魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百六十六話 アラームが鳴る

「なっ、にっ!?」

 

 (ファン)が踏みしめようとした第一歩。スポーツだろうと武術だろうと大事なその踏み込みは、局所的な地割れによって空を切る。

 もう1段あると思って足を下ろそうとした階段のようなモノであり、着地する場がないのだからそれ以上となる。

 

 (ファン)はバランスを崩し、地面へと倒れこむ最中、条件反射的に両の掌を地面に着いた。

 『掌印』が、崩れたのだ。

 

 一体、何がどうしてこんな所に局所的地割れが起こったのか。

 (ファン)は多く持つ情報から推測、達也はその眼で観測する。

 

((地下深くの地下水源!そこの水を操ったのか!))

 

 『領域展開』の範囲外。地下深くの水を操り、変形させた。以て、(ファン)の足元でだけ地割れが起こるように、地盤を崩したのだ。

 そんな遠距離に魔法を作用させ、そこまで事象の波及を計算できるのは、この世界広しと言えど、1人しか居ない。

 

((五輪澪!))

 

 (ファン)と達也の結論は、一致せざるを得なかった。

 ここまでの事を仕出かせるのは、水流制御の頂点、『深淵』の使い手たる五輪澪しか居ない。

 実際、達也は魔法の痕跡を辿り、遥か遠方で五輪澪がこの場を覗き見ていると観測した。

 五輪澪の恐るべき部分は、視認できるはずがない地下水源を、自身の射程圏内に収めてしまう、その特殊な観測能力だろう。

 故に、彼女は最大射程数十キロに及ぶ『深淵』の使い手なのだが。

 

「今だ!」

 

「遅い!『領域展開』!」

 

 達也が合図をするも、(ファン)の再展開が早い。

 残念ながら、達也の『分解』も、トリガーがただ押し込まれるだけだ。

 

 達也すら、この場において最強の魔法力を持つ者すら突破できない『領域展開』。

 (ファン)も絶対の自信を持つ、切り札の1つだけある。

 だから、(ファン)は油断していた。

 

(チィ)っ、『哮天犬(シャオビェンチェン)』!」

 

 そんな(ファン)の右手を、黒い狼が食いちぎる。

 『掌印』が一時的に組めなくなった。ただそれも、再生するまでの間だ。

 

「畳みかけろ!」

 

 達也はその隙を容赦なく狙い、『分解』で(ファン)の左手を消し飛ばした。

 回復される前に、畳みかける。

 

 エリカが切り掛かる。

 レオが殴りに掛かる。

 幹比古が『土遁陥穽』で足場を崩す。

 泉美と香澄が『ナイトロゲン・ストーム』で酸欠を狙う。

 ほのかが光波振動系で目くらましをする。

 美月はただ十六夜を引き止め続ける。

 深雪が(ファン)を直接凍結させに掛かる。

 澪が遠方からウォーターカッターを飛ばしてくる。

 周妃が『哮天犬(シャオビェンチェン)』を何度も食いつかせる。

 

 3回に1回、掠るかどうかの攻防。

 達也の『分解』も、深雪による凍結も、(ファン)の『グラム・デモリッション』で何度も無効化されている。

 ただ、徐々にであるが、確かに削れている。『掌印』も間に合っていない。

 

「煩わしい!」

 

 (ファン)の怒声が、突風、否、激しいサイオン波と共に放たれた。

 今度は『領域干渉』、そしてその縁に障壁魔法を行使したのだ。

 魔法の干渉力、その勝負となるが、この勝負もやはり(ファン)に軍配が上がる。

 

「周公瑾!その身に20世紀以前の神秘を内包し、『領域展開』のルールを潜り抜けたのは称賛する!君たちも、『魔法』は素晴らしい!でも、それらは全部封じた!『魔法』がなければ君たちは『超人』に敵わな―――」

 

 武器を奪った。そのはずだった。

 一定範囲はもう純然たる身体能力がものを言う、『超人』の独壇場だ。

 戦意がある『超人』は、自分だけ。

 そんな思い込みで、(ファン)は足を掬われる。

 

 『超人』は、十六夜と(ファン)、だけではない。

 

