魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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編輯■■編~Siegfried~
第百五十八話 魔物談議と研究者への猜疑


2097年8月1日

 

「はぁぁあ!?『龍脈』!?何言ってんのマジで!?それ本当なら、『魔物』の有用性が跳ね上がるんだが!?」

 

 大亜連国土の何処か。太陽の光すら遮って蠟燭の灯に頼る薄暗い部屋の中。そんな場所で、少女が驚愕で声を上げ、青年にぶつけていた。

 少女は(ティエン)、青年は千夜(シェンイェ)である。

 単純に言って、この場は千夜(シェンイェ)の『魔物』研究発表会だ。

 そこで自身の常識を覆される事実を聞かされた(ティエン)の姿がこれである。

 

「ええ、貴女が言う通りですね。『龍脈』、星の血管とも言うべきそれとパスを繋げ、さらに『魔物』まで繋げる事ができれば、『魔物』の操作限界範囲は驚く程に拡張される」

 

 千夜(シェンイェ)(ティエン)と認識を合わせるように、彼女が驚いた原因だろう部分を改めて文章化した。

 そう。彼の口から語られている知識は、従来の『魔物』操作限界範囲を馬鹿みたいに拡張するモノなのである。

 

 従来の『魔物』操作限界範囲は、どれ程の天才でも10㎞。ほとんどの『魔物』使いが1㎞という、無線兵器を使った方が良いと思えてくる状態だった。

 それが、『龍脈』を介せば、地球の裏側にまで届くというレベルになる。それも、視覚情報の伝達速度だけでも現状の無線技術を越え、さらにはその他の五感まで視覚と同等の伝達速度だ。

 有用性が、無線兵器と『魔物』で、ひっくり返るのである。

 

「と言っても、『龍脈』とパスを繋げるのには個々人の適性が必要になる。地球の裏側まで届かせられるのは、極少数になってしまうでしょうね」

 

「いや、でも確実に水準は底上げされるだろ」

 

 結局個々人の適性次第であると千夜(シェンイェ)は嘆いているが、それでも上がる『魔物』の有用性に(ティエン)は感嘆としていた。

 人によっては『龍脈』とパスを繋げられなかったりするが、それは『魔物』とパスを繋げる時点と変わりない。

 『魔物』使いの適性がなかったり、操作限界範囲が狭かったりする人がそのままになるが。適性が高い人はもっと『魔物』を上手く使えるようになる、という話だ。人によっては、『魔物』自体の操作限界範囲は狭いが、『龍脈』とは広くパスを繋げられる、という人も居るだろう。

 つまり、a+bで求められるcの値が、aの値が小さくてもbの値が大きいために、合わせてcの値も大きいモノになる、という事だ。

 

 何にせよ、個々人の適性次第だが、cの平均値は底上げされるのである。

 

「しかし、日本語の『龍脈(リュウミャク)』なんだな。道教の言葉でもあるから、中国語の方でも同じ意味のがあるだろう」

 

 (ティエン)は先程から自分たちが『龍脈(リュウミャク)』という日本語を用いている事に、疑問を持った。

 今更だが、その単語以外は大亜連で広く使われている、ほとんど中国語のそれで彼女らは話し合っている。

 読者には日本語に意訳した文章をお届けしているだけだ。

 

「道教は中国にもあった宗教ですけど。第三次世界大戦前後のいざこざで、日本を除く東アジア諸国は歴史資料をいくつか散逸してしまった。その1つが道教に関する資料、という事です。道教だけで言えば、日本にある資料の方が正確なのですよ」

 

 国々のゴタゴタで資料がどっか行った、という話。

 千夜(シェンイェ)は苦笑しながら、呆れを含んだ息を漏らしている。

 

「それで、日本の道教の方がしっかりしてるから、そっちの言葉を使ってるって訳か」

 

「そういう事です。日本の道教で言われる『龍脈』の方が、星の生命が流れる道という意味に近いですし」

 

 あくまで道教の『龍脈』そのものではないが、意味は近いから当てはめている、と言うのが千夜(シェンイェ)の談だ。

 

「そのまま道教の『龍脈』を当てはめると、特定の場所にしかない、という事になるが」

 

「先述した通り、私が『龍脈』という言葉を当てはめたモノは、地球自体が持つ生命力の通り道、人間で言うところの血管みたいなモノです。血管は、隅々まで張り巡らされているでしょう?」

 

「『魔物』学における『龍脈』には毛細血管があると」

 

「とりあえず、これがその知識を詳細に文書化したモノです」

 

