第八十八話 仲直り計画は思い立ったが吉日
2097年1月8日
冬期休暇が終わり、新学期初日となる今日。
俺・達也・深雪は、通常の登校より早い時間に、第一高校校長室へと呼び出されていた。
理由は単純だ。達也の戸籍について、校長から事情聴取を受けなければならないからである。
達也は四葉真夜の息子である事が世間へと公開されたが、第一高校への届け出では、司波深夜の息子という事になっていた。本来の戸籍と学校への届け出に齟齬があるのだ。
場合によっては、達也を学籍抹消に処さねばならない。だが同時に、なんの事情も聞かずに処断する事もできない。
それ故の事情聴取である。
ちなみに補足として、1月3日時点で、達也の戸籍だけでなく、俺の婚約者候補についても公開されている。
閑話休題。
「それでは、意図的に虚偽の届け出をしたのではないと言うのですね?」
「はい。以前までの戸籍では司波深夜の実子となっておりましたので、自身はそう信じておりました」
まずは校長・百山東から、達也が虚偽の届け出を意図的にしたのか、訊かれていた。達也はもちろん、そんな意図はなかったと答える。
これで、罪の所在を達也には置きづらくなっただろう。ただ、達也の態度が気に障ったのか、百山は少し不機嫌そうに達也を睨んでいる。
一触即発に近しい緊迫感がある中、事態を穏便かつ適切に済ませようとしたのが、教頭の八百坂だ。
「戸籍が偽造されていたという事ですか?保護者が意図的に届け出書類を偽装していた場合も、達也君の学籍抹消があり得ますが……」
八百坂の方は、保護者の方が意図的に偽装したのかを訊き、学生本人に罪がなくても学籍抹消処分になり得る事を明言した。
しかし、これに対しても達也は意味のある反論ができる。
司波深夜が出生届を誤記しており、それに司波龍郎が気付いていなかった、という筋書きだ。今まで気付かない事があるのかという話だが、実子ではない達也に興味がなかったのだろうという事で、校長らから一定の納得を得られる。
これで、達也本人にも、戸籍を作った龍郎・深夜にも偽装を意図して行っていないと証言され、それらの問題は解消される。
ただし、まだ問題は残っていた。
「では、四葉真夜殿にもその意図がなかったと?彼女の方に実子への興味関心がなかったとは思えませんが」
達也の本当の母親たる真夜に、戸籍偽装の意図がなかったのか。
百山がそう鋭く切り込んできたそれが、残っている問題である。
この問題への回答者として、呼ばれたのが俺だった。
「……四葉真夜には、母上には、その意図がありました」
俺は真夜に偽装の意図があったと、回答した。その回答に固唾を飲んだのは、八百坂だったのか、深雪だったのか。あるいは達也か百山か。
皆が沈黙を貫いたところで、俺は回答を続ける。
「母上は、四葉家現当主・四葉真夜は、達也と深雪を四葉家より放出したくなかったのです。だから、両者を一挙に四葉家中枢へ引き込めるよう、深雪を次期当主とし、達也をその婚約者にしました」
「……それが、戸籍の偽造とどう繋がるので?組織の中枢に引き込むというなら、婚約者でなくても、重役に据えれば良いだけでしょう」
何故戸籍偽装という罪を犯さなければならなかったのか。百山が指摘したように、ここまでの回答では説明しきれていなかった。
だから、そこを補足する回答を、俺は口にする。
「重役に据える事を、他が認めないからです。達也の成績を測る側の貴方方なら分かっているでしょうが、達也は魔法の素質に欠陥を抱えている。当主以外、その欠陥を許容しませんでした」
「……」
教師側である百山たちは、達也が魔法関連の成績が二科生止まりなのを当然知っている。故に、その素質の欠陥云々には黙して納得を表現した。
その部分の納得が得られたところで、俺は説明を続ける。
