魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

47 / 179
第四十七話 踊らされる人垣の影で

2096年4月10日

 

 第一高始業から5日目、入学式から3日目となる今日。新入生からの俺に対する好奇やら畏怖やらの視線が増えるが、耐えられない程ではない。俺に積極的に関わってくる者も居なければ、俺が積極的に関わりたい者も居ない。特筆すべき事のない日々を送っていた。

 

 そんな素晴らしき日々の昼休み。唐突に生徒会室へ呼び出された。放送とかではなく、深雪からの言伝である。

 それで、生徒会室に顔を出せば、生徒会のメンバー、そして香澄と泉美が待っていた。

 

「ああ、十六夜さま!私は、私は生徒会と風紀委員のどちらに在籍すれば……。ああ、深雪先輩と十六夜さまの間で揺れるこの浮気者に。十六夜さま、どうかお導きを!」

 

 何か泉美が頭を抱えたと思ったら俺を拝み始めた。

 

 泉美は入学式の時に深雪と接触し、原作通り深雪を自身の姉にしようとする暴走を起こしたらしい。俺は現場に居合わせなかったが。

 俺を兄にしたくて深雪を姉にしたい泉美の中ではどうやら俺と深雪に優劣を付ける事ができず、今どちらの元で働くかについて苦悩しているようだ。

 

「深雪の手伝いをしてやってくれ」

 

 俺は自宅でも頻繁に泉美と顔を合わせるのだ。学校でも顔を合わせる必要はないだろう。と言うか、そこまで顔を合わせたくはない。この泉美の暴走に四六時中など付き合っていられない。

 後、この生暖かくも冷え冷えとした生徒会室から早く出たかった。

 

「はい、泉美は十六夜さまのお導きに従います」

 

 こうして晴れ晴れとした顔で泉美は生徒会入りを果たした。呆れながらも泉美の横に居続ける香澄が、俺には仏か何かに思えてきた。

 

 

 

 そんな一騒動(?)も過ぎて放課後。俺は風紀委員として校内巡回をしていた。二、三年生は俺の巡回に気を引き締める程度で、もう怯えたりはしないのだが、一年生はそうもいかない。あの『四葉』が巡回しているのだ。まれに俺を四葉と知らないのか、平然としている生徒も居るが、ほとんどの一年生は俺を視界に入れると小刻みに震え始める。そんな一年生を見る度に泣きたくなるのを俺は堪えた。

 

「四葉先輩」

 

「ん?香澄さんか。どうかしたかい?」

 

 走り寄ってくる香澄は、偶然会ったから声をかけた、という様子ではない。俺を探していたのだろうか。

 

「司波先輩が去年、風紀委員で四葉先輩に比肩する活躍をしていた、というのは本当でしょうか」

 

 予想もしていない質問が香澄から飛んできたが、その意図は想像できた。

 入学式に魔法を対処されたためか、彼女は達也に対抗意識を燃やしている。そして、原作において彼女は誰かから風紀委員会入りを勧められたはずだ、その対抗意識を煽るように。

 彼女は対抗意識を煽る際に言われた達也の活躍を俺に確認しに来た、という訳だろう。

 

「そうだね、かなり活躍していたよ。比肩の有無については、ちょっと判断に困るな。俺の主観が混じってしまうし、贔屓目も入ってしまうからね」

 

 俺の主観で言うならば、正直達也の方が活躍していただろう。その活躍があまり目立たないように俺は努力したのだから。

 

「そうですか、分かりました」

 

 香澄は瞳に闘志を灯す。

 

「ボク、風紀委員会に入ります」

 

 達也より活躍してみせると、顔に書いてあるようだった。

 

 ともかく、香澄の風紀委員会加入が決まった。

 

◇◇◇

 

2096年4月13日

 

 加入を決めた翌日に香澄は正式に風紀委員となり、彼女の教育はまた俺に任された。が、相も揃って優秀な子なので雫たちと同様の教育をすれば済んでしまう。

 

