2096年10月20日
警備の下見を行うため、俺は京都に訪れていた。
本来登校日である今日だが、警備の下見は学校公認。第一高から公休扱いを受けている。これで憂いなく周公瑾捜索ができる、かと思いきや、そう上手くは行かない。
表の名目を果たさなければいけないのもあるが、この公休扱いとなる下見にエリカとレオが便乗してきているのだ。彼女らは周公瑾捜索を知らないため、表立ってそちらに執心はできない。
彼女らの便乗を拒絶する事もできたが、表の名目をより強調できる事と、彼女らが戦力として有り難い事を達也が述べ、俺もその意見に同調したのである。
エリカたちには申し訳ないが、今回ばかりは利用させてもらおう。京都旅行としてこちらも利用されているのだから、お互い様だ。
「よし、揃ったみたいだな。じゃあ、まずはホテルに向かおうか」
京都駅で達也、深雪、水波、幹比古、エリカ、レオと、下見班が集合したのを確認し、便宜上は班長を務める俺が段取りを取り仕切った。
警備チームであるし、風紀委員長であるから、その班長就任は止む無しだ。警備チームにおいて、訓練も受けていない、グループ分けもされていない、特別枠と言うか例外枠なのだが。オブラートに包んだ表現をすれば、遊撃枠だ、きっと。
「十六夜さん、達也さん、深雪さん、水波さん」
「あら、光宣君?」
班が歩き出そうとしたところ、丁寧にも知人を全て呼び連ねて声をかけてきた。声をかけてきたのは誰かと言えば、深雪が呼んだ通り九島光宣だ。
先々週に続き、光宣は周公瑾捜索に協力してくれる約束をしていた。だが、少し約束と違う事態となっている。
「光宣、迎えに来てくれたのか?予定ではホテルで待ち合わせだったはずだが」
「ええ、そうなんですが。このくらいの時間だとうかがっていましたので……」
達也が約束と違う事を指摘したが、光宣は羞恥心と面目なさを混ぜて後頭部をかいていた。友達と会えるとなって、光宣は待ちきれなかったのかもしれない。
体質の問題で学校を休む事は少なくないし、その比類なき美貌と魔法力には近寄り難さがある。失礼な推測だが、学校での交友関係は狭そうだ。それ故に、光宣にとって俺たちは貴重な存在なのだろう。
情状酌量の余地があると、俺は光宣が約束を違えた事へ非難の言葉を投げかけたりしなかった。達也も、特に諫言は口にしない。
それで光宣と面識ある4人でのやりとりを終え、光宣と初対面である3人に意識を向けた。
エリカ、レオ、幹比古は、やはりと言うべきか、光宣を目にして固まっている。
「びっくり……。深雪の男の子版みたいな……。え?誰?この子」
3人の意思を代表するように、エリカが胸の内を吐露していた。多分、その男の子版深雪という美貌に唖然としているため、その胸の内に嘘偽りはないだろう。でなければ、本人の前でそこまで外見を評さない。
「エリカさんたちには紹介が遅れていたな。彼は九島光宣さん。十師族九島家のご子息だ」
「な、なんでそんな人が?」
「いや、まぁ。たまたま九島閣下と最近会う機会があってね。京都を見て回りたいと言ったら、ウチの孫を是非案内役にと、ね?」
「どういう機会でどういうご厚意なんだい、十六夜!?」
幹比古の驚愕はご尤もなのだが、7割方真実なのだから、俺は苦笑を浮かべながら肩を竦めるしかない。
エリカやレオからもちょっと湿度の高い視線で見つめられるが、俺は甘んじて受け止める。
「えっと。初めまして、第二高校1年の九島光宣です」
俺の事を見かねてか、光宣は3人へ名乗った。しかも、九島ではなく、第二高校1年と。
この場では十師族の一員としてでなく、同じ魔法科生徒として接してほしいという意思表示だ。
「そうね、
かつて千葉ではなかった故に腫れ物扱いを経験しただろうエリカは、光宣の意思を汲み取り、己の立場を対等にした。
切り替えが早く、実に柔軟な思考をしている。