 (ファン)の背後で、水波が拳を振りかぶっていた。

 そう。彼女も『超人』、『再起術(ヅァイチィシゥ)』で後天的・人為的に至った者だ。

 彼女が息を潜めていたから、(ファン)は今の今まで、彼女も『超人』である事を忘れていた。

 

 しかし、『超人』としての格が違う。

 死角から攻撃のはずなのだが、(ファン)は僅かな風の動きを肌に感じ、反射的に体を動かしていた。

 水波の拳は、(ファン)の掌で受け止められる。

 

「嘗めるな!俺は死地を生き延びてきた戦士―――」

 

 意識外からの攻撃で、障壁魔法が綻んでいた。

 故に、もう1人の『超人』、五輪澪がかっ飛んでくる。

 水流を弾薬とし、己が体を弾丸とし、遥か遠くの建物、その屋上からカンフー・キックのような体勢で、(ファン)の顎を撃ち抜いたのだ。

 着地点に水のクッションを作り、そのクッションを盛大に爆散させながらも、どうにか転がって衝撃を逃して、傷を掠り傷だけに留めている。

 

 (ファン)の方は、首から嫌な音を鳴らしていて、ゆっくりと倒れ伏していった。

 

「十六夜様っ、ご無事ですか!?サプライズで家凸しようとしたら、ご自宅を広範囲で見た事ないオーラが包んでいて、魔法が使えなくて、双眼鏡で見たら何か戦ってらして!」

 

「五輪澪さんですね。ご助力、ありがとうございます」

 

「あら、達也さんね。いつも弟さんにはお世話になっております」

 

「こちらこそ。弟が世話になっております」

 

「ねぇ達也君。今ご挨拶している場合?」

 

 何か唐突に登場した五輪澪が達也と落ち着いた挨拶を交わしているので、エリカはついツッコんでしまった。

 

 実際、そんな場合ではないのだ。

 

「ははっ!やられた、やられた」

 

 首が折れたはずの(ファン)が、笑っていた。

 ただし、まだ倒れ伏している。

 

「もう回復してっ!?」

 

「ああ。首の骨と脳の損傷は治った。が、脳震盪だね。体に力が入らないや」

 

 水波が驚愕の声を上げるも、(ファン)に立ち上がる様子はなかった。

 言葉どおりで、思わぬ敗北に痛感して、少し恥ずかしそうに笑っている。

 

「とりあえず。この第一ラウンドは君たちの勝ちだ。『英雄』、最強の『魔物』。そんな風に自惚れてたみたいで、実はただの、戦場を忘れた老兵だったようだ」

 

 己の中に自惚れがあった。

 だから、多勢に無勢な状況へ突っ込んだ。『魔法』を封じれば楽勝だろうと、高を括って。

 見事、足を掬われたのが現状だ。

 (ファン)は自虐で嘲り、自省する。

 

「しかし、残念だな。事を荒立てたくなかった。と言うよりは、隠密に徹したかった。あるいは、人知れず事を済ませたかった、と言うべきか」

 

「……、何を言っている」

 

「ここからは、抗争になる、という事だよ」

 

 何か、心の底から残念がっている(ファン)。達也がその様子・言動を訝しめば、(ファン)は捨て台詞を残した。

 

 (ファン)の横たわっていた地面が急激に隆起し、(ファン)を空中へと弾き飛ばした。

 かと思えば、その地面からバケモノが現れる。

 細長く、しかし全体が巨大で、先端が割ければ、そこに牙が並ぶ、バケモノ。

 フィクションにおいて、サンド・ワームとよく呼ばれるだろうその『魔物』が、(ファン)を丸飲みにする。

 

〈気を付けろ。彼女の(もと)に集った者たちは、俺含めて総じて死にたがりだ。きっと、嬉々として君たちと敵対し、死に物狂いで襲い掛かってくる〉

 

 『テレパシー』が飛ぶ。

 それは間違いなく(ファン)のモノで、達也たちに警告していた。

 

〈『名もなき少年兵』。この戦いは、俺たちが滅ぶか、君が俺たちに降るかまで終わらない。君を想って必死に抗う者たちは、それまで傷付き続ける〉

 

