魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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編輯黙示編・四片
第七十八話 月に、手を伸ばす。されど……


2096年11月24日

 

 その日、十六夜は日暮れに四葉本家へと訪れていた。真夜と会う約束をしていたからだ。周妃に関する事と、その他の話題について。

 今日は特に周妃の事に関して扱う。故に、真夜と十六夜はもう、相対していた。

 両者とも真剣な面持ちである。話題の都合上で当然と言えば当然なのだが、そういう話題でも十六夜と顔を合わせた真夜は頬を緩めてしまう場合が多いのだ。

 それが今日に限り、引き締まったままである。

 

「十六夜。周公瑾の娘を匿うその理由、再度聞かせてもらえるかしら」

 

「ああ。と言っても単純に、周妃が周公瑾の情報網を持っていたからだ。俺たち四葉を撒き続けたその情報網なら、多くの収穫が期待できる」

 

 まずは、その話題が持ち上がった原因を、真夜が十六夜に明言させた。

 そこからまた議論しようという、真夜からの合図だ。

 

「情報網ならフリズスキャルヴがある。でも、貴方は懸念を抱いていたわね」

 

「母さんだって分かってるはずだ。如何にそれが便利でも、その情報網は一方的に与えられた物である上に、監視されている物だ」

 

 真夜はフリズスキャルヴを使用する頻度が多い。何故なら、それだけ有用であるからだ。

 ネットワークを行き交う情報だけとは言え、その全てを気付かれずに盗み見る事ができる。ネットワークの普及が極まっている現社会において、それにより得られるアドバンテージは計り知れない。

 だが、そのフリズスキャルヴは与えられた物なのだ。しかも、盗み見た情報は履歴が残り、他のフリズスキャルヴオペレーターに閲覧されてしまう。オペレーターは全員で7人、管理者を含め8人だ。

 つまり、管理者含めて7人に監視され、おまけに管理者はオペレーターの権限を剥奪し得る。

 実際、原作においては管理者によってジード・ヘイグが権限を剥奪されていた。

 フリズスキャルヴとは、管理者がオペレーターを都合良く監視するための、いわば罠なのである。

 

「分かっています。だけど、利益があるの。損害以上に」

 

 真夜はそれが罠と察していたが、目を瞑っていた。四葉の当主として、その情報収集能力、有用性が手放せない。敵の多い四葉は、何処よりも危険を早く察知せねばならない故に。

 

「母さん、今はそれでも良いかもしれない。だけど、この先はそうもいかない。管理者が敵対した場合、その情報網は失われてしまう。そうしたらどうするんだ。暗闇の中を出鱈目に動くって言うのかい?」

 

「だからと言って、周公瑾の情報網を使うのも危険よ」

 

「百も承知だよ。それでも、フリズスキャルヴの予備としては必要だ。四葉独自の情報網で国内はカバーできても、国外はカバーできない。周公瑾の情報網と違って」

 

 睨み合いには至っていない。しかし、両者共に譲らない平行線。

 険悪に至っていないのは、奇しくもお互い探り探りだからだ。十六夜は見限られる一線を、真夜は十六夜の真意を。

 

「……周公瑾の娘が牙を剥いた時、どうするつもりなの」

 

「もちろん、全責任は俺個人が持つ。離反者の殲滅か、もしくは俺への処罰か。離反者が何処に隠れようと、俺のみの力で探し出す。俺の首が欲しいなら、喜んで差し出す。如何なる望みも叶えるよ」

 

「……」

 

 無理難題の達成も、己の死も、十六夜は酷く平然と言ってのける。そんな十六夜を見て、真夜は、悲しかった。

 真夜は、十六夜の瞳を覗き見てしまったのだ。東道青葉が言っていた、誰も映していない復讐者の目。仄暗い、しかし明々に輝く意志を、真夜は十六夜の瞳に見つけてしまったのである。

 彼はまだ、贖罪に囚われている。東道が『英雄』や『聖女』のモノと判断した贖罪。ただ、真夜がそうではないと見抜いた贖罪。それでも、まだ輪郭を捉えただけで、いったいどういう贖罪なのかは判明していない。

 ただ、何故だか四葉真夜という個人に尽くす贖罪。

 

