魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百四十九話 プリテンダー

2097年6月30日

 

 日曜日。リーナとの再び相まみえると約束した日の、その前日。

 意外な事に、リーナは当然、パラサイトに憑依された伝統派どころか、レイモンドが攻めてくる気配もなく、この日に至っている。

 ただ、全くの動きがなかった訳でなく、俺の下に、1通の手紙が届けられていた。

 その手紙について共有すべく、今日は約束の日に助力を乞うだろう者たちを一堂に集めている。

 

 そうして、八王子市のとあるホテル、その貸し会議室に集まった面子は、以下の通りだ。

 パラサイトの捕縛作戦を担う、俺、四葉真夜、司波達也、司波深雪の四葉陣営。

 その四葉家に助っ人として呼ばれたという(てい)の、津久葉夕歌、お付きの2人(おそらく、片方が守護者(ガーディアン)で、片方は津久葉家の侍女)。そして、吉田幹比古の、助っ人陣営。

 助力を乞うだろう相手その1、七草弘一、七草智一の七草陣営。

 助力を乞うだろう相手その2、十文字克人1人の十文字陣営。

 最後に。俺が助力を乞うた、(ティエン)、周胤の外部勢力陣営。

 

 幹比古については七草陣営も十文字陣営も素性を知っているので、一瞥しはしたが、ここに彼が居る事へ納得し、部外者扱いはしていない。

 部外者扱いされているのは、津久葉家の3人と、外部勢力陣営。特に、歌舞伎役者の如き厚い化粧している(ティエン)に注目が集まっている。達也なんかは眉間の皺を隠さず睨んでいる。

 

 皆が席に着いたところで、俺が立ち上がり、この会議の進行を務める。

 

「お集まりいただき、ありがとうございます。事前にご連絡した通り、この場に集まっていただいた皆様は、明日の決戦、パラサイトへ対するそれに必要な戦力だと、俺が考えた方々です」

 

 俺が話し始めた事で、皆の視線が俺に向く。

 ただ、意識は皆(ティエン)の方へ向いたままだ。

 

「皆様に集まっていただいた理由は、順に説明させていただきます。まず、七草家と十文字家の皆様。皆様をお呼びしたのは単純です。敵が指定した決戦場が、皆様が守護を任される土地の一角。東京の天祖山(てんそさん)だからです」

 

 俺の背後に合ったスクリーンへ、地図が映し出される。

 その地図は、リーナたちパラサイト憑依者から送られただろう手紙に入っていた物だ。空中写真をA4容姿にプリントアウトして、天祖山に赤丸付けただろうそれ。映し出しているのは、それをスキャンした物である。

 

 決戦場を共有されて、驚かない七草陣営と十文字陣営。自分たちが呼ばれた時点で、決戦場が関東の何処かであると察していただろう。それで、その場所が天祖山、東京都でも山奥なので全く切り拓かれていない、そんな自然豊かな土地を決戦場に指定されたとなれば、むしろ安堵感すら覚えている事だろう。

 相手も、間違っても市街地を選ぶような無知蒙昧ではなかった、と。

 

「次に、彼。吉田幹比古さん。彼については言わずもがなでしょう。以前の事件、『吸血鬼事件』でもご助力いただきました古式魔法師ですので、今回もご助力願っております」

 

 俺が幹比古について改めて言及すれば、幹比古は紹介されているかのように立ち上がり、周りに一礼している。

 緊張感がありありと窺えるが、気分を害す者は居ない。克人なんかは少し憐れんでいるようでもある。

 

「その次、彼女たち、津久葉家です。津久葉家は、精神干渉系に適性が高い家系であるが故に、我々四葉家が目を掛けている家系です。合わせて、『魔法演算領域のオーバーヒート』に強い関心があるためにその研究をしている家なので、その資金援助もしております。また、彼女の家系は自身らの精神干渉系魔法を磨き上げるため、古式魔法の知識も取り込んでおります」