 千夜(シェンイェ)からの『魔物』学講義もそこそこに、千夜(シェンイェ)は紙の束を(ティエン)に差し出した。

 それが、彼女が彼を資金援助する対価である。

 

「できれば『魔物』化して保存してほしいけど。まぁ、電子化とかせず紙媒体のままで、すぐに処分できる準備をしてくれたら、それで構いません」

 

 彼からしたら『魔物』の技術はできれば秘匿したいモノで、(ティエン)の組織で用いられるのまでは妥協するが、意図せぬ普及は避けたい。

 故に、情報保存の方法も、彼は指定した。

 それは彼との契約に含まれているため、(ティエン)は首肯する。控えていた周循にその紙束を渡し、アタッシュケースに仕舞ってもらった。

 そのアタッシュケースが、ボタン1つで中身を焼却できる、処分できる準備である。

 

「『魔物』による食糧生産は、進捗いかがかな?」

 

 (ティエン)は注文していた研究の進捗を、千夜(シェンイェ)に訊ねた。

 『魔物』による食糧生産。『Rewrite』では、『ドルイド』と呼ばれる『魔物』使いが完成させていた技術だ。

 もしその技術があれば、『魔物』に更なる有用性を付加できる。(ティエン)はそう考えて、その研究を頼んでいたのだが。

 

「……進捗は、芳しくありません。……今まで『魔物』による金属加工や『龍脈』について研究していたもので、有体に言って分野が違うので」

 

 千夜(シェンイェ)が苦々しく、そう述べた通りだ。

 『魔物』に関する研究とはいえ、戦力以外での『魔物』の利用も研究してきたとはいえ、蓄積してきた知識と違いすぎる。

 千夜(シェンイェ)にとって『魔物』による食糧生産の研究は、理論を1から組み立てるのと、なんら変わりなかった。

 

「……素人意見で悪いんだが。そんなに難しい事なのか?」

 

 『Rewrite』において、『魔物』による食糧生産は、大学生にもなっていない少女が行使できていた。確かに、その少女は歴代の『ドルイド』が積み上げてきた知識を受け継いだ、今代の『ドルイド』と呼ぶべき存在ではある。

 でも、目の前にも知識を積み上げた者が居て、その者がその少女の真似事すらできないとは、(ティエン)はどうしても思えずにいた。

 それは、千夜(シェンイェ)がこの世界における『ドルイド』、もしくは『聖女』派、その関係者と、疑っているせいではあるが。

 

「その、ですね……。『魔物』には、形を保てず塵になってしまう現象がある事は、ご存じですよね?」

 

 千夜(シェンイェ)は解説のため、認識の擦り合わせからまた始める。

 

「もちろん。大体は、動物系の『魔物』とパスを切った時にそうなると認識しているが」

 

 『魔物』が塵になる現象。これはパスを切った、正確には生命力の譲渡が行われなくなった際に起こる。

 意図的に譲渡を止めた時とか。そもそも自分の生命力が尽きた時とか。

 『Rewrite』でもそうだったし、現実でも、(ティエン)は有志に試してもらって確かめた。生命力を尽きさせる方の試しは、組織エックスに属していた、余命幾ばくもない人間が自薦した事によって、確かめられている。

 

「はい。パスが切れると『魔物』が塵となってしまう現象は、動物系の『魔物』によく見られるモノです。特に、手を加えた動物系は顕著にその現象が現れる」

 

「……手を加えた物に起こるのは分かるが、なんで手を加えてない物にまで起こるんだろうな?」

 

「あくまで仮説ですが。『不自然』な物は、塵になってしまうのではないかと」

 

「『不自然』?」

 

 抽象的なワード。おそらくは雑多な個々に無理矢理共通点を作って括った、それ故の抽象表現である事は、(ティエン)にも察せられる。

 その無理矢理作った共通点がどのようなモノか、具体的に示してもらうために、(ティエン)は興味をそう表現したのである。

 

「手を加えていないのに塵になった物は、死骸です。病死、致命傷、老衰、区別なく。老衰と言えば、健康的な体のまま死んだように聞こえますが。結局言ってそれは、臓器の不全によって起こる死です」

 

「……つまり、生きるのには適していない状態、『不自然』な状態だと」

 

 千夜(シェンイェ)の説明で、彼が何を差して『不自然』としていたか、(ティエン)は理解した。

 塵になった『魔物』は全て、生きるのに適していない形をしていたのだ。

 