「……分かりました。周公瑾の情報網、全権を貴方に委ねましょう。ただし、前言を忘れぬように。もし周妃が離反したら、全責任は貴方に背負わせます」

 

 きっと、今回も四葉に、四葉真夜個人に尽くそうとしている。それが理解できてしまうから、真夜は甘い決断を下してしまった。

 決断が甘い事は、当然真夜も自覚している。どう言い繕っても、真夜は親バカ……。いや、最早その表現は正確ではない。正確に言うなら『親バカ』ではなく、『愛』である。

 真夜は十六夜を愛しているが故に、そして同時に、『●●(あの自殺志願者)』を見定めようとしているために、十六夜を泳がせてしまう。

 

「ありがとう、母さん。絶対母さんの役に立つよう、使ってみせるよ」

 

「待ちなさい、十六夜。もう1つ条件があります」

 

 だからこそ、真夜は見定めるためのもう一手を打つ。

 さて、その一手とは――

 

「……何かな」

 

「私と添い寝しなさい」

 

――名も知らぬ男の夢を見る事(毒電波の受信)である。

 言いようによっては訳が分からないかもしれないから、地の文だけは訳を説明しよう。

 あの夢は十六夜の真実に最も近しい場だと、真夜は認識している。また、あの夢の中には原作(予言書)がある。十六夜が未来の何に備えているのか、その予言書を読めば確度の高い推測ができるのだ。

 

「……母さん。如何なる理不尽も受け入れる心構えをしてるけど、さすがに近親相姦は止めてね」

 

 残念ながら、そんな地の文の説明など、十六夜には届いてないのだが。

 故に、息子と添い寝する行為がこれで3度目となる事について、十六夜は邪推してしまっている。

 

「わ、私だって!息子に欲情したりはしないわよ!」

 

「……本当に?」

 

 初めての添い寝でしていた緊張と、今のこの取り乱し様。真夜の言葉は説得力が欠けている。

 

「し、しないわよ……」

 

 さらには赤面での目逸らしも追加された。

 変な話、真夜自身も怪しんでいるのだ。自身の抱える『愛』が『親愛』なのか、『恋愛』なのか。

 そうして自身でも怪しんでいるから、強く否定できない。

 

「まぁ、冗談だよ。母さんが求めるんだったら、俺は構わないから……」

 

「本当にしないわよ!!」

 

 このままでは我が子に欲情する変態と、最悪のレッテルを貼られかねない。ので、真夜は一旦叫んでまで否定した。本心から否定できているかは、真夜の赤い顔をどう解釈するかによる。

 とかく、十六夜は真夜の真意などどうでも良かったのでテキトーに流し、今回の家族会議を終えるのだった。

 

 時間は流れて夜。良い子は寝る時間だ。

 

「……母さん。顔が赤いようだけど大丈夫かい?2つの意味で」

 

 場所は真夜の寝室。十六夜も真夜も寝間着に着替えているのだが、涼し気な装いに反して、真夜の体温は高そうだった。十六夜でもすぐに気付く程である。

 

「……2つの意味がどの意味かは知らないけど、大丈夫よ」

 

 先述しているが、真夜は自身の『愛』が『親愛』か『恋愛』か測りかねている。それが徒となって、前回は拭えたはずの緊張が復活していた。

 それでも『恋愛』の可能性を振り払おうと、2つ目の意味を意識しないようにしている。それ故の、知らないフリである。

 

「そう。じゃあ以前みたいに抱き合って眠る?」

 

「…………ええ」

 

 十六夜の揶揄うような確認に、真夜はたっぷり5秒溜めてから首肯した。気恥ずかしくはあるが、必要な事であると自身の羞恥心をねじ伏せている。5秒はねじ伏せるまでにかかった時間だ。

 真夜のその態度によって、十六夜は性的な襲撃を覚悟する。それから真夜との添い寝に臨んだ。

 真夜は2度あの夢を見た時の再現をすべく、十六夜の頭を双丘に抱え込む。当然だが、心臓は早鐘を打っていた。十六夜はその早鐘を耳にしていたが、真夜の反感を買わぬように、指摘は避けるのだった。

 

 そうやって寝入る2人。真夜は寝付くのに大分かかったが、その努力は報われる事となる。

 

