魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第十八話 幕間~四葉十六夜の夏季休暇~

~監督義務者の責任~

 

2095年8月13日

 

 中継でミラージ・バットの摩利やモノリス・コードの克人の雄姿を視聴し、一高が総合優勝及び新人戦優勝を果たした九校戦が終わった。ミラージ・バット本戦は新人戦で深雪が用いた飛行魔法を使う者がほとんどの中、従来通りの方法で飛び跳ねて優勝する摩利と3位入賞する三高選手は見事だった。モノリス・コード本戦でもいつも以上の気迫を放つ克人がファランクスで敵を散らしていくのは壮観だった。

 

 そんな中継を見ていたのも昨日の事で、今俺は真夜が俺への通話に使っている部屋で真夜とともにとある人たちと通話していた。

 

〈話に応じていただき感謝する〉

 

 「SoundOnly」と画面に表示される通話機から聞こえる声の主は一条剛毅(ごうき)。言うまでもないだろうが、十師族・一条家の現当主であり、一条将輝の父親である。

 

「いいえ。こちらこそ映像無表示で、直接繋いでもいない無礼を承知していただいて感謝しているわ」

 

〈いいや、療養中の十六夜君に繋いでくれているだけで有り難い〉

 

 この通話は四葉の隠密性を重視して、日本魔法師協会が中継ぎをし、かつ四葉本宅の内装が漏洩しないよう映像を表示していない。そして、俺は世間に療養中ということになっているので、俺が療養している医務室にも通信を繋いでいるという扱いだ。実際は五体満足で真夜の隣に立っているわけだが。ちなみに、怪我について公表せず、詳細を求めてきた一条家にだけ全治2週間であると伝えられた。四葉本宅で療養中であることを知っているのはその一条家と一高の九校戦メンバーに限られる。

 

〈まずは謝罪を。倅が十六夜君を怪我させてしまい、大変申し訳ない〉

 

〈本当に申し訳ありませんでした〉

 

 剛毅の謝罪に続いた将輝の声から、頭を下げる姿がありありと浮かぶ。それだけ彼の言葉には誠意が感じられた。

 

「俺としましては、そちらの落ち度を咎める気はありません。腕が少し動かし辛い程度の怪我です。怪我の危険を理解した上でモノリス・コードに出たのですし、この程度の怪我はスポーツでもしていれば珍しくもないでしょう」

 

「私は息子に傷を負わせられたから怒りたいのだけれども」

 

「母上」

 

 俺が真夜の予定外の発言を諌めれば、真夜はちょっとしたお茶目だと言うように舌をちろっと出して弁明する。

 

「当事者である十六夜がこのように言っていますので、私も謝罪を受け入れます」

 

〈……本当によろしいのか?〉

 

 彼の声音には疑念が込められていた。彼は俺に対して過保護な真夜が賠償を一切求めないことに違和感があるのだろう。

 

「俺が母上に進言したことですが。一条家は日本防衛の観点から十師族になければならない存在だと思っています。将輝さんとの直接対決で尚更それを実感しました。ですから、俺は一条を貶めることはしたくないのです。この日本を守るために、一条には十師族として尽力して頂きたい」

 

〈……変に疑ってすまなかった。君にそう言ってもらえるなら、より十師族としての務めに力を入れよう〉

 

 剛毅は誠実かつ実直にそう応対する。日本を背負う魔法師家の一つにしては、随分と心が綺麗な人である印象を強めた。

 

〈四葉十六夜。我が家を考慮してくれるのは有り難いんだが、お咎めなしとなると俺自身としては気が晴れない。何か、俺個人に頼み事みたいなのはないか〉

 

 親も実直なら子も実直だ。将輝は無罪としたのに求刑してきた。まぁ、贖罪したいという気持ちは俺には痛いほど分かる。

 

「そうですね。でしたら10月に行われる全国高校生魔法学論文コンペティション、その九校共同会場警備隊に絶対参加してください」

 

 原作において、将輝はそれに参加していたが、念のための誘導である。

 

〈元から参加するつもりなんだが。そんなのでいいのか?〉

 

