魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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※今回は当社比長めです(11,000字ほど)。ご了承ください。


第百六十八話 夜を籠める

「彼が、居ない……?」

 

 自殺志願者(●●)の夢、その中で、真夜は自殺志願者(●●)が居ない事に気付いた。

 畳十畳もなさそうな、アンティークさが滲む一室。異質さで際立つ首吊り縄があるのに、首を吊る者が居ない。

 

「『彼が居ない』、とは?」

 

「……十六夜の前世、彼自体が、この時点で居るはずなの。私はこの夢で、彼が首を吊るのを見てきたわ?でも、今は、居ない」

 

 首を傾げる真由美に、真夜は今の自身が持ち得る情報を整理して開示していた。

 乙女たちの表情が、引き締まる。

 この夢が初見である真由美たちも、これが通常どおりでない事を理解したのだ。

 

 異変が起こっている。

 

「何にせよ、探るしかない」

 

 雫が逸早く動き出した。

 部屋を見回す。彼に繋がる情報を探そうとしている。

 でもその目は、フィギュアが飾られる棚に縫い留められた。

 そういう趣味に理解のある女性でも、どうしても思うところは出てしまうのだ。意中の相手とすればなおさら。

 

 雫に釣られて、乙女たちもついその棚を凝視してしまう。真夜だけが、気まずそうにしていた。息子の悪い趣味が暴かれた母親の気持ちである。

 

「……彼、本当にぺったんこが好きなんだ」

 

「ちょっと!?トランジスタ・グラマーが好きって言っておいて、そういう女の子が居ないじゃない!」

 

「……良かった、グラマーなフィギュアはある。……飾られてないけど。……というか、ヘアカラーがブロンド寄りね。……金髪、好きなのかしら」

 

 フィギュア棚について、色々言葉にする雫、真由美、リーナ。

 雫は飾られているフィギュアのキャラ外見が幼い傾向にあり、なおかつ貧乳である事を確認する。彼女は胸を撫で下ろした。精神的にも物理的にも。自分のぺったんこを再確認して安堵する意味で。

 真由美は幼い傾向のフィギュアたちが全部ぺったんこで、自身の外見、および本人の発言から乖離している事に慌てていた。彼の言っていた『黄金比』という言葉が頭に過り、自身が彼の好みではないかもしれない可能性に焦りを覚える。

 リーナは箱のままで置かれるフィギュアたちを漁り、自身に身体的特徴が近いフィギュアを見つけ、奇妙な幸福感を抱いていた。自身は、ちゃんと好かれ得る外見をしているのだと。

 

「…………深雪さんのフィギュアもあるわよ」

 

 真夜は気まずさから脱するため、話題を変えるためにそんな重大情報を見せた。

 真夜が取り出したフィギュアの箱、その中に納められる美少女。アニメ調になっていても、彼女たちはその美少女が司波深雪であると分かる。

 

「……なるほど、『魔法科高校の劣等生』。彼が言っていたタイトルどおり」

 

「真夜さんはこれでここが彼の夢だと推測して、合わせて高性能シミュレーターで得た情報じゃないというのも推測できたんですね」

 

「マヤさん、そのライトノベルは何処にあるんです?」

 

「そこの本棚よ」

 

 雫と真由美がフィギュアに色々感じているのを他所に、リーナはライトノベルの確認に移り、真夜がその在処を指差した。

 

 リーナが棚を引き出すタイプの本棚を引き出す。

 ライトノベルがぎっしり詰まっている。

 十六夜の書斎に入った事がある者は、ちょっとした既視感に襲われるだろう。

 

「……十六夜くんの部屋にあったのと同じのがある」

 

「彼が21世紀初頭の本を集めてたのは、そういう事だったのかな?前世の残滓的な」

 

「世界線というか、世界が全く違うのに同じ本があるというのは、少し不思議な気分ね……。深く考えすぎると頭が混乱しそうですけど……」

 

