魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百五十七話 忌まわしい記憶と共に

2097年7月28日

 

 日曜日。まだ夏季休暇ではない。8月1日から始まる夏季休暇を、期末試験も終えた学生たちは今か今かと待ち望んでいる。

 ちなみに、3週間も病欠した十六夜は特別措置として、期末テストが夏季休暇明けに先送りされている。テスト内容はもちろん、彼のために、他生徒とは違う内容になっている。普通にカンニング対策だ。

 同時に、このテストに対応するための課題、いわゆる宿題も出されている。他の生徒が課されている物に+αされているため、勉強嫌い、あるいは勉強不得意の生徒なら苦しむ量となるだろう。

 十六夜は今期以外、深雪と筆記成績2位争奪戦を繰り広げてきた人間なので、何も苦ではないが。

 言わなくて良いだろうが、不動の筆記成績1位は達也だった。達也はもう勉学を免除されているので、今学期からテストも合わせて免除されているが。つまり、達也も十六夜も居なかったので今期のテストでは、筆記、そして魔法実技も深雪が1位である。

 

 閑話休題。

 

 今日は、十六夜の脳内予定帳に『埋め合わせ』と記されている日であり、リーナの番である。

 

「は、ハロー……、サキー……」

 

 午前10時の渋谷駅。改札抜けた先で、野球帽、ウレタンマスク、ジップパーカー(前開け)、Tシャツ、スウェットワイドパンツという装いの金髪少女が、ほぼ同じ装いの長くてウェーブがちょっと掛かった髪を下ろしている人に声を掛けていた。

 補足だが、金髪少女がリーナで、ウェーブ髪の人が十六夜である。『少年』ではなく『人』と称したのは、十六夜が一見、高身長な女性にも見えるからだ。

 

「やぁ、アンジェラ(リーナ)。待ってたよ」

 

 実際、そうしてリーナに掛ける声で、見惚れて立ち止まっていた人が男だったのかと気付き、瞠目している。また百合に目覚めそうだった女性らが、自身は正常だったと安堵している。それ程のイケメンと気付いた瞬間に美少女と合流している様を見せ付けられているので、軽く脳が破壊されたのだが。

 

「あ、あの、サキー……?これ、その、いわゆるペアルックよね……?」

 

「恥ずかしいかい?でも我慢してくれ」

 

 着慣れぬ服にペアルックという恥ずかしさも相まって、もじもじとしているリーナ。十六夜はそんな彼女の耳元に、顔を近付ける。

 

「……リーナさん、君はまだ立場が不安定な身だ。……だから、こういうイメージから掛け離れた装いでカモフラージュする必要がある」

 

 リーナの耳元で囁く十六夜が、その事実を言葉にしていた。

 そう。リーナは非常に不安定、と言うか奇怪な立場になっているのだ。まだUSNAが正式な処分を降していない、強制送還されるかも、一時貸与されるかも分からない状況、というのもある。

 が、表層の問題は、彼女が不法入国者、という事である。亡命ブローカーを使って入国しているし、そうするに至った理由も秘密裏に彼女をUSNAから脱出させるため。手段も理由も、正式な入国手続きを排しているのである。

 この不法入国をさらに面倒にさせているのが、彼女の遍歴だ。

 

「……君は一度、普通にアンジェリーナ=クドウ=シールズとして、この国に訪れている。……その上で、シリウスとして活動した事もある」

 

 十六夜が面倒だと考えているのはそこだ。

 有体に言って、リーナは普通に日本の国防軍に警戒されているのである。アンジー・シリウスの正体がリーナであると特定できている軍人は少ないが、確かに居てしまうのだ。

 そんな警戒対象を、正当な理由で捕縛できる状況。警戒心が高い者は監視に留めてくれるだろうが、そういう者ばかりではない。

 

