2097年8月8日
「丁度2ヵ月ですね……」
「そう凄まないでくれよ……。これでも本当に切り詰めたんだからな……?」
光宣が睨み、
そう。今日は、光宣に
なのに光宣が睨むのは、彼としては約束が早まる事を望んでいたからである。何せ、自分はともかく、同じ病状の想い人、桜井水波がまだ健康でいてくれる保証がないからだ。
そして、自分の治療が成功したとしても、水波が治療を受けるかどうかは、四葉家に決定権がある。治療を受ける決断をするにしても、間違いなく日が開くだろう。自分を経過観察する事まで考えられる。
だから、1日でも早く水波が治療を受けられるように、光宣は1日でも早く治療を受けたかったのだ。
「さて。皆様よろしいかな」
九島家宅に集まる、そうそうたる面子を見回した。
九島家の烈と真言、四葉家の真夜と達也に深雪、そして水波の顔を見た。
四葉十六夜は欠席だ。十六夜と
なので、十六夜は周到な計画の末、見事この場を欠席している。
「……決定権は、光宣に預けた」
「許可は出している。九島家は全体が了承したと受け取ってもらって構わない」
烈と真言の返答。
烈は険しい顔に嘆きを潜めているのに対し、真言の方からは何の感慨も感じ取れない真顔だ。
とかく。決定権は彼らになく、光宣の選択を九島家は尊重すると、示している。
四葉の方は、達也が
深雪は光宣を見つめ、水波を横目で見てから、彼らの現状と自身の無力さを噛みしめるように目を伏せている。
彼女としては、もっと安全性と保証がある治療法を模索してほしかった。しかし、それは自身の我がままで、彼らの苦しみを分かち合えない他人であると自覚して、自身の意見を口に出さない。
ただ、彼らの幸せを願うばかりだ。
水波は俯き、表情を大部分隠しているが、膝に置かれた手、固く握られたそれを見れば、彼女の心境を推し量る事は難しくない。
その手の中には、想い人を実験体紛いにする罪悪感と、その現状を自分では覆せない無力感が、固く閉じ込められている。
こうして、口を開けない者たち。代表するのは微笑みを繕い慣れた真夜である。
「私たちは第三者です。お気になさらず」
真夜はまさしく慣れたように、観察する目と思考する頭を微笑みの仮面で覆っていた。
「では。再確認と行こう。この治療は寿命を削り、重篤さに応じて削る量も増える。最悪、寿命が足りない場合があり、その場合はそのまま死ぬ」
光宣は、ただ頷く。
「治療の副作用として、身体能力の向上、基礎代謝の向上、特殊能力の覚醒、以上3つがある。要は超人的な動きが出来るようになって、胃袋が大きくなって、何か変な能力も生えるって事だ。生えるって言っても、今までの傾向からすると、魔法師はその魔法演算領域が強化される可能性が高いから、その点だけは安心して良いぞ?」
『今までの傾向』という部分に、皆が眉を顰める。
それは、傾向が窺える程に施行しているという事だ。確実に、彼らが知る五輪澪の一件以外にも、魔法師にこの治療を施している事が窺える。
ただ、これはミスリードに近い。実際は澪と寿和の2回だけであり、『傾向』としたのは自力で『超人』になった壬生紗耶香を含めた3例からの推測だ。
施された人間が多く存在するかもしれないと、そうしてもしかしたら手下として自身らの周りに潜ませて居るのかもしれないと、疑心を植え付けるための仕掛けなのである。
とにかく。その疑心も呑み込んで、光宣は頷く。
「オッケー、注意事項はちゃんと全部呼んだと判断するよ?対価の方も大丈夫かな?遺伝子の閲覧。正直、これは処置するにも必要な事だから、呑んでもらわなきゃ困る」
「くどいですよ。僕は2ヵ月前から覚悟を決めてるんだ」
「オーケーオーケー。じゃ、全部了承してるって事で。細かいところも余さず書面で送ってるからね。後で「話が違う」なんて文句は聞かないよ」
悪辣な笑みを浮かべる
「周胤、彼に例の物を」
部屋の隅に控えていた周胤が、
ファンタジー世界でポーションでも入っていそうな特徴的な小瓶には、こちらもファンタジー世界の霊薬を思わせる液体、透明度のある赤いそれが入っていた。
光宣は訝しげに、それを手に取る。
「これは……」
「紅茶だ、俺の血が混じってるが」
「こ、紅茶?」
もっと高尚な液体だと思い込んでいた光宣。
周りも、肩透かしを食らったような面持ちである。
