魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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※今回は当社比長め(13,000字程)です。ご了承ください。


第百六十九話 夜を通す

「これは……」

 

 リーナが言い様のない忌避感を抱く程に、その写真は異様だった。

 

 『堺亮追悼式典』、写真家の個展かのように写真が並び飾られるその場の奥。

 開けたその場に、この個展のメインを冠するが如き様相で、その写真は壁に大きく飾られている。

 

 タイトル『荼毘』。

 

 『堺亮』の遺影が備えられた葬式会場を映した写真だ。

 会場入り口から撮っているかのようで、それでも遺影が視認できるよう、原寸より拡大されている。ただし、その額縁は木製。大きいだけで、一般に流通している安価な額縁と変わらない。

 

 遺体を火葬して弔う事を意味する仏教用語。それが『荼毘』という言葉の意味だ。

 火葬という儀式に、更なる宗教的意味合いを加えた言葉、とも解釈できるだろう。

 ただ、そう表現した通り、『荼毘』は火葬を意味する言葉だ。『葬式』を指して用いるのは、少しズレている。

 

 そのズレを少しでも埋めるためなのか、その写真の前には、線香用の香炉、前香炉、それと蝋燭、もちろん線香も準備されている。蝋燭には、まだ()()()()()()()()()()が。マッチもライターも、火を付けられそうな物は何もない。

 

 しかし。『荼毘』を表するならなおさら、前香炉もズレるだろう。

 線香を備えるとなれば、墓か仏壇。『荼毘』に付した後の話だ。

 そのチグハグさが、忌避感を抱かせる一因だろう。

 主因は、大切な人の死を、酷く客観的に表現されている事にあるだろうが。

 

(いったい、何を表現したいの……?もっと死を突き付けるなら、それこそ自殺現場を見せれば良いのに……)

 

 忌避感を抱いていたリーナは、不満感すら煽られた。

 

 何か、中途半端なのだ。

 それは、言うなれば。

 言葉にしていない事を察してほしい、なんて言っているかのような。

 

 リーナは有体に言って、考えている事をはっきり言葉にしない人と相対しているかのような、そんな気分になっている。

 怒りは覚えない。でも、モヤモヤはする。

 もっと、素直に話してほしい。ワタシは、察する力が弱いのだから、と。

 

「リーナ」

 

「……シズク。……マユミも、マヤさんも」

 

 雫の声で、リーナの意識は写真から引き剥がされた。

 

 リーナが最後尾だった。皆、既に集まっている。

 

「……良い気はしないわよね」

 

 真由美が、意識を写真に引き戻した。

 皆、写真『荼毘』を見つめる。

 

「これは、彼の、堺亮の過去としてあった現実なのかもしれないけど……。まるで、このままじゃこうなるって、示しているみたい……」

 

「前香炉というのも、悪趣味なものね……。まるで、終わった話のよう……。私たちにとっては、まだ何も終わっていないのに……」

 

「うん。終わらせません。こんな終わり、認めない」

 

 真由美、真夜、雫が、写真『荼毘』を最悪の未来が暗示された物と解釈し、しかし、それに抗おうとする意志があるから、嫌悪感を示していた。

 ともすれば、線香でも投げつけて燃やしてやりたいような。

 残念ながら、線香を灯す物は見当たらない。これ見よがしにある蝋燭を、真夜は恨みがましく見る。

 

「―――これ、誰の視点?」

 

 リーナが、ふと零した。

 

「『誰の視点』って?」

 

「他の写真は、全部誰かの視点から写した物だと思うの。それを表現するように、こう、画面外から手だけがニュっと伸びてる」

 

 雫が訊ねれば、リーナは無駄に身振りを加えながら、自身の推理を明かす。

 

 この写真だけ、誰の視点であるかを示す要素が、まるでない。人っ子一人写されていなければ、人の手すら写されていない。

 この写真は、誰の視点でもない。

 

「それと、ほとんどはサキーの視点だと思うのだけれど。人が立ち止まっている写真は違う。あれは、サキーを見つめる人たちの視点で。そして、立ち止まっている人の視点なんじゃないかしら?」

 

 リーナを推理を聞き終え、皆が想起する。

 

 真夜が見た写真は、『亡霊だった者の砂塵』、『勉強』、『執筆』、『描画』、『授業参観』。

 人が立ち止まっているのは、最初と最後2つ。それぞれに、自身に似た人物と、見知らぬ女性が1人。

 

