魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百五十二話 執着・後編

「Fuck!Fuck!Fuuuuuuuck!!」

 

 レイモンドは、そう悪態を吐きながら山を掛けていた。

 逃げているのだ、狩人たちから。

 

「落ち着け、レイモンド!」

 

「落ち着いてられるか!何なんだあの女は!勝手に突っ走って勝手に負けやがって!あの女取り込むのに同胞(パラサイト)何体使ったと思ってる!それに、取り込んだのにこっちの同化は一方的に切られる始末だ!何なんだあの女は!」

 

 パラサイトに取り込まれた元・伝統派の男がレイモンドを宥めるが、焼け石に水だった。

 もちろん、パラサイト憑依者として繋がっている彼らはそのレイモンドの怒りを共有しているはずだろう。

 ただやはり、個性は失っていない、という事か。あるいは自分より激情に駆られている相手を見て冷静になった、という話なだけか。

 

「何にせよ、逃げるしかない。こちらは最高戦力がやられて、あちらは損害軽微だ。四葉十六夜は引っ込んだようだが、司波達也も、四葉が呼んだ精神干渉系のスペシャリストも残ってる」

 

「分かってるよ!分かってるからムザムザと逃げてるんだろ!()()()()()!」

 

 元・伝統派の男も、レイモンドも、リーナがやられたくらいではまだ戦意があったようだ。

 なのに逃げている。

 その理由は、お昼もまだだというのに、迫りくる闇があるせいだ。

 夜闇どころではない。上から蓋して完全に光を遮るような闇。それが、徐々に範囲を広げ、自分たちに迫ってきている。

 

 どう考えたって、パラサイト憑依者であるレイモンドたちを狙う攻撃だ。

 レイモンドたちも、それが()()()()()()()()()()()

 身もよだつ闇の恐怖が、彼らに迫っている。

 

 そんなレイモンドたちの様子を、俺はハトの『付喪神』越しに見ていた。

 ついでに、彼らに迫る闇についても、種明かしをしよう。

 

「恐ろしいね。これが『四葉』に抱えられる者の魔法って事だ」

 

「お褒めに与かり光栄ね。でも大した事はしてないわ。この魔法は、範囲に居る相手の、闇に対する恐怖を煽るだけのモノだから」

 

 (ティエン)の言葉に、夕歌は快く答えてくれた。

 そう。レイモンドたちに迫る闇は、実際はただ光学的な闇。克人が光を遮る壁を空に張っているだけの、本当にただの闇だ。

 それを相手が過剰に恐怖する闇に昇華させているのが、夕歌の精神干渉系『ニクトフォビア』である。

 『ニクトフォビア』は範囲を対象とする魔法で、敵味方問わずに闇への恐怖心を煽る。それ自体には暗闇を作る効果は含まれていない。

 通常では、本当にそれだけの魔法であるため、せめて効果を発揮させようと暗闇で使っても、人をただ暗闇から遠ざける事しかできない。

 効果的に使えるのは、光を適切に遮れる仲間が居る時だけだろう。仲間に指定個所を暗闇にしてもらって、そうして敵を罠へと誘導する。

 つまり、克人みたいな協力者、さらには事前に罠が張れる状況、それらがなければ使い所がほとんどない魔法なのだ。

 

「ギブ・アンド・テイクよ。私の質問にも答えてね?マフィアのボスさん」

 

 今は(ティエン)なのに快く答えてくれたと思ったら、こっちの情報を引き出すための工作を仕掛けていた夕歌だった。実に抜け目ない。

 

「貴女が用意した罠って、何かしら?」

 

「おお、安心したよ。そんなので良いのかい?それなら素直に答えられるが。まぁ、何。見てのお楽しみと行こう。大した罠ではないしね」

 

 お茶目を発揮していた、というか多分融和策に動いてるのだろう夕歌。とにかく、気安い彼女に俺は(ティエン)を気安く応対させ、答えを渋った。

 どうせ、すぐに分かる事だ。

 

 俺は、ハトの『付喪神』越しに、レイモンドの行く末を見つめる。

 

「闇が、闇が迫ってくるぞっ、レイモンド!」

 

「誰も光波振動系は持ってないのか!?」

 

「照らしても闇との境で消えるんだ!あの闇はやっぱり魔法によるモノだ!」

 

 闇を照らそうと闇の中で魔法を行使しようとするパラサイト憑依者たち。彼らは闇の境を越えて魔法を行使できない事に狼狽えていた。

 仕掛けは何の事はない。境に障壁魔法が張られているだけだ。その障壁魔法はマジックミラーのような性質も付加されており、障壁魔法を前線で張っている克人にはパラサイト憑依者たちが見えているが、パラサイト憑依者からは克人が見えない。ただの闇にしか見えない。

