魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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 少し早めのクリスマス祝いです。


第百七十八話 終幕

2097年9月23日

 

 達也一行は、大亜連国土を横断する。

 移動手段は、大亜連の方が用意していた。普通に、自由に動かれて監視の手間を増やすくらいなら、協力して監視役を付けた方が良い、という判断だ。

 監視役はもちろん魔法師軍人であるが、少尉1人と一級軍士長(軍曹相当)2人という少数。本当にただ監視するだけの存在、現在地、そして達也一行の様子を逐一報告する役しか担っていない。

 本人たちも、武力制圧しろと命令がもし降ったら、即座に達也一行へ降伏する考えでいる。

 興南(フンナム)港に寄港後はそんな監視役を供だって、達也一行は移動する。

 興南(フンナム)港からは軍用トラックで約30分かけて最寄りの飛行場、宣徳(ソンドク)飛行場へ。そこでプライベート・ジェットに乗って約10時間かけてサイオン・ピンの反応が最も近い空港、西寧(シーニン)曹家堡(ほうかほ)空港。そこから軍用トラックにまた乗って、サイオン・ピンの反応に近付ける所まで近付くのに約1時間。

 ジェット機の飛行準備をしている合間に洗身でき、ジェット機の飛行中に仮眠を取れたので、徹夜の強行軍とはならなかった。無論、万全に調子を、そして気持ちを整えられはしないが。

 そうして達也たちは、青海省の一角にある樹海、その場を遠く拝む所に至った。

 

 何故目の前ではなく、『遠く拝む所』であるのか。

 その理由は、監視役たちもその樹海を初めて拝んだからだ。

 自分たちの国土に知らぬ樹海があると、監視役たちは動揺しながら上に報告。

 そして、上も、報告を受けて動揺した。

 大亜連の軍人は、誰もその樹海について知らなかったのである。

 

 達也一行はその通信を盗み聞きして、樹海を拝む目を見開いた。

 達也と幹比古は、そこから早く心を落ち着かせる。

 

「達也。古式魔法、『人払い』の結界だ。しかも、近くで目撃した者は逆に誘引するよう組まれてる。多分、『迷いの森』、方向感覚を狂わせる魔法もセットだ」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 幹比古は自身のサイオン知覚によって肌で感じ取るように敵の仕掛けを推測し、達也は『エレメンタル・サイト』によってその推測を確定させた。

 

 この樹海は、魔法によって人々の知覚から逃れ、目撃者は森に誘い込んで隠滅する。そういう仕掛けがされた、隠れ里の入り口なのだ。

 

「水波、障壁魔法を」

 

「はい……?」

 

 達也の指示を受ける水波。障壁魔法などここで張らせて何の意味があるのか。そう疑問に思いながらも、彼女はその指示に従った。

 そして、水波は障壁魔法を張った瞬間である。

 

 達也は拳銃形CADをトリガー。

 そして、樹海が爆ぜる。

 皆、唖然とする他ない。

 達也は、小規模『質量爆散(マテリアル・バースト)』を使ったのである。

 

 樹海は、穴が開くように、道を開けていた。

 

「た、達也さん!」

 

「他国土での()()()使用が国際問題なのは分かります」

 

 真夜が達也の行動を咎めようとするが、達也は、実に平静だ。地味に戦略級魔法を戦術級と偽るほどには。

 と言っても、その嘘が一時しのぎである。規模を縮小しても、プロセスが同じなのだから、誰もが勘付く。特に、その国土で一度その戦略級魔法を味わっている大亜連なら。

 だから、これは達也の焦りでもある。

 

「それでも、です。事は一刻どころか、一秒を争うのです。分かっているでしょう?ご当主様。あいつが望んで敵に捕らわれたという事は、あいつは自分1人で事を解決するつもりだ。自らを犠牲にしてでも」

 

 十六夜は絶対に特攻を仕掛けている。そういう確信が達也の中にある。

 そして、その確信を、真夜たちは否定できない。実例がありすぎる。

 

「さぁ。さっさと行きましょう」

 

 周りが重く沈黙しているのも気にせず、達也は軍用トラックに乗り直す。

 その態度は暗に、皆にもさっさと乗る事を、監視員にさっさとトラックを動かす事を、促していた。

 

 監視役の大亜連軍少尉は、さりげなく荷台への同乗を部下1人に押し付けながら、助手席に腰を下ろして震える手と声で上に報告するのだった。

 幸いな事に、上は達也たちに大人しく従うよう、命令を下す。

 大亜連軍少尉は、運転手を務める部下に車を出すよう、指示をした。

 

 

 

 計算された爆散だったのか、道はそう荒れていないし、木々の障害物もない元・樹海の道を抜ける。

 

「あれは……」

 

 元・樹海を抜けた先には、長閑な農村のような風景と、両手を広げてその身で立ち塞がる人々の姿があった。

 

