魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第六十三話 幕間~十六夜に照らす光~

~甘い雫に苦い汁~

 

2096年8月19日

 

 今日は絶対に忘れてはいけない予定がある日。そう、雫とデートに行く予定がある日だ。

 もちろん、俺は忘れず、しっかり支度をして待っていた。

 

 早めに支度をし、余裕を持って雫の迎えを待っていれば、午前11時丁度にインターホンが鳴る。

 

〈迎えに来たよ〉

 

 雫からの迎えに抵抗する事なく、俺は彼女のリムジンに乗り込んだ。

 

 リムジンの目的地は渋谷副都心にあるショッピングモール。真由美に水着選びを強要されたあのファッションビルの近くだ。車で1時間もかからない。

 俺は雫と共に、車内で過ごす事となる。と言っても、まるで苦に感じないが。

 

「サマードレス、着てくれたんだな」

 

 俺の注文通り、雫はサマードレスを着ていた。

 しかも、模様が派手な物ではなく、無地の白いそれだ。実に良いセンスをしている。

 

「うん。似合ってる?」

 

「ああ、とっても。思った通り、サマードレスのシンプルさが雫の純粋さに合っているよ。自然豊かな場所で麦わら帽子なんか被ったら、もう芸術作品だね」

 

「……麦わら帽子も持ってきてるから。代々木公園にも寄ろう」

 

 雫は頬を赤らめながらも俺の賛辞を受け取り、さらには俺の浮かべた情景を再現する提案をし出した。

 それは俺にとって願ってもない提案である。

 

「それは良いね。楽しみだ」

 

 断る理由などない。美少女と素晴らしい背景なんて、ゲームのイベントCGもかくやの代物だ。

 『魔法科高校の劣等生』登場人物・北山雫のそれが拝めると言うなら、大枚をはたくファンすら居るだろう。

 俺はそれを恋人のような立ち位置で拝める訳だ。楽しみ以外の何モノでもない。

 

「じゃあ、予定の修正と確認」

 

「そうだね、どのタイミングに代々木公園を挿もうか。最初がショッピングモールなのは確定だけど」

 

 もうリムジンはそのショッピングモールへ向けて走っている。

 北山家の運転手なら急なルート変更にも対応してくれるかもしれないが、無理に変更する程の事でもない。

 

「お昼食べて、少し買い物したら代々木公園に行く?」

 

「うーん……。個人的に、ショッピングモールで寄りたいカフェがあるんだけど」

 

 申し訳なく思いつつ、雫の提案に俺は言葉を濁した。

 今回選んだショッピングモールは、そのカフェがあるから選んだと言っても過言ではないのだ。

 寄らなければ、今回選んだ意味がなくなってしまう。

 

「分かった。そのカフェには、小腹が空く午後3時くらいに寄って、その後に公園。それでどう?」

 

「ありがとう、それで行こうか」

 

 雫は自身の提案を押し通さず、俺の意見も組み込んだ修正をしてくれた。

 

 ライトノベルやゲームで見てきた、男を引っ張り回す女の子も悪くないが、こういう歩調を合わせてくれる子の方が俺は癒される。

 とすると、前世では案外『北山雫』が好みだったのかもしれない。

 『七草真由美』も嫌いではない。だが、ちょっと『司波達也』の愛人に収まりそうな雰囲気が、わずかながらあった。

 故に、何と言うか。『七草真由美』を好きになると、まるで『司波達也』から寝取っているような感覚を覚えてしまいそうだったのだ。他人には理解されない感覚だろうが。

 

 まぁ、とにかく。文章の中に居る一方的な認識しかできない存在ではなく、こうして交流ができる相手となったのだ。

 ならば、俺はどちらも嫌いになれないだろう。

 

 そんな詮無い思考を頭の片隅で行いながら、雫との歓談に興じる。

 そうしていれば、1時間などはすぐに過ぎてしまうのだった。

 

 

 

