2095年10月10日
新生生徒会が誕生して一週間。3年生役員及び副会長だった服部が抜けるに際し、空いた枠は既に選任された。生徒会長はもちろんのこと中条あずさ、会計は
そんなこんなで時は過ぎいく日々の放課後。俺はここ最近達也一団と行動を共にする機会を増やしていたため、彼らの放課後の寄り道に同行し、彼ら行きつけの喫茶店に来ていた。ちなみに、その機会を増やしている理由は、原作においてこの辺りは達也一団が特に動いた記憶があるために物語の進み具合を彼らで確認するというのと、雫との距離感を保つための
閑話休題。
その行きつけの喫茶店での達也一団の話題は「達也が何故、幾何学研究室に呼び出されたのか」というものだった。
「なっ、達也、論文コンペの代表に選ばれたのか?」
「まぁな」
達也の素っ気ない返しに、俺は目が点になり、開いた口が塞がらない。
「驚くには驚くが、そこまでのことか?」
「達也君だったらおかしくないんじゃない?」
レオとエリカがそう言うように、他の面子も驚きはするがあり得なくはないと、達也の凄さで感覚の麻痺がうかがえる。
「達也の頭脳を疑ってるわけじゃなくて、時期がおかしいと思ったんだ。俺の記憶が正しければ、もっと早く代表が選出されて論文の準備に取り掛かってるはずなんだが」
「ああ、既に選出されていた内の一人が体調を崩して辞退したらしい。その代役として俺が選ばれただけだ」
俺は達也の言葉を聞いて、よりおかしい事実に感づいた。
「達也、その辞退した人の名前は聞いてるかい?」
「3年C組の
達也は俺の質問に怪訝な表情をしながらも答えてくれた。俺は達也がくれた情報に関して、顎に手を当てて思案する。
「知り合いなの?」
「いや、知り合いではない。けど、九校戦のエンジニアを務めていた人にも、平河って人が居てね。少し気になったんだ。確か、『平河
雫の言葉に、とりあえずそれっぽい返答をしておく。
「九校戦の時は、何も問題なかったんですか?」
「うーん、あんまり接点がなかったからよく見ていないんだよな」
「すまないが、俺もあまり記憶にないな」
「私も顔をそれほど会わせなかったので」
「私も」
「私もです」
美月も気にしてそう問うが、俺・達也・深雪・雫・ほのかと九校戦メンバー全員が曖昧に返し、これといった情報は得られない。
「九校戦後に何かあったのかもしれないな。まぁこれ以上は探ったって俺たちが解決できそうにもないし、俺の考え過ぎってことで」
「それもそうだね」
皆が幹比古に同調するように頷いた。俺一人、頭の中でずっとその事項を考え続けていた。
(原作だと平河小春の不調は、彼女がエンジニアを務めたミラージ・バットでの不正工作が原因のはず。そんな出来事が起こらなかったのに、何故彼女が体調を崩している?)
平河小春は、
(またなのか……?)
知覚(あるいは錯覚)したのが二度目となる見えざる手の介入に、俺は何とも言えない暗い気持ちを胸に抱えた。
◇◇◇
2095年10月18日
論文コンペの開催日が徐々に近付く中、代表者3名の身辺警護・プレゼン用資料及び機器の見張りに風紀委員と部活連執行部が駆り出されている。それにより風紀委員の一員たる俺も、達也の護衛という大役(?)を任せられた。「達也に護衛が必要なのか」という俺の疑問に対し、「必要かどうかはともかく、護衛がついてるだけで抑制の効果はある」と摩利前風紀委員長が答えてくれた。そして、その達也の護衛に俺が選ばれた理由は「君以外を護衛につけても達也くんの足手纏いにしかならないだろう」だそうだ。それを聞いた俺と達也はそろって肩をすくめたわけだが。