 雫が見た写真は、『一方通行だった者の砂塵』、『柔道』、『テニス』、『ハードル走』、『励まし』。

 人が立ち止まっているのは、最初と最後2つ。それぞれに、自身に似た人物と、見知らぬ男性が1人。

 

 真由美が見た写真は、『傷だらけだった者の砂塵』、『ゲーム1』、『ゲーム2』、『ゲーム3』、『相談』。

 人が立ち止まっているのは、最初と最後2つ。それぞれに、自身に似た人物と、見知らぬ男性が1人。

 

 それぞれ最後の1つは分かりやすい。揃って男性を見つめているのが、写されている。確かに、男性を見つめる誰かの視点である。

 

 穴だらけを想像で補っているが、一応矛盾はない推理である。皆、リーナの推理をそう認める。

 

「全部誰かの視点なのに、この誰の視点でもなさそうだから、この写真が怪しいって話?」

 

「怪しいというか、写真全部に意味があると思うけど、ここから先に進むにはこの写真がヒントになるって話」

 

 雫の質問に対し、リーナは精確に自身の考えを回答した。

 雫も、リーナのその回答には同調できる。

 

 この会場全体がとても大切な意味を暗示しているが、ここから先に進むには、この会場全体の意味を知るには、この写真、『荼毘』から探る必要がある。

 

「……用意されているし、線香を供えれば良いのかしら。……火が何処にもなくて、線香を灯せないけど」

 

「何かギミックがあるのかしら?」

 

 真由美はまず、これ見よがしに置かれた前香炉を怪しみだし、リーナもそれに追従するように、前香炉やら蝋燭やら置かれた台を四方八方から確認し出した。

 

「蝋燭に何か仕掛けがあったり?」

 

「何かあるようには見えないのだけれど……」

 

 全ての可能性を考えて、まず最初に浮かんだ事を口にした雫。真夜は、その発想は当たっていないだろうと高を括りながら、蝋燭に手を伸ばした。

 

「熱っ!?」

 

 火が灯っていないはずの蝋燭に、真夜は火傷を負わされた。

 皆がぎょっとする。

 あの真夜だ。急にコントをし出す訳がない。

 なら、その蝋燭には、真夜がしたリアクションのとおりに、見えない火が灯っているはずである。

 

「え!?何、何です!?何に焼かれたんです!?全然熱くないですけど!?」

 

「……熱くない。……先も全然熱くない」

 

「……でも、火傷してるんですよね?」

 

 即行で蝋燭の熱を素手で確かめるリーナ。

 リーナが熱くないと言ったのを聞いてから、恐る恐る、蝋燭の全体にゆっくり指先を近付けていく雫。

 結局2人が熱を確認できなかったので、念のため真夜の火傷した手を覗く真由美。

 

 火傷はある。

 でも、火はない。

 

 否。

 

「……『アンキンドルドゥ』」

 

 真夜が、引っ掛かりを手繰り寄せた。

 その呟きに、周りは首を傾げる。

 

 『アンキンドルドゥ』という十六夜が持つ固有の精神干渉系魔法については、聞かされている。

 皆、十六夜が『始まりの魔法師』に対する不意打ちに使った魔法だとも、察している。

 でも、ここで何故その名称が出てくるのか。

 

「『アンキンドルドゥ』。あれは、本当に皮肉の利いた魔法よ。あの魔法を使われたら、誰も彼の存在を証明できなくなる。そこに、確かに在るはずなのに」

 

 自身の存在証明を否定する魔法、『アンキンドルドゥ』。

 そこに在るはずの存在を、誰も実証できなくなる。

 そこに、在るはずなのに。

 

「だから、『アンキンドルドゥ(unkindled)』。『kindled』、火が付いている事を、『un』、否定する。『unkindled』。火は、付けられていない。……でも、彼はそこに在る」

 

 真夜は、線香を手に取って、その先を、蝋燭の芯へと近付けた。

 

「っ!?」

 

 真夜を除く皆が、瞠目した。

 

 線香が、灯ったのだ。

 蝋燭の芯には、認識できない火が、灯っている。

 

 そこに火は在るのだ。

 真夜は、それを知っている。

 

 彼がどれだけ己の実在を否定しようと、真夜は、彼の実在を証明する。

 

「貴女たちも、もう大丈夫よ。この火はきっと、認識の問題。『そこに火は在る』。そう思えば、そこの火は実在する」

 

