2097年9月23日
十六夜、
第三者は居ない。従者らしき者は、食事を卓に置いて退散した。
まぁ、それもそうだろう。
十六夜も、あまりにも警戒されていない事を上記の理由で納得して、落ち着いて朝食の献立を拝む。
出されているのは、見るからに白米で、豆腐の味噌汁で、鮭の切り身で、ほうれん草のおひたしで、人参の甘露煮で、納豆で、生卵だ。
「バリバリの日本食じゃねぇか」
十六夜は呆れと驚き交じりでツッコミを口から零してしまった。
チベット風味な村なので、チベット料理が出ると思っていたのだ。
「チベット料理は口に合わないのよ。特に『プージャ』とかいう飲み物。バター茶とかいう分類だけど、あんなこってりとして味が塩味でバター味しかしない飲み物、飲めたもんじゃないわ」
「……せめて中華にしろよ。ここ、一応大亜連の領土内だろ?」
「朝っぱらから油っこいもの食べろって言うの?冗談じゃないわ」
「……」
なんだこのワガママお嬢様は、と。20代にしては、どうにも子供じみている気がしてならないのだ。
この態度をどう思っているのかと、十六夜は
十六夜は、こいつが原因だと察するのだった。
十六夜は色々流して、両手を合わせて『いただきます』。
十六夜は、色んな意味でこの場所が何処だか分からなくなった。
「……準備はどうなのかしら?」
食事中、
「『庭の文明』、月のシミュレーターにパスを繋げてきた。そのまま俺に主導権を渡して書き換えさせるのか、それともパスにお前たちの手の者を挿むのかは、そっちで決めてくれ」
「そう、中継者を選んでおきましょう。―――
「普通に俺で良いんじゃない?俺に殉教者の方々とのパスを繋いでおけば、生命力を供給する手間も省けるし」
「そうね。それで行きましょう」
既に、十六夜の手でハッキング・ツール化されている事を、
「ちょっと訊いて良いか?」
「何かしら?」
「念のため、と言うか。まぁ、疑問を晴らしておきたくてな。―――今代の『聖女』、お前は何で人類の再設計を目論んだ?俺が持つ知識だと、むしろ絶滅を望むと思ってたんだが」
十六夜は箸を置き、
そう。十六夜にとって、謎だったのだ。
『聖女』は悲劇の記憶を積み上げる。継承した人間は、その記憶に感化され、人類に絶望し、ただ滅ぼす事を選ぶはずだ。
なのに、
悲劇の記憶を継承しただけの存在がする企みとは、十六夜には考えられない。
そこに、悲劇の記憶以外、何か、絶望を押し込めるような要因があるはずだ。
それを詮索されている
良い記憶を、想起するように。
「私の先代は、
それは
「求道僧だと……?まさか、『聖女』を継承しながら、悟りを求めていたと……?」
それが事実なら、十六夜は驚嘆する他ない。
宗教家であればこそ、天上の意志に救いを求める者ならばこそ、この世の悲劇が煮詰まっているはずの記憶に、『聖女』に耐えられるはずがない。
「妄執に駆られた
皺ばかりの肌なのに、たくましさが伝わってくる手と、真っすぐと伸びた背。
その背後に匿われた時、
大地を『魔物』として操り、殺生は避けながらも、敵を撃退した老婆の求道僧。
彼女は、
「あの人は、悪い事ばかりじゃないと、私を連れ立ってくれた。底なしの穴で命綱にしがみ付くような日々の中にも、恵みの雨は降るのだと。下手な偉人の言葉より、無名の彼女が語る説法の方が、私には身に染みたわ。同時に、やっぱり諸行は無常である事も、その身で分からされたのだけれど」
老婆の求道僧と共に在った日々。語る彼女は朗らかだったが、締めは、憎しみに満ちている。
「彼女は、クソ共に暗殺されたわ。寝込みを狙撃よ。魔法に縋ってた奴らが、そんな古典的なやり方をするなんて。ホント、馬鹿馬鹿しいわね」
恩人との最後は、そんな悲劇だった。
よくある悲劇で、先代『聖女』は幕を閉じ、今代『聖女』の幕が上がったのだ。
「『四葉』の急襲から逃げたカス共だったから、『聖女』として『魔物』を知った私だけでも皆殺しにできたわ。復讐を終えてスッキリ。それから私は、先代、そして2代前、更に3代前の無念を継いで、それを晴らす事に決めた」
手前勝手なやりたい事を終えた
彼女の顔には、固い決心が宿っている。