「達也を四葉家中枢に引き込むためには、他の許容が必要な重役ではなく、四葉関係者との婚姻が必要でした。ですが同時に、分家との婚姻では不十分でした。達也は欠陥があれど、類稀なる才覚を持つ人材。四葉内で発言力のある地位に引き込めねば、その人材が他家ないし別組織に引き抜かれる恐れがあったのです」
「……だから、次期当主との婚姻が不可欠だったと」
「はい。そして、次期当主との婚姻を確実にする必要もありました。それ故に、出生届の誤記を利用し、達也が深雪の傍へ常に居られる状況を作ったのです。人の恋愛感情は操れるモノではありませんが、常日頃から接触している相手に、人は何かしら情が移るものでしょう」
百山が深雪と達也の婚姻を必要不可欠なものと理解する。なので、そこの説明はもう蛇足になるだろうと打ち切り、俺は兄妹と偽装していた理由の方を説明した。
「悍ましい計画だ。実子、それと姪の運命まで弄ぶような行為だ」
俺の回答兼説明を聞き届けた百山の、第一声がそれである。明らかに、百山は真夜への嫌悪感を抱いていた。
「そうです。達也と深雪は運命を弄ばれた。達也たちは被害者です。だから、罰を受けるべきは四葉の人間たる俺たち、四葉十六夜と四葉真夜です」
「なっ、十六夜!?これはご当主様がやった事であった、お前に罪はないだろう!?」
俺は百山の嫌悪感を利用し、ヘイトをこちらへと誘導する。達也は俺がそうして罪を被ろうとしている事を察したようだ。
だが、察して擁護したところで、裁量権を持っているのは達也ではない。それを持っているのは国立魔法大学付属第一高校の校長、百山その人だ。
「実はな、達也。俺はお前が俺の兄であると、11月の下旬には母から聞かされていたんだ」
「なん、だと……」
「高々1
罪の証拠を提示しつつ、達也を動揺させる事で言葉を詰まらせ、会話の対象を百山へと戻す。
間違っても達也が退学になる事を避けるため、俺は早くこの問題にケリを付けたいのだ。最悪、俺が退学になってでも。
「俺の主張を纏めますと。達也は無罪で、俺は有罪です。罪人が要求するなど烏滸がましいですが、どうか、どうか達也の退学だけは譲歩いただきたく思います」
「……代わりに、貴方が退学になっても構わないと?」
「達也の退学が避けられるなら、構いません」
「……」
俺が主張を明確化し、その主張を受け、百山が、皆が押し黙った。
数秒、あるいは十数秒の沈黙。その後、口を開くのはやはり、裁量権を持つ百山である。
「……司波達也君については不問とし、四葉十六夜君には反省文の提出を命じる」
そうして下された判決は、時代錯誤な罰、実質無罪放免だった。
「ありがとうございます」
「ただし、保護者には厳重に抗議させていただく」
「承知いたしております」
最後に百山からきつく睨まれ、当法廷は閉廷となるのだった。
「さて、達也の退学は乗り切ったが……」
校長室から出た直後に達也からは感謝の一言をもらったが、教頭からは400字詰めの原稿用紙を10枚もらった。
4000字程度の反省文を書け、という事だ。少なくとも、10枚目の半分までは書き連ねるように言い渡されている。
「原稿用紙って、まだ市販されてるんだな……」
そんなちょっと変な感想を漏らしつつ、俺は風紀委員長として風紀委員会本部の一口を潜った。
「おはよう、十六夜さん」
「重役だからって、本当に重役出勤するとはな」
出迎えてくれたのは雫と、森崎だった。幹比古の姿はない。
「おはよう、雫、森崎さん。理由は分かってるだろうが、校長先生から直々の呼び出しをされてね。お話してたら遅くなってしまったよ」
「……退学は免れたんだな」
「全員ね。代わりと言ってはなんだけど、これを書けってさ」
「……反省文とは、ずいぶんと古風な」
俺が原稿用紙を掲げれば、森崎は事の顛末をおおむね察し、その判決に苦笑していた。
「……朝の仕事はもう片付けてある。お前の分も、俺たちができる部分は済ませた」
「世話をかけるね」
「全くだ。今後は控えてくれよ」
「善処するさ」
「……はぁ」