 彼にとっては贖罪に不十分で、釈然としないようだ。

 

「「つもり」ではなく「絶対」です。俺が一条に期待する防衛力を、そこで一端でも見せてほしいのです」

 

〈なるほど、分かった。その時には全力で警備に当たろう〉

 

「よろしくお願いします」

 

 彼からの納得を得られたところで俺から言うことは完全に尽きる。

 

〈寛大な措置、誠に感謝する。時間を取らせたな。こちらの用件は以上だ〉

 

 剛毅は場の雰囲気を察して、この通話を終了に導く。

 

「では、お開きね」

 

〈ああ〉

 

 両者の了解で通話は終わる。軋轢を生まずに事を終えられ、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

~クローバーガーデン・夕暮れの鎮魂歌~

 

2095年8月14日

 

 重傷を達也に再成してもらったので特に療養しなくてもいいのだが、世間には療養中と言わなければいけない俺は大人しく四葉本宅の自室で読書に励んでいた。

 

 唐突に扉をノックする音が響く。

 

「開いていますよ」

 

 見られてまずいことをしていたわけでもないし、四葉本宅であるために入ってきてまずい人もいない。俺は相手が誰か確認することもなく入室を許した。扉を開けたのは、俺がよく知っていなければいけない人の一人だった。

 

夕歌(ゆうか)さん?」

 

「十六夜さん、お久しぶり。顔を合わせたのは慶春会での一度きりだったけど覚えてくれたのね」

 

 顔を見せたのは津久葉(つくば)夕歌。四葉家分家・津久葉家の長女であり、四葉次期当主候補の一人である。

 

「一度だけとはいえ、親戚の顔を忘れるなんて無礼はしませんよ。それで、ご用件は?」

 

 彼女と俺はもちろん親戚にあたるが、顔を合わせたのが一度きりなのもあって、用もなく会いに来るような親しい間柄にはなっていない。

 

「四葉の医療研究を専門とする分家として、現当主直系の容態を診に来たのよ」

 

 津久葉家は四葉内部で医療技術の研究を専門とし、今は特に魔法演算領域の損耗に関しての治療技術を研究している。これは四葉深夜が魔法の乱用で衰弱したことが要因の一つであり、後に彼女が「魔法演算領域のオーバーヒート」の研究する所以でもあるだろう。

 

「容態ですか?達也の再成のおかげで健康そのものなのですが」

 

「ええ、それは聞いています。経過観察、という名目のお茶会ね」

 

 彼女が扉の前から退くと、待機していたのであろう四葉のメイドがワゴンカートとともに入室し、応接用のテーブルにイチゴのショートケーキと紅茶を二人分置く。夕歌はまだこちらは許可も何も言ってないのに当然の如く椅子に腰かけた。メイドも綺麗に一礼してから退室した。色々と待ってほしい。

 

「あら、座らないの?もしかして何かアレルギーがあったかしら」

 

 部屋の主は俺のはずなのに、それが夕歌に切り替わったようだ。俺は少し頬を引きつらせていたが、小さくため息を吐いて色々と諦めた。彼女との対面に座る。

 

「いえ、特にアレルギーは有りませんし、甘いものは好物ですよ」

 

「それは良かった」

 

 彼女が紅茶を口に含むのを倣うように俺も紅茶に口を付ける。俺が普段飲んでいるペットボトルの紅茶とは違う高価なものであることを味覚で感じた。

 

「九校戦では大活躍だったみたいね」

 

「そんな、大活躍と言うほどでは。深雪の方が活躍していたでしょう」

 

 深雪はインフェルノやニブルヘイム、果ては飛行魔法まで使っていた。それに比べ、俺が使っていたのは一般的な難度の低い魔法しか使っていない。我流自己加速術式やマイセルフ・マリオネットも使ったが、あれは一般的な魔法を俺用にアレンジしたという触れ込みの偽装魔法である。

 

「ふふ、謙虚なのね」

 

 彼女は優雅に微笑むが、残念ながら俺は困ったような笑みしか返せない。

 