「ただ、何処からが『不自然』とされるのか、正確な基準は未だに解明できていません。それこそ、健康体を安楽死させた物を用いた『魔物』でも、塵になってしまう事があります。逆に、生殖機能を取り除いた物でも塵にならない場合があります。そして、生殖器を取り除いて塵にならなかった物は、『魔物』にした際、生殖器が再生成されていなかった」

 

「……ん?生殖器が再生成されたり、されなかったりした上で、塵になった物は生殖器が再生成されていたと?」

 

「その通りです」

 

「生物として欠如している機能を再生成された『魔物』が、塵になってるって事か……。と、なると、一見して『不自然』でない触媒が塵になってしまうのは、機能不全に陥っている器官が健康な器官に再生成されてる、のかもしれないな」

 

「私もそう睨んでいます。塵になる『魔物』は、『魔物』化する際、生物として自然な形に再生成されている、と。故に、塵になる『魔物』は『不自然』だったと、呼称しています」

 

 『魔物』化する際、生物として『不自然』であれば、生物として自然な形で再生成される。そんな法則が実は存在している。

 そして、自然な形に再生成された物は、『魔物』化を解除すると塵になる。

 それが、千夜(シェンイェ)が重ねた検証によって導き出した答えであり、(ティエン)がそれを解説されて同調した見解である。

 

「もしかしたら、アレなのかもしれないな。再生成の際、実は粒子レベルに分解された上で組み直されていて、その分解された粒子を繋ぎ合わせているのが、与えている生命力、みたいな」

 

「なるほど、面白い推論ですね。納得感もあります。塵になってしまう『魔物』程、生命力の消費量が多い傾向にありますから」

 

 検証してない上に何の証拠もない、まさしく思い付きである(ティエン)の推論に、千夜(シェンイェ)は一定の説得力を感じていた。彼としては、その推論を証明し得る検証結果があるために。

 

「で。『魔物』による食糧生産が難しいのは、食糧生産が『不自然』、だからか」

 

 (ティエン)はこの議論を何故していたか立ち返り、得心が行った。

 千夜(シェンイェ)も、彼女の言葉に頷いている。

 

「既存の果実や野菜を『魔物』化し、その1回の生産量を増やす、という事は難しくありません。やってる事は、生命力という肥料を与えているだけの事ですし。肥料で生産量が増えるというのは、別に『不自然』な事ではありませんから。でも、生育サイクルを早める、端的に言って1ヵ月で実を成らせるのは難しい。1年掛けて実を成す植物にとって、それは『不自然』な事のようです」

 

 年に何度も実を付けさせるのは、『不自然』という判定に阻まれる。

 それを語る千夜(シェンイェ)も、聞かされる(ティエン)も頭が痛くなる事だった。

 本当に、何処から『不自然』とされるのか、分からない。

 

「……植物にパンを作らせるのは、夢物語という訳だな」

 

「植物を素材にした魔物は、『不自然』の閾値が高いと言うか、かなり弄っていても塵になる事はないのですが。それこそ、枝だけ状態で『魔物』化しても、塵になりませんからね」

 

「……全能性が影響してるのかな?植物自体に、自然な状態になろうとする性質があるから、『魔物』化で自然な状態に再生成する必要がない、とか?」

 

「私もそうだと推論しています。それに、植物自体、多種多様な進化をしていますからね。どのように弄っても、植物からしてみれば進化の可能性、その1つでしかないのでしょう。進化先としておかしくはない、自然の範疇に収まっている、という事で」

 

「でもパン作るのはダメか」

 

「粉引く植物は、さすがにないですからね……。まさしく、身を粉にする諸行ですし……」

 

「上手いな。自傷行為は『不自然』って事だな」

 

「自然物の加工は人間の特権、という事ですね」

 

「ふむ……。とすると、これの解決は一朝一夕で出来る事ではなさそうだな……。仕方ない。とりあえず、1回の生産量を増やせる方の研究資料をくれないか?そっちはある程度、研究し終えてるんだろう?」

 

「はい、遣いの方に今度渡しておきます。それと、生産量を増やす方の研究を進めてみましょう。完全栄養食的な実を成させる研究も、着手してみましょうか。進捗報告は年単位になるでしょうが」

 

 難題は難題として、現状で期待に適う成果が出せそうな研究をしてもらうという事で、(ティエン)千夜(シェンイェ)は合意するのだった。

 

 改めて金銭支援という名の報酬について話し合い、そちらも合意を得たところで、今回の秘密会談はお開きとなる。

 

「貴方の研究には助けられる。ありがとう。だから、どうか健やかに頼むよ」

 