 故に、カモフラージュである。普段しない装いをしてもらい、帽子とマスクで顔の大半を隠してもらい、『アンジェラ』という偽名を使ってもらう。

 合わせて、お付きの人間が『四葉十六夜』と露見して芋づる式な事が起こらないように、十六夜のイメージからも掛け離れた装いでペアルックをしている。

 補足として、髪型も普段と違う。リーナは普段は2つに纏めた髪を1つに纏めてポニーテールにしているし、十六夜は普段はポニーテールなのを纏めずそのまま下ろしている。

 

「分かったかい、アンジェラ。……アンジェラ?」

 

 ある程度こちらの思惑を伝えたところで、十六夜はリーナの耳元から顔を離したのだが。リーナは顔を真っ赤にして俯いている。

 耳打ちですら彼女の恋慕を煽ると把握した十六夜は、思わず渋面を浮かべてしまう。

 

「アンジェラ。アンジェラ~」

 

「あ、き、聞いてたわよ!ちゃんと!」

 

 十六夜から2度呼びかけられて、リーナはようやく顔を上げた。顔はまだ赤い。

 

「聞いてたかい?本当に?じゃあ、俺が何色の下着をはいてきたか、伝えたとおりに答えてくれ」

 

「伝えてないでしょっ、パンツの色なんて!」

 

「ちゃんと聞いてたようで何よりだよ」

 

 間違っても耳打ちした内容は確認できないので、十六夜は揶揄い交じりのその文言で確認を取ったのだった。

 おかげでリーナの赤い顔に怒りの色も混じるが。

 

「……、こんな揶揄う人とは楽しく遊べないわ」

 

「そう言わず、お姫様。せっかく手に入れた自由です。謳歌しませんと、勿体ないですよ?ご安心ください。不肖ながらも私めがリードしますので」

 

 何か、言葉を選んで頬を膨らませるリーナ。十六夜は、今の格好には似合わないが、大仰に恭しく一礼し、お姫様をダンスに誘うように手を差し伸べた。

 

「……こんな面倒な事になるのだったら、ワタシなんて連れ出さなければ良かったのに」

 

 不機嫌そうな態度に、リーナは伏し目がちとなる己を潜ませていた。

 十六夜はそれで察する。リーナには、面倒な現状が自身の未熟に由来するものだとして、負い目を感じている。

 ならばこそ、十六夜は頑なに手を差し伸べる。

 

「……サキー?」

 

「アンジェラ、今の君はアンジェラだ。過去は何者であったか。未来で何者になるのか。それらは今考えなくて良い。さっきも言ったが、せっかく手に入れた自由だ。それも、何者であるかを考慮しなくて良い、ね」

 

 困惑を返すリーナに、十六夜はウィンクを投げかけた。

 ようやく冷めてきた顔に赤みが増すリーナだが、素直には手を載せない。

 

「なら、サキーも今日はただのサキーよ。リードするって言ったんだから、ワタシに手本を見せて」

 

 リーナは、十六夜の演技を見ると、どうしても寂寥感を覚える。彼が自身に心を許していないと、感じてしまうからだ。

 だから、手を載せる条件として、今日だけは何にも囚われていない彼を望んだ。

 

「……そうか。そうだな、俺の嘘を見抜けるんだもんな。そりゃ、良い気がしないよな」

 

 十六夜は、一旦差し出した手を引っ込める。ただ、背筋を伸ばして立つ。

 その顔には、憂い顔が張り付いていた。

 でも、リーナには、その顔に懐かしさを感じる。

 リーナも、その顔を見た事があるのだ。留学生として第一高に来たばかりの時。昼休みにたった1人でベンチに腰掛ける時の、彼の顔。

 『グレート・ボム』の容疑者として彼を観察するために、その時の彼の顔を見たのだ。

 その顔に、懐かしさを感じてしまうのは何故なのか。

 ただリーナの目には彼の感情が色として映る。絵具を混ぜすぎて黒ずんでいたのが、ようやく本来の色を表したように感じる。

 その色は、彼女にとっても形容しがたいが。強いて言うなら―――

 