「そ、それもそうか……。変な事を言ってごめん。僕は吉田幹比古。エリカと同じく、第一高校2年生だよ。よろしくね、九島君」
「俺は西城レオンハルト。俺も同じく第一高校2年生だ。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
吉田と千葉、その家名に多少反応したようで、光宣の返事は少しばかり固かった。幸いなのが、それを咎める程狭量な人間は居ないという事だ。
「ところで、今日って第二高も普通に登校日だと思うんだが。光宣さんは大丈夫なのか?俺たちは学校に申請したから公休だけど……」
「大丈夫です。家の都合という事で、僕も公休を取らせてもらっています」
協力させている手前、学校をサボらせていたら申し訳ないと思い訊ねたが、どうやら上手くやったらしい。
十師族の家の都合とくれば、学校側も詮索しづらいし、多少確認を緩める。ちょっと狡いが、実際十師族として大切な仕事を熟しているのだから、文句を言われる筋合いはない。
「光宣。俺たちは一旦ホテルに荷物を置いてくるつもりだが、一緒に来るか?」
「はい、そうさせてください。その方が時間を有効に使えます」
達也の意向に従い、光宣も本来の待ち合わせ場所だったホテルへと足を向けた。
そうして、一行はホテルに荷物を預ける。チェックインの時間はまだだったが、その辺りはホテル側が融通を聞かせてくれた。
それから、一行は今論文コンペの会場となる京都新国際会議場へ。周辺が比較的自然豊かであり、会議場以外の大きな建物となるとホテルくらいだ。その他は民家、それも2階建てが精々である。
横浜事変より懸念される大人数の潜伏は、ほぼ不可能だ。
「確かに、この立地だと大人数の潜伏は無理だ。でも、少人数を小分けにして潜伏はできる」
そんな周辺環境に対し、幹比古はそう指摘した。エリカは疑問を呈していたが、数日間身を潜めるのではなく、コンペ当日に身を隠すのなら可能であると反論される。
さらには、古式魔法による暗示や結界といった認識阻害で大衆に紛れる事も可能だと、幹比古は補足した。それらの意見に、エリカも腑に落ちないようではあるが、論の正当性を認める。
「辺りを手分けして歩いてみるか?暗示ならともかく、結界なら違和感を察知できると思うぞ?」
達也は台本通り、心にもない提案をした。当然、幹比古はその提案を採用しない。結界は最小規模に抑えられ、発見は困難だと尤もらしい不採用理由を言い並べる。
「なるほどな。では、どうする?」
「僕が探査の式を打つよ」
ここでようやくお膳立てを済ませ、本命の話を切り出した。周公瑾を探査するための式、その式を打つ動機を疑われないよう、この話の流れをあらかじめ作っていたのだ。
台本は思惑通り、エリカとレオに怪しまれる事なく、無事に遂行される。
「エリカとレオは僕を手伝ってくれないか。式に集中している間、周りへの注意がおろそかになる。だから、周りの警戒を頼みたいんだ」
「おう、任せとけ」
「仕方ないわね。良いわ、守ってあげる」
幹比古の頼みに即決で乗るレオとエリカ。その3人で1グループ目。
「なら、俺と深雪、水波が市内を回って、その式に反応している奴を探ろう。敵とは限らないが、何らかの情報は得られるだろう」
「市内を回るなら、僕が案内します」
達也と深雪、水波が市内探索で、案内に光宣。その4人で2グループ目。
「十六夜はどうする?」
「はて、どうしたもんか」
幹比古がグループからあぶれた俺を気にかけた。俺は、少し考え込む。
どっちかに付くべきかもしれないが、どっちに付いてもあまりおいしくないかもしれない。囮にしろ、本命にしろ、四葉直系が加われば否応なく敵の警戒度を上げてしまう。
囮ならば、敵を慎重にさせてしまい、引き付ける役目を果たせない。本命ならば、敵の目を引いてしまい、敵の隙を突けない。
