魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第六十話 その血の定め?

2096年8月7日

 

「……抜かれたか」

 

 第一高選手本部にて、本日予定されていたシールド・ダウン・ペアとアイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの決勝リーグを見納めた服部は、総合得点で第三高に抜かれた事を憂慮していた。

 

「昨日時点でわずか20点ばかりのリードでしたから、この結果も止む無しでしょう。ですが、まだ七日残っています。そう気に病む必要はないのでは?」

 

「……分かっているさ」

 

 選手本部に居た俺は服部を励ましてみるも、服部は沈鬱な雰囲気を纏ったままだった。

 第一高三巨頭が抜けた後釜。彼はその諸責任を重く感じているのかもしれない。こういう状態に後輩が何を言っても改善しないだろう。彼の同輩が彼の責任を一緒に背負ってくれるよう、祈るしかない。

 

 

 

 そんな逆転を許した中、しかしアイス・ピラーズ・ブレイク・女子ペアの雫は千代田と共に優勝を果たしていた。

 総合得点が負けている現状であるから、選手団全体で祝う空気ではないにしても、友人間で祝うのは許されるだろう。

 

「雫、優勝おめでとう!」

 

「まぁ、雫の実力なら当然よね」

 

「うんうん。おめでとー、雫」

 

 だからこそ、夜のお茶会では里見(さとみ)スバルにエリカ、明智英美が雫を祝っていた。

 

 今更だが、この夜のお茶会には達也一団以外も参加するようになっている。と言っても、雫とほのかの友達が混じった程度だ。

 だが、女性比率が多くなった事によって少ない男子の肩身が狭くなりそうだったので、女子と男子は別のテーブルを囲むように別けられていた。

 友人の友人という、距離の取り方が難しい関係と別れられたのは俺、そして幹比古的には有り難い。

 

「十六夜さん」

 

 しかし、テーブルが別けられただけで、そこに何らかの仕切りがある訳ではない。なので、このように雫が俺の目の前までやって来られる。

 

「ああ。改めて、優勝おめでとう。よく頑張ったな、雫」

 

 俺は女子らから暖かい視線を投げかけられるこの場で、雫の頭を撫でた。

 去年は深雪に負けてあれだけ落ち込んだのだ。深雪の居ない競技、千代田とペアでの優勝だとしても、褒めてやらねばかわいそうだ。それに、優勝にかけた努力があった事を、否定してはいけない。

 

「うん」

 

 雫は俺の手へ身を委ね、心地良さそうにしていた。

 

「……お父さん?」

 

「急にどうしたの、エイミィ」

 

「いや、あれもうお父さんでしょ。父性醸し出してるよ」

 

 明智の妙な発言についてほのかが追求すれば、明智は俺の雫に対する接し方が父親のそれに見えたらしい。

 言われてみれば、恋人や友人にするそれより、親が子にするそれの方が近しく思える。

 故に、雫への態度として不適切だと、撫でる手を下げた。が、雫はその手を追うように頭を押し付ける。

 

「父親と娘みたいだそうだけど。それで良いのかい?」

 

「うん、これで良い」

 

「そうかい」

 

 雫の肯定を貰ったところで、俺は雫の、もしくは俺の、その気が済むまで彼女の頭を撫で続けた。

 しばらくすれば、雫は非常に満足げな顔で女子のテーブルへ戻るのだった。

 

 その後、女子面子の、深雪の試合がどうの、明智の恋愛事情がどうのという姦しいお喋りをBGMに、俺含めた男子面子はゆったりと時間を過ごす。

 不穏な影が横やりを入れるまでは。

 

 俺は、パラサイトのプシオンを感知した。

 

「十六夜?達也も。どうかしたか?」

 

 急に他所を向いた俺、そして達也の様子を、言葉にしたレオだけでなく幹比古や女子面子も訝しんでいる。

 俺がスティープルチェース・クロスカントリーの予定地である演習林の方。達也が第一高校のCAD作業車の方。両者は別方向であるのに、ほぼ同時に他所を向いた。訝しむなと言う方が無理である。

