魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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スティープルチェース編
第五十二話 埋め合わせに鉢合わせ、そして打ち合わせ


2096年6月17日

 

「ディナーにお誘いいただき、ありがとうございます。わざわざ迎えにまで来ていただいて」

 

「良いのよ、これくらい。埋め合わせについて随分と先送りにしてしまったし。それに、ほら。私たち一応十師族だからね?これくらいは護身しなくちゃ」

 

 使わないだろう小規模なワインセラーも備えたリムジンの中。俺はその高級車の主である真由美に頭を下げた。それに返す彼女はどこか上機嫌に、ウィンクまで飛ばしている。

 

「ディナーはどこで取る予定なんでしょうか」

 

「着いてのお楽しみ。とりあえず、車で一時間くらいかかる場所よ?」

 

「と、言いますと。東京郊外ですか」

 

 真由美は微笑むだけで答えてはくれなかった。まぁ、そこら辺もお楽しみという事なのだろう。

 

「その店を知った経緯とかは、お聞きしても?」

 

「ええ。その店ね、実は父が連れていってくれた店なの。一緒の外食は珍しい事だったし、美味しい店だったし。十六夜くんにもぴったりな、量が多いコースもあるみたいだったし。丁度良いと思って、今回その店に決めたわ」

 

「量が多いコースがある……。フレンチではないかな……」

 

 一緒の外食が珍しいという家庭の事情は横に置き、真由美の述べた内容から店について推測していく。

 

 そこからクイズゲームの様相を呈し、それで一時間を費やした。

 

「着いたみたいね」

 

「ここは、横浜中華街?」

 

 真由美の従者がドアを開け、真由美も俺も外に出れば、そこにあったのは「牌楼(パイロウ)」と呼ばれる煌びやかな門。横浜中華街の入り口にしてシンボルが、今居るこの場所を誇示していた。

 

 横浜中華街、弘一が連れていった店。関連が全くなさそうでありながら、俺に奇妙な連想をさせる。

 

「お待ちしておりました、七草真由美様」

 

 青年が真由美へと歩み寄って声をかけた。

 黒く長い髪の美丈夫。俺と面識があるはずがない。しかし、俺は猛烈な見覚えに襲われていた。

 

「あら、周公瑾さん。門で待っていてくれたんですか?」

 

 やはりと言うか。その美丈夫は周公瑾。日本の反魔法師運動を煽るジート・ヘイグの手下にして、ブランシュの蜂起、ノー・ヘッド・ドラゴンの暗躍、大亜連特殊工作員の潜入、パラサイトの密入国、それらを手引きした男。現在四葉がその所在を追っている周公瑾その人である。

 

「七草様にご贔屓いただけるのであれば、この程度の労力は惜しみません。さらに、お連れの方が四葉十六夜様となれば、お待ちしない方が失礼でしょう」

 

「ふふ、お上手ですね」

 

「いえいえ」

 

 軽い雰囲気で真由美と周公瑾がやり取りしているのを見るに、周公瑾は真由美に中華レストランのオーナーという表の顔で接触していたのであろう。おそらく、弘一とは裏の顔で接触しているだろうが。

 

「お初にお目にかかります、四葉十六夜様。私は中華街でレストランのオーナーを務めさせていただいております、周公瑾と言います」

 

「こ、これはご丁寧に。ご存知でしょうが、四葉十六夜です。名刺などは持っていませんので、ご容赦を」

 

「こちらが売名しているだけですので、お気になさらず」

 

 社会人らしく名刺を差し出してくる周公瑾。彼の素性を知っていなければ、本当にただのレストランオーナーと思い込んでしまいそうな、実に腰の低い応対である。

 名刺も無駄に作り込まれており、裏面にはどんなデザインがされているのかと、純粋な好奇心でひっくり返した。

 

―お前の正体を知っている

 

 俺は、心臓を鷲掴みにされた。

 名刺の裏面にはそんな一文が書かれていたのだ。それは、間違いなく周公瑾が俺に宛てたメッセージだろう。

 

(俺の正体を知っている……?こいつは、俺のどこまで知ってるんだ?まさか、俺が転生者って事まで?あり得ない、あり得る訳がない。もしや、こいつは憑依転生者なのか……?いいや、それこそまさかだ。周公瑾に憑依したとしても、原作において司波達也との敵対が確定している立ち位置なんて、どんなマゾでも逃げ出すに決まってる。『魔法科高校の劣等生』を知らない転生者だとしても、悪の手先なんて死亡確定な役回りを演じるか?そも、それだったら物語の異物が分からず、俺が転生者である事には気付けないはずだ。でも、もし、こいつが原作主人公との敵対も辞さない、狂った奴だったら……?)