(綺麗な、オーロラ……)

 

―――極光のように、感じられた。

 

「一応言っておくけど、俺は元来根暗、悲観主義者(ペシミスト)だからな」

 

 リーナに伝わりやすいよう、英単語を持ち出す彼。

 それが、リーナの笑いを誘う。

 クスっと噴き出す彼女に、彼は口を尖らせる。

 

「……何だよ」

 

「ごめんなさい。『根暗』で通じるし、日本で『悲観的』の意味で使われる『Negative』と言い換えなかったのが面白くて」

 

「……何処が面白いんだ?」

 

「『Pessimist』な癖に、とても『Friendly』だと思ったの。面白いと思わない?」

 

 色々と晴れない顔の彼に、彼女は少女らしい笑顔を向けていた。

 まだ彼女は頬に朱を差しているが、それは決して怒りや羞恥心によるものではない。

 

「……悲観主義者が親切なのはダメかな」

 

「いいえ、ダメじゃないわ。それに、貴方の根が、少しだけ分かった気がする。貴方はきっと、悪いのは自分だけだと、罪を自分1人で背負ってしまう、優しい人よ」

 

 彼は少しだけ唖然とし、しかしすぐに憂いるように瞼を垂らす。

 

「……そうであると、良いな」

 

「きっとそうよ」

 

 自身の良さを認められない彼。自信のなさげなそんな彼の手を、リーナの方から取りに行く。

 彼の手は驚きで一瞬強張るが、振り払う事はしない。

 

「サキー。ワタシは、貴方のその根に惹かれたんだと思う」

 

「……そんな奴は、星の数ほど居るよ?」

 

「でも、こうしてワタシの目の前に居るのは、貴方だけよ?」

 

 彼女の綺麗な瞳が、彼を射貫いていた。

 彼は目を背けそうになるが、引き戻される。彼女の言葉に、彼女の瞳の綺麗さに。

 自身に向けられて良いものではない。そんな思いも、彼にはある。同時に、これが報いだとする思いもある。

 

「サキー。好きよ?」

 

 彼女の、純粋な好意。

 それに胸が痛くなるのは、やはり報いだろう。

 いつからこんなに、相手の想いを素直に受け止められなくなったのか。

 

「……ごめん。……俺は、君の望むモノを返せない」

 

「ワタシが何を望んでいるか、サキーには分かる?」

 

 彼女が笑顔でしてきた質問に、彼は酷く苦い笑みで答える。

 

「愛だろう?」

 

 分かり切った答えだとしていた彼に、彼女は笑みを深めるのだ。

 

「正解は、『Good luck』よ。貴方の幸せを願っているわ。まぁ、ついでに愛してほしいとは、思ってなくもないけど」

 

 彼女は、彼の幸せを心から願っていた。

 見返りを微塵も求めていない訳ではないが。まずは、相手が見返りできるようになるくらい、愛が零れるくらいに注ぐのだ。

 

「『恋』は下心で、『愛』は真心。日本語って素敵ね。文字1つに、意味がたくさん込められている」

 

「……漢字は中国発祥だよ」

 

「でも真心が入っているのは、日本の『愛』よ?ほら」

 

 リーナは携帯端末で、中国語で『愛』を意味する言葉、『(アイ)』を表示して突き出した。

 そこには確かに、『心』がない。

 彼は、何も言えなくなる。

 

「日本の文化を、ワタシは改めて素晴らしいと感じたわ。そこには、心が込められているんだもの。『愛』は、相手を想う心が胸の内にあるんだって」

 

 彼女は、『爱』を表示した端末を胸に抱き、心を込めていた。

 彼女は間違いなく、彼を愛している。

 

「言っておくけど、真心を先にくれたのは貴方よ?『優しさ』も、相手を想う心が、胸の内にあるでしょう?」

 

「……あれは下心だよ」

 

「あら?『優しい』って下心なの?漢字、間違って覚えてたかしら」

 