「あ、検査はちゃんとしてるよ?今まで感染した例もないし。それとも、血液を生でいきたかったか?その……。そういう趣味には理解があるつもりだが……。人前で、それも意中の相手が居る前では、抑えておいた方が良いぞ」
「ち、違う!あらぬ疑いをかけるな!」
理解ある大人である周り(司波兄妹含め)はもちろん勘違いしていない。光宣に味方するように、
水波だけ一瞬呆然としていたが。
「魔法師の名家である皆々様は、血液が魔法的にどんな意味を持つかなど、説明するまでもないでしょう」
周りの様子など意に介せず、血液を飲ませる意図が理解できているかを、
魔法的には、血液は受信機だ。古式魔法において、血液を基点とする魔法は多い。
だから、血液を飲ませる事が、対象に魔法をかける条件というのは、ここに居る全員が容易に想像できる。
「ま、あえて明文化しよう。俺が今回治療に使う魔法は、対象に血液を飲ませるのが発動条件だ。魔法的受信機を相手に打ち込むという理論的行為であり、古式における儀式的行為でもある」
「……。摂取量はこれで充分なんだな」
「君が変に抵抗しなければ、ね」
新鮮かつ大量摂取の方が、魔法の通りは良くなるだろうという一般的な考え。それに基づいて光宣は疑いを掛けたが、
光宣は、小瓶を注視してから蓋を開け、それから意を決して液体を一気に
「ありがと。じゃあ、横になってくれ。間違いなく気は失うからね。倒れて頭を打ちたくはないだろう?」
「……」
揶揄いなのか真面目なのか判然としない
「目を閉じて……、体の力を抜いて……。呼吸も、深く、ゆっくりと……」
サイオンを発し、光宣の体内にある自身の血液と繋がりを得る。
「―――では、始めよう」
その声で皆に開始を伝え、『僵尸術』を光宣へと掛けた。
効果が適応されたのか、光宣の体が小さく跳ねる。
皆、緊張感を持ちながら、静かに見守っていた。
達也以外は。
「今すぐその魔法を止めろ」
達也は、声を荒げてはいなかったが、そこには確かな敵意が込められていた。
そして、彼は特化型CAD、シルバーホーン・トライデントを、
その反応を予想していた
他は、度肝を抜かれて驚くばかりだ。
「ご当主様、すぐに十六夜を呼んでください。あいつなら、どうにかしてくれるはずだ」
「達也さん?一体どういう事?」
「これは、ジードがパペット・テロに使った魔法と同じです」
達也の言葉を受けて、再度驚いた後に、彼の敵意が伝播する。
「どういう事だ!パペット・テロで使われた魔法だと!?貴様っ、何のつもりだ!」
「九島真言、俺はちゃんと文書にしたためたはずだぞ?一旦、仮死状態になってもらうって」
追及する真言へ回答はするものの、
最も警戒すべきは、達也だからだ。
「対象を仮死状態にして魔法的抵抗が完全になくなったところで、対象と自身を魔法的に同一存在にして、そこから遺伝子治療を行う。具体的な事を書けなくてすまないね。これは秘術なんだ。誰にも詳細は教えられない」
「それで納得させられると思っているのか!」
「納得してもらわなきゃ困るんだよ、この過程はどうやっても外せないんだから」
真言が声を荒げてまで行う追及は、
その、相手にされていないような態度が、真言の怒りを煽る。
「貴様!」
「真言、落ち着け」
「ですが、父上!」
「『落ち着け』と言った」
冷静さを欠く真言を制する烈。皆、空気が重くのしかかってくるような感覚を味わう。
魔法ではない。そこにサイオンは介在しない。ただ、まるで魔法のようではある。
烈の言葉は、『言霊』の存在を信じ込ませる。
もしかしたらこれは、プシオンを用いた超能力なのかもしれない。
真言は、のしかかる空気に負けて、腰を下ろした。
烈のプシオンが鎮静化する。しかし、誰も身じろぎもしない。それを見収めてから、烈は
「君は、人と人の約束において、何が重要だと考える?」
「……、誠意だ。それは単純に積んだ金の量である時もあれば、誠実な態度である時もある」
「なるほど。君の考えは分かった」
「達也君。悪いが、矛を収めてくれ。これは九島の問題であり、我等が彼女と結んだ契約だ」
「……、よろしいのですか?」
「ああ。君は、
烈は正論を述べると共に、意図を忍ばせた。
これは九島がした契約で、四葉は部外者だ。次の患者候補として、施術の正当性を観察する第三者でしかない。
だから、部外者は口を挿まず、しかししっかりと視てほしいと言ったのだ。彼の、多くを視通せるその目で。