 

 思考が巡る。可能性を考えれば切りがなく、あらゆる最悪の可能性が俺を恐怖させる。一瞬、この男をこの場で殺してしまうべきか、俺は悩んだ。

 

「十六夜くん?」

 

「え、あ。し、失礼。どうかしましたか、真由美さん」

 

 真由美の心配そうな顔が、俺を泥沼から引き上げ、思考を正常にさせる。真由美の目の前、人目が多いこの場所で殺すのは拙いと、そんな当たり前の思考すら欠けていた。

 

「どうかしたって、こっちの台詞よ。名刺を睨んだまま固まって、どうかしたの?」

 

「い、いえ。め、名刺に書かれた名前が気になりまして。周公瑾、という事ですが、これはビジネスネームではないのですか?確か、「周公瑾」という名前は三国志に登場した呉の武将のモノだったような」

 

「恥ずかしながら、本名でございます。私の両親が付けた名前でして、何を由来にしているかは聞きそびれてしまったのですが……。しかし、同じ名前の人物が後世にまで伝わっているのは、真に勝手ながら、誇らしいものです」

 

 真由美からの疑問に、俺はでっち上げの理由を上げつつ周公瑾に訊ねる。対して周公瑾は、親にキラキラネームを付けられたが如き羞恥を表しながら、しかし自身の名前に感じる誇りを語った。

 こいつがあの三国志の『周瑜公瑾』本人だったら、大した役者である。いや、本人だったらむしろ何も嘘を言っていないのか。「周公瑾」は親に付けられた名前だし、それが後世まで伝わっているとなれば誇らしくて当然だ。

 

 とにかく、こいつが歴史上に語られる偉人本人なのかは確かめても栓ない事。こいつが知っている俺の正体についても、真由美の前では訊けない。

 

 俺はまず目の前の用事を片付けるため、笑顔を崩さぬ周公瑾が傍に居るせいで気が気ではなかったが、真由美とのディナーを楽しんだ。

 

「十六夜くん……?その、なんて言うか……。食べた物はどこに消えているの……?」

 

「……普通に胃袋にですが」

 

 余談だが。開けた口の大きさに見合わない質量の食べ物が俺の口の前で消えている、そんな錯覚に真由美は陥ったらしい。

 テーブルマナーをしっかり押さえ、上品な食べ方をしており、ペースも平均やや上。それなのに、消えている量が釣り合っていない。と言うのが、俺の食事風景に対する真由美の所感だった。

 

 

 

 ディナーを終え、真由美のリムジンで家まで送ってもらった後。夜も深まって来たのも構わず、俺は再び横浜中華街に訪れていた。周公瑾へ今日中に問い質しておきたいのだ。

 明かりも疎らな横浜中華街。ディナーの時とは違い、薄ら寒さを感じる場所だった。

 

「お待ちしておりました、四葉十六夜様」

 

 俺の再訪が分かっていたかの如く、周公瑾が門の前で佇んでいる。今度は近寄っては来ない。

 

「話を伺いましょう、周公瑾」

 

「では、どうぞこちらへ」

 

 周公瑾は振り返り、足を進める。彼のテリトリーとなる場所への誘いに乗るかどうか。俺には、乗らない選択肢がなかった。

 

 辿り着いたのは食事を取ったレストランの奥、東風な誂えの執務室。彼は俺にソファーへ座るよう促し、俺が警戒しながら座った後に彼も対面のソファーに座った。ここまで客人対応とは恐れ入る。

 

「悪いが、暢気に世間話をしに来た訳でも商談をしに来た訳でもない。さっさと本題に入ってくれないか」

 

 取り繕っていた敬語も捨て、俺は周公瑾を睨んだ。敵意など隠す意味はない。俺の秘密を知っているというならば、ここで殺してしまっても構わないのだ。原作に取り返しのつかない差異を生むとしても、俺の秘密を知る者を生かすリスクに比べれば、取るに足らない問題だ。

 

「その前にお訊きしたいのですが、貴方は護衛どころか、四葉の人員を何故誰一人として連れてきていないのでしょうか」

 

