島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

1 / 26
プロローグと予告を兼ねていますので大変短いです。ご了承下さい。

2019/02/20
ほぼ全面改稿。多分こっちのほうが現状のプロットに即しているかなと。


over and over overture

「私達は逃げ出すんだ」

 

 彼女の口ぶりは、まるで恍惚の中にいるようで。

 

「私達を誰も捕まえられない。誰も私達に追いつけない」

 

 まるで天にも昇るような神聖さで、彼女はその卑劣を語った。

 私にとって、彼女とは“正しさ”だった。それが、あろうことか裏切りを口にしている。

 

 周りは海。沖合数十キロまで来ている。

 ここは戦場――――――――だった。

 ……今は硝煙の匂いが、戦いの名残を残すだけになっている。

 

 けれど、逃げ出す?

 何から?

 

 西を見る。大陸の影がうっすらと水平線に映っているだけ。

 東を見る。最早住み慣れたと言える舞鶴が小さく見える。

 

 私は……どちらにも行きたくない。

 ここは多分、世界の果ての目の前だった。

 行き詰まり、そんなのは息苦しくて嫌になる。

 

 もううんざりだった……。

 疲れていた……。

 欲しい答えなんてなかった……。

 

 そんな私の嫌気を彼女は見破っていたのか、彼女は口の端を歪めて続けた。

 

「そうだな……私達は北に行こう。――――――――そこに向かって逃げるのさ」

 

 それは……とても魅力的な提案だった。

 見えないそこへ。結局のところ、真北に進路を取れば陸地にたどり着いてしまうのだけれど。

 しかしそれは、私達にとっては現在見えないもの。見えてきた瞬間にそれが”果て”に変わるのだとしても。

 それでも、東西に今それが見えていることよりはずっといい。

 でも、

 

「どうして、逃げるの?」

 

 問いかける。確かに私は逃げたい。けれど、彼女はなぜ?

 

「勿論、君が可愛いからさ。……この道は、きっと楽しい」

 

 楽しい。それは、とてもいいことだ。素敵だ。

 

 海をひたすら北へと進む。

 きっと今より楽になる。何か答えがあるかもしれない。

 今までよりずっと素晴らしい……何かを見つけられる気さえする。

 それに、私は自分の運命から逃げられる。そのはずだ。根拠もない確信があった。

 

 ……背任への決心はついた。けれど、私はまだ呆然としている。

 

 それは正しいことなのか?

 それは間違いではないのか?

 裏切りを必要とする道はあってはならないのではないか?

 誰を裏切ろうとしているのか分かっているのか?

 誰を置き去りにしようとしているのか分かっているのか?

 心意気に反しないのか?

 ”師匠”を裏切るのか?

 全ての思い出を無にするのか?

 それに……”先生”のことはどうするんだ?

 

 そんな問いかけが頭の中で渦巻いている。

 この源は良心か?倫理?それとも哲学?

 ……もしかすると、忌々しい私の運命がそう命じているのか?

 

 ―――――捨ててしまえ。

 この裏切りに、そんなもの必要ない。

 もはや、答えることなどない。

 ……そうだ、”どこかに捨てちまえ”。

 でも……ああ、くそ。

 今はそのワンフレーズすらも厭わしい……。

 

 踏ん切ったのに足を止めている私を他所に、彼女は目の前を過ぎ去り、霧を裂いて海を走る。

 けれど突然主機を止めて、

 

「知っているかい?」

 

 問いかけと共に、左肩越しに私の方を覗き込む。

 首を回すのに合わせて、彼女の白に近い銀色の髪が揺れる。

 こんなにも白んだ視界の中で、それでもはっきりと輝いて見える。まるで星のように。水晶のように。

 あれが、私のなりたいものなのだ。……きっとそのはず。

 今や問いかけという自責は消え去り、彼女の航跡が光って見える。

 あれを辿りたい。

 

 私の憧憬の視線に気付いたのだろうか。

 彼女は被った白い海軍帽のつばを左手で握り、向きを細々と直し、居住いを正す。

 意外にも格好を気にするのだな、と親しみを覚えた。

 

「昔流行った、ロシア出身のガールズデュオ。彼女達の”背景”はね、それはそれは背徳的で扇情的だった。今や本人達もそれを”演出”と言っているけれど、――――――――私にとって、それは”抵抗”だったんだ」

 

 知っている。私も彼女も小さい頃、彼女達は一瞬だけ世界を魅了した。そして、騒がすだけ騒がせて、いつのまにやら消えていた。今はどうしているのか、マニアじゃない私には分からなかった。

 私が、なんとなく問い掛ける。

 

「だから、ファンなの?」

 

 すると思った通り彼女は頷く。答えの分かっている問いかけ。合いの手のようなものだ。

 彼女は頷き、流した左目で私を見ると、

 

「私も、そういうことがしてみたくなる年頃ってことさ」

 

 不器用な笑みだった。

 けれどもそれはまさに、彼女を彩る”演出”としてこの上ないものだった。

 いつも纏っている退廃的な雰囲気と合わせて、それは本当に、破滅的な美しさ。

 

 私は、いつしか海を走り出していた。

 私が寄ってくるのを目に捉えると、彼女は少女のような、けれどどこか不敵な笑顔で、

 

Нас не догонят(私達は追い付かれない)

 

 言っていることはわからないけれど、言っている意図はわかる。

 

 ――――――――私は、逃げ出した。

 自分の運命から逃れたくて、彼女の伸ばした手を握ったのだ。

 誘われるままに。

 それはきっと正しいのだ、正しく間違えるのだと信じて。

 私は走った。

 走って……すべてのものから逃げ出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。