森崎は事務連絡を終え、俺の返しに溜息を吐いた。しかし、それだけに留め、特に邪険にする事なく、彼は巡回へと戻っていく。
「十六夜さん」
森崎のターンが終わったところで、次は雫のターンだ。
「どうした?雫」
「色々。まず、ほのかが凄く落ち込んでる」
風紀委員の事務連絡は森崎が済ませたようで、雫は達也一団関係の連絡をしてくる。
「まぁ、だろうね。……謝らなくちゃいけない事が、結構ありそうだ」
「次に、吉田君が怒ってた」
「怒ってた?幹比古さんが?よそよそしくなったのではなく?」
ほのかが達也の婚姻という失恋紛いで落ち込んでいるのは原作通り。ただ、幹比古が怒っているというのは原作と差異があった。確か、原作では司波兄妹が四葉だった事に脅え、避けるようになっていたはずだ。
「明らかに怒ってた。十六夜さんの事を話題に上げたら、すぐ眉間にしわを寄せて、会話から外れてた。多分、隠し事されてたの、怒ってる」
「……ああ、そうか。達也たちが四葉だったって事より、隠し事されてたのが気に障ったのか」
「……?十六夜さんがいるのに、今さら達也さんたちが四葉ってだけで気にする事はないと思う」
「……それもそうだな」
幹比古の原作乖離、その理由は実に単純。俺のせいで『四葉』に耐性がついていた、という事だったらしい。
まぁ、おそらく達也一団以外は耐性がなく、忌避すると思うが。友人以外から忌避されるのは、俺も達也も正直どうでも良いだろう。
「……エリカさんとレオさんも同じく気にしないだろうし、気にするのは美月さんくらいかな。……ま、そこは幹比古さんに後々フォローしてもらおう」
「吉田君ともう仲直りする予定なんだ」
「当たり前だろう?俺は友人を手放したくないんだ。夕日の土手でクロスカウンターみたいな臭い事をしてでも、俺は友人を引き留めるよ」
「……それ、吉田君が死にそう」
「加減はするって」
ほのかの事が心配、または彼女に対してやましさを暗に抱いて何処か気落ちしていた雫。ただ、この変なやり取りで少しは気分が晴れたのか、自然に微笑んでいた。
そんな微笑ましい一幕を送っていた時である。
「……あ」
幹比古が、風紀委員会本部に現れたのだ。俺を見るなり呆けたが。
「幹比古さん。おはよう」
「……活動報告は放課後にまとめて出しておくよ。それじゃあ」
幹比古は何しに来たのかと言わんばかりに、挨拶も返さず回れ右して去っていった。微妙に事務連絡だけはしていったし、ちゃんと仕事を熟す気はあるようだが。
「……」
「ほら」
「あからさまだなぁ」
雫が言った通りの幹比古だった。怒っている様子が態度にありありと出ており、俺はつい困ったような笑みを零してしまう。
「えーと、となると、だ。美月さんは幹比古さんに任せるとすると、対処すべきはほのかさんと幹比古さんだな。どっちから片付けるか……」
友好関係を補修しなくてはいけない対象が2人居る。俺はどっちから片付けるべきか、思案した。
ただ、幹比古の方は難しくなさそうだが、ほのかの方は困難を極める。なにせ、問題の中心点は恋愛事であり、俺がほぼ部外者だ。関係者全員と友人ではあるが、本来なら、男の俺が女性のほのかに何かするというのは、お門違いとなるかもしれない。
「……うん、ほのかさんの方からかな」
だが、俺は逆にほのかの方から当たる事にした。完全補修はできなくとも、何かしら助言はできると思ったからである。
「雫。お昼にほのかさんと話したいんだが、場をセッティングできるかい?」
「……できると思う。生徒会室で昼食を取るって事で。……多分、今日はほのかも食堂が使いづらいだろうから」
「ありがとう。お願いするよ」
「分かった」
こうして、まずはほのか周りの補修を進めるのだった。
2-A。深雪や俺を始め、雫やほのか、ついでに森崎など、2学年の高成績者が多いこのクラス(学校側から狙って集めたという話はされていない)。そんな優秀な者たちであれど、少年少女には変わりない。ならば、学内を出回る噂にざわつくのも、仕方がないだろう。その噂が、『四葉』関連であればなおさらだ。
