魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百五十四話 幕間~相思錯誤の子供たち~

2097年7月6日

 

 土曜日。リーナの捕縛、パラサイトの討伐など事後処理もかなり片付き、日常がようやく返ってこようという日。

 俺はその日常の平穏を享受すべく、風呂も終えて寝間着を着込み、リビングにある大画面テレビでBGM代わりのニュースを流していた。

 ただ、言った通りニュースはBGM代わりで、俺は起こった事の整理に思考を割いている。

 

(リーナは、十師族への説明を終えた後に覚醒したと報を受け、匿っている巳焼島にすぐ向かったんだよな。あの時は、色んな意味で大変だった……)

 

 その時の事を思い出し、連鎖してその時の想いがぶり返せば、げんなりとした気分になる。

 何せ、俺はリーナの病室に入った瞬間、大変な事になったのだから。

 

―キャーーーーーーー!!!

 

 その瞬間に響いたのは、リーナの嬌声だ。

 俺が視界の端に映るなり、彼女は叫んだ上に、掛けられていたシーツにクルまってしまったのだ。

 

―さ、サキー!こないでっ、今は来ないで!

 

 リーナからの明確な拒絶。

 俺は、その時も今も、顔を険しくする他ない。

 

(『グレート・オールド・ワン』……。残念ながら、リーナの脳裏に恐怖が刻まれてしまったか……)

 

 『般若心経写経』で精神干渉系の効力は薄められていたのだろう。それでも、無効化まではいかなかったらしい。対象の精神に壊す『グレート・オールド・ワン』が、恐怖を刻むだけに留まったのは不幸中の幸いだった。

 しかし、リーナにとって俺は、視界に映ったら叫んでしまう程の存在となってしまったのは、致し方ない犠牲にしても大きすぎる。

 リーナとの関係改善は、ほぼ不可能になったのだから。

 

(あの時、達也が同行してくれて良かった。達也がリーナを宥めてくれなければ、俺に怯えたままの時間がもっと長くなっていただろうな……)

 

 リーナが叫んでために俺は退出するしかなかったあの病室。達也がそこに留まり、1時間ほどリーナを宥めてくれていた。

 

―……今は、お前からは会わない方が良い。決心もなくお前の顔を見たら、リーナはまた取り乱す

 

 宥め終えた達也からも、リーナへの接近を禁じられる始末。

 ちゃんと検証もしていない魔法を浅慮に行使した己が憎たらしい。

 

(……この思考は止めよう。もうどうしようもない事だ。……考えるべきは、リーナの処遇だな)

 

 気分が負にしか傾かない思考を中断し、建設的な方へ切り替える。

 それは、リーナの処遇だ。主に、USNAの方での。

 

 リーナを保護できた事は、その日の内にバランス大佐に報告済みだ。リーナが起きた事も、起きた日に報告してある。

 ただ、厄介な事になっていると、バランスは疲れた表情を隠さず打ち明けてきたのだ。

 

(表立ってはいないが、リーナが日本国土で暴れた事は事実。しかも、任務でも何でもない事で。全ての責任をパラサイトに押し付けたいが、そうすればUSNA最強はパラサイトに乗っ取られる脆弱性を認めなければならない)

 

 リーナを無実、というかUSNA軍は無罪にしたい。だがそうすると、USNA最強の箔に傷が付く。

 箔の問題は特に、軍内部での面子的な問題だ。

 USNA軍は世界各国の軍より強い事を、心の拠り所にしている面がある。そして、最強なUSNA軍の中でも、最強の存在がアンジー・シリウスだ。

 最強の中の最強が妖魔なんて訳の分からないモノに負けたとなれば、USNA軍内部、より明確に言えば下士官たちの士気は落ちると、上層部は考えているらしい。

 

(最強の証明が崩れる。自由の象徴たる自由の女神像が壊されるようなもんか)

 

 上層部としても、USNA軍が最強であるという誇りがある。それが崩されるのは、快く思えない、というか拒絶反応が出る者もいるだろう。

 だから、アンジー・シリウスが、リーナが負けたという事実をどうにか捻じ曲げたいのだ。

 

 負けを認めれば誇りを失う。認めなければ信用を失う。そういう話だ。

 USNA軍最強を送り込んでまで他国にダメージを与えようとするなんて事が広まれば、USNAはどれ程世界からの信用を失うか。

 国家公認戦略級魔法師が国内で破壊工作しかねないとなれば、猜疑心と恐怖心で、やられる前にやる、なんて暴走をする奴が出てきてもおかしくはない。

 

