魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第五十五話 今とは羞恥の積み重ね

2096年7月7日

 

 九校戦の選手再選考は全て終わり、練習再開となった今日。俺はもちろんロアー・アンド・ガンナーの練習――

 

「『インフェルノ』対策のあの真空断層を作る魔法、お兄様の入れ知恵ね。全く、十六夜もお兄様も意地が悪いわ」

 

「そう言うな、深雪。そのくらい対策をしないと、十六夜でも敵わないんだ」

 

「対策した上で負けてしまったんだけどな」

 

――ではなく、女子アイス・ピラーズ・ブレイクソロの選手である深雪の練習相手を務めていた。

 初戦の結果は、俺の惜敗。自陣を冷やし、敵陣を熱す『インフェルノ』に対し、その熱エネルギーの移動を熱が伝わらない真空の層で防いでみた。が、深雪は『インフェルノ』が通じないと見るや否や、氷柱を直接熱す魔法に切り替えたのだ。俺もすぐに氷柱の情報強化に移ったが、移った瞬間にまた『インフェルノ』。合間合間で俺も氷柱を壊しにかかっていたが、深雪側の氷柱を2本残し、俺側の氷柱は全壊した。

 アイス・ピラーズ・ブレイクでの深雪は一条に次ぐ難敵かもしれない。

 

「で、なんで四葉君が居るの?」

 

 女子アイス・ピラーズ・ブレイクペアの選手である千代田が、初戦とその寸評が終わったのを見計らい、そんな当然の疑問を投げかけた。

 

「試合に使うCADができていなくてですね。そのCAD前提の策を考案しているために、練習ができないのです」

 

 『付喪神』を用いる策では少し特殊なCADが必要となり、今はそのCAD制作をFLT、つまり達也に依頼している。おかげで達也から金銭以外の対価も要求されたが、依頼に見合わぬ安い対価だ。

 

「一応、通常想定しうる方法でロアー・アンド・ガンナーをしてもらったのですが。練習の必要もない練度でしたので、こうして他の種目で練習相手を務めてもらっています」

 

 達也が補足を行い、俺がサボタージュしている訳でないと弁護してくれた。

 

「その言い分からすると、四葉君の策って通常想定しうる方法ではないんだ……」

 

「はい、およそ尋常の策ではありません。十六夜以外考え付かず、また、十六夜以外成し得ない策でしょう」

 

 達也の表現が悪いせいで、千代田は俺を人から外れた何かに向けるような目で見てくる。人から外れた何かなのはあながち間違っていないから、なんとも言い訳がしづらくて困ってしまう。

 

 そんな俺が困っているところに、千代田とペアを組む予定の雫が姿を現した。

 

「十六夜さんがなんでここに?」

 

 雫からも千代田と同じ疑問が投げかけられたが、ある意味当然だろう。

 

「深雪の練習相手をしてもらっていたんだ。だが、雫も着いた事だ。十六夜、シールド・ダウンの方へ先に行っててくれ。後で俺も行く」

 

「了解。じゃあ頑張ってね、雫」

 

 達也は詳細を省いて伝え、俺を次に促した。促すのに従い、雫に手を振ってからこの場を後にする。

 

 そうして俺はシールド・ダウンの練習場へ向かったのだが、達也が様子を見に来るまでにちょっとした惨劇がその練習場で起こった。シールド・ダウン選手やその練習相手を務めるレオとエリカ、その彼らが持つ盾を『結合緩和』で偽装しながら切り裂き続け、無駄に無敗記録を俺が打ち立てたのである。

 わずかに尖った盾のエッジで切り裂かれる光景に、俺以外の者たちは狐に摘ままれたような面持ちだった。

 そして、盾の在庫を容赦なく減らしていった俺は、様子を見に来た達也によって、シールド・ダウンの練習場を出禁にされるのだった。

 

◇◇◇

 

2096年7月8日

 