「……はい。こちらこそ、ご支援いただきありがとうございます。―――それでは、お暇させていただきます」

 

 両者立ち上がり、握手を交わしてから、千夜(シェンイェ)はこの場を辞する。

 

 密室だけあって、遠ざかる千夜(シェンイェ)の足音は響き、(ティエン)の耳に長く届いていた。

 その足音が聞こえなくなったところで、(ティエン)は深く息を吐き、椅子に思い切り体を預ける。

 

 そうしてから手に取った紙束は、分厚い。

 

「……。周、あいつ、何歳に見える?」

 

「素なら20代後半。魔法を使わない若作りなら、40代後半。魔法を使っているなら、見当がつきませんね。私の推測も混ぜますなら、3番目かと」

 

「だよなぁ。間違っても見た目通りの年齢ではないよなぁ」

 

 (ティエン)は周循からの意見も取り入れ、自身の懸念を裏打ちした。

 千夜(シェンイェ)の実年齢は、見た目より高い。

 見た目14歳の少女、操っているのは17歳男性、魂は前世も含めて39歳の存在が言えた義理ではないが。

 

「後、やっぱり組織だな。検証量が1人で出来る分量じゃない。この検証に使う生命力を1人で賄ってたら、大きく見積もっても20そこらで死ぬぞ」

 

 千夜(シェンイェ)は、専門を『魔物』による金属加工としながら、『龍脈』の実証、『不自然』の検証、浅くも『魔物』による食糧生産の研究まで行っていた。

 つど生命力を消費しなければ研究できないのが、『魔物』というモノだ。1人分の生命力でそれらを全部研究できるはずがない。

 だから、絶対多人数で、組織的に研究を行ってきたはずだ。

 

「……申し訳ありません、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)。……彼が他所と連絡を取っている形跡は、全く掴めておりません」

 

 なのに、組織と繋がっている証拠を、微塵も掴む事が出来ていない。

 周循は己の無力だと、その事を悔やむように報告していた。

 

「良いよ、周。『魔物』に関しては2・3枚どころか、下手したら数十枚上手な相手だ。『魔物』による通信くらい、あいつらはやってるんだろう。そうだとすると、俺たちじゃどうしても尻尾を掴めない」

 

 電波どころか、人の手に依らない通信手段を使っているとすれば、それの傍受手段どころかその通信技術すらない自分たちでは、情報を盗めるはずがない。

 そう判断しているからこそ、(ティエン)は周循を責めなかった。

 

「問題は……。こっちに組織である事を仄めかしてきた点だ……」

 

 (ティエン)は、千夜(シェンイェ)の後姿を幻視する。

 その背で、何らかの組織に属している事は語ってきた。しかし、その表情が読めない。

 どういう意図で、その事実を仄めかしてきたのか、(ティエン)には分からない。

 

(エサを散りばめて、食らいつくのを待ってるのか……?それとも、罠だと気付かせて警告してるのか……)

 

 可能性は主に2つ。細々とした物も上げれば無数にある。一番馬鹿なモノで、ただうっかり漏らしてしまった、と言うのすらある。

 (ティエン)には、読み切れない。

 

「はぁ……。やっぱり、陰謀家は役者不足だな。俺の適役は精々詐欺師だよ」

 

 腹の探り合いは不得意な自分に辟易する(ティエン)である。

 

「革命家や独裁者というのもありますよ?」

 

「アドルフ・ヒトラーかジャンヌ・ダルクにでも成れっつうのか。自殺は懲り懲りだし、火刑は未体験のまま終わりたいね」

 

「次のお体くらいはご用意いたしますよ?」

 

「お前も高確率で死ぬって見積もってるじゃねぇか!」

 

 周循の揶揄いに声を荒げる(ティエン)である。

 

「まぁ、とにかく。探りはこのまま入れといてくれ。牽制くらいにはなるだろうし、希望が全くない訳じゃない。通信機器が未知のそれでも、やり取りしているのは人間だ。ケアレス・ミスとは深い仲だからな、人間は」

 

「承知しております」

 

 周循への、一応の指示をしたところで、(ティエン)はまだ在る千夜(シェンイェ)の幻像を見つめる。

 

「……願わくば、俺の考える最悪が現実にならない事を」

 

 千夜(シェンイェ)が今代『聖女』の悪意で以ってけしかけられた『魔物』でない事を、(ティエン)は祈る。

 そうして、最悪の想像が現実となった幻を、瞳を閉じて掻き消すのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、6月22日の予定です。
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