そういった要因で今俺は代表者の達也と五十里、そして五十里の護衛役である千代田とともに、学校外の買い出しに付き合っていた。五十里と千代田のカップルはまだ買い物を続けているが、達也はすぐに用を終えたらしく店の外で待機。俺もその横で待機している。が、どうにも達也の表情が固い。理由は俺も察知しているが。
「十六夜、どうだ?」
達也は俺がこちらをうかがう者に気付いている前提で問ってくる。
「緑目の蛇、かな?」
「なるほど」
俺があえて「嫉妬深く執拗な者」を比喩的に表現したが、達也は問題なく理解して頷いてくれた。
「達也の周りじゃ緑目も珍しくないか」
「目の色については何にも言えないが、蛇は珍しいな」
そんなスパイの符丁ごっこを達也と楽しんでいれば、五十里たちが店から出てきた。
「蛇がどうかしたの?」
千代田にも俺たちの会話は聞こえていたようだが、残念ながら話の意味までは分からなかったようだ。
「いえ、どうも監視されているようなので、どうしようかと―――」
「監視?スパイなの!?」
達也は千代田の口の軽さに目頭を揉んだ。こちらをうかがっていた者の視線がこちらから外れたことを知覚し、『逃げる奴はベトコン』理論で即座に俺は視線の発生源を追う。街中でまだ正当防衛も適応されない状態なので魔法は使わないが、それでも短距離走トップアスリートレベルの走力で追えば、追われる者は危機感を覚える。その者は己の危機感に任せて後ろ手にカプセルを投げるが、そのカプセルが閃光弾であることを俺は看破し、かつ投げた者が素人であることを察して、カプセルが閃光を放つ前に上空へと蹴り上げる。察した通り、起動してから爆ぜるまでのタイムラグを待たずに投げられていたそれは、人に効力を然程発揮しない遥か上で炸裂した。ちょっと加減を間違えて超人域で蹴り上げた気がするが気にしない。そのまま運動機能に何ら弊害なく追い続け、すぐ背後に追い付いたところで軸足の膝裏に蹴りをかます。
「ううぇ!?」
膝をカックンと折られた者は、少女らしい悲鳴を上げ、俺は倒れつつある少女の腕を掴まえる。その腕を少し引っ張って怪我しない程度に勢いを和らげつつ、地面へと組み伏せた。
「うぐっ」
体全体を地面に打ち付けたわけだが、少女の顔に傷は無いのでセーフである。
「大人しくしてくれ。当校の生徒である以上、悪いようにはしない。だが、暴れようものなら肩が外れるとは思っておいてくれ」
「っ……」
平静に冷淡な言葉を掛ければ、一高の制服を着た少女からは言葉にならない声が返ってきた。
「四葉君!?」
「十六夜!」
少し遅れて千代田らと達也は俺が下手人を組み伏せる場に辿り着いた。
「達也、君を監視してた奴で間違いないと思う。見覚えは?」
「……」
「見覚えなんて、無いでしょうね」
達也が答えに至る前に、少女の方が口を開いた。
「あんたにとって周りなんか、その辺の石ころと変わらないでしょう?だから全然気にも留めず踏み潰せるんだ」
彼女は達也への憎しみを隠さず、顔で、声で、言葉で表した。
「……平河
「!……へぇ、司波達也君は踏み潰した石ころを見てほくそ笑むのが趣味なのね?」
名前と素性を言い当てられた彼女は驚くも、すぐに怨嗟の声を続けた。
「達也」
「十六夜自身が「考え過ぎだ」と言っていたあの懸念が、まさかこんなところに繋がるとはな。気になって調べておいた甲斐があったかもしれない」
どうやら生徒会権限か何かで事前に『平河小春』の身辺を探っていたようで、その際に『平河千秋』も知ったようだ。
「えーと、つまり。千秋さんはお姉さんの論文コンペ代表の名誉を奪った司波君が憎かったってことかな?」
「論文コンペだけじゃありません!こいつは、姉さんのエンジニアとしての腕を鼻で笑うように九校戦で成果を上げた、姉さんを苦しめるために!こいつさえいなければ、姉さんが体調を崩すこともなかったんです!」