 日曜日であるその日に、俺はFLT開発第三課に訪れていた。

 

「もうできたのか?頼んだのはほんの数日前だったのに」

 

「九校戦で使う物だけは間に合わせた。お前にシールド・ダウンの地を二度と踏ませないためにな」

 

「いや、悪かったって。出禁を破るつもりはないって」

 

 昨日盾の在庫を浪費した事への怒りが尾を引いているようで、達也に多少睨まれ、俺は何度も謝った。

 昨日の惨劇は俺が調子に乗った、というか、気分が良くなってしまい、歯止めが利かなくなったのだ。物を切りたくなる衝動に丁度襲われてしまったのかもしれない。

 

 とにかく。達也は俺の謝罪を受け入れたのか、溜息を吐いて睨みを解いた。

 

「注文されていたCADはこれだ」

 

 話しながらも辿り着いた研究室。備えられたテーブルの上には、70cm四方の機械的な箱が置かれている。それが試合で使う予定のCADであり、中の温度を長時間保つ保冷庫である。

 

「要望通り、内容物を冷凍する魔法と解凍する魔法が組み込んである。保冷庫としては、8時間程内容物の冷凍を保てるだろう」

 

「ああ、ありがとう。これで、『付喪神』の依り代が保存できる」

 

 そう、この保冷庫CADは『付喪神』をかける対象物、依り代の冷凍保存に必要な物なのだ。

 『付喪神』は元々動く機構がある物を依り代とした方が、ない物と比べてサイオンとプシオンの消費を抑えられる。だが、その消費を抑えようとして動物の死骸を使うには、その死骸の腐敗が問題だったのだ。動く機構があれば良いのだから、それこそピクシーのように機械を依り代にしても良いのだが、俺は死骸の方を選んだ。後々、盗撮や盗聴に使う事を考慮して。

 

 忍び込んでいたのが機械なら、誰もが盗撮および盗聴された事を察する。しかし、これが鼠や猫だったら。

 故に、俺は死骸の『付喪神』を実用的にしたかったのである。

 

「小型化は、少し時間をくれ」

 

「急がなくても構わないよ。ただでさえ忙しい時期に依頼したんだから、それで気分を害す程狭量じゃないさ」

 

 保冷庫CADの小型化は、九校戦とは別に普段使いするため、依頼した事だ。だが、俺は急かさない。

 第一高の生徒として九校戦の準備、FLTの社員としてCADの製造、深雪のガーディアンとして陰謀の調査。そんな忙しい達也を急かすのは血も涙もない。俺は依頼するのだって躊躇していたのだ。急を要するモノでもないし、俺的には九校戦が終わった後に回してゆっくりやってほしいくらいだ。

 

「有り難い。だが、顧客の器量に甘えるつもりはない。優先の仕事を消化し次第取りかかる」

 

「そ、そうか」

 

 達也は俺と違って製造に時間がかかっているのを気にしているらしい。期日も設けていないのだが。

 

「と、ところで。今日はFLTの新型CADをテストするんだろう?さっさと済ませてしまわないか?」

 

 これ以上下手に言及したら、達也がより深刻に受け止めてしまいかねないと、俺は話を逸らした。

 逸らしたと言っても、一応元々の用事。新型CADのテスターは達也から依頼の対価として要求されたモノである。

 

「そうだな、きっと牛山さんも待ち侘びているだろう。こっちだ」

 

 達也は自身にとって主用である新型CADのテストを済ませるべく、俺をモニター室へと案内する。

 

「おはようございます、御曹司!すみません、お見えになるのを待ちきれず、早めにテストを始めちまいました」

 

 開発第三課の主任である牛山は若干ばつが悪いようで、達也の顔を視界に収めるなり後頭部をかいた。

 牛山の述べた通り、待ち侘びるどころか待ちきれなかった12人のテスターがすでにテストを開始しており、その様子が大型モニターに映し出されている。

 

「構いませんが、テストの様子は……。順調のようですね」

 