 

「いや、すまない。幻聴かな?あっちで変な音がしたような気がしてね」

 

「こっちは作業車の方から異音が聞こえた気がした。少し確認する」

 

 俺も達也もはぐらかした。そのまま、俺は何事もないのを装って腰を落ち着け、達也は作業車内の安全確認と偽って作業車内に入っていく。

 

「そろそろ良い時間だし、達也の確認作業を邪魔すべきでもない。この辺りで解散しないか?」

 

「ええ、そうね。そうしましょう」

 

 俺の提案は至極真っ当であったため、深雪が代表した返答に誰も否を唱えなかった。

 皆丁寧に備品を片付け、宿舎へ帰り出す。

 俺と深雪、それと水波は、備品を作業車内に仕舞う手伝いをする名目でその場に留まった。

 

「十六夜」

 

 作業車から顔を出して俺を指名する達也。用件は予測できている。

 

「パラサイトはこっちも感知した。それで、どうするんだ?」

 

「仕掛ける」

 

 達也は短く言い切った。

 彼にとってようやく掴んだ手がかりだ。逃す手はなく、意思は固いだろう。

 

「……すまない、力になれなくて」

 

「当主の命なんだろう?お前のせいじゃない」

 

 この期に及んで協力ができない事を詫びれば、達也は優しく弁護してくれた。

 

「そう、だな……。でも、すまない……。俺は、此処を離れる。俺たちの関係を怪しまれないように、な」

 

「そうしてくれ」

 

 俺は1度しっかり達也と視線を合わせ、その後に俯いて拳を握りしめた。そうして力になれない悔しさを演出してから、これまた悔しさを演出するように遅い足取りでその場から離れる。

 

 そして、達也の視線が俺から外れたのを見計らい、闇夜に紛れて気配を消した。

 達也の行動は把握しておかなければならない。ここで事件を解決されるのはよろしくないのだ。真夜がそれを望んでいないし、原作から大きく乖離してしまう。

 

 そのため、俺は物陰に隠れながら達也たちの様子を窺う。

 

「お兄様、行かないでください」

 

 喜ばしくも、深雪が事前の解決に乗り出す達也を引き留めた。

 

「すべての選手に対して、お兄様が責任を負わなければならない道理はございません。お兄様は、私を守ってくだされば良いのです。お兄様が責任を負う相手は、私だけで良いのです」

 

 何とも我儘な深雪の言い分ではあるが、その言い分に達也ははっとさせられていた。

 そう、深雪の言い分は正論なのだ。

 確かに達也は軍属であり、一般人を守る義務があるだろう。だが、達也は軍人である前に深雪の守護者(ガーディアン)なのである。何者においても深雪を優先して守らねばならない。

 

「お兄様、お兄様はご自分がどれ程無理を重ねているのかお気付きですか!朝から夕方まで選手のCADを調整して、試合が終われば他の技術スタッフから相談を受けてアドバイスして、夜は遅くまで後輩を指導しながら翌日の準備。その傍らで九島家と国防軍を相手するなんて……。これではいくらお兄様でも持ちません!お兄様が壊れてしまいます!」

 

 深雪は兄を想って泣いていた。

 傍にずっと居たからこそ、誰よりも達也の苦労を、抱えた疲労を感じ取っているのだ。ならば、彼女が達也を行かせる訳はない。

 

「それでも行くと仰るなら、力づくでも止めます。お兄様の力を、封じさせていただきます!」

 

 深雪は本気だった。

 達也の力は深雪の『誓約(オース)』によって制限されている。つまり、深雪が『誓約』に全力を注げば、達也の全能力を封じる事が可能なのである。

 しかし、全力とは文字通り、深雪の魔法演算領域全てだ。一工程の簡単な魔法を演算する余力も残さない。

 だから、達也の力を封じるという事は、深雪の魔法師生命を賭けるのと同義である。

 