 しかしだ。マニュアルを読ませて、巡回を一日だけでも同行して、それらの教育を香澄も雫たちも全て吸収したとはいえだ。トラブルが確約されている風紀委員激務期間、新入部員勧誘期間に新人を放り出したくはなかった。

 

「それで、ボ……私たちは四葉先輩の随伴になったんですね」

 

「学生による自治組織だからって、数日教育して本業務させるのはちょっと酷すぎると思わないか?」

 

「……言葉にされると、ブラック企業みたいに聞こえる」

 

「だろう?」

 

 という事で、俺は香澄、そして雫と共にこの期間の仕事を当たる事にしたのだ。

 

 今は巡回中。何故俺が彼女らに付いているのか問われたので、違反者に目を光らせながらも答えていたところだ。

 

「千代田委員長には許可を取ったし、幹比古さんに随伴してくれている森崎さんにも事前に承諾してもらっているよ」

 

 さすがに三人は面倒を見きれる自信がなかったので、幹比古は森崎に預ける事になった。「俺も正直、新人を一人で歩かせるのは危険だと思っていた」と、森崎の快諾を受け取れている。

 

「潤滑に活動を行うためって事ですよね」

 

「ああ、今年教育しておけば来年に活きる。これも新人教育の内さ」

 

「そうですか、納得しました」

 

 質問を切り出した本人である香澄から不満の色が消える。過保護か子供扱いかのように感じていたのかもしれない。

 

「さてと。例年トラブルが起こるんだから、今年くらいは平和であってほしいが。そうもいかないよなぁ……」

 

 俺がその言葉でフラグを立ててしまったのか、少し先から争う声が聞こえてきた。

 

「私が様子を窺ってきます!」

 

 その声は香澄の耳にも届いてしまったようで、彼女は一目散に現場へ向かう。

 

「……張り切ってる?」

 

「みたいだな」

 

 随伴者である俺の指示も仰がぬ香澄の様子に、雫は首を傾げながらそう推察した。実際、香澄は達也より活躍しようと張り切っているのだろう。

 

「まぁ、十三束さんが先に割って入っていたし、問題は……。いや、七宝も居るのか」

 

 香澄が現場に至る前に十三束鋼が事態の収拾に動いているのを遠目から視認していたが、そこには七宝琢磨の姿もあった。

 

 曖昧な記憶だが、原作で巻き起こった七宝、香澄、泉美の三人による騒動は、確か新入部員勧誘週間から始まった気がする。

 新入部員勧誘期間、香澄、七宝。妙な符合に、俺は嫌な予感がした。

 

「俺たちも向かおうか」

 

「うん」

 

 雫の返事を待ってから、俺は争う現場へと足を速める。

 

「ここは俺たち部活連執行部が預かると言ったぞ、七草。それとも、はっきり言われなきゃ分からないか?お前の出る幕じゃないと」

 

「ふぅん……。七宝君、私の事知ってたんだ」

 

 未然に防ぐには遅かったようだ。すでに七宝と香澄の間に険悪な雰囲気が出来上がっていた。

 

「ほぅ……。七宝(おれ)の喧嘩を、七草(おまえ)が買うってのか」

 

「そうだね、目一杯安く買い叩いてあげる。二度と七草(わたし)に喧嘩を……―――っ!」

 

 七宝から挑発され、啖呵を切ろうとしていた香澄の顔がみるみる青くなる。

 

 それが何故かと言うのなら――

 

「どうした、片割れが居ないから怖くな―――っ!」

 

――俺がいつの間にか七宝の背後で笑みを携え、今まさに七宝の肩へ手を置いたからである。

 

 『アンキンドルドゥ』は使っていない単純な気配遮断だが、却ってそれが香澄と七宝の恐怖を煽ったのだろう。さっきの威勢が露と消え、二人は固まっていた。

 

「十三束さん、状況を説明してください。何処と何処の部がどうして争っていたんですか?」

 

