魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第四十八話 敗北へのカウントダウン

2096年4月20日

 

 第一高校に登校した俺と達也は、まず生徒会室に生徒会長である中条と会計である五十里を集め、政治家の訪問とその思惑について開示した。

 そして、その情報を得た俺が対処法について達也へ意見を求めた結果、達也から魔法科高校が魔法学の学び舎であるアピールのためのデモンストレーションを行おうという一計を聞き出した。そういう設定で話をまとめた。

 

 行われるデモンストレーションは、『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』。加重系魔法三大難問に数えられ、解法を発見できればエネルギー革命が起こせ得る代物である。

 達也曰く、今回のデモンストレーションはその解法の入り口を派手に見せ付けるだけで、実験炉とすら呼べないお粗末なモノらしい。俺は門外漢なので、達也がそう言うならそういうモノなのだろうと、とりあえずの理解を示した。

 

 それで、生徒会長の口添えと第一高きっての理論屋からお墨付きを貰って教職員にデモンストレーションである実験を申請。本来審議が長い事行われて回答が遅れるだろう実験の許可不許可が、放課後には実験の許可という回答がもたらされた。教職員も大半は魔法学教授の集まりという事なのだろう。加重系魔法三大難問に挑む実験への興味が垣間見える。

 

「実験の手順は拝見しました。面白いアプローチだと思います」

 

 現在、実験の監督となった教職員、廿楽(つづら)計夫(かずお)と生徒会室にて実験のミーティングを始めている。生徒会室がミーティングルームに選ばれたのは、実験の機密性を守るためと、実験の協力者候補がほぼ生徒会役員であるためだ。

 生徒会室なのでもちろん生徒会の面々がおり、部外者なのは俺一人である。いや、協力者候補であるし、達也に訪問の対処を一任している手前、事の成り行きを見届けなくてはならない。そういう意味では部外者ではないか。

 

 とりあえず、俺が生徒会室に居る理由は特に問われず、達也と廿楽は実験協力者を定めていく。

 

 ガンマ線フィルターは光井ほのか。クーロン力制御は五十里啓。中性子バリアは桜井水波。そして―――

 

「第四態相転移は十六夜に。要となる重力制御は妹に任せようと思います」

 

「妥当な人選だと思います」

 

 達也の信を置ける協力者として俺の名が挙げられ、廿楽は実力を加味して賛同した。

 

「話の腰を折るようで申し訳ないが。達也、俺は辞退する」

 

 俺の言葉で皆が驚く。達也や廿楽までも俺を訝しんでいた。

 

「理由は後でな。まずは、俺の代役に泉美さんと香澄さんを推薦しよう」

 

「わ、私ですか?」

 

 ミーティングにしっかり耳を傾けていた泉美だが、まさか名指しされるとは思っていなかったようだ。彼女は輪をかけて驚いていた。

 

「『七草の双子』なら俺の代わりくらいできるだろう、それこそ十二分に。どうかな、泉美さん」

 

「やります!やらせてください!」

 

 俺からの期待に泉美は全身全霊で応えようと、教育済みの新兵が如く元気な返事をした。

 

「ふむ。こちらは問題ありませんが、宜しいので?」

 

「……実力は申し分ないでしょう。代役に問題はありません」

 

 廿楽の質問に、達也は俺を細めた目で見つめたまま返答する。

 

「廿楽先生、光井さんと七草さんは実験の詳細を知りません。確認の意味でも一通り説明しておきたいと思うのですが」

 

 達也は廿楽へと向き直り、同意を得てから実験の詳細をここにいる面々へ説明する。何度聞いても興味深い内容に、改めて聞く中条、五十里、深雪の三人も傾聴していた。

 

 

 

 今日打ち合わせるべき事は全て打ち合わせ、滞りなく行われたミーティングは終了する。

 廿楽は退室済みではあるが、生徒会の面々は残っていた。

 

「十六夜、理由を聞かせてほしい」

 

 達也の視線が俺を逃さず、この場に縫い留める。何の事はない。全員が俺の辞退を気にしていたのだ。

 

「達也。技術革新を促すような名誉ある実験に名を添えるなら、七草か、四葉か。どっちが世に受ける?」

 

 俺は率直に理由を述べるのではなく、達也たちに思考を促した。

 

「七草の方が、良いんですか?」

 

「少なくとも、俺はそう考えた」

 