(ま、日本の非公認戦略級魔法師を狩るために、USNAの国家公認戦略級魔法師を送り込まれた事実があるんだが……)

 

 達也殺害にリーナが送り込まれた時の話である。

 あれも、USNA軍の脱走兵を狩るためと、カバーストーリーで事実無根にする取引を成立させたが。

 日本とUSNAは、一応友好国であるがために。

 

(負けた事を隠してほしいと、あちらからの交渉があるだろうな。こっちは秘密裏に抑えられているが、費用も時間も掛けた。それに見合った贈り物がないなら十師族が頷くはずはないが。USNAは何を手土産にしてくるかな)

 

 USNAは誇りも信用も失いたくないから、まず間違いなく事実隠蔽にかかるだろう。ただ、隠蔽したい事実は十師族も知るところなので、権力・圧力で黙らせようとする事はできない。

 何かを十師族に差し出さなければならない訳だが。さて、USNAは何を差し出すか。十師族を納得させられる贈答品は何になるか。見ものである。

 リーナを、国家公認戦略級魔法師を差し出すなんて事は、あるだろうか。

 いや、最強を誇示したいのだから、間違っても完全に譲渡する、という事はないか。

 

(後考えるべきは……。高校から出された課題については、まぁ良いか……)

 

 第一高から、三週間近く休んでしまった俺への、課題。

 三週間休んだとなれば、普通に単位取得に響く。というか、普通だったら勉強が追い付いていない訳なので、期末試験で落ちかねない。

 という事で、第一高教師たちがくれた温情である。校長の温情ではない。教師陣が言い出して、校長が渋々許可した、という事だ。授業を真面目に受けて、教師陣の好感度を稼いでおいて良かった。

 

 ちなみに、百山校長からの好感度は間違いなく下がった。

 

(治療のために休んだって言って3週間休んだのに、「治りませんでした」って言ったら、そりゃ好感度下がるわな)

 

 病欠から復帰する事を百山校長へ直接申し出に行った時。あの時に上記の言葉を言った瞬間の、百山校長のしかめっ面。もう嫌気を隠す気がないその表情。思い出すとつい噴き出しそうになる。

 裏の事情で休んでいた事が確定したのだから、学校の長となればそうもなろう。相手が十師族という、魔法師界の権力者相手ならなおさらだ。

 それでも、課題出すだけで許してくれたのは、子供にはしっかり学校で学んでほしいと、教師らしい思いがある故か。面倒事に関わりたくないがための投げやり、ではないだろう。十師族としての務めを優先する俺への呆れや哀れみは、あるかもしれないが。

 

(何にせよ、俺はまた保健室登校だな。……そろそろ生徒会や風紀委員以外の生徒からは絶滅危惧種扱いされそうだな)

 

 滅多どころか関係者にならなければ会えないとなれば、レアキャラ通り越して最早そういう扱いになっているだろうと、我が事ながら自嘲してしまう。

 まぁ、あんまりメイン・サブ以外のキャラと関わるつもりはないが。それこそ、スミス・ケントは顔どころか漢字表記も覚えていない。平河千秋も怪しい。『川』と『河』、どっちだったか今一瞬迷った程だ。

 

(とかく、改めて。……どうにかなって良かった)

 

 リーナがパラサイト憑依者になるという、絶対に原作乖離だろう事件を、どうにか乗り切った。

 俺の胸を満たすのは、達成感と安堵感だ。

 

(達也卒業、『魔法科』終了まで後8か月くらいあるのは怖いがな。……8か月あるのか。……原作では今回の事件がパラサイトとレイモンドの事件だったとして、敵に回ったのはパラサイトに憑依されたUSNA軍人だろ?こっからこれ以上の事が起こるのか?どう考えても戦略級魔法師合戦だろ。なんだ、非公式戦略級魔法師がうじゃうじゃ出てくるのか?勘弁してほしいなぁ……)

 

 安堵したのも束の間。エスカレートしていくだろうこれから先のイベントを想像し、俺の胸中は不安色に塗り替わる。

 

(各国の国家公認は絶対に監視しとかないと。それで、どう出てくるか……。俺が予想できるはずもないな。結局、毎度後手に回って、どうにか凌いでいくしかないか)

 

 先手を取るとか、予防できるとか、俺は期待しない。

 今回で改めて分かった。原作知識で情報アドバンテージがあっても、結局俺にできるのは後手後手の対処療法。周りが殺気立ってるのをどうにか宥めて丸く収めるのが、俺の精一杯だ。

 それ以上、俺に期待する事はない。期待できはしない。

 

