魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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――色々期待をさせておいてこんな終わりを見せるのは忍びないんだが。でもこれが『●●()』なんだ。

――もっと良い終わりを期待していたかもしれないけど、期待をし過ぎた君たちも悪いかもな。いや、すまない。全て悪いのはその期待に答えられなかった俺だ。その罪を他人に押し付けるなんて、罪深い話だな。

――だが、まぁとりあえず。終わりを見届けては欲しいかな。せめてどの程度期待に答えたか、どの程度期待を裏切ったかは、見ていった方が良いんじゃないか?

――なんて言うのかな。俺が言えた義理ではないんだが、「期待した責任を果たせ」ってことで。

――どうか最後まで。


――この愚かな末路を見収めてほしい……。








最終話 編輯人=リライター

■日

 

 とても暖かくて、とても穏やかで、まるで春の朝日を浴びているかの如き安らぎに包まれる感覚を、俺は全身で味わっていた。そんなに平穏な空気だからこそ、俺はただ朝が来たのだと思って枕元にある携帯端末を手で探る。いつまでも手が端末に触れることはなく、ベッドから落としたかと目を開けたのだ。視界に飛び込んでくるのが異常とも知らずに。

 

「え?」

 

 俺はいつものベッドではなく、何処かの草原に寝そべっていた。妙に輝きを零すその草原に違和感を抱いて上体を起こす。

 

 草原一帯はとても明るいのに反して空は暗く、星々の輝きすら見て取れる。その空の景色の多くを占める白い星の存在も。

 

「あ、あれは」

 

 月と評すには大きすぎる白い惑星。故に俺はその惑星を月と判断せず、直感的に、いや、『Rewrite』の知識的にその惑星が何であるか分かってしまった。

 

「地球、なのか……」

 

 今でも鮮明に覚えているゲーム画面。生命が抜け落ちたように不毛の惑星となった地球が描かれたイラストを思い出す。二次元のイラストと三次元の光景では見え方に差異があるものの、俺にはあまりにも酷似して見えた。

 

「じゃあ、ここはまさか!」

 

 漂白された大きな惑星が地球だと言うなら、それを眺めている俺が居る場所は何処なのか。分かっている。分かっているのに俺は確かめずには居られなかった。だから、()()()()()()

 

 淡く輝く草花、大地に埋め込まれたようにある材質不明の板。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、ああ……。ああああああああああああああああああ!」

 

 俺がその少女を知らぬはずがない。この俺に、二度目の生に与えられた力が如何なるモノか覚えているならば、ある意味対極にある彼女を忘れるわけがない。

 

『月の篝』

 

 だから叫んでしまった。彼女が居るということはどういうことか、俺は分かっているから。

 

 星の意思たる彼女が居るということは、星が人類を裁定しているということ。その裁定が悪に傾けば、人類は篝に滅ぼされてしまうということ。

 

「許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれっ!」

 

 俺に与えられた力がリライト能力であると理解しているなら、彼女の実在は予想して然るべきである。

 

 だと言うのに俺は、みすみすその可能性を見逃し、見過ごし、見ないフリをしていた。リライト能力を持つ者の務め、リライターの役割を都合よく思い出さないようにしていた。

 

「そうだ……、リライターの役割……」

 

 リライターの役割とはつまり、人類を存続させること。ならば、目の前に人類を滅ぼしかねない存在が居て、リライターは何をしなければいけないか。

 

「『篝』を殺さn――……グフッ」

 

 「『月の篝』を殺す」、もちろんその役割は容易いものではない。彼女が星の用意した存在なのだから、その防衛機構はしっかりと備えられている。それは、敵意に対して半自動的に反応する鋭利なリボン。今まさに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「待って、待ってくれ……。俺は、俺はリライターの、役割を……」

 

 ここで『月の篝』を殺さなければ、次いつこの場所に来られるか。俺には、二度目があるとは思えなかった。

 

 『月の篝』が居る場所は真の世界の月。俺や達也たちが居た場所は所詮この月でシミュレートされただけの偽りの世界に過ぎず、その世界からしてみればこの場所は上位世界と言えるだろう。

 

 そんな上位世界に、俺はもう一度至れる自信などなく、闇に染まっていく意識と力が抜けていく体で必死に踏み止まって手を伸ばす。

 

 その抵抗は虚しく、意識を俺の首ごとリボンに刈り取られた。

 

△▽△

 

2096年1月20日

 

「はっ!?」

 

 十六夜はベッドから飛び起きる。嫌な夢の後の如く汗に濡れる体を彼は気にも留めず、自身が今起きた場所が何処かの確認も疎かなままに夢の内容を想起する。

 

「『篝』だ……、この世界に『鍵』が居る!」

 

 十六夜は全く薄れていない夢の記憶に酷く狼狽した。それが自身に秘められた使命を指し示すものであるなら、その反応も仕方ない。その使命が人類の存続であるのなら尚更だろう。

 

「探さないと、見つけ出さないと!人類が、俺の使命が!!」

 

 現在地が四葉の里、その中にある医療施設であることなどお構いなしに、十六夜は窓を割って飛び出した。

 

 パラサイトのこと?四葉のこと?『魔法科高校の劣等生』のこと?そんな些事は彼の頭に残っていない。自身が対処せねば人類が滅ぶ。その可能性が浮上した時点で、十六夜にそれ以外を考える余裕はなかった。

 

「……十六夜?」

 

 誰も寝ていないベッドと割られた窓。愛しい我が子の目覚めを待っていたはずの四葉真夜が息子の様子を見に来たはずが、息子の不在と出て行った証拠に呆然とするしかなかった。

 

 この日、四葉十六夜は失踪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▽△

 

 時は流れゆく。一人が表舞台から降りたはずなのに、舞台はまるでそんな人物が居なかったかのように、要らなかったかのように進んでいく。本来描かれる舞台とは確かに差異が有った。しかし、それもその一人が降りて直ぐの間だけ。大筋はもとより合っていた舞台だ。舞台は、原作に沿って描かれていく。

 

 ただ、確かな傷跡を幾人かに残して。いくつかのサブストーリーと、ありふれたバッドエンディングを生み出して。

 

 

 

2096年11月4日

 

「何処だ……。『鍵』は何処に居て、何処が生まれた場所で、何処が帰る場所なんだ……」

 

 『鍵』もしくは『篝』は地球自身が生み出す生物であるため、生命力(アウロラ)が満ちた場所から生まれると、『Rewrite』では語られている。『Rewrite』作中においてそれは天王寺瑚太郎(主人公)の生まれ故郷でもある風祭市だった。