 ほのかは疑問符を付けながらも質問の正答を当てる。まぁ、俺が辞退した事と結び付ければ難しい問題でもなかっただろう。

 

 日本における魔法師の表の顔たる七草が名誉を得た方が、裏の顔たる四葉より日本魔法師界全体のプラスとなる。等号を挿める程ではないが、七草の評判は少なからず日本魔法師界に影響を与えているだろう。

 百点満点を上げるなら、上記が模範解答になる。

 

「十六夜、この実験への参加は四葉の悪名を少しでも払拭する事に繋がる。そうは思わないか」

 

「達也、恐怖や畏怖っていうのは必要なんだ。内部には箍として、外部には壁として、ね」

 

「十六夜」

 

 達也が語気を強める。込められている感情は、怒りではなく憐みか。

 

「お前を仲間外れにするつもりはない」

 

 いつだったか俺が使った「仲間外れ」なんて表現を達也が持ち出した事に、俺はつい失笑してしまった。

 

「安心してくれ、達也。俺だってお前の敵にはなりたくない。ただ、対外的に白と黒ははっきり分けておきたいんだ」

 

 技術で世に貢献していく良い四葉の代表としての達也。暴力で世を戒めていく悪い四葉の代表としての俺。そんな構図を、俺は朧気ながら組み立てようとしていた。四葉の悪名を払拭すると言うなら、誰かがその負の面を抱えてしまうのが手っ取り早い。

 

「それにだ。ちょっと七草に借しを作っておきたいんだよ」

 

「……分かった。俺が折れよう」

 

 俺が自己犠牲だけでなく打算込みである事を告げれば、達也は諦めてくれた。

 達也が溜息を吐くのに合わせて、知らずのうちに張りつめた空気も弛緩する。どうやら周りは俺と達也のやり取りに緊迫していたらしい。そんな剣呑としたやり取りだっただろうか。

 

「ま、ともかくだ。泉美さん、香澄さんの説得は頼んだよ?」

 

「命に代えましても!」

 

 命に代えられては困るのだが、泉美のやる気は如実に伝わったので放置した。

 

◇◇◇

 

2096年4月25日

 

 実験のリハーサルが昨日行われ、不安点の一切ないそのリハーサルを見て俺は一片の憂慮もなくのんびりと家で過ごしていた。第一高は普通に登校日、しかも反魔法師の政治家が来る今日を、俺は一日家の中で過ごしているのである。

 

 無断欠席ではない。一応真夜とも話して家庭の事情という事で第一高に欠席届を出してある。その実、ただ政治家から逃げる目的なのだから笑い種だ。反魔法師が四葉家に対して不利益をもたらす可能性があると言えば、家庭の事情というのも間違ってない気がする。気がするだけだが。

 

 今日第一高を訪れる政治家は魔法師と軍の繋がりを訴えている。つまり、ヘイグの方ではなく弘一の方から遣わされた人間だ。四葉を目の敵にしている弘一なら、四葉直系である俺を貶める策でも握らせていそうで怖い。ならば、君子危うきに近寄らず。接触しないよう学校を休んだ訳だ。

 

〈デモンストレーションは無事に終わった。反魔法師の政治家(神田議員)は実験を見終えてすぐに撤退したようだ〉

 

「そうか、結果は上々みたいだね」

 

 そして今、達也より結果の報告を受け、労いもかねて賞賛を送った。

 

〈まだ気が早い。この実験の軍事転用を語ろうと思えば語れるんだ〉

 

「最終結果は明日の朝刊って事かな」

 

〈そういう事だ〉

 

 達也の弁は心配性とも受け取れそうだが、世論操作の素人である俺は下手に口出しをしない事にした。

 

「何にせよ、お疲れ様。まだ片付けも済んでいないだろうに、連絡してもらってすまなかったな」

 

〈すべき事をしたまでだ〉

 

 冷静で実直な達也の対応に、この前話し合いをした克人が重なってしまって苦笑してしまった。音声通話で良かったと、内心安堵する。

 

「それじゃあ、明日を楽しみにしようか。という事で、また明日」

 

〈ああ〉

 

 達也との淡白で無駄のない通話が切れる。

 

「あっさりと事を治められそうだが。ま、こんなもんか。俺の活躍の場がなかったな」

 

 今回の反魔法師運動について、俺ができた事は達也に情報伝達の役を担ったくらいだ。しかも、ただのそういう設定である。俺はほとんど何もしていないに等しかった。

 

