魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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※前日に前編(170話)を更新しております。読み飛ばしにご注意ください。
※今回は当社比長め(12,000字程)です。ご了承ください。


第百七十一話 夜を徹する・後編

「さぁ、次は―――」

 

「「俺たち前世組の時間だぜ!」」

 

 枯草真由美の声をかき消して、2人組の男が割り込んだ。

 枯草真由美は鬱陶しそうな表情を浮かべる。

 しかし、溜息1つ。

 

「そうね……。貴方たちに任せて、私は奥で待っているわ」

 

「おう。お疲れさん、枯草の姐さん」

 

「泥船に乗ったつもりで待っててくれ」

 

「大船なんて贅沢は言わないから、せめてカヌーには乗せてほしいわね」

 

 枯草真由美は2人組の男たちと軽口を交わす。呆れたように鼻で笑いながら、それでも彼らに案内を任せ、奥へと。

 

 2人組の男は手を振って枯草真由美を見送ってから、七草真由美たちの方へと振り返、り過ぎてあらぬ方向を向いている。

 彼らも七草真由美たちは見えていない。

 よって、気付かぬままに話が進む。

 七草真由美たちは空気を読んで、進んで彼らの前へ並び直す。

 

「やぁ。親友が異世界転生した先の皆様方」

 

「……改めて明言すると、羨ましいな。……異世界転生」

 

 2人組の男がお面を外し、素顔を晒す。

 七草真由美たちが察していた通り、その2人組の男は、『藤井寺亮』と『羽曳野亮』だ。

 人懐っこい、朗らかな笑みを浮かべている。

 

「親友がお世話になっております」

 

「絶対お世話になっているだろうと思っております」

 

「え?いや、私たちも、お世話に……?」

 

 藤井寺も羽曳野も頭を下げたので、反射的に頭を下げようとした七草真由美。

 ただ、ちょっと脳裏に過って行動が中断。四葉十六夜には色々お世話になってきたけど、堺亮にここまで面倒掛けられていると、本当にお世話しているのがこっちなのではないかと。

 雫も真夜もリーナも、言葉にしてないが、同じ思いを抱いて、皆微妙な顔になっている。

 

「という事で。親友の借りを返すべく、こっからの案内は俺たちがします」

 

「枯草の姐さんより、俺たちの方がカイの家族らと面識あるからな。―――では、こちらにどうぞ」

 

 真由美たちが微妙な顔してるとは露知らず、藤井寺と羽曳野は案内のためにさっさと動き出した。

 真由美たちは現実に引き戻されたかのように、急いでその後に付いて行く。突然の事だったので、誰も線香を持たぬまま。

 

「じゃーーん。こちらがカイ、『堺亮』のお母さんでーす」

 

「年齢詐欺の羨まお母さんでーす」

 

「どうも。よく年齢より若いって言ってもらえる、『堺亮』の母さんでーす」

 

 母親は、控えめながらピースをしていた。

 この母親、ノリが良い。

 

 外されたお面の下には、確かに若作りされた顔があった。

 しかし、化粧でやつれを隠している事は、藤井寺たちや真由美たちの目は誤魔化せても、真夜の目は誤魔化せない。

 真夜は、そのやつれに刻まれた心労を慮り、涙ぐみはすれど、口に出す事はしない。

 

 母親は、真由美たちの前へ一歩出る。

 

「うちの子が、本当にお世話になっています。大変でしたでしょう?あの子、不満とか不安は溜め込んじゃうから」

 

 母親は、我が子を想ってここまで来てくれた乙女たちに、素直に感謝を表していた。

 本当によく、ここまで来てくれた、と。

 

「あの子は、元から家族思いでありながら、重く考えすぎてしまう子でした……。ただ、それが深刻になるきっかけは、これだったように思います……」

 

 母親は『これ』と、『授業参観』を見つめていた。

 

 『堺亮』が抱く自己愛と自己嫌悪に陥るきっかけは、この『授業参観』の日にあったと。

 

「算数の授業でですね?単純な計算ミスをしたんです。その事を、あるクラスメイトが揶揄ったんです。『こんなのも出来ないんじゃ、お里が知れるぜ』って」

 

 最悪へと至るドミノ倒し、その1牌目は、クラスメイトの言葉だった。

 それは何気ない、無邪気な言葉で。でも、心無い、不躾な言葉だった。

 

「その子はすぐに、その子の母親に叱られて、親子そろって(うち)に謝りに来てくれました。だから、本当に悪気はなくて。覚えた難しい言葉をすぐに使いたがっただけの、子供の悪戯だったんです」