「……ふぅ。止めだ止めだ。明日とか未来とかの事は、その時の俺に任せよう」

 

 テレビを消して、俺は寝室へ向かおうと腰を上げる。

 寝る準備として、プシオン漏出の指輪を嵌めた。

 

 そんな時だ。

 

 「ピンポーン」と、拍子抜けした、しかし緊迫感を与える音、インターホンが鳴った。

 後ろに控えていた周妃が、即座にインターホンの画面を覗き、来客者を確認する。

 

「……誰だ?」

 

「司波達也様、深雪様、四葉真夜様、北山雫様、七草真由美様、アンジェリーナ=クドウ=シールズ様です」

 

「……はぁ?」

 

 俺の誰何に周妃は淀みなく応えたが、俺は耳を疑わざるを得なかった。

 故に、俺もインターホンの下へ早足で向かい、画面を見る。

 

 周妃が言ったとおりだった。言った順がカメラに近い順である。わずかに不機嫌そうな達也が先頭だ。深雪と真夜は不安そうにしており、雫と真由美は両手で顔を覆うリーナの背中を勇気づけるように撫でている。

 

 俺はインターホンの応答ボタンを押した。

 

「……達也?……どういう状況だ?」

 

〈十六夜、説明責任から逃げられると思うな〉

 

 達也の回答で、俺は全てを察する。

 

 達也がディープ・キスをチクりやがった。いや、リーナの口から真夜に伝わって、その他の面子に伝播したのだろうか。

 

 俺は下唇を噛みしめる。

 何にせよ、もう説明責任からは逃れられない。

 女性陣に素直に罵られよう。寝間着姿で惨めさを加速させながら。

 

 玄関を開ける。

 

「えーと。とりあえず、リーナさんは光彩と指紋認証をしてくれ」

 

 俺は、訪問者全員を家に上げたのだった。

 

 上座・下座の辺に1人ずつ、左右に3人ずつは囲めるダイニングの長机。その上座に俺、俺から見て右に達也・深雪・真夜、左に雫・真由美・リーナで囲む。

 リーナはまだ顔を覆って、真由美がその背を撫でている。

 状況の説明にリーナが必要とはいえ、恐怖の対象だろう俺の下まで連れてくるとは、達也もなかなかの鬼畜である。あるいは、少しでも恐怖を解消させようと、怒りをぶつける場を設けた結果か。

 

 さて。状況分析していないで、謝罪会見を始めよう。

 

「皆様、特に母上、雫、真由美さんに対しまして、俺が今作戦での行いを伏せた事、謝罪申し上げます。本当に、申し訳ございませんでした」

 

 俺は深々と、ちゃんと席から腰を上げて、机にぶつける勢いで頭を下げた。

 女性に不快感を与えている状態で、下手な弁明など悪手に他ならない。まずは謝罪の意を態度で示すのだ。

 

「舌入れたの?私以外の女に?」

 

「はい。俺がリーナの口内に自らの舌を入れ、あまつさえ彼女の舌に絡ませた事は、事実でございます。彼女を救うにはそれしかなかったとはいえ、刑法に当てはめましても強姦罪の適応は可能である上に、婚約者候補が居る身の上で婚約者候補でもない女性にそのような行為をする事は、とても許されたものではありません。民法でも問題なく罪に問え、賠償金の請求は可能でしょう」

 

 珍しく瞼をかっぴらいている雫に、俺は容疑を認め、自ら罪状をつまびらかにしていった。

 俺の容疑を語る際、さらに深く蹲るリーナ。俺としても、罪悪感を覚える。己の謝罪にはその言及が必要だったとはいえ、リーナのトラウマを抉ってしまう事は心苦しくて仕方ない。

 

「その、いわゆる救命行為みたいなもので、罪に問うというのはできないと思うのだけれど……」

 

「分かっています。しかし、皆様を御不快にさせた事実は、何ら変わる事はありません。だから、弁明も釈明もしません。皆様からのお許しを得られる事が第一です。何なりと、如何様な事でもお申し付けください」

 

「いえ、その……。私は婚約者候補ですらないから、何も言えない立場なのだけれど……」

 

 真由美はひたすらに俺を擁護しようとしてくるが、それもあくまで、自身の不快感を大人として抑えてのものである事が窺える。そうでなければ、ここまで言葉を濁し、視線を右往左往させる事はないだろう。

 

「真由美さん。今は『候補者』うんぬんは気にしなくて良いわよ?女として、この子を想う1人として、自分の気持ちを伝えなさい。私はそれらを許して、この場に呼んだつもりです」

 