皆が遠巻きに、噂の中心人物である俺と深雪を覗き見していた。好奇の視線が降り注がれ、深雪はさぞ居心地が悪いだろう。俺はそれどころでなく、精神的と言うか、体調的に気分が悪いのだが。
(心が動くと、プシオンも活性化する……。パラサイト憑依者の俺に、集団の、それも心動きやすい少年少女の活性化プシオンを多く向けられるのは、結構辛いな……)
若干忘れ去られそうな設定だが、俺はパラサイト憑依者で、パラサイトはプシオンに敏感なのだ。プシオンに敏感な俺が少年少女に好奇の視線を降り注がれる現状は、小型ボートに乗って荒れた海に揺られているようなモノである。
(いや、うん……。これ、駄目だな……。吐くわ……)
という事で、体調を崩した俺は見事保健室にエスケープ。無駄に整えられている学校システムによって、保険室にてオンライン授業を受けるのだった。
そんなちょっとした喜劇を起こして昼休み。
「あの、大丈夫ですか?途中から保健室に行ったみたいですけど」
「あ、ああ。大丈夫。冬休みはちょっと忙しかったから、ここに来て響いたのかもしれないな」
喜劇のおかげか、ほのかは俺の体調に気を取られ、落ち込んでいたらしい様子が幾分か解消されていた。
ただ、その後もそうとは限らない。ほのかが落ち込んでいた原因を、掘り返す事になるのだから。
「そ、それで……。私と話したい事って……?」
俺に呼ばれた理由を察していたらしいほのか。俺の無事を確認したところで、頭の片隅にあった落ち込んでいた原因を引っ張り出し、その表情が暗くなる。
ナイーヴでネガティヴになっている少女に追い打ちしたくはないが、この問題は早急に手を打たないと面倒になり得る。そのため、俺は心を鬼にして、今回の本題に臨んだ。
「達也と深雪についてだ」
「……っ」
「まず、謝らせてほしい。達也と深雪も四葉の人間だった事、隠していてすまなかった」
「……大丈夫です。……家の事情って事は、分かってるんで」
ほのかは俺の切り出しに対して強く口を結んだが、達也たちが身分を隠していた事に対しては、一拍の後に許容の姿勢を示す。
ほのかにとっては、正直達也が何者であるか、そこは考慮に値しないのだろう。考慮すべき点は、別にあるのだから。
「……でも、達也さんと深雪が婚約なんて」
ほのかにとって考慮すべき点はそれ。達也と深雪の婚姻。
如何に仲睦まじいとはいえ、結婚できない兄妹関係だったから、今までは問題なかった。それが実は結婚できる親戚関係で、しかも実際婚約までしてしまったとなったら、大問題も良いところである。
「……達也への恋慕、諦めるつもりはないか?」
「わっ、私はっ!」
「分かってる。諦められないんだろう?」
「……!」
ほのかは座っていた椅子を弾き倒す程の勢いで立ち上がり、何かを叫ぼうとした。だが、俺は彼女の思いに理解ある態度を表し、制する。
「君にとって達也は特別で、達也と結ばれる事が、君にとって生きる価値なんだろう?」
「……は、はい。……達也さんと結ばれたくて。……でも、深雪も失いたくなくて」
「……ああ、そうだね。……何も、失いたくはない」
「……はい」
涙を滲ませながら震えるほのか。彼女は得たいモノがあり、同時に失いたくないモノがある。
「ほのかさん。俺から言える事は、おおよそ2つ」
「ふた、つ?」
もっと色々と言われると思っていただろう彼女。確かに、達也の弟かつ深雪の従兄である俺なら、思うところが多くあって当然だろう。だが、人生2回目の俺から恋を患う少女にかけられる言葉は、おおよそ2つだけだ。
「『真の『失敗』とは、開拓の心を忘れ、困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事を言うのだ』」
「真の、失敗……?」
