魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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編輯黙示編・十片
第百五十五話 常套手段は期限切れ


『あの者は、『聖女』ではないのかもしれん』

 

 達也は、東道青波から、そんな言葉を聞かされた。

 『ESCAPES(エスケイプス)計画』の発表、その許可を貰った後、ついで話のように聞かされたのだ。

 おかげで、調査の進捗が何歩か後退する事となった。

 

 達也は、十六夜が贖罪のために動いている事を知っている。

 ただ、その贖罪は、『聖女』由来のものという可能性があった。

 『聖女』由来にするには、どうして四葉真夜に尽くすのか、という疑問が残っていたが。現状で明確にあった可能性が1つ消えたのだ。

 これで、十六夜がどうして贖罪に固執するのか、思考材料がなくなった。

 

『「I found the Saint on the continent.」、「大陸で聖女を見つけた」と。故知らず相続していたIBM5100の画面にそう映された時は、私でも度肝を抜かれた』

 

 東道の先祖が残した、かつての同志たちとやり取りする方法。それが起動し、連絡されたのだという。

 残念ながら、連絡は一方通行で、東道からは連絡が取れず、それ以上の情報は得られなかった。合わせて、情報の真偽は確認できていないという。

 だから、東道には疑念が生まれたのだ。

 

 十六夜は、『聖女』ではないのかもしれない。

 

『其方があの者より訊き出せる範疇で構わぬ。この真偽を確かめよ』

 

 そうして、達也は東道から1つ依頼を言い渡された。

 達也としては、『聖女』の是非はあまり考慮の範疇にないので、それ自体は確かめる気はない。

 だが、相手が家のスポンサーであるし、何しろ、元より十六夜を深く探る気であったため、彼はその事は了承した。

 

 ただ、探る取っ掛かりを得られない。取っ掛かりなしに詮索する事は警戒される上に躱されて終わると判断し、長い沈黙を守る事となったのである。

 

 その取っ掛かりを得たのは、パラサイトの再出現、リーナがパラサイト憑依者となった事件の事である。

 

『サキー?どうして、目の前のワタシを見てないの?』

 

『リーナ。騙されてくれない君は嫌いだよ』

 

 執着するリーナに、十六夜が自白したのだ。

 今までお前を騙していた、と。

 十六夜が己の秘匿行為を認めた。達也にとって、それは初めての瞬間だった。

 今まで何度も追及してきたが、十六夜は話題逸らしやミスリードをするだけで、己の秘匿を認めた事はない。

 リーナには、彼女にだけは、その事を認めたのだ。

 

 達也が取っ掛かりとしたのは、それだけではない。

 

『タツヤ!貴方も思っているでしょう!?サキーは、ずっとワタシたちに嘘を吐いているって!ワタシはそれが嫌なの!ワタシはもっとサキーの事を知りたいの!!』

 

 リーナの訴え。

 彼女は、十六夜がずっと嘘を、何かを秘匿し続けた事に確信を持っている。

 一縷の望み、もはや祈りと言っても良い。

 リーナは十六夜の嘘を検知できる。達也は、そうである事を願った。

 

 それを確かめるべく、捕縛した後に目を覚ましたリーナの下に訪れたのだ。

 

『キャーーーーーーー!!!』

 

 十六夜と共にリーナの病室に訪れた達也が聞いた第一声は、そんなリーナの叫びだったが。

 ただ、達也の中ではそれが吉報だったように思える。

 

 リーナが叫んだ原因だろう十六夜を追い出し、達也はリーナに尋ねる。

 

『リーナ。お前は十六夜に好意を抱いているな?』

 

『ぴえっ』

 

 シーツにくるまって、真っ赤な顔を曝すリーナ。潤んだ瞳も謎の悲鳴も、達也の質問を肯定するだけのモノだった。

 

『リーナ、お前の力を借りたい。十六夜を引き止めるために、協力してくれ』

 

『……サキーを引き止める?……どういう事?』

 

 達也の急なお願いに真剣さを感じ取り、リーナは正常な思考能力を取り戻す。

 

『これから聞かせるのは、非常にショッキングな事だ。十六夜に対する認識も覆されるかもしれない。でも、十六夜の心に踏み込むというなら、知っていなければいけない事だ』

 

『……この気持ちが冷めると言うなら、逆に聞かせてほしいわ。ワタシでは、この気持ちをどうやって留めれば良いのか分からないから』

 

 達也が覚悟を問うも、もはや出来上がっていると返したリーナ。

 達也はそんな彼女に聞かせる。

 『四葉十六夜』なんて人間は、在りはしなかったのだと。

 『四葉十六夜』という人間は、誰とも知らない男が成りすましている存在だと。

 