 真夜に促され、皆線香を手に取り、蝋燭の芯へと近付ける。

 線香は灯る。

 ちゃんと、真夜がした実在証明は、皆に伝播していた。

 

 皆、見えない火が実在する事を確かめて、半ば習慣的に、その線香を前香炉へ捧げる。

 雫だけ、線香を持ったまま、その線香と『荼毘』を交互に見ていた。

 

 そしておもむろに、雫は線香を掲げ―――

 

「えい」

 

―――そうして何食わぬ顔で写真へとぶん投げる。

 皆、度肝を抜かれ、言葉も出なかった。

 

 だからこそ、その変化をしっかりと視認できる。

 

 写真を収めた額縁が、一瞬にして一部、焼き焦げた。

 線香にそんな火力はないはずなのに。しかも延焼は一瞬で、もう鎮火している。

 

「良し」

 

「『良し』じゃなくて!色々説明して!?」

 

「いや、気に食わない写真だから燃やしてやりたくて」

 

「困ったわ。訳が分からないのに気持ちは分かってしまう」

 

 ガッツポーズした雫に真由美が問い詰めたら、そんな「何を分かり切った事を」とばかりに真顔で意味不明な回答をされて、しかしリーナをはじめ、真由美も、そして真夜も気持ちが分かってしまった。

 

 そう。ここに居る乙女たちはみんな、こんな縁起でもない写真は燃やしてやりたいと思っていたのだ。

 実際に行動に出たのが、その内、雫だったという話だ。

 

「『燃やしてやりたい』……。そうだわ!」

 

 真由美は、何かを思い付き、即座に動き出す。

 新たな線香にまた火を灯し、何処かへと走り出したのだ。

 

 暴走し出した真由美。固まるのがリーナ。頭痛がしてきたのが真夜。推測できたので付いて行く雫である。

 ちゃんと、リーナと真夜も少しして真由美の後を追う。

 

 走り出した真由美は、自分に似た観客の傍で止まる。

 その観客は、真由美、いや、宙に浮く火の灯った線香を見て、混乱のあまり動けずにいた。

 

「貴女は、この写真を燃やしたいわよね!―――信じていますからね!」

 

 自身に似た観客。

 その感性も自身と似ていたら。

 彼女が自身の並行存在だとしたら。

 

 『傷だらけだった者の砂塵』に、真由美は火をつけた。

 写真は、一瞬にして燃え上り、灰も残さない。

 

 消したかった過去は、消えた。

 そして、望んだ未来の始まりを、予感した。

 

「正解、と言っておきましょう。()()()()の誰かさん」

 

 その観客は、その予感に委ねて言葉を発する。

 

 お面を外す。

 その下には、予想どおり、真由美そっくりの顔があった。

 ただし、その瞳にはどこか光がない。

 

「貴女は……」

 

「「お前は誰だ」と問われている事を期待して、答えましょう。私は、シミュレーション世界の、七草真由美よ?」

 

 真由美の問いに、シミュレーション世界の真由美は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「先に言っておきますが、貴方と私たちではコミュニケーションを取れないわ?形式が違うの。さしずめ、私たち観客は『デジタル』、貴方たちは『アナログ』と言ったところかしら?」

 

 彼女らは交われない。

 それは言ってしまえば、小説の中の登場人物と、それを読む実在人物のような。

 

 シミュレーション世界の真由美は、真由美たちを五感で認識する事が出来ない。

 でも、今、確かに写真が燃えた事で、シミュレーション世界の真由美は、現実世界の真由美たちがそこに居る事を直感したのだ。

 この時を、ずっと、待っていたから。

 

「改めて。自己紹介から始めましょう。でも、『七草真由美』ではややこしいでしょう?そっちの世界にも、『七草真由美』は存在するでしょうから。ここに至ったという事は、『彼』と同時期に存在する人物であり、故に貴方たちは実在の『七草真由美』と同時期に生きているでしょうから。だから私はこう名乗りましょう」

 

 悪戯っぽく笑っていた彼女が、まるで牙をむくように口の端を吊り上げる。

 

「私は、『枯草(かれくさ)真由美』。ええ。枯れた世界の七草真由美だから、『枯草真由美』よ?深い意味はないわ」

 