「あった!『魔法科高校の劣等生』!凄いわ!1~23まである!なかなか長編ね」

 

 真由美、雫、真夜が本から色んな考察を深めているのに、リーナは一直線に目当てを探し出すマイペースぶりである。そこまで集中しているとも言える。

 

 真由美、雫、真夜も、リーナに釣られるように、各々『魔法科高校の劣等生』を手に取った。

 真夜は、『四葉十六夜』が居なかった自身の様子に、罪悪感と寂寥感を覚え、ゆっくりとページを捲っている。

 他3人は速読だ。本が日本語という事で、リーナだけ比較的読むのが遅いが、それでも一般より早いペースで内容を理解していく。

 

「……彼、本当に居ないのね」

 

「ちょっと待って!?本のストーリーでもワタシ、エンタープライズの秘密を知っちゃってるんだけど!?これサキーなしでワタシの将来大丈夫!?タツヤだけで本当にどうにか助けてもらえるの!?」

 

「…………私、これ、ほのかのオマケ?……ほのかは達也さんにアタックしてるから比較的スポットが当たって、そのついでに私も日の目を見てる形になっているような」

 

 『四葉十六夜』が、彼が居ない影響を、真由美もリーナも雫も噛みしめた。

 彼という存在が、どれ程自身の救いになっていたか。

 今までも大きいモノだと見積もってはいた。でも、居なかった場合を観測した事により、その見積もりが甘かった事を突き付けられる。

 自分たちは、彼という存在にこれ程まで救われていたのか、と。

 

「……。真夜さん?今更なんですけど、彼の、十六夜くんの前世の名前って、分かってますか?」

 

 真由美は、『彼』だの、『十六夜くん』だの呼ぶ事に、抵抗感を覚えてきた。

 彼に救ってもらっていたというのに、彼をまだ仮初の名前で呼ぶ事が、まるで恩知らずであるように感じてきたのだ。

 

 ただ、それはここに居る乙女たちほぼ全員が同じ思いだ。

 そして、そうである真夜も名前を呼んでいない事が、真由美への返答である。

 

 真夜は、首を振ってから、木製の机に積まれた、紙束を指差した。

 不採用通知だ。本当だったら、名前が書かれていないとおかしい物。

 真由美はそれを見つめる。

 

「……名前の所、塗り潰される」

 

 油性ペンで塗り潰されたようではあるそれ。ただし、真由美が照明で透かそうとしても、潰された文字は輪郭すら拝めない。

 

「私はそれを、彼の自殺願望、いえ、消滅願望を表しているように感じました……。十六夜の『アンキンドルドゥ』、認識も想起も妨害する精神干渉系を、あの子は獲得しているから……」

 

「消滅、願望……」

 

 真夜が悲しげに語る所感に、真由美は共感して悲しみを共鳴させていた。

 彼は、何処までも自己肯定感が低かった。ともすれば、消え去りたいのではと、真由美たちに思わせてしまう程に。

 

「―――よし。再開」

 

 雫は意地でも悲しんでやるかと抗っており、あえてずっと『魔法科高校の劣等生』を読んでいたのも止め、意欲的に探りに掛かる。

 となれば、本命に取り掛かるのも止む無し。

 そして、その本命とは、木製の机にある、鍵付きの棚。

 以前に真夜が、男の性が詰まっているのを目にし、自ら注視を避けた箇所である。

 

「雫さんっ、ちょっとそこは―――」

 

 真夜が雫を咄嗟に止めようとするが、時すでに遅し。

 雫はその棚を全開に引き出していた。

 そうして、男の性が、乙女たちに公開される。

 

 今ここに明示しよう。

 その棚には、女性上位を謳ったAVが2本と、ロリキャラが描かれた成人指定の薄い本が10冊、仕舞ってあるのだ!