 武器を持ってすらいない。敵意は在れど殺意はない。

 ただひたすらに、人の命を盾にした壁。人間の倫理観に訴えかける防衛。

 人間と言うのは案外、武器を向けられていなければ、自分から武器を向けるのは難しいものなのだ。銃器という道具や、戦争という異常環境が、その箍を狂わせるのだが。

 

 とかく。人々は達也一行をこれ以上進ませまいと、自分たちの命で以って壁を作っている。

 

 その壁の最前列に立つ1人の成人男性が、声を上げる。

 

「我々はっ、『聖女』様に天国行きを約束された集団!この世を地獄としてきた爪弾き者たち!死など恐れるか!この世に未練などあるものか!むしろ我等はっ、望んで死を受け入れよう!」

 

 張り上げる声の意気に反して、男の目は己の言葉を体現するとおり、淀んでいた。

 『超人』や『魔物』使いとして、一般人という括りから除かれる者として、迫害を受けてきた彼ら。

 魔法師のように万能だったなら、まだ利用価値ありと、その存在を認められただろう。

 それすらない。利用価値もない。存在する意義を見つけられない。

 

 そこに付け込んだのが、今代の『聖女』、极夜(ヂィーイェ)だ。

 存在する意義と、希望のない生から逃げる道を与えた。

 そうして、狂信者にして殉教者を生み出したのだ。

 

「これは、いったい……」

 

 そう零したのはほのかだっただろう。

 しかし、達也一行のほとんども、同じ気持ちだ。

 自ら死を選ぶ集団への困惑。そうなった背景を予想しての憐憫。

 故に、決意が揺らぐ。

 彼らを退け、いや、殺してでも、己の目的を貫くのか。

 

 良心の呵責が、矛を鈍らせる。武器を持たぬ者たちに、達也一行は武器を構えられない。

 

 達也を除いて。

 

「そうか」

 

 達也は良心の呵責などなく、躊躇いなく拳銃形CADを男性へと向けた。

 躊躇いなどあるものか。決意が揺らぐ事などあるものか。

 そういう感情は、幼き頃にかき消された。

 キョウダイ愛だけが強くある。だからこそ、弟を、十六夜を助けようとする決意に揺らぎなどない。例え何人殺す事になろうとも。

 

 達也は、CADの引き金を引こうとする。

 それは、寸でのところで遮られる。

 

「ストーーーーップ!!」

 

 壁を作る人々の向こう。そこから聞こえる制止の声は、達也の耳にまでちゃんと届いた。

 達也は様子見のため、指を一旦引き金から放す。

 

 人々の壁が割けていく。

 そうして現れる男に、達也一行は見覚えがあった。

 

 十六夜を急襲し、後日攫って行った人物。

 (ファン)千夜(シェンイェ)だ。

 

 まず(ファン)は壁の代表者のようだった男に対し、その肩に手を置く。

 

「言っておいたじゃないか、彼らが来たら素通しで良いって。君たちの命は、天に捧げる大事なモノ。無駄に散らして良いモノじゃない」

 

「しかし!」

 

「良いんだ。君たちはもう、充分に俺たちに報いた。天国へ行くには、もう充分だ」

 

 (ファン)は男を、人々を諭す。

 死を望むにしても、相応しい死に方があると。無駄死にはしなくて良いのだと。

 君たちに無碍な死に方はさせないと。

 

 天国行きを望むだけの者たちだったら、それで諭す事が出来るだろう。

 だが、代表者の男と、後幾人かは違う。

 彼らは、恩人に報いる喜びを知ってしまったのだ。

 

「ですが、私たちはっ―――」

 

「良いんだ。―――すまない、心配させてしまったね。大丈夫。僕は、負けはしない」

 

 (ファン)の様子に、死にに行く者が如きその様子に、恩人を死なせたくないと思う彼。そんな彼を、(ファン)は優しく抱擁した。

 その背中を撫で、叩く。

 親が我が子にするようなその仕草。実の親からも感じた事のない暖かみに男は涙ぐみ、何も言えなくなる。

 

 彼と、彼と同じ思いだった者たちは、もう(ファン)を見送るしかない。

 

 (ファン)は彼への抱擁を解き、達也たちに向き直る。

 

「彼らが失礼を働いた。すまなかったね。その謝罪と言ってはなんだが、彼、四葉十六夜の(もと)に案内するよ」

 

 十六夜の下まで素通しする。

 (ファン)のその言葉に達也一行は目を見開くが、(ファン)はそんな事など意に介さず、踵を返して歩き出す。

 

 達也は一度、皆と頷き合ってから、無言で(ファン)の背に続く。

 人々の壁が開けていく。

 皆が祈りを捧げている、(ファン)に対して。

 

「彼らは『超人』や『魔物』使いでね。端的に言うと、型落ちなんだ。魔法師に、その座を奪われた」

 

 (ファン)は道中の静けさを埋めるように、歩きながらの雑談がてら、浅いながらも事を説明する。

 