 俺はそんな二人を他所に、起こっていた部活間の争いについて十三束に訊ねる。部活間の仲裁を熟していたのは彼だ。

 

「え、あ、えーと。ロボット研究部と自走二輪部が新入生を取り合ってて……」

 

「その新入生は?」

 

「あ、あれ?居ない?」

 

 取り合いになっていた新入生は、どうやら争いの喧騒に紛れて逃げたらしい。十三束も、ロボット研究部と自走二輪部の部員らしき生徒たちも見回したが、その成果は芳しくない。

 

「なるほど。つまり、もう争う原因はない、という事ですね?」

 

 見回していた部員たちを笑顔で見つめれば、彼らは何度も頷いてくれた。

 

「それは良かった。では皆さん、解散してください」

 

 俺がそう宣言すると、その部員たちや野次馬たちは蜘蛛の子を散らす。『四葉』への畏怖も使い様だ。

 

「香澄さん、巡回に戻りますよ」

 

「は、はい!」

 

 必要以上に背筋を伸ばした香澄を連れ、俺は巡回に戻ろうとした。

 

「待て!」

 

 大声で俺を呼び止める七宝。振り返れば、七宝は恐怖を払うように精一杯俺を睨んでいた。

 

「お前が、四葉十六夜か」

 

「初めまして、七宝琢磨さん。ご存知の通り、俺が四葉十六夜だ」

 

 必死な七宝に対して、俺は悠然と自己紹介をする。

 

四葉(おまえ)は、七草(そいつ)を庇うのか」

 

 年上への敬語も忘れている辺り、七宝の余裕は皆無だった。彼が十師族に心から敬意を払うかどうかは置いておいて、そんな無礼な行為が自身の評判を落とす事くらいは考えつくはずだろう。

 

「どうしてそう、話を大きくしようとしてるんだい?」

 

「……は?」

 

 俺の急な質問に、七宝はまるで意味が理解できていないようだった。

 

「俺は、四葉十六夜個人は風紀委員として、七宝琢磨個人と七草香澄個人の言い争いを治めた。風紀委員の務めを果たしただけだ。香澄さんを庇った覚えはないし、七草家の肩なんて持ってない」

 

 俺は懇切丁寧に肥大化した話を修正する。

 ここに七宝家を代表する現当主、七宝拓巳(たくみ)は居ない。七草弘一は居ない。四葉真夜は居ない。ここで起こったのは、単なる学生間のトラブルだ。

 

 七宝は俺の言いたい事が読めてきたのか、言い負かす理論がないために強く口を結ぶ。

 

「七宝さん、これは俺からの助言……。いや、苦言の方が正しいか。まぁとりあえず、俺から君に言葉を贈ろう」

 

「……何ですか」

 

「他人に喧嘩売ってる暇があるなら自身を磨けよ」

 

「……っ」

 

 俺は七宝が哀れに思え、そんな言葉を贈ってしまう。その言葉を正論と受け取れる程度の冷静さは残っていたようで、彼は悔しさを噛み潰すように歯噛みした。

 

 俺はすぐにその場を去る。あの未熟さは見ていられない。

 

 

 

「………という事があったんだけど」

 

 香澄は何故か俺の家に上がり込み、俺の前で真由美と泉美へ巡回中に起こった七宝との一悶着を説明していた。

 

 というか、本当に何故一度七草家で私服に着替えてから俺の家に来ているのか。もしかして香澄は意外とお姉ちゃん子なのか。いや、真由美を心配して頻繁に訪問するくらいお姉ちゃん子だった。

 

「香澄ちゃん、その時の映像は?」

 

「……音声だったら風紀委員支給のボイスレコーダーに録音が残ってると思うけど」

 

「いくらで売ってくれます?」

 

「目の前で違法取引をするんじゃありません……」

 