 それは忠告で、ある種、降伏勧告だった。

 

〈選べ。仲間たちとの絆で魔王に抗うのか。己可愛さに魔王へ降るのか。あるいは、こう言い換えよう―――仲間たちの亡骸を積み上げるのか。一人修羅の道を行くのか〉

 

 諦めないのか、諦めるのか。その思いで、仲間を犠牲にするのか、己を犠牲にするのか。

 (ファン)は●●へ、無情にもそんな選択肢を突き付けた。

 時間制限がある。時間切れとなれば、仲間たちの亡骸を積み重ねた上で、人類が滅ぶ。

 

〈決断は、犠牲が少ないうちに頼むよ。―――それでは、また会おう。少年少女たち〉

 

 サンド・ワームは地面へと引っ込み、地響きと共に遠ざかっていく。

 (ファン)は撤退したのだ。次はもっと戦力を率いるために。

 

 達也は敵の撤退を見届ける。

 達也は直感していたのだ。敵は、サンド・ワームだけではない。絶対に殿(しんがり)が居て、追撃すれば先程の比ではない戦いが起こる。

 達也は自身らの準備不足を勘定し、追撃を止めたのである。

 

 達也は振り返る。

 十六夜は、立ち尽くしたままだ。俯いている。目は開かれているが、達也からして、その目が何かを映しているようには見えない。

 

「十六夜、敵は追い払った。もう大丈夫だ。お前は何も心配しなくて良い」

 

「そうだぜ、十六夜。あの野郎が前世を暴露したって、真面にとり合う奴は居ねぇよ。居たとしても、俺たちが傍に居るぜ?」

 

「しっかりしなさいよ、十六夜君。前世だか贖罪だか知らないけど、こっちはアンタからの恩が積み重なって、返すのが大変なんだから」

 

「十六夜、敵の言う事なんて気にしなくて良い。君の前世を聞いて何か言ってくるかもしれない周りも、だ。僕たちが居る。僕たちは君の味方だ」

 

 達也、レオ、エリカ、幹比古は励ましの声を掛けた。

 深雪、ほのか、美月も、微笑みを携えて、優しく十六夜を囲っている。

 周妃と水波も、そこに居るのが当たり前のように、人垣の後方で静かに控えている。

 

 友情がある。友愛がある。

 『四葉十六夜』に対しての。

 

「―――疲れた」

 

 それが、ここに来ての、●●の第一声である。

 

「ごめん、みんな……。今日は疲れた……。少し、休ませてくれ……」

 

 彼は人垣を擦り抜け、周りも道を開け、彼の足が彼の自宅へとゆっくり吸い込まれていく。

 誰の顔も見る事なく。玄関で固まっていたリーナ、真由美、雫、真夜にも見向きもせず、彼は扉を閉めた。

 

 達也たちは、仕方ないと、暗い表情を浮かべても、暖かく彼を許す。

 

「1人にしてあげた方が良いですよね?言葉どおり、疲れているでしょうし。私たちが傍に居たら、より考えさせちゃうでしょうし」

 

「そうだな」

 

 ほのかの、十六夜を慮って示した道筋に、達也は乗っかって、そして友人たちもそれに倣う。

 解散しようとする。雫たちを除いて。

 

「ごめん。私は残る」

 

 解散しようとしない者たちの思いを、意図せず代表したのは雫だった。

 

「雫?」

 

「彼を今、色んな意味で独りにしたくない。もちろん、ほのかたちもそういう意味で彼を1人にしようとした訳じゃないだろうけど」

 

 ほのかたち友人グループと、雫たち嫁グループで、区切りが付く。

 真夜ももちろん、嫁グループ側だ。

 

「……。雫。リーナも、真由美先輩も。先程の戦闘で、一切加勢しませんでしたね」

 

 達也はあえて、言葉を悪くして、指摘した。

 雫も、リーナも、真由美も、真夜も、動かなかった。

 自分たちが戦っている横で。

 それはいったい、どういう思惑があるのか。

 

「ごめんなさい……。ワタシは、分からなかったの。どうすれば良いのか……。今のサキーしか知らない状態で、今のサキーを中心にして、サキーを受け入れて良いのか」

 

「……どういう事だ?」

 

 リーナの言葉に、達也は視点が違う事に気付いた。

 そして、違和感と言うか、悪寒を覚える。

 

 俺たちは、『名もなき少年兵』をどう受け入れようとした?