◆◆◆

 

■日

 

 真夜は、望み通り自殺志願者の夢に辿り着いた。

 

「……」

 

 望みが叶った事を喜ぶべきなのだろうが、真夜は『●●』の背中を静かに見つめている。後悔とも言える感情が、真夜の中にあるのだ。

 この夢に来る度、その『●●』は同じ結末を辿る。

 

「こ、か……」

 

 それは、『●●』が自殺するという結末だ。

 

「……ごめんなさい」

 

 例えこれが再現映像、あくまでも夢なのだとしても、真夜には心苦しかった。

 利用するために殺しているような罪悪感。それと、まだ『●●』をここに留めてしまっている無力感。真夜は『●●』を■すると誓っているのに、いまだそうできていない。その事が、真夜の心を苛んでいる。

 

「……だからこそ無駄にしないわ」

 

 真夜は無力感と罪悪感を噛みしめ、力強く立ち上がった。せめて、『●●』の死を無駄にしないために。

 ここに来た目的は、予言書の確認。十六夜が何に脅えているかの分析。

 真夜は迷う事なくライトノベルの棚を引き出し、本能的忌避感を噛み砕いて本を手に取る。

 手に取ったのは、『魔法科高校の劣等生』で最新刊と思しき物。記される数字は『23』、冠される副題は『孤立編』である。

 事実、それが『●●』にとっての最新刊であった。彼は以降の続刊を読めていない。当然、続編である『メイジアン・カンパニー』も。

 

「……達也さんの秘密がいくつか露呈してしまったようね」

 

 織り込まれたカラーイラストには、達也が戦略級魔法師であり、トーラス・シルバーである事が言及されている。それも、国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の2人や、フリズスキャルヴの管理者と明記された男によって。

 これだけでフリズスキャルヴの管理者と四葉が敵対関係にある事は明白。あれだけ十六夜がフリズスキャルヴを危険視していた理由に、真夜は早くも至る事になる。

 

「エドワード・クラーク……。この人物が私にフリズスキャルヴを与え、行動を監視していた人物ね……」

 

 真夜はその未来の敵対者、同時に現在の潜在的脅威を目に焼き付けた。フリズスキャルヴでの検索は控える事と、独自の情報網で調査しておく事を頭に入れて置く。

 

「……十文字克人と達也さんが戦っているようだけど。……日本が国際的に危うい立場になった。……そのために、アメリカの実験に呼び出された達也さんを渡したい思惑が出てきた。……でも達也さんは裏の意図を読み、それを拒絶。でも、日本魔法師協会と十師族の大半が強要しようとした。……そんなところかしら」

 

 真夜は斜め読みではあるが、その巻の内容をおおまかにでも把握した。これにより、さらに疑問が解かれる。

 

「十六夜が早急にでも世界全体に広がった情報網、周公瑾の情報網を欲しがったのはこのためね」

 

 世界が敵になり得る事態が予言されている。よって、世界各国の情報を得られる情報網が、敵となる前に備えるために、周公瑾の情報網が必要なのである。

 

「……この問題は、四葉だけでは解決できないわね」

 

 そして、何故四葉の情報網を発展させる方に動かなかったかも、真夜はそのように理解する。

 それもそうだ。四葉家というのは少数精鋭で、排他的。他人を受け入れないがため、情報網を発展させようとも、すぐに限界が来てしまう。フリーの魔法師を囲い込んだとしても、フリー故の実力の低さが足を引っ張る。有力な魔法師のほとんどは既に国防軍か他の百家に抱えられているのだ。

 

「十六夜が周公瑾の娘を頼ったのも止む無し、かしら。四葉に帰属する意識があれば、従者に加える手も……。何にせよ、しばらくは様子見ね」

 

 組織の損得を計算した真夜は周妃の有用性を認め、処断は一時保留とした。十六夜が判断したように、手放すには惜しく、されど内に引き入れるには危険なのである。

 

「情報網に関する問題は、今後検討していくしかないかしら……」

 

 四葉家が抱える問題点に、真夜は溜息を漏らした。即座に解決できる問題ではないのだから、仕方のない事だ。

 真夜はその問題を頭の隅に仕舞い、手に取っていた23巻も仕舞う。

 