 達也は予定を繰り上げたテストの開始よりテストの不備を懸念していたのだが、モニターを確認して表情を和らげていた。新型であるCAD、完全思考操作型CADのテストが滞りなく行われている光景に、達也の懸念は解消されたのだろう。

 

「順調も順調でさぁ!完全思考操作型CADから、既存の特化型や汎用型への信号送信。そっからの起動式展開。想定されたタイムロスを下回ってます」

 

「それは良かった。じゃあ、十六夜に次のテストをしてもらおう」

 

「複数CADで同系統を交互に、その後は別系統を交互に。だったか?」

 

 初期テストに異常がないと踏んで高度なテスト、俺が依頼されていた複数CAD同時使用によるテストへ移る。

 複数CAD同時使用は、残念ながら開発第三課に得意な人がいなかったようで、得意である俺にお鉢が回ってきたのである。達也曰く、この時期に依頼をしてくれて丁度良かった、との事だ。

 

「十六夜、よろしく頼む」

 

「承った」

 

 達也のゴーサインを受け、俺はテストルームに入っていった。

 

 

 

「うん、凄いなこれは」

 

 しばらく続けた完全思考操作型CADのテストは、一切の誤作動なく終了した。

 同じ魔法を別のCADで同時使用しながら使ってみたが、指定していない方のCADが作動する事はなかった。思考だけでしっかりとCADが区別できている。

 

「さすがに特化型CADの同時使用は想定タイムロスのギリギリだな……」

 

「想定ギリギリって、そんなに酷いタイムロスじゃないじゃないか。その程度は目を瞑って良いだろう?特化型CADを何個も持って使い分けるなんて、俺くらいなものだしさ」

 

 達也はモニターの数値に眉間を歪ませていたが、俺は完璧主義が過ぎる事を提言して諭そうとした。

 

「それに、商品1つで需要全てに応えるなんて無理さ。少なくとも、この小ささじゃ収まらない。それじゃあ、このペンダントみたいなデザインが勿体ない。そう、ペンダント……。そうか、ペンダントか……」

 

「確かに、小さくした事による高い携帯性を削るのは勿体ない、か……。ところで、どうした?そんなにCADを見つめて」

 

「い、いや……」

 

 俺の意見を聞いて妥協を選んだ達也は、さっきから俺が新型CADを見つめている事へ意識を向ける。

 俺はちょっとペンダントのような新型CADで、とある事が頭を過っただけなんだが、それを口に出すのは憚られた。口に出せば、達也の仕事を増やしてしまう。

 

「何かあるなら遠慮なく言え」

 

「……全く達也とは関係ない、俺個人の都合だが?」

 

「お前1人に抱え込ませるよりは遥かにマシだ」

 

「……」

 

 達也は強い語気で訊き出そうとしてきた。追及は避けられそうにないし、下手に心配させたくない。仕方なく、俺は口に出す。

 

「大した話じゃないんだが。実は、真由美さんにプレゼントを贈る約束をしてな」

 

「七草先輩にプレゼント?……十六夜、何をやらかしたんだ」

 

「やらかしたって言うか、やらかされたって言うか……。まぁ、お互い謝意を形にして手打ちにするって事で、互いに何か贈る事になったんだ。それで、真由美さんからはもう貰ったんだが、俺の方は何を贈ろうか迷っててな……」

 

 何故か達也は俺がやらかした前提であるが、脱衣所の鍵を閉め忘れたのはやらかしと言えなくもないので明確な訂正はしない。ただ、多少の汚名返上はさせてもらうために、俺と真由美2人のやらかしである事を明かした。

 

「なるほど、このCADがプレゼントに良さそうだと」

 

「そういう事だ」

 

 達也は相変わらず理解が早く、頭を捻らず正解に至った。

 

「女性へのプレゼントという事なら、女性向けにデザインを凝るか」

 

「凝れるのか?」

 