そういう問題点があり、どちらを許容するかを考えた時、俺の中に第3案が思い浮かぶ。
「丁度良い。こいつを使おう」
俺は懐に手を忍ばせ、小型の水筒にも見える筒を3本取り出す。
「それは?」
「小型保冷庫CAD。『付喪神』の依り代にする雀の死骸を保管してる」
幹比古が純粋にその筒、小型保冷庫CADを訝しんだので、俺は素直に答えた。
この小型保冷庫CADは以前からFLT、達也に依頼していた特注品だ。9月には完成していたのだが、ようやくのお披露目となる。
「『付喪神』!」
意外、でもないが。『付喪神』に強い反応を示したのは、光宣だった。
彼は目を煌かせ、わずかにだが俺との距離を詰めている。初邂逅した日も、『付喪神』の教えを請おうとしたくらいだ。かなり興味をそそられているのは、疑うまでもない。
「その筒の中には『付喪神』を使用するための準備がなされた触媒が入ってるんですね!」
「あ、ああ。九校戦で使ったのはチョウゲンボウとかフクロウとか大型の鳥だったが、今回は雀だ。偵察に使うなら、日本中どこにでも居る小型の鳥、雀が最適だからな」
微妙に早口な光宣に気圧されながら、俺は詳細な説明を意図的に省きつつ、実演する。
まずは保冷庫CADに組み込まれている魔法で内容物、雀の死骸を解凍し、その死骸を手の平に乗せ、『付喪神』を行使する。
そうすれば、まるで蘇ったかのように目を開け、羽ばたいた。
ファンサービスとばかりに光宣の腕に止まらせ、生前と変わらぬ動きを再現させる。
「おお、おお!凄い、これが!手に触れてやっとサイオンとプシオンを感じる!」
光宣は丁寧にも指への移動を誘ってから、その指に止まった雀の『付喪神』を上下左右から観察し、その魔法的痕跡が皆無である事に感激していた。
魔法の隠密性も加味する古式魔法を噛んでいるだけあって、その感激も
「という事で、俺はこれで広い範囲を偵察しつつ、単独行動する」
「だ、大丈夫なのかい?3体も操るなんて、僕とは比べ物にならない程注意が散漫になりそうだけど」
「大丈夫さ。この程度で視線を気にしなくなるなら、俺の人混み嫌いは治ってる」
「そう、か……」
人の視線に敏感である事を自虐交じりに自慢すれど、幹比古の心配は拭えないようだ。
「一応1体は周囲警戒に当てる。それで良いだろ?」
「……ああ、分かった。自衛の術もしっかり用意してるなら、古式魔法師としては文句ない」
万全性も解説して、どうにか幹比古は頷いた。古式魔法師としては文句なさそうだが、何か別の部分では文句がありそうだ。
でも、幹比古自体がその文句を我慢したのだから、俺が追求するのはお門違いである。
「じゃあ、3グループに分かれて行動を開始しよう。行動終了時刻はホテルチェックインの時間。再集合地点は宿泊予定のCRホテル。以上、行動開始」
グループ分けが決まったところで、俺は下見班班長の務めを果たし、号令をかけた。皆がそれぞれに返事をし、速やかに己の仕事へ取り掛かる。
「さてと。俺はどの辺を歩いたもんかな」
俺は3体の雀を飛ばしつつ、適当に歩き始めるのだった。
単独行動の俺が取った偵察ルートは、京都新国際会議場から伏見稲荷大社の方面へと向かうそれ。観光に偽装するんだったら神社が密集している場所が良いだろうという事と、『伝統派』はそういう神聖な場所の近くに拠点を設けるという事。その2つの観点からそのルートに決めた。
特に深い意図はなく、本当にただなんとなくで決めたのだ。そんな正しく適当に、いや、テキトーに決めたルートを、1㎞の範囲内に雀を飛ばしながら歩いていた。
それで出発から30分程、伏見稲荷大社を指し示す標識が視界に入り出した時、雀もとある者を視界に入れる。
「……周公瑾?」
俺は目を疑った。視界に入れたのは雀の目なのに、俺はつい自身の目を擦ってしまう程だ。当たり前だが、俺の目を擦ったところで雀の視界がクリアになる訳はない。でも、変わらず雀の視界に、周公瑾らしき後姿が捉えられている。
