魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第六十五話 新月の夜、月の在処

2096年8月20日

 

「……」

 

 真夜は、自身の寝室で目を瞑っていた。

 東道と行った協議の結果を十六夜へ伝えるために彼を帰省させ、この部屋に来るよう言ってある。

 その来訪を指定した時間まで、真夜は思考に耽っているのだ。

 

 東道と協議をしたあの日、真夜には信じ難い情報の数々を浴びせられた。

 『英雄』や『聖女』がどうだとか、十六夜が『英雄』で『聖女』だとか、十六夜が『英雄』と『聖女』の贖罪に生きているだとか。

 真夜には信じられなかった。信じたくなかった。

 

「それが真実だとするなら、貴方と私の関係は、全て演技だったというの……?」

 

 そう。信じてしまえば、親子の絆は取り繕われただけの偽物になり下がるのだ。

 今までの愛が、与えてきたのも、与えられてきたのも、全て嘘になる。

 

「貴方は、私に何を見出しているの……?」

 

 もし、そこに愛がないのなら、四葉十六夜は、名もなき少年兵は、自身にいったい何のため尽くしてきたのか。

 

 真夜は答えを求め、記憶を掘り起こす。

 その記憶は、東道と協議した時の記憶。十六夜が捌けた後の会話である。

 

◆◆◆

 

2096年8月18日

 

「其方を国家公認戦略級魔法師とするかはこちらで協議する。其方は席を外せ」

 

「……分かりました。失礼します」

 

 東道の許しを得て、十六夜が協議の場を辞する。

 真夜は、十六夜がこちらを一瞥する視線に、目を合わさなかった。

 東道と十六夜の話している最中からずっと目を伏せ、ついぞ十六夜がこの場にいる間に、開く事はなかったのだ。

 

 静寂が訪れる。

 東道と真夜はすぐにでも協議を再開すべきなのだが、少しの間、お互い口を閉じたままだった。

 そして、真夜は転寝から目覚めるように、目をうっすらと開ける。

 

「目を伏せたところで、現実からは逃れ得ぬぞ」

 

 東道はそれに合わせたかのように、諫言を突き立てた。

 真夜は唇を強く噛みしめる。

 

「恐ろしいものよ。ここまで追い詰めて、ようやく真実を明かすとは」

 

 東道は感嘆していた。

 十六夜が四葉に捕まって約4年。そんな長い期間、己の秘密を隠し通したのだ。

 息子という存在に飢える真夜の深層心理を見抜き、付け込み、盲目的な信頼を築き上げた。

 実に狡猾であり、執念がある。

 

「かの少年兵が語った事に嘘はない。贖罪を求め、それ以外を不要とする意志も、真だ」

 

 東道は十六夜がそのように叫んだ瞬間、彼の瞳を覗いた。

 仄暗い、しかし明々に輝く意志を、東道は十六夜の瞳に見たのだ。

 

「あれは狂っておる。まるで復讐者だ。しかして怨敵どころか、誰もその目に映しておらん。あれは、贖罪に囚われた、悲しい亡霊だ」

 

「十六夜はっ、亡霊などではありません!!」

 

 東道の酷評に、真夜は声を荒げた。

 愛する者が貶された事に、真夜は耐えられなかったのだ。

 だから、相手がスポンサーであるにも拘らず、感情的に反抗したのである。

 

「では、其方はあの真実を一部でも明かされていたか?リライト能力の他には何を訊き出せた?」

 

「……っ」

 

 東道から無慈悲なまでに現実を突きつけられ、真夜は何も言えなくなった。

 反論したくても、悔しさで歯噛みを抑えられず、口も舌も動かない。

 

「其方は騙されていた。利用されていた。だが、かの少年兵は其方に利用される事も是とした。それが如何なる打算故か、私にも計り知れん」

 

「……「利用される事も是とした」?」

 

