魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

174 / 179
第百七十四話 隠匿

2097年9月22日

 

「はい、SANチェック。1D10ね」

 

「おい」

 

「ん?残念ながら、交渉はなしだよ。2つシナリオクリアしているとはいえ、まだ神話的事象への耐性は付かないだろう?」

 

「いや、PL発言じゃねぇよ。いつまで俺はクトゥルフTRPGをお前とやれば良いんだって話だよ。心理テストの一環かと思ってたが違うっぽいしさぁ」

 

 空飛ぶ鯨の中で行われる、キーパー1とプレイヤー1のソロ・シナリオ。

 敵とTRPGしているだけで謎なのに、2日掛けてシナリオが3つ目に突入している現状には、さすがの十六夜も我慢の限界を迎えていた。ここまでは迎えていなかった、という事でもあるが。

 

「そうだね……、やっぱりTRPGはもっと人数居ないと面白くないよね……」

 

「同感ではあるが、そうじゃない。俺はいつまで、鯨の腹の中に居れば良いんだよ」

 

 (ファン)の天然には対応そこそこに、十六夜は到着時間が不確かな空の旅に不満を漏らした。

 確かに、鯨型の飛行船『魔物』、その居住空間は『魔物』の内部とは思えない程、普通に洋風家屋の誂えになっていたが。陽光はいっさい取り込まない、窓の一切ない屋内。時計は一部屋に1つのレベルで置かれているから、時間は把握できる。

 しかしそれでも、やはり外の景色が一切分からないこの状況は、閉塞感が強すぎるのだ。明かりで満たされていても、それは変わりない。

 

「おいおい。飛行船なんて、昨今の最新式でも最高速度は時速300㎞。平均時速は200が精々だ。それも、魔法師を薪にしたヤツでね。それにこれ、『ロンリネスト』は隠密性重視だ。速度はそこまで出ないんだよ」

 

 (ファン)は短気な十六夜へ、やれやれとばかりに呆れの感情を向けていた。

 十六夜としては、暢気がすぎるとしか言い様がない。

 

「分かってるのか?お前らが相手しているのは『四葉』だ。国境だの国際問題だの気にせず追ってくるぞ。おそらく、俺の場所ももう、特定されている。達也のマーキングか、周妃のストーキングかは知らないが」

 

 実情は失踪だが、現状は攫われたと言っても間違いではない。四葉直系が攫われたのだから、その奪還決行という前例がある四葉家は、それを確実に繰り返す。

 最悪なのが、周妃に十六夜の場所を特定でき得る魔法が仕掛けられているのは確実で、場合によっては達也からのサイオン・ピンが打たれている可能性もあるところだ。

 特に、サイオン・ピンが打たれていたら、どれ程距離があろうと現在地を『エレメンタル・サイト』で特定され、しかもサイオン・ピンは自然消滅を待たずに更新される、という事。

 言い方は変だが、十六夜は四葉から逃げられないのだ。

 

「承知の上だよ」

 

 (ファン)は、追跡など意に介していないように、平静だった。

 

「……対策があるって話か?それとも、足止めはしているって話か?」

 

「足止めはもちろんしてる。対策の方は、黙秘しよう。俺と君とは、()()取引は成立じゃないからね」

 

「……」

 

 十六夜は、(ファン)の煙に巻くような言い回しに、唸るしかなかった。

 

 こちらの思惑を、読まれているかもしれない。

 十六夜にはまだ、判別できない。

 

「―――おっと。目的地に到着したみたいだ」

 

 談笑の時間は終わった。

 (ファン)はおもむろに立ち上がり、歩み出す。

 外へ。

 

 『ロンリネスト』、搭乗口と言えば良いのか、口内と言えば良いのか。

 その場で、(ファン)と十六夜は並び立つ。

 鯨ヒゲを目の前にして、口がゆっくりと開け放たれていくのを拝む。

 差し込む陽。その発生源は抜ける青空に高くあり、昼である事を体感させる。

 

(体感時間から類推して、時差はあまりないな。とすると、経度は大きく変わってない。太陽の位置から考えれば、おそらく南半球のまま)

 

 目に見える光景から、十六夜は現在地を絞り込んでいく。

 と言っても、そこまで精確には割り出せないだろうと、本人も自覚している。

 

