魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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編輯黙示編・三片
第六十四話 雫に映るは幽かな月


2096年8月20日

 

「……。はぁ……」

 

 ベッドの上にて、寝起きの雫はまず溜息を吐いた。

 昨日の事を雫は引きずっているのだ。

 

 昨日は十六夜とデートした日である。

 途中に乱入者を許してしまったが、デートだったのである。

 乱入者とは七草3姉妹。乱入者と称すべきは泉美だけかもしれないが、とにかく、十六夜とのデートは彼女らによってデートの体裁を保てなくなった。

 

(泉美は、きっとお姉ちゃんの恋愛を応援してる)

 

 泉美が十六夜と真由美をくっつけようとしているのは、もはやあからさまである。

 彼女自身が十六夜を義兄にしようと企んでいるのもあるが、おそらくは姉の恋愛を手助けしようとしているのだ。

 少なくとも、雫はそう解釈していた。

 何故かと言えば、真由美の十六夜に対する態度が異性を意識したモノであると、雫は直感しているのだ。

 先に十六夜を意識した者として、雫はこの直観に自信がある。

 

「絶対に負けない」

 

 雫は口から言葉が漏れてしまう程、その闘志を湧きあがらせていた。

 いたが、雫は首を振る。

 雫の溜息は、そのヒロインレースが主要因ではない。一因かもしれないが、それはさておき。

 雫は、十六夜の隠し事が気になっているのだ。

 

 デートの最中に詰問し、十六夜は何かしら明かそうとしていた。

 しかし、あの時に明かそうとしていたのは嘘、良くて誘導するための浅い真実である。

 雫はもっと深い、十六夜という人物の根幹に関わるような隠し事があると、そう確信している。

 

 以前から、それこそ最初に会ってから、友人以上恋人未満の関係になってからも、十六夜が重要な隠し事をしていると微かに感じていた。

 

 それが確信に変わったのは、今年の九校戦、その最後の日の事である。

 

◆◆◆

 

2096年8月15日

 

 スティープルチェース・クロスカントリー・男子で、華々しくも十六夜が1位を飾り、雫はそのお祝いをしに選手控室へ向かったのだ。

 簡潔に結果を述べると、十六夜には会えなかった。九島烈に呼び出されていたのである。

 

「雫、少し良いか」

 

 代わりと言ってはなんだが、達也と出くわした。

 その達也は、いつになく真剣で、深刻な表情をしていた。

 

「うん、付き合うけど。私だけ?」

 

「ああ。今は、雫だけに留めておきたい」

 

 その様子とその言に、雫は十六夜関連の話であると察した。

 故に、雫に断る理由はない。

 大人しく、雫は達也に付いて行った。

 

 着いた場所は、第一高校CAD作業車。キャンピングカーのようでありながら、窓とドアを閉めてしまえば、盗聴も覗き見も防ぐ車だ。

 そこに、雫と達也は2人だけになった。

 ピクシーは居たが、人数に数えるかは微妙だろう。

 「ロボットは人か」という、哲学的な話になってしまう。

 

「まず、十六夜はスティープルチェース・クロスカントリー中にある問題の対処に当たっていたんだが。これについては詳しく話せない事を前提に、十六夜の話をさせてほしい」

 

「……分かった」

 

 達也は軍人、十六夜は十師族。込み入った事情があるのは当然で、一般人が聞くべきでない話は多い。

 それでも、十六夜を深く知りたい雫としては釈然としない気持ちだった。

 だが、ここでそれを聞けば達也が口を閉ざすだろう。

 雫はそういう込み入った事情より、今達也が話そうとしている十六夜関連の事を聞きたかった。

 

「問題への対処に俺も力を貸そうとしたんだが、十六夜に拒絶された。おまけに、「視るな」と、釘を刺された」

 

「……達也さんにも見せたくないモノがあった?」

 

 達也にも見せたくないモノ。この時点でかなり不審である。

 達也と十六夜はもちろんの事ではあるが友人だ。十六夜の人間関係から推測する限り、最も親しい間柄だろう。

 しかし、その相手にすら十六夜は見せる事を拒んだ。

 

「俺は、正直十六夜の事を怪しんでいる。あいつは、何か重要な事を、俺たちに打ち明けていない」

 

「……うん」

 

 雫が十六夜の重要な隠し事について、その存在を確信したのはこの時だっただろう。

 十六夜と最も親しい者も、自身と同じようにその存在を知覚していたのだ。

 雫にとって、これが後押しになったのは間違いない。

 