その人物は、千本鳥居の方へと歩んでいる。
「……」
まさかこんな所に周公瑾が居るはずないだろうと、俺は見間違いである事を祈りつつ、早足でその後姿を追った。幸いと言って良いのか、雀の追跡が撒かれる事はない。むしろ誘われているのではないかと、不安になる。
それから十数分、その人物を追い続ければ、どんどん人目のない方へと進んでいく。俺は増していく不安を抱えながら、その人物と同じ道順を辿った。
違和感が濃くなっていく。本能的危機感が俺に来た道を戻るよう、訴えていた。確固たる意思を持たねば、思わず踵を返してしまいたくなる。
だから、直感した。不安が現実になると。
「お久しぶりです、十六夜様」
「……いや、何やってるんだ」
周公瑾は、本人だった。その男は林の中で立ち止まり、俺が追い付くのを待っていたのだ。
やはりと言うべきか、道中感じた危機感は人払いの術によるモノだ。おそらくは、正しい道順を辿らねば迷わされるような術も敷かれていただろう。
そんな人を追い返す術が2つも仕掛けられた場所に、俺は誘い出された。と言うか、何を暢気に四葉直系を誘い出しているのか、という話である。
「貴方様まで私の捜索に出ておられたようでしたので、近況報告でも、と」
「いつから気付いてた?」
「雀の事でしたらご心配なく。あれは仙人にしか気付けないでしょう。貴方と私のような、ね?」
誘い出されたという事は雀が俺の魔法だと露呈していた事になるが、周公瑾はどうやらパラサイト憑依者としての感覚で、雀が俺の魔法、いや、疑似的なパラサイトだと感知できたようだ。逆に、『付喪神』を使ったから、周公瑾には早々に感知されてしまったという事か。
周公瑾の言葉を信じるならば、しっかり雀の『付喪神』は隠密性を維持しているらしい。パラサイト憑依者には感知されてしまうというデータも得られた事だし、今回は周公瑾の奇行については追及せずにおこう。
「ふぅ……。近況報告だったな。何かあったのか」
吐きたい諫言を溜息として吐き出してから、俺は周公瑾の近況報告に耳を傾ける。
「裏で手を組んでいた事実を抹消するため、七草より刺客が送られました。退けはしましたが、死体を処分している余裕はありませんでした」
「刺客というのは、名倉三郎か」
「はい。度々連絡役として遣わされていた方だったので、まんまと呼び出されてしまいました」
何が「まんまと」だ、などという諫言も言葉にせずにおく。返り討ちにして、しかも死体以外の痕跡を残していないのだから、充分すぎる逃走術だ。
そも、その死体だって追っ手を誘い込むため、意図的に残したのだろう。こいつは今、今世の死に場所が欲しいのだ。死という明確な清算を経て、俺に合流しようとしている。
実に見事な筋書きだと、感心してしまう。
「死体の近辺は重点的に探られるでしょうから、現在はその場を脱し、国防陸軍宇治第二補給基地に匿ってもらっています」
「待て。なんで国防軍がテロリストを匿ってるんだ」
「薬物と術を使った後、冤罪をかけられていると騙りましたら、対大亜連融和論者の方々が信じてくださいました」
何かさりげなく恐ろしい事を打ち明けられたような気がして、俺は頭が痛くなってくる。
この場合、そんな手に引っかかったその軍人らを非難すべきか、軍人すら騙し果せる周公瑾を賞賛すべきか。
何はともあれ、国防軍と事を構えなければいけなくなる事が確定した。下手人の薬物使用を言い訳に、国防軍と十師族の衝突は避けられるだろうか。
「まぁ、そっちの状況は理解した。こっちは、表立った周公瑾捜索に司波達也と俺、それに吉田幹比古が出張って、七草真由美個人が協力してる。そうやって表が盛り上がっている内に、黒羽がお前の足取りを掴むだろう。直接対峙するのは、達也と俺になるか」