 

 夕歌も、幹比古を揶揄うためか、あるいは自分はあくまで四葉家の庇護対象であると言い繕うためか、立ち上がって綺麗にお辞儀している。

 弘一は夕歌の姿を目に収め、意味深長な笑みを浮かべていた。四葉分家を1つ見つけたと、喜んでいるのかもしれない。

 克人の方は、「ほう」と、小さく感嘆を漏らしていた。『魔法演算領域のオーバーヒート』うんぬんで、一条剛毅を治療した者と繋げ、その事で感心しているのだろう。

 幹比古はガチガチで何も反応していない。

 

「最後に、彼女たち。彼女たちは、紹介が難しいのですが……」

 

 俺が紹介しようとしたところで、(ティエン)が立ち上がる。

 もちろん、俺が仕組んだ事だ。

 

「ご紹介にあずかった、(ティエン)という者だ。俺の身分を端的に表すなら、マフィアのボス、てところかな?大亜連に居を構える、闇医者やら亡命幇助やらを生業にしてる、な。ああ、五輪澪を治したのはこの俺だよ。以後お見知りおきを」

 

 紹介の途中で軽薄と取られかねない軽口を叩いた(ティエン)

 四葉家含め、津久葉家含め、皆の(ティエン)に対する警戒を隠さず滲ませる。

 

「……、十六夜君。彼女を呼んだのは君という事で、間違いないかな?」

 

 弘一が俺に訊ねた。これ見よがしに(ティエン)から目をそらす姿は、不快感を抱いていると、あからさまに示している。

 同時に、それが(ティエン)への防壁作りであるだろう事を、ここに居る多くの者が感じ取っている。

 

「……外様を招いた事は、謝罪申し上げます。ただ、彼女らはどうしても必要な戦力なのです。何せ、彼女は古式魔法、精神干渉系、どちらにも精通している。今回俺が用意した対パラサイトの魔法を行使する者として、彼女以上の適任は居なかったのです」

 

「それは、津久葉家の方々、君たちの分家を含めて、という事かな?」

 

「はい。津久葉家も、我々の血縁者を含めても、です」

 

 弘一はさりげなく津久葉家が四葉家の分家である裏を取りに来たが、俺はその確証を与えないように言葉を選んだ。

 どうせ裏を取らなくても四葉分家と断定しているだろうに。面倒な男だ。

 

「俺の実力を疑っているなら、五輪家に連絡を取ると良い。ま、それで分かるのは、治療者としての腕だろうが。魔法の腕前を示してほしいというなら、実演に付き合ってやらないでもないよ?」

 

 (ティエン)の口から、不遜な物言いが放たれた。自分は四葉にも、七草、十文字にも劣らないと大見得を切る、そういう演技である。

 細かい身振り手振り・表情もできていて、俺の同時操作もなかなか上手くなったと、内心で自画自賛する。

 

「腕前を示してくれると言うなら、是非とも訊きたい事がある」

 

 ここで口を開いたのは、達也だった。(ティエン)を射貫くその目は相変わらず鋭く、そして、その()も鋭くしている事だろう。

 

「その化粧は、古式魔法だな」

 

「派手な化粧ですまないね。お察しのとおり、『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』という魔法だ。さて、俺からも訊ねたいんだが。君の()には何処まで見えている?」

 

 達也の質問に(ティエン)が回答すれば、達也は顔を険しくする。

 『エレメンタル・サイト』を知られていると、警戒度を上げたのだろう。今にも殺しかかってきそうな気配で、(ティエン)の体が震えてしまいそうだ。

 

「……」

 

 達也は黙っている。

 それもそうだろう。『エレメンタル・サイト』は七草と十文字には知られていない。知られたくない手札の1枚だ。

 弘一が密かに傾注している状態で、『エレメンタル・サイト』を推し量る材料なんて与えたくない。よって、口を閉ざすしかない。本当はもっと追及したいだろうが。

 

