魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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※一話が長くなってしまった&切りのいいところで切ると文字数が少ない、という事で。前編・後編に分けて、今日・明日で投稿する事にしました。
 前編は5,000字程で、後編は10,000字以上です。ご容赦ください。


第百七十話 夜を徹する・前編

「もし、私の願いを聞き届けてくれるなら。また線香を」

 

 枯草真由美は、七草真由美が手を握り返したと知ってか知らずか、手を下ろして、歩き出す。

 

 七草真由美たちの実在を証明するため、火の灯った線香を欲した枯草真由美。

 皆察する中、逸早く動いたのは雫で、駆け足で線香を取ってきていた。

 

 枯草真由美は流し目で宙に浮く線香を見て、少し微笑む。

 そうして、目的地へ。

 雫によく似た観客の下へ。

 

「雫さん。来ましたよ」

 

 枯草真由美は当然、その観客に声を掛けていた。

 

「―――そう」

 

 宙に浮く線香を見たその観客は、ようやくそのお面を外す。

 七草真由美たちが予想していたとおり、その観客は、雫と同じ顔をしていた。

 目に光もある。ただ、少しだけ、年季が感じられるだろうか。歳の違いか。あるいは積み重ねた執念の差か。

 

 雫と同じ顔をした観客、線香の前、雫の前へと歩み出す。

 それから、右手を前へと。

 

「その線香、頂戴?」

 

 雫と同じ顔をした観客は、雫が手に持つその線香を強請っていた。

 雫は、躊躇なく、持ち手の方を差し出す。

 

 雫と同じ顔をした観客は、雫の親切心に頬を緩めつつ、確かに線香を受け取った。

 線香に掛かる力が抜けるのを、雫が線香から手を離すのを、自らの手で感じ取る。

 

 何をするかと言えば、分かり切った事だ。

 雫と同じ顔をした観客は、おもむろに線香を掲げ、『一方通行だった者の砂塵』へと、投げつけた。

 『一方通行だった者の砂塵』は、灰も残さず、一瞬にして燃え尽きる。

 

「一応、自己紹介。私はあるルートの北山雫。でも、ここに到達したのが、真の世界の私だって信じてるから。別の名前を名乗る。―――『一雫(ひとしずく)雫』」

 

 雫と同じ顔をした観客、一雫雫は、燃え尽きる写真を見届けながら、北山雫たちに言葉を掛ける。

 

「―――ぶん殴ってやりたかった」

 

 一雫雫は、心の内を語る。

 握り拳が、強く握られていた。

 

「どれだけこっちが愛を伝えても、私を全く見てくれないアイツを、ぶん殴ってやりたかった」

 

 どれ程、これ見よがしに、あからさまに、愛しただろう。

 

 一雫雫は、右手の握り拳を、胸に抱く。

 

「愛してほしかった。愛し合いたかった。……でも、ダメだった」

 

 胸の痛みを堪えながら、しかし、それを顔に出す事なく、涙を流す。

 

「だから―――貴方はアイツと愛し合って」

 

 一雫雫は、見えもしないのに、北山雫を真っすぐ捉えた。

 真の世界の私なら、絶対にそこに居る。

 そして。私が行けなかった先に行ける。

 そう、信じて。

 

「そして、代わりにぶん殴っておいて」

 

 一雫雫は、涙を流しながら微笑み、拳を突き出していた。

 

「もちろん」

 

 北山雫は、拳を突き合わせる。

 

―私が死んでも、私が何度生まれ変わってもっ……、ずっと、ずっとっ、貴方を愛しています!

 

 一雫雫から流れ込む記憶の断片。

 雫は小さく噴き出してしまう。

 どの世界線でも、私は変わらない、と。『堺亮』を愛するのだと。

 

「でも、『アイツ』呼びは馴れ馴れしすぎない?」

 

「そこ指摘するところ?」

 

 別世界線の自分が自分以上に『堺亮』と距離が近かっただろう事に、嫉妬する北山雫である。

 思わずリーナがツッコんでしまう嫉妬ぶりだ。

 

「そういえば、一雫雫さんのところの彼は、貴女と同棲していたんだったかしら?」

 

「そう。孤児って事になってた彼を(うち)が引き取って、『北山十六夜』として、一緒に暮らしてた」

 

「「何それ羨ましい」」

 

 枯草真由美は、到達者が北山雫だった場合の揶揄いとして、一雫雫ルートを掘り下げる。

 北山雫にはもちろん着弾し、同時にリーナの方へと流れ弾が飛んだ。

 真夜と七草真由美は、ちょっと目を逸らしている。

 

 奇しくも、この4人は十六夜との同棲経験、そのあるなしで、半々に別れるのである。

 

 そういえば、その2人は彼と同棲した事あるんだったなと、北山雫とリーナは真夜と七草真由美を睨んでいた。

 

 真夜は逃げるように、次は自分の番である事を願って、線香を取りに行く。

 

