第四話 魔法科高校の優等生
2095年4月3日
「納得できません」
「まだ言っているのか……?」
(ああ、俺はここから見なくちゃいけないのか……)
第一高校入学式の日。だが、まだ開会二時間前の早朝。入学式会場となる講堂の前で、小さな口論をする男女を俺は眺めていた。言うまでもないだろうが、その男女は司波兄妹である。
「何故お兄様が補欠なのですか?入試の成績はトップだったじゃありませんか!本来ならばわたしではなく、お兄様が新入生総代を務めるべきですのに!」
「……十六夜、お前か?」
暗に入試成績結果を
彼らとの仲は高々3ヵ月程度であるが良好なものに出来たと思う。彼らは俺が現当主の息子であるが故に、良友のように取り繕わなければいけないだろうが。この関係が表層だけのものでないことを切に願う。
「結果が公表されるまで待てと言うのは多感な年ごろには酷だろう。それに、俺自身が手に入れたものじゃなくて母上から渡されたのを、深雪にせがまれて見せただけだ」
事実上も戸籍上も血縁上も母となった真夜から入試成績データを渡された時はさすがに俺も驚いた。が、貰ったものは有効利用することにして深雪に横流しした。
「せがんでいません!それより、そんな覇気の無いことでどうしますか!勉学も体術もお兄様に勝てる者などいないというのに!魔法だって本当なら―――」
「深雪!」
「!」
「……分かっているだろ?それは口にしても仕方のないことなんだ」
「……申し訳ございません」
「深雪……」
(俺はこれを目の前で見続けなきゃいけないのか……?)
兄妹以上の親密さというか、恋人以上に仲睦まじい二人の様子を俺は死んだ魚の目で見る羽目になった。イチャイチャは後も数分続く。
◇◇◇
「高校生か……」
俺は深雪と別れて達也とともに中庭のベンチに腰掛けていた。達也は端末で論文に目を向けているようなので邪魔しないように黙考していたが、つい口をついてしまった。
「何か思うところがあるのか?」
視線こそ上げないが、達也は俺の独り言に言葉を返した。
「小学校中学校と通信制で修めたからな。ほぼ家から出なかったせいもあって、学生という気がしなかったんだよ」
俺は四葉の過保護によって存在を公表されないどころか、高校に上がるまで家を出られなかった。ということになっている。その実、沖縄海戦で拾ってきた少年兵というのはなかなかジョークに富んでいると思う。
「学校生活が心配なのか」
達也は視線を上げ、俺の顔を見る。その目はどことなく憐れみを孕んでいるように思える。
「心配と言えば心配だな。まぁなるようにしか、ならないと思うがな」
達也の憐みは俺のこれからの人間関係を案じているのだとは思うが、実際俺はその辺りを全く心配していない。四葉の名が勝手に人を遠ざけると考えているので、友人は出来ないものと諦めている。それ以上に俺が思うところとは、もう一度学生をするという感慨深さだ。自身がまだ学生だったのは何年前だったか。明確な年数を数えるつもりはないが、遠い昔の懐かしい記憶に思える。残念ながら、前世の学生生活はそれほど青春をしていなかったのだが、そこは深く思い出さないことにした。
「新入生ですね?開場の時間ですよ」
俺が物思いにふけり、それを達也が静かに見ていたところ。そんな女性の声がこちらに投げかけられた。
「ありがとうございます。すぐに行きます。行こう、十六夜」
「十六夜……?」
達也のその何事もない呼びかけが、女性の琴線に触れてしまう。達也が俺の名前を呼んだ時点でそうなると予想できた。なんて言ったって、その女性は
「あなたが、四葉十六夜、ですか?」
真由美が俺を注視する。度合いとして警戒と好奇心の半々だろうか。
「初めまして、七草真由美さん。俺が四葉十六夜です」
何とない気まずさがあるので俺はつい苦笑いで応えてしまった。
「そう、あなたが」
「ええ、まぁ、なんと言えばいいのでしょうね。四葉と七草の確執は存していますが、あれは四葉現当主である母上と七草現当主である
矢継ぎ早かつ固い返答は俺の対人スキルの低さを如実に表している。言い訳を一つさせてもらえれば、女性は苦手なのだ。
「……ふふ。ええ、私も貴方とは良い先輩後輩の関係を築きたいですね」
悪戯好きの顔が見え隠れしている。気まずい雰囲気は取り除けたと思うが、いじり対象としてロックオンされたのではないかという懸念が残る。
「そちらの彼は?」
四葉の俺に声をかけた達也にも興味があるようだ。視線をそちらに移した。
「……自分は、司波達也です。彼とはちょっとした縁で出会った友人です」
俺が真由美の名を出した辺りから随分と静かに佇んでいたが、話題に挙げられて無視するのは悪目立ちしてしまうと思ったのだろう。俺との関係はぼかして自己紹介した。
