魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百六十五話 晩鐘が鳴る

 

「この世界とよく似てるフィクションを知ってる『転生者』って、本当なの……?」

 

 真由美の一言で、皆の時が止まる。

 

「今まで十六夜くんがしてきた事って、全部、前世で犯した罪を償うためだったの……?」

 

 信じたくない。だからこそ、真由美は問うてしまった。

 それが真実だとしたら、全てはひっくり返るから。

 自分は彼の事を一部でも知った気になって、のうのうと『愛』だの『恋』だの口にしていた事になってしまうから。

 

 十六夜は、大きく開いた口で空気を吸い込み、それを、嘆息のように一気に噴き出す。

 

「落ち着いてください、真由美さん。敵の虚言を、なに真に受けているんですか」

 

 十六夜は騙る。

 

「この世界とよく似たフィクションを知ってる転生者?今までしてきた事が前世の償い?ちょっと発想が飛躍しているんじゃないですか?」

 

 十六夜はまたゆっくり息を吸い、溜息のように吐く。

 

「有り得ないでしょう。そも、『転生者』という時点で作り話が過ぎる。歴史の王気取りや英雄気取りが、ある神話の英雄の生まれ変わりだと自称する事はありましたが、その証拠なんて何処にもなかった。前世の記憶の1つでも語って聞かせれば真実味を多少なりとも帯びたでしょうけど。いや、出任せを塗り重ねているだけだから、悪辣さが増すだけか」

 

 1つ1つ、丁寧に否定していく。

 

「仮に、仮にです。そう自称した人たちが、本当に生まれ変わりだったとしたら。それでも結局、彼らは前世の記憶を持ち越す事は出来ていない。『転生』が存在するとしても、記憶を持ち越す事なんて有り得ないんですよ。何か高尚な徳を積んだ訳じゃあるまいし」

 

 十六夜は、自称転生者を鼻で笑っていた。

 

「更に、です。更に、前世の記憶を持ち越せる転生があったとしましょう。でもそれが、俺に当てはまっている訳がない。だって、もしも俺がこの世界とよく似たフィクションを知る転生者だとしたら、ライトノベル溢れる21世紀初頭で、『魔法科高校の劣等生』なんてライトノベルを読んでいた事になる。沢山ある中で、そのシリーズを読んで、そんな人が偶然にもそれによく似た世界に、その記憶を持ち越して転生する?ご都合主義が過ぎるでしょう。ファン・メイドの二次創作じゃあるまいし」

 

 全ての可能性を、そんな奇跡がある訳ないと、十六夜は一笑に付すつもりだった。

 

 十六夜は、躍起になり過ぎたのだ。

 

「十六夜」

 

「どうした?達也。疑問があるなら全部ちゃんと答えるぞ?」

 

「『魔法科高校の劣等生』は、21世紀初頭のライトノベルなのか?」

 

「え?今更それを掘りか、え……す……―――」

 

 達也に核心を突かれた十六夜は、自らの失態を徐々に自覚し、みるみる内に目を見開いていった。

 

 そう。『魔法科高校の劣等生』という物語については、以前に語った。

 でも、それが21世紀初頭のライトノベルなんて、一言たりとも言っていない。

 そして、この世界に、『魔法科高校の劣等生』なんてライトノベルは、存在しない。

 

 掘り返すもクソもない。それは初出の情報で、十六夜しか知らない事で、何よりの証拠なのだ。

 

 達也に、皆に、悟られた。

 十六夜は、●●は、21世紀初頭に、この世界とよく似たライトノベル、『魔法科高校の劣等生』を読んでいた転生者なのだと。

 彼はこの世界とよく似たフィクションを知っている、前世の罪を償おうとしている転生者なのだと。

 

「あ……、ぅあ……、あ、ぐぅっ……。……っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 十六夜は膝から崩れ落ち、顔を覆い、慟哭した。

 

「ふざけんなよ!有り得ねぇだろ!そんなんあるかよっ、クソっ、クソっ、クソォ!」

 

 悲しみと苦しみが、彼の怒りを煽る。

 

「誰がどうしてここまで必死こいてやってきたと思ってる!贖罪だってバレないようにしてきたと思ってる!バレちゃったらっ、全部パァじゃねぇか!全部嘘じゃねぇか!全部茶番じゃねぇか!」

 