 

 もっと冷静だったら、障壁魔法の事を看破できたのかもしれない。

 しかし、彼らは冷静ではない。パラサイト憑依者であるため、『ニクトフォビア』が異常に効いてしまっている。

 迫る影を演じる都合上、結果として闇に周りを囲まれている克人が耐えられているのに。ただ、克人は強靭な精神を持っているだろうから、比較対象にするには不適当かもしれないが。

 

「見ろっ、レイモンド!小屋だ!避難小屋か!?明かりがある!」

 

 闇に脅えるパラサイト憑依者たちは、光に誘われる。

 それはまさに、誘蛾灯だというのに。

 

 彼らは一筋の希望に縋り、光へ、小屋の中へと駆け込んだ。

 広いワンルームだけの小屋。薪が摘まれた棚が端にあり、中央に囲炉裏があるという、避難に適しているのかは少し疑問が残る小屋である。

 しかし、れっきとした避難小屋ではある。ただ、天祖山は寒い地域にある訳でもなければ、雪山でもない。寒冷化が進んだ現代でも、雪が積もる事はあれど、遭難者が出る程ではない。

 だからこの小屋は、あくまで山で迷った人が救助を待つための建物なのだ。囲炉裏にしているのは、つまり救助を待つ間に心を温めるギャグである。もちろん、ちゃんと囲炉裏として機能はする。

 

 そんな小屋に、明かりが付いていたのだ。

 それは、先客が居た事に他ならない。

 まぁ、客と言って正しいかは分からないが。

 

 両手両足に手錠を嵌められて捕らえられている人間を、客と呼ぶ人間は居ないだろう。

 その人間が―――

 

「……え?」

 

「……レイ。……そうか、まだ無事だったか」

 

「……父さん(ダッド)?」

 

 ―――USNA指名手配犯なら、最早なんと呼んで良いか分かる者は居ないだろう。

 

「ダッドっ、どうしてこんなところに!い、今拘束を解くよ!」

 

「ああ……。ありがとう、レイ……」

 

 仔細は依然判然としないが、父への気遣いで動いたレイモンド。父親を気遣える優しさが残っている息子に、エドワードは穏やかにも寂しげに笑みを零していた。

 

 元・伝統派のパラサイト憑依者が駆け込んでくる。

 良くも悪くもレイモンドがこの集団のトップだ。エドワードもレイモンドも含め、17人が避難小屋に集まる光景は、少し窮屈そうだ。

 

「ダッド、いったいどうしてこんな所に……」

 

「……失ったんだ。何もかも、失った」

 

 レイモンドを前に、とうとうと語り出すエドワード。

 しかしその語り口は、顛末の説明ではなく、告解のようである。

 

「私は優秀だった。数字は裏切らず、私の優秀さを示してくれていた。周りは私を妬み、示される数字を否定して、感情論で否定してきた。だから、私は彼らの感情にまで、私の優秀さを示そうと思っていた。そうすれば、妬む周りを見返せると……」

 

「ダッド……?」

 

 拘束を解かれたのに立ち上がろうとせず、その場に座り込むエドワード。その姿は、レイモンドに強い違和感を抱かせた。

 それでも、エドワードは大切な者のために語り続ける。

 

「全員だ、全員見返してやった。USNA国家科学局の局員になり、一大プロジェクトを立案から任される程に出世した。そうして、私を妬む者は居なくなった。みんな、居なくなった……」

 

 エドワードは、涙を堪え、苦悶を堪え、なおも後悔を吐き出す。

 

「伸び伸びと私を育んでくれた私の両親は、私の金で豪遊するだけの集りに成り下がった。大学(カレッジ)から交際していた妻は、私の預金残高しか見なくなり、ついにはクスねて何処ぞに消えた……っ」

 

 エドワードは、周りを見返した先で、大切なモノを失った。

 彼の手に残っているモノは、もう、後1つしか残っていない。

 

「お前だけだっ、愛しい我が子よ!レイモンド!お前だけが、私に残された、大切なモノなんだ!」

 

 エドワードは息子に、レイモンドに抱き着いた。

 優しかった両親も恋しかった妻も失った彼にあるのは、愛しい我が子だけなのだ。

 だから、その愛しい我が子のために努力を続けた。息子が望むモノを全て与えた。レイモンドを害そうとする全ての危険を排除しようとしてきた。

 結果は指名手配犯だが、それでも、我が子を愛する思いだけは、微塵も揺るがず変わらない。

 