 では、深雪の魔法師生命と事件の事前解決。達也がそのどちらを選ぶか。

 

「そんな事をする必要はない」

 

 言うまでもないだろう。達也にとって、深雪とは最愛の存在なのだ。

 

「今日はこのまま部屋に戻る」

 

 達也の声音は、とても穏やかだった。

 

「お兄様……?」

 

「深雪の言う通りだ。俺が守るべきはお前だけだった。お前さえ守れればそれで良かったんだった。俺は、深雪さえ居てくれれば、それで良いんだ」

 

「お兄様……っ」

 

 純真で純粋な視線が交わる。そこには相思相愛の兄妹が居た。

 

「部屋へ帰ろう」

 

 達也は深雪に寄り添い、彼女の手を引く。

 ラブロマンスはそれで終わり、事態は原作通りに進んでいる。

 

 しかし、空気をぶち壊すようでアレだが。あんなラブロマンスを間近で傍観していた水波は、よくもまぁ耐えられたものだと感心する。

 俺なら耐えられない。耐えられないと踏んだ結果が、物陰に隠れている今の状態である。

 後で何か労いの品でも贈るべきかと、ちょっと思案した。

 

「ん?達也から電話?」

 

 思案を遮るように、携帯端末が震えている。

 達也たちは大分離れたから、応じるのに問題はない。

 

「達也、どうした。俺の力が必要なら遠慮なく言ってくれ。母上は後でどうにかする」

 

 ラブロマンスを視聴していない(てい)で、俺は通話に応じる。

 

〈いや、仕掛けるのは中止した。これはその報告だ〉

 

 そんな事までわざわざ報告しなくても良いのに、達也はとても律義だった。

 

「ああ、なんだ。それは何よりだよ」

 

〈「何より」とは?〉

 

「万全でない達也を危険な場所に送りたくなかったのさ」

 

〈……お前も気付いてたのか〉

 

 達也は意外感を隠さず、なおかつ恥じ入るように呟いた。

 深雪以外にも自身の疲れを察知されているとは予測していなかったのだろう。

 

「達也を過労させている一因は俺にもあるからね」

 

 九校戦で忙しい時期にCADの製造をいくつ頼んだ事か。

 完全思考操作型CADと小型保冷庫CADの依頼は後にすべきだったと、正直反省している。

 

「倒れる前に休んでくれ。じゃないと俺が深雪にどやされる」

 

〈なるほど、それは大変だな。なら、遠慮なく今日は休むとしよう〉

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 お互い冗談めかし、その通話を締め括った。

 

「さてと。俺もそろそろ寝ないとね」

 

 携帯端末を懐に仕舞いつつ、俺は宿舎を目指すのだった。

 

◇◇◇

 

2096年8月11日

 

 達也がしっかり体を休めた次の日からの3日間、第一高は快進撃と呼ぶに相応しい成績を収めていた。

 アイス・ピラーズ・ブレイク・女子ソロは深雪が出場者だから優勝は当然として。アイス・ピラーズ・ブレイク・男子ソロも3位に入賞。

 さらにシールド・ダウン・ソロは男女ともに1位と、全競技で点数を稼いだ。

 しかし、第三高も全競技で入賞しており、この時点でまだ20点のリードを許してしまっていたのだ。

 

 そこでバトンを渡されるのが一年生たち。新人戦へ多大なプレッシャーをかけておくりだしてしまったかと思いきや、それは杞憂だった。

 新人戦ロアー・アンド・ガンナー・ペア(新人戦はペアのみなので、わざわざ「ペア」の表記が必要かは知らないが)は、男女ともに1位。

 海の第七高に勝てたのは、香澄が選手の1人だった女子の方はともかく、達也の指導を受けた隅守がエンジニアを担当したおかげかもしれない。

 続いてシールド・ダウン・ペアは、男子が3位、女子が1位。アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアも同じく、男子が3位、女子が1位だった。