「やれやれ……。この魔法は、端的に言って個人情報体(エイドス)を偽装する魔法だ。四葉には個人情報体(エイドス)を直接対象にする魔法があると聞いてね。怖くて仕方なかったから、こんなあざとい魔法を引っ張り出してきたんだよ」

 

「……、俺の『分解』から逃れるため、という訳か」

 

「そうだね。そういう事にしておこう」

 

 (ティエン)も達也も、『分解』を隠れ蓑にして、『エレメンタル・サイト』は伏せた。

 (ティエン)の態度は、秘密を握っているが、商売相手である限り、暴露するつもりない。そういう態度に映るようにしている。望むとおりに映っているかは、正直判然としないが。

 ただ、達也の眉間に刻まれた皺が、幾分か敵視から疑念に変わったのは分かる。

 そんな彼に、(ティエン)は意味深長な笑みを返している。

 

「質問、よろしいかな」

 

 挙手してまで発言の許可を求める真面目さを表したのは、克人だった。

 皆が顔を向けども無言である事から、発言の許可を得たと、彼は判断する。

 

「貴女が五輪澪殿の虚弱体質を治した、というのは事実として受け止めます。しかし、そんな貴女がどうして十六夜殿と知己を得ているのですか?貴女は、闇医者と亡命幇助を生業にしていると言っておられたが、その生業がどう四葉と関係を持てるのかが、私には分からない」

 

 克人は、酷く真面目で、それ故に純粋な疑問を質問してきた。その様子は、相手の腹を探ろうとか、それこそ四葉の隠し事を暴こうとか、そんなモノではない。

 本当に純粋な疑問だ。その純粋な疑問が、四葉の隠し事に刺さったのだ。

 弘一の方は、サングラスの裏で不確かだが、2・3度瞬いたように見える。弘一としても、そこを訊ねるのは盲点だったのだろう。四葉が秘密を抱えているのは百も承知だから、海外マフィアと繋がる道なんていくらでもあるだろうとする固定観念があるために、目から鱗と言ったところか。

 

 少し痛い腹ではある。でも、俺はそこを訊ねられると想定していた。予想では、弘一の方から訊かれるものとしていたが。

 想定がほんのちょっと外れているが、事前に真夜とは話し合っている。

 俺は真夜と目を合わせ、お互いに頷き合う。

 その質問の回答者は、真夜だ。

 

「私の方から説明いたしますわ。私共四葉は、かつて調整を受けた魔法師、いわゆる調整体の家系を保護しております。その家系の中に、私共では完治が難しい者がおりますの」

 

「ほう?貴女はその者のために、海外マフィアの手を取ったと?」

 

 真夜の説明に、弘一がこれ幸いとばかりに詮索した。

 高々保護している人間1人にその労力を掛けるのかと。

 人間1人のために海外マフィアと手を組むのかと。

 

「今は売り込みを掛けられているだけです。取引はしておりません」

 

「俺は、取引しても良いと思っております」

 

「十六夜」

 

 まるで訪問販売を門前払いしているような真夜に対し、訪問販売に乗せられそうになっている俺。

 真夜はそれを諫めようとしていた。

 

「母上。あの患者は我が家にとって、貴重な防衛力です。その能力を差し引いても、もう替えの利かない立場にあります。彼女らとの取引に応じた方が、俺は利益があると思います」

 

 諫められても止まらない俺。

 俺はここで、取引の責任者が俺である事を、弘一に、その他の皆に示しておきたいのだ。あくまで、罪を被るのは俺の方だと。

 弘一なら、四葉家の弱みか、俺の弱みかなら、俺の弱みを取るだろう。何しろ、俺の方が与しやすいと、弘一の中ではなっているだろうから。

 

「……十六夜。貴方の考えは分かっています。だから、後で話しましょう。この場でする話ではないわ」

 