 俺の普段と違う一面でも見たいのか、その映像欲しさに詰め寄る泉美。あまりの迫真な様子に引きながら、押しきられそうになる香澄。暴走している泉美を、疲れ気味に諫める真由美。

 今日も十六夜宅は賑やかだ。一人になりたい。

 

「そんな事より。どうして四葉先輩は七宝に「自身を磨け」なんて言ったんですか?」

 

 言葉にしたのは切り出した香澄だったが、七草三姉妹は全員俺を見つめる。そんなに気になる事なのかはともかく、彼女たちは気になるようだ。

 

「まぁそんな深い意味はないんだが。可哀想だと思ったし、勿体ないとも思ったからだよ」

 

「「可哀想」は分かりますが。「勿体ない」?」

 

 香澄から七宝が可哀そうである事に同意を得られてしまい、内心俺の中で彼の哀れさが増す。

 

「七宝さんは入学試験の首席合格者だ。努力ももちろんあるだろうが、香澄さんや泉美さんを抜いている時点でその才能は本物だろう」

 

 細かい成績内訳は得ていないので、魔法実技の成績で香澄と泉美に勝ったのかは不明だ。だが、仮に劣っていたとしても主席を取ったなら僅差のはずだ。実践での価値はないかもしれないが、七宝は試験で一番を取ったのだ。魔法師としての素晴らしい才能があるだろう。

 

「彼がそのまま余計な事を気にせずに努力していれば、あんなに息巻く事もなく、多くの人から認められる人間になれたはずだ」

 

 真に才能があり、弛まぬ努力を続けていれば、誰かに喧嘩を売る必要のない確かな自信を得ているはずなのだ。

 

「でも彼は、余計な事を気にしてしまっている。師補十八家という自身の家の箔に気を割いてしまっている。劣等感に苛まれるにしたって、それをバネに自身を鍛えれば良かったんだ」

 

 劣等感を抱くのは痛い程理解できる。俺も家族の優秀さに劣等感を抱え続けた人間だ。

 だが、俺は息巻く事も、家族に当たり散らす事もなかった。ただただ己の無能を恥じ、努力をした。

 だから、七宝が努力に集中できなかった事だけは理解できない。

 

「彼が自身を鍛え続けていれば、それこそ十師族の子息に劣らない力を得ていただろうに。彼は、勿体ないよ」

 

 故に、努力した分だけ花開かせるだろう七宝の才能を、俺は勿体なく思っていた。

 

「意識高すぎないですか?」

 

「意識高すぎ」

 

「香澄ちゃん!十六夜さまの崇高なるお考えに茶々を入れるつもりですか!」

 

「崇高なるお考え」

 

「十六夜くんって、そういうところがあるわよね」

 

「そういうところ」

 

 香澄の切り捨てるような感想に悲哀を、泉美の「崇高なるお考え」という尊称に羞恥を、真由美の憂うような視線に疑念を、それぞれ覚えて彼女たちの言葉を俺はただ復唱した。

 

◇◇◇

 

2096年4月19日

 

 新入部員勧誘週間は比較的平和に過ぎ去った。比較対象は去年のブランシュ事件だが。学生たちの諍いなど微笑ましいモノばかりだ。

 

 風紀委員活動記録をまとめるのも雫や幹比古に手伝ってもらい、早く終わる事ができた。これだけでも彼女たちの風紀委員加入に感謝したいくらいだった。

 男所帯の肉体派揃いだと、なかなかこういう書類仕事まで気にかけてくれる人は少ない。あまつさえ、その肉体派分類に前委員長と現委員長まで入っているのだ。二人とも女性のはずなのだが。

 ちなみに、森崎と香澄は各々の分だけでも綺麗にまとめてくれている。几帳面な者が俺含め10人中5人。過半数を超えた、第一高校風紀委員会始まって以来の快挙である。

 