「と言っても、世論や政治でできる事なんて俺にはないからな。こういうのは専門家へ任せるに限る」

 

 達也が専門家と言えるかどうかはさておいて、俺より向いているのは確かだろう。今回は俺の分野ではなかったと割り切り、功を焦る事はしない。

 

「……暇になってしまったなぁ」

 

 報告を待つのすら済んでしまえば今日の予定は完遂。後は暇を持て余す。平日の昼に何処か出かける気分でもないし、小説を読む気分でもない。

 

「……鍛錬でもしてるか」

 

 ネットサーフィンをしているよりはと、俺は地下の鍛錬場で体を動かすのだった。

 

 

 

 数時間後、軽く体を動かすはずだったのが、そこには汗だくになった俺が居た。思えば最近、真由美が家に居るのを気にして思う存分鍛錬場に籠る事ができていなかった。彼女には鍛錬場の存在を教えていないため、書斎での読書と言い訳をしてはいるが、いつ書斎に訪れてもおかしくないから鍛錬は短時間に限られていたのだ。

 そのフラストレーションが、丁度この真由美の居ない時間に爆発したのだろう。感謝の正拳突き一万回よろしく、気付けばウッドメタルの柱一万回切りをしていた。

 

 そろそろ真由美も帰ってくる時間だ。汗を流して読書していた(てい)を取り繕わなければいけない。

 

 そうしてシャワーを浴びていた訳だが――

 

「あら?十六夜くん?」

 

――少し遅かったようだ。

 

 脱衣所兼洗面所の扉を弄る音と真由美の声が聞こえてくる。鍵は閉めてあるので入ってはこない。入浴時に洗面所の鍵を閉めるのは彼女との取り決めだ。重要なラッキースケベ予防である。

 

「すみません、ちょっとシャワーを浴びていたので。少し待ってください」

 

「ええ、構わないけど……」

 

 真由美は特に急かさないが、不思議がっている様子だった。高校が放課後となるには少し早い時間、何故俺が家に居るのか不思議なのだろう。

 とりあえず、俺の髪が乾くのを待ってもらった。21世紀末のドライヤーでも、俺の長髪を乾かすのには時間がいる。

 

 

 

「そう、第一高校に神田議員が……。よく視察に来られたわね。色んなところから止められると思うのだけど」

 

 真由美に何故俺が家に居るのか、学校を休んだのかの理由を話した。彼女は俺が休んだ事ではなく、反魔法師の議員が魔法師最前線にアポイントもなく立ち入れた事へ疑問を浮かべる。真由美もそんな強硬策に横やりが入る事を考慮できるくらいには、魔法師擁護と魔法師排斥の水面下で行われる戦いを熟知しているようだ。

 

「もしかしたら、弘一さんが手を回したのかもしれませんね」

 

「家の狸親父が本当にごめんなさい」

 

「か、確証はないのでそんな謝られても」

 

 真由美がダイニングのテーブルに額を擦り付け始めた事に、俺は動揺を禁じ得なかった。

 

「いえ、あの男ならやってるわ。絶対、確実に」

 

 弘一へ悪いベクトルに信頼があって真由美が顔を上げてくれない。

 

 彼女の謝罪は、香澄と泉美が俺の自宅に訪問するまで続いたのだった。

 

◇◇◇

 

2096年4月26日

 

 達也のデモンストレーションから一日。まず楽しみにしていた朝刊からだが、結果だけ言ってしまえば成功、大成功に近い。大半の新聞社が実験を友好的に報道していた。一部危険性を抽出した悪意のある報道をしているが、ヒステリックな叫びのようで見苦しさがある。

 

 さらに、魔法工学機器メーカーとして業界最大手であるドイツのローゼン・マギクラフトは、その日本支社長が直々にインタビューを受けたようで、その動画が報道されていた。これの内容も非常に友好的である。魔法工学機器メーカーだから元より魔法師側ではあるとはいえ、大企業の援護を受けられた訳だ。魔法科学校と軍の繋がりを疑う論調は、すぐに下火になる事だろう。

 

 これでしばらくは平和だなと、俺は楽観していた。俺は今の時期が原作において『ダブルセブン編』と銘打たれていたのを忘れていたのだ、放課後となった直後に風紀委員会本部へ呼び出されるまでは。

 