「謙虚と言われましても。ナンバーズが他に居なかったスピード・シューティング新人戦なら優勝は当然ですし、モノリス・コード新人戦の方はチームとしては優勝しましたが個人としては一条に負けていましたから」

 

「最後、一条将輝が使った空気弾はルール違反だったでしょう?有耶無耶になったみたいだけど」

 

「俺としては、試合に勝って勝負に負けた、という思いです」

 

「うーん。男の子の価値観というか、そういうところは分からないわね」

 

 理解は得られなかったようで、眉をひそめられてしまった。

 

「そもそもルール無用の勝負だったら、十六夜君は負けてたかしら」

 

「難しいところです。彼の『爆裂』が早いか、俺の奥の手が早いか、でしょうね」

 

 一条家秘術であり、一撃必殺の爆裂。その展開が俺のアンキンドルドゥより早かった場合は、問答無用で真紅の花となるだろう。残念ながら、リライトでも死んでしまえばどうしようもない。

 

「奥の手……。そういえば、あなたはどっちなの?」

 

 彼女が問う「どっち」とは、四葉の血縁者における二つに大別される魔法適性のことだろう。

 

「俺は精神干渉系の方です」

 

「あら、私と同じね。でも私みたいに系統魔法が平凡だったりはしないみたいだけど」

 

 嫌味を込めて少し視線が鋭くなるが、彼女の系統魔法の適性は第一高校在校時に生徒会副会長を務めていたあたりからも平凡で無いことがうかがえる。

 

「俺なんかより深雪の方が優秀ですよ。実際、実技成績で負けていますし」

 

「彼女は優秀通り越してズルいと思うわ。四葉の二つの特性を両方持っているなんて。四葉内でも稀有よ?」

 

 彼女の言う通り、四葉の家系図を遡っても「精神干渉系への高い適性か強力で特異な魔法演算領域かのどちらか」というルールから逃れた者は少ない。深雪は『コキュートス』という固有精神干渉魔法を持っていることと、分子減速類の振動系魔法が異常な程得意であることから、その二つの特性を持ったルール違反であることが分かる。その上で、系統魔法のいずれも優秀であるのは確かにズルいかもしれない。意図してそう弄られたのかもしれないが。

 

「この特性のルールには発現の法則が見られない上に、ルール違反まで起こるのですから不思議ですね」

 

「貢さんから生まれた文弥(ふみや)ちゃんと亜夜子(あやこ)ちゃんがそれぞれ違う特性ですものね」

 

 彼女は小さく唸って考え込む。さりげなく「文弥()()()」だったが、歳がかなり下の相手であるから問題はないだろう。そういう意味でなければ。

 

「精神干渉系に適した魔法演算領域がそもそも歪なのかもしれないわね。少し形が違うだけで特異な魔法演算領域になってしまうほどに」

 

「未だ精神干渉に関する詳細なプロセスや魔法式が解明できていないところを見るに、そうなのでしょう」

 

 『ルナ・ストライク』という精神干渉系魔法の中でも魔法式が定式化されているモノが珍しいとされるように、精神干渉系はそのほとんどが固有の魔法であり、その魔法式は本人が感覚的にしか理解できない代物である。もしかしたら、ルナ・ストライク自体も貢の毒蜂のように固有だったそれを偶然魔法式に起こせられたのかもしれない。

 

「さて、お互いケーキ一つでは長話できない(たち)のようですし。これでお開きにしましょう」

 

 言われて見れば、お互い皿の上にあったケーキが綺麗に無くなっていた。

 

「十六夜君の性格も多少は分かったと思いますし、楽しかったわ」

 

「こちらこそ。とても楽しい時間でした」

 

 最初こそ変に褒められてこそばゆかったが、後は気の置けない会話だったように感じる。

 

「次に会えるのは慶春会になってしまうかしら。楽しみにしてるわ」

 

「ええ」

 

 彼女は小さく手を振って退室した。

 

~クローバーガーデン・勝利の成就~

 

2095年8月15日

 