「そう。何故なら、『「納得」は全てに優先するぜ。でないとオレは「前」へ進めねぇ。「どこへ」も、「未来」への道も、探す事は出来ねぇ』」
「……納得は、全てに優先する」
俺から少女に贈れるのは、そんな言葉だけだ。『スティール・ボール・ラン』から借り受けた、借り物の言葉だけなのだ。
「……俺は多くの漫画や小説を読んできたけどさ。……素晴らしい人間というのはやっぱり、失敗を恐れず前に進み、その結果に納得を得られた人間なんだよ」
俺は想起する、その目にしてきた数多の主人公を、数多のキャラクターを。自分がそうなれなかった、ヒーローたちの姿を。
「……ありがとうございます、十六夜さん。私、てっきり諦めるよう説得されると」
ほのかは、溢れかけていた涙を拭いながら、その表情を和らげた。
「他人から説得されたって、納得できないだろう?挑戦する前に諦めろだなんてさ」
「そう、ですね。諦めた方が傷付かないと言われても、きっと、納得できないです」
丸まっていた彼女の背中は、いつの間にか真っすぐ伸びている。『覚悟が決まった』というやつだろう。さすが、名作『ジョジョの奇妙な冒険』の言葉だ。
「……私、挑戦しても、良いんですよね?」
少女の心にこびりつく、最後の揺らぎ。
「『恐れるな。どのような結果に成ろうと、それは『お前の為』に成る』。おっと、これだと3つになってしまうかな?」
いつだか克人に言われた言葉。最後まで借り物の言葉を、俺は彼女に贈る。俺の言葉なんかより、彼女を支えてくれるだろうから。
「ふふ。ありがとうございます、十六夜さん。私、挑戦してみます」
覚悟を完了させたほのかに、俺は頷きを返す。俺の言葉をかける必要はない。
「それじゃあ、俺のこの辺で」
今ここでやるべき事は終わった。俺は、名残惜しさも残さずこの場を後にする。
(……次は、幹比古さんか。……呼び出してもらうのは、達也よりレオの方が良いかな)
そうして、俺は次やるべき事に関する計画を立てつつ、携帯端末でレオのコールナンバーを呼び出すのだった。
「あ、レオさん。昼食中にごめんよ?周りに誰か居る?……―――」
計画決行は即日、その日の放課後に進められる。
「あ、エリカさんだけ。丁度良かった―――」
全授業を終始保健室で受け、放課後の風紀委員活動も本部に籠ってやり過ごし、完全に学業から解放された時間。
「……」
「……」
俺は、幹比古さんを連れて帰路についていた。ずっと無言で。
レオから俺の言伝、「俺の家で、サシで話さないか?」という言葉を受け、風紀委員会本部よりずっと一緒に歩いているのだが。本当に、無言だ。幹比古は俺を1回睨みつけてきただけで、それからはずっと無言で俺に付いてきている。
会話もイベントもないがために普段より長く感じた帰路は、しかして思い返せる事がないため、過ぎてしまえば一瞬だったかのような感覚を味わった。
「着いたよ、幹比古さん。さ、上がって」
「……」
相変わらず無言を貫く幹比古だが、俺の誘いに逆らわず、家に上がる。家のセキュリティは、以前上げた時に登録しているため、またカメラを覗き見てもらうような手間はない。
手間を強いて上げれば、俺が事前に入場許可を出さなければいけない程度か。これも携帯端末に入っている専用アプリケーションで済ませられるのだから、手間という程のものでもない。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「……」
もっと強いて上げるべき手間があった。この
「……使用人?」
「……ま、似たようなモノだよ」
「……そうか」
メイド紛いの存在にはさすがの幹比古も口を開いたが、あまり詮索はしてこなかった。彼にとって、もっと詮索すべき案件があるからだろう。
「ダイニングで友人と話す。茶を出したら別室に控えていてくれ」
「承りました」
いつもだったら何か茶番を挿みそうな周妃だが、今回は空気を読んでか、大人しく使用人に従事していた。