 

 『鍵』は生まれた場所から旅に出て、人類を見定め、その決議を持って生まれた場所に帰り、決議による審判を下す。

 

 十六夜はその知識を元に、『鍵』自体を探すと同時にその生まれる場所を探し回っていた。

 

「人々がパワースポットに定めた場所は違うのか?いや、当然か。そんな人に知られた場所じゃ人目に付く。神社なんて以ての外だった。もう少し早く気付くべきだった……。でも『鍵』に対する情報がなかったんだ。何処かで封印されてたり妖と判断されて退治されたりとか考えるだろう……?」

 

 京都の神社を巡りに巡り、神社で五芒星を書いた中心なども探し、しかしそれらが徒労だったと断定した十六夜は焦燥する自分に自己弁護を繰り広げる。焦り過ぎて頭が回っていないことには自覚があるが、このいつ終末が訪れるとも知れない状況で十六夜は落ち着くことも心休めることもできなかった。

 

「十六夜、見つけたぞ」

 

「……達也」

 

 人々が行き交う中、明確に十六夜の前に立って行く手を阻む者が現れる。見覚えのある姿と声に、十六夜は容易に個人を特定した。

 

 四葉十六夜が失踪してからというモノ、もちろん四葉真夜は手勢を各地に送って捜索したが見つかっていなかった。京都新国際会議場にて全国高校生魔法学論文コンペティションが開催された際に会場の警備をしていた者から齎された「四葉十六夜らしい人影を見た」という情報が、失踪してから消息を割り出す初めての情報になった程だ。

 

「十六夜。失踪するなんて、貴方に何があったの?」

 

「十六夜さん……」

 

「深雪と、雫さんもか……」

 

 達也と共に前述の情報を受けて捜索していた深雪と雫はやつれたような雰囲気を携える十六夜の身を案じた。

 

「十六夜、帰るぞ。みんなが心配している」

 

 様子がおかしい十六夜に達也はパラサイトが寄生して精神が変容させられている可能性を考慮しながら、警戒心を完全には解かないで優しい声を掛ける。

 

「……すまない、みんなには「帰らない」と伝えておいてくれ。俺に、学生の真似事をしてる暇はないんだ」

 

 十六夜は差し伸べられる手を払い除け、達也たちに哀愁滲む背を晒す。

 

「十六夜さん!」

 

 去ろうとする十六夜の足は、雫の叫びで止められる。

 

「私は、十六夜さんのことが好きだった!USNAに留学して、自分の気持ちを見つめ直して、あっちの友達に諭されて、ようやく気付いた。私は、十六夜さんのことが好きだったから、あんなに追いかけてたんだって」

 

 雫の告白は唐突であったが、雫には十六夜を元に戻す方法がそれしか浮かばず、それも一縷の望みではあるが、このタイミングで告げたのだ。

 

「戻ろう、十六夜さん。私の気持ちに、答えてくれなくても良いから。恋人じゃなくても、ただの友達でも良いから、十六夜さんの傍に居させて?」

 

 ただ傍に居たいと、雫は懇願する。恋仲になれなくとも、彼女にとって彼の傍に居ることが何よりの宝物だった。彼から贈られた言葉が、一番の宝物だった。だから、彼が自身に振り向いてくれなくとも、心の痛みを一生抱えていくのだとしても、雫は()()()()()()を取り戻したかった。

 

「雫さん……」

 

「十六夜さん……」

 

 十六夜は横顔を雫に覗かせる。彼の心に響いてくれたのかもしれないと、雫はその歓喜を味わった。ほんの一瞬だけ。

 

「今の俺は、好きじゃないのかい?」

 

「……え?」

 

「君が好きだったのは、優等生の役を演じてた四葉十六夜だったんじゃないかって聞いてるんだ。なぁ、北山雫」

 

 振り返った十六夜の顔は、皮肉に満ちていた。

 

「それは……」

 

「俺が好きだって言うなら、何故「戻ろう」なんて言うんだ?俺のことが好きなら、今の俺も好きになってくれるんじゃないのか?今の俺が好きになれないなら、それは『●●(今の俺)』じゃなくて、『四葉十六夜(前の俺)』が好きだったんじゃないか?それってつまり、『●●()』が好きってことじゃないんじゃないか?」

 

「……」

 

 狂気を一部垣間見せる十六夜の暴論に雫はどうしてか反論できず、目を見開いて微動だにできない。

 

「ありがとう、北山雫。君のおかげで目が覚めた。以前覚めたと思っていたんだが、まだ心残りがあったのかもな。でも、嗚呼、今はとても清々しいよ」

 

 嘲笑に顔を歪める十六夜は、されど誰も笑っていない。彼は、「受け入れてもらえるかもしれない」という夢を微塵でも見ていた自身を心の底から嘲笑っていた。

 

「さよならだ」

 

「待て、十六夜」

 

「待たねぇよ」

 

 達也が伸ばした手は対象を失う。十六夜がその場から消えたのではない。アンキンドルドゥで彼らの知覚から消え失せたのだ。

 

 そうして十六夜は人ごみに消えていく、誰にも認識されることなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▽△

 

 時は進む。最早『四葉十六夜失踪事件』など世間からは薄れ、彼の友人たちが強く心に刻み、ナンバーズが彼の影に目を光らすだけだ。未だに血眼になって探しているのは、四葉真夜、ただ一人だ。

 

 そんな中で、やはり彼はその身を隠す。幾人かの協力者まで得て、日本の外へと視野を広げる段階に至っていた。

 

 

 

2098年7月21日

 

「世話になるな、周妃(シュウヒ)

 

「いえいえ、我が師・(ティエン)大人(ターレン)の頼みとあれば密入国など手間にもなりません。それに元から、いえ、()()()()から亡命ブロガーを生業としていましたから」

 

 横浜の倉庫が立ち並ぶ港。「天」と呼称された四葉十六夜は「大人(ターレン)」なんて尊称に苦笑しつつ、しかし自身をそう呼ぶ黒い長髪の少女に苦言を述べはしない。

 

 闇に包まれた港に接岸された潜水艦の搭乗口が開いたのを確認して十六夜も周妃も乗り込もうとした時、目が眩むほどのライトが浴びせられる。

 

 十六夜たちだけでなく、彼を捜索する者もまた夜の闇に紛れていたのだ。いくつかのヘリが上空から十六夜たちを取り囲む。ヘリの音や姿を魔法で消していたとはいえ、ここまで知覚させないのは見事なものだ。十六夜はそんな他人事のように感心していた。

 

「四葉」

 

