2097年9月18日
「人体に一切の負傷はありません。脳も、パラサイト憑依者特有のニューロン構造以外、異常な部分はありません。体は至って健康です」
初老の男性医師が、患者の眠るベッドを囲む者たちへ、説明していた。
「改めて明言いたしますが。この昏睡は、心因性のモノでしょう」
「……」
医師があえて現実を突き付ければ、ベッドを囲んでいた者たち、真夜、雫、真由美、リーナは揃って安堵とも落胆とも取れない沈黙を作っていた。
ベッドの患者、●●、『四葉十六夜』は眠りから起きる事なく、施しようもない。
それが、十六夜が首を吊ってから3日間の状態である。
早期発見だったため、首吊りによるダメージは後遺症なく回復している。
でも、この3日間、彼は死んだように眠っている。
●●は、どうしようもない現実、自身の望まぬバッド・エンドに、目を閉ざしたのだ。
彼はもう、誰の言葉も思いも、現実も空想も、受容する気がないのだ。
居たたまれない雰囲気に、医師は心電計や点滴の確認だけして、無言でこの場を後にする。
残った乙女たちは、沈鬱とした雰囲気を守ってしまっていた。
こうなる前に、もっとできる事があったのではないか。
もっと彼の事を、本気で知るべきではなかったのか。
下手に彼の機嫌を慮りすぎ、臆病にはなっていなかったか。
酷く面白い話、彼と彼女らは1つの思いに帰結するのだ。
彼/彼女に、嫌われたくなかった、と。
雫ですら、やはりそこに箍があったのだ。
『彼に嫌われてでも』と言葉にできても、理性は決心が付いていても、心がまだ付いてきていなかったのである。
無理もない話だ。『彼に嫌われてでも』というのは最終手段で、ここまでの急展開がなかったら、取らなくて良いリスクだったのだから。
ただもう、リスクだの何だの言ってる場合ではない。
「―――真夜さん、聞きたい事があります」
一番最初に沈黙を破るのは、やはり雫だった。
その顔も、決心が付いた表情をしている。
心ももう、付いてきた。
皆、雫の意志に、顔を引き上げられる。
まだ、心までは引き上げられていないので、表情は暗いままだ。
「十六夜さんが嘘を吐いていると見抜いたあの時、知ってる情報と違うからと、言っていました。あの時はどういう情報を知っていて、どうやって知り得たのか、教えてもらえませんでしたが。叶うなら、この場で聞かせてください」
月に超々高性能シミュレーターがあると十六夜から打ち明けられたあの日。
嘘を吐いている事がプシオンから感知できるリーナを差し置き、真夜は十六夜の嘘に気付いていた。
嘘を吐かれた瞬間は、その衝撃告白で騙されていたが、冷静になった真夜は自身が持つ情報との齟齬に気付いたのである。
でも、その時、周りにはその詳細を伏せたのだ。
雫は問った。
●●の核心に迫るため、少しでも情報を欲している。
「……私は、この子の前世と思しき夢を、見た事があります」
真夜は観念、というより、彼女も縋る思いで、皆に情報を渡す。
聞かされた皆は、目を見開く。
自分たちと違って、真夜は彼の前世に辿り着いていたのか、と。
「男性が1人、自室で首吊り自殺する直前から始まる夢。私はその夢で自由に動けたの。男性の自殺は、男性に触れる事・干渉する事が出来なくて、止められないけど」
真夜の表情が、より一層曇る。
自殺の瞬間を思い出し、それを止められない無力感を再度味わったのだ。
でも、苦汁を呑み込み、真夜は進む。
「男性の本棚には、多くの小説がありました。それこそ、十六夜が集めているのと同じ物もあったわ。そして、その中に、1つのシリーズがあった。タイトルは、『魔法科高校の劣等生』」
「サキーが前世で読んでた本!」
真夜が語る、十六夜の前世である事を証明し得る物。リーナはそう悟ったからこそ反応した。
真夜も、同感である事を頷いて示す。
「その男性が、私は十六夜の前世である事を察していた。でも、ずっと明かす事が出来なかった……。だって、その小説の中には、『四葉十六夜』なんてキャラクターは、存在しないんですもの……」
「十六夜くんが……」
「存在しない……?」
今まで考えもしなかった事に、真由美と雫は頭を打たれた。
『四葉十六夜』は、●●は、本当なら存在しなかった。
『四葉十六夜』として自分たちと関わる事がなくても、それ以外の人物として関わる、最悪でも世界には実在する。