彼女の中でどうにも平河小春の体調不良の原因も達也に繋がっていて、一連の事が達也の計画であると思い込んでいるようだ。どうにも論調が無理矢理すぎる節を俺は感じていた。
「……精神操作か?いや、操作までいかないにしても誘導されているような」
「何らかの精神干渉を受けていると?」
俺の口を突いて出た脳内論議に、達也は受け答える。残念ながら、達也へは「分からない」と首を振った。俺は精神鑑定なんてできないし、この辺りの原作知識はかなり曖昧だ。平河千秋の達也に対する敵対視は記憶にあるが、彼女の今回の行動は完全に忘れていた。原作に有ったことかも判別が出来ないし、有ったとしても精神操作の有無も、されていたとして誰がしたのかも思い出せない。
「千代田委員長、彼女は病院で見てもらった方がいいかと。俺の杞憂であればいいのですが、念のため」
「分かったわ。まずは、養護教諭に話を通してみる」
そうして学校に連絡をつけ、保健室に送られた平河千秋は、その後に国立魔法大学付属立川病院へ入院することが決まった。
◇◇◇
2095年10月19日
平河千秋の襲撃とも言えない襲撃を受けてから、俺はあれをただの当て馬と考え、より達也の警護に努めている。そのために、達也の下校に同行するようにしていると、最近まとまって下校することが少なくなった達也一団が今日は見事に集まっている。彼らの会話に俺も混じっていたが、論文コンペにおける達也の仕事を話題にしていた会話は、いつの間にか「達也をRPGのポジションで例えるなら何か」に変わっていた。皆が悪役に例える中、俺にも話題が回ってきたので「さらわれた
「ちょっと寄って行かないか?」
そんな話題が終わる頃、丁度見えてきていた彼ら行きつけの喫茶店に寄る提案を達也がしだした。皆に視線を向ける時、俺含む
(……捕らえに行ったのか)
堪え性が無いと言えばいいのか、血の気が多いと言えばいいのか。エリカ・レオ・幹比古は尾行している者に対して打って出たことに多少呆れつつ、それでも「標的は達也であろう」と断定して動いた彼らの友達想いの行動を止めない俺も同罪だと自嘲した。
「達也、ちょっと行ってくるよ」
「十六夜もか?」
「まぁ、念のためさ」
俺は今回の曲者に
◇◇◇
あまり早い登場もレオとエリカに悪いかと歩いて辿りついた人気のない脇道。既に曲者とレオたちの戦闘は始まっているようで、レオが曲者の拳を数発受けている。なおも止まりそうにない拳の連打を、エリカの横を駆け抜け、レオへと伸びる腕を掴むことで止める。
「なっ!」
「「えっ?十六夜(君)!?」」
三者二様の驚きは気にせず、曲者が引き抜こうとする腕をがっちりと掴んで離さない。
「ジロー・マーシャルさんですか?」
「っ!何故その名を!」
原作知識で思い出した彼の名前を呼んでみれば、彼は腕を掴んだ時以上に驚いてくれた。
「え?知り合い?」
「知り合いではないな。まぁ、ちょっと母親に頼んで調べてもらった時に引っかかった一人ってところかな?」
エリカの疑問にテキトーな嘘を述べて、俺の情報源を誤魔化す。
「そうか、貴様が『四葉十六夜』か……」
彼は険しい表情で冷静に観察し、俺の拘束から逃げる術を探している。が、俺は特にそれに付き合うことなく腕を解放する。
「ちょっ、放しちまっていいのかよ!」
「ああ、問題無いよ。彼は味方でもないが敵でもない。所謂、『敵の敵』、に雇われたアルバイトだからね」
「ふ……。今ほど無所属の小物で収まっていた我が身を幸福に思ったことは無い」
俺の敵意のない様子を見て、マーシャルは『アルバイト』という評価に眉根を歪めながらも臨戦態勢を解く。警戒こそ解かないが、それでも彼は『四葉』の敵になることは避けたいようだ。誰でもそうだろうが。
「アルバイト?