 余談だが。アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝を収めた泉美が俺と深雪に褒められたせいか、一片も悔いがないとばかりに直立で気絶したという。

 

 それで、第一高が乗りに乗った今日なのだが。少し、番狂わせが起こった。

 新人戦ミラージ・バットで、第三高でも第一高でもない、九校戦であまり日の目を見ない第四高の選手が優勝を果たしたのだ。

 まぁ、その選手は黒羽亜夜子なのだが。

 

「あの子だよね?達也の親戚。なんだか納得するよ」

 

 達也一団で新人戦ミラージ・バットを観戦した後、第一高選手本部に戻る途中で幹比古がそんな感想を漏らした。

 達也と深雪以外、皆が賛同するように頷いている。

 

「彼女が使っていた魔法、『疑似瞬間移動』だよな?正しくはそのダウングレードだったけど。一年生であれを使えるとは。さすが達也の親戚だな」

 

 俺も幹比古の感想に同調し、達也も含めて亜夜子を称賛した。色々と白々しいだろうが。

 

「俺の親戚というより、深雪の親戚という方が適切じゃないか?俺はあんなに優秀じゃない」

 

「ご謙遜ですよ?お兄様。亜夜子ちゃん、魔法の上手さではお兄様に通じるところがありますからね」

 

 達也は称賛を深雪に逸らそうとしたが、深雪はさらに称賛を盛って達也に返した。

 深雪からの称賛となっては否定できず、達也は肩を竦める。

 

 そんなこんなで他愛もない雑談をしていれば選手本部に着いてしまい、達也一団は選手とそうでない者に別れた。

 

 達也一団選手面子が入り口を潜ると、不機嫌そうな香澄が出迎える。

 

「司波先輩、非常に不服な噂を耳にしました」

 

 香澄は達也だけに的を絞ってヘイトを向けた。

 

「不服な噂?」

 

「新人戦ミラージ・バット、第四高の選手が先輩の親戚だって噂ですよ!」

 

 香澄はそう噛み付くが、達也は何が不服なのかと首を傾げている。

 

「先輩、あの選手の実力を前々から知ってたんでしょ!それで、ボクや泉美が勝てないと踏んで、わざとボクたちをミラージ・バットが外したんだ!何かおかしいと思ったよ、ミラージ・バットなんて花形競技にボクたちを出さないなんて」

 

 どうやら、数字持ちでもない選手に実力が劣ると判断された事がお気に召さなかったらしい。香澄は年上への礼儀を忘れる程腹を立てていた。

 

 腹を立てる彼女への対応に達也が困っていれば、泉美が割って入ってくる。

 

「でも香澄ちゃん?もし私たちがミラージ・バットに出場したら、あの黒羽選手に勝てましたか?」

 

「そ、それは……」

 

 自己評価でも実力が劣る、少なくともミラージ・バットでの勝算は低いと判断しているようで、香澄は言葉に窮した。

 

「と、とにかく!先輩があの選手にボクたちが勝てないと踏んでミラージ・バットから外したのか、その事実確認をしたいんです!」

 

 香澄は話題を逸らし、達也へと矛先を向け直す。

 その事実の正否が判明したところで、彼女の不機嫌は治らないだろうに。

 

「その推測は事実だ。亜夜子は親戚だから、俺は彼女の実力を知っていた。そして、ミラージ・バットに限った話だが、彼女は難敵になるとも予想できた。そこにお前たちをぶつけるのは愚策だ。第一高の得点源を減らす事になる」

 

「やっぱり!」

 

 達也は真面目に答えたが、案の定、香澄の不機嫌は治らなかった。むしろ悪化してはいないだろうか。

 

「香澄ちゃん、司波先輩はちゃんと私たちの実力を評価していますよ?」

 

「どこが!」

 

「「第一高の得点源」という点です。仮に、2位でも良かったのであれば、私たちを黒羽選手にぶつけていたでしょう。しかし、そうしなかったのは、1位を取らせねば勿体ない戦力であると私たちを評価すればこそ」