 

 堺亮の母親は、その子供を恨んでいない。

 強いて恨む事があるならば、嚙み合わせの悪さ。あるいは、神だろうか。

 

「亮に聞かれました、『お里が知れる』とはどういう意味か。それは、子供の悪い部分は家族の悪い部分という意味の悪口だ、そうちゃんと教え、でも言いました。気にしなくて良い、と。家族思いの亮は何も悪くない、と。家族思いなのは嬉しいけど、ママたちの事は気にせず、好きな事をして良いんだ、と」

 

 母親は実子の質問にちゃんとした回答をした上で、願いも伝えたのだ。

 それが、悪い方向に転んだ。

 

 母親は『授業参観』を壁から取り外し、乙女たちへと差し出す。

 

「どうか、あの子の心に触れてみてください」

 

 写真を差し出す母親の言葉。意味が読み取れぬまま、乙女たちは言葉のままに、写真に触れる。

 

 写真は光となって、乙女たちに吸い込まれていく。

 その脳に、ある心を刻み込む。

 

―そうか。俺がダメだと、ママもパパも、お(にい)もお(ねえ)もダメなヤツだと間違われちゃうのか。じゃあ、俺もスゴイヤツにならないと。ママも、『家族思いなのは嬉しい』って喜んでたし、ママたちのためにスゴイヤツになろう!

 

 それは、堺亮の気質、クラスメイトの言葉、母親の願いが最悪の噛み合わせをしたと、証明するモノだった。

 

 その時から、家族思いの堺亮は家族のために、自身も家族のように凄い奴になれるよう、我武者羅に足掻く事になる。

 

 そうだと理解した乙女たちは、愕然とする。

 こんな噛み合わせがあるか、と。風が吹けば桶屋が儲かるかのような。

 

「……私は、あの子の背を、押してしまった。……あの子に、家族のために足掻かなければならないという、呪いを掛けてしまった」

 

 理不尽だろう。そんなつもりじゃなかっただろう。

 そう擁護・自己弁護したところで―――

 

―――自殺した息子は帰って来ない。

 

 でも、希望はあった。

 

「……あの子が、生きているように感じました。あの子が、別の世界で生きているかのような、夢を見ました」

 

 死なせてしまった息子の来世。

 夢とはいえ見られたのは、心が通じているからか、あるいは妄想が具現したからか。

 いや、下手に真実を追求すべきではない。

 ここは、こう表すべきだ。

 

「私は、あの子を愛しています」

 

 愛のなせる業だ、と。

 

「私の妄想かもしれない。でも、そうでないとしたら……。会う事はもう叶わないのだとして、それでも母として、祈らねばならない事があります」

 

 会えなくても良い。我が子の笑顔をもう見れなくても良い。それでも良い。それでも良いのだ。

 ただ、1つだけ許せない事がある。

 

「今度こそ、幸せでありますように」

 

 あの子が幸せでないなんて、許せない。

 

 あの子は今、幸せだろうか。

 あの子はちゃんと、笑えているだろうか。

 

 分からない。分からない。

 夢は何度も見られない。世界を越えて繋がる愛も、万能ではない。

 だから、託すのだ。

 

「お願いします。あの子を、幸せにしてあげてください」

 

 母親は、涙ながらに、何も差し出せない相手に、ただ祈り、託す。

 あの子の幸せを。

 堺亮の幸せを。

 

 乙女たちは、頷くまでもない。

 そうするために、ここまで来た。

 

 見えなくとも伝わる。愛ゆえに。

 

「ありがとう……―――」

 

 涙と笑顔を浮かべて、彼の母親は色を失っていった。

 

「あら。成仏しちゃったのか、カイのかーちゃん。南無」

 

「縁起でもねぇ、生きてるよ。ただ、心残りがなくなって、繋がりが薄まっただけだ」

 

 合掌する藤井寺の頭を、羽曳野は軽く叩いていた。

 堺亮の前世組は、前世世界で普通に生きている。時間軸のズレとかは考えないものとする。

 この場所は、前世組には夢のように見て、明晰夢のように動けて、夢のように覚えていられる。記憶から薄れゆくも、そこで抱いた感情だけは胸に刻まれる。

 

「ちゃっちゃと行こうぜ!何か、お兄さん・お姉さんに早よしろ視線が飛んできてる気がするし!次は―――」

 

「お父さんだね、分かるとも」

 