 騙されていた事に拒絶するあまり、その事を見逃していた。

 そう。十六夜は真夜へ利益をもたらしてきたのだ。

 真夜から利益を搾取するのではなく、十六夜は互いの利益となる行動をしてきた。

 一方的な関係ではない、相互利益のある、蜜月の関係と言えるだろう。

 

「利用できるなら、利用すれば良い。それだけの価値がかの少年兵にある事は認めよう。だが、努々忘れるな。かの少年兵は詐欺師であり、亡霊であり、狂人である。足を掬われぬよう注意せよ」

 

「……」

 

 東道は自らの所感を全て真夜へと伝えた。

 そして、彼女に考える時間が必要であると、返事を待たずに腰を上げる。

 1人残された真夜は、開け放たれた襖越しに空を拝んだ。

 夜でもなく、月も出ていないその空に、ありもしない答えを求めていた。

 

◇◇◇

 

2096年8月20日

 

 真夜は想起から立ち返る。

 未だに疑心はあり、されど信じたい気持ちが渦巻いている。

 それはひとえに、自身の愛を守りたいからだ。

 信じたい。守りたい。

 故に、探らねばならない。

 

 だからこそ、怖くとも十六夜を呼び寄せた。

 目を背け続ければそれこそ、疑心に押しつぶされ、信じられなくなってしまう。

 

 扉を叩く音がする。

 

「母さん、十六夜です」

 

 時は来た。

 

「入りなさい」

 

 真夜が許可すれば、十六夜はゆっくり、真夜の顔を窺いながら入室する。

 十六夜も恐怖するような、緊張感を纏っていた。

 それが本当に恐怖故の緊張なのか、そういう演技なのか。真夜はその時点から十六夜を疑ってしまう。

 

「……母さん」

 

 恐怖するような十六夜の目が、真夜を射抜く。

 ついつい、真夜は十六夜を抱き留めたくなる。

 だが、騙されているかもしれないという考えが、頭から離れない。

 

「……。十六夜、貴方を国家公認戦略級魔法師にすると、東道閣下との協議で決まりました」

 

 真夜は感情を押し殺し、まずは事務的な対応から始める。

 協議で決まったとは言うが、実際は東道から書面でそういう意向を示されただけだ。

 本来協議するべきだった時、真夜が協議できる精神状態ではなかったため、当然と言えば当然の措置である。

 

「そう……」

 

「しかし、貴方を国家公認戦略級魔法師として公開するのは、貴方が成人した時もしくは戦略級魔法が必要になった時です」

 

「……」

 

 つまりは、十六夜は戦略級魔法が必要な緊急事態に、有無を言わさず軍に召喚される。

 これはある意味仕方ない事だ。

 現在、日本の国家公認戦略級魔法師は五輪(いつわ)(みお)1人。

 であるのに、その彼女は虚弱体質で、戦争へ駆り出すには不安が残る。

 軍は、日本は、欲していたのだ。安定している戦略兵器、体調万全な国家公認戦略級魔法師を。

 そこに都合良く現れたのが、四葉十六夜。

 彼を使わない手は、日本にはないのである。

 

「分かった。今更逆らえる事でもない。それに、有効活用してくれるなら、願ってもない事だ」

 

 十六夜は日本の現状、大人たちの都合を原作知識により察していた。

 察した上で、渋々ではあるけど、どこか喜んでいるように彼は承諾したのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 事務的な、協議で決定した事についての報告は終わった。

 そうすると、真夜と十六夜は揃って沈黙する。

 お互い、目が合わさらない。

 次に話すべき事があるのに、どちらもそれに苦悩する。

 

「……ごめんなさい、母さん」

 

 先に苦悩から脱したのは、十六夜だった。

 彼は目を合わせないまま、暗い表情で謝罪を述べたのだ。

 

「……何が、「ごめんなさい」なのかしら」

 

 真夜は苦悩から脱せないまま言葉を紡いだ。

 そのため、その発言は不意に威圧感を放っている。

 

「……ずっと、黙っていた事だよ。『聖女』とか、『英雄』とかの事」

 