「凝れる。どんなデザインにする?」

 

 達也は乗り気で、最早作る流れになっていた。俺はその流れに逆らえそうにない。

 

「そうだな……。秋の七草と四葉のクローバーをあしらったエンブレムを入れる、とかどうだ」

 

 大雑把な注文ではあるが、センスに自信のない俺ではそれが精いっぱいだった。七草家と四葉家にかける事をこの場で思い浮かべられただけでも褒めてほしい。

 

「その方向で検討しよう」

 

「ああ、まぁ、うん……。急がなくて、良いからな……」

 

 達也に安請け合いされ、彼の仕事を結局増やしてしまった事に引け目を感じつつ、俺は些細な労わりをするのだった。

 

 

 

 FLTでの用件は午前で終了。達也とは別れ、午後は自由となる――

 

〈十六夜さま。突然のご連絡で申し訳ありませんが、今はお暇でしょうか〉

 

――はずだったのだが、泉美からお誘いがかかってしまった。

 

〈お姉さまはどうやら十六夜さまへのご不満が溜まっているようで。十六夜さまからプレゼントを贈る約束、果たされていないせいかもしれません。ここはショッピングに付き合い、ガス抜きする事を提案いたします〉

 

 そんな脅しまでされてしまえば、俺に断るなんて選択肢はない。結果、泉美たち七草3姉妹が居る渋谷副都心のファンションビルへ、俺は足を運ぶ事になった。

 

「お待ちしておりました、十六夜さま」

 

「やぁ、泉美さん。真由美さんたちは?」

 

 ファッションビルの入り口に辿り着けば、立っていたのは泉美1人。真由美と香澄の2人は影も形もない。

 

「こちらです。お早く。この機を逃す手はありません」

 

「え、ちょっ!この機って!?」

 

 泉美は俺の手を掴んで走り出した。焦っているようであるが、後ろから覗ける横顔は切迫より喜悦を強く窺わせる。時間が惜しくはあるが、大変な事態になっているのではなさそうだ。説明を求めたいが、この機とやらに着けば、自然と訳が分かるだろう。

 

「ここです、十六夜さま。お姉さまはここにいらっしゃいます」

 

「待て、ここって……。女性用の水着専門店……?」

 

 前言を撤回する。まるで訳が分からなかった。

 

「四葉先輩!?なんでこんな所に居るんですか!」

 

「香澄ちゃん、十六夜さまは私が連れてきました。それより、お姉さまは?」

 

 香澄は男である俺の場違いに動揺していたが、泉美は簡素に返し、有無を言わさぬ形相で真由美の所在を問い詰めた。

 

「お、お姉ちゃんなら、試着室だけど……」

 

「それは、大変僥倖です。では、十六夜さま」

 

 香澄が泉美の常らしからぬ形相に戸惑っても、泉美は些事として意識を割かず、俺の手を引っ張る。

 

「待て!ちょっと待ってくれ泉美さん!?なんだって男の俺が女性用の試着室に突貫しなければならないんだ!?」

 

「未来の愛人である女性の水着選びに付き合うのは、紳士として当然の義務に等しいでしょう」

 

「紳士はまず愛人を作らないと思うんだが!?」

 

「いいえ、紳士であればこそ、その大きな器で以って多くの女性を庇護するものです。「側室」という言葉もあるでしょう?」

 

「側室は貴族や王族が広くその血を残すためのモノであって決して紳士のモノではない!」

 

 俺は試着室付近から逃走するため、手はともかく口は尽くすも、泉美は全く取り合わずに俺を押し留めた。それでもなお抵抗を続けたが、その抵抗が、とかく騒いだのがむしろ悪手となる。

 

「泉美?いったい何を騒いでいる……の」

 