これが、愚か者の末路となるか、勇気ある者の英断となるか。
達也は、烈が忍ばせた意図のほとんどを読み取り、CADを懐に収めた。自身に差し出された座布団に正座をし、瞳を閉じて、これから起こる事に目を瞑る。
しかし、『エレメンタル・サイト』で視る事に、意識を割く。むしろ、それに集中している。
「すまないね。続けてくれ」
「……。ああ、そうさせてもらうよ」
烈に促された
対象の『付喪神』化。光宣は『付喪神』、
達也も
「―――さて。最終段階で俺も気を失うが、それは気にしなくて良いよ。むしろ、俺が気を失ったら、治療は順調に進んでいると思ってくれ」
彼女がそうした事、気絶する事、気絶してなおこの儀式が続く事。周りはそれらを訝しみ、わずかに眉を動かすが、やはり、静観に努める。
周りは、
周胤はその体が投げ出されないように受け止め、ゆっくりと横たえる。
達也以外周りは、横たえられた
達也は思わず目を開け、天井を、いや、空を見上げている。
「……お兄様?」
「……サイオン、か?……何かが、空に上がっていくように視えた。……しかし、これは。…………すまない、深雪。……これは、俺にも分からない」
不思議がる深雪に、達也はとにかく自身がその行動を取った訳だけを説明した。
それ以外は達也にも、それ以上は出来ないのだ。
達也でも、自身が視たモノは何を表しているのか、理解できていない。
達也以外も空を見上げてみるが、烈すらも同じ景色を見る事は叶わなかった。烈は率先して諦め、目に映る光景を光宣と
達也以外もほとんどそれに倣い、水波は光宣の方ばかりを見つめる。
彼女はざわつく胸に手を添え、光宣の無事だけを一心に願う。
壁掛け時計、昨今アンティークに片足を突っ込んでいるそれが、煩く秒針を鳴らしている。
それは何度鳴っただろう。その永さを正確に測れる者はいない。
ざわつく水波の胸が、最早痛くなってきた頃だ。
光宣の体が、AEDでも受けたように跳ねた。
「光宣様!」
水波が光宣の下に駆け寄った。胸に渦巻く思いを抑え込むなんて、まだ高校生である彼女には酷な事だったのだ。
彼女を咎める者は居ない。この場に居る四葉も、九島も、周胤も咎めない。
水波は、光宣の顔を覗き込む。
溢れる思いは涙となって、光宣の顔を濡らした。
光宣は、右手を微動させてから、濡れた自分の顔を拭う。さも、寝起きのように。
「ん……。あれ……?水波さん……」
「光宣、様……!」
寝ぼけながら状態を軽く起こす光宣に、水波は我慢できず抱き着いた。
ああ、目を覚ましてくれて良かった、と。もし目を覚まさなかったら、自分はどうしていただろう、と。
「ぼ、くは……。治った、のか……?」
「少なくとも、こっちは治したつもりだが?」
疑われるのは気分が悪い。そんな様子を微塵も隠さず、
彼女は伸びをしてから、姿勢を正す。
「確かめる方法は経過観察しかないかな?それとも……」
達也は、表情を険しくする。自身が完治を確認できる眼を持つ事が推測されている。
『
そして、その推測が正解であるか確かめてきたのが、今回だという事だろう。
確度の高い推測をなおも正解に近付けようとする様に、推測情報は我が身を預けられない情報とする用心深さがあると、達也は
達也は、真夜に視線で判断を仰ぐ。
達也としては、『エレメンタル・サイト』は守り切れない情報だと思っている。だから、明かしても構わない。周りもほぼ、そういう眼が彼にあるものと、扱っているのだし。
真夜は頷きで以って許可を出す。
達也は口を開く。
「―――俺が視た限りでは、治っている」
達也の裏打ちに、ここに居る皆がそれぞれ喜色をにじませる。
ただ単に光宣の無事を思ってのそれだけで統一されていないのは、この場も大人の事情が絡む魔窟であるためか。
「光宣様……っ、光宣様……!」
「大丈夫。大丈夫だよ、水波さん。僕の無事は、達也さんが証言してくれたよ」
感極まり尽くして涙が止まらない水波を、光宣はその背を撫でて宥めようとしつつ、共にこの喜びを分かち合った。
僕たちは、救われるのだと。
「俺はそろそろお暇しよう。感動シーンに闇医者が居たら、景観を損ねるだろう」
「待って、ください……」
この場を辞そうと腰を上げた
引き止めたのは、水波だ。
彼女は虚を突かれて硬直する光宣の腕からスルリと抜けて、涙も拭わぬままに祈る。
「私も、この場で治してください」
「水波!?」
「水波ちゃん!?」