ダイニングで幹比古と面を向かい合わせば、周妃は即座に紅茶の注がれたティーカップを提供し、そそくさとこの場を離れる。
その姿が廊下の影に消えていった、その瞬間だったろう――
「十六夜、どうしてだ」
――幹比古が、疑問を吐き出したのは。
「どうしてっ、君は笑っていられるっ!」
「ん?まるで俺が笑ってたらおかしいみたいな疑問だな?」
「おかしいに決まってるだろう!君は自分の親に、『四葉』に弄ばれたって言うのに!」
「……」
俺は幹比古の発言、その意味が分からなかった。俺が『四葉』に何を弄ばれたというのか、幹比古のその思考が読み解けない。
だから、あえて黙って先を促す。
「15年も家に閉じ込められて、解放されたと思ったら『四葉』の名を背負わされて、その名に恥じないように頑張ったって言うのに次期当主は別の人を指名するなんて……。まるでスケープゴートじゃないか!十六夜の努力を、完全に無視してる!」
幹比古は怒りを叫んだ。彼は、俺の扱いが不当であると言い放っている。
それで、俺は得心する。幹比古は、俺が不当な扱いを受けていると勘違いしているのだ。
「達也の方だって、今まで自身の子供だって認めなかったくせに、今になって戸籍を修正して、妹だと思っていた相手と婚約させるなんてあり得ない!十六夜も達也も、まるで道具のような扱いじゃないか!」
まだまだ言い足りないとばかりに、幹比古は叫び続ける。
俺は、黙って彼の怒りを静聴した。今まで彼に秘密を黙っていた俺には、彼の怒りを聞き届ける義務がある。
「そもそもだ!十六夜達は人工授精の代理出産で、しかも同一年内にその処置がされてる!これって、強い魔法師を作ろうとしたんじゃないか?さらには、優秀などちらかだけを残そうとしてたんじゃないか!?十六夜、君が15年も閉じ込められていたのは、達也みたいに何か欠陥があって、15年間解消できなかったからじゃないのか!?」
4月生まれの達也と、9月生まれの俺。5カ月の開きがあるとはいえ、逆に処置の準備期間だったと考えられてしまうだろう。
実際、幹比古はそう考えており、俺と達也が生まれる前から受けた道具のような扱いに、彼は怒りを禁じ得ない。
「十六夜、君はそれで良いのか?こんな、あまりにも酷い扱いをされて、それでも君は笑うって言うのか!?」
家から、実の母から実子にあるまじき扱いをされて、それでも笑っていられるのか、何も不満なくやっていけるのか。仕方ない事だから笑っているのではないか。怒りや悲しみを笑みの奥に隠しているのではないか。
幹比古の中にはそんな疑いがあり、そして、少しでもその隠した気持ちを打ち明けてほしい。きっと、そう思っているのだろう。
なら、俺が打ち明ける気持ちは1つだ。
「ありがとう、幹比古さん。俺と達也のために怒ってくれて」
俺の不当な扱いが許容し難くて怒っている。それは、俺に多大なる親愛を抱いている事の裏返しだ。
親愛なる友人に酷い事をされているから、彼は怒っている。
自身のために怒ってくれる友人がいる事の、どれ程素晴らしい事か。俺は、純粋に幹比古へ感謝していた。
「……っ、……違う。違うんだ、十六夜。……僕は」
机に拳を叩きつけんばかりに怒り、身を乗り出していた幹比古。彼はまさか感謝から入られると予想していなかったようだ。不意を突かれたために怒りが鎮まり、その反動か、疲れたかのように腰を椅子へと落とした。
「不満の1つでも聞きたいんだろう?でも、それを言う前に、まずは君への感謝だ。ありがとう、こんな俺を友人だと思ってくれて」
「……『こんな』とか、言うなよ。……君は、素晴らしい奴じゃないか」
幹比古は涙を見せたくないように、肘を突いたその左手で自身の両眼を覆っている。
「『こんな』呼ばわりもするさ。結局、幹比古さんに達也たちが親戚である事を秘密にしてきたんだからね。……達也が兄だったのは俺も驚いたけど、前から達也たちと親戚である事は教えられてたんだ」