「……分かってて言ってるだろ」

 

「もちろん」

 

 彼が否定の言葉を口から吐こうとも、心からの言葉ではないと視える彼女には通じない。色々分かった上で、彼女は笑みを深めるばかりである。

 

 彼女の笑みに引っ張られて苦笑を浮かべる彼。彼女はそれで一旦満足し、クルリと背を向け、歩き出す。

 でも、数歩先で止まり、振り返り、手を差し出すのだ。掬いあげる手を待つように、その手のひらを下にして。

 その手は少し、結婚指輪が嵌められるのを待つ手にも似ている。

 

「ほら、サキー。リードして。ワタシはこの辺りの地形に詳しくないんだから」

 

 お姫様のような傲慢さをわざと演じる彼女。その演技に、彼は小さく噴き出す。

 

「……何で笑うの」

 

「せめて『土地勘がない』って言いなよ。『地形に詳しくない』ってのは、軍人らし過ぎない?」

 

「……貴方は家庭教師(チューター)か何か?」

 

 お小言を言われた彼女の不機嫌そうな顔が、彼をなおさら笑わせる。

 

「……、もう!サキーなんて知らない!」

 

「ああ、ごめんって。今日は家庭教師じゃなくて、お姫様を守護する騎士だったね」

 

 引っ込めようとしていた彼女の手を、彼は慌てて取った。

 おかげで、紳士や騎士のようではなく、恋人のようにしっかりと掴んでしまったが。

 

「……しっかりリードしてよね」

 

 それが功を奏したのか、彼女は彼の謝罪を素直に受け入れた。

 そして、彼の手を握り返している。

 

「もちろん」

 

 彼は彼女が握りやすいように手を緩め、そうして彼女の横を歩くのだった。

 

 

 

 渋谷の街を行く。彼女の注文で、アパレル・ショップ巡りだ。

 理由は単純。彼女は最低限の荷物で日本に来たため、普段着がないのだ。今着ているのも四葉というか十六夜が用意させた物である。

 なので、普通に寝間着やら部屋着やらの私服が欲しい彼女なのである。それらを省いて軍服と礼服は持ってきているのは、さすがアンジー・シリウスと言わざるを得ないだろう。

 

 それで、求めていた物を必要最低限買い揃えて、今はウィンドウ・ショッピングだ。

 

「……こんな服、まだあるんだ」

 

「ん?どうしたの?サキー」

 

「……いや、これ、昨今の風潮的に許されてるのかなって」

 

 店のウィンドウに飾られた洋服を指差す彼。

 彼女がその先を見れば、彼女もその服に意外感を抱く。

 

「……ショート、キャミソール?……これ1枚でトップスって言い張るの?」

 

 寒冷化や性的搾取の観点から、肌の露出を控える事が自然と世情に浸透している昨今。その服はその世情と逆行して、ヘソをこれでもかと見せ付けつつ、下着とトップスの境目を攻めるような厚みのデザイン。

 

「ボトムもこれ、ガーター付き、ショートパンツ……?スウェットなら、まだスポーツウェア、いえ、難しいわね……」

 

 太もももこれでもかと見せ付けている上に、締め付ける小さなベルトまで付いているボトム。

 控えめに言って、こんな服を外で着ていたら、このご時世では痴女と断定されても仕方がない。

 

 彼はそういう、いわゆるプレイ用の衣服を売るアダルト・ショップかと思った。ただ、飾られている他の服は、昨今のご時世的にはやや露出が多いが、常識がある物である。

 件の服は、デザイナーのチャレンジ精神が暴走した故の物と、彼は思う事にした。

 

「……こういうの、サキーは好きなの?」

 

 痴女スレスレなファッションと、彼を交互に見て、モジモジとする彼女。

 彼の中で、葛藤が生まれる。

 そのファッションは確実にリーナに似合う。何故なら、21世紀初頭の価値観ならスポーティーなファッションと許容できるデザインだからだ。そして、スポーティーな格好は、活発な少女に似合う。