 

「こ、これは……、か、彼のしゅ、趣味……?」

 

「…………ねぇ、これって大丈夫?……ジャパンの法に引っ掛からない?……児童ポルノ禁止法、だったかしら」

 

「ふぃ、フィクションだからセーフよ……」

 

 真由美が突き付けられた彼の趣味・性癖に動揺し、リーナが薄い本の絵面に何らかの違法を感じて彼に小さな嫌悪を抱き、真夜は彼を擁護しようとしながらも目を逸らしていた。

 雫だけが、冷静で真面目に見つめている。

 そこに納められた物品ではなく、棚を。

 

 雫は、突然にその棚を掴み、机から引き抜く。

 そうして物品が零れ落ちるのも気にせず、棚をひっくり返したのだ。

 

「し、雫さん!待って!彼はよく二次元の趣味を現実には持ち出さないって言っているわ!あくまでフィクションの趣味趣向なのよ!」

 

「真夜さん、それってAVの方の擁護にはなってないのでは……。ちゃんと実写ですし……」

 

「女性の方から積極的に行為に及んでほしい、というのは、別にアブノーマルではないんじゃない?マゾヒズムの傾向は窺えるけど」

 

「みんな、うるさい」

 

 彼の性的嗜好について色々言い合う真夜、真由美、リーナ。その3人に静観を求め、落とした物品ではなく、棚に目を向けているのが雫である。

 

「みんな、もう分かってるでしょ。彼は、大噓吐きだ」

 

 雫は、棚の底、そこに僅かばかりの隙間がある事を見つける。

 棚をもう1度逆さにして、思い切り振れば、その底板が外れ落ちた。

 でも、棚の底は今だ棚にしっかりくっついている。

 

「二重底!?」

 

「念入りすぎるでしょ……」

 

 二重底だった事に真夜は驚き、リーナは彼のその執念に呆れていた。

 

「……あら?でも、底に何もないわよ?」

 

 棚には、何もない。二重底の下に隠されていると思い込んでいた真由美は、首を傾げるハメになった。

 

「……ここに隠していた物は、別のところに移された?」

 

「……違う。こっちだったんだ」

 

 真夜が肩透かしと推理したところで、雫は落ちた底板を拾い上げ、そのギミックを推測する。

 

 落ちた底板は、かなり薄いが、3層になっている。

 つまりこの底板は、3枚の板を貼り付けた物だ。

 

 雫は、別の棚からカッターとアルミ製定規を見つけ出す。

 層の境目、板を接着しているだろう接着剤をカッターで切り分け、切り分けたところに定規を差し込んで、板同士を引っぺがす。

 

 偽の底板は、隠していた物を露わにする。

 中間層のくり抜かれた所に納められた、アンティークさすら感じさせる、ダイヤ貼りの封筒。

 それが2つ。

 

 封筒にはそれぞれ、内容物を示すようなタイトルが書かれている。

 

「『(さかい)家・家族写真』……」

 

「『『(りょう)』同盟』……?」

 

 真由美とリーナがその封筒を覗き込んでいた。

 どれからその内容物を見るべきか、皆がアイコンタクトする。

 

 視線は家族写真の方に集まった。

 雫は皆の総意として、『堺家・家族写真』と記された封を解く。

 

 やはり、その内容物は、とある一家の家族写真だった。

 5人家族。父母らしき2人、兄姉弟(きょうだい)らしき3人。

 

「……あの敵が言ってた、家族構成と一致する」

 

 リーナが零したその言葉。それはある種、皆の代弁だった。

 皆、薄々察している。

 

 これは、彼の家族写真だ。

 

 それぞれビジネス・カジュアルな装いの、教師であるらしい父母。

 警官服を着た、長男らしい男。

 白衣を纏った、長女らしい女。

 

 父母はともかく、業務中以外着てはいけない服を着込んで、そんなお茶目をそれぞれ発揮している家族に囲まれた、スーツを着て椅子に座る男。

 

 父母が微笑み、兄姉がはにかんでいる中、苦笑しているその男。

 

 皆、薄々察している。

 

 その男こそ―――

 

「……その人が、十六夜の前世です」

 