 ともかく、そんな無駄な達成感を得た俺は手早く仕事を終え、帰路に就く。泉美との別れ際に聞いたが、彼女と香澄は習い事があり、今日は俺の自宅に来られないらしい。久々に静かな家で過ごせそうだ。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 自宅に着くと、真由美が珍しく玄関で出迎えてくれる。普段の出迎えはだいたいダイニングであるのに、今日は違った。

 

「新入部員勧誘週間は今日で最後だったわね。えっと、十六夜くんは疲れてないかしら?その、私の家からお気に入りのハーブティーを持ってきたの」

 

「そう言えば、昨日は実家に帰られていましたね」

 

 真由美は昨日、何やら実家で用事があったらしく、俺の自宅には居なかった。わざわざ茶葉を取りに行っただけとは考えづらいし、ついでの用としたのだろう。

 

「え、ええ。それで、リラックス効果があるから、疲労にも効くと思うのだけど。一緒にどうかしら?」

 

 真由美はところどころ言葉が閊えていた。どうにも一緒にお茶するのが趣旨ではないようだ。

 何かを隠しているようではあるが、俺を謀ろうとしている訳ではないだろう。少なくとも悪意は感じられない。

 

「有り難くご一緒させてもらいます」

 

 なので、俺は真由美の誘いに乗った。

 

 ダイニングで真由美の対面に座ってのティータイム。意外にも真由美は手ずからハーブティーを淹れ、俺に差し出してくれた。見た限り怪しい葉っぱは使っていなかったし、異物を混入する動作もなかったので、俺は警戒心なく口を付ける。

 

「これは中々」

 

 ハーブティーに造詣は深くないが、金持ちと言って問題ない四葉の食事を振る舞われてきたのだ。俺の舌は肥えているが、その舌がこのハーブティーに合格点を出している。

 

「それは良かったわ」

 

 真由美は本心からの笑みを浮かべ、自身の分を一口。出来栄えに納得したのか、一つ頷いた。

 

 至高のティータイムに、俺は優雅に楽しむ。俺も彼女も二、三口程ハーブティーを味わった。

 

 そうした優雅な一時が流れていたはずなのに、真由美が落ち着かないように目が泳ぎ出す。

 

「どうかしましたか?」

 

「え?いや、あの……」

 

 真由美は伏し目になって黙るが、幾ばくかの後に溜め込んだ逡巡を息と共に吐き出した。

 そして、テレビと携帯端末を無線で繋いでヴィジホンにしてから、何処かへとコールする。

 

〈……明かす気になったか〉

 

「ええ……」

 

 画面に映し出された克人がカメラ越しに俺が同席しているのを確認し、状況を察する。彼の推察に諦め交じりで真由美は肯定した。

 

〈どこまで七草が伝えたのか分からんから、最初からいこう。もし七草家のとある事について、七草が四葉に伝えた方が良いと判断した時、俺へ電話をするように決めていた〉

 

「とある事?」

 

 克人は真由美が言い出しづらい事も察し、自分から打ち明ける。声のトーンや表情、話題も相まって、かなり真剣な事らしい。

 彼女が不自然にもお茶を誘ったのは、この話し合いの機会を得るためだったようだ。

 

〈今週の初めからマスコミの反魔法師報道が急増している事は把握しているか?〉

 

「一応、テレビニュースやニュースサイトでその報道が増えているのは把握しています」

 

 前世からあまりマスコミは好きではないのだが、日本を守る十師族の魔法師としては世情を知っておかなければならない。なので、俺はしっかりとニュースを見ている。

 

 差別なんぞも前世では他人事だったために全く興味がなかったが、差別される対象となれば話は違う。反魔法師運動における差別の対象である魔法師になってしまっている俺は、その差別に関心を抱かざるを得ない。

 と言っても、差別する側の気持ちは今でも全く分からないが。

 

〈マスコミの論調は大別して二つ。それぞれ別のソースで反魔法師を謳っており、それぞれ別の支援組織があると十文字家は考えた〉

 

「二つの組織?」

 