 雫、真由美、リーナという三者の中で言えば、一番活発なのはリーナだ。

 つまり、三段論法的にリーナに似合うのである。

 似合うから着せてみたい。

 ではそうした場合、彼はどうなるのか。

 

(……周りに変態認定されるな)

 

 少女に痴女服を着せた変態の出来上がりである。

 特に問題なのが、彼が求めればリーナどころか雫も真由美もその服を着るだろうという事。ただし、彼女たちが彼の頼みでその服を着てしまった時点で、既成事実が成立する。

 意中の相手に痴女服着せて後は何をするかなんて、大人たちだったら容易に想像できる。

 厄介なのが、雫と真由美はおそらく自身らの保護者に着せられた事を報告し、その保護者達は想像が現実になったと決めつけて話を進める事だ。

 故に、既成事実である。外堀も埋まっている類の。

 

 そこまで分かって、彼は葛藤する。

 

(……リーナなら、セーフか?)

 

 リーナなら、保護者に報告しない可能性がある。雫や真由美と違い、リーナはまだ、率先して既成事実を作ろうとするところまで覚悟は決まっていないのだ。

 なので、この痴女服を着せられたとして、リーナは上に報告しないかもしれない。

 でも、賭けだ。上に報告されたら、アンジー・シリウスというUSNA重要人物を強姦したとして、国際問題に発展するかもしれない。『四葉』と関係が持てると、こちらも既成事実として扱ってくるかもしれない。

 

 彼はそう思考して、幾ばくか黙っていた。

 それが、悪かったかもしれない。

 

 不躾な第三者が、そこに割り込んでくる。

 

「よぉ、嬢ちゃんたち。その服が気になってんのかい?良かったらお兄さんたちが奢ってあげるよぉ?代わりに、ちょーっとお話に付き合ってもらうけど」

 

 十六夜とリーナの前に、3人の男が寄ってきた。

 20代前半のサングラスだのネックレスだのウィッグだの付けて肌も焼いている、いわゆるチャラ男と言った風体の者たちだ。

 痴女服見つめた痴女疑いの者たちに、ワンチャン狙って話しかけた、という事が窺えるだろう。

 

「……サキー、これってナンパってヤツ?」

 

「……今時珍しいけどな」

 

 皆身持ちが固くなった昨今、浮気は残念ながら絶滅していないが、それでも白昼堂々お誘いするというのは珍しい。最悪、その現場を見られただけで警察が飛んでくる事もあるのだ。

 だから、リーナも十六夜も訝しんでいる。

 

「あ?片方男か?なんだよ、サキーって女の名前かと思ったのに」

 

 チャラ男たちの先頭に立つチャラ男Aの吐いたその言葉が、十六夜の琴線に触れる。

 

「『サキーが男の名前で何で悪いんだ!俺は男だよ!』」

 

 十六夜、ここでハッチャケる。

 主に、ヒステリックを装って、チャラ男を追い払うために。

 ただ、チャラ男Aは、ただのチャラ男ではなかったのだ。

 

「……!―――『こいつぅ!』」

 

 別に殴りかかっていないのにその台詞を引っ張り出したチャラA。

 十六夜は、よく分かんないけど、何か分かった。

 

「『言って良い事と悪い事がある!俺は……!』」

 

「『サキーくんだろ?何を言ったんだ?俺が?』」

 

「『男に向かって『なんだ』はないだろう!』」

 

「『そうか、そういう事か。なら、男らしく扱ってやるよぉ!』」

 

「え?ちょっと、サキー!?」

 

「お、おい!シブタク、止めろ!―――は?」

 

 急に臨戦態勢を取った十六夜とチャラ男A改めシブタク。リーナは頭が追いつかず硬直。チャラ男Bはシブタクを止めに掛かるが。止めるまでもなかった。

 何故なら、十六夜とシブタクは殴り合うかと見せかけて、固い握手を交わしていたからだ。

 