 唯一、十六夜の前世、その姿を見た事がある真夜が、皆に確信を持たせた。

 真夜の声音、その表情からは、悲しみとも喜びとも、あるいは寂しさとも受け取れないそれだった。

 ただ、何か必死に涙を堪えている事だけは、確かである。

 

「これが、彼……」

 

 真由美は、そしてリーナも雫も、想い人が隠してきた本当の姿を目に焼き付ける。

 皆、それが『四葉十六夜』の前世、彼である事を疑わない。

 だって、その苦笑は、『四葉十六夜』の憂い顔とそっくりなのだ。

 

「じゃあ、こっちは……」

 

 家族写真ともう1個。

 『『亮』同盟』と書かれたその封も、雫は中身も封筒も傷付けぬように、ゆっくり解いた。

 

 中身は、こちらも写真だ。

 趣は、友人たちと撮ったと言わんばかりの、カラフルな文字が飾られている写真。

 その文字は―――

 

「『『亮』、俺たちは永遠に友達だ』……」

 

「『藤井寺(ふじいでら)亮』、『羽曳野(はびきの)亮』……」

 

「『堺』、『亮』……」

 

 リーナも真由美も雫も、その文字で理解する。

 文字どおりなのだ。奇妙にも『亮』という名前被りで揃った3人。まさしく『亮』同盟。

 両脇の藤井寺と羽曳野に満面の笑みで肩を組まれ、また苦笑しているのが堺。

 

「『(さかい)(りょう)』……。それが、彼の名前……」

 

 真夜が言葉にした。

 

 『(さかい)(りょう)』、それが『●●(かれ)』の名前だ。

 

 鍵が、(ひら)く。

 

「何の音!?」

 

「……部屋の扉。さっきまで確認もしてなかったけど。鍵が()いてる」

 

 鍵の開く音、それが何の音だか分からなかったために慌てふためいたのが真由美。部屋の扉が開いていると把握できたのが、軍人教育を受けてきただけあって、音の発生源を特定する技能を持つリーナだ。

 

 リーナは皆に見せるように、ドアノブをしっかり回してみせる。ただし、扉を開ける事はしない。

 

「真夜さん。この外は?」

 

「知らないわ。この部屋に外があるなんて思いもしてなかったもの」

 

 雫が真夜に聞いてみても、そこから先が未知である事を共有されるだけ。

 

 ただ、確認しない、なんて選択肢がない事も、皆に共有される。

 真夜がゆっくりと歩み、そのドアノブに手を掛けたのだから。

 

「―――行きます」

 

 真夜の宣言に、皆が頷く。

 

 扉は開く。

 

 その先は、広いスペース。まるで展示会でもやっていそうなスペースだ。

 どう見ても、個人の私室から繋がっている物としては、不相応である。

 

 真夜たちは、警戒心を持ちながら扉を潜り、そのスペースに入る。

 すぐそこに、受付カウンターがある。

 でも、受付員は居ない。

 置かれた立て看板に、『堺亮追悼式典』と記されているだけだ。

 

「追悼式典……?」

 

「……写真家の個展に見えるけど」

 

 真夜がその文字を訝しむとおり、雫が見ているその先には、大きくプリント・アウトされた上で、額縁に納められている写真がいくつも立ち並んでいた。

 観客まで居て、写真を眺めている様子は、最早本当にただの写真展覧会だ。

 観客の奇妙さを除けば。

 

「み、みんな、お面を付けてるけど……」

 

「だいたいがアニメ調ってやつかしら?日本の(フェスタ)では、ああいうのを売る売店(ブース)がいくつも出るんでしょう?」

 

 観客全員がアニメ調のお面で顔を隠す光景。日本人たる真由美には不気味に、USNA人のリーナには楽し気に映っていた。

 真夜と雫は真由美側である。あからさまには表さないが、不気味に感じている。

 

 そして、雫はより不気味に感じていた。

 彼女は駆け出す。

 

「雫さん!?」

 

 真由美が意図を読めぬのも気にせず、雫は、ある観客1人に走り寄る。

 挙句、その観客の手を掴もうとするが。

 雫の手は、その観客に触れられず、像が重なる。

 

―『たぶらかした』って言うなら、最期までたぶらかせ!最期くらい愛したフリをしろ!