 ショッピングモールに着き、昼食時という事で、気まぐれに入ったピザ専門店で食事をとった。

 雫はマルゲリータ半分、俺はその残り半分とペスカトーレ、サルモーネ、クワトロフォルマッジ、バンビーノを美味しくいただき、買い物へと移る。

 

 女性らしく、ファッションが最初の買い物となる。女性の買い物が長い事を考慮すると、この買い物が最初で最後になりそうだが。

 

「どれが似合う?」

 

「雫、さすがに下着選びは勘弁してくれ……」

 

「……ダメ?」

 

「……ダメ」

 

「そう……」

 

 という事で、女性下着専門店はスルーされた。

 

「どれが良い?」

 

 続いては普通に服選び。品揃えが豊富な店で、雫は試すように俺へと選択権を渡していた。

 

「難しいな。雫は何でも似合うから」

 

「じゃあ、十六夜さんの好きな服で」

 

 「好きな服」と言われても、それはとんでもない難問だ。

 サマードレスを着てくるよう指示した俺に、これ以上の性癖を晒せと言うのか。単純に俺の好みを訊ねているだけなのだろうが。

 

「似合う服、ない?」

 

「ある、あるから安心して。そして俺に時間をくれ」

 

 雫に急かされ、俺は健全なレベルの性癖を脳内検索にかけた。

 1つ、良いかもしれないのがヒットする。

 

「これと、これなんてどうだ?」

 

「サマーニットノースリーブとチノパン?」

 

 俺は服の種類に詳しくないので名称不明のまま手に取ったが、雫はしっかり分かっているらしく、その名称を口にした。

 このニット生地で肩を出す上にぴっちりする上着と、このチノなんたら生地で足にぴっちり張り付くようなズボンはそういう名称なのだそうだ。

 

「……ボディラインがくっきり出そう」

 

 何故だか、雫は少し俯きながらそう呟いた。

 とりあえず、ボディラインがくっきり出るのはあまり好きじゃないようだ。

 女性の多くがそうであると、聞いた覚えはある。

 

「でも、それが良いんじゃないか」

 

「……良いの?」

 

「良いんだよ。雫はすらっとしているんだ。そのボディラインは誇って良いし、むしろ誇示した方が良いと思う。あくまで俺の感想だけど」

 

 スレンダーというのは間違いなく誇るべき個性なのだ。肉付き、太りやすさは本当に遺伝子が関わってくる。

 最近の技術力で痩せる事はそんなに難しくなくなった世界だが、細身を維持できるかと言うと別の話。

 そういう遺伝子を持ち、なおかつ維持する努力が必要なのは、昔と変わらない。

 雫はそういう遺伝子を持っていて、影で努力をしているのだろう。

 少なくとも、俺はそう考えている。

 

「……ぺったんこは、誇って良いの?」

 

「……雫。大衆の耳がある場所で、そういう話をするのは止めよう」

 

「誇って良いの?」

 

「後でな、雫!後でしっかり話し合おう、もっと人が少ない場所で!」

 

 雫は早くこの議題について議論したいようだが、非常にセンシティブな議題だ。ショッピングモールでするようなモノではない。

 

「……2人きりの場所とか?」

 

「まぁ、そうだな。耳目がないに越した事はない」

 

「じゃあ、今度は2人きりになれる場所でデート」

 

「待ってくれ。その言質取りは卑怯じゃないか?」

 

 雫のあまりにも狡猾すぎる罠に抗議し、俺は即座に言葉を尽くして撤回にかかる。

 

「私と2人きりになるの、嫌?」

 

「……」

 

 撤回にかかったのだが。

 果たして、この潤んだ瞳で上目遣いをする少女に、嫌と言える男が居るのだろうか。

 

「……できるだけ、誰にも明かさない方向で」

 

「うん。秘密のデートにする」

 

 俺は言えない男だったので、雫に見事言質を取られた。

 俺と雫だけの秘密にし、真夜から隠すよう条件を付けられただけでも、俺を評価してほしい。今回のデートも真夜には伝えてないが。

 

「その時に、この服着ていくから」

 