『……不思議ね、却って納得してしまったわ。……サキーは、アクターだったのね。そして、この世界全てを劇場(プレイハウス)としか見ていない。だから、ワタシの事も登場人物(キャラクター)としてしか見えない』

 

 沈鬱としたリーナが告げる解釈に、達也も共感を覚える。

 ああ、つまり。あいつにとって全てはフィクションなのだと。

 

 だが、謎が謎を呼ぶ。

 何故あいつは、そんな状況に陥ったのか。

 過去のトラウマからなる精神疾患とすれば筋は通るが、腑には落ちない。

 しかし、それで思い出す。

 

―……もうちょっとだって、もう少しでゴールだって、気を緩めたばっかりに。こんな、こんなっ

 

 リーナ捕縛の時、最初の捕縛プランが失敗した時の、十六夜の言葉。

 達也の脳裏に焼き付いている。本人はリーナの動揺を誘う演技などと言っていたが、あまりにも真に迫っていたから。

 ともすれば、あれが本音の吐露に見えたから。

 

 だから、達也は問うのだ。

 

『雫、真由美先輩、リーナ、当主様。お時間を頂戴したく思います。十六夜を、あいつを探るための時間を』

 

 十六夜を追い詰めるための役者を揃えて、問わねばならのだ。

 

「待て、十六夜。―――『もう少しでゴール』とは、何だ」

 

◇◆◇

 

2097年7月6日

 

「『もう少しでゴール』とは、何だ」

 

 夜。他がしっかり外出用の服をまとっている中、寝る装いである十六夜は達也から問い詰められる。

 十六夜は、一瞬惚けようかとも考えた。

 惚けるか、すぐに記憶を引き出すか。どちらが怪しまれるか。

 十六夜は、その折衷案を選ぶ。つまり、少し考えた後に思い出したと、装う。

 

「……捕縛作戦の時か。心配を掛けたようだな、達也。でも大丈夫だ。一切心労がなかったとは言わない。リーナさんを助けなくちゃいけない局面だったからね。でも、事はすんなり済んで、肩の荷は下りてるよ。いや、まだ今後のリーナさんの処遇とかが心配ではあるけど」

 

 十六夜は微笑んで、無事をアピールしていた。

 そんなので見逃してくれる状況ではないのだが。

 

「―――リーナ」

 

「……嘘の色はないわ。……でも、嘘を吐こうとした色は見えた」

 

 達也の確認、リーナの発言。それらに、十六夜は微笑を崩す。

 

「色が見える?何の話だ?」

 

「サキー。ワタシ、色が見えるの。パラサイトに憑依された後遺症、みたいなモノだと思うのだけど……。人の、感情の色が見えるの……」

 

 十六夜からの質問に対する応答。リーナは申し訳なさそうにしていた。

 今から十六夜の秘密を暴く事に、罪悪感を抱かずにはいられないのだ。

 十六夜は閉口の下に、歯噛みする歯を隠す。厄介な能力を得てくれたものだと。

 

「リーナさん。それは、君が誰の嘘でも見抜けるようになったって話か?」

 

「いえ、今は、多分パラサイト憑依者とか、プシオンの発露が濃い人のみ、だと思うわ。タツヤとか、マユミとかは今は読み取れない。でも、シズクやマユミがサキーの事を考えている時とか、ミユキがタツヤの事を考えている時とかは、良く見えるわ。愛してるんだなー、て」

 

「え」

「え!?」

「え?」

 

 リーナの回答で、さりげなく被害を受ける雫、真由美、深雪。三者三様に驚いた顔で頬を赤く染めている。赤い順で言えば、真由美、深雪、雫、である。

 十六夜は、プシオンに対する解析機能をリーナが得た事を把握する。一般人でも強い感情は読み取れて、パラサイト憑依者のようなプシオンと関わりの深い存在のはほぼ常に読み取れるとなれば、そういう事である。

 

 嘘は読み取られる。

 ならばどうするか。

 自分も騙せば良い。ただそれだけだ。今までしてきたように。

 

「それで。嘘が探知できる状態で、俺の『もう少しでゴール』発言の真相を知りたいと」

 

「そうだ、十六夜。―――逃げるなよ」

 

 顔の前で手を組んで表情の大部分を隠す十六夜を、達也は視線で射貫いた。

 逃がすつもりはない。もう二度と。

 

「……達也、あれは演技だ」

 