 

「っ!?」

 

 雫は、頭痛に襲われて、思わず手を引っ込めた。

 情報が一気に流し込まれたような、そんな感覚を味わったのだ。

 

「雫さん!何をして―――」

 

 真由美たちが雫の下まで駆け寄って、気付く。

 

「シズクが触ろうとした観客、シズクのお面してるし、シズクにそっくりね……」

 

 リーナの目が、その観客の体つきまで目測した。

 雫とその観客は、体つきがほぼ一緒だ。

 おまけに、雫の顔をアニメ調にしたようなお面を付けている。

 

「……私だけじゃない。……真夜さんも真由美もリーナのも居る」

 

 雫の言葉に、皆弾かれるように周りを確認する。

 そして、見つける。真夜にも真由美にもリーナにも、体つきがほぼ同じで、それぞれのアニメ調お面を付けた観客が。奇妙にも、それぞれ違う題名の写真を眺めているが。

 しかし、遠目で見ても、それらはほぼ同じ、砂山を撮ったような写真である。

 そして、雫に似た観客も、砂山を目の前にし、それを掬おうとした両手が映された写真を眺めている。

 

 題名は、『一方通行だった者の砂塵』。

 

「他にも居る。多分、あの子は四十九院沓子」

 

 雫が指差した先には、確かに四十九院沓子と容姿が良く似た女の子が歩いている。沓子をアニメ調にしたようなお面を付けていて、素顔を見る事は叶わないが。

 それに、四十九院沓子の容姿をしっかり把握しているのは、彼女たちの中では雫しか居ない。

 そして、誰も特定できない観客が、他にも多く歩いている。

 

「写真にも、観客にも、何か意味がある……?」

 

「……それぞれ見て回りましょう。集合は、あの大きな写真の所で良いでしょう」

 

 リーナや皆は、まだ写真と観客に何の意味があるのか、読み取れていない。

 だから、真夜が指揮を執り、それぞれの視点で、少なくとも何か所感を得られるようにと、別行動を提言した。

 皆、一旦奥を見る。一等大きく飾られた写真。この個展のメインだろうそれ。遠目から見て、何か華やかで厳かなのは伝わってくるそれ。

 あれが自分たちが何か得るための決定打となる事を予感して、皆頷く。

 

 皆、別れて写真を眺め始める。

 

 真夜は、自身に似た観客の居る所から。

 タイトル『亡霊だった者の砂塵』。『一方通行だった者の砂塵』と似たように、砂山を目の前にして、それを掬おうとした両手が映された写真。両者の差異は、僅かに映る背景が少し違う事と、両手が別人の者だと窺える事。

 『一方通行だった者の砂塵』に映された両手は、傷のない綺麗な少女の手で。『亡霊だった者の砂塵』に映された両手は、手入れの行き届いた成人女性の手だ。

 

「『亡霊だった者』、ね……。まるで、十六夜の事を言っているみたい……。この両手も、私に似ているかしら……?未来の暗示でもしようとしているの……?」

 

 真夜は、悲し気に、皮肉げに笑った。

 今まさに、暗示された未来に進もうとしている。だが、そうは絶対させないと、嗤ったのだ。

 

「……貴女は、こうなった場合の私、なのかしら」

 

 真夜に似た観客は、そこからずっと動かない。

 真夜は、その観客がここに、郷愁や後悔に囚われているようだと、ふいにそう感じた。

 

 真夜もしばしそこで立ち止まった後、動き出す。自身は前に進む、と。

 