 俺は引きこもり予備軍ではあるが、さすがに自室の本を全て読み終えてしまえばやることもなく暇を持て余してしまう。それを四葉本宅にいる間は専属メイドのような状態となっていた桜井(さくらい)水波(みなみ)(いちおうバトラーも来るが毎度来る者が違い、メイドが来た場合は彼女のみ)にそれを伝えれば、少し運動したらどうだとデブの出不精に対するような(そういう思いは一切込められていないだろうが)意見を述べた。その意見に従って彼女の先導に付いていけば、四葉のバトラーやメイドなどが鍛錬に使っている場にたどり着いた。唐突に現れたご当主直系に驚愕かつ恐縮した今使っていた者たちを見て、とても負い目を感じる。そんな中、端の方で鍛錬しているのも彼らに非常に気を使わせてしまうだろうと、いっそのことと思って彼らとの組手を提案し、その提案が通った。

 

「ぐっ」

 

 地面に投げつけられるバトラーはどうにか受け身を取ってダメージを軽減する。間隙なく次の者が襲ってくるが、突進してくる彼女の足を払えばバランスを崩し、態勢を整える前に投げ飛ばす。最初の方こそ目に見えて手を抜いていた彼らだが、今は余裕も油断もなく本気で掛かってきている。本来守る側である彼らが守られる側である俺に未だ一発も入れられていないとなれば、そうなるのも無理はないだろう。

 

 ちなみに、俺の方は殴打や払い以上の蹴撃は用いず、ほぼ相手の力だけで投げられる巴投げや背負い投げなどの柔術だけに留めている。戦闘経験の少ない学生相手ならまだしも、荒事の経験もそのための対策もしている彼らに対してだと、彼らの敵意に不意の本気が出てしまいかねない。超人である俺の本気の物理攻撃が常人に如何程のダメージを与えるかは想像に難くない。しかし、この柔術だけというのが、彼らを本気にさせてしまった一因かもしれない。

 

「う゛っ」

 

 組手に混ざっていた水波は受け身で軽減しきれず、背中を強く地面に打ち付けたようだ。そこで攻撃が止まり、周りからは荒い呼吸が聞こえてくる。もう疲労困憊と言ったようだ。この後の業務が残っている者もいると聞いていたのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「ここまでと―――ッ!」

 

 突如感じた敵意に反応して体を少し横に逸らせば、誰かの拳が顔を掠める。俺は条件反射的にその腕を掴み一本背負いの要領で地面に投げつける。

 

「ぐえっ」

 

 投げた者の顔を見れば、先ほどの組手では見なかった男。しかし、見覚えはある。

 

「貴方は……」

 

「彼は(つつみ)奏太(かなた)。私のガーディアンだ」

 

 背後からの返答に俺は顔を向ければ、俺がまたよく知っていなければならない人が歩み寄って来ていた。女性も一人、彼に寄り添うように続く。

 

勝成(かつしげ)さん?」

 

「慶春会で顔を合わせているから、「久しぶり」と言うべきかもしれないが。初めまして、十六夜君。失礼ながら改めて、私は新発田(しばた)勝成だ」

 

 四葉家分家・新発田家の長男であり、四葉次期当主候補の一人である勝成は目礼とともにそう自己紹介を述べる。

 

「こちらこそ、初めまして。ご存知でしょうが、俺が四葉十六夜です」

 

 俺は彼に倣い、目礼と自己紹介を返す。

 

「いっつつ……」

 

「だから止めとけって言ったのに。あたしの弟がごめんなさい。一手だけって言って聞かなくて……」

 

 奏太が痛めた背中を押さえながらも回復したようで、勝成の後ろに控えるべく向かい、そこを奏太の姉が彼の背中を摩りながらこちらへ伏し目がちに謝る。

 

「構いませんが。えーと、貴女も勝成さんのガーディアンで?」

 

 彼女のことは原作知識で知っているし、四葉の使用人で次期当主候補のガーディアンなら事前に知っていてもおかしくないのだが、念のため確認の意も込めて問った。

 

「そうです。堤琴鳴(ことね)といいます」

 

 彼女は勝成の従者として礼儀を欠かさぬよう礼をしつつ自己紹介した。

 