 真夜は、この場で示したいとする俺の意図まで読めたのだろう。ただ、それでも俺に不利を背負わせたくないからと、話を強制中断した。

 俺もこれ以上に示す必要はないだろうと、潔く収める。

 

「十六夜殿はそれ程に(ティエン)殿の腕前を買われているんだな」

 

「はい。精神干渉系と古式を合わせた魔法の適性なら、彼女はおそらく世界有数のモノを持っています」

 

「俺の方からも保障しましょう。彼女の『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』は、そう評するに値する」

 

「そうか。ふむ……」

 

 克人は俺の意見と、さらに達也の後押しを受けて、思考している。

 

「……十六夜殿が責任を負うというなら、十文字家は(ティエン)殿の参戦を許容します」

 

 思考して出したのが、その渋々と言った結論だった。

 海外マフィアなんてどう考えても怪しい相手だが、信頼している相手(四葉十六夜)が、信用している。

 だからこそ、責任の所在を明確にする、もし不手際があれば罰を与えると忠告しつつ、その怪しさを呑み込んだのだ。

 実に、誠実で真摯、なおかつ柔軟な思考を持つ男、十文字克人である。

 

「我々七草家も同様です」

 

 弘一は狡く、その判断をした責任を克人に押し付けるように、賛同した。

 他も異論はないと、目を伏せる。幹比古はただ固まって俯いているだけだが。

 

「七草の方々も十文字の方々も心配しているようだから明言しておくが、今回は貴方方どころか、四葉に対しても何も対価を求めていないよ。実のところ、アンジェリーナを日本へ逃亡させたのは俺でね。そうして運んだ荷が受け渡し先で不祥事を起こしているから、その補償として無償のアフターケアを請け負っているんだよ」

 

 克人も弘一も、俺と(ティエン)の間で何か取引している事を疑っているようなので、(ティエン)の口からその嫌疑の解消に取り掛かった。

 まぁ、リーナの受け渡しをしている以上、既に取引をしているような状態なので、解消できる嫌疑は今回の取引、その有無だけに留まってしまうだろうが。

 実際、弘一は笑みを深めるだけ、克人も小さく唸るだけで、やはり嫌疑全ての解消には至ってなさそうだ。

 

「何か、他に質問がなければ話を進めますが……。―――では、作戦会議に移ります」

 

 とりあえず、皆それ以上話さないので、(ティエン)を使う事が可決したものと受け取る。そうして、俺はそれ前提とする作戦を、皆に語って聞かせるのだった。

 

 

 

 会議は終わった。

 参加していた者は全員、会議場から辞した。

 地味に俺と(ティエン)を同時に歩かせるのが大変だったが、(ティエン)の方はさっさと車に乗って操作を手放したので、違和感を持たれる前にどうにかなっている。

 

 それで、幹比古も四葉が自動タクシーを呼んで帰して(当然、運賃は俺持ち)、俺も自宅へ帰る。

 とは、ならないのである。

 

「十六夜、ご当主様。お話があります。(ティエン)についてです」

 

 達也から、そう切り出された。

 俺はもう我慢できなかったので、固唾をこれ見よがしに呑んだ。最悪、露呈した事まで考え、対策に頭を回す。

 

 ここでは話せないという事で、四葉家が東京に構えた拠点、調布のビルへ。真夜、司波兄妹、俺に周妃も同じリムジンへ乗り込み、重い沈黙を享受したのである。

 

「『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』という魔法。(ティエン)の言う通り、個人情報体(エイドス)を偽装する魔法でしたが。偽装は完ぺきではありませんでした。読み取れた情報があります」

 

 ビルの、これまた会議室に集まって、達也が述べる。

 彼の視線は、とりわけ真夜に向けられていた。

 

「かなり衝撃的な情報です。特に、ご当主様は気を強く持ってください」

 

「……私。……いえ、まさか、それって」

 

 達也の奇妙な親切心に、真夜は察したようだった。

 