「そうですか。あなたが、あの司波君でしたか。先生方の間ではあなたの噂で持ちきりでしたよ」
「……」
達也としては予想していたニュアンスと違う事に戸惑っているようで、反応に困り沈黙を選んだのだろう。
「入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」
「……ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」
達也は自分の左胸を指差し、紋無し、二科生であることを指し示した。
「すごいじゃないですか。少なくとも、私には真似できませんよ?私はこの学校で二年も学んでいますけど、同じ問題を出されても司波君のような点数はきっと取れません」
「失礼、真由美さん。彼の妹の答辞を見やすい席で見なければならないのでそろそろお暇しても?」
これ以上は長くなりそうだし、達也が多少渋面を浮かべているので切り上げることにした。
「あら、彼が深雪さんの。引き留めてしまってごめんなさい。講堂はあちらですので迷わないように」
俺の言葉から色々察して一層笑顔になり、講堂への道を指し示すことでこの場からの離脱を許可してくれた。
「それでは、失礼します」
「失礼します」
俺と達也は真由美に一礼してから講堂へと向かう。彼女は俺たちの背を見つめ続けていた、ような気がした。
◇◇◇
「これは、ある意味で見事だな」
講堂内。新入生の座席は綺麗に一科生と二科生に分かれていた。決して、そうするような指図があるわけではない。恐るべき同調圧力に呆れ果てる。
「達也、隣でいいか?」
「……」
「冗談だよ」
からかいで言ってみたものの、凄く嫌そうな顔をされた。
「はぁ、大人しく前の方に座るか。また後でな、達也」
「ああ」
彼とは断腸の思いで別れることにした。俺は前の方で空いている席を、出来ればそこまで目立たない場所を探す。何の気なしに良さそうだと思った空席を見つけ、運命を垣間見た気がした。
「隣の席、よろしいですか?」
俺は目を付けた席の隣に座る、短髪でクールな雰囲気の女性に許可を得ようとした。
「……どうぞ」
俺の顔を見てから席を差し出す少女・
「ありがとうございます」
そう礼を述べてから席に座るが、雫の視線がずっとこちらを捉えている。ついでにほのかの方もこちらを観察していた。
「あの、どうかしました?」
美少女二人に見つめられては色々と落ち着かない。
「……どこかであった?」
な訳はない。というか何故その一昔前のナンパのような語彙をチョイスしたのかとツッコミたくなる。
「おそらく、他人の空似かと」
「ごめんなさい、私もちょっと何処かで見たような気がして」
ほのかの方も思い当たる節があるようだ。多分なのだが、彼女らは入試実技の会場が深雪と同じである描写があったはずなので、他人の空似は司波深雪なのではないかと予測する。俺の顔は、リライトにより四葉真夜の遺伝子と近似してしまったために大分真夜に似た面貌になっている。真夜のように多少ウェーブが掛かった髪を伸ばし(後ろ髪は束ねてポニーテールにしているが)、より似ている面を推して息子と疑われないようにしているのだが。その弊害か、少しばかり深雪にも似てしまっていた。因みに達也にも似ているらしい。二人とは遺伝子上互いの母が双子の従兄弟なのだからそうなってしまったわけだ。自身の今の遺伝子は後天性のものだが。
「残念ながら、お二人と面識は有りませんよ」
以上のことを特に明言する必要性を感じなかった俺はそうきっぱりと否の言葉のみ明言した。
「そう」「そうですか」
二人とも煮え切らないと表情を曇らせているが、視線はこちらから外してくれた。何も悪くないはずだが、申し訳ない気持ちになる。
そんなこちらの状況を他所に式が始まった。特筆すべきことはないが強いていうなら。「皆等しく」とか「一丸となって」とか「魔法以外にも」とか「総合的に」とか、結構際どいフレーズが多々盛り込まれていた深雪の答辞を、「兄をしっかり評価しろ」というメッセージであるように感じてしまうのは俺の気のせいである。
式が終了し、俺はすぐにIDカードを受け取るために窓口へと向かった。クラスも確認し、俺はおそらく深雪と同じでA組であることに作為的なモノを感じてやまない。とりあえず、すべきことはしたので達也の元へ向かう。そして、達也を視認してから影に徹することにした。
「お兄様、お待たせ致しました」
「こんにちは、司波君。また会いましたね」
彼女たち二人がいるのを見て、このあたりの原作の流れを思い出したが故に、少し関わり合いになりたくなくなったのである。少し遠目で観察し、司波兄妹と千葉エリカたちの会話を邪魔するまいと真由美ら生徒会が退いていくのを確認した。