 雫は俺が選んだ服を手に取り、買い物籠に入れた。

 自身の好悪を一旦抑え、雫は俺の好みに寄り添う。

 

「次は、十六夜さんの」

 

「ん?俺の服を選んでくれるのか」

 

「うん。色々と着せたい服がある」

 

「そうか。よろしく頼むよ」

 

 そうして始まった雫による俺の服選びは、あれやこれやと様々な服を着せ変えられた。

 途中から店員さんも混じって、カフェに行く予定の時間を迎えるまで、俺は着せ替え人形の身に甘んじるのだった。

 

 

 

「……パフェがいっぱい」

 

「そう。カフェとは名ばかりのパフェ専門店なんだよ、この店」

 

 雫がパフェばっかりのメニューに驚いていたように、俺が寄りたかったカフェとはパフェが美味しいと評判の店だったのだ。

 

「こういう甘味が主な店って、男1人では入りづらくてね。雫を利用するみたいで悪いが、この機会を逃したくなかったんだ」

 

「別に、悪くないよ。……甘い物、好きなの?」

 

「大好きさ。イチゴのケーキとか、ホールで食べたいくらいには」

 

「それは好き嫌いというより、大食いなだけかも」

 

 雫が冷静に指摘してくれた。

 言われてみると、甘い物好きと表明する宣言としては不適切だろう。どちらかと言うと大食い宣言だ。

 

「十六夜さんって、こういう甘い物が人気のお店とか、チェックしてたり?」

 

「それなりにな。でも、チェックしてもほとんど行ってないよ。ネット注文で宅配してくれてる店のは、宅配を頼んで食べたりしてるんだが……」

 

 巡りたい店をいくつチェックしても、堪能できるのは宅配ありの極少数。俺はとても歯がゆい思いをし続けている。

 

「そういうお店巡り、付き合おうか?」

 

「本当か!?」

 

 雫からの援護が得られる可能性に、俺はついつい身を乗り出してしまった。

 顔が近付いたせいか、雫の頬はほんのり桜色が混じる。

 

「本当。今後、行きたい店があったら呼んで」

 

 だが、雫は避けたり仰け反ったりせず、むしろあちらからも近付けてきた。

 距離が近いが、そんな事に恥ずかしさを覚えるより、雫の援護が確定となった事への喜びが先に立つ。

 

「ありがとう、雫!」

 

「こちらこそ。今後とも末永いお付き合いを」

 

 感極まって手を握れば、雫は手を重ねて受け入れてくれた。

 実に喜ばしい。これで俺は大手を振ってスイーツ巡りができる。

 

「金魚鉢パフェを注文のお客様」

 

「おっと。俺の注文が来たみたいだ」

 

 注文の品を持ってきた店員に俺の注文である事を示せば、その名前からして異常なパフェが俺の目の前に置かれる。

 異常な名前ではあるが、その名前に偽りはなし。

 出目金が4,5匹飼えそうな大きさの金魚鉢。その鉢の中にブルベリーソースやチョコソース、コーンフレークにスポンジ、クリームチーズの層が積み上げられている。

 それだけに飽き足らず、その層の上にはプリンに生クリーム、イチゴにチョコ板、アイスクリーム。それらでできた頭の悪い冠をいただいているのだ。

 女性がメイン客層であるお店で出すような代物ではない。テレビのオファーで大食い選手が来店するからと、急遽用意したかの如きパフェだ。

 しかし残念ながら、この店に大食い選手が来店した事はない。

 こんなパフェをメニューに載せているなんて狂気の沙汰だが、大食いである超人かつ甘い物好きな俺はこの狂気に称賛を送りたい。

 

「……それ、食べきれる?」

 

「問題ない。胸焼けの心配も結構だ」

 

 この狂気に挑むのだ。食べ残しや胸焼けなど、失礼な事はしない。

 完食を以て、この狂気への称賛としよう。

 

 そうして、スプーン(大さじ)ですくった一口目を食した。

 口の中を広がる甘味は、この店が味を量で誤魔化す2流でない事を教えてくれる。

 