 『深い意味はない』と言う彼女、枯草真由美の目には、しかして大きな感情が籠められていた。

 『枯れた世界』、大切な想い人を幸せにしてくれなかった世界。

 それに対する憎しみが、シミュレーション世界の七草真由美という存在を、枯草にしたのである。

 

「さて。『シミュレーション』だとか、『そっち』だとか、世界が複数あるように話していたけど。実際、複数あるの。と言っても、『シミュレーション』と言ったとおり、演算機の中にたくさんあっただけで、現実に存在するのは貴方たちの生きる世界、たった1つでしょうけど」

 

「『シミュレーション』……、『演算機の中』……、『シミュレーション世界の七草真由美』……。―――まさか!」

 

 真由美が1つ1つヒントを拾い上げ、ある考えが頭に過った。

 特に、『シミュレーション世界』、『演算機』。

 聞かされていたではないか。月に、地球の始まりから終わりまで演算できる超々高性能シミュレーターがあると。

 

「ここまで現実に存在する人間とそっくりな思考を持つAIが生み出せる。おまけに、地球の始まりから終わりまで演算できる超々高性能シミュレーターが、貴方たちが生きる現実世界の月にあるわ?」

 

 真由美の考えは、即座に枯草真由美が答えをくれた。

 真由美以外の皆も、四葉十六夜の言葉と、枯草真由美からの情報が合致した事に、思わず固唾を飲む。

 彼女らは静聴する他ない。自分たちはまだ入り口にしか立ててない真実が、枯草真由美の口から語られようとしているのだから。

 

「そのシミュレーターを、『彼』は『庭の文明』と呼んでいました。以降はそう呼びます。―――その『庭の文明』で、多くのシミュレーションが行われました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 語り部が聞かせる、世界の真実。

 

 超々高性能シミュレーターでは、『庭の文明』では、人類がより長く存続する方法が模索されていた。

 

「何度も繰り返されていました。そのほとんどが、その目的に沿った成功を収めていた。ある1人を、『彼』を犠牲にしながら」

 

 枯草真由美は、憎しみを醸し出す。

 

 人類をより長く存続させる。その目的は、ほとんどのシミュレーションで成功していたのだ。

 

 なんたって、どう足掻いても成功に導く因子が、『彼』が存在するのだから。

 

「真の世界では何という名前でしょうね?私、『枯草真由美』が存在した1つのシミュレーション、『ルート』と命名しましょう。私のルートでは、彼は『東道十六夜』という名前でした」

 

「いざ、よい……?」

 

 枯草真由美の口から語られた、どう足掻いても成功に導く因子、ある種の特異点。

 『東道十六夜』。

 雫たちは、懐疑心からその名を口から零すが、直感していた。

 

 特異点は、『四葉十六夜』。

 否、『堺亮』だ。

 

「ちなみに、だいたいのルートで『十六夜』と名付けられているそうです。『サキー』って名付けられているルートも少数あるみたいだけれど」

 

「なんで推定リーナルートだけ特殊なの」

 

「知らないしワタシルートって決め打たないで」

 

「USNAで生誕するルートだと、確定で『サキー』だったそうね」

 

「ほら」

 

「いや、知らないし、絶対ワタシの責任じゃないわよ」

 

 枯草真由美のお(はなし)の途中、雫がリーナに邪推して、しかもその邪推の確度が高いとなるが、リーナは真顔で否定していた。

 自分の知らないところで起こった事の責任を擦り付けられたくないのは、それはそうである。

 

 枯草真由美は話を戻す。

 これはただ、到達者がリーナだった場合の揶揄いなのだ。彼女には、まさかリーナ含めた複数人が到達しているとは、考えられなかったので。

 しかし、アンジェリーナ=クドウ=シールズ、七草真由美、北山雫、四葉真夜。この4択だとは思っている。

 

「どう足搔いても成功に導く因子、特異点、十六夜くんの魂。それを犠牲にして、シミュレーションは繰り返されていました。彼を使って、何度も何度も。いくつも成功しても、やり直し、繰り返し。より良い成功を、より良い成果を。万に一つの失敗を許容せず、確約された成功を受容する」

 

 繰り返された。幾万、幾億。

 確かに、万の一つの可能性、一万分の一の確率で、失敗するルートが発生していた。人類の衰退、あるいは滅亡ルートが存在した。

 その可能性を限りなく0にしようとしていた。

 『神』、いや、『篝』は。

 