 藤井寺が巻いて行こうとする最中、乙女たちの背後から現れたのは、『励まし』の前に立ち止まっていた男性だった。

 

「見えないお客人方、悪いけど歩きながら話そう。あの写真の下まで。子供たちが早よしろ視線を飛ばしてきてるから」

 

 『早よしろ視線』は気のせいじゃなかった。

 男性はもうお面を外して、穏やかで理知的な顔をさっさと曝している。

 しかも、『励まし』の前まで歩きながらと提案している。

 子供たちが急いているからとそうしているが、そうして急かされながらも前世組二番手を譲らなかったのは何故か。

 

「お父さんもちょっと急いでるんだ。お母さんが帰路についてしまったから、急いで追いつかなきゃ、ね」

 

 夫婦の仲良しこよしが理由だった。真面目な顔で惚気ている。

 夫婦の熱愛は子供たちを置き去りにする。子供たちが良い歳した熱々夫婦に呆れているせいもあるが。

 

「まずは、感謝を述べさせてほしい。―――あの子、亮のためにここまで頑張ってくれて、本当にありがとう」

 

 歩きながらの横目であるが、父親は確かに、その顔に感謝の思いを込めていた。

 嬉しさも、混じっているだろう。あの子がちゃんと、来世でも愛されていると。

 

「あの子は、あまり多くを、いや、大事な事を話さない子だ。だから正直、交友関係は広くなかった。でも、狭く深く、と言うのかな。良い隣人を見つけてくるよ」

 

「「いやー、それほどでも」」

 

 父親の『良き隣人』という言葉が自分たちを指していると解釈する藤井寺と羽曳野。

 照れた様子の彼らを、父親は暖かく見つめる。

 

「ただ、僕たちではダメだった」

 

 父親は、歩みを止める。

 『励まし』の前で、己の失敗に打ちひしがれるように。

 

「ただ、悩み多き子だと、錯覚していた。それだったら、何の事はない。そういう教え子も少なくはなかったし、ちゃんと導けていたと、自負している」

 

 高校教師であり、柔道部顧問。

 多くの子供を教え導いた。子供を教え導く才はあると認識していた。

 それは、自惚れとも言えるかもしれない。

 

「あの子を、亮を、1パターンに収めて、扱ってしまった……。僕はあの子を、あの子自身として、ちゃんと見られていなかった……」

 

 経験してきたとおりの、当たり障りのない、一般的な父親として接してしまった。

 自身の息子に合った父親をやれていなかった。

 

「『あの子は変わり者だった』。『普通は気付けない』。『子供2人はちゃんと育てられているのだから、貴方は何も悪くない』」

 

 息子を自殺にまで追い込んだ父親には、たくさんの励ましが言葉として送られたのだ。

 周りからは許されていた。

 でも、許せない。

 

「馬鹿を言うな!子供1人を死なせておいてっ、悪くない訳ないだろう!」

 

 未熟な己が許せない。

 父親は、涙を流しながら叫んでいた。

 

「仮にも教師でっ、あの子の父親だ!幸せになれるよう教え導かなくてっ、何が教師だ!何が父親だ!!馬鹿馬鹿しい!!」

 

 悲しみに涙を流し、情けなさに鼻水を垂らし、愚かさに唾を飛ばした。

 でも崩れ落ちはしない。自分は教師で、父親なのだ。見っともなくても、屈する事だけはダメだ。

 

 実の子供が、まだ生きているなら猶更。

 

「……夢を見た。……あの子が、来世を迎えている夢だ。……情けなくも、祈ったよ。夢であるな。そして―――僕の愛が、本物であれ。と」

 

 あの子への愛が本物であるなら、どうしてもやりたい事が、やらねばならない事がある。

 

「僕は、あの子を愛している。だから、今度こそは、幸せへと導く」

 

 顔から溢れる液体を全て袖で拭ったその男は、強い、父親の顔をしていた。

 

 父親は、『励まし』を壁から外す。

 それから、乙女たちに差し出す。

 

「あの子を理解し、支えてやってくれ。これが、僕があの子に出来る、最初で最後の導きだ」

 

 男の熱意が、乙女たちに伝わる。

 堺亮を理解し、支えてやれる者を作り出す。

 それが、この男ができる、最大で最低限の導きだ。

 

 乙女たちは、『励まし』に触れる。

 