「おやおやこれはこれは。再起した吉田家の神童まで加わりましたか。『伝統派』の方々では荷が重かったでしょうね。早々に補給基地へ身を移しておいて良かった。呆気なく捕捉されずに済みましたよ」
周公瑾としてはもうちょっと粘って散るのが、怪しまれない死に際と判断したようだ。自身の選択が間違っていなかった事に、自ら数度頷いている。
「対峙にはもう少し時間がかかるだろうが、遅くても論文コンペ当日になるか。そこまでに準備を済ませておいてくれよ」
「心得ています、我が同士よ」
合流準備を念のため急かせば、周公瑾は恭しく一礼した。
俺はその恭順を示す姿勢にどこか胡散臭さを感じつつ、この場を後にするのだった。
周公瑾との遭遇以上に目ぼしい収穫が得られないと諦めつつ、俺は伏見稲荷大社の2・3㎞範囲の神社仏閣をくまなく巡った。当然、収穫はほとんどない。強いて言うなら、古式魔法師と思しき者を数名見かけたくらいである。その者たちも別に仕掛けてきたり接触してきたりはしなかったので、『伝統派』か別派閥かの見分けは付かなかった。
半ば情報収集を投げ出し、雀の『付喪神』で神社や寺院を色んなアングルから観覧するという、無駄に高度な観光で時間を費やす。そうしていれば再集合時間が近付いてきたので、俺は宿泊予定のホテルへと戻っていくのだった。
残念ながら一番乗りとなってしまった俺はチェックインを済ませ、ロビーでくつろいでいた。携帯端末を覗けば、そろそろ再集合時間だ。なのに達也たちの姿はない。
時間にルーズそうな(そんな事実はないが)レオとエリカは幹比古が引き連れているし、達也たちも時間に遅れるような人となりはしていない。何か一悶着あった事を察し、数時間くらい待つ事を覚悟した。
さすがにそれは安全マージンの取りすぎだったようだ。時間となる前に、達也たちがエントランスに現れた。一悶着あったとしても、そう大した事件ではなかったか。
「やぁ、達也。しっかり5分前行動だね」
「ああ。少し待たせてしまったみたいだが、その分収穫はあった」
別に遅れてもいなければ待たせてもいないのに、達也は勝手に俺を待たせた事と手に入れた情報で損益を打ち消していた。俺は全く咎めていないのだが、達也の中で清算が済んだのだからとやかく言わずにおく。
「達也、十六夜。君たちの方が早かったみたいだね」
俺と達也がそんなやり取りをしているところに、幹比古のグループも丁度返ってきた。
1人、グループに居なかった人員を連れて。
「一条さん」
「四葉。お前も下見か」
一条将輝である。「お前も下見か」という事は、一条は論文コンペの下見で来たのか。
厄介な事になっていると知らず、彼は飛び込んできてしまったのだろう。いや、その厄介な事が起こってないのか調べるため、飛び込んできたのか。
一条には十師族としての責任感があるし、横浜事変の記憶も残っているだろう。再発を防ぐために事前の調査をしに来ても、なんらおかしくはない。しかし悲しきかな、彼が予想している以上に現状は厄介になっているだろうが。
「まぁ、そんなところだよ。幹比古さんと合流してるって事は、何かあったかい?」
「そうだ。あった事について、情報共有がしたい。良いか?」
「もちろん。ただ、こんな公衆の場で話すような事でもないだろう。大部屋を取ってあるから、そこで話そうじゃないか」
かわいそうではあるが、俺は一条も巻き込む事にした。多少の厄介事くらいで音を上げるような人物ではないし、変にちょっかいをかけられても嫌だ。協力関係を結んでおいて、目の届く所に留めたい。
「分かった。詳しく聞かせてもらおう」
一条も乗ってきた事だし、これで俺は憂いなく彼を巻き込める。
彼は何に首を突っ込んだかも知らず、ただ気を引き締めた様子で引き入れられたのだ。
そうして、道中で一条が別のホテルに泊まる予定で、奇しくもそのホテルがほぼ隣のホテルであるという他愛もない雑談して、俺たちの泊まる部屋に辿り着いた。