「『Z(ゼータ)』を知ってる人間と、こんなところで巡り合えるとは……!」

 

「ご期待に添えず、申し訳ないのですが。残念ながら『Z』はしっかり見てないんですよね。宇宙世紀も残念ながら」

 

「オルタナティブの方から入ったのか?何処からだ?」

 

「『鉄血』からです」

 

「『鉄血』!あそこから入ったのか!マニアックだが、良いセンスしてる!ああ、あれは惜しいところは多かったが、見るべき点もまた多かった。特にメカ・デザイン。『ガンダム』のデザインを踏襲しながら、あそこまで武骨かつ機能美溢れる形にできるとはな。72機全部埋めたのも、制作陣とデザイナーの熱意が伝わってきて良い」

 

「メカ・デザインと言えば、『00(ダブルオー)』のも好きですよ?かなりスタイリッシュで在りながら、『トランザム』というロマン溢れる機能を備えていますから」

 

「『00(ダブルオー)』……!あれは、いい物だ……!」

 

「壺じゃないんですから」

 

「……君、『宇宙世紀は残念ながら』なんて言って、結構知ってるじゃないか」

 

「有名どころでしょう。それに、『ジークアクス』は押さえましたし、『サンダーボルト』は全巻揃えました」

 

「さ、『サンダーボルト』を全巻だって!?電子版は権利所有が曖昧で再販できなくなり、紙は一部のコレクターが買い占めてなかなか放出されないアレらを、ぜ、全巻か!?」

 

 同志として話が盛り上げるシブタクと十六夜。もちろん、他は置いてけぼりだ。

 そんな状態で、十六夜はシブタクに耳打ちしようとする。シブタクも含め、チャラ男たちは警戒するが、気にせず十六夜は告げる。

 

「……電子化してありますけど。……良ければ、コピー要ります?」

 

「っ!……い、いや、コピーを貰うなんて、著作権侵害じゃ」

 

「……パスコードを誤ったり、一定期間が過ぎたらコピーを削除する仕組みにしてあります。……それにほら、今なら体の影に隠れて、端末で無線通信しても誰にも見えない」

 

「……そ、そうか。……そうだよな。……い、今なら問題ない」

 

 十六夜からの悪魔の囁きに屈するように、シブタクは最小限の動きで携帯端末を差し出す。

 十六夜も倣って、最小限で端末を取り出すように、見せかけた。

 そうして、シブタクに突き立てられるのは、小型な拳銃形態のCADである。

 ヒステリック装っても彼らが避けなかった時から全て、こうするための演技だったのだ。相手を警戒させず、CADを突き立てるための。

 

「……す、すまない。……こういう『ガンダム』のシーンは、思い出せないんだが」

 

「国防軍情報部特務だな」

 

 CADを突き立てられて冷や汗をかくシブタクに、十六夜はさらに言葉のナイフを首に押し付けた。

 

 簡単な推理だ。

 警察だって、リーナを不審に感じていて、監視したいとは思っている。

 だが、仕掛けてくるのは、そこを突っついて四葉の足を引っ張りたい公的機関だけだ。

 

 ナンパなんて昨今捕まりかねない事をして、そうして警察を呼び寄せて、被害者であるリーナを事情聴取してもらう。

 それによって、リーナを密入国者と暴き、その密入国者を庇っていた四葉へ追及する。

 

 ここまでしたいのは、『四葉』に煮え湯を飲まされて、それでも危険因子として排除ないし牽制したい、国防軍情報部特務くらいのものだ。

 そこに罪を擦り付けようとする者たちも居るかもしれないが。

 

「な、なんの事だ……?特務……?日本軍にそんな組織あるのか……?」

 

「まぁ、そう言うでしょうね。仕方ない」

 

 決定的な証拠がないからシブタクに白を切られるが、十六夜は素直に引き下がった。

 相手が何者であっても良い手を打つために。

 