 善意というメッキが剥がされ、全てが偽善となる。

 恩返しという尊い行いが全て、罪滅ぼしという陳腐な行いになる。

 

 そうならないように頑張ってきたのに。自分の人生をしっかり価値あるモノにしようとしてきたのに。

 

 誰が、俺の頑張りを不意にした。

 

「ふざけんなよ、ホント……。転生者だって推測されると思わねぇだろ、クソ……。ふざけやがって、それでテンパって、自滅しやがってよぉ!」

 

 俺が、俺の頑張りを不意にした。

 

「アホかよ!やり様いくらでもあっただろ!もっとマシな嘘の吐き方があっただろ!?考えとけってんだよ!ホント、ホントっ……。ここまで頑張って……、ミスもどうにかカバーしてって…………。最後は、自滅かよ……。マジ、しょうもな……っ」

 

 彼は蹲る。

 

 もう、どうでも良い。

 後は罵詈雑言を浴びるなり、リンチされるなりで、楽になろう。

 

 そう、彼は思っているのだ。

 本当に、人の心が分かっていない。

 

 彼の慟哭を聞かされた、彼を慕う者たちが、今どんな表情をしているのかも見えていない。

 大切だと宣いながら、その彼が溜めていた悲しみも苦しみも、何1つ分かってやれなかったと。そう打ちひしがれている者たちの顔も見やしない。

 彼は、蹲って、殻に閉じこもって、現実から目を背けて、何も知ろうとしやしない。

 心を通わせようとしやしない。

 

 ある種の孤立。

 そこに、悪は付け込む。

 

「1回、やり直さないか?」

 

 (ファン)が優しげに、十六夜の肩に手を置き、声を掛けた。

 皆はまだ、呆然として動けていない。

 

「1回、この世界をやり直そう。それに手を貸してほしくて、君を探ってたんだ。君の力が、絶対に必要なんだ」

 

 (ファン)は、何もかも無為となった十六夜に、リスタートの権利と、自己肯定感を与えるようとしている。

 これが、十六夜を引き込む複数案、その1つである。

 

「やり直す、か……」

 

「っ!十六夜っ、そいつの言葉に耳を貸すな!」

 

 空っぽになった十六夜の中に、何かが吹き込まれたように感じた達也は、十六夜へ必死に手を伸ばした。

 でも、すくっと立ち上がった十六夜は、達也に背を向ける。

 十六夜は、(ファン)と相対する。

 

「一緒に行こう、後継」

 

「……ああ。一緒に行くよ―――」

 

 (ファン)が右手を差し出しているのを、十六夜はしっかりと視認した。

 

 『掌印』が解かれている事を、彼は確認したのだ。

 

「―――あの世へ」

 

 (ファン)も皆も、高く見積もり過ぎていたのだ。

 彼の心がどれ程頑丈で、()()()()()()()

 

 十六夜の右手には、いつの間にかに抜き身の刀が握られている。

 

「な!?っ、『領域展―――」

 

「『アンキンドルドゥ』」

 

 また『掌印』を組み直そうとする(ファン)に対し、十六夜は自身の得意とする魔法を放った。

 認識阻害、及び想起阻害の魔法。十六夜の事を認識できなくなり、思い出せなくなるそれ。十六夜が魔法師となった瞬間から得ていた魔法であり、度々の自己強化に追従した固有能力。

 その展開速度は、(ファン)の『領域展開』を凌駕した。

 

 この場に居る全員が、十六夜を認識できなくなる。

 (ファン)自身は、自身の目的、十六夜の強奪すら認識から消えたものだから、一瞬呆けてしまう。何故『領域展開』しようとしていたかも忘れ、固まってしまう。

 

「もう、やり直しなんて懲り懲りだ……。どうせ、何回やっても上手く行かない……。だから、もう、終わりにする」

 

 十六夜は、誰にも認識されない事を良い事に、おもむろに(ファン)の後ろへ回った。

 

「最後に。お前だけ殺して、俺も死ぬ」

 

「……は?っ、んぐ!」

 

 十六夜が背後から、肋骨を綺麗に避けて、(ファン)の心臓を刺し貫く。(ファン)はそれで、最早挽回など不可能な状況で、ようやく十六夜の事を認識し、思い出した。

 やられた。

 心臓を刺し貫かれた(ファン)は、素直に胸中でそう思っているのだった。

 

「い、十六夜……!?お、お前……」

 