 では、そんな父親が、息子をかどわかした悪魔を許せるだろうか。

 

〈私に悪魔を使役する術を与えたまえ。『ゲーティア』〉

 

 許すはずがない。

 エドワードは自分を捕縛した(ティエン)へ恭順を誓う代わりに、レイモンドからデーモン、パラサイトを取り除くよう、契約したのだ。

 俺は、(ティエン)はその契約を守り、悪魔祓いに、いや、悪魔との契約に取り掛かる。

 

 幹比古の『山彦』により、(ティエン)の詠唱が避難小屋に居るパラサイトたちの耳にまで響く。

 

〈私に天に在るも地に堕つも区別なく、天使を使役する術を与えたまえ。『テウルギア・ゲーティア』〉

 

「レイモンドっ、『類感呪術』だ!おそらく、ソロモン王の伝承、悪魔を使役した逸話を抽出しようとしている!」

 

 詠唱文から読み解き、1人の元・伝統派が何をしているのか察し、警告した。

 これは、自分たちパラサイトを問答無用で支配する魔法だと。

 

「ダッドっ、逃げよう!逃げなければ『四葉』に捕まる!何をされるか分かったもんじゃないよ!?」

 

「……彼女は約束してくれた。息子と共に、幸せに暮らせる環境をくれると。……私は、それしか望まない。……それ以外、もう望めない」

 

〈私に星の知恵を授けたまえ。『アルス・パウリナ』〉

 

 レイモンドはエドワードを無理矢理引き剥がすのではなく、説得にかかっている。だが、エドワードは諦観の果てにただ1つの望みを叶えようと、抱擁を解かない。

 詠唱を無慈悲に綴られる。

 

「僕が居る!僕たちが居る!いくらでも逃げられる!」

 

「要らない……。私には、お前との幸せ以外要らない」

 

〈私に星々の精霊を使役する術を与えたまえ。『アルス・アルマデル・サロモニス』〉

 

 幸せを願っている。良くも悪くも、親子揃って。

 

「レイモンドっ、そいつを引き剝がせ!じゃなければ俺たちがヤる!」

 

「ふざけるな!僕のダッドだぞ!?十何人も居て逃げるしかできないお前たちより価値がある!」

 

「だが……っ、くっ!分かったっ、お前のファザコンは分かった!だからせめて無理矢理連れていけ!逃げた後で同化すれば良い!」

 

〈魔も聖も問わず、知恵を与えたまえ。『アルス・ノヴァ』〉

 

 親への親愛が、レイモンドたちの足を留めていた。

 最期の最期で愛に殉じたから、彼は救われるのだ。

 (エドワード)の愛と、悪魔(ティエン)の気まぐれに。

 

「ダッドっ、行くよ!」

 

「ああ、息子よ。私はお前と共に行こう」

 

〈人外なる者。如何なる例外もなく、我が知恵と術の前に、跪きたまえ〉

 

「だから、息子は返してもらおう。デーモンよ」

 

〈『レメゲトン』〉

 

 エドワードは、詠唱の締めに合わせて、懐から取り出した指輪をレイモンドに押し当てる。

 

 ソロモンの指輪は、鉄と真鍮ででき、天使と悪魔を使役する術を与えたという。

 天使には真鍮を、悪魔には鉄を、指輪のその部分を対象に当てて呪文を唱えれば、いかなる天使と悪魔も強制的に従わせる力が、その指輪にはある。という伝説だ。

 

 エドワードは、指輪の鉄の部分をレイモンドに押し当てていた。

 

 『レメゲトン』の詠唱、ソロモンの指輪。それらをでっち上げ、『類感呪術』によって、使役する効果を抽出する。

 

 レイモンドたちは、自意識がなくなったように、無表情でその場に直立した。

 悪魔の使役は、ここに成ったのだ。

 

 ソロモンの肖像画そっくりな仮面を被った(ティエン)が、悠々と避難小屋の扉を開ける。

 その仮面は『類感呪術』の成功率を上げるために用意した、『京劇(ジンジュウ)臉譜(リャンフゥ)』の発動触媒である。達也の『エレメンタル・サイト』を掻い潜るため、素顔に直接そのメイクをする訳には行かなかったのだ。

 

「ああ、良かった。残った全員にも、一々指輪投げつけなくちゃ行けないかと思ってたよ」

 

 独自ネットワークで繋がっているコンピュータよろしく、1つの機械から全てにウィルスが感染した、という事だろう。同化が深すぎて、機械各々のファイアーウォールもなくなっていそうだ。

 やはり、意志が共有できて連携が強化されるとはいえ、同化はダメだと思い知らされる。最後の壁はちゃんとあるべきなのだ。

 