「先ほどの総当たり、見ていたが大したものだ。ガーディアンもつけずに、『四葉』であると公にされていることはある。さすがは()()()()と言ったところか」

 

 彼の発言の中で、とりわけ「次期当主」の言葉が強調されているように感じたが、もしかしたら彼は既に候補を辞退するつもりなのかもしれない。次期当主となってしまえば、結婚相手は選べない。もし選べたとしても、今の想い人である琴鳴とは結婚できないだろう。彼女は調整体であるために、遺伝子に何かしら潜在的な異常を抱えている可能性が有り、次期当主の結婚相手には適していない。

 

「勝成さんたちと同じ次期当主()()でありながら、唯一「四葉」を名乗らせて貰えているのは身に余る光栄と言いますか……。母上にもその件については尋ねたのですが、「実の息子に四葉以外名乗らせたくない」という返答をいただきまして」

 

 その時も独り暮らしの拠点の時と同じように舌戦が繰り広げられたわけだが、途中から真夜のただの意固地に俺が折れることになった。当時の記憶を今思い出しても苦笑ものである。

 

「……ご当主様も君には甘いということか。それとも、それだけ信じているということか」

 

 表情こそ変化が少ないが、呆れをはらんでいるのが分かる。

 

「一つ、不躾な質問なのだが。次期当主はまだ君と決まったわけではないのか?」

 

 彼は俺が「候補」を強調していたことを気に掛けたようだ。

 

「少なくとも、母上からそのようなことは聞き及んでいません」

 

「そうか……」

 

 彼は視線を下げ、何かしらを思案する。

 

「こちらからも不躾な質問なのですが。勝成さんも候補を辞退するつもりですか?」

 

 俺の発言を受けて、彼は明らかに眉根を歪めた。俺の発言への疑念と、打ち明けていいかの疑心だろう。

 

「……私は確かに、辞退も考えている。次期当主となってしまうと、叶えられない夢が出てきてしまいそうなのでな」

 

 目が微かに後ろで控えている琴鳴に向く。その琴鳴も、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが綯い交ぜで複雑そうだ。

 

「それで、まさか君も辞退を考えているのか?」

 

「俺は、病気再発を懸念してのことです。十師族の次期当主が魔法を使えなくなる病気に罹るなんて話、穏便には済みそうにないので」

 

 俺はテキトーな理由をでっち上げる。本当の理由は「深雪が次期当主となる原作の遵守とリライト使用による短命を懸念して」だ。

 

「あの病気は完治したのではなかったのか」

 

「罹患も治癒も原因不明です。だから俺は再発もあり得ると思っています」

 

「……辞退するつもりなら、君は誰か推薦するのか?」

 

 彼は一瞬の空白で俺の病気に関して思考したようだが、その真偽が判定できないために辞退についての真偽を確かめる。

 

「深雪を推薦しようと思っています」

 

「達也君か」

 

 彼も考えていたことなのか、特に驚くこともなく俺の考えを当てる。

 

「深雪だけでも十分な素質を持っているとも考えていますが、確かに大きな要因は達也です。彼の能力は高いというのに、随分と不当な扱いを受けています。その状況を改善するならば、彼の守護対象の地位を上げ、相対的に彼の地位を上げるしかない。彼が四葉にとって重要な存在である以上、そうすべきだと愚考しています」

 

 彼は目を閉じて黙考し、考えをまとめて目を開ける。

 

「君の意見は理解した。もし次期当主に関する話題になったら、その意見に私も賛同しよう」

 

 彼の中で深雪を次期当主に推薦する利益が損失を上回ったようだ。

 

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

 

「ああ。君と話が出来て良かったよ。お互い立場のせいでこういう時しか話せないからな」

 

「それは、なんというか、申し訳ない」

 

 彼の言う通り、四葉関係者であることを隠している者たちにとって俺との交流は四葉の村に居る時くらいしか出来ない。だからと言って四葉直系を蔑ろにするわけにもいかないのだから、彼らはかなりもどかしい状態だっただろう。

 

「君にも私にも、背負っている責任と事情があるだけだ。君の謝るようなことではない。では、次会える日を楽しみにしている」

 