「十六夜くん……」

 

「お久しぶりです。克人さん、真由美さん」

 

 着陸した小型ヘリから降りてきたのは十文字克人と七草真由美。十六夜は彼らの姿を確認して、一応学生時に世話になったことに対する返礼として、最低限の礼節を弁えた。十六夜からして思えば、達也一団の次に繋がりが深かったのは彼らだろう。

 

「失踪の動機を訊こう」

 

 克人はそう単刀直入に切り出す。

 

「達也にも言ったのですが、「学生ごっこをしている暇がなかった」というのが動機と言えば動機です」

 

「日常生活まで不意にして、十六夜くんが優先することっていったい何なの?」

 

「明かす気はありません。明かしたところで、与太話と切り捨てられるのが目に見えている。いえ、俺自身与太話であってほしいと思っているのかもしれません」

 

 もし「人類が滅ぼされるかもしれない」と言われて、いったい誰が信じるだろうか。十六夜自身、その可能性を否定したくて探し回っているようなものなのだから、他を説得するための理論など十六夜は持ち合わせていない。

 

 現状で十六夜を付いて来るのは彼によって齎された知識に価値を見出した者くらいだろう。そして残念ながら十六夜はその知識を、『四葉十六夜』として触れ合ってきた者に提供するつもりはなかった。それは、彼らの人生を奪いたくないという良心か。それとも、彼らの物語に混ざってしまった負い目か。はたまた、彼らに忌避されることへの恐怖か。十六夜本人にも定かではない。

 

「四葉、お前は十師族の務めから逃げるつもりか」

 

 どうあれ真実を開示しないのであれば動機の詮索は悪手である。そのため、克人は十六夜の義務感と責任感を突くやり口に変えた。克人は一年と満たない十六夜との交流の中、それらを強く感じる人格であると認識している。

 

「克人さん、貴方の言葉は本当に胸に来る。もしかしたら、貴方が一番に俺を理解していたのかもしれない」

 

「そう思うなら帰ってくると良い。真夜殿はお前の帰りを心待ちにしているぞ」

 

 以前と同じような苦笑を浮かべる十六夜に、克人は微笑んで迎え入れる。

 

「だからこそ俺は止まれない。俺の役割から逃げることはできない」

 

「四葉……」

 

「十六夜くん……」

 

 その苦笑を浮かべる時間はほんの数秒で、十六夜は苦みを残しているものの、笑顔は微塵もない苦しいものに変える。克人も真由美も十六夜が深い事情を抱えていることを察し、自分たちのみでは彼を日常に戻す手段はないという結論に悲しくも至ってしまった。

 

 そんな冷たい雰囲気を押しのけるように一台のリムジンが急ブレーキで停車する。

 

「十六夜!」

 

 車からまず飛び出したのは幹比古で、ぞろぞろとレオ・エリカ・美月・壬生が出てきて、達也が殿を務める。雫とほのか、深雪は居なかった。

 

 十六夜の推測だが、傷心の人間が数年で傷を癒したとしても、その傷の原因に姿を現すかどうかは今の光景が答えである。ほのかは十六夜に怒っているか、雫を慰めているかだろう。十六夜にとってはどうでも良いことだった。深雪が居ないのは気掛かりと言えば気掛かりだったが、取るに足らない事柄として十六夜は思案を打ち切る。実際のところ、達也が戦闘になる危険性と場合によっては十六夜を傷つけるだろう可能性を考え、深雪の身と心を案じて控えさせたのだった。

 

「俺に縁のある面子を揃えたみたいだな、達也。夜とはいえ、平日によく集められたものだよ」

 

「……」

 

 十六夜の皮肉交じりな言い分に、達也は眉間を動かすことなく、ただじっと十六夜を鋭く観察していた。その無反応に十六夜は肩を竦める。

 

「十六夜、僕たちは集められたんじゃない。集まったんだ」

 

 幹比古はその視線も意思も真っすぐに十六夜を捉える。

 

「僕たちは君に帰ってきてほしい。君を呼び戻すために自分の意思でここに居る」

 

 幹比古の宣言に異を唱えるものは居らず、むしろそこに克人や真由美さえも加わって頷く。

 

「はぁ……、分からないな。何だって俺を呼び戻そうとしてるんだ。君達の周りは、俺抜きでも回る。そんな居ても居なくても変わらない人間に、どうしてそう労力と時間を割く」

 

「君が、大切な友達だからだ」

 

 本当に分からないと頭を悩める十六夜に、そんな理由とも言えない理由を幹比古はぶつけた。

 

「君は僕のスランプの時に助けてくれた。いつだって危険が迫っている時は警告してくれた。君に対して、僕はそれらの恩がある。だから、友達として返したいんだ」

 

「俺は危険なところに突っ込んだり無鉄砲だったりで庇ってもらったしな。俺もそういう意味では恩があるし、お前との日常は嫌いじゃなかったぜ。だから、取り戻しに来たんだ」

 

「私が病気だと思っている目を、十六夜さんは頼りにしてくれました。十六夜さんに会うまで、私はこの病気を煩わしく思っていましたけど。今なら思います、私はこの個性を持っていて良かった。この個性のおかげで十六夜さんや、みんなの力になれました」

 

「あたしは結構袖にされたと思ってるから嫌がらせの意味も込めてね。十六夜君、いつだか手合わせを約束したのに、ずっと相手にしてくれてないじゃない?だから、無理矢理でも連れて帰って。手合わせ、してもらうからね」

 

 幹比古が、レオが、美月が、エリカが、それぞれ十六夜に対する思いを打ち明けていく。彼らの中にある、十六夜への友愛を見せつけていく。

 

「四葉、今でもお前は俺の頼れる後輩だ。第一高校の生徒としても、十師族の一員としても、お前を頼りにしている」

 

「十六夜くん、あの時言った言葉が私の本心よ。十六夜くんには「勉強でみんなと競い合って、委員活動に精をだして、友達と楽しく遊んで」、そういう普通の学生生活を送ってほしいの。十六夜くんは、そういう普通の生活を送って良いのよ」

 

 克人と真由美の二人もまた、本心を打ち明ける。そこに一切の虚偽はなく、それは純真で純粋な親愛だった。

 

「私は、貴方のおかげで強くなりました。貴方のおかげで大切な人を守れるようになりました。貴方は、私にとって恩人であり、師匠でもある。だから、貴方の教えをもっと聞かせて?」

 

 壬生はその尊敬の念を打ち明ける。十六夜を助けようとするものとは違うだろうが、しかしこれも真っ当な親愛だ。

 

 皆がその心根を響かせる。十六夜に対する各々の愛を伝えていく。

 

「……くく」

 

 だがそれは……。

 

「くはははははははははははははっ!!」

 

 『●●()』には響かない。

 

 彼は笑う。誰を?