そんな、ある種、自分たちに都合の良い勘違いをしていたのだ。
本当なら、そんな人間は存在しない。
学生生活に1つの彩を添えてくれた者が、存在しない。
自分たちを、色んな意味で救ってくれた人間が居ない。
自分たちは、愛も恋も、知る事はない。
「真夜さんは、彼が、『四葉十六夜』という自分の息子が居なくなる事を、恐れてたんですね」
「……ええ」
雫の鋭い指摘は、真夜の心に突き刺さっていた。
何より心に来るのは、『四葉十六夜』が居なかった場合の、自身の行動である。
「その小説には、『四葉十六夜』が居なかった場合の私が描写されていました……。私は息子という存在を得られないまま、生殖機能が壊れてしまっている事、子供を得る可能性が取り除かれている事を深く恨み、世界への復讐を考えていました……」
最悪な部分が、途中までは、この現実でも実行してしまっている事である。
「私は、達也さんを、世界を滅ぼすトリガーとして形作りました」
「……、ちょっと待って?それは、本の中での話よね?」
「達也さんが生まれたのはいつだと思っているの。私の復讐は、18年前から始まっているのよ……」
真夜の不発弾を、リーナによって掘り起こされた。
皆、唖然とする。
「『四葉十六夜』が、彼が私の所に転がり込んできたのは、沖縄海戦の時。つまりは5年前。私はそれ以前の13年間、復讐計画を進めていた」
「達也くんが、世界を滅ぼすトリガー……?そ、それって、その、私の邪推じゃなければ、トリガーを引くのは……」
「深雪さんです。正確には、彼女の死が、達也さんの激怒を引き起こすよう、調整してきました。達也さんが極度のシスコンになったのは偶然だったけど、深雪さんを達也さんの婚約者にできたのは、色々な仕込みがあったからこそよ?」
真由美は正確すぎる予想をしていたため、真夜は思考を遮るように、その予想に丸を付けた。
達也の情動が弄られている事や、深雪が調整体である事まで、予想されないように。
「その夢は、どうやって見ましたか」
雫にとって、真夜の暗躍は、衝撃的ではあったが、どうでも良かった。
重要なのは、彼の夢を、どうやって見たか。
どうすれば、自分たちは彼の前世を深く知れるのか。
「…………彼が寝ている横で、一緒に寝る事です」
「……」
「……」
「……え?何?何か変なポイントがあったの?」
思案の末、真夜から吐かれたある事実に、雫はジト目になり、真由美は唖然とし、リーナだけがその事実が分からず慌てていた。
そう。彼が寝ている横で寝るという事は、添い寝した、という事である。名目上は実の親子が。
しかも、その夢を見る条件が絞れているという事は、類似条件を積み重ねている、つまり何度も添い寝した事を意味している。名目上の親子が。
「……あ」
「真由美先輩。素直に詳しく説明してください。私は今、冷静さを欠こうとしてます」
真由美が唐突に上げたその声。雫は完全にその意味を理解し、怒りの形相を通り越して無表情になっていた。
こいつも、私を差し置いて添い寝してやがった、と。
「ち、違う、違うの!添い寝ではないの!気絶した彼の看病で
「2回も……。私はまだ1度もしてないのに……」
「違うの!」
真由美は朱が差し始めていたところ、さらに雫から彼の傍で寝た事実だけを抽出するという追撃をもらい、完全に真っ赤になっていた。
「貴女も、彼の前世を見たの?」
助け船、兼、純粋な興味で、真夜は訊ねた。
彼の前世を見ているなら、今までの反応に違和感があるのだ。
特に、
前世を知っていたなら、むしろ口を噤んでいたはずだ。真夜自身のように。
「わ、私が見たのは、彼の少年兵時代と……。いえ、もう1つは、多分私の妄想です。十六夜くんが、私とだけ将来を誓い合って……。そうして、十六夜くんは、世界を守るために死ぬなんて……」
真由美は、己が言葉を発するごとに、俯いた。
幸せの絶頂まで上り詰め、降り落ちるような夢だった。
そして、真由美は思い出したくない。彼が守った世界を、自身が壊す最後なんて。
そこに、雫の手が伸びる。真由美の手に重ねる。
真由美は、不思議に思って顔を上げるのだ。
「……雫さん?」
「そこ、話して。多分、結構重要」
雫には直感があった。
彼が『始まりの魔法師』を名乗る男の襲撃を受けた謎。真由美の夢は、その謎にヒントをもたらしてくれる。
彼を知るには少し脇道に逸れる形となるが。『急がば回れ』。雫の脳裏に、その言葉が過っている。