「司波達也。お前の前で『アンキンドルドゥ』を使ったのは、初めてだったな。ああ、もしもの時に、お前と敵対した時に、切り札にしようと思ってたんだが……。それも、無意味に終わった……」

 

 達也が十六夜の切り札に、十六夜のその言葉に動揺している。それを他所に、十六夜は(ファン)の血で赤く染まった刀を、自分へ向けた。

 

『十六夜!』

 

 いくつも、『四葉十六夜』を呼ぶ声が重なった。

 でも、『●●』には届かない。彼は、『四葉十六夜』なんかじゃないから。

 

「さよなら、俺の人生……。まったく、無駄なモンだった……」

 

 刃が、●●の喉に触れる。

 しかし、薄皮を割いた所で止まる。

 別に、絆された訳ではない。

 

「―――困るよ。『魔物』化したら、君の箱舟としての能力が残ってるか、不透明なんだから」

 

 (ファン)の『サイコキネシス』で、完全に体の動きを止められたのだ。

 

「き、さまっ……!『先駆者』ァ!」

 

 さっき心臓を刺し貫かれたはずの、死んでいるはずの(ファン)

 生きているはずがない。十六夜は息が止まったのまで確かに見収めていた。

 そこから蘇る訳がない、()()()()()()()

 

「『先駆者』っ、何で生きてる!」

 

「そもそもよく考えなよ。俺は先代リライター、『英雄』、『始まりの魔法師』だ。約100年前、テロ・グループを魔法で制圧したとして知られる人物だ。今も肉体の腐敗なく生きている訳ないだろう?」

 

 簡単な疑問を投げかけられ、つい鼻で笑ってしまう(ファン)

 十六夜はハっとさせられる。

 そうだ。約100年前の人物が、20代後半の外見で生きている訳がない。

 色々な衝撃で、そんな初歩的な事が頭から抜け落ちていた。

 気付けば何の事はない、簡単な答えである。

 

「『魔物』、か……」

 

「そういう事だ。『魔物』は基本、契約者の生命力を消費し、再生される。ただ、自分で言うのも何だが、俺のスペックは高い。しかも、心臓という重要臓器の再生だ。今ので何人、契約者の生命力を吸い尽くしただろうね」

 

 十六夜が(ファン)の心臓を見やれば、血の跡こそ残っているが、傷跡は端からなかったように消えている。

 『魔物』の仕様、自己保全、契約者の生命力を消費しての回復。

 (ファン)は『魔物』として、複数人の契約者から生命力を吸い上げ、生命停止から息を吹き返したのだ。

 つまり、(ファン)は契約者の数だけ、命をストックしている。

 果たして(ファン)は、後何十、何百殺せば、殺しきれるだろうか。

 

「宗教の教主なんてやるもんじゃないよ。遺体がご神体として大切に保管されるならまだマシだ。最悪、集めた信者たちに『魔物』として利用される」

 

 「そんな宗教、お前のところ以外にあってたまるか」と、十六夜はそんなツッコミと、理不尽に対する怒りが喉まで出掛かっている。

 

「『領域展開』、と。さて、どうしたものかな。『魔物』化は最後の手段にしたい。そのために心を折りにかかったんだが」

 

 抜け目なく『掌印』を組んで、戦闘態勢に入りながら、(ファン)は思索する。

 どうやって四葉十六夜を従わせるか。

 

「仕方ない。もっと折ってみるか」

 

 (ファン)の決断は早かった。

 (ファン)が十六夜に迫るが、十六夜は直感的に殺意がない事を感じており、また、言葉の意味が分からない。そのため、回避が遅れる。

 よって、(ファン)の手刀が十六夜の首を掠めた。

 その瞬間に、十六夜は本能的に理解する。

 

 読まれた。『サイコメトリー』で、●●(おれ)の過去を。

 

「ふむ。家族構成、少なくとも同居していたのは5人か。父、母、兄、姉、君。……今の接触ではそこまで、か。もっと触れないとダメっぽいな」

 

 (ファン)は読み取った情報を、これ見よがしに口に出していた。

 十六夜は、苦虫を噛み潰した気分である。しかも、転生者である事を暴かれる以上の苦みだ。

 

 今度は、前世まで暴かれる。

 

「次だ」

 

「来るなぁぁあああああ!!」

 