 十六夜は強く拳を握りながら、告解を始めた。

 その様子は真に迫っている。

 しかし、「真に迫っている」というのが、そのまま真夜の感想になってしまう。

 

「怖かったんだ……。生まれた時から誰かの記憶があって、知識があって、罪を償わなきゃいけない気持ちがあって……。でも、それが普通じゃないって認識もあって……」

 

 十六夜は怖かった。

 前世の記憶があるなんて、いったい誰が信じるのか。

 与太話とされるだけならまだ良い。

 だが、異常者として迫害せれる可能性は充分すぎた。

 だから十六夜は明かさなかった。

 

 ここで質が悪いのは、ここに嘘がない事である。

 生まれた時に記憶・知識・贖罪の意識があったのは真実だ。

 『聖女』や『英雄』のモノという語りなら嘘になるが、十六夜はそれらが『聖女』や『英雄』のモノと語っていない。

 前言でそのように聞こえるミスリードをしているだけだ。

 

「そうね……。多分、明かされても真面に受け取らなかったでしょうね」

 

 フリズスキャルヴでも、『聖女』や『英雄』に関する言葉を目にした覚えはないのだ。

 いや、目にしていたとしても、記憶に残っていない。

 『聖女』や『英雄』という、あえて個人を差さない言葉でやり取りされてしまえば、他人からは分からない。

 おまけに、ただの法螺話として興味も持てないだろう。

 人の認識を突いた、実に見事な隠蔽方法だ。

 

「だから、もう良いわ。貴方が隠していたのも、仕方がないもの」

 

 故に、真夜も納得はする。

 十六夜がその手の話を隠していたのは、仕方がなかったのだ。

 言われても信じなかった真夜と、言っても信じてもらえない十六夜。

 つまりは、互いが互いを信頼していないのだ。

 

「そういう、事なのよね……」

 

 その事が頭に過っても、真夜は口にしたくなかった。

 口にしてしまえば、それが真実になってしまいそうで。

 一欠けらの希望さえも、微塵に砕かれてしまいそうで。

 

「母さん……?」

 

 俯く真夜に不穏さを感じ取っても、十六夜はその不穏を具体的に読み取れない。

 

「……十六夜。約束して、今後は私を信じるって」

 

「……もちろんだよ、母さん。俺は、母さんを信じてたよ。信じられなかったのは、自分自身だけさ」

 

 真夜が十六夜の目を真っすぐ覗けば、十六夜は確かに真っすぐ覗き返してくれた。

 しかし、注釈が添えられた弁解に、真夜は疑念を抱いてしまう。

 今後も自身が信じられなければ、隠し事をするのではないかと。

 そんな免罪符を発行したのではないかと。

 

 そんな疑念に、真夜は己が情けなくなった。

 十六夜の言葉を信じきれない己が、悲しくてたまらなかった。

 どうにかしたい。どうにか彼を信じたい。どうにか彼の本音を暴きたい。

 

 そう思った時、ある事が想起される。

 

「……十六夜。私のお願いを1つ聞いてくれる約束があったわね」

 

「ああ、あったね。何でも良いよ?それこそ、母さんの気が晴れるまで折檻してくれても構わないから」

 

「じゃあ、添い寝をしましょう?」

 

 真夜は、以前添い寝した時のあの夢を想起したのだ。

 自殺志願者の、あの夢を。

 あれは十六夜の心を表したモノだったのではないか。

 そんな考えが、今更ながら浮かんだのだ。

 そうして、あの夢なら十六夜の本音が暴けると、微かな希望に縋った。

 

「添い寝?そんなので良いのかい?以前は随分恥ずかしがってたみたいだけど……」

 

 当然、そんな突飛もない考えに四葉当主が至っているとは、十六夜に見抜けるはずもない。

 十六夜は理解の追い付かない状況に困惑する。

 

「ええ、添い寝で良いの」

 

「まぁ、うん。了解したよ」

 

「じゃあ、私のベッドに」

 

「今すぐなんだね」

 

「そう。今すぐ」

 