「香澄、風紀委員が何やっているのよ。しかも見回り中に……」

 

「七宝、魔法の無許可使用が校則違反だって事くらい知っているだろう?」

 

「とにかく、事情を確かめる事が先決だと思うが」

 

 香澄と七宝の違反を嘆く千代田と十三束に、服部は無駄を省くように建設的な話を促していた。

 

 そう、香澄と七宝は魔法無断使用未遂をしたのだ。そのため、彼らの上司である風紀委員長の千代田、部活連会頭の服部、そして部活連で七宝の教育係だった十三束、その三名が風紀委員会本部に集っていた。そして、両組織人員の違反を公平に裁定するため、生徒会から達也が出向している。何故俺まで集められているのかは謎だ。香澄の教育係という線だろうか。

 一応、雫と森崎も居るが、二人は香澄と七宝を現行犯として連行してきただけである。

 

「いったい何が原因なの」

 

 不機嫌を隠す事なく、千代田は香澄と七宝を睨みつける。

 

「七宝が七草家を侮辱したんです」

 

「七草から耐え難い侮辱を受けました」

 

 香澄と七宝は鏡写しのような原因を述べた。千代田は何度目かの溜息を吐き出す。服部は伏せた目を開けないが、口は開けた。

 

「四葉、意見を聞きたい」

 

「俺のですか?達也ではなく?」

 

 唐突に服部から意見を求められ、首を傾げる。俺も風紀委員であり、公平性を求めるなら前述の通り達也が適正だ。

 

「判定ではなく意見だ。二十八家の一員である四葉の意見を聞いておきたい」

 

 服部の補足で俺がここに集められた事についても腑に落ちた。つまり、香澄や七宝と立場が似ている俺からの視点が欲しかったのだ。しかも彼女らの動機は「侮辱されたから」。片や家、片や自身と、違いはあるが。とにかく、そのように侮辱されて実際魔法まで使う程怒れるかどうか。似ている立場の視点から動機の真偽を測りたいのだろう。

 

「そうですね。侮辱の度合いにもよりますが、俺も魔法を使うくらいには怒るかもしれません。家への侮辱はもちろん怒りますし、俺自身への侮辱も、捉え方次第では家の侮辱に繋がるので怒る可能性はあります。ですので、情状酌量の余地はあるかと」

 

「……ふむ」

 

 俺の意見を聞き、服部は薄く目を開く。俺が弁護すると予想していなかったのか、悩みが増したような面持ちだ。香澄や七宝なんかは目を瞬かせている。

 

「司波、裁定を任せる」

 

 服部は悩んだ末に、結局達也へ裁定を委ねた。最終的には公平性を重視したのだろう。俺の友人である達也が俺の意見を踏まえて公平性を保てるかはともかく、対外的には公平性を主張できる。その達也は一瞬眉をひそめていたが。

 

「二人に試合をさせれば良いのではないでしょうか」

 

 達也は生徒会役員の立場から、魔法無断使用未遂を不問とし、ただ香澄と七宝の不仲に対する抜本的な解決法を提示した。原作でも同じ裁定だったため、俺の意見になびいたかは不明である。

 

 達也の裁定に、服部と千代田は表情を曇らせながらも異論を唱えなかった。そのまま提示された解決法を了承し、服部は生徒会による試合承認の手続きを達也に頼む。

 

「司波先輩、お願いがあります。相手は七草香澄と七草泉美の二人にしてください」

 

 そこに七宝が無謀なお願いを差し込んだのだが、幸か不幸か、それが通ってしまうのだった。

 

 

 

 香澄&泉美対七宝の試合は第二演習室で行われる。立会人はいつの間にか合流していた深雪、審判は達也である。審判を任される時に達也が嫌そうにしていたのを俺は見逃さなかった。

 ちなみに俺は観客である。

 

 香澄と泉美に七宝が相対する。縦長のフィールドで火花を散らせる三名は、ノータッチルールというので行われる。それぞれ指定されたエリアから出てはならない、中距離魔法で戦うルールだ。

 達也が念のためルールを再確認し、過剰攻撃が行われた際は強制的に試合を中止すると警告した。それで審判の果たすべき事前注意を務め終える。

 

「では、双方、構えて」

 

 達也は香澄や泉美、七宝が所定の位置に留まったのを見計らい、右手を頭上から振り下ろして試合開始の合図を出した。

 