 いくつかの写真を眺める。

 タイトル『勉強』。紙の数学問題集と紙のノートを広げ、とある問題に行き詰ってシャーペンが止まっている様子を、勉強しているその人物の視点から映したような写真。

 タイトル『執筆』。ノートパソコンを目の前にして、物語の文章を書き連ねようとキーボードを叩く様子が、執筆しているその人物の視点から映したような写真。

 タイトル『描画』。ペンタブとデスクトップ画面を前にして、手本用だろう画像データを表示しながら、その模写をする様子を、描画その人物の視点から映したような写真。

 タイトル『授業参観』。21世紀初頭の小学校。机を並べる小学生たちを見守る父母たち。その1人の視点から、今何か発表している小学生男児を見つめる人物の視点から映したような写真。

 

 『授業参観』の前には、1人の成人女性がずっと立ち尽くしている。真夜がここに至る前から、ずっと。

 真夜はその女性が妙に気になって、その女性の顔を覗き込む。

 その女性の付けるお面は一際奇妙で、額に縫い目がある男性のお面を付けていた。その女性の顔をアニメ調にした物では絶対にない事が、窺い知れる。

 

 真夜が知る由はないが、そのお面は、呪術廻戦に登場する『羂索(けんじゃく)夏油(げとう)ボディ)』のお面である。

 

 真夜は色々感じるモノはありつつも、言語化できないまま、メインの写真へ足を進めた。

 

 

 

 雫は、改めて自身に似た観客の居る所から、観察し出す。

 タイトル『一方通行だった者の砂塵』。砂山を目の前にして、それを掬おうとした両手が映された写真。

 雫は、写真の両手と自身の両手が重なって見える。

 自身に似た観客を横目に見て、自身より、その観客の両手の方が、写真に近いのではないかと、感じる。

 

「……彼は、『一方通行』だった?……ねぇ、この世界線の私」

 

 雫は自身に似た観客と一緒に写真を見つめつつ、そう訊ねた。

 その観客は、反抗心でも抱いたかのように、ずっと動かない。

 

 雫はその観客に呆れて、動き出した。自身はそうならない、と。

 

 いくつかの写真を眺める。

 タイトル『柔道』。投げられている瞬間だろう。気迫満ちる対戦相手の背には、建物の天上が見えた。これは、投げられた者の視点から映した写真だ。

 タイトル『テニス』。スマッシュを打たれる瞬間だろう。端に映るスコアボードは、相手のマッチポイント。これは、スマッシュに打ち取られる者の視点から映した写真だ。

 タイトル『ハードル走』。転んだ瞬間だろう。低い視点から、前に居る3人、先頭は勝ちを誇るように両手を高く上げている。これは、ハードルに足を取られて敗北が確定した者の視点から映した写真だ。

 タイトル『励まし』。玄関で靴を脱ぐために座り込んでいる高校男児。靴ひもを解くために座り込んでいるだけなのに、何故だかしょぼくれたように見える丸まった背中。その背に置かれた手。その手の主が見た光景を映した写真だ。

 

 『励まし』の前には、1人の成人男性が立ち尽くしている。いつからか、ずっと。

 雫が横目でその男性を見やれば、額に縫い目がある男性のお面を付けていた。

 雫が知る由はないが、『羂索(夏油ボディ)』のお面である。

 

「……貴方にとって、この写真はどう映っているんですか?」

 

 雫は男性に届かないと思いつつ、そう言い残し、メインの写真へ足を進めた。

 

 

 

 真由美は、自身に似た観客の居る所から。

 タイトルは、『傷だらけだった者の砂塵』。砂山を目の前にしている事、女性の手が砂を掬おうとしている事は、『砂塵』と銘打たれた写真の共通項。

 ただ、やはりこの写真も、背景が少し違い、砂を掬おうとする手も違う。

 

 真由美がその写真を見つめていると、先客の目が、こちらに向いた。

 真由美によく似た観客。

 その目は、まるで真由美を睨んでいるようだった。

 

「な、何……!?こ、こっちが見えてるの……?」

 