「……」
立場が、少し逆転する。俺の告解に、幹比古が静聴する側になる。
「すまなかった。本当だったら、もっと早く打ち明けるべきだったろう。でも、俺たちは打ち明けられなかった。俺たちは、『四葉』を背負っているから」
「……分かってる。……分かってるさ、そんな事。高々古式魔法の一派である『吉田』でも、その家名には大きな意味がある。……十師族の1つである『四葉』なら、なおさらだ。むしろ、比べるべくもない」
『四葉』という名を背負う意味。それを、『吉田』を背負う幹比古は理解してくれていた。
「……俺と達也が道具のような扱いを受けていたかは、うん、難しいところだ。具体的な達也の扱いまでは、俺も知らないからね。……ただ、俺も達也も生きている。仮に、強い魔法師を作る実験で生み出されたのだとしても。俺たちは、ちゃんと生きてるんだ」
「……ちゃんと生きてるって、言えるんだな」
幹比古は、両目の覆いを取っ払い、真っ正面からこちらの目を見つめてくる。
「ちゃんと、自分の意志で立っていると、言えるんだな」
再度、幹比古は俺に問い質す。諦めて、道具に甘んじていないかと。
「ああ。俺は俺の意志で立ってる。これからも自分の意志で立つ。だからこそ、ここまでその扱いに甘んじてきた。俺も、達也も。そしてここから、変えていくのさ」
俺は達也が四葉の中枢に置かれた事を、さも計画通りだったかのように騙った。道具として扱われてきた過去が、これから改革するために我慢した雌伏の時だったかのように。
こう言い繕わないと、幹比古も納得してくれないだろう。
「……分かったよ、十六夜。君がしっかり考えての今だって言うなら、僕も『四葉』の事情にはもう口出ししない。……でも――」
幹比古は一旦張りつめていた息を漏らしてから、一拍空気を肺に詰めて俺に詰め寄る。
「――『君たちの力になりたい』」
彼の瞳が訴えかけていた。いつだか言った自身の宣誓を有耶無耶にしないでくれと。
「……僕が頼りないのは、重々承知してる。戦力としては、きっと君の家の人間を使った方が断然良い。でも、古式魔法関連なら力になれるだろうし、友達として、些細な悩みくらいは聞けるはずだ。……悩みを解決できるかは、自信がないけど」
最後まで意地を張れば良いものの、幹比古は言葉の尻をすぼめた。ちょっと可笑しくて、俺は鼻を鳴らしてしまう。
「……笑うなよ」
「ごめんごめん。ただ、そう卑下するものでもないよ、幹比古さん。君にしか解決できない俺の悩みだって、たくさんある」
「そ、そうかい?」
世辞を言われていると受け取ったのか、幹比古は嬉しさを潜めながらも、俺の言葉を不信がった。
しかし、本当に彼にしか解決できなさそうな悩みが、丁度彼の後ろにあるのだ。
「あるとも。例えば、君の後ろに居る、不機嫌そうなエリカさんのご機嫌取りとか」
「……え?」
俺が幹比古の背後を指差せば、その指差す先を彼は目で追った。
そうすれば、足音を殺して忍び寄っていたエリカと、彼は目が合っただろう。
「ミーキーーー……?」
「エリカ!?なんでここに!?」
毛が逆立っているかのような雰囲気を醸し出して腕組みしているエリカ。そんな彼女のまさかまさかな登場に、幹比古は仰け反っている。
「俺が呼んでおいたのさ。さらに言うと、俺たちが家に着くより早く、エリカさんたちは別室で待機してもらってたんだよ」
「え!?というか『エリカたち』って!?」
「すまないな、幹比古。盗み聞きさせてもらった」
「吉田君とみんなで仲直りしたいって、十六夜が企んだのよ」
「達也たちどころか、オレたちも避けてたからな」
「わ、私も人の事を言えないのですが。みんなと仲直りしてほしいって」
「風紀委員、少し居心地悪かったし」
「さ、避けるのは仕方ないって」
「み、みんな!?」
俺がネタ晴らしをすれば、達也・深雪・レオ・美月・雫・ほのかと、ぞろぞろその姿を現した。