 

「いやいや、こうも俺の優等生の演技に騙されてくれるとは。案外演劇の才能があったのかもな、そっちは試してなかった。失敗だったなぁ」

 

 言うまでもないだろうが、それは彼自身である。彼はいつだって彼自身しか笑わない。

 

 残念なことがあるとすれば、それはここに居る誰もがそう理解していないことか。

 

「十六夜。いや、お前は誰だ」

 

 十六夜と呼ばれていた男の素顔の近いところを目撃した克人らや幹比古らが愕然とする中、達也だけがその開きかけた蓋を覗き込む。以前から彼の底知れぬ深淵を感じ取っていたが故だろう。

 

「ああ、その質問は素晴らしいよ。さすがは原作主人公(司波達也)だ。だからしっかりと答えよう」

 

 冷静沈着を評し、自身を疑う達也の姿勢に喜びながら、彼は名前を告げようとする。

 

「俺の名前は『天王寺(てんのうじ)』だ」

 

 と言っても、かつて十六夜と呼ばれていた天王寺が『●●(本当の名前)』を明かすわけはないのだが。

 

 結局天王寺は、願掛けと同一化で名付けたその偽名を告げるのだった。

 

「悪いが天王寺、お前が何者で何を目的にしようと関係ない。「四肢を消し飛ばしてでも連れてこい」と四葉真夜(母上)が仰っていた」

 

 達也は天王寺へとCADを向ける。

 

「それに、深雪を騙していたんだ。それなりの報いは受けてもらうぞ」

 

 達也に良心の呵責はない。それは大事な妹の心を傷つけた相手であり、四肢を消し飛ばしても最悪再成すれば問題ないからだ。

 

「達也、俺は時間がないと言ってるじゃないか。そんな俺が、どうしてお前らとのおしゃべりに興じたと思っている?」

 

 天王寺から確かな敵意を感じ、達也は魔法を発動しようとする。

 

「周妃」

 

「整えてございます」

 

 天王寺の後ろに控えていた周妃は主たる者の意思を汲み取る。

 

「『周妃』?まさか、お前は……!」

 

 達也はその名前に思考を巡らした。

 

 その『周妃』という名前は三国志にて『周公瑾』の娘として語られている。そして、その『周公瑾』という名前の男と達也は争ったことがある。偽名か同名の別人だろうその人物は達也が自決にまで追い詰めたが、死後にその男から『何か』が飛び去ったのを達也のエレメンタル・サイトは確認していた。

 

 今その『何か』は、少女の中にある。

 

 その事実が達也にしても驚愕過ぎたために、その事実から思考してしまった。戦場となるこの場では、それが先手を逃すことになり得る。

 

「ぐっ」

 

「うぐっ」

 

 赤い管が港の倉庫から扉を貫き、達也と克人の腕に突き刺さった。その管はそれだけに留まらず、達也たちは吸われる感覚を味わう。

 

「吸血、かっ」

 

 達也は身の危険を直感し、即座にその管を二本とも分解し、自身も克人も再成させる。天王寺にとってこれくらいは想定の範囲内であり、これはまず達也の初動を防御に回させるための策に過ぎない。

 

 GAOOOOOOOOOOOOOOO!!!

 

 穴の開いた扉を破壊して出てくるのは、まるでティラノサウルスのような生物。『Rewrite』において、地竜と呼称される()()である。

 

「恐竜の身体を用いた『化成体』が、こんなに多く!?いったい何処からこれ程の魔法師を揃えたんだ!」

 

 地竜だけでなく、ヴェロキラプトルのような魔物と管を突き刺した犯人である緑竜なども多数現れて達也たちを囲んでいく。幹比古はその魔物の正体を『化成体』と誤認した。

 

「『化成体』……?いや、これは。サイオン、なのか……?」

 

 エレメンタル・サイトを持つ達也は疑問視した。確かにその魔物は達也の目にサイオンの()()()()()で動いているのが映っている。しかし、魔法式が確認できず、サイオンにも違和感を覚える達也は魔法と断定できなかった。

 

「ミキも達也君も考えるのは後!集中しないとまずいって!」

 

 地竜や緑竜はともかく、それ以外は倒せないほどではない。だが数が数だ。エリカが二人に警告するくらいには危機的状態にある。だからこそ全員が本気で構えなければならない。

 

 地竜と緑竜は克人がファランクスで抑えているものの、逆に言えば抑えるので手一杯だ。真由美が他に応戦できない克人をカバーしているが、ヴェロキラプトル型の魔物も機動力があって致命打を与えられていない。エリカやレオも美月を守っているが押され気味。幹比古が加わってようやく拮抗となると、必然その致命打には達也の分解が必要になる。

 

 全員の手が埋まる。天王寺たちに割り振れる余力はない。

 

「じゃあな。さよならだ」

 

 天王寺と周妃は悠々と潜水艦に乗り込む。

 

「十六夜!僕たちの友情は、嘘だったって言うのか!?一から十まで君の演技だったのかっ!?もし、もしほんの少しでも友情を感じていたなら、君の真意を答えてくれ!!」

 

 全力の戦闘を繰り広げながら、余裕がないはずの幹比古は無理矢理でも問いかける余裕を作った。彼の友愛がそうさせた。

 

「すまないな、それには答えられない。吉田幹比古」

 

 嘲笑うように天王寺は突き放し、ショックで呆けた幹比古を眺めながらハッチを閉める。

 

「それには、こたえられなかったんだ……」

 

 ハッチを閉めた後、天王寺は寂寥感と罪悪感を零した。

 

 天王寺たちが達也たちの感知範囲外まで逃げたのを見計らって魔物たちは撤退する。それがその魔物を操る魔物使いたちに、天王寺が命じたことだった。

 

「手を抜かれてたってのか……っ」

 

 小さな戦場は収束し、そこに集った面々は疲労や軽傷を刻みながらも、命に関わるような事態には陥っていない。レオはそれを鑑みて悔しさを噛みしめる。その悔しさは勝てなかった無力感だけでなく、友に裏切られた喪失感も混ざっているだろう。

 

「僕たちは、十六夜の、いったい何を見ていたんだ……」

 

 喪失感で言えば、一番大きいのは幹比古かもしれない。本気で友達だと思っていた人間の本性を目にし、騙されていたことへの怒りより、本性を暴けなかったことへの悲しみが上回っていた。