(……広がる光景は、山脈。飛行船の速度がミス・リードじゃなければ、大亜連辺りであり、そこにある山脈と言えば)

 

 『四葉十六夜』として溜め込んだ知識と頭脳を活かし、おおよその結論が出る。

 

「……崑崙(こんろん)山脈、か」

 

 十六夜は、苦笑を浮かべた。

 『崑崙』。四葉の人間として、何かと縁がある単語だ。悪縁だが。

 

「さて。じゃあ行こうか」

 

「『行こうか』って。お前、まだ地面とは距離が―――」

 

 十六夜が疑問を呈するや否や、(ファン)はその身を空中に踊らす。

 超人でも、無事では済まない高度だ。

 十六夜は条件反射的に手を伸ばし、(ふち)ギリギリまで足を進めるも、手は空を切る。

 そうして、(ファン)の行く末を見つめていれば、地面の方から何か、伸びてきた。

 

「……サンド・ワーム」

 

 サンド・ワーム。(ファン)たちが抱える『魔物』の1体。

 それが、空中に居た(ファン)を呑み込んだ。

 

 これが、秘密基地へと至る正当な手順なのだ。

 

「……また、腹の中か」

 

 後どれ程食われる物の思いをすれば良いのかと憂鬱になる。

 だが十六夜は、地面から伸びたまま待ち構えるサンド・ワームに食われるしかないのだ。

 

 十六夜は、投げやりにその身を投げた。

 サンド・ワームの口の中、着地地点は高いクッション性を発揮するのだった。

 

 今度の待機時間は、プレイ途中のシナリオを終わらせるだけで済んだ。

 今度はサンド・ワームの口から歩み出る。

 目の前に広がるのは、田畑と土道ばかりの、良く言えば自然豊かな、悪く言えば辺鄙な、田舎町の光景だった。

 異常なのは、その村が鬱蒼とした森林で囲まれている事。

 そして、六本足の馬や、直立した牛が闊歩している事。(つたな)いながら人語を喋っているような犬も居る。

 

 実に分かりやすい。

 ここは、外界から隔絶した、『魔物』使いたちの村だ。

 

「……超人は居ないんだな」

 

「超人は森で狩猟中だよ」

 

「……文明を何百年巻き戻してるんだよ」

 

 (ファン)に先行されながら道行く十六夜は、顔が引きつる感覚を覚えた。

 

「ここだ。ここに俺たちのボスが居る」

 

 木と石の両方を用いた、チベット文化を思わせる建築様式の建物。その文化の寺院といった感じもありながら、しかし小規模に抑えられた上で、配色も地味なものとなっている。

 

 弾圧から逃れた信仰者が、目立たぬようにしながら神仏への敬いを忘れずに建てた寺院。

 十六夜の感想がそれだった。

 

 (ファン)は十六夜が立ち止まっているのも気にせず、その寺院の中へと入って行く。

 

 入り口付近、正門と呼べきそこには、少なくない人がまばらに居た。

 皆、寺院を前にして地面に膝を突き、大仰に頭を下げたり、両掌を擦り合わせている。祈りを捧げているのだ。

 そして、(ファン)の存在を知るや否や、今度はその祈りを(ファン)に向けていた。

 (ファン)は、皆に笑顔で小さく手を振っている。祈りを捧げている何人かは、感涙していた。

 

 (ファン)も、この寺院も、彼らにとって信仰の対象なのだ。

 

 十六夜としても、分からなくはない。

 

(『魔物』化しているとは『英雄』、それを知らないとしても、バケモノじみた身体能力の持ち主だからな。そんなバケモノが自分たちに好意的となれば、そりゃ畏怖や信仰もするだろうな……)

 

 『超人』としても最上位の存在、(ファン)。『魔物』化して長命である事も考えれば、神格化の材料が揃っている。

 

(そして、寺院への信仰は……)

 

 十六夜も(ファン)の後に続き、その信者たちの目を横目に伺う。

 

 皆、その目にある光は、昏いものだった。

 十六夜には見覚え、というか、身に覚えがある。

 