―『好きなものを目指しなさい』?じゃあ教えてくれよ、お父さん。俺は何が好きで、何なら凄い奴に成れるのか。教えてくれよ。俺は貴方の息子だ。教え子を何人も立派に育て上げた教師の息子だ。教えてくれよ。教師で、父親なんだろう?俺は何をすれば良い?俺は何に向いている?俺は何なら好きになれる?教えてくれよ。教えてよ。教えて……

 

―……その一言が、言えなかった。……口を開いたら、自分に対する嫌悪感で吐いてしまいそうだから。……父親にまだ甘えようとする己に、酷く嫌悪感を抱いていたから

 

―凄い奴が、父親に縋るだろうか。なら、凄い奴に成りたい俺は、父親に縋ってはいけない

 

―お父さん。俺は貴方の息子だ。お父さんは凄い人だ。なら、凄い人の息子である俺は、凄い人にならなければならない

 

 既に幾度も挫折した後だったのだろう。

 挫折しているくせに、心が折れていない。

 いや、折れていないのではない。

 その心は、もう折れ曲がっていたのだ。

 家族思いが故に、家族の有能を己が身で証明しようとしたがために、その心は折損を許さない。ただひたすらに、折損しそうな心を繋ぎ止め、歪な形で状態を保ってしまった。

 

 これは通常ではない。異常だ。

 

 でも父親は、『異常』を言い訳にして、息子を死なせた過失を見過ごしたくない。

 

「君たちがあの子の導きとなる事を、切に願う」

 

 父親は、導きの思いを繋いで、色を失った。

 

「「南無」」

 

 今度は揃って合掌する藤井寺と羽曳野である。

 もちろん、父親は存命である。

 

 さて、数秒の黙祷が終わり、次に動こうとした時である。

 

「こっち!次はこっち!」

 

 堺亮の姉らしき女性が、ものすごく手招きしていた。

 藤井寺と羽曳野も、乙女たちも、苦笑する。

 他にも観客は居るので、大声は通常厳禁なのだが。観客たちも、この空間で彼女の為人(ひととなり)を知ったので、ご愛敬として優しく流している。

 自分たちの想い人、堺亮の姉であるし、堺亮を救うのに必要な要素でもあるのだし。

 

「と、いう事なんですけど?お兄さん」

 

 お姉さんに手招きされているが、羽曳野は念のため、遠目でお兄さんの方へお伺いを立てた。

 堺亮の兄らしい男性は、やれやれと言わんばかりに、肩をすくめている。

 優先権は姉に譲られた。

 弟妹のために我慢できる長兄である。

 

 お姉さんとお兄さんの意志が確認できたところで、藤井寺と羽曳野は高級ホテルのドア・マンが如く、丁寧に次の行く先を指示した。

 もちろん行く先は、お姉さんの方である。

 

「やっほー、お客さん。私から貴方たちの事は見えないんだけど。弟とはどういう関係なのかな?ここまで来れるって事は、性別を問わずして愛ゆえに、だと思うんだけど。―――仮に恋人だって言うなら弟の好きなところを100個ほど上げてくれない?」

 

 早々にお面を取っ払い、乙女たちの心中にも美人という印象を与えた姉。途中までフランクでフレンドリーな態度だったのに、最後の方は得も言えない雰囲気を放っていた。

 微笑みは最初から最後まで変わっていないのだから、なおさら威圧感がある。真夜も怯むレベルである。

 

「私はね、あの子が好きなの。愛している。弟としてしか見てなかったけど、別に性的な交流を持っても良いかなぁ、なんて思うくらいには愛してる」

 

 振り返って後ろ手に手を組んで、とうとうと語り出す姉。

 乙女たちは理解する。

 これ、弟版にして完全に開き直った上で猛進した深雪(ブラコン)だ。

 

「生きてさえ居てくれれば良かった。それ以外はあの子に求めない。逆に、あの子の求めには全部応えるつもりだった。体求められたら喜んで与えてあげたのに」

 

 それは、行き過ぎてはいるが、確かな愛だろう。

 求めるモノは最低限。

 しかし、与えるモノは最大限。

 それは本当に愛であるが、だが、愛以外がない。

 無償の愛だ。母親からならまだしも、実の姉からそれを受け取る。ちょっとどころではなく不気味だろう。

 

 乙女たちは察する。

 堺亮が持っていた、女性への免疫、そして女性への苦手意識。

 根源はこの姉だ。

 そりゃ、姉からこれ程過剰に愛されたら、免疫も付くし苦手意識も持つ。

 苦手意識の方は、乙女たちからすればトバッチリ感があるが。

 