 

 静寂に包まれる。そこに居る者たちの胸に、間違いなく埋まらない穴が開いていた、達也の胸にさえ。

 

 その胸の空白は何も天王寺に面と向かった者たちだけが持つモノではない。

 

「本当によろしかったのですか?奥様」

 

 達也たちの乗ってきたリムジンの中で、ドアを開ければ天王寺と話せる場所に居ながらそこに籠ってしまった者が居る。葉山は、一言も発さず、ただ沈鬱に沈み行くその者を慮った。

 

「私に、何ができたと言うのかしら」

 

 声だけははっきりと発する真夜。はっきりとしているからこそ、その悲哀は如実に語られている。

 

「止める役を他人に預けて。自身で止める勇気もない私には、何もできないわ。私は、何もしてあげられなかったわ」

 

 たとえ達也たちと同じように拒絶されたとしても、掛ける言葉はいくらでもあったはずだ。十六夜を止められないまでも、何かできたはずだ。いや、最悪真夜は十六夜の思惑に協力することもできた。過去の十六夜に縋るのではなく、今の十六夜を助ける道もあっただろう。なのに、そのいずれもしなかったのは何故なのか。

 

「私は『十六夜』ではなく、『自分の息子』を愛していたのでしょう。自分の息子はこうあってほしいという理想だけを押し付け、そう演じる十六夜の仮面を求めていたのでしょう……。私は、『十六夜』を。いえ、あの子を、愛してあげていなかったのよ……」

 

 十六夜の失踪の原因が自身にあると真夜は自責する。彼の本性を暴けなかったのは自身も同じなのだと、真夜はようやく気付いたのだ。

 

「私は、あの子に何をしてあげれば良かったのかしら……」

 

 真夜は達也たちが項垂れるその先、最早潜水艦の影も形もない海を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▽△

 

 時の流れが止まることはない。『四葉十六夜失踪事件』から連なる十六夜亡命も過去の話となり果てる。「四葉十六夜」という人物に関わった者はそれぞれ折り合いを付け、今を生きていた。

 

 『魔法科高校の劣等生』という舞台は既に終わっているだろう。しかし、『魔法科高校の編輯人』はそれでは終われない。

 

「行かれるのですか?」

 

「……お前には毎度世話を掛ける」

 

 自身の多くを開示できた人物・周妃の引き留める手に、天王寺は負い目を感じながら歩を進めた。

 

「貴方から受けた恩を考えれば、この程度はして当然でしょう。まだ恩を返しきれていないのですから」

 

 周妃は天王寺が止められないことをとっくに知っている。それでも、一言くらい述べねば気が済まなかった。これから先、天王寺が無事に帰ってくる保証が何処にもないのだから。

 

「組織は好きにしてくれて構わない。理念は忘れてほしくないが、でもそれは俺の我儘だな。最悪君は抜けてしまっても良いぞ?元は俺の知識を盗むのが目的だったんだろうからな、周公瑾」

 

「その名前で呼ぶのは止してください。……確かに当初の目的はそうでしたが、貴方の意思はどうにも眩しかったようで。気が変わってしまいました。私の理想成就のついでにでも、貴方の篝火を受け継ぎましょう」

 

 周妃は天王寺の意思を知っている。どれほどの強迫観念に突き動かされているか、どれほどの使命を背負っているか。圧し潰されそうな天王寺に付け込んでみれば、開示されたそれらと天王寺の意思に周妃は感化されていた。天王寺への憐みから端を発する感情は、いつの間にか天王寺への畏敬に書き換わっていたのだ。

 

「そうか……。次のリライターを見つけたら、暇があれば色々と教えてやってくれ」

 

「拝命いたしました」

 

 おそらく最期になるだろう尊敬すべき者の命を、周妃は一切の躊躇なく請け負う。

 

「……それじゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃいませ。我ら『阿頼耶(アラヤ)』の主、(ティエン)王寺(ワンスゥ)様」

 

 天王寺は周妃に見送られながら波に揺られる輸送船に乗り込む。もう後戻りはできない。おそらくは道半ばで死ぬだろう作戦を、上手くいっても国際指名手配されて世界中から追われるだろうそれを決行する。

 

 人類が滅びる可能性を、戦略級魔法師を絶やすために。

 

 

 

2101年4月13日

 

「皆様方、この魔法恒星炉プラント計画・ESCAPES(エスケイプス)経過報告会に参加していただき誠に感謝しています」

 

 巳焼島の一画、FTL社の施設の一部で記者会見の形相を呈した報告会が催され、司波達也は堂々と演説していた。集った者は記者や技術者に留まらず、スポンサーである富豪や政治家も姿を見せている。四葉真夜も集った者の一人として参加していた。その姿は相変わらず年を感じさせない優雅で気品があり、妖艶さも同居しているが、近しい者なら少しやつれているのを見て取れるだろう。幸いにこの場には達也しか居ないが。

 

 ESCAPES(エスケイプス)、「逃走」というネガティブな意味が先行する響きだろうがこの魔法恒星炉プラント計画においては「脱出」という意味合いで受け入れられていた。エネルギーを奪い合う国家間の闘争からの脱出、兵器として扱われる魔法師からの脱出。各々受け取る「脱出」の意味は違えど、画期的かつ有意義なその計画に多くの賛同者が集まっているのは確かである。

 

「さて、この計画を発表してから4年近く月日が経ちました。全容については企業秘密で多くは語れず、数年で達成できる計画でないことは皆さま、ご理解いただいているでしょう。しかし、それで全く明かさないというのはさすがに了承していただけないでしょう。「実は本当に「ESCAPES(ただの逃げ)」で、全く進んではいないのではないか」、と」

 

 達也としては未完成なモノを他人に見せたくはない。だからと言って全ての者がそれに納得してくれるわけもない。達也が明け透けに述べた通りの言葉を使い、揚げ足を取ろうとする者すら居るだろう。今回の経過報告会はそういった輩を抑えるために、仕方なく催されたのだ。

 

「それでは実物を見ていただく前に、こちらの映像の方を―――」

 

 会を進めようと達也が空中スクリーンに向いた時だった。

 

「十六夜!!」

 

 四葉真夜が場違いに叫び、()()()()()()()()()()()()()()

 

 会場がざわつき始める中、達也は冷静に状況を判断する。

 

 如何に疲労を滲ませる四葉真夜でも、唐突にそんな奇行には走らない。ならば、何か異常があるのだろう。そうと考え、達也は真夜の見る先を、エレメンタル・サイトまで用いて注視する。