 信者たちは、堺亮が自殺する瞬間と同じ目をしていた。

 彼らは、人生に疲れ、己の人生を捨てた者たちだ。

 では、己の人生を捨てた者が、何故まだ自分の命を拾っているのか。

 

(こいつら、『聖女』信者の『魔物』使いだな)

 

 彼らはその命を、『聖女』へと預けているのだ。

 己たちに崇高な死を与えてくれるだろう、聖なる存在に。

 

 人生に疲れ切って己の人生を捨てた者は、幸福な死を望む。

 生に疲れているから、死んだ後に疲れるのは猶更ご免なのだ。

 有体に言えば、死後に極楽へ行ける事を望んでいるのである。

 

(おおかた、命を捧げれば天国を約束する、なんて嘯いているんだろう。宗教だな、まさしく)

 

 ここには、『聖女』信仰が根付いている。

 十六夜は、そう確信して気を引き締めた。

 

 『聖女』とあからさまに敵対すれば、ここに居る全ての人間が己に牙をむく。

 厄介なのが、威圧したところで、彼我の差を知らしめたところで、無意味という事だ。

 狂信者は死を厭わない。むしろ望んで死にに来るだろう。崇高な死が、天国へのチケットが、そこに在るのだから。

 

「救いというのは必要だ。たとえそれが、まやかしでも」

 

 信者の耳が届かなくなったところで、(ファン)は口を開いた。

 

「……宗教の是非について、一々苦言を呈するつもりはない。それに、ここの信者は潔い。勧誘しようという意志がない。仲間作りに熱意がない。ま、当たり前の話だろう。仲間作りは、生きる事を諦めちゃいない人間の行動だ」

 

 宗教は人々の救い足りえる。それは十六夜も認めているところだ。

 誰もが己の意志だけで立てる、そんな強さを持っている訳ではない。

 実際、十六夜の自認としては、そんな強さを持っていない側だ。

 

「しつこい勧誘がなく、他への否定もない。そこだけは、この信仰を肯定するさ。教主様が詐欺師じゃなければな」

 

「そこは安心してほしい。ウチのボスは皆に目的を共有している」

 

 弱者を食い物にしていないかと睨みかかる十六夜に、(ファン)は振り返って笑みを返した。

 

「君がその目的に共感してくれるのが、一番手っ取り早いんだけどね」

 

 (ファン)は、そう笑みに苦みを混ぜながら、扉を前にして横に控えた。

 

 両開きの、別に豪華でもない扉。

 特別感がその扉自体からは感じられないが、そこに反しているのが、(ファン)の態度。

 まるで彼は、ここに大事なモノがあるように控えている。自然体でありながら、臨戦態勢を取っている。十六夜は『超人』として、それを肌で感じ取っていた。

 

 この部屋の中に、『聖女』が居る。

 

 十六夜は、意を決して扉を押し開く。

 

 高い天井を、柱四本で支える一室。

 

 中心には絨毯が敷かれ、その上に、女性が片膝を上げて座っている。

 ただの楽膝立。年の頃は、20代だろう女性。

 

 それでも、その女性に対し、十六夜は歯噛みせざるを得なかった。

 

 その女性は、『四葉十六夜』と似ているのだ。胤違いのキョウダイを思わせる程に。

 

 十六夜の直感は、とっくに結論を出している。

 

「『崑崙』山脈からのフラグ回収が早すぎだろ……。で、アンタは冷凍卵子か?それとも遺伝子マップのコピーか。どっちなんです?」

 

「冷凍卵子の方よ、()()?……ふふ。盗まれた遺伝子で出来た娘と、遺伝子書き換えて血族に加わった息子って、家系図が複雑すぎるわね?」

 

 十六夜が嘆くように問えば、女性は真夜に似た相貌で悪辣な笑みを浮かべながら応えた。

 

 この女性は、今代の『聖女』は、四葉真夜の娘だった。

 真夜は『崑崙方院』に誘拐された際、生殖機能が失われるような非人道的人体実験を受けた。卵子を無理矢理採取されたのも、その人体実験の1つだと考えられる。

 そうして、四葉家の報復から生き残った何者かは、採取した卵子を冷凍した上で持ち出し、それで、生み出してしまったのだ。

 目の前の女性、四葉家どころか四葉真夜も与り知らぬ実の娘を。

 