「身体能力が人を超えているだけの『超人』。無生物を使役し操るだけの『魔物』使い。代償として生命力を捧げ、その力を行使する彼ら。ま、言われるまでもないだろうが、コスト・パフォーマンスが悪すぎる。魔法師なら彼らのできる事を生命力なんて払わずに行える。故に、『型落ち』」

 

 『超人』と『魔物』使いは、より性能も燃費も良い『魔法師』に取って代わられた。

 彼らは、居場所を失くしたのだ。僅かな寄る辺も残さず。

 古式魔法師より重用される時代もあったが、それは遥か昔。

 彼らの存在価値は、もう微塵もない。

 

「彼らは死に場所を求めていた。せめて意味のある死を求めていた。だから、今代の『聖女』は与えた。その結果が、宗教じみたこの状況さ」

 

 (ファン)は、皮肉げで悲しげに、鼻を鳴らした。

 悔い。そう表現できるかもしれない。

 人類の未来を望むがあまりに邁進し、『超人』と『魔物』使いを置いてきぼりにしてしまった。

 そりゃ、菫、彼女が心中(しんじゅう)を企てる訳だと。この状況を認識して、(ファン)はその事にようやく気付いたのだ。

 この状況は、自分が招いた末路なのだと。

 

「この場所、あの人々については分かった」

 

 達也は、とりあえず情報として受け入れる。理解も共感もしないが。

 それより、訊きたい事があるのだ。

 

「お前たちの目的はなんだ。あの人々、そして十六夜を利用してまで、果たそうとしている事はなんだ」

 

 (ファン)、そして今代『聖女』の目的。

 十六夜を攫ってまで利用しようとしている、その先。

 何が理由でも十六夜を返してもらうつもりではあるが、状況分析には必要な情報だ。

 

「今代『聖女』の目的と、俺の目的は別々になった。そもそも別だったのが利害の一致で手を組んでいたけど、俺の方は別のやり方が見つかって、袂を分けた」

 

 何事もないように平然と、(ファン)は黒幕を裏切ったと告げていた。

 達也としては顔をしかめるしかない。他も眉根を寄せたり首を傾げたりで、疑念を表現している。

 相手が知らずの内に仲間割れしてたと聞かされたら、こうもなろう。そもそも敵が一致団結していなかったのも初耳なのだから。

 

「今代『聖女』の目的から行こう。―――彼女の目的は、人類の再設計。情報体次元(イデア)を改竄し、現人類を消去。それから新人類を生み出す。という計画だった。必要なのは、情報体次元(イデア)すらハッキングできる、高性能すぎる演算機。最初は大量の人間をリンクさせる事で、その演算力を得ようとしていた。そこに、既にそれが可能な演算機があるって話が転がり込んできてね?」

 

「……月にあるという、シミュレーター。十六夜が言っていた物か」

 

「そう。それで四葉十六夜、彼を利用する事にした。以上が聖女の計画」

 

 (ファン)の回答に、達也は十六夜が巻き込まれる事となった訳を知り、そこで(ファン)は1つ目の説明を締めた。

 

「次に、俺の目的。―――俺の目的は、『聖女』の罪科にずっと囚われている歴代継承者の1人。夢洲菫、彼女を解放する事。それを成す方法を、俺は、『聖女』というシステム、記憶の継承を終わらせる事と定めていた」

 

「人類が一度途切れれば、記憶の継承もなくなる。そういう訳か」

 

「そう。今代『聖女』の計画に乗ったのは、そういう訳だ。でも、別案にして確実な策を、四葉十六夜から提案された。それは、そもそも『聖女』システムを破壊する事」

 

 『聖女』について知っている前提で話が進んでいる。

 達也一行の何人かはその前提を満たしていないが、(ファン)も達也も説明している時間はないと、先送りにする。

 

「『聖女』システムの破壊?それは、一体どうやって……。いや、そちらも情報体次元(イデア)の改竄で可能なのか……?とすると、どちらにしろ月のシミュレーターが必要になる」

 

「話が早くて助かるよ。―――よって、四葉十六夜は月のシミュレーターを手中に収め、『聖女』システムの破壊に乗り出している」

 

 説明の応答がつつがなく進む中、(ファン)と達也たちはチベット寺院のような建物の入り口を跨ぐ。

 目的地、十六夜の(もと)まであと少し。

 

「……待て。地球の終わりから始まりまでシミュレーションできるという代物を、何の代価もなく運用できるとは思えない」

 

「そうだね。なら、分かっているだろう?」

 

 達也には、分かってしまった。

 力には代償が伴う。

 なら、月のシミュレーターを手に入れ、あまつさえそれを動かすのに払われる代償は、如何なるものか。

 

 達也は、(ファン)にCADを突き付ける。

 

「早く俺たちを十六夜の(もと)に案内しろ!何を暢気に会話している!」

 

 達也は、焦りを見せた。

 時間がない事に、気付いてしまったのだ。

 