 

 《何か》が居る。特定ができないそれが、間違いなく達也へと急接近している。達也はその何かがパラサイトと類似しているのを見抜いた瞬間に、問答無用で分解しようとした。結果は不発だ。対象に防がれたのだ、達也にも見覚えがあるその対象に。

 

「天王寺」

 

 達也が視界に納める対象が、先程まで全く特定できなかったそれが既知のモノと合致する。「天王寺」、そう自称したかつて十六夜と呼ばれた男が、達也の目の前に立っていた。

 

 「天王寺」という名前は最早周知のものだった。十六夜の自称というよりも、大亜連合のテロリスト集団『阿頼耶』の首魁として、その悪名は轟いている。

 

 急なテロリストの襲来に集っていた者たちは混乱に陥りながら退避していく。残ったのは司波達也と四葉真夜、天王寺。後から集まってくる者は警備員すら居ない。既に天王寺が手を打ってあった。

 

「……まさか、アンキンドルドゥが破られるとは。まぁ司波達也の方は予想していたが」

 

 静寂が訪れてから天王寺は真夜を睨む。

 

「いや、考慮すべきだったか。俺のアンキンドルドゥを知ってる以上、対策を考えるのは必然。なら、それを考慮しなった俺の浅慮というわけだ」

 

 しかしすぐに天王寺は自分を嘲るそれへと変える。

 

「十六夜……」

 

「お久しぶりです、真夜さん。少しお疲れのようですね。今すぐにお休みになることをお勧めします。さぁ、さっさと退避して、この場から離れると良いでしょう。さぁ、早く」

 

 会いたかった者との望まぬ形で再会を果たし、困惑に言葉を選び取れない真夜。口調も声音も丁寧であるが、一切親密さは感じさせない天王寺。間違っても感動などできない。

 

「天王寺、いったい何が目的だ」

 

 真夜が瞳を揺らすだけで進展が望めぬやり取りに達也が割り込んだ。それはごく平坦な、事実確認だ。

 

「司波達也にも伝わるように言うなら、「邪魔になりそうな奴を殺しに来た」、かな。一応言っておくが君だけが目的じゃない。全ての戦略魔法師が俺の目的だ。とりあえずはと、知ってる奴から当たってるだけだよ」

 

 戦略魔法師に人類滅亡の『鍵』を見出した天王寺はその真意を語らず、然も組織拡大の危険分子排除のように騙る。

 

 天王寺が敵であると再確認した達也は容赦なくCADの引き金を引くが、今度も不発に終わる。その結果を以って、CADに炭素杭を取り付けて放つ魔法を『バリオン・ランス』に変えた。打ち出された中性子線は十六夜の、斜め後方で大地を穿った。

 

「……ファランクスと、常時展開式の加速系魔法か」

 

「やっぱり君の目は恐ろしいな」

 

 三回の攻撃だけで達也は天王寺が使っている魔法に見当を付ける。天王寺は感嘆するしかない。

 

 達也の見当通り、天王寺が使っているのはファランクスと、身も蓋もなく『劣化一方通行』と名付けられた加速系魔法だ。『劣化一方通行』とは参考元にした物理ベクトルを操る超能力者のその超能力をこの世界の魔法に落とし込んだ物。加速系という物理ベクトルに主眼を置く魔法体系があるがために、それを足掛かりとしたのだ。結果としてできたのは「劣化」を冠すに相応しい、たった一つの物質のベクトルを指定して逸らす領域を作るだけの酷い贋作だが。

 

 天王寺にはそこまでが限界だったが、そこまでで十分だった。中性子を指定しておけば達也のバリオン・ランスは対策できる。分解の方は言わずもがな、ファランクスで対策した。

 

「何故お前がファランクスを使える」

 

「参考にして似たような魔法を作っただけだよ。理論としてはそんなに難しい魔法じゃないからな、ファランクスは。必要とされるのは難しい魔法理論じゃなくて、使用者の素質だ。なら、それが使えるような素質に書き換えれば良い」

 

 達也の詰問に天王寺は軽く返していく。天王寺の余裕を表す態度は正しく万全な達也対策によるモノであると同時に、精神的余力を残して機を窺う戦略でもあった。

 

 天王寺にとって、司波達也はここまでやっても油断ならない相手だ。だからこそ、まだ生命力(アウロラ)の残量がある内に司波達也を最初の標的にしたのだった。

 

「さて、時間もないしお喋りもそろそろ止めよう。と、思っていたんだが……。何のつもりだ、四葉真夜」

 

 時刻はまだ昼過ぎ。まだ太陽が天高く輝いているはずなのに、辺りは暗くなっている。原因は、真夜がミーティア・ラインを発動しようとしているからだ。

 

「十六夜。私は、貴方を止めるわ。母親として、貴方をここで裁きましょう」

 

「……口では何とでも言えるだろう。だけど、貴女にできるのか?いつまでも「十六夜」なんて過去の偶像に縋る貴女に?」

 

「できるわ。それが、私の責任ですもの」

 

 一筋の光が天王寺の右太ももを貫く。それこそが真夜の決意を証明していた。

 

「はぁ……。本当に間が悪い。というより、機を間違えたか。やっぱり俺の浅慮が原因だな、これは」

 

 一旦は膝を突いた天王寺だが、すぐにその傷口をパラサイト由来の再生力で埋めて立ち上がる。その様子は慢心すら窺えるものではあるが、その内心は非常に焦っていた。

 

 司波達也と四葉真夜。どちらか一方のみならば形勢は然程不利にはならないだろう。劣化一方通行で光のベクトルを指定しておけばミーティア・ラインも無効化可能だ。しかし、今光のベクトルを指定すればその瞬間を逃さず達也のバリオン・ランスが飛んでくるだろう。よりにもよって、ファランクスを貫通できる二人を同時に相手する愚を冒してしまったわけだ。

 

 だがその愚を冒し、部の悪い賭けに出るしかなかった。天王寺には時間がない。リライト能力を数度、しかも大幅な書き換えを行った彼は後どれだけ生きられるのか不明瞭である。それこそ、今すぐにでも死ぬ直前(ポイント・オブ・ノーリターン)に至るかもしれない。だから彼は焦っているのだ。

 

「すぐに魔法を止めてくれないかなぁ、四葉真夜」

 

 天王寺は懐から拳銃を取り出して照準を真夜に合わせる。その照準に一切のブレがない。

 

「いいえ。止めないわ、十六夜。私は貴方を、愛しているのだから」

 