「うん、もう、なんかこう……。『聖女』の記憶引き継いで、世界への復讐を考えるのも納得な存在だわ……」

 

 十六夜は右手で顔を覆って、本気で嘆いていた。

 なんで真夜本人の復讐心を取り除いたら、その真夜の復讐心を引き継いだようなキャラクターがポップするのかと。

 十六夜は心の底から、この運命を呪う。バタフライ・エフェクトも大概にしてくれ、と。

 

「納得しているなら、手伝ってもらえないかしら?」

 

 今代『聖女』は皮肉るように挑みかかった。

 納得などと言葉にして、理解を示さない。そんな人間を、人類の歴史を、彼女は知っている。

 『聖女』として継承された記憶が、彼女に知らせているのだ。人類は分かり合えないと。

 だから、彼女からすれば断わられる事が明白だった。

 断わられても構わないのだ。どうせ脅迫、最悪は『魔物』化させて強制的に従わせるのだから。

 これは、単純な加虐趣味なのだ。圧倒的不利な相手が、最後はどんな足掻きをしてくるのかと。

 これは、道化を見下ろす心境なのだ。

 

 十六夜は『道化』なんて可愛い存在に留まるような、健常者ではないのだが。

 

「ああ。条件次第だけど、手伝うよ」

 

「そうよね、手伝えるはz―――……今『手伝う』って言った?」

 

 今代『聖女』は初めて、埒外に出会った。

 

「言ったよ?俺もちょっと、世界をリセットしたくてさ」

 

千夜(シェンイェ)!」

 

 好青年が恥じらうように微笑む十六夜。今代『聖女』は、その真意を読み取る事が出来ず、(ファン)に頼った。

 (ファン)は、詳しい指示などされずとも、十六夜の肩に手を置く。

 そうして『サイコメトリー』の応用で心を読み取るのだ。

 

「……驚いた。极夜(ヂィーイェ)、彼、本気でリセットする方法を考えてるよ」

 

 (ファン)はただ、十六夜の頭にリセット計画がある事を証言した。

 さすがの先駆者もこれには絶句である。

 

「……―――ふふ」

 

 今代『聖女』、极夜(ヂィーイェ)は我慢できずに笑う。

 

「あはははははははは!現人類は今代『英雄』にも見限られたって事!?あはははははは!傑作ねっ、お似合いの末路だわ!」

 

 『聖女』と『英雄』によって人類のリセットが計画されている事実が、极夜(ヂィーイェ)にはおかしくてたまらなかった。

 今代『英雄』の力を得るのが一番の難関と思っていたのに、それが労せず手に入る。それもあるが、主因は別。

 『聖女』である自分が見限った現人類は、『英雄』にも見限られていた事。

 それはまさしく、現人類に救いようがない事の証拠なのだから。

 

「うふ、うふふふ……。よ、良ければ、貴方のリセット計画を聞かせてくれないかしら?」

 

 人類を見捨てた今代『英雄』が、どんな酷い人類抹殺計画を立てているのか。聖女には、笑いの余韻が残るくらいに興味があった。悪辣であれば尚良い、と。

 

「考えているリセット方法は2つ。1つは、地球の自浄作用を暴走させる方法。これは、単純に言うと自然が大氾濫して、現文明が自然に呑まれるって形なんだけど。すぐに人類が絶滅する事はない。自然の大氾濫が起こっても、文明が崩壊するだけで、人類は少数ながら生き残ってしまうだろう」

 

 地球が持つ自浄作用の暴走。

 これは、『Rewrite』原作であったモノ。地球の『篝』、あるいは『鍵』に人類文明を悪と裁定をさせ、もって地球を一旦リセットしようとするモノだ。

 

「実行方法は実に完結。月にあるシミュレーターから正常な人類裁定システムをダウンロードして、地球にそのままアップロードすれば良い。ついでに、シミュレーションから人類断罪判決データも合わせてやれば、後は地球が勝手に人類を抹殺してくれる」

 

 地球に本来備わっているはずのシステム、おそらく破損しているだろうシステムを、正常なシステムと入れ替える。

 パソコンのOS入れ直し、みたいなモノだ。ついでにウィルスも混入させるだけで。

 