 序盤は小手調べと言ったようだった。どちらも単純な移動系や振動系、『エア・ブリット』も混じるが決定打にはならないジャブの打ち合い。しかし、香澄と泉美が攻めと守りを分業しているのに対し、七宝は両方を一人で担っている。香澄たちに七宝が押されだし、故に七宝の方が先にギアを上げた。

 

 七宝は『群体制御』を用い始める。初手が七発の『エア・ブリット』。最初の一発目に後の空気弾が追従する。単純な同時発射ではない。複数の空気弾をそれぞれの動きに呼応していた。その魔法が有効打となってから一旦七宝の攻勢。

 だが、香澄たちもジリ貧と見て様子見を止め、ギアを一気に上げる。『マルチプリケイティブ・キャスト』、香澄たちは自身らの奥義を繰り出した。

 

 香澄たちの『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』、対象範囲の窒素密度を上げて相手を低酸素症で気絶させる魔法を放つ。成分密度の調整に収束系、気体の流動に移動系を用いる高等魔法を、香澄と泉美はかけ合わされた魔法演算領域で発動していた。七宝も気密シールドで窒素密度の操作に抗うが、気流の嵐に長くは保てないだろう。七宝もそれを悟り、即座に切り札を切る。

 

 『群体制御』の応用である七宝家の秘技、『ミリオン・エッジ』。ハードカバーの分厚い本、そのページが紙吹雪となって舞い上がる。作り上げられた一片一片が刃とする、まさしく百万の刃が生み出された。あの紙片群を桜色に塗れば、『BLEACH』に登場する『千本桜景厳』の再現ができそうだと、俺はどうでもいい事を思い浮かべる。

 

 閑話休題。

 

 七宝の『ミリオン・エッジ』に対抗すべく、香澄たちは『熱乱流(ヒート・ストーム)』を使う。それも、ただ断熱圧縮によって高温の空気塊を作るだけに留まらず、飛び交う紙片に熱波を向ける工程を加えたアレンジ魔法だ。

 

 双方の魔法が激突する。七宝は気密シールドで守りながら『ミリオン・エッジ』で攻め、香澄と泉美は『ナイトロゲン・ストーム』で攻めながら『ヒート・ストーム』で守っている。

 魔法演算領域を余剰なく使うような全力の戦いで、双方は魔法操作の精彩を欠きだした。魔法の威力が次第に上がっていく、くらえば後遺症が懸念される域にまで。

 

「そこまでだ!」

 

 達也の静止の声。拮抗していた魔法を達也はまるごと『グラム・デモリッション』で砕いた。魔法によって改変されていた事象が修正される。

 

「この試合は双方失格とする」

 

 サイオンの奔流も止んだところで、達也は試合を審判する。双方へ過剰攻撃、ルール違反による失格を言い渡した。

 

 香澄や七宝、泉美までもその審判は不服だった。三名とも過剰攻撃ではない事を主張するが、達也に威力調整をできていなかったと反論を受ける。それで、香澄と泉美は口ごもった。だが、七宝の方はそれでも口を閉じない。ミスジャッジや八百長を言いがかりに噛みつき続けた。深雪の目がみるみる冷たくなっていく。

 

「甘えるな、七宝。威力をコントロールできないのはお前が未熟だからだ。条件が与えられているにも拘らずそれを満たせなかったのは、お前の技能不足でしかない」

 

雑草(ウィード)のアンタに言われたくない!」

 

 七宝のその一言が深雪の逆鱗に触れる失言である事は、第二演習室に居る誰もが理解した。だから、深雪が凍らせる前に、俺は床を踏み叩いて注目を引く。鳴り響いた音に呆気にとられながらも、皆の視線が俺に集中した。深雪も目を見開いている辺り、現代アート風味の面白氷像は未然に防げたようだ。

 

「そこまで言うなら、証明してもらおうじゃないか」

 

「十六夜、どういう事だ」

 

 七宝に対して怒っても蔑んでもいない俺に、達也が固まった皆を代表して意図を問う。

 

「七宝さんのコントロールが完璧である事を実演してもらえば良いだろう?だから、俺がその相手になるんだよ」

 

 俺の言葉に、ほぼ全員が目を見開いた。

 

「それとだ。達也、次は威力の調整ができてなくても止めないでくれ」

 

「良いのか?」

 

「どうせ当たらない」

 