「十六夜さんって、本当に甘い物が好きなんだね」

 

「ん?さっきもそう言っただろう?」

 

「凄く幸せそうな顔してたから、今確信した。正直、そんな顔初めて見たかも」

 

 頬が緩んでいたのだろう。そんな顔を晒してしまった事に内心羞恥するが、それを言葉にする前に、雫の様子が気になった。

 何故か、雫は暗い表情をしていたのだ。

 

「……。十六夜さん、訊きたい事がある」

 

 その暗い表情も一瞬すれば、決心したような顔に変わっていた。

 その顔と目は、俺を真っすぐ捉えて離さない。

 

「……改まって訊く程の事なのか?」

 

「うん。多分、とっても大切な、訊かなきゃいけない事」

 

 カフェという和気藹々とした場所に反し、雫は真剣な雰囲気を纏う。

 

「十六夜さん。私たちに、何か大切な事を隠してない?」

 

「……」

 

 その真剣な質問に、俺は手を止めた。

 雫は、俺からいったい何を訊き出したがっているのだろうか。

 「私に」ではなくて「私たちに」というのも、かなり気がかりだ。

 推測だが、達也一団に黙っている何かしらを訊きたいのだと思う。

 では、雫の訊き出したいのは()()だ。

 変な話、彼女らへの隠し事は多い。

 俺が転生者である事から始まり、四葉関連の事も含み、周公瑾との契約に関する事で終わらない程、俺は彼女らに多くを隠している。

 

 適当にはぐらかしたところで、彼女は追及を止めそうにない。

 ならば1つ、比較的問題ない物を明かそう。

 この前のスティープルチェース・クロスカントリー辺りが手ごろだ。リライト能力の事は伏せて、顛末を語ってしまおう。

 

「雫、実は―――」

 

 そうして、語ろうとした瞬間だった。

 

「十六夜さま!こんな所でお会いできるとは、これはまさしく運命でしょう!」

 

「ン゛ッ」

 

 予想しなかった知人の声に、語りを遮られた俺は噴き出すのを必死に堪えた。

 

「こら!泉美、止めなさい!」

 

 何という事か。最初にした声の主たる泉美だけでなく、その姉である真由美も居る。当然と言えば当然だが、香澄も居る。

 下手に人気のある店だったのが徒になったか。

 

「相席しても構いませんか?構いませんね!」

 

「構うに決まってるでしょ!何を考えてるの貴女は!」

 

 相変わらずと言うべきか、泉美の暴走を真由美は必死に止めようとしていた。現状は手遅れと言う外ないが。

 さて、どうしたものか。

 

「……相席、どうぞ」

 

「良いの!?」

 

「他の人の、迷惑になりますから」

 

 驚愕の返答を訊き返す真由美にそう言う雫は、なんだか達観していた。

 言質を無理矢理取ってでも漕ぎつけたデートなのだ。邪魔されて心中穏やかではなかろうに、雫は怒りを抑え込んでいる。

 心を制した彼女は、おそらくこの世の誰よりも仏心に近い。

 

「ありがとうございます!では、遠慮なく」

 

「え。これ、相席するの……?」

 

「仕方ないわ、香澄。もう私たちには、相席して泉美が暴走しないように監視するくらいしか……」

 

 泉美はにこやかに俺の横を陣取り、空気の不味さを噛みしめている香澄と真由美は渋々雫の両隣に腰かけた。

 ラウンドテーブルなので許容人数は多く、3人追加されても窮屈さはない。香澄と真由美は精神的な窮屈さを感じているだろうが。

 

「北山先輩とお2人だけのようですが、もしかしてお姉さまへのプレゼントを相談されているのですか?」

 

 席に着いて開口一番、泉美は特大の爆弾をぶち込んだ。

 渦中の真由美と空気の読める香澄は、これから起こる惨劇に冷や汗をかいて顔を伏せている。

 そして、雫は珍しく、光の消えた目を見開いていた。

 もちろん、その目を向けられているのは俺だ。

 