 それは、『名もなき少年兵』が求めている対応か?

 

「私も、リーナさんと同じだと思うの……。私は十六夜くんの事を、いえ、彼の事を、全て知りたいと思った。何だったら、敵対してきた彼から、教えてほしかったの。それが、本当に正当な手段化も分からずに」

 

 真由美は、リーナと同じ視点だ。

 『名もなき少年兵』を、『四葉十六夜』として受け入れるべきか、迷った。

 叶うならば自分たちは、自分たちが今知る彼ではなく、前世の彼から受け入れるべきではないのか。

 そのためには、前世の彼を知る必要がある。

 それを知っていて、なおかつ明かそうとしていたのは、敵対してきたあの男。真由美たちは名前を聞きそびれたあの男、(ファン)だ。

 でも、『名もなき少年兵』の前世を、そんな第三者から聞くべきだろうか。それは、正当な手段だろうか。『名もなき少年兵』を最も傷付ける行いではないか。最早傷付ける道しかないとしても、本当にそれは選択して良い道なのか。

 

 そんな迷いがあったのは、真夜も同じである。

 

「まるで、悪魔の誘惑を受けているようでした。十六夜の、彼の秘密を容易く知る手段があると、唆されているようでした。私は、その誘いに乗るかどうか迷って、動けなくなってしまったの」

 

 (ファン)から『名もなき少年兵』の秘密を聞く事。

 それは最も悪手だと、直感が囁いていた。

 でも、一番楽な道だ。どう足掻いたって、どう説得したって、『名もなき少年兵』の口から彼の前世を訊き出せる訳はない。

 だからつい、誘惑に乗りたくなった。でもどうにかその誘惑に抗った結果が、不動である。

 

「私は、彼の口から聞きたい」

 

 雫だけは、意志が固かった。

 では、何故彼女は、誘惑に抵抗していた真夜たちと同じく不動だったのか。

 

「私は、彼を傷付けてでも彼に寄り添いたい。彼に嫌われてでも、彼に愛している事をぶつけたい。だから、彼が弱るのを待ってた」

 

 そこには強かで、同時に非情な乙女が居た。

 雫は、『名もなき少年兵』の厚く硬い鎧を剥がすために、あえて苦難を与えていたのだ。

 

 達也たちもさすがに引く。

 でも、達也たちは、自分たちと彼女たちの違いを悟った。

 

 自分たちは、壁の前で立ち止まった。此処で良いと思ってしまった。

 彼女たちは、壁に手を掛けた。此処ではダメだと思っていた。

 

 区切りが付く。

 自分たちは、そちら側に立てない。

 

「……。ご当主様、雫、真由美先輩、リーナ。……、アイツを、頼みます」

 

 達也は、断腸の思いで、忸怩たる思いで、真夜たちに託し、頭を下げた。

 兄弟愛しかない自分には、その壁は越えられない。

 友愛や恩義しか抱けなかった自分たちには、その壁は高すぎる。

 

 達也も、深雪も、レオも、幹比古も、エリカも、ほのかも、泉美も、香澄も、水波も。

 そして澪や周妃すら、託した。

 

 達也たちは、『名もなき少年兵』の(もと)を後にする。

 乙女たちが、彼の(もと)に集う。

 周妃だけは彼女らの松明持ちとして、付き従う。

 

「……、十六夜」

 

 真夜を先頭にして行く一団。

 真夜はなんと呼び掛けるか迷った挙句、ただその名を呼んだ。

 

 誰も居ない玄関・廊下には、その声が無情に響く。

 

「……もう、寝室で横になっちゃった?」

 

「……。いえ、寝室には居ません。―――っ!地下だっ、大人(ターレン)は地下です!」

 

 リーナは楽観的に捉えていたが、周妃が最悪を想像して『太極図(タイチィトウ)』で所在を探れば、彼のプシオンは地下、あの隠し訓練場にあった。

 そのプシオンが、()()()()()()()()()()()()