「だから俺は、「視るな」と言われた時間を避け、その時間の出来事を視た」

 

「……エイドスの情報を最大24時間遡って使う『再成』」

 

「そうだ、それの応用だ」

 

 雫が導き出した解答を、達也は明確には違うのにあえて訂正しなかった。

 説明が長くなるというのもあるし、全てを話したくないというのもあったからだ。

 とにかく、達也が24時間前までのエイドス、個人情報体とも言われるそれを閲覧できるという認識は間違いではないのだ。

 そして、今回はそれが重要な部分になる。

 

「達也さんは見たんだね、十六夜さんの秘密を」

 

「ああ、視た」

 

 互いの言葉には若干ニュアンスに差異があるが、達也は十六夜の秘密を知った事に変わりはない。

 

「何を見たの?」

 

「……あくまで、俺が視たのは十六夜の身体情報の変化だが。あいつの身体情報の、何かが変わっていた」

 

「何か?」

 

 ここに来て酷く曖昧な表現だ。

 雫は首を傾げてしまう。

 

「この「何か」についてはぐらかしたい訳じゃない。だが、俺もそれが何なのか、何の情報なのか、分かっていないんだ」

 

 達也が覗いた十六夜のエイドスは、確かに何かが変化していた。

 だが、その変化は初めて見た、劇的な変化だったのだ。

 

「俺の所感としては、サイオンに近いモノだ。しかし、試しに当時の事を美月に訊いたら、スティープルチェース・クロスカントリー中に眩いプシオンのような輝きを確認したらしい」

 

 美月が眩いプシオン光を確認した時刻は、十六夜の「何か」が急激に減った時刻と、ほぼ一致していた。

 そして、ここで達也は言及しないが、「パラサイトのモノではないような」という美月の感想も受け取っている。

 

「プシオンにも近いって事?」

 

「そう、サイオンのようであり、プシオンのようでもある「何か」だ」

 

 魔法師に縁が深い非物質粒子の2つに似た「何か」。

 これだけではそれが如何なるモノで、推測するのは不可能だ。

 

「その十六夜の「何か」は減り続けている」

 

「……「減り続けている」?」

 

 過去形ではなく、現在形。そして、サイオンなら時間が経てば回復しているはずだ。

 

「後夜祭の後にも視たんだが、その「何か」は減ったままだった。一切回復していない。そして後日、また確認したんだが、かなり微細だったが、さらに減っていた」

 

 その「何か」は減る一方で回復していない。

 

「検証のために俺のその情報も比較したんだ」

 

「待って。その「何か」は、誰にでもあるの?」

 

「ある。しかも、全員が極僅かにだが、減り続けている」

 

 誰にでもあり、減り続ける「何か」。

 達也はその存在に気付いてしまった。

 今まで見過ごしてきた変化が、自身らの身体にあると、その事実に達也は気付いたのだ。

 

「それって、もしかして……」

 

 その事実を聞かされた雫は、1つの推測をし、しかし言葉にできなかった。

 だって、それは最悪の推測だったのだから。

 

「俺は、その「何か」が、「寿命」のようなモノではないかと考えている」

 

「っ!」

 

 達也の考えと雫の推測が奇しくも合致し、雫は息を呑んだ。

 

「それじゃあ、十六夜さんは寿命を削ってるの……?」

 

 その推測は、その結論に繋がってしまうのだ。

 十六夜は寿命を削っている。

 十六夜は自身の命を犠牲にしている。

 それは雫にとって、受け入れ難く、信じたくない結論なのである。

 だが、如何に悲しい結論でも、達也が頷いて同調する。

 

「どうして十六夜さんがそんな事を……」

 

 雫の嘆きのような疑問に、達也はただ首を振った。

 動機も、分からないのだ。

 雫も達也も、動機となり得る十六夜の心情を知らない。

 ここに来て、2人は思い知らされる。

 自分たちが十六夜について何を知っているのか。

 そんな、友好関係を根本から疑わなければならないような問いに、2人はぶち当たっている。

 

「達也さん……。達也さんは、十六夜さんの友達……?」

 

「俺はそう思っている。もしかしたら、思わされているのかもしれないが」

 

「そんな事言わないで!!」

 

 達也は雫らしくない、激情を露にした叫びに目を見開く。

 驚いた、と言うのもあるが、涙を零しそうな雫に、はっとさせられたのだ。

 

「私たちが信じなかったら……。十六夜さんは、1人になる……」

 

 そう、雫の涙も、達也のはっとさせられたのも、そこに訳がある。

 

 四葉十六夜を1人にしたくない。

 