 真夜は是が非でもあの夢を見ようと、困惑する十六夜に迫った。

 急なお願いではあるが、叶えてやらねば引き下がらない圧力がある。

 幸いにも現在の服装は薄着であるため、寝間着にしても問題はない。

 十六夜は抵抗せず、真夜のベッドに上る。

 

「……大丈夫そうだね」

 

 2人で横になったが、真夜が興奮している様子はない。

 暴走されなかった事に十六夜は安堵した。

 しかし、興奮してないという事は、真夜の中に別の感情が占めているという事である。

 

「……十六夜。もう1つ、良いかしら」

 

「なんだい?」

 

「抱きしめさせて」

 

 真夜は、逃がしたくなかった。

 寝ている間に逃げられたら、あの夢を見られないかもしれない。

 それだけは、絶対に避けねばならないのだ。

 

「それが望みとあらば」

 

 またも抵抗なく、十六夜は従順に真夜の腕に収まる。

 強く抱きしめられ、ついでに胸にも収まってしまうが、十六夜は大人しくした。

 

「……」

 

「……」

 

 そのまま会話もなく時間が過ぎていく。

 眠りが訪れるのを、どっちもじっと待ったのだった。

 

◆◆◆

 

■日

 

 真夜は体を襲う不自然さに目を開く。

 そこは、アンティークさが滲む狭い一室。

 安物のベッド。2つの本棚。2つのシルバーラック。木製の机。首吊り縄。

 そして、ノート型パソコンと、それに向き合う男。

 何から何まで変わらない自殺志願者の夢である。

 

「またこの夢に、来られたのね」

 

 真夜は不思議な気持ちだった。

 思惑通りこの夢を見られた喜びはある。

 しかし、言語化できない暗い気持ちもある。

 その気持ちに折り合いが付かないままで、真夜はしばらく動けなかった。

 そうして真夜が動けない間も夢は進む。

 

 自殺志願者は、首吊り縄へと歩み寄っていた。

 真夜は、ただその光景を傍観する。

 ならば、自殺志願者の運命は決まった結末を辿るのだ。

 首吊りをして死ぬという、物語もない結末に。

 

「こ、か……」

 

 自殺志願者は小さく呻き、脱力した。

 どこまで用意周到なのか、糞尿を垂らす事すらない。

 自殺志願者は、どこまでも静かに、どこまでも綺麗に、息絶えたのだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 真夜は、こみ上げる罪悪感を吐露した。

 ただの夢だというのに、また自殺志願者を殺してしまったような、そんな罪悪感が真夜を襲っていたのだ。

 せめて彼の死を無駄にしないようにと、真夜は行動に移った。

 少しでも十六夜の心を暴こうと、部屋の調査を始める。

 

 まずは、木製の机だ。

 

「パソコンは……。起動できるけど、パスワードがあるわよね」

 

 如何に骨董品まがいの代物であろうと、セキュリティはもちろんある。

 21世紀末の技術ならハッキングは容易だろうが、真夜はその手の技術はないし、その手の道具も持っていない。

 そもそも、この夢に道具を持ち込む事はできないだろうが。

 どうしようもない物は後にし、横の紙束を手に取る。

 

「こっちは……。不採用通知?」

 

 積み上がった紙束は、全て不採用通知だった。

 日付に統一性はないが、西暦は2018年と2017年の物である。

 残念ながら、その西暦から意味を抽出する事は難しい。

 

「……どれも、名前が塗り潰されているわね」

 

 西暦より目に付いたのは、その宛名である。

 ポールペンかシャーペンか、名前が読めないようにされていた。

 不思議と、光に透かしてもその名前は読み取れない。

 この紙束で読み取れるのは、これが自殺した一因である事くらいだ。

 これだけが原因で死んだというのは、さすがに荒唐無稽が過ぎるが。

 

「後は、この机の棚かしら」

 

 木製の机には、鍵付きの棚があった。

 何か重要な物があるとすれば、そこだろう。

 

「……開いてる」

 