 迫り来る恐怖に、(ファン)に、●●は刀を振るう。

 身体能力は互角と言って良い。

 彼らレベルとなると、(ファン)が『サイコメトリー』で癖を読んでるのは誤差になるが、逆に、精神状態の影響は強く出る。

 ●●の精神状態は、間違いなく平静ではない。

 

 神速の太刀、連撃が振るわれる。だが、如何に早かろうと、その攻撃は、恐怖から逃げるための愚直なモノだ。

 読むまでもない。(ファン)はほぼ条件反射で攻撃を逸らしていく。

 ついでに、触れていく。●●の過去に。

 

「……へぇ、両親揃って教師か。父親は高校教師で、柔道部の顧問もしてたんだね。母親はぁ……、知的障碍者を主に受け入れていた、特別支援学校の教員?優れた両親だね」

 

「止めろっ、止めろぉ!!」

 

 誰にも話した事がない、両親の事が暴かれる。

 ●●は、恐怖のまま刃を振るう。

 最早、技も何もない。

 

兄姉(きょうだい)は……。兄は、柔道を修めて、それで警察官になったんだね。父親の指導の賜物ってヤツかい?姉は……。凄いな、薬剤師か。しかもストレートかい?頭脳明晰だね」

 

「止めろ……、止めてくれっ……!」

 

 事も無げに、人の家族を晒し上げる。

 ●●は、涙のまま刃を振るう。

 もう、勢いも力もない。

 

「最後に、君は―――」

 

「止めて、くださいっ……」

 

 ●●は、力ないまま、刃を落とした。

 そうして膝を付き、頭を下げる。

 

「なんでもします……っ、だから、それだけはっ、俺の事だけは……どうか、どうかっ」

 

 ●●は羞恥などかなぐり捨てて、涙も鼻水も垂らして、ただ惨めに懇願していた。

 

 それだけは、絶対に達也たちに知られたくなかった。

 『四葉十六夜(じぶん)』を良く思ってくれている人たちの中では、彼らが良く思ってくれる『四葉十六夜(じぶん)』で居たかった。

 彼らに嫌われるだろう『●●(じぶん)』にはなりたくなかった。

 彼らに、嫌われたくなかった。

 

「じゃあ立って、俺に付いて来てくれ」

 

 (ファン)は、今度は手を差し出さなかった。

 『掌印』を崩さないため、というのもある。

 主な理由は、後継への失望だが。

 こんな脆い人間が、自身の後継、今代の『リライター』だったのかと。

 

 ●●は、そんな失望をされていると察しながら、(ファン)に従順に従う。

 立って、付いて行こうとする。

 

 しかし、それは制される。

 

 達也が、間に割り込み、立ち塞がる。

 レオも、幹比古も、エリカも、泉美も、香澄も。

 ほのかと美月は、●●の服、引き止めるには頼りげないその裾を、しかししっかりと掴んでいる。

 深雪なんかはがっちりと手首を握りしめている。

 

 行かせはしない。連れて行かせはしない。

 

 彼らのそんな言葉が、無言でありながら、煩く響いている。

 

「……みんな、もう良いんだ」

 

「―――知るか」

 

 ●●の諦観に、達也は激情をぶつける。

 

「お前が良いか悪いかなんて知るか!お前の過去なんて知るか!お前の思いなんて知るか!」

 

 達也は思わず、『十六夜』の胸倉を掴み上げる。

 

「良いか、十六夜。お前の目の前に居る俺は、戦略級魔法を3度も使った男だ。大量殺人者だ。罪があると言われたら、返す言葉もない」

 

 司波達也は、大量殺人者だ。

 戦時であり、敵兵であるため、法的には罪に問えない。

 でも、社会的には、どうだろうか。

 精神論や感情論で犯罪者と非難されても、達也は何も言い返せない。

 達也は、社会的罪人だ。

 

「そんな俺は、こうしてのうのうと生きてちゃいけないのか?幸せになろうとしちゃいけないのか?」

 

「……いいや、達也。お前は幸せになって良い」

 

「なら、お前も幸せになって良いはずだ」

 

 大量殺人者が幸せになって良いのなら、誰だって幸せになって良いはずだ。

 

「……達也、俺とお前は違う」

 

「俺以上の罪を犯したのか?前世で俺より人を殺したのか?世界を混乱に貶めるような事件を起こしたのか?だとしても言ってやる。そんな罪は、ここまでの功績で充分に償えている」

 

「……償えている、いない、じゃないんだ。……俺は―――」

 