「窮屈だな。ほら、レイモンド以外は外に待機ね」

 

 召使でも呼び寄せるように手を叩けば、元・伝統派の者たちは綺麗な列を作って、(ティエン)の横を通り過ぎていった。

 

「……『強制的な使役』って効果が強く出たか。このままだと人形劇しかできないな」

 

 せっかく使役したパラサイト憑依者だが、こんな命令した単調な行動しかできないのでは使い物にならない。

 成功は成功だが、大成功ではなかったと、(ティエン)の体で落胆した。

 はて、こいつらはどうしたものか。

 

「約束は、守ってくれるんだろうな……」

 

「ん?ああ、もちろんだとも。約束じゃなくて契約だし、君の科学力、というか『フリズスキャルヴ』は何が何でも欲しかったんだ。情報戦を制する者が世界を制するってね。何処のお偉いさんでも言ってるでしょう」

 

 契約不履行を懸念するエドワード。信じてくれてないのは当然として、信じてもらえるように実利で説いた。実利があるから、助けるというのは、実に理解しやすい話だろう。

 わざわざエドワードを確保し、レイモンドを殺処分しない契約までした理由はその実利に尽きる。

 俺は、『フリズスキャルヴ』が欲しかったのだ。

 しかも制作者を引き込めるとなれば、こちらに不都合な事は滅多にない。(ティエン)の下に指名手配のハッカーが居て、危険視される、という不都合くらいだ。俺としては充分に利益が勝っている。

 

「息子が無事なまま、パラサイトを祓えるのかと聞いているんだ!」

 

「もちろんだとも。契約書に書いてあるとおりだ。処置で息子の寿命が縮むだろう事は書いてあるから、『そんなの知らない』なんて喚くなよ?こっちはちゃんと細部に渡って事細かに真実を書いたんだ。それを読んでないとなったら、悪いのはそっちだろ?」

 

 理不尽に怒鳴ってくるエドワードだが、こちらが尽くせる誠意も礼儀も尽くしているのだ。それ以上にへりくだる事はできない。

 

「息子さん、大事だろう?こちらは誠意を持ってしっかり契約を遂行するつもりだけど。その息子さんの命綱は、誰が握っているのかな?よぉく考えて、冷静な判断をお願いしたいよ」

 

 理不尽には理不尽だ。どちらが立場が上かも、脅しておかないと分かってくれないらしいので、この対応は仕方がない。

 顔をしかめ、歯噛みするエドワード。その顔で充分だ。俺たちは取引相手なのだから。友好は後でいくらでも稼げる。まずは取引を成立させるのが重要だ。

 

「あら。どんな罠を張っているのかと思えば……」

 

「エドワード、クラーク……!」

 

 遅れて小屋にやってきたのは、夕歌と達也。後ろには克人と智一の姿もある。

 夕歌以外、皆一様に意外感兼驚愕を顔に張り付けていた。夕歌の方も、平常という訳ではなく、目を鋭くしているのだが。

 

「彼はウチの食客だ。下手な真似はしないでおくれよ?この事は、四葉十六夜にも了承を得ているんだからね」

 

「了承とは、何処までの了承だ」

 

 (ティエン)の言葉に惑わされず、達也は詮索してきた。

 そうだ。(ティエン)は何処まで了承を得ているのか、言っていない。エドワードを(ティエン)が組織で匿う事を四葉十六夜が了承しているなんて、微塵も言っていない。

 

「ウチの食客に危害を加えない事を、さ。もちろん、支配したパラサイト憑依者たちも含めて、ね」

 

 エドワードはもちろん、確保したパラサイトも奪わせない。

 そういう契約をしたと、偽っておく。まぁ、口裏などいくらでも合わせられるが。ここは四葉十六夜が苦汁を呑んで了承した事にすれば、四葉十六夜の名誉は守れるだろう。

 (ティエン)の名誉は守れないが。

 

「……そいつらを、どうするつもりだ」

 

「エドワードの方は、ウチで技術者として働いてもらうよ。貴重な人材だ。札付きなのも良い。USNAの札付きなんて、他の組織ならスカウトを迷う人材だろうからね。パラサイトの方は、どうしようか。思惑どおりじゃないから、まだ考え中だね。持って帰りはするけど」

 

 達也や周りに睨まれても、(ティエン)には余裕綽々の態度を取らせた。

 主導権は、こちらにあるのだ。

 

「悲しいな、形勢の有利不利を見極められてないみたいだ。こっちにはパラサイトが15体分ある。それらを自由にすれば、少なくとも15人はパラサイト憑依者に、こっちの手駒にできるという訳だ」