 

「え、う……」

 

 意外にも泉美が達也を弁護し、その弁論に説得力を認めた香澄はまたもや言葉に窮した。

 

「司波先輩は私たちがしっかり活躍できる場を用意してくれたのですよ。それでも香澄ちゃんは納得できませんか?」

 

「うーーーーー……。やっぱり、納得できない!絶対、ボクは司波先輩の事なんて認めないから!」

 

 泉美から理論的に諭されても、香澄は精神的な部分で認められないらしい。香澄は感情を吐き出すだけ吐き出して、この場から逃げ出した。

 諭しきれなかった泉美と理不尽な抗議を受けた達也は溜息を漏らす。

 

「お騒がせして申し訳ありません、深雪先輩、十六夜さま、司波先輩」

 

 身内の乱心に負い目を感じているのか、泉美は俺たちに向かって頭を下げた。

 と言うか、そこで達也を最後に回す辺り、深雪や俺への点数稼ぎ的な下心ありきの弁護だったか。

 達也も深雪もそれを察し、笑顔に苦みが混ぜていた。

 

「ところで。少し伺いたい事があるのですが」

 

「……なんだ」

 

 苦みが尾を引いているようで、泉美からの質問に達也は渋々とした様子を隠せていない。

 

「新人戦モノリス・コードでは黒羽文弥という選手が出場されるようですが、この方も先輩のご親戚では?」

 

「そうだな。文弥は亜夜子と双子だ」

 

 達也の回答に泉美はわずかに口の端を吊り上げる。

 

「七宝君は負けても良いと?」

 

 双子という情報も合わせ、文弥は亜夜子と同様の強敵と予測したのだろう。泉美は七宝が負けるものと判断していた。

 案外、以前の喧嘩を根に持っているのかもしれない。まぁ、香澄の方は仲直りイベントみたいなのがあったが、泉美の方にはなかった。

 だとすると、七宝に対する悪評が泉美の中で湧いてそのまま、というのもあり得なくはない。

 

「文弥はそもそもどの競技に出てくるかが読めなかった。それだけだ」

 

 競技のルール上使えない(偽装すれば使えるだろうが)『ダイレクト・ペイン』以外となると、文弥に亜夜子程尖ったモノはない。だが、目立った苦手分野もない。平均的な魔法科生に比べれば荒事に慣れているが、それだけでモノリス・コードの選手には選ばれないだろう。

 確かに、これでは文弥の出場競技を特定しづらい。達也の言葉に明確な嘘はない。

 

「では、七宝君は勝てますか?」

 

「……分からないな。俺は七宝と文弥の実力しか知らない。他のメンバーは未知数だ」

 

 その質問に対しては、さすがに達也も素直に答えなかった。尤もな意見を足して、七宝の敗色濃厚と言い切るのを避けている。

 

「では、十六夜さまはどう見ますか?」

 

「いや、何で俺?」

 

 唐突に質問先を変える泉美。彼女は俺と会話するための手段を選ばない。

 

「十六夜さまでしたら、戦いの行く先も測れるかと」

 

 この子は俺をどこまで持ち上げる気なのだろうか。ちょっと頭が痛い。

 

「始まってもいない戦いの行く先なんて測れないさ。前情報も少ないからね。でも、七宝さんを応援したいかな」

 

「その心は?」

 

「彼の成長に期待してるのさ」

 

 俺が「飢えなきゃ勝てない」なんて、思い返せば恥ずかしい助言をしたんだ。多少の成長くらい願いたくもなる。まぁ、たかだか数か月ではそんなに成長しないだろうが。

 

「素晴らしいです、十六夜さま!1度無礼を働いた者も許せる寛大な度量!あまつさえそんな相手の成長を望めるなど……。泉美は感服いたしました!」

 

 泉美にはもう森羅万象が俺の栄光に見えるらしい。

 どうしようもないので、俺はそっとしておく事に決めたのだった。

 

◇◇◇

 