「今まで逃げおおせてきたお前が、自ら姿を現した場所で捕まるはずがないだろう。無駄な手間をかけるつもりはない」

 

 自分から出てきておいて捕まるなんていうのは馬鹿だ。そんな馬鹿が四葉の追跡を今も撒き続けているなんて思えない。どうせ四葉の全勢力持ってきたところで、目の前のこの男は逃げ得るのだろう。

 それに、そんな事をすれば包囲網を作る前にこいつが逃げてしまうという確信があった。問い質す機会は失いたくない。

 

「これはこれは。四葉次期当主様に高く評価していただいて、光栄の至りでございます」

 

「さっさと話を進めろ」

 

 柔和な笑みを浮かべる周公瑾に俺は凄み、彼は肩を竦めた。

 

「ええ、確かに話を速やかに進めるべきでしょう。我々は魔を嫌う集団に狩られる危険を、常に背負っているのですから。そうでしょう?我が同胞、パラサイトを喰らった仙人様?」

 

 周公瑾が妖しく微笑みながら明かしたその事実に、俺は拍子抜けし、また驚愕する。

 拍子抜けしたのは、突き止めた俺の正体がパラサイト憑依者である事について。

 そして驚愕したのは、この男が俺と同じパラサイト憑依者である示唆について。

 

「……お前がパラサイト憑依者だと?なら、どうしてお前からパラサイトのプシオンが感じ取れない。どうして俺がお前を感知できない」

 

 パラサイト憑依者の欠点とも言うべきか、パラサイト独特のプシオンを身に着けてしまう。同時に、パラサイト同士は感知し合う。テレパシーを受信拒否していれば、思考及び価値観の統一はされない。だが、互いの居場所は感知してしまうはずだ。

 残念ながら、俺は周公瑾の居場所を感知できた試しが今も昔もない。

 

「私はパラサイトに憑依される際、対抗魔法を用いました。それがどうやらパラサイトの変質をもたらしてしまったようで、もはやパラサイトとは呼べない存在になってしまいました。不死の術は得られましたが、おかげで神通力は得られなかったのです」

 

 周公瑾はパラサイトに乗っ取られぬよう、俺のリライト能力に代わる魔法を用いたのか。パラサイトの性質は獲得したが、サイキックを扱える演算領域は逃してしまったらしい。

 

 その言は真実味があり、色々と納得がいった。

 周公瑾は原作において達也と一条に追い詰められ、自害する。その時、自害した体より何かが飛び立ったのだ。達也だけがその何かが飛び去る先を目で追っていた辺り、『エレメンタルサイト』を用いなければ見られない何か。つまり、その何かとは、パラサイト本体だ。

 

 それと、「仙人」というのも合点が行く。

 仙人とは、道教において神通力を操る不老不死の存在とされている。神通力はサイキック、不老不死はパラサイトの性質。伝承となるにあたって曲解されたと考えれば、仙人がパラサイト憑依者を指しているのは想像に難くない。他の術で不老不死に至ったサイキッカーもまとめた総称であるかもしれないが。

 

「お前がパラサイト憑依者なのは信じてやる」

 

「それは重畳でございます」

 

「どうやって俺をパラサイト憑依者と探り当てたのかについてだが、訊くだけ無駄だろう。四葉の追跡を察知できる情報網を自前で持ち、さらに、お前の主はフリズスキャルヴのオペレーターだ。いくらでも調べが付く」

 

「よもや、(グー)大人(ターレン)についてもそこまで調査が進んでおりましたか」

 

 周公瑾は笑顔を崩さず相槌を打ってくるが、一々構ってやるつもりはない。原作知識であると、訂正してやる気もない。

 

「それで。俺を脅すつもりか?悪いが、既に対応策は練ってあるが?」

 

「とんでもございません。脅しなど通用しない事は、大人(ターレン)も私めも重々承知しております」

 

「じゃあ、何のつもりで俺を呼び寄せた」

 

「私と手を組みませんか?」

 

 話が見えてこない中、俺が焦れて怒りを滲ませれば、周公瑾はより意図が見えてこない誘いを持ちかけた。

 

「日本の敵、ひいては四葉の敵であるお前らと手を組む?気でも狂っているのか?」

 

「誤解を招いてしまい、大変申し訳ありません。言葉が足りておりませんでした。ですから、訂正させていただきます」

 

 目尻が吊り上がってきた俺に対し、相変わらず社会人然とした態度で周公瑾は頭を下げる。

 