 真夜は天王寺をここで終わらせるのが愛であると疑っていなかった。それが、狂ってしまった愛すべき子に、最後にしてあげられることだった。

 

 また辺りは暗くなる。

 

「全く、残念だよ」

 

 銃声が響く。銃弾は、達也へ向かって放たれた。もちろんたかが実銃の銃弾に傷付けられる達也ではなく、達也は難なく銃弾を分解して防ぐ。そうされると知った上での天王寺の銃撃である。この一手で求めたのは達也の負傷ではなく、真夜に集中するための時間稼ぎだ。

 

 達也が次のバリオン・ランスを準備している間に、天王寺は真夜を気絶させるべく駆け出した。真夜のミーティア・ライン、その攻撃自体は光の速度であるが、その光のルートを設定するのは真夜であり、それは人間の認識速度で行われる。ならば、人間の理論上の最高速度で動く天王寺を捕捉できはしない。幾筋かの光が天王寺の駆け抜けた後を貫いた。

 

「さよならだ」

 

 真夜の眼前に天王寺は迫る。振るわれる拳は、真夜では避けられない。

 

「ええ。さよなら、十六夜」

 

「なっ……がっ……」

 

 天王寺が拳を振り切る前に、真夜の影から光が真夜の腹ごと天王寺の心臓を貫く。天王寺がフェイントもなく真っすぐ突っ込んできたことから、背後に回るという余分な動作はせず真正面へ向かってくるだろうことを真夜は読んでいた。後は気付かれないよう、気付かれても打たないだろうと思わせるように、自身の背後からそのルートを設定したのだ。

 

 真夜の思惑通りに天王寺は貫かれ、力なく仰向けに倒れる。達也も天王寺の心臓が貫かれたのを視認し、天王寺の死を疑わなかった。

 

「ああ、十六夜……。私は……、私はっ……」

 

 真夜は天王寺を止めてあげることしかできなかった。殺してあげることしかできなかった。もっと早く彼の本性を知っていれば、もっとしてあげられることはあっただろう。それこそ、『●●()』自身を愛してやることもできたかもしれない。

 

「どうして……、どうして私は……」

 

 何もかもが遅すぎた真夜は、その感情をまとめられず、嗚咽を交えてとりとめのない言葉を漏らす。嗚咽はどうしても抑えられず、また涙も抑えられない。達也は真夜を気遣おうと一応再成で真夜の傷を治して傍に寄るも、掛ける言葉は見つからなかった。

 

「なに泣いてんだよ」

 

「え……?」

 

 もう聞けないはずの声、天王寺の声が真夜と達也に届いた。

 

「裁くって、言ってたじゃないか……。裁きって、()()()()()()()()()()()()()()だろう……?」

 

 ゾンビのような緩慢な動きで、天王寺は自らの血溜まりから立ち上がる。その目は底冷えのする、何か壊れてしまった者の目だった。

 

 達也はその寒気を敏感に感じて真夜を抱えながら天王寺と距離を取る。達也には、心臓を破壊されてなお、心臓の代替臓器を上書き(新設)して動き出した天王寺が、もはや人間と思えなかった。

 

「刑執行人が泣いてちゃ、まるで俺がまた悪いことしたみたいじゃないか。また俺が、罪を重ねたみたいじゃないか!」

 

 罪を裁いてくれると言ってくれた真夜が、天王寺の罪を生み出した。その裁きで己の罪から解放されると期待していたのに、やはり罪は償い切れなかった。

 

「ああそうだそんな逃げは許されなかったんだ許されるはずがないんだ無能で親不孝な俺にそんな楽な終わりがあるはずがないまた家族も友人も裏切っておいて何を考えていたんだ俺は罪を償わなくちゃいけない使命を果たさなくちゃいけないでも俺には無理だ俺には不可能だ」

 

 天王寺は、もう壊れている。口から漏れているのは自己嫌悪だ。それを晒さぬよう覆い隠してきた自己愛は今世での無能の積み重ねと友人たちへの期待の裏切りでボロボロだった。そしてその自己愛は、母親と決めた人を泣かせる親不孝で、完全に決壊したのだ。

 

「なら、どうすれば良い……?簡単だ。もう二度と失敗しないよう、『完璧』に上書きしてしまえば良い……」

 

 結論を出した天王寺は己を書き換えていく。足が木のように、いや、木そのものになって肥大化し、徐々に天王寺を呑み込んでいく。

 

「天王寺、お前は何者だ……」

 

 目の前の異変とそれを呼び起こした天王寺(バケモノ)に、達也は恐れを抱きながらそんな質問をうわ言のように呟いた。

 

「はっ、見れば分かるだろう。死んだ方がマシな血袋、人間以外になり下がる人間以下さ」

 

 うわ言に答えた天王寺が今急成長する樹木に完全に呑まれ、それでもまだ樹木は幹と枝を伸ばし、人間以外を形成した。

 

 形だけで見れば、それは人間より二回りばかり大きな山羊だろう。既存の生物を象ったからこそ、その柳のような樹皮は異様に映る。

 

 達也のエレメンタル・サイトはそれを山羊以外、羊のようにも見えていた。高密度なサイオンが、それを羊毛のように包んでいるのだ。

 

 達也は研究者的な好奇心でその羊に二回引き金を引いた。一度目の分解は不発に終わり、二度目のバリオン・ランスは―――

 

「うぐっ」

 

 達也の右腕を消し飛ばした。即座に自動修復するが、それでも達也に希望が見出せない未来を測定させた。

 

「完全反射に。情報……固定、か」

 

 天王寺が今まで使っていた一つの物質のベクトルを逸らすだけの魔法・『劣化一方通行』はいまやそのオリジナルと同等の域へ。その羊が使っている情報強化はもはや如何なる魔法でも情報改変を受け付けない『情報固定』へ。

 

 達也の見解からして、その二つの魔法は数世代費やしてやっと至れる代物だ。『完璧』な魔法、理解が追い付かない程緻密な魔法式に感動すら覚えてしまえるそれら。これこそが、『●●』の望んだ、もう二度と失敗しない『完璧』な姿。

 

 ただ、その『完璧』を目指してしまったことが、紛れもない失敗だったのだが。

 

 バケモノが一歩歩み出すが、その一歩を大地へと踏み下ろした瞬間、バケモノは砂塵となって消え失せた。

 

「……ああ。まぁ、こういうオチか」

 

 積み上げられた砂山の上に、『●●』は諦観と呆れと共に埋もれていた。

 

 『完璧』を目指した代償が支払われたのだ。数世代先の魔法を二つも先取りしようとしたツケ。単純な話、残りの生命力(アウロラ)では賄いきれなかっただけのことだ。

 