 

「……組織のトップは、目の前に居る」

 

 脅す(ティエン)に、達也はCADの銃口を向けた。

 達也は自身らの方が有利だと、見せかけている。

 

「引き金、引けるのかい?君たちの当主がそれを許容するとは思えないなぁ。何せ、この体は君たちの当主、四葉真夜の血縁なのだから」

 

「貴様……!」

 

 (ティエン)があくどい笑みを浮かべれば、達也の瞳には明らかな敵意が灯った。

 ジョーカーは切られたのだ。四葉にとって封じ手となるその札を、(ティエン)はそうと分かって切っている。

 

 夕歌、克人、智一は唖然としていた。

 『四葉真夜の血縁』は彼らにとっても劇物だったようだ。ま、日本魔法師の一般常識として、四葉真夜がかつて拉致された事実を知る彼女らなのだから、むしろ劇物でない方がおかしい。

 

「司波、どういう事だ……。彼女が四葉殿の血縁とは、本当なのか……?」

 

 狼狽している克人は、思わず達也に訊ねていた。

 血縁の真実など、証拠を持つのは(ティエン)の方だろうに。

 

「……以前から得ている情報で、その可能性は高いと判断されていました。確証になったのは、今ですが」

 

 あくまで四葉家の情報網で得たモノと取り繕いながら、達也は確度が高い事を口にした。

 黙秘を通すかと思ったが、案外素直に共有するものだ。

 

「では、あれは四葉殿の……」

 

「肉体はそうでしょう。ただ、魂は誰のモノか測りかねます」

 

 克人のさらなる追及に、達也はまさかの回答をした。

 なるほど。つまりはそういう認識という訳だ。

 

「あえて訊ねる。ご当主様の血縁に憑りついたお前は、いったい何者だ」

 

 達也は、真夜の血縁に、誰かのプシオンを継承するパラサイトが憑依しているものと、認識したらしい。

 予想外だったが、面白い勘違いだ。あながち間違いでもないので、そっち路線も加味したミスリードをすべきかもしれない。

 

「酷いなぁ、お兄様?異邦の地で母の顔も知らず必死に生きてきた妹に、お兄様は銃口を向けるのかい?」

 

「お前のような妹は知らないし、お前のような中学生が居るか」

 

「鏡が要り様かな?君は高校生だけど。後言っておくと、俺は中学校に通った記憶なんてないよ」

 

 あくどい笑みと、鋭い眼差し。

 お互い、揺れ動く事はない。

 俺はいつ、四肢消し飛ばしてでも確保する、なんて行動に達也が出ないか、肝を冷やしているが。

 

 さすがにこのままでは俺が心丹まだ冷え込んでしまう。

 

「ふぅ……。止めよう、司波達也。四葉真夜の血縁を悪用しているが、俺は君たちと敵対するつもりはない。俺はただ、大切なモノを守りたいだけなんだ。どんな悪辣な手を使ってもね。その過程で四葉、ひいては日本に大打撃を与える事はしないと、約束しよう」

 

 悪辣な笑みを止め、ビジネス・スマイルに切り替えた。感情論で平行線なら、合理性で交われば良い。

 

 ただ、達也は激情を抑えられる体質であるが故に、冷えた感情の火を、くべてくる。

 

「お前は何故、それを守ろうとする」

 

 それは、守りたい大切なモノが定まっている彼だからこそ問えた、正鵠を射る一矢だろう。守りたいモノが何であるかを飛び越えて、その先にあるモノを射ていた。

 

 俺の心に、深く刺さる。

 役割だの使命だの、贖罪だの何だの。色々それらしい飾りを付けてきた。

 では、それらは、どうしてやってきたのだろう。

 

 俺は、無意識で、四葉十六夜の手を、(ティエン)の手を見ていた。

 それは、俺の手ではない。

 両者ともに右手を天にかざす。陽がないために、その中身を透かす事もできないのに。

 

「何をしている?」

「何をしてるの?」

 

 達也と深雪から、問われた。

 (ティエン)に、四葉十六夜に。

 俺は、その問いが●●(おれ)に対するそれに、思えなかった。

 

「何でもないよ」

「何でもないよ」

 

 だから、●●(おれ)は答えない。

 答えられない。

 

 (ティエン)にも四葉十六夜にも愛想笑いをさせた。

 そうして、(ティエン)には無警戒に達也の横を歩き去り、四葉十六夜には無警戒に深雪の前で寝入った。

 どっちも、●●(おれ)ではないのだから。

 

 達也も深雪も、それらの姿を呆然と見収めるしかなかったのだった。




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 次回の更新は、3月23日の予定です。
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