そう。俺はレオに幹比古の呼び出しを頼んだついでに、その時レオの傍に居たエリカへ皆の呼び出しを頼んだのだ。面白そうだと即座に乗ってくれたのは、実に有難かった。
「ミキ!あんなうじうじした理由であたしまで避けてるとか、男らしくないわよ!」
「なっ、まっ、真面目に達也たちの事を想ってたんだよ!後、僕の名前は幹比古だ!」
ここしばらく、新学期が始まってからの数日間も見る事ができていなかったエリカと幹比古の漫才が、今ようやく帰ってくる。
他も俺と同じ気持ちなのか、それぞれ笑みを浮かべていた。
「吉田君。私も、司波君たちとどう関わっていけば良いか、正直悩んでました」
「柴田さん……」
「でも、友達ですもんね。『四葉』は怖いし、今まで隠されていたのはショックでしたけど、司波君や司波さん、四葉君が悪い人じゃないのは分かってますから」
「……うん、そうだよ。十六夜も達也も司波さんも良い人で、大事な友達なんだ。だから、大事な事を隠されていたのはショックだったけど。だけど、その程度のショックで縁を切りたくなかったんだ。だから気持ちをぶつけたんだ、僕は」
「はい。吉田君が四葉君に気持ちをぶつけてる時、私も裏で司波君たちに素直な気持ちをぶつけてました。吉田君に、勇気をもらったんです」
「柴田さん……」
待機している間に気持ちをぶつけていたらしい美月。俺は達也たちに視線で確認すれば、兄妹揃って微笑みで答えてくれた。
どうやら、大団円で終わったようだ。
「こら!ミキに美月!人前でイチャつくんじゃない!」
「い、イチャイチャなんてっ」
「ししし、してませんよ、イチャイチャなんて!」
「顔赤くして言う事か?お2人さん」
「こ、これは違う!」
「否定しちゃうの?そういう意識は微塵もしてないって」
「いや、意識をしてないとかでは……。いや、意識しているとかでもなく!」
「あ、あはは……」
エリカ・幹比古・美月・レオ・雫・ほのかの喧騒が響く。司波兄妹は案の定、口は挿まずに見守っている。
達也一団での日常が、やっと戻ってきたのだ。
懐かしい気持ちすら湧いてくる尊いその日常を、俺は傍から眺めるのだった。
ちなみにだが、水波は空気を読んで別室に待機したままだった。
十六夜に反省文提出を命じた校長・百山:百山は十六夜が第一高生徒のために動いてきたいくつかの功績を知っている(例:ブランシュ事件の生徒関与抹消)。風紀委員としても精力的に活動し、構内のもめ事を減少させているのも、百山は評価している。また、十六夜自身も真夜に何かしら運命を弄ばれている被害者の面がある事を推測していた(勘違いだが、あながち間違っていない面もある)。よって、積み上げた功績との打ち消し&被害者側という情状酌量の余地ありという事で、罰を反省文提出まで減刑したのだった。
「エリカさんとレオさんも同じく気にしないだろう」:レオは全然気にしてないが、エリカは来訪者編時のとある一件で「達也は四葉じゃない」とミスリードされていた事に今気付き、少し根に持っている。
達也と深雪の婚約で無茶苦茶落ち込んでるほのか:原作と同様、雫から達也と深雪の婚約を聞かされた訳だが。原作ではその時点で雫から多少の慰めをされていたのに対し、本作においてはその慰めすらなく、婚約を聞かされた時のショックを引きづっていた。十六夜からの助言で、原作同等以上に回復した訳である。
達也と深雪に気持ちをぶつけた美月:幹比古が怒鳴ってまで十六夜に気持ちをぶつけているのを盗み聞き、自分も司波兄妹に気持ちをぶつけなければと決心。幹比古が十六夜に気持ちをぶつけ続けている裏で、美月も司波兄妹に『四葉』には恐怖心を抱いてる事、真実を隠されていたのがショックだった事、でも友達であり続けたい事を素直かつ真摯にぶつけていた。そのおかげで、美月・司波兄妹間のわだかまりは解けたのだった。
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