 

 周妃の危機感は、確かに周りに伝播する。

 

「地下!?地下って何処!?」

 

「こっちよ!この家の設計には私も関わっているので知っています!」

 

 リーナたちに先を示すように、真夜は書斎へと走った。

 

 全員が付いて行き、書斎を開け放つ。

 

 地下への入り口は、閉じている。

 

「開け方!十六夜くんに教わって――――前と違う!?」

 

 真由美が入り口を開けるため、以前彼がやっているように本を所定の位置に動かしたが、鍵は作動しなかった。

 彼は、用心深いのだ。

 

「リーナ!扉ぶっ壊して!位置は此処!」

 

「了解!」

 

 雫が音波振動系でソナーして入り口の位置を割り出し、リーナは指し示された本棚を単純な加重系で打ち抜いた。

 紙片や木片が散乱するが気にしない。

 

 空いた穴を皆潜り抜けていく。

 

 階段を駆け降りる。

 

 そうして、見てしまうのだ。

 

 ウッドメタルで成形した鎖の輪っかで―――

 

―――首を吊っている彼を。

 

 彼の名を叫ぶ音が、重なった。

 

◇◇◇

 

「さて……、彼女に連絡しないとな……」

 

 サンド・ワームの中。(ファン)は億劫な様子で、懐に手を入れ、目的の物を取り出す。

 それは、ガラパゴスケータイ、ガラケーと呼ばれていた21世紀初頭の携帯電話。モニターとテンキーを分けて2つ折りに収めたそれを、『魔物』にしたモノだった。

 そう。()()()

 

 (ファン)が自身の目の前に取り出したそのガラケー『魔物』は、達也たちとの戦闘で原形を留めていない。

 

「……。良かった、これで本拠地に着くまで報告しないで済―――」

 

 やりたくない事を先送りにできる喜びを噛みしめていた(ファン)だったが、そんな彼のガラケーが元気に着信音を鳴らして彼の幸福に水を差す。

 

 表記してある通り、このガラケーは『魔物』だ。

 このガラケー魔物はガラケー魔物同士でしか通信できない代わり、現代科学ではもちろん、『魔物』の有識者でも傍受できない優れ物だ。

 おまけに壊れても直る。契約者の生命力を吸って。

 

 (ファン)の目の前には、元通りになったガラケーがあった。

 発信者が、(ファン)の言う『彼女』である事も示している。

 

「……。はい、こちら(ファン)千夜(シェンイェ)

 

〈言い分を聞きましょう〉

 

 電話から聞こえるのは、子供と大人の中間といった感じの女声だ。

 声の主である女性は、単刀直入に、(ファン)がミスした原因を詮索している。

 その声は、聞く者に寒気を感じさせるモノで、女性の怒りを端的に表しているのだ。

 

「ブランクがあったせいで負けたよ」

 

〈ふざけないでもらえる?貴方のミス1つが、私の手下を何人殺したと思ってるの?死にたがりを集めるのも簡単じゃないのよ?〉

 

「心臓1つと、脳1つと、首の骨1本だから……。5人くらいかな?」

 

〈50人よ。貴方の重要器官がそんなに安いとでも?貴方はとびっきり燃費が悪いのよ?〉

 

 (ファン)千夜(シェンイェ)は強力な反面、酷く燃費が悪い。彼の損傷を回復させるのに、人間の生命力が容易く吸い尽くされる。

 致命傷の回復となると、生命力はなおさら大量に消費されるのだ。

 

「そんな劣悪燃費を好き好んで使っているのは、君たちの方だろう?」

 

〈―――死にたいの?〉

 

「死んでるけ、ど……―――」

 

 (ファン)千夜(シェンイェ)は言葉の途中で、生命活動が止まった。

 屍がただそこに在る。

 少しして、また屍は『魔物』として動き出す。

 (ファン)千夜(シェンイェ)の生殺与奪を握っていると、女性は突き付けたのだ。

 彼女の一存で、数多居る契約者との契約を切る事ができる。結び直すのも自在だ。

 彼女の意志1つで、(ファン)千夜(シェンイェ)は屍にも『魔物』にもなる。

 