 あの十六夜が、月のシミュレーターを運用するのに、はてさていったい何を代償として捧げるのか。

 決まり切った事だ。

 

 四葉十六夜は、喜んで自分の命を捧げる。

 

 達也一行の全員が、事が切羽詰まっている事を察する。

 だが、正確に察する事ができる者は、『リライト能力』を知る者に狭まる。

 

「状況を正確に把握できないのは困るだろう?説得も難しくなる。それと、もう着くよ」

 

 (ファン)はこれから非情な現実を目の前にするだろう達也たちに同情を覚えながら、その部屋の扉を開けた。

 

 十六夜、极夜(ヂィーイェ)(ファン)が朝食を囲んだ食堂。

 客を招く事もあるためか、客や従者を入れても充分な広さが確保されたその部屋に、達也一行は押し入る。

 ただ、十六夜と達也たちの間には、空間が隔てる。

 部屋の広さもあっての事だが、一番は、(ファン)が遮ったからだ。

 

 十六夜と達也たちの間に、(ファン)は立ち塞がる。

 

『十六夜(さん)!』

 

「……。おい。時間稼ぎするって話は?」

 

「今からするよ」

 

 達也たちの言葉を無視し、(ファン)をチラリと睨む十六夜。抗議の言葉に微笑みを返す(ファン)である。

 

 十六夜は屈んで背を向けたまま、達也たちを見ない。

 

「そこを退け!」

 

「構わないけど。彼、止まらないよ?」

 

「構えよ!?時間稼ぎするって言った口is何処!?」

 

 CADの銃口を突き付ける達也。突き付けられながら笑う(ファン)。ツッコむ十六夜。

 

「俺を退かすより、まずは彼を説得した方が良いと思うな。君たちも振り切って此処に居るのは彼だろう?」

 

 (ファン)の言に、達也は歯噛みする。

 説得力がありすぎるのだ。

 おそらく十六夜をただ連れ戻すだけだと、十六夜はまた独りで動き出す。

 ならばこそ、根本的な解決のために説得は不可欠なのだが。それ以上に、一時的にでも一旦止めさせたいという思いが強く出てしまう。

 十六夜が命を削って何かをしているのは確定だ。説得をしている時間すら惜しい。

 

 惜しいは惜しい。それこそ、(ファン)を退ける時間すら惜しい。

 焦る。あの達也でも、思考が正常化できない。

 達也は、選択を誤る。

 最初の決定を覆してしまう。

 

「っ―――十六夜!お前はっ、改心したフリで俺たちを何度も騙して、恥ずかしくないのか!」

 

 達也は、十六夜の説得に掛かった。

 そのためにリーナまで連れてきた、というのが悪い方に傾いたかもしれない。

 

「説得のワード・チョイスよ……。……これでもフリじゃないんだよ。改心してこれってだけさ」

 

 十六夜だって、かなり性根やら根性やらを叩き直された。

 自分は愛され得る存在、愛されて良い存在なのだと自覚した。

 真夜、雫、真由美、リーナの4人。自身の前世を含めて愛し、恋してくれている存在も認識した。

 真夜たち程ではないが、友達として、それこそここまで来てくれる程に親愛を向けてくれる者たちも、認識した。

 チラリと覗き見て、恩返しがしたい幹比古とエリカは来るだろうと思っていたが、美月の姿まである事には純粋に驚く。彼女にもそこまで思われていたのかと。鉄火場なんて避けるだろうと思っていたのに。

 

 自分は愛されている。その愛を受け止めて、幸せになって良い。

 それは、十六夜も分かってるし、自身からもそう望んでいる部分がある。

 

 だから、なのだ。

 

「お前たちの横で、恋人として、友達として、キョウダイとして、心の底から笑う。望ましい景色だ。普通にそんな未来が、俺は欲しい」

 

「じゃあっ―――」

 

「だから、なんだよ」

 

 だから、なのだ。

 達也たちの横で、自分は心の底から笑いたい。何の後ろめたさもなく、楽しい日々を過ごしたい。

 

 そして、ふと思う。

 

「罪を償わないままじゃ、俺は、心の底から笑えない」

 

 罪を償わないまま。前世も今世も周りを騙くらかした事に何の謝罪もしないまま。

 そんなの、良心が耐えられない。

 

 幸せを望むからこそ、己の罪に耐えられない。

 

「そのために死ぬって言うのか!」

 

「罪を償えないなら。お前たちの横で心の底から笑えないのなら―――」

 

 幸せになりたいと思ったからこそ―――

 

「―――死んだ方がマシだ」

 

―――そうなれないのなら、死んだ方がマシだ。

 

「っ……!」

 

 達也は、口で負けた。

 二の句が続かず、歯噛みして動かせなくなる。

 

「十六夜さん」

 

「何だい?雫」

 

「私と暮らす何十年を、棒に振るの?」

 