「私個人と共に、より上位の覚りを目指し、修練いたしませんか?」

 

 周公瑾が上げたその顔は、狂気が宿っていた。

 こいつは現状でも満足していないらしい。更なる力を追い求めている。

 

「お前個人と?お前の主はどうする」

 

「顧大人より学べる事も少なくなってきてしまいました。そろそろ潮時かと」

 

 ジート・ヘイグから吸収すべき知識は底が見えたようだ。期待外れだったと、周公瑾は落胆している。

 本当にこの男は、敬意も忠誠心もなく、ただ己が強くなるためだけに一人の男を師事してきたのだろう。原作でも節々でヘイグに対する呆れが描かれていたが、実は利用していただけとは。なんとも呆れた実情だ。

 そんな呆れた実情を明かされたおかげ、と言うのは癪ではあるが、俺は怒りが治まる事で頭が冷えてきた。

 

「単刀直入に言って、今のお前とは手を組めない」

 

「理由を詳しく伺いたいのですが」

 

「俺も力を求めてはいる。だが、俺には四葉に所属する意義がある。離反はできない」

 

 まだ力はいる。しかし、最優先は四葉に、真夜に尽くす事だ。力を求めて彼女の下を離れるのは、本末転倒も良いところである。よって、敵である人間とは組めない。

 

「なるほど。私に覚りを得た後の展望があるように、貴方様には四葉の下に居る理由があるのですね?承知しました。では、頃合いを見て一度死ぬといたしましょう」

 

「……は?」

 

 周公瑾の様子の軽さと述べた内容の重さが釣り合っておらず、俺の理解が追い付かない。さっきから翻弄されているような気持ちだ。

 

「四葉と敵対してしまった()()()では手を組めないのでしょう?ならば、一度死ぬ事によって敵対関係を解消してしまいましょう。そうすれば、()()()となら手を組めますよね?もちろん、名前と身分は一旦変更しますが。おっと、体もですね」

 

「……お前、まさかそれ常套手段じゃないだろうな」

 

「三国の時代から生き永らえるには、一生では足りませんでしたので」

 

 既に数度死んでいる事実すら日常会話の如く。己が屍を積み重ねる事すら些末事とするその精神は、如何なる妄執に取り憑かれた果てなのか。高々二度目の生である俺には計り知れない。

 だが、信を置いて良いのは感じ取った。こいつは、自身の野望を果たすために全てを利用する男だ。俺に利用価値を見出している限りは裏切らないだろう。

 

「OK、こちらも承知した。敵対関係を清算したお前となら手を組める。だが、2つ程条件を呑んでほしい」

 

「条件とは?」

 

「1つ、次のお前でも今のお前が持つ情報網は使えるようにしておいてほしい」

 

 四葉や達也を頼らない、私的運用可能な情報網を俺は欲していた。

 俺の原作知識は原作23巻まで、2097年の6月までだ。後1年しか使えず、しかもそれまでの1年間も原作から差異が出てきている以上、何も疑わずに使うのは危険すぎる。

 ならば、情報を得るしかない。原作知識を照合できる情報網が、故を問われず情報が集められる機関が、俺には必要なのだ。

 

「それはご心配なく。元より自衛のために張っている情報網ですので、次の自衛のためにも持ち越す算段です」

 

 改めて思うがこの男、有用すぎはしないか。敵にしておくには厄介な事この上ない。

 

「2つ、次の憑依先は高校生以外であり、二十八家関係者以外にしてくれ」

 

 さすがに知人に憑依されたくはない。二十八家に憑依された場合は面倒事が多く湧いてしまう。

 

「ええ、そちらも問題ありません。いつ死んでも良いよう、次の体は用意してありますので」

 

「……錬金術も修めててホムンクルスの製造ができるとか、言わないよな」

 

 賢者の石が作れると言われても、信じる自信が俺にはあった。

 

「ははは。自身の依り代を作るのでしたら、現代科学の方が余程優れているかと。人類は魔法師を作り出したのですから」

 

「……それもそうだったな」

 

 「生み出した」、ではなく「作り出した」である。今更だが、魔法師を作り出す事についてだけ、この世界の倫理観は全体的に欠如していた。人間を生み出す技術は最早魔法ではなく科学なのである。

 その点を踏まえれば、周公瑾が次の憑依元とするべく魔法師を作り出していても、この世界の住人は糾弾できない。

 俺が言えた義理ではないが、酷い世界だ。

 