「あの子の頑張る姿、好きだったなぁ。それに、小説家の才能は、ちょっとはあったと思うんだけど。こっそりパソコンの書き溜め読んだ事あるけど、私は楽しめたし」

 

 さりげなく弟のPCロックを突破している姉である。

 乙女たちは無意識に一歩後退っていた。

 藤井寺と羽曳野、兄たち親族らからすれば、慣れたものである。それに、弟の前では常識を弁えて抑えていたし。

 

「それこそ私は、小説作家を目指すあの子を養ってあげても良かったのに。まぁ、目指すものが小説家じゃなくても良いし、何も目指してなくても養うけど。あ、でもやっぱ何か努力はしててほしいかな。何もしてないのは肉体的にも精神的にも不健康で、寿命が縮まっちゃうし」

 

 末永く弟を飼う支えるつもりだった姉である。

 声のトーンが日常のと差異ないので、冗談でも何でもない。

 

「そんな私の思いを他所に、あの子は私の元から居なくなった」

 

 空気が、変わる。

 

「ねぇ!どうしてよっ、どうして居なくなるのよ!何が足りなかったの!?金?知恵?やっぱり体?私はあの子に何を与えれば、あの子は私の傍に居てくれたの!?」

 

 姉は、泣き崩れる。

 愛を与えていた。求められる全てを与えるつもりでいた。

 

 分かっている。分かっている。

 

 堺亮の幸せを求められても、私には与えられない。

 

 姉は『家庭教師モドキ』に寄りかかり、壁から引き摺り降ろす。

 

「分かってた……、分かってたわよっ……。私じゃあの子を幸せにしてあげられない……。あの子を愛する事しかできない私には、あの子に何かを求めるなんて、あの子に恋なんてできない……っ」

 

 時として、一方的に与える事が、他人を傷付けるなんて事は、分かっていた。

 特に、堺亮がそういう人間である事も。

 

 姉は、引き摺り降ろした『家庭教師モドキ』を拒絶するように、乙女たちの方へ弾き飛ばした。

 

 姉は、その写真と、そこに居るだろう乙女たちを、涙ながらに睨んでいる。

 さっさと受け取れと、言わんばかりだ。

 

 乙女たちは、怖気づきながら、『家庭教師モドキ』に触れる。

 

―お前は与えられるばかりか?その恩に報いる事も出来ないのか?『別に気にしなくて良い』という言葉を鵜呑みにする薄情者か?違う。違う違う違う違う!俺は……、俺はっ……!

 

―姉貴……。許してくれ、もう許してくれ……。俺は、こんなに与えられても、貴女に何も返せない……。恩返しも出来ない、ただのゴミなんだ……

 

 堺亮は、家族思いであるがために、姉から受けた恩を返せぬ己の無能に、大きな苦悩を抱えていた。

 しかし、そんな諦念に近い感情を抱きながら、彼は歩みを止める事が出来ない。

 諦めても足掻き続けなければならない。

 それが家族への愛だったのか、ただの自己愛だったのか。その原型すら留められなくなる程に。

 

「貴方たちが憎い」

 

 姉が零す、憎しみ。

 

「あの子が生きている夢を見た。来世で元気にしている姿を見た……!あの子の傍に居られるのが、どうして姉の私じゃなくて赤の他人である貴方たちなの!?」

 

 羨ましかった。

 生きているあの子と、今言葉を交わす事の出来る者たちが。

 自分からは失われた権利を持つ者たちが。

 

「だから、許さない」

 

 その権利を与えられて、のうのうとしているなんて許せない。

 

「だから、あの子を幸せにしなさい。あの子の傍に居れる権利を得た貴方たちは、そうしなければならない義務がある」

 

 権利だけを行使して、義務を果たさないなんて許せない。

 

「せめて、お願いだから……。夢で良いから……。また、あの子の笑っている顔を見させて……?」

 

 姉は託す、自身が果たせなかった義務を。あの子の幸せな未来を。

 

 乙女たちは、彼女の、涙で歪んだ睨みを、真正面から受け止める。

 

 姉は、疲れたように寝入り、色を失っていった。

 

 藤井寺と羽曳野は、念入りに合掌するのだった。成仏してくれと。死んでないけど。

 

「さて。次が最後だぜ?お客人」

 

「お兄さんは薄味だから、安心してくれよな」

 

 藤井寺と羽曳野から、最後はあんな強烈な人物じゃないと教えられ、やっぱりどうしても安堵してしまう乙女たちである。

 

 そうして、最後の人の下へ。

 