「気持ちは分からなくもありません。真の世界をリセットする事は、どうやら可能だったみたいですが。それで消費されるエネルギーは、シミュレーションの比ではない。何度もはやり直せず、やり直す度にリソースが減っていく。人類の繁栄を望むなら、真の世界では1発で成功させるのが最上です」

 

 『篝』は、完璧を求めてしまった。妥協できなかった。

 

 だから、膿が溜まった。

 

「一万分の一の確率。何百億と繰り返せば、単純計算で、数百万回は失敗する事になる。それが、2つのバグを()みました」

 

 溜め込んだバグが、本来有り得ない挙動を起こした。

 

「シミュレーション世界から、真の世界へ辿り着く者。あるルートのある代の『聖女』と、最後のルートの最後の『リライター』です」

 

 シミュレーション世界から、真の世界を観測。あまつさえ、その境を越えて、辿り着く者。

 そんな、とある『聖女』と、とある『リライター』。

 たった2人だが、その2人が致命的なバグだった。

 

「その『聖女』は、自分だけではどうしようもないと、自分ではシミュレーション世界の人類を繰り返される惨劇から救えないと諦めました。だから、記憶が継承できる『聖女』の性質を使って、とある情報を継承した。『この世界は『神』の手によって繰り返されている』」

 

 その『聖女』は、『聖女』の性質を用い、シミュレーション世界のリセットすら越えられる情報の継承を果たした。

 繰り返されるシミュレーション世界に、この世界は繰り返されていると、情報をバラまいたのである。

 

「あ、ちなみに私がこれだけ詳しいのも、その『聖女』が情報をバラまいてくれたおかげよ?特に、私も『聖女』だから、その『聖女』の情報をより多く、より鮮明に継承できたの」

 

 これも、ある種のバグだろう。

 送信機と受信機が同型機であるために、情報を精確に受け取ってしまったのである。

 真の世界に辿り着いた『聖女』と、シミュレーションから抜け出せない『聖女』では扱える情報密度が違うため、情報の精確なやり取りは、本来出来ない。

 枯草真由美が出来てしまったのは、東道十六夜、『特異点』がすぐ傍に、それも高い接触頻度で居たせいだろう。

 東道十六夜を想う枯草真由美の執念がそうさせたと、言い換えても良い。

 

「ただ、それだけでは意味がありませんでした。精確な情報は、『枯草真由美』しか受け取れなかった。情報が高度過ぎて、読み解ける人間がほとんど居なかったし、夢か妄想、幻覚と捨て置く人ばかりだったのです。寝て見る夢とか、既視感のようにしか情報を見れなかったせいもあるでしょうけど」

 

 その情報を受け取っても、誰も信じなかった。

 誰も真実だと思うまい。自身が生きる世界がシミュレーション、仮想世界で、繰り返されているなんて。

 そんな信じ難い真実を、誰もが本能的恐怖で、嘘だと信じ込んだ。

 

 そこで、もう1つのバグである。

 

「その情報を真実だと呑み込み、あまつさえ、そのリセットを越えて記憶も持ち越す性質まで『リライト能力』で獲得してしまったのが、最後の『リライター』です」

 

 『聖女』の性質、記憶継承。しかもそれを、シミュレーションのリセットを越えて行えるレベル。

 それを獲得したのが、とある『リライター』。

 情報を無限に蓄え、自己を無限に最適化していく存在の完成である。

 

「と言っても、彼が継承する記憶は、別シミュレーションの彼しか受け取れない。しかも、高度情報だから、読み解くには彼が『リライター』に覚醒して、読み取れるレベルまで自己強化しなければならない」

 

 その『リライター』の情報継承は、特定条件でしか発揮できなかった。

 その『リライター』はどのルートにもほとんど存在したが、彼が『リライター』になる可能性は100%ではない。

 

「彼が『リライター』として覚醒するルートに限って、バッド・エンドのルートでした」

 

 その『リライター』は、バッド・エンドの情報しか継承できない。

 ハッピー・エンドのルートでは、大多数の1人、凡人として、頭角を現す事もなく、何気ない平穏の中に埋もれて消えていく。

 

 故に、彼は悲劇の記憶だけを積み上げた。

 世界を救おう、ではなく、『神』を殺そう、という考えを抱いてしまう程に。

 

「悲劇の記憶を積み上げたその『リライター』は、しかし確かにシミュレーション世界を終わりにできるよう、シミュレーションを実行している『庭の文明』と『神』を滅ぼせるよう、最適化・先鋭化していきました。結果として、彼は『神』を殺し、『庭の文明』を破壊するに至った」