「3代前の『聖女』。彼女は『魔法』という理の開拓者だった。『魔物』と『超人』は、人類にとって呪いだと考えていた。何せ、どちらも生命力を著しく削るモノ。人類の未来を託すには、あまりに非人道だった。だから、『魔法』という知識の体系化が望めるに至ったところで、『魔物』や『超人』との
「ちょっと待て。それって……」
『『魔法』という理の開拓者』。そして、『『魔物』や『超人』との
それは、まるで―――
十六夜は
「そう。そこに居る『始まりの魔法師』の協力者。『始まりの魔法師』が相打ったというテロ組織は、『始まりの魔法師』と三代前の『聖女』が率いていた、『魔法』という理の研究者集団だったの」
「……」
『魔法』を世界で最初に体系化できたのが、当時の『英雄』と『聖女』が集めた、『超人』と『魔物』使いの集団だった。という話だ。
『魔法』が世界に広められるに当たり、ただの内輪揉めが、正義のヒーローとテロリストの対決に脚色されている事。それには十六夜も苦笑を禁じ得ない。話を広げるのに美談は打って付けなのは、十六夜は理解するところだが。
「『始まりの魔法師』たる当時の『リライター』と当時の『聖女』が率いる都合、『超人』と『魔物』使いが集めやすかった。他にも、生命力と『サイオン』『プシオン』の関係とか、人間を魔法師にするには汚染系超人の仕組みが使えるとか、色々あるけれど。割愛します」
魔法師=汚染系超人の子孫説がさりげなく流されていくが、はてさて。
汚染系超人が身体機能を発展させた超人、と、魔法演算領域という発展された身体機能を持つ人類。その繋がりは微かに想像していたので、十六夜に驚きはないので追求をしない。
「2代前の『聖女』は、3代前の『聖女』が腹心として置いていた人物。
2代前の『聖女』を語る
その語調には多分に、憧れが含まれていた。
「彼女は
2代前の『聖女』。彼女の決心は、尋常なモノではないだろう。
悲劇が紡がれていると知って、その記憶を継承した。
そして、『魔法』を世に広める、人類の発展に貢献するという『英雄』の意志も引き継いだ。
1人の人間が抱えるには大きすぎるモノを、望んで抱え、抱え通したのである。
「彼女は死期を悟ったところで、『魔法』の普及を他人に託し、人知れず死ぬつもりだった。人っ子一人いない山奥で身を隠して。そんなところに求道僧が現れたのは、運命だったのかしらね」
誰に渡しても劇毒にしかならないだろう『聖女』の記憶。
それを託すのに適した人物が、2代前の『聖女』、彼女の前に現れた。
それが、2代前と、先代の邂逅だったのだ。
「……ああ。……そりゃ運命だろうな」
十六夜も、そんな好都合すぎる奇跡を『運命』と評して感嘆するしかなかった。
何がどうしたら、人類に絶望しない『聖女』が3代も続くのだ。
そして、その次の代が―――
「アンタが継承したのも含めて、な……」
―――どうしてこんな、世界に翻弄された悲劇の少女であるのか。
十六夜は顔を覆っていた。
色々と、神を呪いたくなる気分なのだ。
人類に希望を持った3代の『聖女』と、悲劇で以って生み出された今代の『聖女』。
それらを、自分は踏みにじらねばならないのだから。
「で、アンタはそんなマジモノの聖女たちを踏みにじった世界に復讐って事?」
「……『復讐』と、単純化されたくないわね。私は、その先代たちに報いたいの。彼女らは人類を信じていた。でも、今の人類では彼女らが信じたとおりにはならない。だから、私が彼女らの信じた人類を作る」
十六夜の短絡的な結論に、
これは、断じて『復讐』ではないのだ。
先代たちへの恩返しであり、自分からの見限り、なのだ。
それが、先代たちが受け継いできた希望を受け取ってなお消えなかった、少女の絶望である。
自分の恩人が信じてきた人類に、信じる価値はないのだと。自分の味わってきた絶望も加算しての、それが
そのために、2代前の『聖女』が作った、『魔物』使いたちの潜む隠れ里も、そこに保管されていた『英雄』、
「……分かった。……教えてくれてありがとう。俺も、覚悟が足りなかった―――」
十六夜は、席を立つ。
そして、右手を伸ばす。
「―――これから俺は、そんな素晴らしい、良い記憶を踏みにじるんだと」
十六夜は、涙を流しながら、しかし冷徹な双眸で
「かっ、グッ……!