 先鋒の達也が負けて、続くは次鋒・雫。大将戦まであるかは知らないが。

 雫は、十六夜の天秤に、自身との数十年を乗せた。

 今は心の底から笑えないにしても、いつかは笑えるように成れるかもしれない、そんな長い時間。

 それを捨てるのかと。

 幸せを望むならばこそ、その可能性に目が眩むはずだ。

 

 残念な事は、そんな長い時間が、十六夜にない事だ。

 

「2年だ」

 

「……え?」

 

「数多のシミュレーション。その中での最長記録。20歳。俺は20歳までしか生きられない」

 

 十六夜の言葉に、雫、だけでなく、もちろん達也一行全員が息を呑む。

 

 どう足掻いても、十六夜には後2年しかない。

 

 2年で罪の意識が薄れる確率は、皆無だ。

 残りの時間を雫たちと過ごしても、十六夜は心の底から笑えない。

 

 雫は、何も考えられなくなった。

 涙だけが流れる。

 もっと早く本当の彼を見つけられていれば、もっと多く、幸せになれたはずで、幸せにできたはずだ。

 もう、遅かった。

 

「知らない!知らないわ、サキー!あと2年だって良い!ワタシたちを幸せにする事で、罪を償いなさい!」

 

「そ、そうよ!2年でも、充分でしょう!?罪の償いをしたいというなら、それこそ永く苦しむべきだわ!」

 

 リーナと真由美が、その場しのぎに近いが、とにかく是が非でも自分たちの傍に居るよう、言葉を尽くす。

 本心の一部ではあるだろう。

 例え残り時間が少ないとしても、ならばこそ一分一秒でも永く想い人の傍に居たい。

 それが本心だ。

 

 その思いも、根底から覆されるのだが。

 

「ざぁんねぇん。2年と言ったのは最長で~す。実はもう数日しか残ってませ~ん。話してる最中にポイント・オブ・ノーリターン越えちゃいました~」

 

「な、に……?」

 

 揶揄うかのような真実の開示に、リーナ、真由美も、そして皆も呼吸が止まった。

 

「え~?話してる間は作業止めると思った~?ところがぎっちょん!現在進行形で情報体次元(イデア)ハッキングしてま~す。人間逸脱した今の俺なら、そんな並列思考はちょちょいのちょいよ」

 

 そう。作業を止めてなどいなかった。

 絶賛、情報体次元(イデア)ハッキングで月のシミュレーター『庭の文明』を稼働させて生命力(アウロラ)消費中だ。

 ポイント・オブ・ノーリターン、分水嶺も越えたので、今は生命力(アウロラ)の残量がリアルタイムで知覚できる。

 残りの寿命は2週間。

 さりげなく大げさに、数日しか残ってないと嘘を吐いたのだ。生粋の詐欺師である。

 

 誰も、もう口を開けない。

 あと数日で何ができる。

 そも、十六夜が自分たちの傍に居る事を望んでいない。

 なら、もう最後までやらせてやるのが、十六夜のためではないか。

 誰もがそう思う。

 

 真夜は違う。

 

「―――十六夜」

 

「何かな?真夜さん」

 

「なんで、こっちを向かないの?」

 

「――――」

 

 真夜の言葉に、十六夜は固まった。

 

 十六夜は、ずっと顔をこちらに向けないで、顔をしっかり見せないで、話していた。

 違和感がある。

 全力で真夜たちの心を折ろうとしているなら、表情も良い武器になるはずだ。

 それこそ、先程の揶揄いに、ふざけるような表情も付けていれば、もっと効果的だったはずだ。

 詐欺師の十六夜が、その事に気付いていない訳はない。

 

「十六夜?」

 

「嫌だ」

 

「こっちを向いて?」

 

「絶対に嫌だ」

 

 十六夜は、もう振り向かない訳がある事を悟られていても、頑なに振り向かない。

 

 理由なんて単純だ。

 

「最期に見られるのが泣き顔なんて、絶対に嫌だ」

 

 泣いている今の顔を、見られたくない。

 

「十六夜!」

 

「ああそうさ!望めるならこんな使命だの罪の意識だの忘れて皆の横で幸せになりたいさ!」

 

 どうしてこんな事をしなくちゃならない。

 どうして自分の幸せを投げ出さなくちゃならない。

 

 その理由も、単純だ。

 

「でも、貴女たちの未来の方が尊い!」

 

 真夜たちの幸せの方が、自分の幸せより大事なのだ。

 

「『聖女』システムは遠くない未来に人類を巻き添えにする。絶対に真夜さんたちも巻き込まれる。その憂いを立つ」

 

「貴方が居なければっ、私たちは幸せなんかになれない!」

 

「長い時間があれば罪の意識はなくなるみたいな事、さっき言ってなかった?」

 

 自分が居なくなる不幸も、きっと長い時間が埋め合わせしてくれる。

 彼女たちには、それだけの時間がある。

 

 ブーメランが返ってきた事に、真夜たちは顔をしかめる。

 

「……十六夜」

 

「おう、達也。敗者復活かい?」

 