 彼はそう紳士的な対応してから踵を返す。彼のガーディアン二人もこちらに一礼してから後に続いた。

 

~クローバーガーデン・闇と夜~

 

2095年8月23日

 

 新たに調達して貰った紙媒体の小説を読んだり、鍛錬に混じったり、真夜と他愛もない会話を楽しんだりしつつ過ぎていく日々。昨日はこちらの都合上「SoundOnly」だった電話で雫から海水浴に誘われたが、怪我の安静を理由にして断った。おかげでトーンダウンだけでどれほど悲哀を伝えられるかを彼女から教えられた。彼女と少し距離を置こうと決めていた俺に対してもその決意を覆してしまいそうだったほどだ。

 

 それで、今は自室の端末でネットサーフィン、もとい原作で森崎が孫美鈴を庇った件について調べているのだが。ネットの表層にそんな情報が落ちているわけもない。しかも、俺の原作知識が空ろなために出来事の時期が曖昧、かつ俺の原作介入のせいで出来事の有無が不明瞭なのである。真夜に孫美鈴の調査を頼めば調べてくれそうなものだが、あくまで孫美鈴に関する情報は原作知識であるが故に、十師族直系とはいえただの高校生がそれを知っているのはおかしいのである。だから頼むのも無理、自力でも無理となればどうしてももやもやしてしまう。

 

 どうしたものかとキーボードを叩く音が鳴り止んでいれば、自室の扉を叩く音が鳴る。

 

「開いていますよ」

 

「「失礼します」」

 

 こういうのを「二度あることは三度ある」と言うのか。「三度目と四度目が同時に来た」と言うべきか。この姉弟はセットのようなモノだからまとめて「三度目」として良いだろうが。

 

「文弥さんと、亜夜子さん?」

 

 三度目の、俺が良く知っていなければいけない人の訪問である。俺は自身を絵踏の踏み絵か何かに感じ始めた。それをおくびにも出さないが。

 

「いちおう、お久しぶりです」

 

「顔を覚えていてくださって、嬉しいですわ」

 

 彼らは微笑みを携えているが、親密なそれではなく高官への礼儀的なそれに見える。

 

「お忙しいところ、すみません」

 

 文弥は俺の起動中の端末を見て、何かしらの作業をしていたと受け取ったようだ。

 

「いや、暇にかまけてネットサーフィンしていただけです。お茶を出しましょうか。て、ああ、市販のアイスティーしかないな……」

 

 俺の自室に高級な茶葉やティーセットは置いていない。何か飲み物が欲しくなるたびに人を呼んで紅茶を淹れてもらうという上流階級な暮らしは、中流階級な前世と下流階級以下な今世幼少期を過ごしたために慣れず、安価なペットボトルの紅茶を一箱取り寄せて貰ったわけだ。おかげで客を持て成すような準備が全くないのだが。

 

「こちらで使用人を呼んでありますので構いませんわ」

 

 そう言って亜夜子たちが扉の前から退けば、夕歌の訪問時と同じようにメイドが手際よく三人分の紅茶をテーブルに用意して退室する。途中途中の礼節はもちろんきっちりしていた。

 

「確かに、使用人を呼べば済む話だったな……」

 

 俺はその失念に自嘲する。こういう時はどうしても前世の価値観が固定観念として余計になる。とりあえず、彼らが席に座ったので俺もテーブルの席に着く。

 

「噂通り、使用人を使うことは避けてるんですね」

 

「彼らを使うのは、なんというか、ずっと引け目を感じているんですよ。昔の俺は、彼らが仕えるような優秀な人間ではなく、役立たずでしたから」

 

 文弥の指摘に対し、俺のそれが前世の価値観によるものではなく、低い自己評価によるものであると取り繕う。

 

「ところで、何故私たちにも敬語を?私たちは十六夜さんからしたら目下の存在ですのに」

 

 亜夜子はわざとらしく話題を変え、暗くなりそうだった雰囲気を一変させる。

 

「「年下」という意味では目下かもしれませんが、貴方たちは既にいくつかの仕事を任されているでしょう。そういう意味では、俺より四葉に貢献していて尊敬できる存在ですから」