「人類が1人たりとも生き残らないよう、俺自身をシステムの一部として書き換えて、ちょっと自主的に人類抹殺に取り掛かろうと思ってる」

 

「ヤバ。本気で人類殺しに掛かってんの?」

 

「頭の中に具体的な映像が流れてるよ?この人。『魔物』が人類襲ってる感じの」

 

 割と具体的に人類抹殺計画を立てている十六夜。殺意マシマシ計画を面白がって、ちょっと素が出てる极夜(ヂィーイェ)。割と凄惨な映像を見せ付けられ、本気で引いている(ファン)

 誰が悪役なのか、分からなくなる光景である。

 

「もう1つの方法は、情報体次元(イデア)を改竄し、そもそも人類など存在しなかった事にする方法。これは確実に人類を抹殺できるが、ハードルが高い。何せ、情報体次元(イデア)の改竄となると、人類では及びも付かない程に高性能な演算機が必要になる」

 

 データの改竄。あるいは、人類というデータの削除。

 これは、『魔法科高校の劣等生』世界だからこそ成立し得る。情報体次元(イデア)と呼ばれる、あらゆる情報体を包含する巨大な情報プラットホームの実在。

 世界のあらゆる物理を実行するプログラム・ファイルが実在するからこそ、そのプログラムを一部改竄すれば、意のままに世界を書き換えられる。という話。

 もちろん、改竄、つまりハッキングする訳だから、それ相応のハッキング・ツールが必要になる。世界運営プログラムを改竄するとなれば、それは人類が製造できるはずのないスペックが要求されるだろう。

 

「演算機には、地球を終わりから始まりまで演算できるシミュレーター、月のシミュレーターを用いる」

 

 在ってしまうのだ、この世界には。

 世界運営プログラムをハッキングできてしまうだろう超々高性能演算機が。

 その演算機は、そのプログラムすらシミュレーションできていたのだから、あまりにも公算が大きい。

 

 この世界が、世界運営プログラムが存在する『魔法科高校の劣等生』であり、地球を終わりから始まりまで演算できるシミュレーターが存在する『Rewrite』であるからこそ、発生してしまったバグ技である。

 

「君たちの計画は、こっちだろう?だから、俺を欲した。この世界で唯一、月のシミュレーターがある場所、空間に辿り着けるだろう俺を」

 

 十六夜は、確信を持って告げた。

 极夜(ヂィーイェ)たちは、この2つ目の方法で以って、人類を抹殺しようとしている。

 

「正解。元々は人々の脳を束ねて必要な演算力を得ようとしていたのだけれど。既に在るモノ使った方が早いわよね?」

 

 极夜(ヂィーイェ)はおかしそうに口の端を吊り上げ、十六夜の予想に丸を付けた。

 

「じゃあ、やっぱり2つ目の方を採用するか。同じ案を持ってるなら、わざわざ議論する必要もないだろう」

 

「待ちなさい」

 

 さっさと動き出そうとする十六夜。极夜(ヂィーイェ)が待ったを掛けた。

 彼女は猜疑心の宿る視線を、十六夜に突き刺している。

 

「聞いているわよ、貴方は義理の母や隣人たちのために行動してきた。そんな貴方がその人たちを殺そうとするなんて、おかしいわよね?」

 

 极夜(ヂィーイェ)は十六夜が大嘘尽きである事も、(ファン)から聞き及んでいる。

 とすると、聞いていた為人と、実際の行動が乖離を起こしている事も、把握できている訳だ。

 

 私を騙そうとしているのだろう。

 极夜(ヂィーイェ)は見え透いた嘘を見透かして優越感に至っている。

 

 彼女は十六夜が埒外なのを忘れている。

 

「思い出してさ」

 

「『思い出して』?何をかしら」

 

「俺がこの世界に生まれる以前から、『四葉真夜』は不幸を抱えている」

 

 十六夜から、狂気が滲みだす。

 十六夜は、笑っていた。とても不気味に。

 

「なかった事にしたいんだ、彼女の不幸を全て。俺が生まれる以前も全て。だから、一度リセットする。それから、リセットされた世界で、また『四葉真夜』を生み出し、裏から俺が彼女のあらゆる不幸を取り除く」