(ティエン)の遺伝子は、四葉家のそれと似た傾向が窺えました」

 

 語る達也以外、皆が息を呑む。

 真夜なんかは、おもむろに瞠目し、完全に固まっている。

 

 俺も、歯噛みする。

 ああ、予定通りだと。笑わないように、必死に歯を食いしばっている。

 四葉家の遺伝子を読ませたのは、見せ札であり、妥協点なのだ。

 

 俺は情報を全て隠すのではなく、むしろ、見せて良い情報を強調するようにした。

 『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』が役を羽織る魔法であるが故に、俺は別人の役を羽織らせるのではなく、逆に本人の役を強調したのだ。

 強調した役は、四葉の血縁者。

 そもそもが役を羽織るという魔法であり、既存の情報を強調しているがために、その効力は『エレメンタル・サイト』を欺くに至ったのである。

 割と賭けだったが、上手く行って一安心だ。

 

「お兄様、それって……」

 

 誰もが衝撃で沈黙してしまう中、深雪がそれを破った。

 と言っても、衝撃すぎて事実を受け止めきれず、その確認に走ってしまったのだろうが。

 

「俺は、ご当主様がかつて大漢で奪われた卵子を使った存在だと思っている」

 

「あの子は、ご当主様の娘、と言う事でしょうか……?」

 

「奪った卵子を直接使ったとは限らない。その遺伝子をコピー、及び調整した物を使った、とも考えられる」

 

 深雪も動揺が治まらない中、達也は実に平坦に事実を述べていた。

 血縁者とはいえ兄弟姉妹でもない存在の発覚は、達也の抑えられている激情を揺り起こす程のモノではないようだ。浅くも刻まれた眉間の皺を見るに、何も感じていない訳ではないのが窺えるが。

 

「ご当主様、どうしますか」

 

 達也はまだまだ平静なまま、固まった真夜に油を差そうと、そう言葉を掛けた。

 それで達也の意図した通り、しかしまだ錆び付いたように、真夜は緩慢に目を伏せ、項垂れる。

 

「…………分かりません。……素直に話すなら、過去を掘り起こされても、大漢に怒りが湧く事はありません。ただ、ひたすらに迷いがあります。あの子が、自身のルーツについて知っているなら、四葉の血縁者であると自覚があるなら、保護したいとも思います」

 

 真夜はゆっくりと、自分の血縁者である(ティエン)への感情を吐露していく。

 大漢への怒りがもうないのは、正直意外である。『横浜事変』の際はまだ大漢への怒りがあったようだが、それももう下火なのか。

 あるいは、大漢との遺恨より、自分の血縁者が気になるのか。

 

「……あの子が大亜連でマフィアを組織した意図が、気になります。あの子は、もしかして大漢に恨みがあるからこそ、大亜連で何か騒ぎを起こそうとしているのかもしれません」

 

 真夜の測る、(ティエン)の思惑。酷く悲し気な語り口は、(ティエン)を悲劇の復讐者と見ている事を表現しているだろう。

 事実は全く異なるが、筋が通っている推測に、俺は納得感を得る。

 言われてみれば、俺はともかく周がやろうとしている事は孫呉王朝の復活なので、騒ぎを起こそうとしているという点では、奇妙に合致している。

 

(ティエン)は真夜の推測に則って動かした方が不自然さはなくなるが……。いや、実態と齟齬が出るか。しかし、それらしい思惑を読ませておかないと、警戒心ばかり煽ってしまうな……)

 

 (ティエン)の動かし方が、とても悩ましい。

 とりあえず、今後は考慮すべき点として、保留しておく。

 

「母さん。どこまで踏み込む?俺は元より彼女は有用だから、ある程度踏み込むつもりだったけど。四葉の血縁者、しかも母さんの関係者である疑いがあるなら、その素性は洗うべきだと思う」

 