 密閉性の高いその試着室でも甲高い泉美の声は聞こえていたのだろう。しかし、逆にそれしか聞こえておらず、泉美が何やら騒いでいる事だけ知覚してしまったらしい。

 真由美は無警戒にも試着室の扉を開け、水着姿、よりにもよってビキニタイプのそれをお披露目していた。そして、彼女の視界に移る俺という不測の事態も加味し、現状を省みて固まっている。

 

 こういう時、更なる情報を与えてはならない。フリーズ寸前の計算をしているようなものだ。タスクをさらに加えてはまさしくフリーズする。

 と言っても、この試着室から出てきた少女が固まって、目の前にいる男も微動だにしないのでは周りから怪しまれる。痴漢か盗撮、またはストーカーか。そこら辺の冤罪を被ってしまう。

 だから俺は、周りから怪しまれない、この場に相応しい言葉を選ぶ。

 

「その水着、とても似合っていますね。綺麗ですよ?」

 

 俺の一言で真由美は勢いよく扉を閉めた。

 失敗したかもしれない。

 

「お姉さま?なんでこの距離で電話を」

 

 泉美が携帯端末を取り出した。着信相手はこの扉の奥へ消えた真由美である。

 

〈なんで……。なんで、十六夜くんをここに、このタイミングに呼んだの……〉

 

 真由美の怒りと恥ずかしさで震える声が、わざわざスピーカーモードにした泉美の携帯端末からひねり出された。

 

「十六夜さまとお姉さまの仲を深めたく」

 

〈貴女に深めてもらわなくても充分に浅からぬ仲よ!泉美、貴女まだ私を十六夜くんの愛人にするとかいうふざけた計画を立ててるのね!?十六夜くんの迷惑になるって何度も説教しているでしょう!?私だけでなく十六夜くんの名誉を傷付ける事だって、どうして気付かないの!?〉

 

 不要な程に毅然な泉美と怒り心頭な真由美の言い争い。推測するに、泉美が勝手を働いたのだろう。真由美や香澄に許可も取らず、泉美は独断で俺を呼びつけ、サプライズ越えてハプニングなイベントを計画したのだ。これでは真由美も怒る。

 

「気付いていないのはお姉さまの方です。自身の御心に、いつまで気付かないおつもりですか?」

 

〈貴女の妄想を押し付けないで!このやり取りも何度目だと思ってる!?〉

 

「お姉さまが素直になるまで何度でも続けます。私は、お姉さまに幸せになってほしいのです」

 

〈「お姉さまに」じゃなくて「私に」でしょう!?〉

 

 試着室の扉のおかげでキャットファイトにはならないが、そうなってもおかしくない有様だ。このままでは収拾が付かない。

 

「真由美さん」

 

〈後にして、十六夜くん。泉美を今から折檻―――〉

 

「泉美さんのおかげで素晴らしいモノを目にできました。真由美さんのビキニ水着姿なんて、そうそうお目にかかれないでしょう。役得と言いますか、眼福と言いますか。何にせよ、俺は悪くない気分です」

 

〈……〉

 

「……真由美さん?」

 

 矛先を俺に仕向けるべく、セクハラまがいの発言でヘイトを稼ごうとしたのだが、真由美は押し黙ってしまった。妙な沈黙が辺りを包む。

 

〈……泉美、ここの支払いは貴女が持ちなさい〉

 

 ようやく沈黙を破って紡がれた言葉がそれ。泉美への罰、と言ったところか。

 

〈それと。十六夜くんは私に似合いそうな水着、2着選んできて〉

 

「……何故」

 

〈いいから早く選んできて。その支払いも泉美持ちだからね〉

 

「謹んでお引き受けします、お姉さま」

 

 俺の困惑を他所に真由美と泉美の間で話が進んでしまった。これは、俺も話を呑まねば泉美への罰が完遂されない。逆に言えば、俺が呑めば済む話だ。泉美もしっかり反省して罰を潔く受けているし、だったら特に悩まず呑んでしまおう。

 

「えーと、俺が選ぶんだよな。……2着もか」

 