 

 親不孝の贖罪を求めるなら、やはり、完璧にやり遂げねばならない。

 それこそ、もうどうしようもないはずの過去すら、覆す程に。

 

「言い忘れていたけど、改めて条件をここで提示しよう。人類を抹殺した後、新しい人類を生み出す事を許してほしい。何も不幸のない人類を、幸せしかない人間社会を、『四葉真夜』が不幸なんて知らない世界を、俺が作って見せる。やり直すんだ。そして、今度こそ上手くやる」

 

 十六夜は笑っていた。獲物を見つけた蛇のように。

 良心やしがらみが邪魔して実行できなかった最上の選択肢に、踏ん切りがついたように。

 

 极夜(ヂィーイェ)は、その狂気に気圧される。

 嘗めていたのだ。目の前に居る人間が、如何に狂った人間であるか。

 存在すると思わなかったのだ。自分より狂っている人間が。

 

「……い、いえ。人類の再設計を、貴方だけの手に委ねるつもりはないわ。私も考えていたの。人類をリセットして、今度は私が人類を運営する計画。原罪も咎の歴史もなくなった人類を、かつての人類史が頭に全て詰まった『聖女』、私が導く。そういう計画よ」

 

 相手の威圧感に負けまいと、极夜(ヂィーイェ)は気を引き締めて己が計画を明かした。

 自身が人類の指導者になる、という計画を。

 

「『四葉真夜』と同じ遺伝子を持つ人間を生み出す事と、その彼女を俺が影ながら守る事を許してくれるなら、人類の主導者なんて役はそっちに上げるよ。他の人類なんて、『四葉真夜』を孤独にしないためのエキストラ、くらいにしか思ってないし」

 

「え、ええ。それで良いわ。私は次の人類全てをいただく。貴方は『四葉真夜』だけに固執してなさい」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 十六夜の表情は、実に朗らかだった。极夜(ヂィーイェ)は笑顔を貼り付けるだけに躍起になっているのに。

 

「とりあえず。月のシミュレーターを『魔物』にしてくるよ。ハッキング・ツールにするには、俺の寿命だけじゃ足りないから」

 

 『魔物』として、月のシミュレーターと自分にパスを繋げる事はできる。

 ただ、それは壊れた地球シミュレーターであるため、ハッキング・ツールに書き換え、もとい作り変えなければならない。

 『リライト能力』が鍵となるが、実行するだけの燃料、『生命力(アウロラ)』が足りない。

 

「―――あるんだろう?演算機に仕立て上げようとしてた分の生贄が」

 

 だから十六夜は、极夜(ヂィーイェ)が用意した生贄、生命力を宛てにした。

 元々の計画、ハッキング・ツールに作り変えようとしていた、大量の生きた人間。

 それ自体をハッキング・ツールにするには演算力が足りないが、ただの燃料として使うなら、充分な数が揃っているだろう。

 

「話が早くて助かるわ?いけに、ゲフンゲフン、信者を使ってしまって良いから、貴方は月のシミュレーターと繋げて頂戴?」

 

 殉教者気取りの哀れな生贄を、极夜(ヂィーイェ)は蔑んでいるのだった。

 

「了解。―――悪いけど、一部屋頂けないかい?月のシミュレーターが相手だ、集中して当たりたい」

 

「ええ。―――(ファン)、案内してあげて。そして、見張りは貴方よ?」

 

「分かったよ、お嬢様」

 

 事はトントン拍子に進む。

 指令を賜った(ファン)はさっさと踵を返し、十六夜の案内に動く。

 十六夜は极夜(ヂィーイェ)に会釈してから、(ファン)の後に続く。

 

 長い廊下を歩く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ああ、そういう事だ」

 

 並び歩く十六夜と(ファン)

 彼らは密かに、手を組んでいた。

 十六夜の心を読んでいた(ファン)が、その嘘を极夜(ヂィーイェ)に告げなかった。

 それが、手を組んだ証である。

 

「俺は、いや、僕は―――(すみれ)を解放できたら、それで良いんだ」




 お読みいただき、ありがとうございます。
 次回の更新は、11月30日の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。