「早期に解決すべきは、直近の問題ね」

 

 本を仕舞ったその手で、真夜は次の本を取り出した。有り難い事に、真夜の次に読みたい本は分かりやすかったのだ。

 その本は、『魔法科高校の劣等生⑯四葉継承編』。

 そう。真夜は十六夜が居なかった場合の自分が直近の未来で何をしたのか、今の自分と差異があるのか、知りたかったのだ。

 直近の未来が『四葉継承編』と見抜いたのは、自身が迫る慶春会で次期当主を指名しようとしていたから。『四葉継承』とは、実に的を射た副題なのである。

 

「……予言書の私も、やはり次の慶春会で深雪さんを指名したようね。……さらに、達也さんを宛がおうとしていた」

 

 自身がしようとしていた事、それがそのまま文章として書き連ねられている。本能的な忌避感が煽られる真夜だが、ただ、とある部分でその忌避感から救われる。

 

「……あら。予言書の私は、やっぱり復讐心に囚われているのね」

 

 文章で語られる未来では、深雪に達也を宛がった理由が復讐のためと綴られていた。

 襲い掛かる災厄から、少年が少女を守り切るか。少女を守り切れず、少年が世界を壊すか。

 前者は世界が1人の少年に屈服したという解釈で、後者は直接的に世界が1人の少年に敗北するという解釈で、復讐に囚われた真夜の悲願は成就する。

 でも、愛する者を得られた真夜は、そんなくだらない事を悲願としていなかった。

 それにより、キャラクターである真夜と人間である真夜は、全く違う意思を抱いた別人である事が証明される。自身が、本の中のキャラクターでない事が証明されたのだ。

 

「……ふふ。本当に幸せ者ね、私は」

 

 愛する人がいるという事。それを再認識した真夜は幸せを噛みしめつつ、忌避感から解放された。

 この予言書は別の未来を描いた物であると認識された事により、真夜は憂いなく続きを読み進める。

 

「……深雪さんの相手、誰にしようかしら」

 

 そうして湧きあがる悩みは、次期当主の婚約者について。予言書に沿うのか、それとも堅実な道に行くのか。

 堅実な道というのは、予言書にあるような、ともすれば普通に起訴され得る方法を取らない道。例えば、見合いをさせて、百家の誰かと結婚させるというモノである。

 

「……深雪さんが相手を認めるとは思えないわね」

 

 しかし、その世間一般的な道は、深雪の意思を蔑ろにするモノでもあった。当主の命なら渋々結婚するかもしれないが、内心では不満を溜め続けるだろう。

 深雪の意思を汲み取って、認められる相手が見つかるまで保留するというのも、正直現実的ではない。深雪が達也以外を認めるはずがないという結論が、真夜のそれである。

 

「なら、当初の予定通り達也さんを宛がうのが良いわね。私がしてしまった罪の償いとしても、あの子たちの幸福に力を貸しましょう」

 

 達也を復讐の道具にしようとした罪。深雪を獣の手綱にしようとした罪。最後に、彼らが想い合うように仕向けた罪。それらの清算をすべく、真夜はあえて綱渡りをすると決心した。

 ある種、喧嘩別れした姉への謝罪も含まれているかもしれない。達也たちは、深夜(みや)の忘れ形見でもあるのだから。

 

「さて、一応深雪さんの事については十六夜に相談という形で反応を見るとして……」

 

 真夜は16巻も仕舞い、本題に移る。

 

「貴方の事、調べさせてもらうわよ」

 

 その本題とは、『●●』を調べる事。

 吊られている自殺志願者に、真夜は一言断りを入れてから、調査を開始する。

 

「……名前、どうしても読めないわね。この黒塗り、物理的なモノではないのかしら」

 

 乱雑に積み重ねられた不採用通知を、真夜は以前もそうしたように、名前を読み解こうとした。でも、結果も以前と同じく、何をしたって読み解けない。

 そこで浮かんだ仮説が、この名前の黒塗りは物理的なそれではないという事。真夜には、思い当たる事があったのだ。

 十六夜が魔法師の資質を手に入れていた瞬間から持っていた固有魔法、『アンキンドルドゥ』だ。

 偶然手に入れた魔法ではある。でも、それが心の奥底にあった願望を形にした魔法であったなら、なんとも酷い話だ。

 