「嘘だな」

「嘘よ」

 

 顔を隠した十六夜は、即座に嘘だと達也やリーナに断定された。達也としては、これはリーナに聞くまでもない。

 

「演技だった事にしよう。達也、リーナ。雫も、真由美さんも、母上も」

 

「……どういう事だ」

 

「言いたくない」

 

「そんな言葉で、言い逃れができると思うな!」

 

「言いたくないんだっ、考えたくないんだよ!」

 

 達也は怒りが、十六夜は悲壮感が、それぞれ張り付いた顔を身を乗り出して突き合わせていた。

 お互い、睨み合いだ。似たように歯を食いしばっている。片や牙を覗かせるように、片や苦汁を堰き止めるように。

 各々の理由で震える手に、それぞれ手が添えられる。

 

「……雫」

 

「……深雪」

 

 十六夜の手には雫の手が。達也の手には深雪の手が。

 雫の手は十六夜の手を温めているようで、その眼差しも暖かく、されど力強い。

 深雪の手は達也の手を縫い留めているようで、その眼差しは悲しく、少し弱々しい。

 

 それぞれがそれぞれの意を読み解く。

 達也も十六夜も、ゆっくりと腰を落ち着ける。

 

「……すまない、十六夜。……だが、お前を心配しての事である事は、理解してほしい。……心配なんだ、お前が。……お前が、俺の手から零れ落ちてしまうんじゃないかと。……大切な弟が、俺の前から居なくなってしまうんじゃないかと」

 

「……俺の方こそ、すまない。……信じ切れていないんだ、お前たちを。……こんな馬鹿げた妄想を聞かせたら、嫌われるんじゃないかって」

 

 背もたれに体重を預けた2人、達也と十六夜は、それぞれの思いを吐露した。

 親愛を。疑念を。

 

 十六夜の疑念に、雫は重ねていた手を強く握りこむ。

 

「……雫?」

 

「嫌いにならないから、絶対」

 

「ちょっとっ、シズク!抜け駆けは良くないわ!いえ、貴方が一番手なのでしょうけど!」

 

「え?……あの、私も嫌いになったりしないから」

 

 十六夜の疑念を払おうとしていた雫の手に、リーナは逸って、真由美は恐る恐る、手を重ねた。

 十六夜の手に伝わる熱は、もう熱いくらいである。

 ただ、ダメ押しのように、手が畳みかけられる。

 

「十六夜、……話しなさい。全部、聞き届けるから」

 

「十六夜。お前はもう俺の弟だ。お前も分かっているだろう、俺は弟妹に執着していると」

 

「十六夜。貴方を想ってくれる人は、これだけ居るわ。いえ、もっと居るでしょう。だからせめて、まず私たちに聞かせてもらえないかしら」

 

 真夜、達也、深雪の手が畳みかけられた。

 そして最後。ずっと控えていた周妃の手も重なる。

 

「ここで乗せておかないと、除け者にされそうなので。ご安心を、大人(ターレン)。私は貴方が何者であろうと、お供いたします。何処までも、いつまでも」

 

 お茶らけながらも真剣な思い。

 全てが、十六夜の手に乗っかっている。

 

 十六夜は、大きく息を吸って、そうして吐き出す。

 

「―――分かった。話すよ」

 

 そう零す十六夜の顔は、覚悟を決めたと言うよりも、諦めたようなそれだった。

 もう、逃げられないのだと。

 

 手が離れ、皆が席に着くのを待つ。

 それから、語られる。

 

「……。その物語の名は、『魔法科高校の劣等生』だ」

 

 十六夜の言葉に、真夜や周妃も含め、皆唖然とする。

 真夜は、まさか聞けるのかと、想像を越えられたのだ。彼の傍で眠った時の夢、あの自殺志願者の事がようやく聞けるのかと。

 周妃は、話がおかしいと、混乱したのだ。彼が見たものは月にある超々高性能シミュレーターで算出された2095年4月から2097年5月までの歴史だったはず。なのに、何故ここで物語なんて言葉が出てくるのかと。

 他は、似たようなものだ。急に『物語』と言われて、頭が追い付いていない。

 

「その物語は、魔法科高校に入学する少年を中心に語られていた。とあるハンデと、とある奇跡を抱えた少年だ。物語の始まりは、その少年と妹、年子でありながら同学年となる兄妹(きょうだい)の入学式だ」

 

「待って、十六夜……。その兄妹って、もしかして……」

 

 十六夜の語りに、深雪がいち早く気付いた。

 いや、達也も気付いてはいただろう。でも、驚きのあまり、口から出せなかっただけだ。

 