「知った事か」

 

 達也は、目の前の軟弱者が繰り出す屁理屈に、いい加減付き合いきれなくなった。

 

「知った事か!お前がどれ程の罪を犯していようと!お前が償え切れなかろうと!お前が満足していなかろうと!お前にどんな過去があろうと!」

 

 達也にとって、知った事ではない。

 十六夜にどんな過去があろうとも。世界を敵に回す罪があろうとも。

 全ては1つの、達也の中にある事実に優先される。

 

「今のお前はっ、俺の弟だ!!そして未来永劫っ、お前は俺の弟だ!!」

 

 四葉十六夜は、司波達也の弟だ。

 それは達也の中で、あらゆる事柄に優先される。

 これより優先される事は、司波深雪が司波達也の妹である、という事くらいだ。達也の中では。

 

 達也のその暴論には、十六夜を止めようとする者たちがほぼ全員が噴き出していた。

 兄弟愛が天元突破している、と。

 

「笑かさないでよ、達也君」

 

「笑わせるつもりはない」

 

「でしょうね」

 

 エリカは笑いの余韻を引きずって達也に抗議したが、予想どおりの真顔で、また笑いそうになっていた。

 

「悪いけど、あたしはそんな絆とかじゃないないわよ」

 

「ないのかよ」

「ないんだ」

「ないの?」

 

「そこ3人、煩い」

 

 エリカは、レオ、幹比古、美月のやっかみをテキトーにあしらって、言葉を続ける。

 

「恩義があるの。だから、悪いけど、何があっても助けるわよ。十六夜君」

 

 恩義がある。そして恩返しをしようとする、義理と人情と意地がある。

 どんな正論を説かれたって、千葉エリカがそれを曲げる事はない。

 

「俺はちゃんと絆だぜ?まぁ多分、十六夜の友達ランキングじゃ、下の方かもしれねぇがな。でも、なんつぅか……。これでようやく、本当に友達になれる気がすんだ。泣いてる友達のために立ち上がってな」

 

 友情がある。さらに深めたいとする、友愛がある。

 馬鹿らしいだの子供っぽいだの言われようと、それを貫くのが少年・西城レオンハルトなのだ。

 

「僕は、恩義と友情、両方だ。助けられてからずっと、対等になりたいと思ってた。実力、血筋、立場、色々考えればそんな事は不可能なのに……。でも、こうして好機が訪れてくれた。―――ここで立たなきゃ、僕は一生、『十六夜の友達』なんて成れないし、名乗れない」

 

 遥か先に居ると思った相手と並ぶ、そんな好機。

 ステータスで並び立つ事はできないという諦観を抱いていた最中(さなか)に訪れた、心で並び立てる千載一遇のチャンス。

 この機会を見逃せる程、吉田幹比古は愚鈍でも無欲でもない。

 

 そして、幹比古は付け足す。

 幹比古は、十六夜の方に少しばかり振り返る。

 

「十六夜。君は、この世界によく似たフィクションを知ってるんだよね。きっと、そのフィクションでも僕は誰かに助けられているんだろう。だから、君はこう思ってるんじゃないか?「俺は、その功績を掠め取っただけだ」なんて」

 

 幹比古も、根に卑屈さを持っているから、ネガティブ思考は理解できる。

 十六夜が抱えているだろうネガティブ思考を、想像する事ができる。

 だから、言ってやるのだ。

 

「知った事か、十六夜。そんな、ライトノベルの中で起こった事なんか、僕の知らない、ある意味並行世界の話なんか、僕は知らない。この世界で、僕が現実とするこの世界で、救ってくれたのは君だ。―――だから僕は、君と真の友達になりたい」

 

 幹比古は達也のスタンスを借りている自覚があるから、それをおかしく感じ、少し笑みを零していた。

 でも、彼は真面目に、十六夜と友達になりたい。

 その顔は、勇気と愛に溢れていた。

 

「私も同じです。十六夜さんには助けられました。十六夜さんは、私のこの眼を、頼りにしてくれた事がありました。十六夜君にとっては、ちょうど良いから利用した、みたいな事かもしれませんけど。私にとっては、それが救いだったんです」

 