「妹が大変申し訳ございませんでした」

 

 遠目からあの醜態を心配そうに静観していた男の、初手謝罪。

 乙女たちは受け止める他ない。謝りたくなる気持ちも分かるので。

 

「それと。弟が世話になっています。改めて、堺亮の兄です」

 

 お面を外す男性。まさに両親の良いとこ取りと言ったような、優しげな印象だ。真っ当に成長した堺亮、という雰囲気でもある。

 

「家族がもう言うべき事は言い切ったでしょう。だから、俺から話す事は多くありません」

 

 兄は、早くも『相談』の写真を差し出す。

 

「俺から言う事は、あいつの等身大を受け止めてやってほしい、という事です」

 

 乙女たちは、『相談』に触れる。

 

―止めてくれ……!もう良いだろう……?分かってるだろう……?俺は、兄貴が、家族のみんなが期待するような人間じゃない……!何も出来ない無能なんだ……。後、何を頑張れって言うんだ……

 

―ああ、分かってるよ……。俺は、みんなの家族だ……。凄い人たちの家族だ……。頑張らなきゃ……。凄い人にならなきゃ……

 

 期待を掛けられているからこそ、疲れ切ってなお、止まれなかった堺亮。

 自縄自縛なんて程度ではない。もはや形がそうなってしまった、矯正されて捻じ狂った盆栽の如き状態だ。

 

 そんな不自然状態で在り続けたがために迎えたのが、自己嫌悪による自殺だった、という話だ。

 

「俺たち家族は、あいつを見誤った。努力の天才だとでも思ってしまった。積み重ねたあらゆる分野の経験が、あいつ独自の道を切り開くと、盲目的に期待してしまった」

 

 期待とは時に、その人を誇張してしまうものだ。

 その誇張した像が、その人の未来像なら良い。

 悪かった場合が、堺亮だ。

 

「亮、許してくれ……。お前の本音に気付いてやれない、こんなダメな兄ちゃんを……」

 

 兄は、会場の奥、『荼毘』を遠目に拝んだ。

 

 良い兄をやれていると、自負していた。

 あの、葬式の日までは。弟の死を実感するまでは。

 酷い話、自殺の現場を目にしても、実感がなかったのだ。

 俺の弟が、自殺なんてするはずないと。

 そうして押し付けた誇張が幻影だった事に、棺桶に眠る弟を見て、ようやく気付いた。

 

「でも、俺はダメなお兄ちゃんでも、弟を思う兄である事は変わらないんだ。だから、祈らせてくれ」

 

 兄は、乙女たちの方に振り返る。

 

「―――弟と貴方たちの行く先に、(さち)あれ」

 

 兄は、弟と、その弟を支えてくれるだろう者たちの幸せを祈った。

 

 ここまで来てくれた人たちとなら、弟もきっと、幸せになれる。

 

 そう信じて、兄は色を失った。

 

 乙女たちは、しみじみと思う。

 堺亮の、母、父、姉、兄。

 彼は家族に愛されていた。

 愛されていたのに、ああだった。

 つまり、愛するだけではダメなのだ。

 

 課題が分かった。その解き方も、ヒントがあったと思う。

 堺亮の家族は、それらを贈るために、ここに居たのだろう。

 

「さぁ、拾うべきイベントは回収して、もうゴールへ向かうだけだぜ!お客人!」

 

「あ、ちなみに俺たちも前世組だが、お客人にくれてやるモノはないぜ?」

 

 案内役だけを務めている藤井寺と羽曳野。

 彼らが言うとおり、彼らからも写真ないしヒントがもらうのが流れだろう。

 でも、彼らは違う。

 

「何故なら―――」

 

「―――俺たちの写真はこれだから!」

 

 藤井寺と羽曳野は、そろって懐から写真を取り出す。

 その写真に、乙女たちは見覚えがあった。

 

 『『亮』同盟』だ。

 

 彼らは、その写真を持ち歩き、大事に仕舞っていたのである。

 

「これは、俺たちの後悔だ。俺たちが抱えるべきモノだ」

 

「だから、俺たちはこれを託さない。他人に任せたりしないし、罪滅ぼしをする気はない」

 

 彼らは、硬い表情で、写真を仕舞い込む。

 

 この写真は、思いは、籠められた友達からの本音は、誰にも聞かせない。

 

「「俺たちは、カイの親友だ」」

 

 堺亮の親友たち。涙を零しながら、真剣な顔で告げる。

 