「揶揄いは充分でしょ。次」

 

「はいはい」

 

 一雫雫に促され、枯草真由美は次の目的地へ。

 一雫雫は付いて来ず、会場の奥へと向かっていった。

 

 次の目的地は、真夜にとっては幸運な事に、彼女に似た観客の下である。

 

 

 

「真夜さん」

 

「……この時が、ついに来てしまったのね」

 

 一雫雫の時と同じく、枯草真由美が声を掛けて、その観客がお面を外す。

 お面の下は当然、真夜と同じ顔だ。ただ、少しやつれている。

 

「私は、そうね……。『新月真夜』とでも名乗っておきましょう……。あの子を救えなかったルートの、『四葉真夜』よ?」

 

 真夜と同じ顔の観客、新月真夜は、礼儀として、四葉真夜たちの方へ微笑みを送った。

 しかし、その微笑みからは、滲む寂しさが拭えていない。

 

「……ごめんなさい。……写真は、貴方の手で、燃やして?……私は、躊躇ってしまうでしょうから」

 

 新月真夜は、力なく、『亡霊だった者の砂塵』を見つめる。

 自分には、この写真を焼く事が出来ない。

 ()()()あの子を手に掛けるなんて、出来ない。

 

 四葉真夜は、新月真夜の委任を受けて、ゆっくり、線香をその写真に据える。

 

 『亡霊だった者の砂塵』は焼け、灰すら残さず消えた。

 

 新月真夜は、涙を流していた。

 

「―――『四葉真夜』。ここに到達したのが貴女なら、分かるでしょう?」

 

 新月真夜は、四葉真夜に並ぶ。

 2人揃って、消えた写真の残像を眺める。

 

「あの子は、私の救いだったの。『四葉十六夜』。私の、在るはずのない実の子を演じてくれたあの子が」

 

 新月真夜のルートも、現実と道中はほとんど同じ。

 パラサイトの一件で分岐、いや、初めから違う結末が定まっていた。

 シミュレーション世界であるというだけで、そのバッド・エンドは確定されていた。

 

 『新月真夜』のルートは一万分の一。人類が絶命ないし衰退するルートだ。

 新月真夜は、自身のルートが失敗ルートだった事を知っている。

 その終焉が新月真夜の死後に訪れるモノであったが、枯草真由美がそのルートの『聖女』から情報を受信する事で、その彼女から又聞きという形で把握している。

 

「あの子は、世界の救いでもあった……。私は、間違ってしまった……。私は、あの子を『実の子』というフィルター越しで見ていた……。あの子をちゃんと1人の人間として見られるようになったのは、ほんと、最後も最後よ……。最初からそう出来ていれば、世界の終焉なんてバッド・エンドにはならなかったでしょうに……」

 

 新月真夜は、自嘲していた。

 己がルートの終焉さえ、己の間違いが引き金を引いたのではないか。

 むしろ、そうであるべきだ。間違っていた私が、世界を間違ったモノにしていた。そう、自戒すべきだ。

 

「私は間違えた。でも―――」

 

 弱々しさを纏っていた新月真夜が、力強く、四葉真夜を見やる。

 

「―――この愛だけは、間違いなんかじゃない」

 

 新月真夜は、手を差し出していた。

 何かを抱えるような手。

 その抱えた何かを、受け取って欲しいと、そう言うように。

 

「……、ええ。貴女の愛は、間違いなんかじゃない」

 

 四葉真夜は、その愛を受け取る。

 

―贖罪にはならない、私の自己満足だけど、一生貴方だけを愛します

 

 新月真夜の愛を受け取って、四葉真夜はクスリと笑う。

 

 実の子供としていた相手に抱くような思いではない、と。

 

 その感想が自分に返ってきている事の自覚もしているので、なおさら四葉真夜には面白くて仕方がなかったのだ。

 

「―――ありがとう、四葉真夜」

 

 新月真夜は、見えない到達者が真の世界の自分であると直感的に確信して、前へ歩き出した。

 進むべき場所へ、会場の奥へと。

 

 枯草真由美も歩き出す、次の目的地へ。

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 リーナによく似た観客は、枯草真由美が傍に寄るなり、『偶像だった者の砂塵』を差し出した。

 写真を燃やしだしているのを見て、準備していたのだ。

 わざわざ壁から取り外し、抱えて待っていたのである。

 

 写真に未練があった人間、新月真夜が直近だったのもあり、その潔さには困惑するリーナたちである。

 確かに、リーナは燃やす用に線香を持ってきているが。

 

「……未練とかないの?リーナさん」

 

「ないわよ?だって、このピクチャに本当の『サキー』は映ってないもの。オリジン、初心ってヤツ?を忘れないように見てただけよ」

 

 枯草真夜まで質問するくらいに潔い観客。ただ、その潔さは、その写真がこの瞬間に、その観客にとっての役目を終えたからだった。

 この写真自体に、その観客は一切の愛着がない。

 