まさか過ぎる水波の発言に声を上げたのは、司波兄妹だ。
「水波、危険だ。考え直せ。俺の眼は全てを見抜く眼じゃない」
「ならばなおさらです!」
達也の説得も振り切り、水波は咆えた。
想い人を実験体紛いにする罪悪感と、その現状を自分では覆せない無力感。それを固く閉じ込めらていた手は、とっくに開かれてしまっていたのだ。
彼女には、我慢できなかったのだ。
「光宣様だけ危険な目に合わせ、それを見送るだけの自分に我慢ならないのです!これでもし、光宣様が死んでしまわれたら……!」
「本当に死んだらどうするつもりだ!」
「死なせてください!私はっ、光宣様と共に眠りたい!」
張り裂けた胸の内。
達也は愕然とする。まるで、死ぬ事が幸せであると、最善でなくても次善であるとするその考えに、達也は共感できない。
でも、頭に過る。『このまま死なせて?』という、桜井穂波の最期が頭に過る。
自ら望む死が救済である、というのは納得できる。穂波の最期にも、それで納得してしまった。
でも今となって、改めて突き付けられると、彼は考えてしまうのだ。
『それは本当に、自ら望んだものか?』と。
「達也さん。彼女の選択を尊重してあげましょう」
「ご当主様!?」
考えあぐねる達也に助け舟を出した真夜。そんな彼女への抗議を口から漏らしたのは、深雪であった。
「深雪さん。貴女が一番共感できるのではないかしら?いくら理性的である事を説かれたって、感情はどうにもならない事を」
真夜が説いた感情論に、深雪は口を噤むしかない。
兄妹での婚姻という常識どころか法律から逸脱している現状を、本気で兄を愛し恋しているという感情だけで甘受している深雪。
そんな彼女に、感情で動く事の是非を問える訳はない。むしろ、是としなければ、自分にとって望ましい現状を投げ出せねばならなくなる。
その事をしっかりと認識できている深雪は、だからこそ理性でも感情でもない部分を論じる。
「ご当主様。良いのですか?対価を払うのは我々ですよ?」
深雪は、冷徹に利の話を持ち出したのだ。
『四葉』が対価を払う程に見込める利益はあるのかと。今日明日死ぬ訳でもない水波の将来を買って、『四葉』に何の利益があるのかと。
深雪にとってすれば、水波は家政婦として傍に居てくれれば安泰なのだ。寿命を削って、死ぬかもしれない危険を負って、魔法師としての将来、自身の護衛として使いつぶす未来なんて買い戻す必要はない。
だから、『四葉』次期当主の片鱗たる冷徹な面を覗かせて、己の望む方向に誘導しようとしている。
ただ、相手が悪い。相手は『四葉』
「利益ならありますよ?今後も、調整体の子孫である者たちの将来を得られるのです」
四葉に居る調整体、特に欠陥を抱える者たちを、修正できる。
組織として、これがどれ程の価値を生む事か。
欠陥を抱えているとしても、それは既に『四葉』が手を加えてしまった者だから、明るみに出せない。使用に耐えないと世間へ放出するにしても、手放しにはできず、監視しなければならない。
そのリスクとコストが削減できるのだ。ロスがないとも、言えるかもしれない。
ただ、これだけで組織の長が踏み出せる程の大きな利益はない。
真夜に踏み出せているのは、
ちなみに。
弘一も、この事に関しては口を堅く閉ざしている。
とにかく。
「ご当主様。水波に治療を受けさせるかどうかは、光宣の経過を見てから、との事でしたが」
「貴方の眼が、問題ないと言ったのよ?それに、水波さんにこれ以上我慢を強いるなんて、酷だと思わない?」
当初の予定と違う事を達也は指摘したが、それへの返しも真夜は持っており、涼しい顔をしていた。
理論的なモノと、感情的なモノ。
そもそも揺れていた達也には、それらに対する有効な反論が思いつかない。
「……深雪、受けさせてやろう」
「お兄様……っ」
完全に傾いた達也の案を、深雪は呑み込み切れなかった。
深雪は悲鳴を抑えるように、手で口を抑える。
達也が目を伏せてもう変わらない表情を窺ってから、深雪はゆっくり水波の方を見やる。
水波はまだ涙を流している。深雪は、心が打たれる。思わず涙を誘われて、俯く。
でも深雪は、すぐに顔を上げ、潤む瞳のままに毅然と
「失敗したら、貴女を絶対に許しません」
「最善は尽くすさ。いつもどおり、な」
深雪からの重圧をかけられようと、
その振る舞いは、自信に満ちているようでもあり、失敗したら素直に糾弾されようと達観しているようでもある。