 今更事の難題さを認識し、俺はちょっと後悔した。プレゼント選びも苦戦した男が、似合う水着を選ばねばならないのだ。頭が痛い。

 

「さぁ、十六夜さま。お好きな水着をお選びください。サイズは私の方で把握しておりますので。今でしたら、このようなスリングショットもお姉さまは着てくれますよ?」

 

「えっ、何!?四葉先輩、お姉ちゃんにそんな水着着せるつもりなんですか!?へ、変態!」

 

「いや、着せないし着てくれないからな?」

 

 反省したはずの泉美には揶揄われたし、頃合いかと近寄ってきた香澄には罵倒された。

 きっと今朝の星座占いで乙女座は最下位だったに違いない。

 

「というかスリングショットまで置いてるのか、この店。どういう品揃えしてるんだ……」

 

「いえ、これは少し離れたところのそういう店舗から持ってきました」

 

「即刻返してきなさい」

 

 俺は「そういう店舗」がどういう店舗なのか訊き出さず、泉美に返却を命じて走らせた。なんだか頭が重い。

 

「お姉ちゃんの水着、選ぶんですか?」

 

「そうしないといけない話になってね……。詳細は泉美の方に頼む。俺はもう疲れた」

 

「あ、はい」

 

 親しいとは言いづらい香澄も、この時ばかりは俺を慮ってくれた。

 一番接していて楽なのは真由美や泉美よりも香澄な気が多分にしてくる。

 

「あー……。参考にしたいんだが、真由美さんはどんな水着を好んでいるんだ?」

 

「マイクロビキ―――アイタッ」

 

「明るい色の、常識的な、ビキニタイプを多く持ってますね」

 

 早々に帰還してきた泉美の虚偽報告に香澄は一発頭を叩きつつ、顔を顰めながらも答えてくれた。不服ではあるが、誤情報を与えるよりは良い、という判断か。

 

「じゃあ、そのタイプで良さそうなのを見付けようか」

 

「十六夜さま、ここは己の欲望を解放すべきです!お姉さまはその解放されたリビドーにその身を浸したく―――ヒデブッ」

 

「泉美、煩い。人通りが多いんだから控えて」

 

 人通りが少ない所でも控えさせてほしいと、俺は内心切実に願う。

 

「でも、欲望を解放とかはともかく、四葉先輩はナンセンスです」

 

「ナンセンス?」

 

「女心が全っ然分かってません。お姉ちゃんが「選んできて」と言ったって事は、先輩のセンスに身を任せたいという思いが少なからずあるって事です。それで、普段買ってるのを参考にして無難な選択するなんて、幻滅します。百年の恋でも冷めちゃいます」

 

「そ、そんなにか?」

 

「そんなにです」

 

 香澄からは迫力が感じられ、俺はたじたじになった。同時に、説得力も感じられた。真由美と同じ女性の、しかも姉妹なのである。真由美の事を熟知していそうだ。ならば、真由美の意思を大きく読み違えてはいないはずだ。

 

「そうか……。助言、ありがとう。しっかり選ぶとするよ」

 

「それで破廉恥なの選びでもしたらボクが幻滅しますからね」

 

「はは……」

 

 俺は思わず乾いた笑いが出た。

 自身のセンスで選ばなければいけない。香澄ともちろん真由美も含めた少女たちの基準で、破廉恥なのを選んではいけない。その二つの条件が達成必須とは、純粋に辛い。

 

 辛かろうが何だろうが、まずは水着を吟味しなければならないと、俺は半ば自棄で水着を漁る。

 

「……これは」

 

 不思議と興味を引かれた水着を手に取った。

 

「どうかしました?露出度が足らない、変哲もない水着ですけど」

 

「赤いワンピースタイプ、ですけど。先輩はそういうのが好みなんですか?」

 

「好みっていう訳じゃないが……。ああ、思い出した。『ネロ』の水着に似てるのか」

 