2096年8月12日

 

 新人戦モノリス・コード、その決勝リーグ。七宝に期待を寄せた結果が見られる日であるが――

 

「負けたか……。ま、仕方ないね」

 

――残念ながら、文弥率いる第四高チームに普通に負けた。

 成長は期待していても、勝利は期待していなかったので、俺は然程落胆していない。

 それに、成長の兆候はあった。

 

「ビー玉を用いた群体制御か。面白い事を考えたな」

 

 達也がそう感心を示したように、七宝は群体制御を工夫していたのだ。

 試合中、複数のビー玉を群体制御で適宜操っていた。

 適宜という事は『ミリオン・エッジ』のような使い捨てではない。あらかじめ群体制御の術式を刻印してあるので、『ミリオン・エッジ』と同等の操作性は維持している。ルールに合わせて殺傷力を下げてもいる。

 ビー玉という選択も、達也を感心させたかもしれない。

 ビー玉とはご存知の通りガラス製の球体だ。つまりそのビー玉を砕けば、飛来する物体はガラス片へと変わり、殺傷力は一転する。

 ビー玉の群体制御、実は実戦でも充分使える代物なのである。砕いた場合は『ミリオン・エッジ』と同じく使い捨てになるだろうが。

 球を用いる発想に至った辺り、もしかして本当に『スティール・ボール・ラン』を読んだりしたのだろうか。

 

「黒羽選手に一撃入れてたね、飛び跳ねてて当てづらかっただろうけど。十六夜さんとの模擬戦で学んだのかな」

 

 丁度良いと言うか、雫が成長の兆しであると捉えていたもう1つを明言してくれた。

 

 岩場ステージで、文弥は大岩から大岩へと飛び移り続け、照準を合わさせまいとしていたのだ。身軽なあの動きを狙い撃つのは難しいだろう。

 しかし、七宝はビー玉で移動先を丹念に潰し、逃げ場を失った文弥に見事命中させていた。雫の言う通り、俺という回避の上手い相手と戦った経験が活かされたのかもしれない。

 

「でも、黒羽選手の反撃は凄かったね。一撃貰った直後に『ファントム・ブロウ』を当てて、七宝を沈黙させてた。さすがは達也の親戚だね」

 

 幹比古がその後の一瞬に感嘆していた。

 そう、七宝が一撃入れた後、そこに至るまでに受けたダメージも重なって、反撃でやられてしまった。なんだかんだ善戦していた第一高チームは、そこから瓦解してしまったのである。

 

「……そうだな」

 

 達也は幹比古からの言葉に、少し眉根を歪めながらも受け入れた。

 周りはまた親戚の功績で自身が褒められた事にむず痒く思っているものと、その達也の様子を解釈するだろうが。多分違う。

 達也も、と言うか達也なら確実に気付いただろう。あの文弥の一撃、『ファントム・ブロウ』ではない。おそらくは咄嗟に出た文弥固有の精神干渉系、『ダイレクト・ペイン』だ。偽装に不備はなかったから、文弥の『ファントム・ブロウ』にあそこまでの威力がない事を知っている達也と俺くらいしか判別できないだろう。

 

 とかく。新人戦モノリス・コードの優勝は第四高に掻っ攫われてしまったのだった。




一片も悔いがないと直立で気絶した泉美:十六夜に頭を撫でられたり、深雪に手を握られたりと、崇拝する人間から褒賞を畳みかけられた。結果、嬉しさがキャパオーバーして気絶。1時間して目覚めた時は、あの褒賞が夢ではなかったかと、香澄に問い詰めた程である。

達也を精神的に認められない香澄:如何に自身を上手く活用したとはいえ、その自身が活用された事実が、気に食わない男の手のひらで踊らされたようで、非常に釈然としない気分だったのだ。

ビー玉の群体制御を発案した七宝:『スティール・ボール・ラン』の電子書籍を購入・読破している。その影響を受けての発案かは、定かではない。

 閲覧、感謝します。

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