(今更だが、これ。混ざるタイミングも意味もない気がするな。いや、混ざらない方がいいまである)
司波兄妹が新たな友人を作ろうとしている中、四葉というある種忌み名を持つ俺が邪魔するのは良くないと思い、ここは空気になろうかと思案していた。
「十六夜」
こちらの思考は達也がこちらに声をかけたことで中断された。
「ああ、達也……」
そっちから呼び寄せられると心の準備というのが間に合わない。出だしを失敗して、空気は失墜する。
「えーと、達也君の友人?」
止まった会話をどうにか繋げようとするエリカの心遣いが大変心苦しい。
「あ、ああ。初めまして、俺は四葉十六夜だ」
「よ、四葉?」「四葉……っ」
エリカが怪訝な表情をし、
「……すまないが、達也。俺は少し用事があるんだ」
二人の反応を見て傷心した俺は、正直この空気に耐えられる気がしない。用事をでっち上げ、返事を聞く前に動き出す。
「ちょっと待って」
「ん?」
エリカの方から待ったがかかる。それは俺の予想外だった。
「あなた、何か武道でもやってるの?」
エリカは俺の足の方を見てそう指摘した。俺の足運びに武道、いや剣術家のそれを感じたのだろう。
「ああ、我流だけど剣をな。そこそこ出来ると自負してるよ」
「そう。じゃあ今度手合わせしましょ」
彼女は不敵に笑っていた。剣士であると察して、血が疼いたのか。挑戦状まがいの言葉を俺に送る。
「都合が合えばな」
彼女の笑みを受けて、俺も少し笑えた。それ以上会話はなかったので俺はその場を去った。
◇◇◇
東京都八王子市某所にある一軒家。そこが俺の一人暮らしの拠点である。一人暮らしにしては広すぎるその家は四葉本宅から一高に通うわけにはいかない俺に対する、真夜からの贈り物だった。息子に一軒家を贈るというのは金銭感覚が狂っている気がしてならないが、貰ったものは有効利用する。因みに家事はもっぱらホーム・オートメーション・ロボットに任せっきりである。貰った金銭は有効利用する。
〈入学おめでとう。学生生活はどうかしら〉
ヴィジフォンに映った真夜が俺に問いかける。その表情は朗らかだ
「入学式を終えただけだよ、母さん。まだ何とも言えないな」
彼女の母親然とした態度に応えるべく、俺は真夜と二人だけの時は『母さん』と呼んでいる。初めてそう呼んだ時は大層喜んでいた。
〈そう。何か悩みがあったらすぐに言うのよ?必要なモノがあった時もね〉
原作の黒幕的雰囲気はどこへやら。俺の目の前では良き母だった。少し、前世の母親を思い出してしまって心が痛い。
「大丈夫。母さんが心配するようなことはないさ」
心配させまいと努める。前世の母には大層心配をかけ、そして報いてやれなかった。真夜の本心は読み取れないが、それでも彼女の優しさには報いようと思っている。贖罪の為にも。
〈それでも、昨今ブランシュの活動が活発になっているし、一高にもその下部組織の人員がいるようよ?〉
この時点でもうブランシュやエガリテの動向を掴んでいたのは少し驚いたが、四葉の情報網なら然もあらん。この情報がもらえたのは、今後動きやすくなっていいかもしれない。
「もし俺の前で騒ぎを起こすようなら、達也の手も借りて潰しておくよ。その時は情報封鎖をお願いするかもね」
〈ええ、それでいいわ〉
ブランシュ事件の際、四葉の力を借りる口約束を取り付けた。これでその日は多少暴れても問題ないだろう。大暴れをするつもりはないが。
「じゃあ、お休み。母さん」
〈お休み、十六夜〉
お互い笑顔で通信を切った。良い子は寝る時間だ。
十六夜の一高進学:十六夜本人は司波兄妹のスケープゴートだろうと考えているが……。
司波兄妹との仲:3か月の間、達也とは十六夜専用のCADを作るために何度もFLTで会っている。その時にしばしば深雪とも会って話していたので、彼らとの間にぎこちなさはない。
体術もお兄様に勝てる者などいない:司波兄妹は十六夜の実力を知らない。知ってたとしても兄贔屓で言う気はする。
女性は苦手:前世から女性に対して良い記憶がない。ついでに女性経験もない。良くも悪くも女性に対して希望は抱かない。
※追加補足
十六夜の入試成績:実技では深雪と少し差があって2位。筆記では達也に次いで2位であるが、深雪とは僅差。そのため総合成績では深雪が1位、十六夜が2位である。原作からのズレを気にして手を抜いた、というわけではなく本気で取り組んだ結果がこれである。実技試験で評価される魔法技能は深雪の方が優れており、学力では達也に及ばないようだ。
※内容修正
・刀を帯刀しなくなったことに関して(2017/12/3)
閲覧、感謝いたします。