 俺はてっきり全部ジート・ヘイグが煽っているモノと捉えていた。そのため、論調の違いなんて感じ取れていなかった。こういう頭脳戦はまだまだのようだ。

 

〈一つは魔法全体を非難する論調。もう一つは魔法を用いる国防軍に的を絞って非難する論調。そして、その後者の論調を支援しているのが、七草弘一殿だ〉

 

「……事実なのですか?」

 

 国防軍に的を絞っているといえど、自身の首を絞めるような事を弘一がしているとは、にわかには信じられなかった。

 

「事実よ……。昨日、十文字くんが父を問い詰め、父は認めたわ……」

 

 真由美は腹から絞り出すような声で答え、克人の言葉を裏付ける。

 

〈論調を別ける事で個々の論調を衰退させるのが狙いだそうだ。それと、ガス抜きとも言っていた〉

 

「なるほど」

 

 弘一の行動はベストではないがベターではあるだろう。大衆の意見など、それがどれ程モラルやマナーを逸していても、絶やせるモノではない。さながら山火事だ。そこらの山の火事なら消防隊が尽力すれば、それなりの労力で消し止められるだろうが。これは世情という大山脈の山火事。消し止められる者は居ない。

 そのため、弘一の語る火元を分断して小火にしようとする考えは理解できるし、目立った不審点もない。

 

〈それに対し、十文字家は反魔法師運動への関与を直ちに止めるよう求めている。今は正式な抗議状をしたためている最中だ〉

 

「その、ごめんなさい……」

 

〈構わん。電話をするように言ったのは俺だ。七草が責任を感じる必要は一切ない〉

 

 忙しいところへ電話をしてしまった事に真由美は良心が咎めたようだが、克人は気にする素振りを見せず、彼女の気遣いを無用と説き伏せた。

 

「克人さん、お伝えいただいてありがとうございます。真由美さんも、身内の不祥事を明かすのはお辛いでしょうに、打ち明けてくれた事を感謝します」

 

「いえ、私は……」

 

〈俺はすべき事をしたまでだ〉

 

 俺の感謝に真由美は歯切れ悪く、克人は実直に応対した。真由美は完全に口を噤んでしまい、その先を喋る事はなさそうだ

 

「状況は理解しました。しかし、俺個人に対処できる案件ではありません。なので、母に指示を仰いでみます。真由美さん、構いませんか?」

 

「……ええ」

 

 弘一の不祥事を真夜に伝える事に、真由美の許可が下りた。

 

「真由美さん」

 

「え?えと、何かしら?」

 

 無理にでも下がったままの顔を上げさせるために、俺は真由美の名前を呼ぶだけで言葉を区切った。思惑通り、彼女は顔を上げてくれる。

 

「絶対に真由美さんを、七草家を悪いようにはしません。多少風聞は悪くなるかもしれませんが、それでも真由美さんの家を取り潰させたりはしません」

 

 原作知識の中に七草家が取り潰された記憶はない。つまり、七草家がこの時期に取り潰されたりしたら、原作から乖離し、()()()()()使()()()()()()()()()()。原作知識はこの世界で立ち回るのに大きなアドバンテージだ。だから、それはまだ避けたかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

「どういたしまして」

 

 真由美はまた言葉を詰まらせていたが、顔の血色は良くなった。その血色を変えないように、まだ何もしていないとか、余計な一言は省いた。

 

「それでは、母に連絡してみます」

 

〈ああ、頼んだ〉

 

 克人の言葉には何か含みがあるような気がしたが、訊ける雰囲気でもないので流す。十文字、七草、四葉の子息による話し合いはそれで終わった。

 

 俺は真由美にハーブティーのお礼を述べてから、書斎へ引っ込む。

 

「母さん、今大丈夫かな。ちょっと反魔法師運動について話があるんだけど」

 

〈時間なら大丈夫よ?貴方の事が最優先だから〉

 