 意外や意外、真夜は真由美に微笑みかけていた。

 七草家というか、七草弘一を嫌っている真夜なら真由美を遠ざけると思っていたが。今日の真夜は俺の親である前に、1人の女として在るようだ。故に、女の味方として、真由美の味方をしている、という訳か。

 

「そして十六夜。どのような状況であれ、『如何様な事でも』なんて身を捧げるような言質を取らせるのは()めなさい」

 

「弱みを握らせてはならない。全権を相手に委ねてはならない。その事は承知しています。ですが、そうしなければ許しも何もない現状でしょう」

 

「貴方は、本当に……」

 

 帝王学的なお説教を真夜からされるが、残念ながら俺は帝王なんて面子を保てる器ではないのだ。俺は人々の先頭に立つ導き手ではなく、やれて、人々の中で調和を叫ぶスピーカーが精々だ。

 それに、不遜な態度なんてしたら、良くて平手打ち食らって、悪くて縁を切られる状況だ。悪いが、俺はそんな状況で真っ先に捨てるのが誇りや面子である。

 そんな俺の姿を、真夜は自らの顔に手を添えて嘆いていた。

 間違っても四葉の弱みは握らせないから我慢してほしいと、俺は内心真夜にお願いする。

 

「ダメだな……―――リーナ、そろそろ整理は付いたか?」

 

 達也はずっと俺に向けていた視線を、何かを見限るとともに切り替えた。

 その視線は、リーナに向けられる。

 言葉も視線も向けられた時、リーナは体を小さく飛び跳ねさせていた。何の整理かは知らないが、話せる状態にあるとは思えない。

 

「達也、彼女の精神的ダメージは大きい。すぐに回復するようなものじゃ―――」

 

「お前はちょっと黙っていろ、十六夜。周囲からの評価、特に好意を全く測れないお前には付き合いきれない」

 

「はっ、ちょ、何?」

 

 リーナを無理に起動しようとする達也を止めに掛かれば、その達也からものすごい罵倒が飛んでくる。俺も思わず動揺するレベルだ。

 

「……『好意を全く測れない』だって?冗談だよね、達也。まさかリーナさんが俺に恋してるとでも―――」

 

「そうよ!!」

 

「―――……何?」

 

 俺の言葉を遮るように、俺が否定した可能性を肯定したのは、リーナである。さっきからことごとく予想外の矢が飛んでくるので、俺はもう真面な応対を返せていない。

 

 そんな俺を他所に、リーナは椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、両手で覆っていたその顔を俺へと曝す。

 彼女の顔は、真っ赤だった。

 

「サキーに恋してるって言ってるの!留学終わってUSNAに帰った時から、いえ、帰りの飛行機に乗ってる時も、多くの時間で貴方の事考えてたわ!ダークヒーローみたいでカッコイイのに何処か儚げでミステリアスで、だからもっと知りたくなってサキーが何を考えてるのかずっと考えてたわ!ええっ、もうその時にはワタシのラブ・ストーリーはスタートしてたのよ!」

 

「……。リーナ、落ち着いて(Be cool)

 

黙りなさい(Shut up)!」

 

あ、はい(Oh, I see...)

 

 ヒート・アップするリーナ。もはやその赤面は羞恥によるものなのか、興奮によるものなのか、判然としない。

 俺は黙って彼女のシャウトを受け止めるしかない。

 

「恋の自覚なんてしてなかったわ!素直に話すなら、サキーにそう指摘されるまで本当に自覚していなかった!でも、だ、だだだだだ抱かれる妄想してるんじゃないかって言われた瞬間に本当に抱かれる妄想しちゃって、しかもワタシが誘ってサキーにもみくちゃにされるところまで妄想しちゃって!大変だったんだから!」

 

「……」

 

 俺は、今は何も言わないが、多分大変なのは現在進行形か未来形である。

 何せ、そのシャウトは聞いているのは俺だけではないのだから。

 何故か真夜は頷いているし、深雪は柔和に微笑んでるし、真由美が顔を両手で覆う番になっているし、雫はちょっと頬を染めながら姿勢を正しているし、達也は真顔で虚空を見つめている。

 ちなみに周妃はすまし顔で目を伏せている。

 とにかく。正気に戻ったら、リーナはまたしばらく羞恥で蹲るハメになりそうだ。

 

 そんな未来など知らず、リーナは俺の傍へ勇んで近付き、物理的に迫る。

 

「再度言うわ!愛してるわ(I love you)復唱しなさい(Repeat after me)!」

 

「いや、復唱させるのはダメでしょ」

 

「きゅうっ!?」

 