 真由美が怯えながら訊ねるも、その観客は数秒したら絵に視線を戻す。

 アニメ調にした真由美のお面で、その表情は窺えない。

 でも、真由美は、自身に向けられた視線も、そして写真に向ける視線も、深い憎悪があるように感じた。

 ただ、こうも思う。

 その観客は、その写真に映る物ではなく、その写真自体に憎悪しているのではないかと。

 

「……この写真は、貴女にとって嫌な写真なの?」

 

 答えが返ってくるはずのない問いを、真由美はその観客に投げた。

 当然。答えは返って来ない。

 代わりにその観客は舌打ちをする。

 

 怖くなった真由美は、思わずその場を後にした。

 

 いくつかの写真を眺める。

 タイトル『ゲーム1』。男の子2人一緒にテレビゲーム、レーシング・ゲームをしている様子が、片方の視点から映されたような写真。

 その視界に映っているもう1人は、男性である事が窺える。二分割されたテレビ映像では、片方が1位、片方が2位である事を示している。

 タイトル『ゲーム2』。携帯ゲーム機で、大きな武器を担いで大きなバケモノと戦うアクション・ゲームをしている様子が、ゲームをプレイしている人間の視点で映されたような写真。

 ぶっちゃけるとP○Pで『モンハン○rd』してる。

 画面脇には『カイ』『イデラ』『キノ』と、キャラクター名が並び、画面中央には『カイ』がHP0になって倒れた事が示されている。

 タイトル『ゲーム3』。表示されている画面はリザルトだが、キル数やデス数等が明示されているから、多人数で合戦するFPSである事が分かる。

 プレイヤーネームが順位表のように並ぶ中、他のプレイヤーネームと違う色、つまり自キャラと示されているリザルト・スコアは、まず下位に表記されているし、拠点制圧スコアこそ高いが、キルは2、デスは12と、撃ち合いが下手な事実を突き付けている。

 そのキャラを操っていただろう者の視点でも、力なく机に置かれたゲーム・コントローラーとその両手から、自身が下手な事実に打ちひしがれている事が読み取れる。

 タイトル『相談』。絵面は『ゲーム1』と同じだ。2人一緒にレーシング・ゲームをしている。ただ、視界に映っている男児が変わっている。『ゲーム1』では中学生男子の背中だったが、『相談』では小学校高学年の背中だ。

 

 『相談』の前には、まだ若そうな成人男性が立っている。人知れず、ずっと。

 真由美がついついその男性を覗き込めば、まるでヤクの売人が如き男のお面を被っていた。とは言っても、強いて言うならそういう印象というだけで、現実に居そうにない人相のお面だ。

 

 真由美が知る由はないが、そのお面は、呪術廻戦に登場する『脹相(ちょうそう)』のお面である。

 

 真由美は、たくさんあるが繋がらない情報に眉をひそめつつ、メインの写真へと向かった。

 

 

 

 リーナもまず、自身に似た観客の居る所から。

 タイトルは、『偶像だった者の砂塵』。前述の『砂塵』シリーズと共通項も相違点も同じだ。砂山を目の前にして、他とは別の少女の手が砂を掬おうとしている、その少女の視点から映されている。

 

「何か、失礼よね。サキーが『偶像だった』とか、『砂塵』とか。貴女もそう思わない?」

 

 リーナは自身によく似た観客へ、ちょっとアメリカンな気さくさで話しかけた。

 その観客は、写真から微塵も目を逸らさない。ともすれば、逸らした瞬間に違う光景になってしまうとでも言わんばかりだ。

 少なくとも、リーナはそう感じた。

 そうして、再度リーナが写真を見ると、猛烈な違和感に襲われる。

 

「何、この……。像がブレてる……?」

 

 リーナの目には、バグったゲームのテクスチャのように、ノイズが混じって砂山の像がブレたように映った。

 でも、自身の目を疑い、目をこすって見れば、元通り。そこにあるのはただの砂山だ。

 