「詳しく」

 

「雫、まずは謝ろう。君という者がありながら、君を差し置いて他の女性にプレゼントの約束をしていて、すまなかった」

 

 初手は頭を下げる。これをするかしないかで展開が変わってくるだろう。

 

「プレゼントの約束をした顛末について、詳しく」

 

「真由美さんと同居が終わったその日の事だが、俺がミスして彼女が被害を受けた。その埋め合わせにプレゼントを贈る事になった。そこに下心はない。ただの謝罪だ」

 

「そのミスについて、詳しく」

 

「……脱衣所の鍵を閉め忘れた。その結果、俺は俺の裸体を真由美さんに見せてしまった」

 

 一瞬素直に話すか迷った。迷ったが、素直に話す事が減刑に繋がると、俺は信じた。

 雫は、油を差し忘れた機械のように、緩慢な動きで真由美の方へ向き直す。

 

「七草先輩は、十六夜さんの裸を見たんですか?」

 

「……見ました」

 

 真由美も素直に真実を開示し、俺と共に判決が降るのを待つ。

 待っていたのだが、雫は肺の酸素を全て吐き出した後、自身の顔を両手で叩いた。

 そうすれば、いつもの雫に戻っている、はずだった。

 

「十六夜さん、後で一緒にお風r―――」

 

「裸で、せめて裸見せるだけで!お慈悲をください!」

 

「…………冗談。別に、正式な交際をしている訳でもないし」

 

 雫の瞳が欲望と良心で揺れているかのようだったのは、きっと俺の気のせいである。

 

 とにかく、俺はそうして雫の怒りをやり過ごし、雫が訊き出そうとしていた事も有耶無耶にできたのであった。

 

 ちなみに、この後はもうデートという雰囲気ではないので、女子同士の買い物に趣旨を変え、俺は荷物持ちとなるのだった。

 

◆◆◆

 

~七草と四つ葉の花冠~

 

2096年8月20日

 

「昨日は、本当にごめんなさい」

 

 俺が呼んで真由美と集合した訳だが、その集合の初手で真由美は頭を下げた。

 デートを無茶苦茶にした事をずっと気にしていたのだろう、あの後の買い物も顔色が優れていなかったし。

 

「真由美さんのせいではありませんから、そんな謝らなくても」

 

「いいえ、私のせいだわ。泉美を気絶させてでも、あの場を離れるべきだったのよ」

 

 真由美は今にも指を詰めて誠意を示しそうな程、深刻な表情だった。

 俺はその誠意が現実となる前に止めなくてはならない。

 

「なら、貸し1つという事で。いつか何かの形で返していただければ、それで構いません」

 

「そ、そんなので良いの?」

 

「雫の方にも貸しを返していただければ」

 

「ええ、分かったわ。必ず貴方たちに役に立つ形で返すと、七草の長女として誓います」

 

 真由美はまるで命を担保にした契約を交わすかのように、とても真剣だった。

 何故だろう。深刻な過ちを犯さないように制したはずなのに、深刻な過ちを唆したような気しかしない。

 ここまで来たらどうにもならないだろう。俺は成り行きに任せた。

 

「とりあえず、今日の用件なのですが。FLTまでご一緒いただけますか?」

 

 俺が真由美を呼び出したのは、彼女に頭を下げてもらうためではない。

 面倒な脇道に逸れた話を、無理矢理本筋に戻す。

 

「FLTまで?」

 

「はい。以前から約束していた、真由美さんへのプレゼントを用意してあります」

 

 真由美の驚いた顔を見納め、俺は自動運転車のタクシーを用い、真由美と共にFTLへと向かう。

 

 

 

「待っていたぞ、十六夜」

 

 FLT開発第三課にて、達也が出迎えてくれた。

 

「え、なんで達也くんが」

 

「いきなり真由美さんのCADを第三者に預けるのは拙いでしょうから、急遽達也に応援を要請しました」

 

「んん?」

 