「ほら、さっさと燃やして。居るんでしょ?真の世界のワタシ」

 

「え、ええ……」

 

 その観客に促され、リーナはようやく『偶像だった者の砂塵』に線香を添え、灰にする。

 

 観客は、消えゆく灰も、燃え行く光景すらも視界に入れず、線香を添えた人物を捉えていた。

 見えはしない、声も聞こえないが、そこに居ると確信している、真の世界の自分を。

 

「初めまして。ワタシは、そうね……。『イフリーナ』とでも呼んで?『if(イフ)』の『リーナ』だから『イフリーナ』よ?分かりやすいって大切でしょ?」

 

 お面を外した観客、アンジェリーナと同じ顔をしながら、アンジェリーナより明るく溌溂とした女性。『イフリーナ』。

 シミュレーション世界のとあるルートのアンジェリーナ=クドウ=シールズであるという説明は、彼女は省く。どうせ分かってるだろうと。

 

「ワタシのところの彼、『サキー』はサイアクだったわ」

 

 イフリーナは語り出す。

 『サイアク』と言うわりには、彼女は笑顔である。

 

「どうにも最初っから人格まで書き換えてたみたいで。Cutesy……,ジャパニーズだと『ぶりっ子』?とか言うのだったかしら?」

 

 イフリーナのルートにおける『堺亮』。彼について明かされる情報に、アンジェリーナたちは顔をしかめる。

 『人格まで書き換えてた』という言葉に悲惨さを感じていたが、『ぶりっ子』という言葉で感情が『悲惨』からツイストされて、顔への感情出力までツイストしたのだ。

 

「しかも下手な女の子より女の子した外見だったし。肩とかヘソとか出して骨格隠してもないのに、とても女性的な魅力放ってたのよ?同じ女でも嫉妬する美貌だったわ」

 

 イフリーナからの情報が想像の斜め上どころか別座標への空間転移をしている者だから、アンジェリーナたちは混乱を極める。

 イフリーナはその様子が目に浮かんでいたので、ケラケラと笑っている。

 

 その笑顔が、一転する。

 

「サキーの素顔が見られたのは、最期の、ほんの一瞬だけでした」

 

 イフリーナは、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 

「ずっとサキーは、周りから愛される存在を演じてた。ワタシも、何か気取ってはいるんだろうなと感じながら、それが素顔と全く違うモノとまでは考えてもいなかった」

 

 最初から最期まで、イフリーナは偶像に騙されていたのだ。

 騙されているとも、気付かないままに。

 

 イフリーナは悔しくて仕方がなかった。

 自分に色々良くしてくれたのも、隣で笑い合ってくれたのも、全て嘘だったのか。

 

「だから、ワタシはこれを真の世界のワタシに伝えるために、ここでずっと待ち続けていました」

 

 イフリーナは、暗い思いを全て取り払って、穏やかに笑う。

 

「本当の彼を見つけてあげて。彼も、それを望んでいるから」

 

 イフリーナのそれは、ある種、応援の言葉だった。

 

 『堺亮』は、本性を暴かれるなんて嫌なのではないか。

 騙され続けてあげるのが『堺亮』のためなのではないか。

 

 イフリーナは、それらの躊躇に否を唱える。

 

 『堺亮』は、本当の自分を見つけともらえる事を、心より望んでいる。

 そう、イフリーナはアンジェリーナたちの背中を押すのだ。

 

「分かってくれたら、シェイク・ハンズ」

 

 イフリーナは、アンジェリーナに握手を求めた。

 自分の願いを誰かに託せた。そう、確証が欲しくて。

 

 アンジェリーナはその手を少し見つめて、握り返す。

 

「分かったわ、もしものワタシ(イフリーナ)。ワタシたちは、本当のサキーを見つける」

 

 アンジェリーナに、イフリーナの思いが伝わる。

 

―次は素顔で話しなさいよ……。Fu〇kin'……my Dear…….

 

 アンジェリーナは思わず噴き出す。

 『Fu〇kin'』と、自分の並行存在が口に出しているという驚愕にぶっ叩かれたのだ。

 

 アンジェリーナは少し咳き込んだ後、改めてイフリーナの顔を拝む。

 笑顔だ。ともすれば、自分は今までの人生で1度もした事がないだろう程に。

 

 彼女は、彼と居られて幸せだったのだろう。

 後悔が、彼の素顔を知らぬままでいたという、1つくらいのもので。

 

 アンジェリーナは誓う。自分も、こうなるのだと。

 いや、これ以上になるのだと。

 『堺亮』の傍で。

 

 イフリーナは一頻り笑顔をアンジェリーナに送ってから、奥へと1人、歩き出した。

 

 次へと歩き出す時間だ。

 

「さぁ、次は―――」

 

「「俺たち前世組の時間だぜ!」」




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、10月12日(翌日)の予定です。
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