当たり前かもしれないが、話をする場は男子が泊まる方の大部屋だ。男女別に大部屋を取る気配りをしたのに、ここで女子の領地を跨ぐのは気配りを無駄にしてしまう。
とにかく、第一高下見班は一条を加え、その部屋に集った。何から共有したものかと考えあぐねていたが、そんな間に達也が口火を切る。
「去年の横浜事変で大亜連合侵攻軍の手引きをした者が、京都方面で匿われている事が分かった。俺はそいつの捜索任務で京都に来ている」
しかもかなりぶっちゃけた。
「任務だって!?司波、お前は……」
「国防陸軍101旅団独立魔装大隊所属の特務士官だ」
ぶっちゃけた内容に驚愕する一条へ、達也はさらに情報を畳みかけていく。
内容が内容であるため、にわかには信じられない事だろうが、一条は他の者たちに目を向け、顔をしかめながらも真実なのだと信じた。
深雪や俺が真剣な面持ちだし、エリカやレオが厄介事に巻き込まれた事を直視してげんなりしている。幹比古はそこまでぶっちゃけるのは想定範囲外だったようで、一条と似たように驚愕しているが。
少なくとも、そんな周りの雰囲気で冗談ではない事を把握するだろう。自分なりに判断しようと一条が顎に手を置いている。そこへ、俺も真実味を付加しにかかる。
「四葉もその下手人を追っていてね。利害の一致で達也と手を組み、京都での不祥事という事で、九島家の人間、九島光宣さんに手伝ってもらっている」
「そ、そうか……。だから、どこかで見覚えがあると思った顔があったのか」
俺から付加した情報を頭に入れ、一条は光宣へ視線をやった。光宣が微笑みを返せば、一条は苦笑を返している。
さすがの一条も、国防軍・四葉・九島が動いている事態なんて予想外だったに違いない。苦笑を浮かべても仕方ない事態だ。
一条がこちらの話を信じ、決心が固まったのを見納めてから、情報共有を進める。
まずは、下手人の名前が周公瑾である事。
その名を聞くと、意外にも一条にはその名を聞いた覚えがあったようで、怒りを滲ませていた。横浜事変当日、一条は周公瑾と横浜中華街で会っていたそうだ。曰く、侵攻軍の一部が中華街に逃げ込んでいたので、その者たちの引き渡しを中華街の者たちに願ったら、あっさりと引き渡してくれたので特に疑いはかけなかった。今にしてみれば、周公瑾に上手く騙されたのだと、一条は憤っている。
結果だけを考慮すれば、確かに一条は下手人を捕り逃した事になるが、それを咎める者は居ない。当時では証拠不十分だったのだ。どうせ捕まえたとしても、のらりくらりと逃げ果せただろう。
その事を問い詰めても無駄だと誰もが判断し、建設的な話題に移る。
「その、周公瑾が得意だっていう鬼門遁甲の術って、どんな魔法なの?」
エリカの好奇心的な口火を切って(多分、一条を慮った意図的な話題逸らしだろうが)、話題はそちらに移っていく。
幹比古から端的に、方位を狂わせる精神干渉系という回答が出され、その魔法への対策が検討される。だが、実りのある論議にはならなかった。幹比古が術式の仕組みを知っているとしても、その対策を、その幹比古も知らなかったのだ。
五感が軒並み狂わされるため、特殊な知覚が必要である事は解明されても、ここに特殊な知覚を持っているのは、超人たる俺と、『エレメンタル・サイト』を持つ達也の2人。ただ、それが周公瑾の鬼門遁甲も打ち破れるかは、お互い難色を示した。
結局その議論は煮詰まらず、次の話題に移る。
その話題は今回の成果報告だ。
「僕たちを襲ったのは忍術使いだった。多分、鞍馬山の術者か、そこからの脱走者だ。僕の実家経由で鞍馬山の方に抗議してもらってるけど、効果は薄いと思う。襲ってきた奴らの中心に居たのは、大陸系の方術士だったんだ。もう完全に、周公瑾の手下に侵食されているよ。だから、牽制はできても、抑止は十中八九できない」