 十六夜は、深雪の気付きに答え合わせをする。

 

「少年の名は、司波達也。妹の名は、司波深雪。容姿も、お前たちにそっくりだ」

 

「そ、そんな……」

 

 十六夜の答え合わせに、深雪は自らの口を押えた。彼女は、何とも言えない恐怖心に駆られたのだ。目に見える景色をインクの染みと錯覚するような。

 他の皆も、顔をこわばらせている。

 

「俺が作り話をしていない証明をしよう……。深雪。お前は沖縄海戦の時、脱走兵の『レフト・ブラッド』に撃たれて、一度死んでいるだろう。第三次大戦の時に取り残された駐日米軍人の血筋、冷遇されながら日本軍に身を捧げるしか生きる道がなかった者たちに。大亜連に唆されて不満を爆発させた、取り残された血筋に。そいつらの名前は、何だったか……。ディック、とかだったような気がするが……」

 

「……なるほど」

 

 十六夜の証明に、達也が納得を重く示した。

 深雪の死は、当事者である深雪、達也、深夜(みや)、穂波、そして報告を受けた四葉家当主の真夜しか知らないはずだ。真夜の判断で、分家当主にも伏せられている。

 真夜の口から十六夜に伝わっている可能性はある。

 だから、達也は真夜に目配せした。真夜は、首を左右に振る。これで、真夜からの線は消えた。

 

「司波達也を中心として語られる物語。俺はそれを、2095年4月から2097年5月までの期間を見収める事が出来た。まぁ、当然物語は途中だ。俺は完結までは見られなかった」

 

「……、待て。沖縄海戦は2092年8月の出来事だ。その期間に含まれていない」

 

「過去回想、のような感じだな。あれは確か、『灼熱のハロウィン』について、色々話し合うために達也たちが本家へ呼び出された時、だったか。回想したのは、深雪の方だったか?……すまん、そうなった経緯は思い出せないな」

 

「いや、良い。続けてくれ」

 

 十六夜の言葉から僅かな齟齬を見つけて、そこから色々と訊き出せるかと動いた達也だったが。徒労だったと、揚げ足取りを止めた。

 

「……。物心着いた時には、俺の頭の中にその物語があった。だから、俺はその物語を基に、動いてきた。犠牲を1つでも減らそうと。危険を未然に防ごうと。……犠牲は、いくつかは減らせたと思う。だが、事件を未然に防ぐ事だけはどうしてもできなかった。俺1人の力では足りなかったのか。あるいは……、それが運命であるか」

 

 十六夜は、緩慢に、頭を抱える。

 

「俺の努力は虚しく、現実は物語に則していく。……達也、お前にはこの気持ちが分かるか?頭の中にある訳の分からない情報が、お前の努力は無駄だと突き付けてくるんだ。お前にできる事は、せいぜいショートカットだけだと言ってくるんだ」

 

 十六夜から、苦難が滲んでいる。

 努力を否定される。何をやっても大筋は変わらない。その悲しみを、誰にも共有できない。

 皆、十六夜の苦難をどうにか推し量り、彼を慮って、せめて沈黙を保つ。

 達也以外は。ただ、達也も動揺はある。

 だから、追及の言葉を間違う。

 

「……その情報を得た経緯は、『聖女』か」

 

 達也が今聞くべき事は、その情報の出所だっただろうか。

 達也は、東道からの依頼、『聖女』の是非が、頭に過ってしまったのだろう。

 

「そうとしか、考えようがないだろう……。幸いな事に、いや、最悪な事に、俺は『聖女』が未来の知識を持ち得る理由について、当たりを付けられる判断材料がある」

 

「判断材料?……。それは、何だ」

 

「月に、あるんだよ。地球の始まりから終わりまで演算できる、超々高性能シミュレーターが」

 

 十六夜から浴びせ掛けられる情報に、皆が目を剝く。無論、周妃を除く。

 

「月に、シミュレーターだと……?」

 

「……これについては、証明のしようがない。ただ、俺は確かに見た。俺自身がパラサイト憑依者となったあの時、月にあるプシオンに引かれ、俺は辿り着いてしまった。……今でも、あの場所がどうして存在し、どういう因果で存在するのか、分からない。でも、そこに、幾筋もの未来を演算した石板があった事は、確かだ」

 

 俄かには信じがたいと、皆の顔に張り付いている。

 十六夜は続ける、少しでも信じてもらうために。

 