「とりあえずだ。以上の条件を呑んでくれるなら、今のお前の行いは水に流し、次のお前は快く受け入れよう。死ぬ時期も好きにしてくれ」

 

「ありがとうございます。承諾させていただきます」

 

 周公瑾は純粋に嬉しいのか、綺麗な一礼と心からの笑顔を披露していた。

 

「すまないが、質問も2つだけさせてもらえないか?1つはこの契約に関係するモノ、もう1つは個人的な興味によるモノだ」

 

「何なりと」

 

「どうして俺が出した条件をすんなり呑んだ?そっちからの条件も出していないし。これだと対等な関係ではないだろう」

 

 周公瑾は何食わぬ顔で条件を呑んでいる。条件として提示した事について、元より達成するつもりだったとしてもだ。そういうつもりだった事を隠せば、与えられた条件を呑む対価として相手に条件を出せただろうに。こいつは、そうはしなかった。

 

「こちらの誠意を見せるためです。敵である者との契約となれば、猜疑心は湧いて当然であり、そも契約を結ぼうとはしないでしょう。そのために、こちらが不利な状況を甘んじて受け入れるのです。貴方様は実に合理的であったため、契約を結んでくれましたが。これは合理的な貴方様への感謝の気持ち、という事でもありますね」

 

「なるほど」

 

 相手に好印象を与えるための不利益。値引きの時に使われる「勉強させていただきます」みたいなモノか。あくまで交渉術という訳だ。

 

「もう1つ、個人的な興味の方だが」

 

「はて。私の何に興味を持たれたのでしょうか」

 

「お前は、何者なんだ?」

 

 虚を突かれたと言うように、周公瑾は目を瞬かせる。

 

「パラサイト憑依者と、そう申したはずですが」

 

「違う、そっちじゃない。最初のお前は誰だったのか、という質問だ。お前のパラサイトは、いったい誰の意思を維持し続けてるんだ?」

 

 三国志に登場する『周瑜公瑾』であるのは推測できる。だが、こいつからは名言していない。だから、はっきりと明言してほしいのだ。俺は推測が合っているのか答え合わせをしたい。正解だろうが不正解だろうが、それで俺の好奇心は満たされる。

 

「それは……。なんとも答えに困ってしまいますね……」

 

「ん?どういう事だ?」

 

 周公瑾は仮面が剥がれたように笑顔を崩し、曖昧な表情をしていた。その表情から強いて読み取るとすれば、それは、寂しさか。

 

「実のところ、私はもう私が三国志の『周瑜公瑾』だったのか、覚えていないのです」

 

「覚えていない?」

 

「はい。(ソン)(サク)と駆けた戦場も、小喬(ショウキョウ)と過ごした日常も、私は覚えていません。それどころか、私は妻の本名すら思い出せないのです。「小」が姓だったのか、「喬」が名だったのか、(あざな)は何だったのか。私は、何一つ思い出せないのです」

 

 目の前の男は、今にも自我が崩壊してしまいそうな悲鳴を上げていた。

 

「確かなモノは、孫策と守ったあの国を、小喬と暮らしたあの場所を取り戻したいという意思のみ!私には、もうそれしかないのです……」

 

 目の前のこの男は、亡霊と呼ぶに相応しい存在だった。

 記憶も思いも摩耗した中、ただ1つの意思だけで自己を証明する哀れな男だった。

 

「訊いて悪かった。だが、話してくれてありがとう。俺はお前との契約を守ろう」

 

 故に、この男は手を組むに値する。そう確信した。

 

「ありがとうございます。貴方様という理解者は、何にも代えがたい至宝です。こちらこそ、契約を遵守させていただきます」

 

 周公瑾と俺は握手を交わす。

 ここに来て初めて、周公瑾の熱を感じた。




十六夜の埋め合わせ:真由美に贈るプレゼントなんて思い付かず、先延ばしにされ続けている。一応、真由美にはその先延ばしを許してもらってはいる。

周公瑾:十六夜とどこまでも同族。もはや自身が本当に『周瑜公瑾』だったのか分からない亡霊。不老不死を求めてパラサイトに手を出した誰か。確かに残っている唯一の意思に従い、それを成就するためだけに自己を維持し続けている。ジート・ヘイグの元に居るのも、目的成就の下準備、その過程でしかない。ヘイグの利用価値が薄くなってきたために見限り、自身と同種族にして同族である十六夜と手を組む計画を立てた。

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