 鍵の締め忘れか、それとも鍵が不良品だったか。鍵付きの棚は引っ張り出せた。

 

「……」

 

 真夜は棚の中を覗き、すぐに閉じる。

 理由は言及すべきでないが、あえて言うと男の性が詰まっていた。

 十六夜にいらぬ偏見を抱きそうだと、真夜は注視する事を避けたのだ。

 

「今更だけど、倒錯的と言うか、そういう趣味の人の部屋よね……」

 

 真夜は目付きの湿度を上げながら、美少女フィギュアが並べられたシルバーラックに目をやった。

 真夜もそういう趣味に理解がある方ではある。

 しかし、ここまで誇示されていると、さすがに何も感じない訳ではない。

 ケースに入れてまで飾られた美少女たちが幼い傾向にあるのも、物申したくなる気持ちを煽っているのだろう。

 

「十六夜って、幼女趣味があったのかしら……」

 

 十六夜本人とこの夢の関係はまだ明確にされていないのだが、真夜はつい十六夜に関連付けてしまった。

 一応、誰の名誉かは伏せるが、名誉のために弁明すると、その美少女たちは設定上18歳以上である。見た目はともかく、年齢は幼女ではないのだ。

 

「も、もしかして、十六夜は胸の大きい女性が嫌いだったり……!」

 

 そんな美少女たちの設定など知る由もなく、真夜はフィギュアを漁る。

 

「……え?」

 

 そうして、フィギュアの箱を割き分けた先に、真夜は見つけてしまった――

 

「深雪……?」

 

――司波深雪がアニメ調にされたフィギュアを。

 

「これは、どういう事?どうして深雪さんがアニメーションのキャラクターみたいに?」

 

 真夜は深雪のフィギュアを手に取る。

 詳細に観察すればする程、それは見紛う事なきアニメキャラである。

 

「『魔法科高校の劣等生』……?」

 

 その箱に描かれたロゴが目に留まった真夜は、直感的に、本棚の棚を引き出した。

 もしかしたら、そういう漫画があるのではないかと、そんな妄想が浮かんだのだ。

 その妄想に(いざな)われ、引き出した棚は漫画の棚ではなかった。

 だが、ビンゴである。

 その棚には、『魔法科高校の劣等生』というタイトルのライトノベルが仕舞われていた。

 

「深雪さんだけでなく、達也さんまで……」

 

 抜き取った1巻の表紙を、司波兄妹が飾っている。

 真夜は奇妙な恐怖心を覚えた。

 それは、自身がいったい何者であるのかを問いかける、本能的な恐怖心だ。

 それでも、真夜がライトノベルのページを捲ろうとする手は、止まらなかったのだ。

 

「達也さんを主人公に据えた小説、なのね」

 

 本文まで至れば、自ずと誰が主人公かは明白になった。

 本能的な恐怖心を乗り越えてしまった真夜は斜め読みではあるが、その本を読み進める。

 

「まるで、予言書ね……」

 

 達也の送っていた日常、語られている情報。真夜が知り得ているそれらだけでも、寸分違わず合致している。

 故に、司波達也を主軸に描いた予言書であるように真夜は感じていたのだ。

 

「……十六夜は?」

 

 ふと気付いた。四葉十六夜が挿絵どころか本文にも登場しているのを確認していない。

 

「そんな、嘘……」

 

 真夜は目を走らせながら注意深く「十六夜」という文字を探す。

 

「嘘、嘘、嘘!だって、居るはずよ!四葉十六夜は!私の愛した息子は!!」

 

 居ない。本文にも居ない。挿絵にも居ない。表紙にも居ない。キャラクター紹介にも居ない。何処にも居ない。

 四葉十六夜という存在は、その予言書に登場しない。

 

「嘘、よ……。だって、それだったら私は、何も救われない……」

 

 そう。真夜は十六夜という存在に救われてきた。

 事件解決の助けになった、という意味ではない。

 もっと、真夜を形成する根本的な事項である。

 

「十六夜が居なかったら、私は……。世界を憎む復讐心から、家族を得られない未来から、私は救われない……」

 