「俺たちと幸せになりたい、というのは本心なんだな」

 

「本心じゃなければこんな事してねぇよ」

 

「そうか。―――その言葉で充分だ」

 

 達也は、CADを構え直した。

 

「あと数日だけでも、お前には俺たちと幸せになってもらう。数日の間だけにでも、その『聖女』とやらの対策を考えられるだろう」

 

 あと数日しかない。

 ではない。

 あと数日もある。

 十六夜が真に、自分たちと幸せになりたいと思って過ごす数日間。

 それは、何物にも勝る時間だ。

 

 その時間を得るために、達也は、そして皆は、『英雄』に挑む。

 

「だ、そうですよ?先代」

 

「オーケー。ここからは俺の出番だ。―――『領域展開』」

 

 ゴングを鳴らしたなら容赦する(ファン)ではない。

 初手で『領域展開』。達也たちの魔法を封じた。

 『リライト能力』や『魔物』は対象外なので、十六夜は問題なく情報体次元(イデア)ハッキングを続けられる。

 

 (ファン)の『領域展開』、一定空間での魔法使用禁止。

 これをどう突破するか。

 肉弾戦では無理だ。相手は最高峰、どころか人間の域にない。

 方法があるのか。

 魔法を使わずに、『超人』かつ『魔物』使いを攻略する方法が。

 

 1つ、ここである議題を提示したい。

 

 『領域展開』も、魔法だ。如何にそれが現代どころか古式の魔法を超越していても、魔法という体系の内にある。

 つまり、魔法式に干渉するようなモノ、『グラム・デモリッション』のような対抗魔法の適応内に入る。

 もちろん、『領域展開』は他の魔法を封じているので、対抗魔法だろうと後出しできない。

 しかしそれは、常識内の対抗魔法なら、という注釈が付く。

 ではもし、常識外の対抗魔法があったら、どうだろうか。

 

「達也さん。5、数える」

 

「……雫?……いや、そうか」

 

 雫から急にされた提案に達也は一瞬困惑したが、読み取った。

 達也は、(ファン)に予め照準を定める。

 そして、雫がカウント・ダウンを始める。

 

「5―――」

 

「っ!?純正の『キャスト・ジャミング』だと!?」

 

 常識外の対抗魔法。それは、『キャスト・ジャミング』。

 これは、如何に相手の干渉力が行使者を上回っていようと、後出しで魔法を無効できる魔法だ。

 そのルールが、(ファン)の『領域展開』にすら適応されていた。

 

 今、雫が行使した『キャスト・ジャミング』により、(ファン)の『領域展開』は無効化されている。

 雫を遥かに凌駕する干渉力を持っている(ファン)でも、さらに後出しは出来ない。

 

 (ファン)にとって、まさしく常識外だった。

 アンティナイトを使わない、しかも純正の『キャスト・ジャミング』。魔法式は既に完成しているが、誰も行使できなかった対抗魔法。

 それを行使できる人間が居る事。

 そして、その効力が『領域展開』すら上回る事。

 (ファン)の想像を超え、今確かに(ファン)の無敵状態を崩した。

 

「しかし、だ!『キャスト・ジャミング』も対象を選別できないようだね!君たちも魔法が使えない訳だ!それで、カウント・ダウン。合図と共に早打ち勝負?俺に、早打ちで挑むのかい?」

 

「4―――」

 

 そう。『キャスト・ジャミング』が切れた瞬間を狙っての早打ち勝負。

 勝てる訳がない。

 (ファン)は反射神経も人間を超えている。

 

「3―――」

 

 雫はそれを知ってか知らずか、カウント・ダウンを続ける。かに思われた。

 

「2」

 

 そう数えた瞬間、『キャスト・ジャミング』を解いたのだ。

 

 一瞬、呆ける。早打ち勝負に望んでいた、(ファン)も達也も。

 

 そこに、執念が打ち込まれる。

 

 放出系魔法、スタンガン程度の電撃が、(ファン)を襲う。

 リーナだ。

 リーナは、カウント・ダウンなど気にせず、ただ『キャスト・ジャミング』が切れる瞬間を狙っていた。

 ひとえに、愛ゆえに。

 

 そうして達也も、(ファン)がスタンガンで怯んでいる内に復活。脳髄と心臓に照準を絞り、『雲散霧消(ミスト・ディスパーション)』。

 相手は回復能力持ち、しかし重要臓器の回復には時間が掛かると知っている故の手だ。

 

 頭と胸の中が空っぽになった(ファン)は、ゆっくりと倒れていく。

 達也たちは、試合に勝った。

 

 だから達也たちは十六夜の(もと)に駆け寄る。

 

 そうして現実をその目にする。

 

 勝負には負けた現実を。

 

 十六夜も、ゆっくり倒れていく。

 

『十六夜(さん)!』

 

 皆叫び、達也がどうにか抱き留める。

 でも、もう遅い。

 

「達也さん!どうにかできないの!?」

 

「――――」

 

