感的にそれを拾い上げ、広げた。

 

「……全く、素直に成果を喜ばせてはくれないのか」

 

 広げた紙にはこうあった。

 

―神の教えを忘れし者、ついに魔道に()

 

 それは、伝統派のいくつかがパラサイトに憑依されただろう事を示す、凶報であった。

*1
2024年現在、創約までである。『壊約』は創約の後も続きそうだな、という解釈による捏造です。




 閲覧、感謝します。
 次回の更新は、1月12日の予定です。

 今年の更新は今回で最後となります。
 皆様、良いお年を。
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