 

 その『リライター』は、もう二度とシミュレーション世界が生まれないよう、実行者と演算機を破壊した。

 

 でも、それは悪いとは言えない。

 

「シミュレーションを繰り返す『神』、万が一の失敗も許せない『篝』は、己が囚われていた強迫観念から、そうして解放されたのです。リソースを無駄にしない内に」

 

 己が消してきた世界、なかった事にしてきた人々に報いようと、完璧を求め続けていた『篝』。

 彼女では、もはや止まれなかった。

 かの『リライター』が放った復讐の凶刃は、止まれなかった『篝』を解放する、慈悲の刃でもあったのだ。

 

 そうしなければ、己がリソースを食いつぶしていたから。

 

「真の世界のリセットで消費されるエネルギーは、シミュレーションの比ではない。そう言いましたね?そう。シミュレーションでも、エネルギーは消費されていたのです。一回のリセットは、本当に比にはなりません。でも、数百億、繰り返していたら?」

 

 例えシミュレーションのリセットが、真の世界がリセットに使うエネルギーの千億分の一だとしても、それを数百億繰り返していたら。

 仮に、リセット回数が二百億とすれば。

 千億分の一×二百億。

 使われたエネルギーは、真の世界リセット1/5回分に相当する。

 

 数百億という回数を越えてまだシミュレーションを続けていたら、消費エネルギー削減という観点からすれば、本末転倒も良いところだ。

 

 でも、『篝』は思ってしまったのだろう。

 絶対に失敗しない1回にすれば良い。

 そうすれば、人類は一度だって滅ぼされずに済む。

 犠牲は、最小限に済む。

 

「ラスト・ワンさえ上手く行けば、後はどうだって良い。そう、かの『神』はお思いになった、のかもしれないわね。かの『リライター』からすれば、「ふざけんな」、でしょうけど」

 

 シミュレーション世界を犠牲に含まないなんて、ふざけるな。

 

「シミュレーション世界で生きる彼からすれば、シミュレーション世界こそが現実。彼からすれば、数百万回、人類を滅ぼされた事に変わりない。しかも跡形もなく。ゲーム・データを消去するように。なかった事にされた。自分たちは、その世界で生きていたのに」

 

 それが、かの『リライター』が抱えた復讐心だっただろう。

 故に、神殺しである。

 

「まぁでも、さすがの彼も『神』を殺して終わりにはしませんでした。彼はしっかりと、自身たちが積み上げてきた知識を、真の世界に託したのです」

 

 かの『リライター』が第一目標にしていた事は、確かに『神』への復讐だったかもしれない。

 しかし、第二目標がなかった訳ではない。

 彼は犠牲にされたシミュレーション世界、それに、犠牲にされた意味を欲していた。

 単純な話、なかった事にされたくなかった。

 だから、自身の持つ記憶の継承能力を応用して、世界に因子を埋め込んだのだ。

 真の世界をハッピー・エンドへと誘うように、人々の無意識に打ち込んだ。

 

「『願わくば。より良い未来を。より良い自由を……』。それがかの『リライター』の願い。そして、彼が真の世界に託し、人々の無意識に打ち込んだ因子。ハッピー・エンドへと人類を誘う灯台。そうして人類は、良くも悪くもより良い未来と自由を無意識で求め、『魔法』という技術に辿り着く」

 

 仕向けられていたのだ、人類の無意識は。

 どう足掻いても『魔法』という知識を見つけ出せるように。

 

「シミュレーション世界がどういうモノだったか、という説明は以上になるかしら。足りなかったら後で補足します」

 

 枯草真由美の言葉に、七草真由美たちは首を傾げる。

 

 何に足りなかったら、補足するというのか。

 

「これまでのお話は、全て前提知識。その知識を以てして、ようやくこの空間が何なのかが説明できます」

 

 これから始める、この空間についての説明。それに足りなかったら補足する、という事だった。

 

 七草真由美たちは耳を傾ける。

 

「この空間は、『特異点』の中を不法占拠した者たちの難民キャンプです」

 

 どういうフィルターを挿んだのか分からない比喩表現に、七草真由美たちは目を白黒させる他ない。

 枯草真由美はその様子が見えていないが、想像できるのでニッコリしている。

 