自身を守るはずの、最強の護衛。
彼に動きがない。
彼は、寂しげに微笑んでいるだけだ。
「ごめんね、
『夢洲菫』。
彼女の罪を清算するために、
その目的が達成されるなら、その方法は何でも良いのだ。
「人類が一度途切れれば、『聖女』の継承もなくなる。だから、君の人類再設計に協力した。でも、彼は『聖女』というシステム自体の破壊を提案してくれてね。そっちの方が確実だと思って、そっちに乗り換えた」
『聖女』システムが確実に破壊されるだろう方に、
全ては、想い人を罪科の輪廻から解き放つために。
「命、じる……!私を、助け、なさい……!」
そして、
見るからに、残りは二画。
そう。これは3度の絶対命令権、『令呪』と呼ばれるモノだ。
暗に『Fate』のファンだった何者か(
「だが、断わる」
「っ!?な、なん、で……?」
「実はもう、君との契約は切ってあるんだ。生命力は『龍脈』通じて地球から取得してるよ」
エネルギー供給はとっくに、
この男がかつて『魔物』の研究家であった事は、忘れてはならない事実だった。
「どう、し、て……。私は、ただ……。私はっ、ただっ……!」
彼女はただ、先代たちに報いたいだけだった。
彼女は部屋自体を『魔物』化し、十六夜も
だが、もう無意味なのだ。
「
十六夜のその言葉を吐いた瞬間、部屋の『魔物』は
「
「ああ。今のは修正だがな。月のシミュレーターは既にハッキング・ツール化してあって、俺はもういつでも
それが、人間を逸脱した十六夜が手にした力。『神』の領域。
「ただ、やっぱり『聖女』システムに干渉するには、アクセス・コードが必要みたいでな。君から奪い取る事にした」
十六夜は空いた左手の親指を噛み切り、血を逃し、その血を、
簡略化『僵尸術』の工程だ。
十六夜は、
それ故、
今更躊躇する十六夜でもない。
「やめ、て……。わた、しは、まだ……!」
「悪いな」
まだ生きる事を諦めちゃいない女性に、この世界の負を背負わされた犠牲者に、十六夜は、一言の謝罪を贈った。
そうして血を飲まされた
十六夜は、優しくその死体を横たえる。
その光景を、
「……。彼女の死を、無駄にしないでくれよ?」
「言われなくても」
脳内に、『聖女』が継承してきた悲劇の記憶が流れる。
十六夜にとって、それはそよ風のようなモノだ。彼はもっと膨大な情報、人類が絶滅する数多の記憶を頭に叩き込まれるなんて経験を、『庭の文明』を『魔物』化する際に味わってきたのだから。
十六夜はそよ風にどこ吹く風で、手に入れたアクセス・コードを用い、
「……バグってるな、これ」
まだそれ程
それに、そうなっているだろうと、十六夜は予測していたのだ。
「……歴代『聖女』の怨念、てヤツだな。全く、皮肉なもんだ。人類の集合無意識、永続したいという祈りの結晶が、人類を絶滅させ得るガン細胞になるとは」
十六夜は『庭の文明』を手中に収めた事で、『聖女』、そして『英雄』もとい『リライター』の成り立ちを知れた。
それは、人類全体の無意識に在った、人類永続の祈りが結晶したモノ。
『リライター』は簡単だ。
自己強化により人類の進化先を照らす道標。人間自体の進化を促す起爆剤。
人類がより発展したいという祈りの結晶だ。
逆に、『聖女』は、人類永続の祈りとは相反しているように見えるが。そう難しい話でもない。
人類は原始時代の時より、飢餓という死に追われ、薄々勘付いていたのだ。
この星には、増え過ぎる人類を支えるのに限界がある、と。
故に、無限増殖しないよう、定期的に人類の数を減らすシステム、『聖女』を構築したのだ。
いわば、『聖女』は人類という肉体にプログラムされた細胞死。アポトーシスなのである。
悲劇の記憶を継承する事で、人類に反旗を翻すよう促し、ある一定数を道連れにさせる。そうして人類が地球の限界量に達するのを遅らせるよう、人類を間引くシステム。
それが、『聖女』なのだ。
ただ、明らかに欠陥のあるシステムだ。
悲劇の記憶は積み重ねる程に、『聖女』に人類へのより大きな憎悪を抱かせる。それこそ、一定数の間引きなどに甘んじる事なく、絶滅に全力を注いでしまう程に。
合わせて、文明の発展を加味してもいない。
文明というのは発展する程、その社会を滞りなく運営するのに必要な人数を増やしていく。
単純に言おう。現在の発展した文明で、全人類の3割以上を間引きした場合、現代文明は維持できない。どう足掻いても文明が1段後退する。最悪は、後退で踏み留まれず、ズルズルと絶滅の道を辿る。
そのような欠陥があると、考えてしまうだろう。
その『聖女』システムに対処するプログラムはないのかと。
十六夜は、
『聖女』システムの対策プログラム。
それが、自分だ。
『聖女』の暴走を止める事が、自分の使命だ。
「……単純に削除した場合、周りの情報を傷付けかねないな」
『聖女』システムのデータだけ単に削除するでは、どんなバグを周りに波及させるか分からない状態。無理にでも消去したら、最悪、世界の物理法則が歪みかねない。
一旦正常化するにも強引に書き換えるでも、まずは解析が必要となった。
「
できるなら、顔を合わせずに終えたい。それが十六夜の本心だ。
「そうだね、昨日には大亜連国土に上陸されてる。ビックリだよ?傑作『魔物』3体を送り出したのに、全部瞬殺だ。勘弁してほしいね。まぁ、おかげで信者の生命力を浪費させずに済んだけど」
真夜たちは上陸済み。
十六夜はこの隠れ里が大亜連の何処に位置しているのか知らないので、そこからどれ程でこの隠れ里に辿り着くか、判然としない。
「はぁ……。つくづく嫌になる」
十六夜は、予想ながらとある確信をして、運命を呪いたくなった。
自分はどうせ、真夜たちが来る前には間に合わず、その死に目を真夜たちに拝まれるのだろう、と。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は、12月21日の予定です。