「これは、朱音ルートのエンディングと同じかな……?まさか、最期に惨めな自分に戻されるとは……。気の利いたエンディングじゃないか……」

 

 『●●』は皮肉に己の腕を見つめる。「十六夜」としてのがっしりとした腕ではない。「天王寺」としての逞しい腕ではない。『●●』の、『●●』自身のひ弱な腕だ。

 

「お前は、いったい……?」

 

「だからさっきから言ってるじゃないか、司波達也。死んだ方がマシの血袋だよ……。能力については、周妃に聞いてくれ……。アイツが正直に話すかは別として、な……」

 

 『●●』の言動から、達也は「天王寺」「十六夜」と同一人物であることは察している。『●●』の苦笑も十六夜そっくりだ。しかし、エレメンタル・サイトが同一人物であることを否定していた。エレメンタル・サイトの見せる情報は『●●』が十六夜の父親に当たるのではないかと推測させるものだった。

 

 あまりに現実離れで理論もへったくれもない状況に達也は呆然となって固まる。それをよそに、真夜はその砂山へと進んでいた。

 

「何か、用か……?四葉真夜。罵倒とかなら、早くした方が良いぞ……。聞かせる前に、俺が聞こえなくなるからな……」

 

 『●●』を見下ろせるところまで来た真夜に、『●●』は皮肉たっぷりに煽る。死ぬ直前(ポイント・オブ・ノーリターン)を過ぎた『●●』に時間がないのも事実だが、その煽りはどうにか真夜から断罪を引き出そうとするものでもあった。せめて親不孝を少しでも償おうとする『●●』の足掻きである。

 

 だが真夜はそんな見え見えの煽りに従わず、むしろ自身の思いに従って、『●●』を抱きしめた。力が一切入っていないがためにとても重いその体を、生まれたての我が子を抱えるように、強く抱きしめたのだ。

 

「……何のつもりだ、四葉真夜」

 

「分からないかしら。どうにも貴方は「愛している」と言葉にしても受け取ってくれないから、こうやって態度で示しているのよ」

 

「ああはいはい……。「四葉十六夜」がそんなに好きだったのかい?面影なんて半分も残ってないだろうが、それでも構わないなら好きに抱きしめてれば良いさ」

 

「いいえ。私が愛しているのは私の息子を演じてくれた、()()()()()()()よ」

 

 それまで自虐的に歪めていた十六夜の顔が真顔になる。

 

「何を、言ってるんだ……?」

 

「私はね、この世界が憎かったわ。私から家族を愛した過去も家族を愛せる未来も奪って、少しも救ってくれないのだもの。世界に復讐を考えるくらいには世界を憎んでたわ、貴方が私を救ってくれるまではだけど」

 

 真夜は懇切丁寧に一から『●●』を愛する理由を説明していく。

 

「貴方が私の息子になってくれた日、とっても嬉しかったわ。家庭を得る未来が、子を愛せる幸せが欲しかったのよ。貴方がそれを叶えてくれたおかげで、憎しみなんて何処かへ吹き飛んでしまったわ。誰も私を救ってくれない世界で、貴方だけが私を救ってくれたわ」

 

 真夜の言葉に一切の虚偽はない。『●●』が「十六夜」を演じ始めた時、彼女は間違いなく救われたのだ。世界への憎しみなど虚無の彼方。愛しい人の存在だけが、彼女を満たしていた。

 

「貴方が失踪した日に気付かされた。私はずっと貴方に救ってもらってばかりで、何もしてあげられてなかった」

 

 真夜は『●●』を失って初めて分かった。その救いの甘美さに大切なものを見落としていたのだ。真夜は与えられてばかりで、何も与えていなかった。

 

「だから名も知らぬ貴方を、愛することにしたの。そうしたらまた、何だか満たされてしまったわ」

 

 真夜の笑みに不自然さはない。どころか嘗ての妖艶さもない。それは愛する人に向ける、屈託のない笑顔だった。

 

「でも、ごめんなさい。結局、貴方を殺してあげるしかなかった。疲れていても挫けそうでも、貴方はずっと諦めそうになかったから。だから、これから先も貴方を愛するわ。贖罪にはならない、私の自己満足だけど、一生貴方だけを愛します」

 

 本当に酷い自己満足だった。殺して止めて、その後の愛を誓うなんて、傍から聞いていれば狂人の所業だ。だがそれこそが、『●●』の心に響かせるモノだった。

 

「……愛だけじゃ足りなかったんだ。母も父も姉も兄も、こんな俺を愛してくれていた……。愛しては、くれていたんだよ……」

 

「十六夜……?」

 

 もうすぐ消える命の灯火に微睡みながら、『●●』は固く閉ざしていた心の内を語っていく。真夜には全てを理解はされないだろう。

 

「だからさ……もし次があったらで良いんだが……。俺を……■してくれ……」

 

 それでも良い。理解されなくても良い。久々に開けたその心を語りたいだけなのだから、まだ自己嫌悪と自己愛に囚われる前のように正直になりたいだけなのだから。

 

「ええ。ええ、必ずそうして見せましょう」

 

 真夜は全て理解はできなかったが、言葉の一部は聞き取れなかったが、次は絶対うまくやると誓った。

 

「ありがとう……」

 

「ねぇ、最期に名前を聞かせてもらえないかしら」

 

 本当に最期、後生の頼みに真夜はそれだけ『●●』に教えてほしかった、後生なのは『●●』だが。いつまでも「貴方」呼びでは味気ないし、「十六夜」呼びでは意味がない。

 

「ああ、それは良い……。次の俺は、きっと面白いくらい驚くから……な」

 

 悪戯に心を躍らせる子供のように、朗らかに笑う。

 

「俺の名前は……―――」

 

 しかし、『●●』は間に合わず、砂と成り果てた。

 

「……おやすみなさい。私の愛しい、名も知らぬ貴方」

 

 真夜は、砂山を一滴だけ湿らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――酷い末路だ。こんなの終わりじゃ悲劇どころか喜劇にもなれない。悲しいなんて通り越して虚しいだけだ。笑顔どころか真顔になる。誰も納得なんてしてくれない。

――贖罪を胸にしておきながら、その償い方がフラフラフラフラ。人間としての軸すら定まっているか怪しいな。

――そもそも、こんなので何が償えたと言うのか。罪を重ねているだけじゃないか。

――だからこうしよう。





最終話 編輯人=リライター





――書き直すんだ。そして、次は上手くやる。





第三十二話 番外編 if 編輯人=リライター
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