 真夜に懇願されても、達也は、筆舌に尽くし難い、困惑の表情を浮かべるしかなかった。

 

「達也さん!?」

 

「無駄だ。達也には()えてるんだろう?―――達也。お前には俺が何に視える?」

 

 達也の様子に尋常ではない事を読み解く真夜であるが、十六夜が紡いだその言葉は、読み解けなかった。

 

 十六夜の体が、何で構成されているのか。なんて問いをしているなんて、達也以外読み解けなかったのだ。

 

「―――泥だ」

 

「……へ?」

 

「……十六夜の体は、泥で構成されている。……タンパク質なんて一欠けらもない」

 

 まるで意味が分からない、困惑しかできない話。

 聞いている皆は当然そうで、一番困惑しているのはそれを告げた達也である。故に、筆舌に尽くしがたい表情だ。

 

「考えてみりゃ、当然の話なんだよ。不思議と考えないままであった事にも、納得行く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 十六夜は、赤子の頃に軍事施設に捨てられていた。

 物心も付く前だったから、生みの親を記憶できていないのだと、そう納得していた。

 

 違うのだ。

 

「俺は、こう、ポンッとその場に生み出されたんだ。泥でな」

 

 十六夜は、誰の胎からも生まれていなかったのだ。

 

 此処に居る人の姿をした存在は、人間に偽装された、泥人形だったのである。

 

「そりゃそうだ……。いくつもシミュレーションするんだ。いつもいつも同じ場所に生み出すんじゃシミュレーションにならない。毎度、発生場所もランダムにする。なら、一々母体を選定するのも手間だ」

 

 『庭の文明』、シミュレーション内に置いて、十六夜は大亜連以外でポップするシミュレーションもある。

 それこそ、リーナルートはUSNAスタートだった。

 大亜連とUSNAで、堺亮を構成できる遺伝子の持ち主が同時期に存在する確率など、天文学的なモノだ。他にもスタート地点が別だったルートがあるのだから、なおさらそんな天文学的な確率を成立させるのは、無駄な労力である。

 

 一々母体を選定せず、それこそポップさせれば良い。

 『魔物』として。

 

 ちなみに現実世界で大亜連にポップしたのは、シミュレーションにおいて、そのスタート地点が最適解とされたからだ。

 

「俺は、世界によって生み出された、泥を素材に使った『魔物』だったんだ」

 

 『四葉十六夜』という人間は存在しない。なんてレベルではない。

 『堺亮』の魂を持った人間なんて存在しなかった。というレベルの話だ。

 此処に居るのは、世界に使役された『魔物』、泥人形、『堺亮』の魂が入っている人間のようなナニカ、なのである。

 

「だから見てコレ。渡されてる生命力、生命力(アウロラ)使い切ったらこの通り。体の端から砂塵になってる」

 

 十六夜が僅かに掲げた右手。

 それは、既に人としての色を失い、砂の塊として、徐々に崩れていっている。

 十六夜は『魔物』として、砂塵となって消える定めなのだ。あらゆるルートでそうだったように。

 

「さて。皆さん涙ぐんでいるところ悪いですが。あと数分の命なので、静かに俺の言葉を聞いてね?」

 

 十六夜がもう助からない事は分かったみんな。今生の別れを悟って涙ぐむ彼らに、十六夜は、皆に一言ずつくらい、言っておきたかった。

 

「達也。この世界を壊さないでくれよ?俺が守った世界だぜ?だから、お前は俺が守った世界で、幸せに生きろ」

 

「ふざけるのも、大概にしろ……っ!」

 

 達也は、涙も嗚咽も堪えて、堪える事しかできなくなった。

 

「深雪。俺って結構お前と達也の縁結びを水面下でしてたからさ。ちゃんと達也と幸せな結婚生活を送れよ?」

 

「貴方という義弟を私から奪っておいて、そんな事がよく言えるわね……」

 

 深雪は、さめざめと泣いていた。

 

「水波。お前の自由を許す。好きに生きろ。四葉から何か言われたら、俺が遺言でそう残したって言い返せ」

 

「拝命っ、致しますっ……」

 

 水波は、涙を必死に拭いながらも最期の命令を聞き届けた。

 

「幹比古。お前の恩返しはこれで終わりだ。あとは何も気にせず、お前の道を進め。幸せにな」

 

「今、までっ……ありが、とう……っ!」

 

 幹比古は、嗚咽の合間に最期の感謝を告げていた。

 

「美月さん。色々振り回してマジごめん。ちゃんと自分の事を気遣うんだよ?こんな危ない事はもうしちゃダメだよ?みんな君の無事と幸せを祈ってるんだから」

 

「私はっ、振り回されたなんて、思った事ありません……っ!友達の事が心配で、体が勝手に動いていました……っ」

 

 美月は、親愛をちゃんと伝えた。

 

「レオ。お前はあんまり血の定めとか気にするなよ?全部しっかり友達に告白して、受け入れてもらえ」

 