「日本の魔法科生徒から先端魔法技術を盗もうとするスパイを監視するスパイ、かな。彼は日本の知識を取り込んで他所の国が成長するのを嫌がる、また他所の国に雇われた人ってことだ」
「ああ、その認識で間違いない。こそこそ小遣いを稼ごうとするネズミを捕まえて小遣い稼ぎするのが、俺の仕事さ。だがやはり、今回は割に合わない仕事だったな」
『四葉』の目の前ともあってか、彼はことさらに自身を過小表現して肩をすくめる。
「ええ、今回ばかりは仕事のキャンセルをお勧めしますよ」
「帰ったらクライアントにそうメールしよう。では―――」
言葉の途中で彼の袖口から小さな缶が地面に落ちる。
「これで失礼する。ああ、一つ見逃してくれたお礼に助言だが。君たちのお仲間に、身の回りに気を付けるよう伝えてくれたまえ。学校内でも安心するな、と」
缶に警戒して飛び退くレオとエリカ、そしてただ立ち尽くす俺に対して彼は悠然と忠告し、缶から解き放たれた煙で身をくらませた。
(悪いが、用があるのはこの後なんだ)
俺も煙に乗じて、念のためにアンキンドルドゥを使って彼の死角に移動してから彼の気配を追う。人体手術か何かは知らないが、強化された身体だけ有って遠ざかるスピードは速い。しかし、超人から逃げられるほどではなかった。
◇◇◇
尾行するジロー・マーシャルが走ること一駅分。急に立ち止まり、目だけであたりを見回し始めた。俺の尾行がバレたかと思ったが、俺が隠れる物陰への視線が通り過ぎるあたり、少なくとも俺の居場所には気付いていないようである。マーシャルが視覚ではなく聴覚で気配を探るべく目を閉じたあたりで、俺はある人物を捉えた。マーシャルも知覚したようで、一瞬身震いさせてから目を開け、目の前にいる男を視界に収めた。
「The man-eating tiger、
マーシャルの無意識的な呟きで、俺はその男が目的の人物であることに確信した。そして、呂剛虎の姿がそこに留まったまま、されど彼が動く気配を察して俺は物陰から飛び出し、呂の見えない腕を掴む。ほんの一瞬の後、無色のそれが色を持ち、目の前に呂が映る。魔法による音と光を弄っていたのか、それともそういう幻術あるいは精神干渉系か。彼は自身の行動が少し遅れて知覚されるようにしていた。
「なっ、四葉十六夜!?」
マーシャルは状況の急展開に混乱しているようだが、呂はそんなことお構いなしに俺の首へと空いている手を伸ばす。俺は呂を蹴り飛ばそうと彼の腹へと膝を突き出せば、あまりにも固い感触を受ける。が、当初の蹴り飛ばす目的は果たせたようで、彼我の距離が空く。「固い感触は硬化魔法か?」と推察しながら、俺は彼の挙動を逃さぬよう睨み続ける。
「四葉、十六夜……」
呂もこちらを睨み返しながら、おそらく記憶にある『四葉十六夜』と目の前の俺を照合する。
「……マーシャルさん、今回は本当に割が合わない仕事をしましたね」
そんな軽口をマーシャルに向けてみるが、彼からの返事はない。マーシャルも、そして俺も目の前の人食い虎を警戒して動けない状態となっていた。が、あちらはそれこそが狙いであるようで、俺はまた見えない動きを知覚した。俺の顔を狙ったハイキックを、俺はハイキックで迎撃する。克ち合った感触の後に彼が色を得る。色を得た直後に貫手が首に飛んで来れば、拳で腕を打って軌道をズラす。空を切った腕を掴むために腕を伸ばすが、今度はあちらから距離を空け、こちらを観察する。
(厄介な魔法だ。発動の兆候は分かるが、起動式が見えやしない)
現状、超人技能頼りでどうにかなっているが攻めに転じられない。いや、攻めようと思えばできるし、正直ここで呂の首を落とすことも可能だろう。だが、彼は原作で度々登場する。「ここで退場させて良いものか」と悩み、本気になれていないのだ。それを知ってか知らずか、呂は牙を見せるような獰猛な笑みで威嚇する。しかし、呂の目は格下を見るモノに変わったところから、俺の手抜きを死闘に慣れていないそれと受け取ってくれたのだろう。俺は緊張を分かりやすく伝えるために両手を強く握る。呂はじっとこちらを睨み、集中が切れる一瞬を待つ。
(このままじゃ埒が明かないな。いっそのこと、カウンター狙いでわざと気を抜くか?)