「……彼は、世界を守ったけど。彼が死ぬ直前、私は、何かに取り憑かれるの。……それで、頭にたくさんの情報が流し込まれて。……その内容は、思い出せないのだけれど。『この世界は、間違ったルートだ』って、その夢の私はずっと思っていた。その思いに従って、私は、……世界を壊してしまった。……次は、彼が幸せなルートに行きたいって」
真由美は、雫に勇気をもらい、とうとうと語る。
「私が取り憑かれた時、彼は、そんな私を指して、『聖女』、と、言っていたわ」
「『聖女』……!?」
「真夜さん……?」
真由美の口から飛び出た既知のワードに、目を見開く真夜。雫は、その真夜の様子を訝しんだ。
真夜は、心の準備が出来ていなかった故の失態に小さく歯噛みし、溜息を吐いてから、皆に向き直る。
「おそらく、その夢に出てきた『聖女』とは、記憶を継承する女性たちの事でしょう」
皆、急な話に懐疑心を抱きながら、耳を傾ける。
「私も、詳しくは聞かされていません。でも、十六夜が、あの子がもしかしたら『聖女』かもしれないと、嫌疑を掛けられていた事がありました。今は、その嫌疑は解かれたけど」
東道青波。十六夜に『聖女』の嫌疑をかけていた、四葉のスポンサー。
だが、東道も、十六夜が『聖女』でない事を、ある時、達也との会話で明かした通り、把握した。
その事を、東道は真夜にも共有している。
十六夜は『聖女』ではない、というのは、東道、達也、真夜の中で共有された情報となっているのだ。
「その方が『聖女』を嫌う理由は1つ。偉大なる、『始まりの魔法師』、『英雄』を巻き込んで自滅したから」
「『始まりの魔法師』を巻き込んで自滅……?待って、『始まりの魔法師』は、1999年にテロ・グループを1人で壊滅させたって……」
「当然、嘘よ。世界は、『始まりの魔法師』、世界に『魔法』という希望をもたらした英雄に敬意を表し、彼が望むとおりの嘘をバラまいた。本当は、彼が纏めていた『魔法』研究グループが派閥争いの末、『始まりの魔法師』が、尻拭いをした。そういう、世に広めるには夢も希望もない話だったの」
為政者は案外、夢物語を見るし、英雄に憧れるものだ。
当時の為政者は、神話のような英雄が実在した事に心を躍らせ、その英雄の献身に報いた。
『魔法』が世界により浸透しやすいように、物語を脚色した。
その事実を知る者たちは、もう表舞台から去っている。
残っているのは、社会の裏側で、まるで『フィクサー』のように糸を引くだけの者たちだ。
誰も、真実を大々的に公表しようなんて奴は、存在しない。
「え?あの、ちょっと、色々待って?あ、あの人、彼を襲ったあの男性。あの方、自分を『始まりの魔法師』と言ってなかったかしら……?」
大量の情報でこんがらがる中、真由美は1つ、点と点が繋がっている箇所を見つけてしまった。本人としても、信じられない事柄で、周りに否定してもらいたがっているくらいだ。
「『魔物』とも言っていたわね、あの方。十六夜から聞いています。命のない物に命を吹き込む技術、『魔物』という技術があると。『始まりの魔法師』、その死体をその技術で復活させたのでしょう」
真夜が情報を整理した。
でも、真由美とリーナは混乱が解けない。お目目グルグルだ。
「つまり、十六夜さんの、彼の敵は……『始まりの魔法師』と、『聖女』って事?」
「むしろ、『始まりの魔法師』と言われて納得なんじゃないかしら。あの強さ、私たちのスケールを超えた『魔法』。『始まりの魔法師』という経歴なら、おかしくない」
雫が整理された情報を更に単純化して、真夜はそれを裏付ける状況証拠を提示した。
この場に居る皆、納得する。
少なくとも、襲ってきた男性は、『始まりの魔法師』。可能性として、奥に『聖女』と呼ばれる存在が控えている。
「敵は『始まりの魔法師』と『聖女』で、敵の目的はサキーの強奪。その意図は、超々高性能シミュレーターの入手、ね。なんでシミュレーターを欲しているかは分からないけど、分かったわ」
状況が凄くシンプルになった事で、ようやくリーナは脳内の整理が付いた。
これで、話が先に進む。
「じゃあ、話はサキーの前世に戻しましょう?添い寝すれば見れるのよね?……みんな、どうしたの?」
「いえ、なんだか、色々考えすぎてた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて……」