 興味が引かれた理由は見覚えがあったからだ。その赤いワンピースタイプの水着は『Fate/GrandOrder』に水着姿で実装された『ネロ・クラウディウス』(通称水着ネロ)、第二段階のそれに酷似しているのである。

 

 思えば、『ネロ・クラウディウス』と真由美は、どちらも小柄に反して大きいという身体的な共通点がある。何処が大きいのかは、語らずにおこう。

 

「きっと似合うな。1着目はこれにしよう」

 

「まぁ、よろしいかと。サイズも合ってますし」

 

「え?サイズ合ってる水着を見抜いて手に取ったの?怖くない?」

 

「次だ次」

 

 全くの偶然を怖がられても、俺に構っていられる心の余裕はない。

 

「……これもあるのか」

 

 今度は水着ネロ第三段階と酷似した物まで発見した。誰でも考えるようなデザインなのだろうか。

 

「というか水着で良いのか、これ」

 

「デザインは多少変わっていますが、水着でしょう」

 

「わぁ、それ結構良いかも。……ちょっと扇情的だけど」

 

 泉美から水着の分類に入るという意見と、香澄から扇情的だがデザインが良いという意見を貰った。ついでに湿度の高い視線も貰ったが無反応を通す。

 

「サイズは、少しきつめですかね。特に上の方が。お姉さまのBは―――フイッチッ」

 

「泉美、ボクもそろそろ怒るからね」

 

「冗談ですよ、香澄ちゃん。さすがに人通りのある場所で、お姉さまのスリーサイズを晒したりなんてしません。っと、ピッタリのサイズがありました」

 

 叩かれ慣れてしまったのか、泉美は香澄に叩かれてもサイズ探しの手を止めなかった。

 

「この2つでよろしいですか?十六夜さま」

 

「うん、その2つで」

 

 どっちも水着ネロの水着だ。真由美は見事着こなしてくれると、俺は直感している。

 

「では会計してきます」

 

「試着してもらわないのか?」

 

「「善は急げ」です。それに、退路を塞がなければ「やっぱなし」などと宣うでしょうし。お姉さまの水着姿は、後程データを送りますのでご心配なく」

 

「お、おう……?」

 

 圧と勢いがある泉美に、俺は言葉の意味が不明のまま押し切られた。

 

「一応お姉ちゃんに伝えてくるよ」

 

 香澄は泉美の勢いを止められそうにないと諦め、真由美に覚悟させるため、報告の任に着く。

 

「お姉ちゃん?」

 

 向かった先、試着室の中では、顔を両手で覆って蹲る真由美の姿があったという。




シールド・ダウン選手と練習相手を襲った惨劇:『我流自己加速術式』及び自己暗示の精神干渉系と偽った超人域の身体能力で縦横無尽に駆け回る十六夜に翻弄され、そうされてるうちに『結合緩和』と偽った伐採系超人技能で盾の3割を削ぎ落される。近接戦闘で如何に十六夜が恐ろしいのか、一同は思い知った。

真由美が十六夜に関する不満を抱えている疑惑:当然ながら、泉美の嘘である。

泉美がプレゼントについて知っていた件:度々行われる茶会にて、6/17に真由美がリムジンも駆り出す不自然な外出をしていた事を詮索すれば、その日に真由美と十六夜がディナーをご一緒していた事を聞き出した。「ついにデートをするほど仲が進展したか」と喜べば、真由美が互いへの謝意であると訂正。それでプレゼントの事を知った。今回、この情報を上手く使った訳である。(※追加補足)

顔を両手で覆って蹲る真由美:落ち着ける時間を稼ぐためにそれらしい理由で十六夜を遠ざけたのだが、落ち着いて考えれば全然それらしくもなく、返って落ち着けない事態を引き起こしている事に彼女は気付いたのだった。気になっている男性に似合いそうな水着を選ばせる事。後でそれを着るかもしれない事。それらに彼女は如何程羞恥心を掻き立てられただろうか。

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