「冗談はさておき。ここは十六夜くんの心の中である事は間違いありません。が、私たち観客は別に十六夜くんの妄想ではありません。我々はそのほとんどが、十六夜くんの心の傷となり、それを己の存在証明とし、その存在証明を起点に、己の魂をそこに定着させた者たちです」

 

 残念ながら、七草真由美たちは眉をひそめる。

 何を言ってるんだ、こいつは。

 

「絶対分かってないでしょうから、結果だけを簡略化して伝えましょう。つまり、十六夜くんの心に残った存在は、十六夜くんの心の中で生きられる、という事です」

 

 結果だけは分かった七草真由美たち。

 でも、ひそめた眉が胡乱な目になっただけである。

 そんな事が、本当にできるのか、と。

 

「ここで、前提知識が大事になってきます。彼が『特異点』である事。『聖女』が自身以外にも記憶継承を拡張した事。『リライター』が真の世界に因子を打ち込んだ事。これら3つが、この状況を成立させる要点となっています」

 

 前提知識が、1つの事実を成立させるために、組み合わされる。

 

「十六夜くん、彼は『特異点』です。そして同時に、彼だけは、『神』の手によって生み出された存在じゃない。彼が転生者である事、貴方たちも知っていたら有難いのだけど」

 

 『堺亮』が『特異点』となりえる一因。

 それが、彼が外国産、もとい別世界、外宇宙からの降臨者である事。

 

「端的に言って、彼は『神』でも複製不可能な精密機械であり、しかし必要不可欠な部品だったのでしょう。だから彼は、劣化コピーを生み出される事なく、そのままシミュレーションに組み込まれた」

 

 自国製品でありながら、その部品には他国の精密部品を使用しているようなもの。

 『篝』は『堺亮』を複製できないが、人類永続には必要不可欠だったため、取り寄せたそのパーツをそのまま使うしかなかった。劣化模倣した物では、役者不足だったから。

 

「そして、劣化コピーを作れないという事は、その精密機械には下手に手を付けられない、という事でもあります。記憶消去なんてしようものなら、最悪、頭がパーン。彼の知識どころか人格もなくなって、シミュレーションに組み込んでも動かない(ごみ)プログラムになる」

 

 下手に弄ったら壊しかねない。

 それが、『篝』にとっての『堺亮』という地球救済プログラムだった。

 

「だからあくまで記憶の消去はせず、シミュレーションで蓄積された記憶データを別ファイルに分けて、そのファイルだけを圧縮、解凍しないと読み取れないデータにした」

 

 次の試行で邪魔にならないように、シミュレーションで得たデータを封印した。

 それで、疑似的にプログラムを洗浄した上で、再使用。という事である。

 

「そう。データ圧縮されただけで、消去はされていない。本来、跡形もなく消去されるはずだったシミュレーション世界の住人、私たちは、『特異点』の中に記憶データとして残り続ける」

 

 枯草真由美たちが実在したという証明が、『特異点』に記録され続けている。

 

「でも、これだけではただのムービー・データです。魂、自立思考・自立行動するプログラムは、組み込まれていない。じゃあどうするの?『聖女』の性質で足りないムービー・データ継承させた上で、『リライター』の性質で自立思考・自立行動するプログラムも打ち込みます」

 

 データが消去されずに記録され続ける特殊な記憶装置、『特異点』に、『聖女』と『リライター』のプログラム使ってデータをぶっ込む。

 それが、この会場の正体。

 

「そうして出来上がったのが、この難民キャンプにして、本来消えるはずだったシミュレーション世界住民の箱舟、『堺亮追悼式典』です」

 

 シミュレーションがリセットされる度に消えるはずだった者たちは、リセットされない記録装置、『堺亮』の中で、生き続けているのである。

 

「ただ、やっぱり無理して作ったプログラムだったので、色々と暴走しています。私だけ十六夜くんの中で生き続けるつもりだったんだけど。気付いたら、十六夜くんの心に残ってる人々を手当たり次第引っ張り上げちゃう、救命ボートになってました」

 

 さりげなく己のゲスさをカミング・アウトしながら、コケティッシュに微笑んで誤魔化そうとする枯草真由美。

 

 彼女は、他ルートの者たちなど、この場に引き入れるつもりはなかった。自分だけ想い人の中で生き続けようとしていたのだ。

 