「どこまでも、貴方は自分が嫌いなのね……」

 

 そこには、恐るべき自己嫌悪があった。自殺に至る程、自身を忌み嫌っている。おそらくは、いや、十中八九、今も。でなければ、己が身を犠牲にしてでも他人に尽くそうなど、するはずがない。赤の他人である真夜に尽くすはずがないのだ。

 

「……私に尽くす意味がある?……母と慕い、親孝行する事が、貴方の目的?」

 

 十六夜の滅私奉公について思考していたら、真夜はその十六夜の目的、その輪郭に奇跡的ながら捉えた。

 故に、探す物は『●●』の家族にまつわる物。『●●』はきっと、家族となんらかの軋轢があったのだと、真夜は推測する。

 

「……家族に関する物。家族写真や贈り物、とかかしら」

 

 家族とどういう軋轢があったのか。それが物質でないがために、物証を見つけるのは困難を極める。とすると、せめてもの判断材料となるのは、家族写真と家族からの贈り物になるだろう。

 家族写真なら、少なくとも表情から分析できる感情があるはずだ。贈り物は、その有無自体で家族愛の有無が、品の質で家族愛の度合いが分析できる。

 だから、それらを見つけるために、真夜は部屋を見回した。

 

「……ないわね」

 

 しかし、それらしい物品はない。写真はそもそも1つもない。贈り物は、目立つのはフィギュアだが、家族間で贈り物にするとは考えづらい。

 

「棚やクローゼットを漁るしか―――っ!」

 

 それらの物品が隠されているものとして、隠す事のできる場所を漁ろうとしたのだが。夢に変化が起こった。

 

 部屋の電気が消え、それだけに留まらず、徐々に視界が暗くなっていく。

 

「待って!何がどうして……!」

 

 真夜の制止など聞く訳もなく、部屋は、夢は、真っ暗になるのだった。

 

◆◆◆

 

2096年11月25日

 

「……!」

 

 真夜は夢から覚める。目覚めたのはもちろん自身の寝室。己と、添い寝したはずの十六夜が居るのみだ。

 そう。十六夜が居る。既に上体を起こしており、真夜からは僅かに、その難しい面持ちの横顔を覗く事ができた。

 さながらそれは、誰かの忠告を聞いているようである。真夜以外に誰も居ないのに。

 

「……十六夜?」

 

「……っ!お、おはよう。起こしちゃったかな?」

 

 真夜から急に声を掛けられ、慌てたように十六夜は対応した。

 真夜は、違和感を覚える。人の視線に敏感な十六夜が、真夜の視線に気づかないなど、果たしてあるのだろうか。

 

「……大丈夫よ、ただ単に自然と目が覚めただけですから」

 

 真夜は、その違和感を胸にしまった。

 その違和感の原因を問い詰めたとしても十六夜は明かさないと、確信があったのだ。それなのに問い詰めた場合、十六夜の警戒を高める事になり得る。ともすれば、非常に不都合なタイミングで終わった夢を見る機会が失われてしまうかもしれない。

 故に、真夜は何も言わなかったのである。ただ、タイミングがあまりにも不都合だった事を気がかりにしながら。

 

「それより。おはよう、十六夜」

 

「ああ。おはよう、母さん」

 

 真夜はその違和感や気掛かりを顔に出さず、十六夜と朝の挨拶を交わした。十六夜も、先程の難しい面持ちを微笑みで隠し、返事をする。

 お互い大事な事を隠し合って、まるで普通かのような朝を迎えたのだった。




『母さんが求めるんだったら、俺は構わないから』:実年齢が40代だとしても、外見は30代の美人。それに、自身も前世と合算すれば30代である。ついでに言えば、遺伝子上は近親でも、精神的には赤の他人だ。何の問題もない。と、少なくとも十六夜は思っている。

『棚やクローゼットを漁るしか』:鍵付きの棚には男の性が詰まっていた訳だが、木製の机に付属する程度の棚では、収納スペースはたかが知れる。では、溢れた分は何処に仕舞われるだろうか……?

 閲覧、感謝します。

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