 

「貢献ということでしたら、達也兄さんの方がしています。達也兄さんとは、敬語で話していないらしいですが……」

 

「達也の四葉への貢献を悟られてはいけませんから。ですが、そうだな。君たちにとって、こちらの方が話しやすいならそうするよ」

 

 俺は彼らの座りの悪い様子を感じ取り、その原因が俺の敬語であることを理解した。敬語を止めるだけで彼らの居心地が良くなるというのなら、俺の価値観を優先して敬語を通す意味もない。

 

「助かります」

 

 俺の理解は正しかったようで、いくらか彼らの表情が和らいだ。

 

「せっかく来てくれたから俺のトークで楽しませたいところだけど、俺は話下手でな。何かそっちから訊きたいことがあれば話のタネになるんだが」

 

 俺がそう促せば、二人は互いにアイコンタクトして頷き合う。何やら文弥の方から訊くという事で話がまとまったようだ。

 

「あの、十六夜さんの父君は未公開ということでしたが。もしかして、僕たちの父親・黒羽貢が父だったりしませんか?」

 

「ン゛ゲッフッ!ゴッホッ!」

 

 彼らの質問を待って紅茶を口に含んだのが徒となった。予想だにしていなかった恐ろしい質問に紅茶が気管に入ってしまう。

 

「や、やっぱりそうなのですか!?」

 

 慌てて問い質す亜夜子。彼女はほんのり桜色の頬を見るに真夜と貢のラブロマンスでも妄想しているのだろうか。

 

「ちょっと、ゲフッ、待ってくれ。エ゛フッ、はぁ……。えーと、俺の父親は貢さんではないよ。何故そんな結論が出たか驚いてしまったほどだな」

 

 気管の異物感から解放された俺は貢に会った時の記憶を想起する。顔を合わせる度に警戒されているような記憶しかない。態度で分かりやすく表しはしないが、視線が警戒のそれであると知覚できるのだ。子を見る度に警戒する親が居てたまるか。少なくともそんな者が親であって欲しくない。

 

「父が随分真剣に十六夜さんの九校戦を見ていたもので、てっきりそうなのかと」

 

 文弥と亜夜子は自身の勘違いに羞恥し、俯いている。俺はそれでどうやって貢と俺の親子関係を導き出せるのか分からず苦笑する。

 

「貢さんは、俺の病気が再発しないか気が気じゃないんだろうな。魔法が使えなくなる醜態を四葉が晒すわけにはいけないからね」

 

「件の病気は完治したのではないのですか?」

 

 勝成もそうしたように、亜夜子も俺の病気について尋ねる。俺はこれを周知すべきかと思ったが、嘘に嘘を重ねている状態であるために、その嘘を見抜ける者に知られるのは拙いかと考え直した。

 

「治っているよ?いつの間にかにね。罹患理由も分からなければ、治癒理由も分かってない。再発の可能性も分からない。全くもって未知の病さ」

 

 彼らにはもう言ってしまった以上、俺は平然と嘘を重ねる。

 

「それで、父はその可能性を危険視しているということですか」

 

「そういうことだね。貢さんには心配を掛けさせてしまって、かなり申し訳ないが」

 

 実際その内容は違うだろうが、貢は俺に対して何かを心配、明確に言えば警戒しているようなので心労を掛けているのは間違いない。その点に関しては本当に申し訳ないと思っている。

 

「十六夜さんには、実の父親が誰なのか知らされているのですか?」

 

「いや、知らされていないよ。ただ、母上から「既に婚姻関係があった四葉の人間じゃない」とは知らされていてね」

 

 このあたりの話は真夜と事前に話して決めていた設定だ。この設定なら、少なくとも四葉次期当主候補の親は除外され、かつ範囲が広すぎるために個人の特定はできない。亜夜子も特にこの情報については疑わず、俺たちが異母兄妹なんて考えを霧散させたようだ。

 

「父親が分からないということに、不満を感じたりはしませんか」

 