「俺は、親友を死なせた後悔を、この心の傷を、忘れたくない。忘れてしまうくらいだったら、報われた気になるくらいだったら、ずっと心を痛めたままで良い」

 

「……この後悔のおかげでさ、たまに、夢に出てきてくれるんだ。……カイと楽しく遊んでたあの日々が。……忘れたくねぇよ。……過去に囚われてるって言われても、この夢が見られなくなるなんて嫌なんだよ」

 

 彼らは、贖罪し続ける事を選んだ。

 心の傷を癒す事なく、ずっと抱え続ける事を選んだ。

 

 それが、堺亮の親友であると。

 

 罪の意識が強すぎる性質は、堺亮に似ているかもしれない。

 『類は友を呼ぶ』。

 その言葉に、嘘はないのだ。

 

「はい、湿っぽいのは終わり!最後は笑顔でゴール・テープを切ろうぜ?」

 

「という事で!」

 

 藤井寺と羽曳野は涙を引っ込めて、さらに羽曳野は無線機を取り出した。

 

〈えー観客の皆さま、長らくお待たせいたしました。これより、『荼毘式』を行いたいと思います〉

 

 羽曳野が、無線を使って館内放送を響かせる。

 

〈つきましては、写真『荼毘』の下へ、お集まりください〉

 

 羽曳野が放送を締めれば、本当に待っていたかのように、観客が一斉に動き出す。

 『荼毘』の前へ。

 

 藤井寺がまた、ドア・マンのように『荼毘』の方を指し示す。

 乙女たちは、『荼毘』の下へ集う。

 

 見れば、観客が皆、火の灯った線香を掲げていた。

 火の付け方が、四葉真夜に言われるまでもなく、分かったのだ。

 ここには、『アンキンドルドゥ』を知っている新月真夜が居るのだから。

 

 新月真夜は知っていて、それは周りに告げなかった。

 真の世界からの到達者が堺亮を救うのに必要であるため、その到来を待っていた故に。自分の思いを託せる相手が欲しかった故に。

 

 四葉真夜に託す事が出来た。新月真夜に、もう思い残す事は、後は堺亮の幸せだけだ。

 

 『荼毘』の前に、消えた亮の家族以外が全員、揃っていた。

 枯草真由美、一雫雫、新月真夜、イフリーナ。その4名を除いた観客たちは、お面を着けたままだ。

 彼女らは己の個を主張するつもりがない。

 ただ、想い人を、堺亮を救うために集まった大多数の1人として居る。

 彼女らは、想い人の死に目に会えなかったから。自然と、死に目に会えた4人と序列を付けてしまったのだ。

 4人が上、自分たちは下、と。

 

 それでも良い。想い人が真の世界で救われるなら。

 

〈みんな、線香は持ったな!行くぞォ!!〉

 

 藤井寺の合図と共に、観客たちは説明されるまでもなく、『荼毘』へ線香を投げる。

 皆、意志は同じだったのだ。

 

 想い人の死を連想させるこんな写真、燃やしてしまいたい。

 

 火の灯った線香を持った観客たちは、容赦なく『荼毘』なんてバッド・エンドを焼却しにかかる。

 

 燃え焦がされる『荼毘』は延焼し、『堺亮追悼式典』すら燃やす。

 

 燃えた会場の先には真っ白な空間が広がっており、そこにポツンと―――

 

―――首を吊ろうと踏み台に足を掛ける、堺亮が居た。

 

 観客たちも、乙女たちも、心で理解して走り出す。

 

 止めるんだ、彼の自殺を。

 

 しかし、阻まれる。透明な壁。感触はさながらガラスだが、ここに居る全員が押せど殴れどヒビも入らない壁。

 

 皆が、思ってしまった。

 この壁は、まさに心の壁。堺亮の心に張られたファイア・ウォールであり、拒絶の意志だ。

 

「十六夜!」

「十六夜くん!」

「十六夜さん!」

「サキー!」

 

 1人を呼ぶ涙声が、いくつも重なった。

 

 届かないのか。やはりダメなのか。

 自分たちでは、彼を救えないのか。

 

「バカですね……。個体の、くせに……」

 

 唐突に静かに、しかし皆の涙声を割いて通る声。

 皆が振り返り、声の主をその目に収める。

 

 そこに居るのは、大自然が持つ神々しさと壮大さを人の形にしたかのような、少女だった。

 

 ここに居るほとんどの者たちは、彼女の事を知らないがために、その少女は誰なのかと呆ける。

 枯草真由美だけは違う。

 