「……水波さんの治療については、スタンスを変えません。九島光宣の予後を観察してからです。ただ、はやり治療以外の取引はしましょう。あの子も、あの子の組織も、監視するために」

 

 俺の意見もあり、真夜の意志は、(ティエン)と関りを持ち続ける事へと完全に傾いた。

 ここまで事が上手く運んだ事に、俺は内心達成感を抱く。

 これで、俺が(ティエン)と個人的なやり取りをしていても、相手を探るためという言い訳が理解を得られるだろう。

 

「ご当主様。これだけは決断していただきたい事があります」

 

 達也は、変わらず平静に訊ねていた。しかし、その前置きが、いつになく神妙な雰囲気を形成している。

 

「……何かしら」

 

「彼女がご当主様の卵子を直接使った存在だとしたら、ご当主様は彼女をどうしますか。我々に保護を命じますか。それとも、排除を命じますか」

 

 真夜も雰囲気を読んで真剣に耳を傾けた達也の問答は、(ティエン)に対する最終的な対応だった。

 血縁者である現時点での対応は、様子見であると分かった。

 では、真夜の娘であった場合は、如何に。

 仮に、その場合は保護するとなれば、現時点での様子見も、敵性存在と判断した時も、対応が変わってくる。

 単純な話、殺した後に真夜の娘だと分かってしまった場合、どう足掻いても遺恨を作るのである。

 敵として殺したのが達也だったりしたら、あまりよろしくない未来が想像できる。

 最悪、それを口実に分家現当主たちが達也の排除に乗り出すかもしれないのだ。あくまで最悪の想定で、そこまで判断を間違える者たちだとは思いたくないが。

 

「……」

 

 真夜も、そこまで思考が及んでいるだろう。その顔は、苦渋にまみれている。

 

「……十六夜。少し、抱きしめさせてもらえないかしら」

 

 真夜は、その苦汁を解きほぐすために、俺を求めた。

 実の子供として育てた仮の息子か。赤の他人として接した実の娘か。

 真夜の中に、そんな天秤があるような気がした。

 

 俺は無言で、真夜の横に跪く。

 真夜はそんな俺の頭を、胸に埋めた。

 

 聞こえる心拍音は、平常より多少早い気がした。

 

 真夜は決断する。

 

「……あの子が私の実の娘だと判明した場合、四葉家で保護します。あの子の組織とは出来得る限り友好的な対応を取りますが、あの子の奪い合いとなった時には、力づくで奪います」

 

 決断は、奪取だった。

 そもそも自分に所有権が、いや、親権があると決めつけるような、ある種傲慢な決断である。

 

 その傲慢な決断に異論はなく、達也の眉間の皺は僅かに解れ、深雪も緊張が解けたような笑みを浮かべていた。

 司波兄妹も、その決断には肯定的なのだろう。その心理は推し量れないが。

 

「……ごめんなさい、十六夜。私の関係者と言われると、何故だか他人の子な気がしないの。それこそ、少しだけ、本当に少しだけ、あの子と貴方を重ねてしまうの」

 

 真夜は抱擁を解いて、至近距離で俺と見つめ合った。

 その揺らぐ瞳は己の不誠実さを嘆くようであるが、その実、全く不誠実ではない。

 と言うか、その直感が当たっているのが怖い。(ティエン)と俺が重ねられるとか、俺が把握していない癖まで真夜は感じ取っているのか。

 

「謝る事はないよ、母さん。あの子も四葉の人間とするなら、仲間意識、家族意識を抱いて当然だ。あの子が母さんの実の娘と分かったら、大漢への恨みを、トラウマをしっかり矯正して、家に迎え入れよう?」

 

 俺は恐怖感を抑えこんで、真夜に優しく全肯定した。

 

「……ええ。……そうしましょう?」

 

 真夜は俺の優しさを受け、儚く寂しげに微笑むのだった。




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 次回の更新は、2月9日の予定です。
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