 熱暴走しているだろうリーナを、脳天にチョップかまして落ち着けたのは雫である。リーナは虚を突かれて目を丸くしたが、熱が放出されたのは確かだ。

 

「リーナ、さりげなく十六夜さんを告白させようと誘導してたよ」

 

「……、っ!ち、ちが、そんなつもりはっ!あわ、あわわわわわ!」

 

 雫に傍から見た事実を突きつけられ、理解が及んだリーナはやはり両手を顔で覆って蹲った。

 その後、雫にそのまま介抱され、席に着くリーナ。彼女は椅子の上で器用に膝を抱えて縮こまる。

 色んな意味で、彼女は大丈夫だろうか。

 

「……えーと。つまりは、リーナさんが俺に恐怖しているという認識は間違いで、顔合わせる事を避けてたのは全て恋心と羞恥心故だと」

 

「……イエス」

 

 俺の再確認に、リーナは羞恥心をどうにか抑えて肯定を返してくれた。羞恥心は手ごわかったようで、いつも流暢な英語が片言になっている。

 

 何にせよ。俺の認識が狂っていた。それが証明される。

 ついでに、俺は他の認識も狂っているのではないかと、自信がなくなってくる。

 

「あの、もしかしたらなんだけど……。雫と真由美さんは俺が生殺与奪の権を渡さなくちゃいけない程に気分を害しているという認識も、間違ってる?」

 

「間違ってる」

「間違ってるわ」

「間違いね」

「間違ってるな」

「間違っているわね」

 

 あくまで確認だったのだが、雫、真由美、真夜、達也、深雪から総叩きである。

 

「……その、明確にしたいんだけど。雫と真由美さんはどんな心境なんだ?」

 

「また誰か引っ掛けてきたって、不機嫌ではある。でも、十六夜さんだから引っ掛けてくるだろうなとは思ってたから、この程度で嫌いになったりなんかしない。でも、何か埋め合わせは欲しいかも」

 

「……」

 

 雫からまさか軟派野郎と認識されていた事に、俺は愕然とした。

 誰も、口説こうなどしていないのに。

 

「わ、私も、微妙な気持ちではあるわ。でも、私は婚約者候補ですらないし、色々事情があるから、こんな気持ちを抱くのはお門違いだと……」

 

「七草真由美さん、この子は歪曲表現を曲解する男よ。真っすぐ伝えなさい。彼の母である私が許可します」

 

「え、あ、はい。―――素直な気持ちを伝えるなら、私の、貴方への想いは、微塵も揺れていません。むしろ、どうすれば貴方を勝ち取れるのかって、考えてしまう事もあります」

 

 真由美の右往左往していた瞳が、真夜に促され、深呼吸の後に俺を射貫いた。彼女は真っすぐ、俺への恋心を伝えてきたのだ。それは、その心根は、微塵も揺れはしないと。

 

(何が、どうなっているんだ……)

 

 誤認識を強く叩き直されても、正直理解が追い付かない。

 何故、俺は彼女らにここまで想われているのか。

 理解が追い付かないから、俺は一旦、そういうものと認識する。

 

「……聞きたいんだけど。もちろん、俺はそんな事を微塵もする気はないんだが。また、俺が女性を引っ掛けてきたら、どうするんだ?」

 

「「またか」とは思うだろうけど、埋め合わせしてもらえればそれで良い」

 

「どうにか、第一夫人の座になれる方法を模索するわ。でも、最悪は愛人でも、とも思います」

 

「……分からないわ。でも、もうこの恋心は、きっと変わってくれないわ」

 

 雫、真由美、リーナからの、三者三様、しかし俺への思いは一様な答え。

 分からない。俺の何がそこまで良いのか分からないが、『四葉十六夜』とはそういうものと、仮定・仮置きしておく。

 

「……分かった。みんなに埋め合わせをする。リーナにももちろん、母上にも、達也と深雪にも、だ。俺の事で迷惑かけた訳だからな」

 

 とにかく。俺は謝罪の意を示し、態度で明確化する事とした。

 達也以外の皆が、頷く。

 

「それじゃあ、夜分遅くに来てもらって悪かった。後で、しっかり日程を立てよう」

 

 精神的な疲労感に襲われている。ちゃんと回復した上で、ちゃんとした対応をしたいから、俺はこの場をお開きにしたかった。

 

 ただ、それを許してくれない者が、1人居る。

 

「待て、十六夜」

 

 

 

 

 

「『もう少しでゴール』とは、何だ」

 

 達也が、楔を打ち込んだ。




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 次回の更新は、4月27日の予定です。
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