 真夜を世界への復讐に駆り立てていた根本、子を成せぬ現実。

 十六夜が現れてくれたから、疑似的とはいえ自身の息子が生まれたから、真夜は復讐を止める事ができた。

 事実、この『魔法科高校の劣等生』に登場する四葉真夜は、復讐心に囚われているのが読み取れる。

 

「十六夜、貴方が居たから私は……。貴方が居るおかげで、私は……」

 

 それで、悟った。

 真夜にとって、十六夜とは救世主だったのだ。

 

「貴方が、私を救ってくれた」

 

 真夜は、自殺志願者を正面に見据える。

 根拠のない確信が、真夜にはあった。

 

「貴方が何を求めてそうしてくれたかは分からない。でも、貴方は私を救ってくれた」

 

 自殺志願者が十六夜本人であると、真夜は確信していた。

 説明が付いてしまうのだ、四葉十六夜が未来視のような鋭い勘を持つ訳が。

 四葉十六夜はこの『魔法科高校の劣等生』という予言書を読んでいた。

 それがその訳である。

 

「ごめんなさい、名も知らぬ貴方。貴方は私を救ってくれた、いいえ、救ってくれているのに、私は貴方に何もできていない。救ってくれている恩を、全く返せていない。でも、これだけは言わせて」

 

 真夜は自殺志願者に近寄り、芽生えた暖かい感情を以て――

 

「ありがとう、名も知らぬ貴方」

 

――『●●』を抱きしめた。

 そうしようとしたのに、真夜の手は彼の体を擦り抜け、座標が重なる。

 真夜の脳裏にあれが押し寄せる。

 

 理解しないでくれ   期待しないでくれ 信じないでくれ     頼りにしないでくれ  抱きしめないでくれ    頭を撫でないでくれ 背中を押さないでくれ    目を見つめないでくれ  馬鹿にしてくれ  突き放してくれ    いらないと言ってくれ 殺してくれ

 

 答えられない 応えられない  堪えられない   こたえられない    コタエラレナイ

 

 許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して

 

 意志の奔流に晒され、頭が酷く痛む。

 それでも、意識は手放さない。

 真夜は諦めない。

 

 ■して

 

「ええ、絶対にそうしてみせるわ」

 

 何を願われたのかは解読できない。

 できないが、彼の望みを叶えてみせると、真夜は誓った。

 

「だって、貴方を愛しているのだから」

 

 何故なら、そこに愛があるからだ。

 

◆◆◆

 

2096年8月21日

 

「……」

 

 カーテンの隙間を縫って挿し込む日の光が真夜を照らし、目覚めさせる。

 真夜は微睡む事なく、ゆっくりと上体を起こした。

 倦怠感はない。寝る前にあった、心に立ち込める霧もない。

 真夜は、とても穏やかな目覚めを迎えたのだ。それこそ、悪夢から解放されたような。

 

「おはよう、母さん」

 

「ええ、おはよう。十六夜」

 

 だから、信じる信じないなんて些末事を気にせず、十六夜に笑顔を向けられた。

 

「俺が言えた義理じゃないけど、顔色が良くなったね。何か、良い夢でも見たのかい?」

 

「ふふ、内緒よ」

 

 色んな事を隠している十六夜へ、真夜はお茶目にも夢の事を内緒にするのだった。

 いずれまた訪れ、あの自殺志願者を知り尽くすために。

 『●●(四葉十六夜)』を、愛するために。




司波深雪のフィギュア:プライズ品であり、『●●』がクレーンゲームでたまたま手に入れた物。費用としては500円も使っておらず、是が非でも欲しくて手に入れた訳ではない。また、十六夜が深雪に対して特殊な感情を抱いている訳でもない。

※今後の更新日についてですが、月の第二日曜に可能なら更新しようと思っております。時刻も0時を予定しています。もしその日に更新できなかった場合、最新話の後書きでご報告させていただいた上で、後日、別の日曜0時に更新させていただきます。
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