 でも残念。この場を構築しているのは、枯草真由美があり合わせのパーツを組み上げたら何故か出来ちゃったプログラム。プログラムの仕様も分かってないまま、とりあえず自分が成したかった事は達成できているのでそのまま稼働させてたら、自分が意図せぬ挙動をしてしまったのである。

 

 はれて、枯草真由美のソロ・キャンプは、『堺亮』の心に残る者たちを呼び込む難民キャンプとなったのだ。

 

 真夜、雫、リーナは色々ヤバい枯草真由美にドン引きした視線を向けつつ、七草真由美を横目で窺う。

 これ、お前の並行存在みたいなモノなんだけど、どうよ。と。

 七草真由美は首を横振りしまくって全否定していた。

 これは外的要因のせいで、自身の有り得たかもしれない進化先ではない、と。

 

「とにかく。この空間は、集まった魂たちと、十六夜くんの心の一部で構成されているために、その両者から影響を受けた場所になっています。だから、展示されている写真は十六夜くんの物以外もあるのよね」

 

 枯草真由美は相互不干渉のため、真夜たちのドン引き、七草真由美の全否定は知らず、話を続ける。

 

「シミュレーション世界の住人以外も集まっている事や、十六夜くん降臨の原因などは分かりません。私が知れるのは、ある『聖女』が記憶継承機能を拡張して以降の、その『聖女』と私が蓄えた情報。全てはまさしく、『神』のみぞ知る、という事です。気になるんだったら『篝』に聞いてください。会えたら、ですけど」

 

 『神』に会う&死人に会う、という無理難題をお茶目に投げつけ、さっさと本題へ話を進める枯草真由美である。

 

「途中で話しましたが。ここは圧縮されたデータ・ファイルの中にある場所。なので、十六夜くんの一部でありながら、隔離されたエリアでもあります。ただ、一部ではあるため、どうにか突破さえできれば、彼の心に触れる事ができる」

 

 枯草真由美は、一際、真剣な表情を浮かべた。

 彼女にしてみれば、それが、この空間を構築した目的なのだ。

 

 彼の、『堺亮』の心に触れる。

 

「彼の心は、私のルートでは固く閉ざされていました。他の観客から聞いてみても、どのルートも似たような状況でした。彼は、誰にも心を開いていなかった」

 

 彼の心を開きたかった。

 何故なら、そうしなければ、彼は救えないから。

 

「彼は、進んで死んでいく」

 

 心を閉ざす『堺亮』は、己の身を使命に捧げる。

 

「私は、彼に幸せになってほしかった。そのためなら何だってしました。私のルートをさっさと終わらせて、この空間の構築に専念しました」

 

 枯草真由美は、彼の幸せを願った。

 世界1つを、踏みにじってでも。

 

「彼の心を知る。それが、彼を救う第一工程。そして第二工程は―――」

 

 枯草真由美は、七草真由美たちを指差す。

 

「―――彼の心を知った上で、彼の救済に動く。これは、今を生きる貴方たちにしかできません。今を生き、彼の心、その入り口にまで辿り着こうと足掻いた、貴方たちにしか」

 

 枯草真由美は待っていた。彼の幸せを願い、なおかつ現実の彼に干渉できる存在を。

 『デジタル』の中にしか居られない自分たちではなく、『アナログ』で彼の横に居られる者たちを。

 枯草真由美たちではなく、七草真由美たちを。

 

「正直言うと、第一工程の達成も、貴方たちが必要でしょう。私たちはここに囚われている。脱出できない。彼の心を知れる入り口に立ちながら、その扉を開ける鍵が見つけられずにいる」

 

 枯草真由美は、苦汁を噛みしめるように歯噛みしてから、諦観を抱いたように、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「私は、彼のためなら何だってします。他の観客の説得もしてみせます」

 

 枯草真由美は、手を伸ばす。

 

「だから、救ってください。彼を。私の愛した、あの人を」

 

 その手は、握手を求めるようであり、救いを求めるようでもあった。

 

 七草真由美は、その手を見つめ、手を重ねる。

 

―ああ、神様……。どうか……、どうか……

 

 何故なら。

 

「手を貸してください。私たちだけでも無理です」

 

―次は、どうか……

 

 七草真由美も、彼を愛した―――否。

 

「私たち現実世界の人たちだけじゃなく、全世界の、彼を愛する者全てで―――彼を救うんです」

 

―彼が、幸せでありますように……

 

 『堺亮』を愛する、1人の少女なのだから。




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、10月12日の予定です。一週間空けての更新となります。
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