 文弥からの俺の精神を気遣うような質問に俺は一瞬目を見開いたが、彼らは今よりも幼い頃に母親を亡くしていた事実を思い出す。片方の親が居ないも同然ということに彼は親近感を覚え、ある種の歩み寄りを計ろうとしているのだろう。

 

「寂しくなかったといえば、嘘になるだろう」

 

 彼らの言葉を受けて今世の実の親について考え、俺は確かに寂しく感じた。俺は今世の実の親の顔など、もう微塵も思い出せないからだ。そもそも俺が『前世を持つ俺』と自覚した時には親の顔など記憶になかった。もしかしたら俺は捨て子に憑依した存在なのかもしれないという考えが頭を過る。

 

「だけど、その分母上が愛してくれている。俺はそれで充分だ」

 

 事実がどうであろうと、「俺はもう『四葉十六夜』だ」とその思考は無意味であると切り捨てた。俺は『四葉十六夜』を取り繕う。

 

「そう、ですね。僕たちもそうです」

 

「鬱陶しいとすら思えるほど父が愛してくれていますからね……」

 

 貢からの愛を思う二人。呼び起こした記憶がそれぞれ違ったようで、文弥の表情は朗らかだが、亜夜子の方は陰鬱だ。

 

「親の愛といえば、俺が第一高校に通うとなった時は凄かったよ。「四葉本宅からリムジンで」とか「四葉の息がかかったホテルから」とか……」

 

「え?」

 

「ああ、やっぱり。異性の親というのはそう言う的外れな愛を発揮するのですね」

 

「分かってくれるか、亜夜子さん」

 

「ええ。私の方も―――」

 

 その後、何故か亜夜子と「異性親の過保護談義」で花を咲かせた。終始置いてきぼりだった文弥のことを思うと、何となく申し訳なく感じた。




一条剛毅:いつもと違う真夜の様子に違和感がありつつも、「四葉真夜も人の親」と考え納得する。「四葉真夜と言えど、異性の子供に苦労しているのだろう」と勝手に親近感を抱いた。十六夜に対しては、「四葉らしくはない」と感じるが、それでも「誠実な男児」と好印象を受けた。

津久葉夕歌:最初の目的こそ御曹司のご機嫌伺。だが、第一印象で「持ち上げすぎるのは逆に悪手」と考え、親しみを以って近付くことにした。「謙虚すぎるきらいがある」と感じつつも、奢りのない姿勢には好感を覚え、自分と同じく精神干渉系が得意というのに親しみやすさを感じた。

新発田勝成:卓越した体術と浅からぬ思慮に驚嘆し、「唯一公認の四葉姓」というのも有って少し警戒しつつ、「敵に回すのは危険すぎる」と判断。「友好的でさえあれば、あちらから敵になることもしないだろう」とも考えたため、「信頼を示すことが得策である」と胸の内を開示した。

堤琴鳴と堤奏太:気弱な印象と達人並みの体術というチグハグさを不思議に感じながらも、十六夜の病気の影響を人格形成に受けていると判断。とりあえず、マスターである勝成に不利益を与えないよう、十六夜には敵対しないように行動することを決意した。

黒羽文弥:最初こそ、『本家の直系』として近寄り難く感じていたが高圧な態度もしなければむしろ庶民的なところを見て、親しみやすさを覚えた。達也ほどではないが、「優しさが見え隠れしている」と感じたので、近寄り難さは「偏見である」と改めた。

黒羽亜夜子:腹違いの兄妹疑惑を最初に提唱した。「そこに禁断の愛が有ったのではないか」と乙女の琴線に触れたわけだが、そんなことはなかったのですこしガッカリしている。異性親への苦労に共感し、親近感を抱く。残念ながら、達也に対するような思いはなく、現状『話の合う従兄弟』程度の認識。

専属メイド・桜井水波:夏季休暇中、ガーディアン及び使用人としての教育があるために四葉本宅に居たので、「丁度良いか」と十六夜の世話係を任された。本人は任された当初緊張していたが、呼ばれる機会が少なかったためにほっとしつつも不満を感じた。

十六夜に断られて悲しそうな顔をしている雫を見た父親・北山潮:多分怒ってる。

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