あちらは撤退の意思を見せず、ならばこちらも背を見せるわけにはいかない。ここで呂を捕縛するべく、彼を気絶させる方向に考えをシフトした。が、ここで背後から近づく気配を知覚する。
「「十六夜(君)!?」」
「な!?」
予想外だったレオとエリカの声。俺はそれで意図せず注意を逸らしてしまった。攻撃の気配を感じ、首狙いだろう攻撃を迎撃すべく備えれば、腹に熱を感じる。
「グッ……」
呂の指は俺の腹に刺さっていた。
「「十六夜(君)!」」
レオとエリカはそれを見て、俺を守ろうとしたのか前に出ようとする。だが、相手が悪すぎる。「彼らの手に負える相手では無い」と即座に判断し、痛覚を切る。そして、二人を庇いながらでは手を抜けるわけもないので、俺は懐からシルバーブレイドを取り出し、呂に向けて振るう。まだ硬化魔法は間に合っていない。それでも、俺から放たれる鋭い殺気がそうさせたのか、呂は指を腹から抜き、俺のシルバーブレイドの間合いから逃れた。カーボンナノチューブの布は空振りしたが、硬化魔法でそれを刃に変化させる。
呂は俺の殺気を感じて一瞬瞠目するが、すぐにまた獰猛な笑みに戻す。そして、その目も強者に挑む歓喜に変わってることから、先ほどまでの俺の認識を改めたようだ。彼からの殺気が俺を射抜いている。
「これで引き分け、ということにしませんか?呂剛虎。これ以上やるというならば、本気でその首を落としますが」
腹の傷から血を流す俺では様にならないだろうが、それでも呂は俺に対する改めた認識に従って油断せずにこちらを注視していた。レオたちが固唾の呑むのが伝わってくる。数瞬の後、彼の気配が彼の像を置いて遠ざかって行くのを感じる。そして、その像が消えた時には、呂の気配は大分離れていた。
「十六夜、大丈夫か!」
レオは呂が居なくなったことに驚くより先に、俺の心配をして駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫、じゃないな。腹に穴空いてるんだった」
痛覚を切っているので自覚がなかったが、もう血が足を伝って地面まで濡らしている。その不快さでようやく傷を思い出すあたり、どれほど自身が集中しなければいけない馬鹿をやったのか理解し、苦笑した。
「ちょっと!?救急車呼ぶから気をしっかりしなさいよ!」
「気はしっかりしてるから、そっちは大丈夫だな。脳内ホルモンのおかげで、痛みも今はないよ」
俺はエリカの心配する声を聞きながら、傷口を押さえてその場に座る。
「マーシャルさん?」
「なんだ、この状況で」
「先ほどの、録画してたりしませんか?もしあれば欲しいのですが」
「……」
無言で彼は胸ポケットからレンズだけを出していた端末を手に取ってこちらに向ける。俺は受信状態で自分の端末を向ければ、望んだデータが送られてきた。
「これで今回の借りは無しだ」
「ええ、それで構いません」
俺は欲しかった物が手に入って満足だった。これで、真夜に大亜細亜連合の動向を探ってもらう理由が得られた。彼は足早に去っていく。
「それが欲しくてアイツを追ってたのか?」
「明確に言えば、今回騒動を起こそうとしている大本を特定したかったんだよ。思った以上に手強い相手が出てきて、この通りだけどね」
レオとエリカは俺の深い呼吸で怪我の状態を再度確認して俯く。
「ごめん、私たちが来たばっかりに」
「心配して来てくれた友達を責められるほど、俺の行動は慎重なモノじゃなくてね。今回ばかりは、軽率だった俺の失策だな」
脳内で「今回も」の間違いだと自嘲しつつ、俺は遠くから聞える救急車のサイレンに耳を澄ましていた。
千代田花音:摩利と親し気に話している十六夜を見て、悪い人ではないと判断していたが、それでも最初はあまり近寄らなかった。しかし、書類仕事を肩代わりしてくれたことで今は十六夜を「優秀な事務員」として重宝している。
五十里啓:十六夜に対して「婚約者が大丈夫って言うんだから大丈夫」という認識。花音を手助けしてくれる話をよく聞くので悪い印象は抱いていないが、花音を甘やかすのだけは止めてほしいと思っている。
平河千秋:『四葉』ということで脅えてはいるが、そんなことより司波達也である。
呂剛虎:十六夜への第一印象は「技量こそあるが人殺しには慣れてない一般人」。しかし、殺気を受けて「戦場を渡り歩いた狩猟者」に一変。『四葉』であろうと見られた以上排除したかったが、『鋼気功』を発動する隙も無く不利と判断して撤退。
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