 そんな思いが、雫と達也の中には確かにあるのだ。

 

「すまない、失言だった」

 

「二度と言わないで」

 

「誓おう。二度と十六夜が友人である事を疑わない」

 

 達也ははっとさせられ、改める機会を与えられたからこそ、本心から雫の訴えに従った。

 十六夜が友人である事を疑ってはならないと、達也は己の胸に刻み込んだのだ。

 

「だが、雫。俺は十六夜の隠している事には疑ってかかるぞ」

 

「もちろん。私もそれは探りたい」

 

 十六夜を友人と信じているからこそ、2人は十六夜を深く探るべきだと判断した。

 友人の凶行を見て見ぬ振りする事と、友人を疑う事は違うのだ。

 そもそも、友人が命を捨てようとしているなら、それを止めるのが真の友情である。

 彼らは友情をはき違えない。

 

「雫、協力してほしい。十六夜により深く踏み入ろうとし、かつ隠し事の存在を把握しているのは俺たちだけだ」

 

 他に十六夜を友人とする者が居ない事はない。

 だが、そのほとんどが一定の距離を保ち、十六夜の逆鱗に触れないよう注意している。

 また、踏み入ろうとしている者は居ても、十六夜の隠し事が深刻なモノであるとまで計れている者は居ない。

 正直、幹比古も前者に当てはまると、達也は分析している。

 達也と雫だけだ、危険を冒してまで一線を越えようとする者は。

 

「うん。私は、彼の隣に居たい。それは物理的な距離の事じゃなければ、相対的な距離の事でもない。本当に、心から彼に寄り添いたい」

 

 隣を歩くだけではなく、恋人や妻という社会的な立場でもなく。雫は、真に十六夜という男を理解し、彼と共にある存在になりたいのだ。

 

「俺も、できるならばあいつと、兄弟のような間柄になりたいんだ」

 

 達也の告白に、雫は度肝を抜かれる。

 意外や意外な真意に、雫はちょっと固まった。

 

「……そんな驚く程か」

 

「達也さんの思わぬ一面を目の当たりにした気分」

 

 シスコンの男が、まさかの兄もしくは弟を欲していたのだ。

 もはや固まって然るべき事だろう。

 シスコンという自覚すらない達也にとっては、釈然としていないようだが。

 

「とにかく。慎重に切り込んでいってくれ。十六夜は非常に敏感だ。不用意に逆鱗に触れれば、知らず知らずに距離を置かれるだろう」

 

 釈然としない気持ちを飲み込んだうえで、達也は話を逸らした、もとい、本筋へと修正した。

 十六夜の真意を知る事に必要なのは長期戦であると、彼は提言する。

 

「うん、気を付ける」

 

 雫がその提言を受け入れる事で、この密談は終了したのだった。

 

◇◇◇

 

2096年8月20日

 

「……」

 

 達也との密談を鮮明に想起した雫は、だらしなくも寝たままだった上体を起こした。

 そして、自らの頬を叩く。

 

「諦めない」

 

 ただ一度の失敗である。

 そんなモノを引きずり、後に悪影響を残すのは拙い。

 だから、頬を叩いて気合を入れ直したのだ。

 

「私は、諦めない」

 

 誓いはすでに立てている。

 交換留学から帰ったあの時に、「私は、貴方の隣に立ち続けます」と宣誓している。

 あれを恋に浮かれた少女の妄言にしないために。

 この恋を一時の夢としないために。

 夢を、叶えるために。

 

「私は、貴方を諦めない」

 

 ならばこそ、再度誓うのだ。

 

「私は、()()の隣に立ち続ける」

 

 多重に壁を作って守り固めたその心を暴き、幾重にも仮面を被って覆い隠したその顔を晒させ、ただそこに残ったちっぽけな男に寄り添うのだと。

 

「私は、()()が好きです」

 

 だって雫は、そんな男を好きになったのだから。




兄弟のような間柄になりたいんだ:達也の好感度指標。敵だらけの中、いつも味方で居てくれた。事情を深く知りながら、友として居てくれた。そんな存在に、達也は友情以上のモノを感じている。それこそ、兄妹愛しかない達也が、一線を越えてまで十六夜を探ろうとする理由である。

 閲覧、感謝します。

※現在、諸事象により更新ペースが崩れ、調整できていません。以前までの隔週更新は難しくなってしまいました。しばらくの間は月一ペースの更新になってしまうかと思います。
 うまくペースを調整できない事、及び今回の更新もだいぶ待たせてしまった事。この場を借りてお詫び申し上げます。

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