「演算され、記録されたシミュレーションは、どれも現実と区別が付かないモノだった。最良を模索するためか、最悪の選択をして、早々に滅びた人類のシミュレーション・データもあった。どれも、現実味があり、一歩間違えば、俺たちもそうなっていただろうと思わされた。おかげで、分からなくなった……っ」

 

 十六夜は、奥歯を噛み締める。

 

「俺の選択は最良か?俺の行いが、人類の絶滅を早めていないか?このまま何もしない方が良いんじゃないか?でも、それは破滅に向かわないか?分からない、分からない、分からない……!」

 

 抱える苦難に、頭を抱えていた。

 でもそれが、突如脱力する。

 

「それで、ふと思ってしまった……。今回がダメでも、それを次のシミュレーションで修正すれば良い、と……」

 

「サキー、それって……」

 

「分かってる!次なんてない!俺が今居る、今生きるこの瞬間は現実のはずだ!シミュレーションされたっ、演算機器の中の仮想世界なんかであるはずがない!でも、でも、なんだよ……。分かんなく、なっちゃったんだよ……」

 

 聞かされていたリーナも皆も、十六夜の叫びで脳裏に刻まれる。

 十六夜は、現実的すぎるシミュレーションを見せられたせいで、現実と仮想の区別が付かなくなっている。ともすれば、現実を仮想と錯覚してしまっている。

 

 酷い話、色々と辻褄が合ってしまうのだ。

 達也は、自らの犠牲を惜しまない十六夜の姿を見てきた。何処か達観し、何処か俯瞰して、冷静に事を運ぶ彼の姿を見てきた。

 リーナは、十六夜は何処か目の前の自分を人間として見ていないと、感じた事がある。まるでアニメーションのキャラクターを見ているようだと、十六夜の視線をそう感じた事がある。

 辻褄が合ってしまう。十六夜が、現実を仮想と錯覚していたら。

 痛みも自身も、所詮は演算内のデータだ。自身も他人も、所詮は仮想世界内のキャラクターだ。

 そう思っていたなら、十六夜の態度、今までの行動全てに、辻褄が合ってしまう。

 一等酷いのは、十六夜の主観はそれに当たらずとも遠からずな事だ。

 

「分からない、分からないから、分からないなりに走ってきたんだ……。頭にある、『魔法科高校の劣等生』。これのゴールに辿り着ければ、何か分かるかもしれない……。いや、俺はその物語をより良くして、ゴールに辿り着かねばならないと、そう思い続けてきた……」

 

 頭を抱え、声が震え、蹲り、弱々しくなっていく十六夜。

 その様子に、皆は居たたまれなくなる。これ以上、彼を痛めつけて良いものかと。達也は特に、むしろ今までしてきた追及に罪悪感すら覚え始めている。俺は、弟を傷付けていると。

 

「……すまない。……まだ、聞きたい事はあると思う。……でも、後日にしてくれ。……頼む」

 

 十六夜は誰にも目を向けないまま、懇願していた。

 そうして皆の良心を、的確に痛めつけていく。

 

 最初に席を立ち、踵を返したのは達也だった。深雪も、そのすぐ後に着く。その顔には後悔すら感じられる。

 司波兄妹と、まだ蹲ったままの十六夜を交互に見て、司波兄妹に続くのが真由美である。彼女は憂い顔で、胸の痛みを手で押さえていた。

 リーナは真由美と似たように、しかしそれ以上に何度も達也と十六夜を見返す。その後に、一瞬の躊躇を挿んでから、達也の背を追った。

 真夜は、ずっと俯いたまま、リーナの次に席を立つ。その表情は、誰も覗けなかった。

 訪問者の中で殿(しんがり)となったのは、雫だ。彼女は、ずっと十六夜を見つめていた。ただ、微動だにしない十六夜を見て、踏み入るのは今ではないと判断する。彼女は少し悲しげ、その場を後にした。

 その場に残るのは、主である十六夜と、彼に寄り添う周妃だけとなった。

 

 訪問者は皆、真夜が手配した1台のリムジンに乗り込む。皆をかき集め、今送りの任を得たのがそのリムジンだ。

 

 皆、押し黙っている。

 何を発して良いか分からない。何をどう、議論すれば良いか分からない。

 

 そんなところで、真夜が顔を上げる。

 真夜は、誰が見ても悔しさで唇を噛んでいた。

 

「十六夜は、あの子はまた嘘を吐きました」

 

 その悔しさは、また騙された、というモノだった。

 真夜は、衝撃の事実で思考力を麻痺させられていた事に、ここでようやく気付いたのであった。




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 次回の更新は、5月11日の予定です。
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