 十六夜は、野球帽もマスクも外し、髪をいつも通りに束ねる。

 皆の驚きを他所に、十六夜は声を上げるのだ。

 

「彼女はっ、この四葉十六夜の名において保護しているっ!如何なる存在が相手であろうとっ、この四葉十六夜は屈するつもりはないっ!」

 

 十六夜の宣誓。店も立ち並び、人通りもあるその場で、確かな注目を集める。

 チャラ男たちは歯噛みしていた。十六夜はわざと注目を集め、民衆を味方に付けようとしているのが分かったのだ。

 それが分かる時点で、チャラ男たちが公的機関の人間である事の証明だが。

 十六夜も、相手の歯噛みを見逃さず、そう判断している。

 

「しかし安心してほしい!『四葉』の強権を振るっているのは確かだ!だが、それは私利私欲によるものではない!これも我が国のため、人々の平穏のため、一滴の血も流さずに平和的な解決を目指した行いである!」

 

 十六夜は非合法な行いをしている事を告白しつつ、ただそれが正義の行いであると言い放った。

 通行人が幾人か、それを携帯端末のカメラに納めている。

 故に、宣誓はここまでで充分だ。

 十六夜は、チャラ男たち、いや、国民のために働くべき者たちを真っすぐ見つめる。

 

「貴方たちにも、しっかりと約束します。俺のこの行いが、日本とUSNAの融和に繋がる事を」

 

 情報もなしに引き下がれないだろうと、十六夜は男たちに情報を与えた。

 後ろに控える彼女は、日本とUSNAの融和に必要不可欠な重要人物であると。特務なら既に知っていそうではあるが。

 

 チャラ男AもBもたじろいでいる。Cだけが、様子が違う。

 

「シブタク、ツッチー。上官から撤退命令だ」

 

 上官からの命令を、CはAとB、そして十六夜たちにも聞こえるように伝えてきた。

 この場で戦う意味を逸したと、十六夜にも教えているのだ。

 十六夜はちゃんとそれを読み取り、相手の敵意を解すように笑みを向ける。

 男たちだけが、まだ険しい顔だ。

 

「……言いたい事がある、四葉十六夜」

 

 緊迫感を保つ男たちの中で、Aが口を開いた。

 Aはゆっくり十六夜に近付き、耳打ちする。

 

「……さ、『サンダーボルト』のコピーだけはくれない?」

 

 Aはどうしても『サンダーボルト』が読みたかったのだ。

 十六夜は苦笑しつつ、こっそり携帯端末を差し出す。

 無線受信は成った。

 

「―――お前の言葉が、真実である事を願っている」

 

 同僚たちにも個人的な取引をした事は露呈したくないようで、Aは真面目な顔を取り繕っていた。

 十六夜は噴きそうになるのを我慢する。『願っている』というのは、コピーが検挙されない仕組みである事に対してなのではないか、と。

 

「―――お約束します」

 

 笑いを堪える顔が、却って真剣さで引き締まったそれに見えただろう。十六夜のその顔に満足して、Aは引き下がる。

 BもCもちょっと怪しみながら、Aの背に付いていった。

 一件落着である。

 

「……ねぇ、サキー」

 

 事態の収拾を把握して、リーナは十六夜の袖を引っ張る。

 

「……もう、帰りましょう?……周りの目を惹いているわ」

 

 注目を集めてしまったため、もうデートとか埋め合わせとかの雰囲気ではない。

 

「……すまない、また別に埋め合わせをするよ」

 

「……なら、今日はサキーの家に泊めて」

 

「かしこまりました、お姫様」

 

 彼は彼女のお願いを快諾した。

 ただし、家に着いた後のお願い、同衾のお願いは断固拒否するのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、6月8日の予定です。

※追記(2025/08/08)
 この話の十六夜をイメージしたファン・アートを頂いておりますので、ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

・メビウス斎藤 様 作 (AIイラスト)④
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