 それは大丈夫なのか疑わしいのだが、言及すれば話が逸れるのは明らかなので後回しにした。決して逃避ではない。

 

「克人さんから連絡があって、活発になっている反魔法師運動を支援している組織が二つあるかもしれないという事と、その片方が七草家当主、七草弘一である事を教えてもらったよ」

 

〈へぇ、十文字家の彼が……。情報収集は不得手と聞きますが、見識と洞察力は上々のようね〉

 

 真夜は弘一について驚きもせず、克人への感心を強く表した。

 

「その様子だと、いらぬ心配だったかな?」

 

〈反魔法師運動の活発化は、もう対処を始めているわ。十六夜は心配しなくても良いわよ?〉

 

 俺が伝えるまでもなく真夜は情報を得ていたようで、むしろ俺の行動は遅いくらいだったみたいだ。

 

「念のため聞いておきたいんだけど、弘一さんの方じゃない組織も見当が付いてる?」

 

〈ええ、問題なく。ジート・ヘイグの組織である事は突き止めています。その手駒である、周公瑾という男についても。両方用心深いようで、所在はまだ特定できていないのだけど。手駒の方は時間の問題かしら〉

 

 すでにヘイグについても情報を得ているようで、その情報収集能力は空恐ろしい。フリズスキャルヴは当然だが、周公瑾まで知り得ている辺り、四葉由来の諜報も馬鹿にできない。

 

「うん、いらぬ心配だったようだね。ありがとう、不安が晴れたよ」

 

 まさしく杞憂だったと自嘲しつつ、本当に心から安心した。真夜のキャラ崩壊は四葉運営にまで悪影響を及ぼしていない事を認識する。

 

〈十六夜、不安を煽るつもりはないのだけど。貴方の耳にも入れておきましょう〉

 

「ん?何かあったのかい?」

 

〈反魔法師側の政治家が第一高校を訪問します。魔法科高校が軍事教育の場と化しているように見せかける偏向報道が目的ね〉

 

「魔法師の将来の選択から、国防を奪うつもりなんだね」

 

 一見、若き魔法師を軍部徴兵から守ろうとしている。その実、魔法師の未来を一つ潰す謀略なのだろう。それで、その謀略を手始めに、一つ一つ魔法師の未来を絶やしていく。魔法師全体がその意図に気付いた時には手遅れとなっている事だろう。

 政治家というのは無駄によく頭が回るものだ。

 

〈訪問への対処は達也さんに一任しています〉

 

「ああ、達也なら上手くやってくれるだろう」

 

 なんせ原作主人公、チート頼りの能無しではなく、研究畑の人間かつ戦術家だ。リライト能力(チート)頼りの俺とは違う。

 

「情報は俺が流した事にして良いかな?一般人が持ってる情報ではないでしょう?」

 

〈そうね、その方が好都合かしら。まだ達也さんには目立ってほしくないですし〉

 

「オーケー、じゃあそういう事で」

 

 俺と真夜は何一つ曇りのない笑顔で通話を終えた。

 

「さて、達也に連絡しないとな」

 

 俺は達也に電話をし、情報を擦り合わせ、口裏を合わせる準備をした。

 

 万事は問題なく進んでいる。




七宝琢磨:『四葉』に対しての警戒心はあるが、十六夜個人に対しては「十師族子息の強さを測るための観察対象」くらいの認識だった。苦言を贈られてからは「上から見下してくる気に食わない奴」に変わっている。

ロボット研究部と自走二輪部が取り合っていた新入生:原作と同じく隅守賢人である。騒動に駆け付けた達也が彼を早々に逃がし、そしてその達也は事態の収拾を十六夜に投げてさっさと生徒会室に帰った。

「そういうところがあるわよね」:十六夜は自身にストイックであり、誰にも弱音を吐けない。ただひたすらに自己を低く評価し、ただひたすらに自身を高めようと我武者羅に努力する人格をしている人物。真由美はそう十六夜を認識している。

 閲覧、感謝します。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。