「『篝』ぃ!!」

 

 枯草真由美は憎しみを込めて、その少女の正体を明言した。

 

 その少女は、『篝』だ。

 

「何故、貴様がここに!彼の心に土足で踏み入っている!」

 

「土足である事は間違いありませんが、それは貴女たちも同じでしょう。それに、私のこの靴は、私のルートの『特異点』、『鈴木騎士(ナイト)』に選んでもらった物です」

 

 枯草真由美が怒りで以って訳を問えば、その篝はマイペースに、ごく平静に回答した。

 しかし、わざわざ靴を見せつけようと足を上げる姿には、自慢しようとしている雰囲気も窺える。

 

「事は逼迫しているので、端的に。―――私は月の『篝』、シミュレーターを動かしていた『神』ではありません。あくまで、シミュレーションされていた地球の端末たる『篝』です。『神』の端末ではなく、シミュレーションされた地球が発揮した、地球が持つ機能によって生み出された存在です」

 

 『端的に』と自分で言っておきながら、勘違いされないようにそこそこ言葉を並べる、マイペースな篝である。

 

「何故彼の心の中に居るかと言えば、分かり切った事です。『十六夜くんの心に残った存在は、十六夜くんの心の中で生きられる』。そう、つまり―――この篝ちゃんも!攻略対象キャラだったのです!」

 

 意味不明な事を宣いながら、無駄に胸を張る篝である。

 

 要約すると。

 数多シミュレーションの中では、堺亮が地球の人類裁定者、地球の篝に侍るルートもあったのだ。

 そうして、その篝は、堺亮の心に残った。

 だからここに居る。

 特に、この篝は誕生初期から堺亮が身の回りをお世話し、合わせて教育もしたため、だいぶ愉快な『篝』となっている。

 

「貴女たちは、本当に残念なホモ・サピエンスです。この篝ちゃんは既にその壁の正体に気付いているというのに」

 

 皆が彼女の愉快さに呆然としているのだが、そんな機微を読み取れない彼女は、人垣を割って透明な壁へと歩み寄る。

 否。

 壁を、擦り抜ける。

 皆、目を剥いた。

 

「貴女たちは思った事でしょう、彼は自分たちを拒絶していると。愚かですね」

 

 篝は振り返って、皆を鼻で笑った。

 みんな大人なので、青筋立てるだけで済ませてくれる。

 

「彼が!私たちを拒絶するはずないでしょう!何せ彼は―――美少女フィギュアに目がないむっつりで!『魔法科高校の劣等生』が大好きなオタクで!二次元美少女に愛されたらコロっといってしまいそうなチョロインなのですから!」

 

 言葉選びは間違っているが、篝の言葉には、皆に響く説得感があった。

 観客たちの中には、彼のオタク趣味に付き合った者も少なくないのだし。

 

 要は。自己嫌悪とか自己愛とかで覆い隠されてはいるが。堺亮は結構、男の子マインド、という話である。

 

「心の壁は、虚構の壁。在ると思うから、そこに出来上がってしまうのです。篝ちゃんのように、彼に愛されていたという自覚がある存在にとっては、彼の心はバリア・フリー、なのです。騎士(ナイト)(プリンセス)のために居るのですから」

 

 要は。心の壁は、観客たちの錯覚、という話だ。

 

 それが分かってからは、話が早かった。

 

 1人、また1人と、壁を通り抜けていく。

 そうして、走る。

 想い人の下へ。

 

 篝は、彼女らを見送った。

 

「篝ちゃんでは、役者不足でした。篝ちゃんは、クールに去ります……」

 

 自分にはその権利がないと、権利ある者たちを見送った。

 

 皆走る。手を伸ばす。切に願う。

 

 皆の手が、重なる。

 

 情報密度は、それで足りた。

 

 重なった皆の手が、堺亮の手を掴んだ。




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、10月26日の予定です。一週間空けての更新になります。
 ……いや、ホント、毎週更新できてなくて申し訳ない。

※念のために、情報補足。
 今回登場した篝と、月に居る篝は全くの別個体です。
 『篝』という存在は、簡単に言えば、星の意志によって生み出される、星が自身の状態を確認するための観測機です。
 今回登場した篝は、シミュレーションされた世界内の、地球の意志によって生み出された存在。
 月に居る篝は、現実世界の、月の意志によって生み出された存在。
 という事になります。

 ……『Rewrite』原作でもこんな感じの設定あるんですけど、頭がこんがらがるんですよね。
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