「お前がっ、それ言うなよっ……!一番秘密溜め込んでた野郎が……ッ」

 

 レオは、馬鹿野郎を殴りたい気持ちに駆られていた。

 

「エリカ。お前は強い。だから、これも乗り越えろ。できるはずだ」

 

「ふざけんじゃないわよ……っ!友達の死を悼む気持ちに、強いも弱いもあるかってのっ……」

 

 エリカは、馬鹿野郎を睨んで泣いていた。

 

「ほのかさん。初恋を貫かない事は別に不貞じゃない。コレがダメならアレにしようって、何度もやり直して良いんだ。あんまり初志を貫くと、今の俺みたいになるぞ?」

 

「……っ」

 

 ほのかは涙と嗚咽が溢れ、何も言えなかった。

 

「……。リーナ」

 

「……はい」

 

「まさかお前が俺にオトされるとは思ってなくて、今でも驚きがあるけど。……愛してくれて、ありがとう」

 

「愛、してるわ……っ、ずっとッ」

 

 リーナの涙腺ダムは決壊した。

 

「真由美さん」

 

「……」

 

「意図してなかったけど、貴女の心を解かす事ができた事を、嬉しく思います」

 

「また、凍りそうよ……。貴方のせいで……」

 

 真由美は、悲痛の表情で涙を流していた。

 

「真夜さん」

 

「置いて、行かないで……。十六夜……っ、貴方のおかげなのっ……。貴方のおかげで、私は救われたのっ……!」

 

「じゃあ、俺のために、俺の死後も救われててください。……幸多からん事を」

 

「っ……」

 

 真夜は、泣き崩れた。

 

「雫」

 

「愛してます」

 

「俺も。だから、2・3年くらい引き摺って?」

 

「一生引き摺ってやる」

 

 雫は、気丈に振る舞いながら、でも涙は取り繕えなかった。

 

 十六夜は、終始笑顔だった。

 嬉しかった。

 心の奥底から。

 自分の死をこんなに悲しんでもらえる程、自分は彼らに愛されていたんだと。

 

(ファン)?起きてる?」

 

「起きてるよ?運動神経との接続がまだ回復してないけど」

 

「『聖女』システムと、ついでに『英雄』システムも破壊しといた。もう、貴方を縛る鎖はない。でも、极夜(ヂィーイェ)だけは責任取れよ?記憶は消しといたから」

 

「―――ありがとう。君が後継で良かった」

 

 最期に(ファン)への報告もちゃんと済ませた。

 ジャストだ。もう、声帯が砂になってしまって喋れない。

 

 十六夜は、自分を見下ろす皆を見上げる。

 涙の雫が雨のようだ。

 

 十六夜は笑顔を浮かべる。

 頬に伝うのは、誰の涙か。

 明言は、無粋な話だ。

 

(みんなが、あの達也すら泣いてるな……。改めて考えると、偉業も偉業だな……)

 

 果たして、あの達也を泣かす事ができた人間など、三千世界に自分以外居るだろうか。

 あらゆる二次創作を見ても、自分だけだろうと、変な誇らしさと、そして、罪悪感があった。

 

(女を複数泣かせて、友達も泣かせて、あの最強原作主人公すら泣かせて……。まったく俺って奴は、()()()()()()……)

 

 なんだか、面白おかしくて、口を開けて笑ってしまった。

 

 それが、十六夜という男の、最期の姿だった。

 

 十六夜の意識は、闇に呑まれた。

 

 使命を果たした『魔物』は、砂塵の山を築く。

 

 その砂塵は、果たしてどれ程の涙を呑み込んだだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大人(ターレン)

 

(…………ん?)

 

 十六夜の意識は、闇から引き上げられた。

 しかし、闇の中。

 意識が起きても、周りは真っ暗。

 決して、肉体が蘇生した訳ではないのだ。

 

 十六夜は今、魂だけの状態。

 その魂も、あといくら保つとも知れない。

 それこそ、十六夜に語りかける声がなければ、すぐにでも消えていただろう。

 

(……おい、周。良いエンディングを迎えたんだ。これ以上は余計だぞ?蛇足だぞ?)

 

(『良いエンディング』……?いえ、そういう事にしておきましょう。―――しかし、私は報酬をいただいていない)

 

 テレパシーで以って声を届けてきている周公瑾は、この期に及んで、今までの働きに対する対価を要求していた。

 

(……かなり報いてくれたお前に報酬を渡すのはやぶさかではないが。……今の俺には、魂しかないぞ?この状態で何を差し出せって言うんだ?)

 

 渡せるものなら渡したい。

 それが十六夜の偽らざる本心だ。本当に周公瑾は良く働いてくれたし、本当に色々と助かったし。

 だから、心苦しく思っている。

 

(魂を頂きたく思います)

 

(……は?―――)

 

 魂しかない。なら、そうなるしかないだろう。

 

 十六夜の魂は、周公瑾に呑み込まれるのだった。

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