幹比古はさり気なく実家を利用していた。俺は吉田家が介入する事で起こる問題に責任は取りたくないから、少し幹比古を非難するように睨む。ただ、幹比古は怯まず睨み返してきた。これが自身の覚悟だと、言わんばかりである。
俺は小さく息を吐きつつ、頭を振って目を瞑った。幹比古の独断行動に目を瞑る事を表せば、薄く開けた視界に幹比古の微笑みが映る。
そんなやり取りは見届けてから、達也は自身の成果報告を始めた。
「浸食されているにしても、『伝統派』全体ではないようだ。清水寺の参道で、俺たちは周公瑾と対立状態にある『伝統派』と遭遇した」
達也が語るのは、どんどん周公瑾に、大陸系に染まっていく『伝統派』と相いれなかった『伝統派』の人物。その人物は、良く言えば愛国心があり、悪く言えば閉鎖的だったようだ。大陸系の方術師を流入させる周公瑾に対して良い感情を持っておらず、ずっと警戒していたとの事である。
その人物が達也にとって成果に値したのは、宇治川を媒介とした結界、出入りを検知する程度の微弱なそれを管理する1人であった事だ。その人物は、周公瑾が宇治川を越えていない事を検知していた。おまけに、周公瑾は天竜寺より南下した事、大陸系に染まりきった『伝統派』は鞍馬山と嵐山の一党であるという事、その2つの情報をもたらしたのだ。
俺はその情報を聞き、内心歓喜した。周公瑾との邂逅で得た情報をぼかしながらも信憑性を高めるには、このタイミングが好都合だろう。
「その情報、多少は裏付けられるかもしれない。俺は伏見稲荷大社の方で、古式魔法師と思しき者を捕捉したんだ。『付喪神』で追跡したら、別の人間と合流して何やら話していたよ。その時耳にしたワードが、「宇治」と「周公瑾」だ」
古式魔法師と思しき周公瑾と、別の人間である俺が合流した。その話し合っていた途中に国防陸軍宇治第二補給基地の「宇治」と、周公瑾捜索の「周公瑾」というワードが出てきて、俺は耳にしている。片方は俺が言ったワードだが、己の声を自身も耳にしているのは当然。よって、何も嘘はない。
「すまないが、その2人から雀を離していたから、雀では細かいところまで聞けなかった」
『付喪神』を周公瑾に気付かれないよう遠く離していて、実際、雀
「いいや、充分有力な情報だ。対立状態にある『伝統派』の情報、その信憑性が高まった」
達也も、そして他の誰も俺の伏せた内容に気付かず、話を進める。
「だが、達也。嘘の情報に真実を混ぜるのは詐欺の常套手段だ。周公瑾なら、匿ってくれている『伝統派』に嘘を伝えている場合もあり得る」
「ああ、だからもう少し裏付けをとる。差し当たっては、完全に取り込まれたらしい嵐山の一党だな」
俺が念のため忠告すれば、達也は忠告されるまでもなくその可能性を考慮していた。情報の信憑性をさらに高めるべく、次の標的を手下らしい嵐山の一党に設定する。
標的設定が済んだので、グループ編成の話題となる。
深雪が全員で乗り込む事を提案したが、達也がそれを却下。全員では隠密性が下がる事と、下見という表の名目を蔑ろにできない事を指摘した。
そのため、嵐山乗り込みグループは戦力を集中させて、達也、深雪、水波、俺、光宣。下見グループは幹比古、レオ、エリカとなった。幹比古は腑に落ちない様子だったが、文句を呑み込んでいる。
「俺はどうすれば良い?」
「一条さんには、私たちにご同行いただけたら心強いのですけど……」
「はい!お任せください!」
最後、一条が深雪の釣り針に見事引っ掛かって吊り上げられて、この情報共有兼会議は終了となるのだった。
達也グループの動向:原作ととほぼ同じ。清水寺で自身らを尾行していた探偵を恐喝。依頼主を聞き出し、その依頼主と接触。比較的平和な形で、依頼主から情報を受け取った。
幹比古グループの動向:原作とほぼ同じ。
閲覧、感謝します。