 コンプレックスだった己の眼を、霊子放射光過敏症を頼りにしてくれた。

 1度や2度、その程度の回数だ。

 でも、美月の心には、強く残っている。

 自分のこんな欠陥を、頼りにしてくれる人が居る。これは、欠陥ではなく、個性で、強みなのだと。

 そして、柴田美月はそんな助けてくれた友人の窮状を無視できる程、薄情でも図太くもない。

 

「私は、お姉さまを泣かせる人が許せない」

「ボクは、お姉ちゃんを泣かせる奴が許せない」

 

 奇しくも、いや、自然に、泉美と香澄の言葉は重なった。

 それぞれの思い、その出発点は、双子揃って一緒なのだ。

 

「せっかく、真由美お姉さまが本気で恋し愛せる人を見つけたのです。心から純粋に恋愛できる幸せを掴もうとしているのです。その邪魔は、何人たりとも許しません」

 

 七草泉美はかつて姉の置かれた状況を憂いて、しかし今では心から喜んでいたのだ。

 名家の長女が、恋愛も知らず、ただ政略、社会の平穏という大義の名の下に、利用されて終わろうとしていた。

 それが、打開されたのだ。救世主が馳せ参じたのだ。

 その日から、姉は実に幸せそうで、自身も嬉しかったのだ。

 何より―――

 

「それに、十六夜お義兄さまと真由美お姉さまの婚姻が成立すれば!私は晴れて十六夜お義兄さまの義妹で!深雪お姉さまの親戚になれるのです!」

 

―――ついでに自身の欲望も叶うというのだから、姉を応援しない訳はない。

 

「この楽土を踏みにじろうと言うなら、閻魔大王が許してもこの私が―――アウチ」

 

「ねぇ、その後にボクも啖呵切るんだから、空気読んで」

 

 泉美の欲望、その発露は香澄によって遮られた。

 泉美が叩かれた頭をさすっているのを横目に、香澄は咳払いする。

 

「ボクも、色々思うところはあったんだけど。恋する相手がハーレム野郎とか、ボク自身は願い下げなんだけど。お姉ちゃんも、北山先輩も、シールズ先輩も、それに納得してたし。何より、みんな乙女してた」

 

 恋愛関係は凄く複雑で、今でも少し、姉には考え直してほしい香澄。

 でも分かっている。自身が何を言ったって、姉の気持ちは変わる事がない。

 大人だった姉は、乙女になったのだから。その色々問題がある男が、色々悟って割り切っていた姉の心を、解きほぐしてくれたのだから。

 さらに厄介なのが、その男の嫁候補が全員そうである事。嫁候補3人揃って心を解きほぐされ、心から男を愛している。

 

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死ぬんだよ」

 

 姉たちと男の恋路を邪魔するなんて、無粋の極みなのだ。妹である自分・七草香澄も含めて。

 

「泉美ちゃん、と言うか香澄ちゃんと同じです。雫があんなに、複雑そうだけど、幸せそうで、頑張ってるんです。邪魔しないでください!」

 

 ほのかは実に単純だった。

 十六夜に対する恩義や友情がない訳でもない。

 しかし、最も重要なのは、雫、親友の思いだ。

 光井ほのかは単純かつ純粋に、親友の思いを慮っていた。

 

「『四葉十六夜』という男は、私たちの友達で、恩人で、私の義弟です。大切な存在なんです。奪わせはしません。何よりも、私たちのために」

 

 司波深雪の宣言は、それまでの総括であった。

 友情、人情、キョウダイ愛、友愛、etc.

 これだけ、『四葉十六夜』を思う気持ちが揃っている。

 そんな存在の窮状に、立ち上がらない訳がないのだ。

 

 (ファン)は、拍手をしていた。

 これ見よがしに『掌印』も解いて、両の平を打ち鳴らしている。

 嘲りではない。心からの称賛だ。

 

「見事な覚悟。君たちは一角の英傑だ。だからこそ、その身で味わうと良い。君たちが英傑となれた武器、『魔法』は、誰によって与えられたのかを」

 

 『英雄』、(ファン)は覚悟を問う。

 一角の英傑である程、その苦難は熾烈であるのだと。

 

 覚悟する時間を数秒与えてから、(ファン)はまた『掌印』を組み直す。

 

「行くぞ、少年少女―――」

 

 (ファン)は、少年少女の苦難は、少年少女に迫る。

 その瞬間だ。

 

「なっ、にっ!?」

 

 (ファン)が踏みしめようとした大地が、局所的に割れたのだった。




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 次回の更新は、8月31日の予定です。
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