〈分かっている?貴方は私の道具。私の出した指令を実行するだけの機械なの〉

 

「……やれやれ、今代の『聖女』はとんだ我がまま娘だ」

 

 女性の弁に、(ファン)は呆れていた。

 

 今更記すまでもないだろうが、この女性こそが、(ファン)を『魔物』として使役するこの人物こそが、今代『聖女』だ。

 連綿と悲劇の記憶を継承してきた女性だ。

 

〈それで?今代『英雄』の前世を知る事ができれば後はイージー・ゲームとか言っていたけど。結局どうなの?まさか、実はイージー・ゲームじゃなかったとか、それどころかそもそも知れてないとか、言わないでしょうね。私の手下を浪費しといて。独断で突っ走っておいて〉

 

「ああ……。それなんだけどさ……」

 

 女性、今代『聖女』に突っつかれ、(ファン)は歯切れを悪くさせた。

 (ファン)にとって、色々報告しづらかった原因の1つがそれなのだ。

 

〈言い訳くらい言いなさい。罵ってあげるから〉

 

「『■して』」

 

〈……ノイズが入ってよく、……ノイズ?〉

 

 今代『聖女』は罵りの言葉を100は考えていたが、その不可解の事象に、言葉を詰まらせた。

 

 この電話は『魔物』によるモノだ。通常の電話と違い、ノイズが入る事はない。不調を表すとしたら、ただ通信が切れるだけだ。

 

 では、そのノイズは何なのか。

 

「『■して』、なんだそうだが。やっぱり聞き取れない、いや、解読できないか」

 

 そのノイズは、解読できない言葉だったのだ。

 

〈……いったいどういう事?〉

 

「暗号化されたデータ、と言うよりは、高度圧縮されたデータ、の方が近いか。あ、でも、翻訳できないようにプロテクトされてるとなると、前者の例えも間違いではないか」

 

〈分かるように言いなさい〉

 

「彼の前世を俺は知る事が出来たが、それは他人に理解できるような翻訳が出来ないんだ。つまりは、彼の前世を広めて脅す事は出来ないって事だな」

 

 今代『聖女』は抽象的な物言いに眉根を寄せてシワを作り、(ファン)に解説を頼んだのだが、残念ながらそのシワは浅くなるどころか深くなる。

 

〈……何故、そんな事に?〉

 

「今代『英雄』が高次の存在故に、その前世も高次データとなっている。または、誰かが読み取りを防いでいる。あるいは両方だな」

 

〈……。つまり、今代『英雄』の前世をダシにして脅す、という事は出来ない訳ね〉

 

「そういう事」

 

 今代『聖女』が完璧な理解を諦めて、雑な要約を鵜呑みにすれば、(ファン)は小さく鼻で笑って頷いた。

 そこは重要じゃないと、どちらも分かっているのだ。

 

「でも、安心してほしい。脅す案はなくなったが、彼は自分から俺たちの(もと)に来る」

 

〈……、どうして?〉

 

「彼は一人修羅の道を行くタイプの人間だからだよ」

 

 (ファン)は●●の前世を読み取ったからこそ、●●の人物像を把握していた。

 あれは、自分の味方を巻き込んで死ぬくらいなら、1人で死ぬ男だ、と。

 そう把握しているからこそ、そう呟く(ファン)は、●●に対する哀れみで満ちている。

 

「とにかく。迎撃準備だな。死を覚悟した『リライター』程、怖いモノはないよ」

 

〈……、先が読めているなら貴方に任せましょう。今度は上手くやってくれるのでしょう?歴戦の戦士様?〉

 

「もちろんです。プロですから」

 

 (ファン)は今代『聖女』の皮肉を、お茶目にあしらって見せた。

 フラグだ、とか、言ってはいけない。

 

「それでは。優雅にお待ちください。极夜(ヂィーイェ)お嬢様」

 

 (ファン)は最後までお茶目に通話を締めた。

 

 奇しくも、极夜(ヂィーイェ)、『夜』が刻まれた、今代『聖女』の名を呼んで。




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 次回の更新は、9月7日の予定です。
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