「台詞盗られた気がして……」
「リーナさん?貴女、学業は普通に優秀なのよね?」
「え、ええ!?」
脇道に逸れていた話を戻しただけなのに、向けられる三者三様の苦笑。遠回しに阿呆を疑われていたと察したリーナは、抗議の意志が溢れさせていた。
あえて明文化するが、リーナは決して頭が悪い訳ではない。軍人にするべく与えられた英才教育の賜物が、今の彼女だ。玉に瑕、とも、言えるかもしれないが。
「で、添い寝すれば良いんですよね」
「ええ」
「ちょっと!?話進めないで!?」
雫と真夜によって、抗議したいリーナがスルーされていく。
「病院のベッドでも、さすがに5人で添い寝するのは難しいと思うんですけど……」
「……床に寝る?」
「貴女は本当に女の子?」
「USNA軍人です」
「……そうだったわね」
真由美の懸念に、リーナの珍回答。真夜が即座に正気を疑えば、リーナから、そういう正気を軍人として改造された人間ですと、自虐を返され、真夜は彼女の正気について疑うのを諦めた。
「マットレスを並べてもらいましょう。それだけの強権は通せます」
「……今度は私たちの正気が医者から疑われそう」
強権を通そうとする真夜に、病院関係者たちの胡乱な目を想像する雫。
真夜は雫のその想像を考えないようにする。
しかして、四葉十六夜の病室は、医者や看護師たちから胡乱な目を向けられながら、マットレスの並ぶ部屋へと改装された。
十六夜も、ベッドのフレームを取っ払い、床に敷いたマットレスの上に寝かされている。身体に一切の問題がないので、病院関係者たちも患者にそんな無体を働く苦汁を呑んだ。
後、目の前の裏のスポンサー(真夜)には逆らえないし。もし患者の健康を害するような事であれば、例え援助を打ち切られても、命を脅かされそうとも、断固拒否していたが。
「……誰が、サキーの脇で寝るの?」
リーナが、戦争の火種をバラまいた。
乙女たちに緊張が走る。
だが、騒いだりはしない。目の前には愛する者が寝ているのだ。どれ程騒いだって、精神的な問題で寝ている者を起こす事はないだろうが、そこは乙女心だ。
愛する人の前で、粗相は起こせない。
「……。じゃん、けん!―――」
突如、雫が握り拳、いな、『グー』の手を掲げた。
不意打ちだ。それでじゃんけん勝負を優位に運ぼうとした、雫の策略である。
でも、嘗めてはいけない。
良くも悪くも、此処に居並ぶ乙女たちは優秀なのだ。
乙女たちは即応する。
『ポン!』
かくして、十六夜の脇は真夜と雫が勝ち取った。
「みなさん、準備は良いかしら」
真夜の音頭に合わせ、皆がそれぞれ眠剤と水を両手に持つ。
眠剤はちゃんと病院が処方した物だ。処方させられた医者は真夜たちの正気を疑うように見ていたが。
「それでは、良き夢を」
『良き夢を』
テンションが変な方向にイっている乙女たちは、不思議な合図と共に眠剤を呷り、水で流し込む。
ちゃんとコップを所定の位置に置く丁寧さを発揮しながら、皆、彼の傍で横になった。
しばらくして、順不同で眠りに入っていく。
乙女たちは、罪深き者の夢を見る。
乙女たちは、同時に目を開いた。
その目に飛び込むのは、畳十畳もなさそうな、アンティークさが滲む一室。
自殺志願者の自室である。
真夜たちは、その部屋のベッド、その上で、座るような姿勢で壁に寄りかかって眠っていた。
さすがに4人が横に寝れる大きさではない故の措置か。
真夜たちは、似たようにその部屋を見回す。
真夜以外は、その初めての光景に、衝撃と懐疑心と好奇心を抱いて。
真夜だけは、何度も見た光景に、不安感を持って。
真夜だけしか気付かない、今までとの差異。
「彼が、居ない……?」
首吊り縄はあれど、首を吊る者が居ない。
彼は、彼の心は、もっと奥に潜んでしまった。
彼女たちは、ここから進まねばならない。
探し出せるはずだ。
●●を、真に愛しているならば。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は、9月14日の予定です。
※「飛由良」様よりファンアートをいただきました。この場を借りて、感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
【挿絵表示】
※すみません、投稿予約時間をミスりました……。