 リーナは首を傾げ、その場を辞する。

 リーナは写真を眺めなかった。観客の観察に注力する。

 立ち止まっているのは数人。そのだいたいは、ずっと立ち尽くして動かない。

 歩いている者は、時折足を止めて写真を眺めても、数秒でまた歩みを再開させる。

 

「……男性が少ないわね」

 

 リーナの目で確認できた、此処に居る男性は、わずか4人。

 2人は立ち尽くし、残り2人はペア行動をして写真たちを流し見している。

 リーナはそのペア行動の男性らが気になって、横に並んでから、顔を窺う。

 男性らは同じお面を被っていた。それも、何か奇妙な暑苦しさが感じられる男のお面である。

 リーナが知る由はないが、そのお面は、呪術廻戦に登場する『東堂(とうどう)』のお面である。

 

 リーナはそのまま、その男性たちに付いて行く。

 そうすると、男性たちはある写真の前で立ち尽くしていた女性と合流した。

 女性のお面を被った女性。

 相も変わらずリーナが知る由はないが、そのお面は、呪術廻戦に登場する『津美紀(つみき)』のお面である。決して『(よろず)』ではない。

 

「こんにちは。カイの姉さん」

 

「名前で呼んでよ、知らない仲じゃないでしょ?」

 

 片割れの男性と、立ち尽くしていた女性が談笑する。

 そう。会話しているのだ。

 

「あ、アナタたち喋れるの!?ちょっと待ってっ、こっちとの会話は!?Hello!Hello!!」

 

「いやぁ、なんか気恥ずかしくて」

 

「親友のお姉さんとはいえ、なぁ」

 

 一縷の望みでリーナは思い切り呼びかけてみるが、男性たちとの会話は繋がらない。

 やはり、あくまで観客同士は干渉できるというだけで、リーナたちと観客たちの間では干渉できない。

 

 観客たちはリーナを他所に、写真を眺める。

 タイトルは、『家庭教師モドキ』だ。

 机に面と向かっている男子を後ろから、参考書片手に勉強を教えている女性の視点から映された写真である。

 

「いやぁにしても。カイの奴、こんな頭が良くて綺麗なお姉さんに勉強教わってたとはなぁ」

 

「羨ましい限りだよなぁ」

 

 写真を見つめ、茶化す男性2人。

 反して、女性の声音は曇る。

 

「ちゃんと、教えられてなかったかもしれないけどね……。自分で言うのもなんだけど、私、頭良かったから……。私の教え方じゃ、あの子に自信を付けさせてあげられなかった……」

 

 写真の出来事を思い出すように、女性は後悔を吐露していた。

 

 そう。『家庭教師モドキ』は、彼女の思い出なのだ。

 

 そこで、リーナはふと、ある事実に気付く。

 

「この人、『堺家・家族写真』に映ってた女性と、体つきが同じ……。じゃあこの人は、『堺亮』の姉で、この写真に映っているのは、『堺亮』で―――」

 

 此処にある写真は、『堺亮』にまつわる写真だ。

 

 リーナは改めて、遠目でも写真たちを見回す。

 

 全部、誰かの視点だ。おそらくほとんどが、『堺亮』の視点。

 『家庭教師モドキ』や『偶像だった者の砂塵』を見るに、その写真は、その写真の前で立ち尽くす者の視点である事が考えられる。

 

 リーナは走った。メインの写真へと。

 この推理を、皆に聞かせるために。

 

 そうして辿り着く。

 大きく飾られた、メインの写真。

 

「これは……」

 

 リーナはその写真に、言い様のない忌避感を抱いた。

 

 その写真は、『堺亮』の葬式会場を収めた写真だった。




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、9月28日の予定です。
※次回の更新は1週間空けて、2週間後の更新となります。ご了承ください。
 また、今後は今回のように、2週間後の更新に時折なる事が予想されます。毎度にならないようには、努力します。ご理解の程を、よろしくお願いします。
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