 疑問が多いのか、真由美は質問を上手く言葉にできないようだ。

 

「えっと。これから俺の送るプレゼントの関係で、真由美さんの普段使いしているCADを整備してもらわなければならないんですよ」

 

「……はい。まぁ、CADの整備士が必要であるというのは、何となく分かったわ。それで、なんで達也くん?」

 

「信頼できない相手にCADを整備してもらうのは不安でしょう?」

 

「まぁ、そうね。達也くんのCAD整備技術は、去年の九校戦で嫌という程知っているから、信頼はできるわね」

 

「という事で、FLTの設備を借りて、達也にその設備を使って整備してもらおうかと」

 

 真由美が疑問に思っていそうなところを、俺は少しずつ説明していった。

 だが、達也が元からここの職員である事は伏せる。

 

「……そこまでするかしら、普通」

 

 設備を借りるのはやりすぎだと、真由美は俺を胡乱な視線で刺した。

 

「まぁまぁ。とにかく、設備借用に延滞料は払いたくないので、手早く用事を済ませてしまいましょう」

 

 話をはぐらかして俺が歩き出せば、真由美も渋々付いてくる。

 

 そうして辿り着いたのがCADを整備する機器が並ぶ一室。

 そこの真ん中に配置されたテーブルの上にあるのが、真由美へのプレゼントだ。

 

「真由美さん、どうぞ受け取ってください。オーダーメイドの完全思考操作型CADです」

 

「あ……」

 

 FTLが開発した完全思考操作型CADである直径3cm、厚さ6mm、艶消し加工された銀色の円盤。

 その円盤には、萩・芒・葛・撫子・女郎花・藤袴・桔梗という秋の七草と四つ葉のクローバーが花束のように意匠されていた。

 感極まっているのか、真由美は両手で口を押えている。

 

「気に入っていただけましたか?」

 

「……ええ、とっても。これ、CADなのよね?」

 

「はい、先月発表されたばかりの新型です」

 

「ただのネックレスと勘違いしてしまいそうな程、芸術的だわ」

 

 真由美は慈しむように、そのCADをそっと手に取った。

 じっくりと観察する様は、まさしく芸術作品に見とれている様である。

 

「ありがとう。大事にするわ」

 

 真由美は純粋な感謝を述べ、優しく、しかし手放さないようにCADを抱え込んでいた。

 

「そこまで喜んでいただけたなら、俺もオーダーメイドにした甲斐がありました」

 

「十六夜くんって、美的センスがあるのね」

 

「いえ、意匠に関してはほとんどノータッチなのですが」

 

 勘違いを訂正すれば真由美の感動は一気に急降下し、頬を膨らませてしまうくらい機嫌を損ねてしまう。

 だが、真由美は特に言及はせず、舌を出すだけに留めてくれた。

 

「これ、既存のCADとペアリングする仕組みなのよね」

 

「はい。ペアリングと、そして既存CADの最適化はこちらで行います」

 

 不機嫌表現もそこそこに、真由美は達也とCAD整備の話を進める。

 

「そう、なら達也くんに私のCADを預けるわ。傷付けないように、丁寧に扱ってね」

 

「承りました」

 

 真由美は汎用型CADと完全思考操作型CADを手渡し、達也は店員のような態度で手に取る。

 

 CADの整備は、真由美のサイオン波特性検査を含めても、長くはかからなかった。

 

 こうして完全に自分の物となったCADにご満悦な笑みを浮かべる真由美を、俺は微笑ましく眺めたのだった。




下手に人気のある店だったのが徒になったか:残念ながら、泉美は十六夜の身辺調査として彼の友人たちにしょっちゅう彼の事を聞いた折、デートの日時と場所を知り得ていた。彼が寄りそうな場所も事前に絞り込み、的中させたのだ。つまり、今回の乱入は計画的犯行である。

 閲覧、感謝します

※誤字修正
・「香澄は十六夜の身辺調査として」→「泉美は十六夜の身辺調査として」(2020/8/16)
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