対価は水波の遺伝子マップと、後にまた色々要求すると両者間で話を付けてから、手術が始まる。
これは、光宣への手術を焼き直すように、何のハプニングもなく成功を果たす。
そうして水波は光宣と深雪からの抱擁を順に受けたのだった。
四葉家一行は帰りのリムジンで、十六夜にヴィジホン通話を掛けていた。
十六夜も外出からの帰りだったが、そちらもヴィジホンを備えたリムジンに乗っているという事で、画面越しに顔を合わせている。
「十六夜。五輪家の呼び出しはどうだった?」
〈五輪澪だけじゃなく、防衛大臣まで出てきたよ〉
真夜の質問に事のいきさつを語る十六夜。
そう。十六夜は欠席するために、澪だけでなく防衛大臣も利用したのである。
ただ、防衛大臣は
なのでそこは、
その日私は、四葉十六夜に会いたくない。だから、どうにか四葉十六夜を足止めしてくれ。
防衛大臣は会いたくない事の訳が気になりながらも、結局は何も聞かずに、その願いを叶える事となった。
「防衛大臣まで?いったいどんな用件でお前まで呼び出したんだ」
〈軍上層部と政治家、その一部は、五輪澪を大亜との国境へ哨戒に出したいんだってさ〉
達也の問いに、十六夜はまず、議題となる問題を嘲りながら明かした。
嘲る理由は考えるまでもなく、だからその馬鹿馬鹿しさに達也は眉間の皺を深める。
「国家公認戦略級魔法師に国境の哨戒をさせようだと?導火線に火を付けたいのか?」
達也がその思想に至った者たちの正気を疑った。
言葉の通りだ。国境に戦略級魔法師、それも国家公認などその動向が各国から注視されている存在を近付ける。それは、侵略の意志ありと疑われても、残念ながら文句は言えない。
厄介な点が、五輪澪の戦略級魔法、『アビス』の性質だ。海面を半球状に陥没させるという魔法は、その副次効果も厄介なのである。
単純に言うと、陥没を埋めようとした海水の流れによって、津波を生み出す事ができる。
戦略級魔法という規模からすれば、国境から発して国土を襲うに至れる事まで予想できる。
実際の可不可はともかく、そう予想できてしまうのだ。
なら、誰もが最悪を考えるだろう。
日本は津波で以って敵(この場合想定されるのは大亜か新ソ連)を攻撃しようとしている、と。
攻撃されるかもと恐怖したなら、人がやる事はだいたい1つだ。
やられる前にやる。
〈悲しきかな、一部の人間は相手が既に火をつけたと、ヒステリーに陥りかけているのさ〉
達也に正気を疑われている連中は、そういう連中だ。という話。
〈で、国防大臣は巻き込まれる五輪澪にはもちろん、『日本若手魔法師の旗手』とされる俺にまで相談に来たって訳だ。腑に落ちないがな。内々な政治の話を子供にしてどうしようと言うんだろうね〉
さりげなく、十六夜は罪を国防大臣や五輪澪に擦り付けておく。
「……五輪家は俺たちと
達也はどんどん推理の沼にハマっていった。その沼は落とし穴でもあるのだが。
〈真意は読めないが。議論の方は問題なかったよ。防衛大臣は集団ヒステリーになびかない、冷静なお人のようだ。五輪澪も乗り気じゃなかった。じゃあなおさら何で俺の意見まで聞いたのかって話だけど。『四葉』に小火の消化でも頼みたいのかな?〉
「その可能性もなくはないが。俺はやはり、
達也が推理を聞かせ始めたので、十六夜は姿勢を整え、静かに続きを促す。
「光宣と水波の治療には、『リライト能力』、少なくともそれに近しい能力が使われている」
達也は『エレメンタル・サイト』で、治療を受けた2人の遺伝子が極僅かに書き換えられているのを、知覚していた。
遺伝子の書き換え。それができる超能力は、達也は『リライト能力』しか知らない。
〈……考えたくない事だ、『聖女』が『リライト能力』まで手を届かせてるなんて。……でも、あるいは〉
「何か、仮説があるのか?あの女が『リライト能力』を使えてもおかしくないとする仮説が」
〈……達也、みんなも。……それについては後日話そう〉
十六夜は、電話では、この場では話せないと、演出した。
『フリズスキャルヴ』は今、
どんな回線も盗聴し放題な手段を
だから、達也も真夜たちも頷いた。
通話は、お互いの締めのあいさつで終わる。
十六夜は、全て上手く行ったと、安堵の息を漏らすのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は、7月13日の予定です。