 七宝の『ミリオン・エッジ』は百万の刃ではあるものの、追従する動きしかしていなかった。例えるなら大蛇だ。大きな蛇が動き回るようなものでしかなく、攻撃は一方向。複数方向からの攻撃でないなら、超人である俺が避けるのは容易い。

 

「俺の『ミリオン・エッジ』が当たらない!?四葉十六夜、十師族だからって俺を侮るな!」

 

「そういうのも含めて証明してくれ、七宝さん。という事でノータッチルールを少し改変しよう。通常の勝敗条件に加え、俺が『ミリオン・エッジ』を避けられない状況に追い込まれたら君の勝ちだ。どうかな」

 

「良いだろう、吠え面かかせてやる!」

 

 俺へ敵意をむき出しにする七宝。上手く勝負に乗ってくれた。

 

「達也は?七宝さんの魔法を当たる直前で止められるのは達也だけだ。達也にしか審判を任せられない」

 

「……分かった、審判を引き受けよう」

 

 渋々といった様子だったが、達也はまた審判役となる。事態の収拾にはそうするしかないと、達也も分かってくれているようだ。

 

「それじゃあ、試合は明後日で。お互いに一日で準備を整えよう」

 

 俺が日程の指定をすれば、七宝は鼻を鳴らしてさっさとこの場を後にする。

 

「四葉、良かったのか?」

 

 服部は申し訳なさそうな顔で俺に訊ねる。細部を語っていないが、おそらくは「お前が嫌われ役で良かったのか」というところだろう。

 

「七宝さんの態度は目に余る。同じ二十八家の一員として恥ずかしくなるくらいです。年長者として灸を据えてやりたくもなりますよ。それに、『四葉』である俺の手でそうしてやるのが、せめてもの慈悲でしょう」

 

 仮に達也に負かされたとなれば、七宝自体が再起不能に陥り得る。さらに、七宝家の家名に泥を塗る事になる。まぁ実際は達也に負けても四葉に負けた事になるのだが、それを知るのは当分先。七宝は長い間、劣等生に負けた数字持ちの面汚しと、後ろ指を差され続ける。

 それならば、『四葉』の直系である俺に負けた方が言い訳できるだろう。四葉は事、戦闘において最強とされる魔法師集団だ。しかもその直系となれば、むしろ負けて当然と、判断してくれる者も多いかもしれない。

 

「そうか、すまない」

 

「お構いなく」

 

 部活連会頭として服部は身内の不祥事に頭を下げる。俺は彼の謝意を受け止め、責任の追及をしなかった。

 

「十六夜、大丈夫なの?」

 

「十六夜君なら負けないだろうけどさ、本気の『ミリオン・エッジ』はさすがに危ないんじゃない?」

 

「あの様子だと殺意増し増しでやってくるんじゃ。本当に大丈夫なんですか?」

 

「十六夜さま、私たちの仇を討ってくださいますのは大変嬉しいですが。あの状態の七宝君は危険すぎます!加減ができるとは思えません!」

 

 深雪や千代田、香澄や泉美が心配の度合いは違えど、俺の身を案じてくれる。深雪と千代田はノーダメージで行けるのか案じるくらいだが、香澄と泉美は大怪我を案じているようだ。

 森崎や雫は俺の実力を信頼しているのか、心配する素振りも見せない。十三束は急展開にまだ頭が付いてきていないみたいだ。

 

「俺は虚勢を張る人間じゃありませんよ。でもまぁ、万全を期すために達也の力を借りたいかな。具体的にはCAD整備で」

 

「はぁ……。分かった、それも引き受けよう」

 

 俺が達也に助力を乞えば、達也は面倒臭がるのを隠しもしないが、協力を約束してくれた。

 

 この時点で勝ち戦も同然だ。頭の中を占めるのは、どう完封するか、という思考だけだった。




洗面所の鍵を閉める取り決め:真由美同棲開始一日目に話し合われた、お互いのプライバシーを守るために作られた約束。これの他にも着替えについてや、洗濯物についてなど、考え得る限りのラッキースケベを未然に防ぐ取り決めが結ばれている。おかげで、同棲中にラッキースケベが起こる事はないだろう。

『ミリオン・エッジ』で『千本桜景厳』を連想する十六夜:最近書斎にジャンプ系列の漫画が加わった。『ジョジョの奇妙な冒険』は8部まで揃えてある。

 閲覧、感謝します。

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