島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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申し訳ありません。ちょっと短いです。
あと話タイトルは正直ふざけました。深夜テンションで大変申し訳ありません。

レーダーに関する記述がありますが、これを書くにあたり、源治様(代表作:「提督をみつけたら」)より貴重な情報を頂きました。
大変参考になりましたのでこの場で紹介させて頂きます。
ありがとうございました。

2019/02/24
この回は改稿予定となっています。


海色チェイサー(改稿予定)

 日本領海にも入ると、行き先だった赤道直下とはまるで気温が違う。沖縄近海から九州南端まではまぁ良しとして、帰る港は日本海、それも冬のだ。

 中国地方が右手に見える。甲板の上は、それはもう寒かった。

 行きの時もそうだったのだけれど、私達には防寒用の外套が与えられた。でも私はその下に着ている服がああなのだ。皆と同じように、上にPコートを着込むだけでは全く意味がなかった。

 そこで私には別のコートが与えられている。ロングのトレンチコート。しかもかなりブカブカの。

 それに艤装のコネクタを通すために、間抜けな感じで背中に穴が空いてる。でも体に合わないのが逆に良くって、ベルトは低い位置……ちょうど腰骨あたりに来ている。確かに、腰の上に”コネクタ”が出てるからちょうどいい。

 でも……私としては、あまり好みじゃない。自意識過剰なのは分かっているけれど。あんな制服の上に御大層なコートを着ているというのは、なんだか……そう、アンバランスなことのように思われたのだ。

 

 コートに袖を通した時、私はそんな恥ずかしい気持ちを押し込めるようにベルトをきつく締めた。すると海に降りる前に、早霜先生はそれを見て、

 

「オーバーサイズだからだけど……そうやって締め付けると余計に不格好よ?」

 

 まるで新人のネクタイをいじくり回すかのような自然さで、私のコートのベルトを緩めた。

 その日、私はなんだか恥ずかしくなって、先に海に降りた。

 

 

 ●

 

 

 舞鶴到着は今日の昼らしい。

 

 今日も起きてしばらくして、朝の勤務が始まった。

 私の位置はいつも通り。船団の左後方。

 

 霧が立ち込めていて、視界は不良。加えての曇り空で、少し暗い。とはいえ、迷子になるほどでない。警戒態勢ということを鑑みれば、不安しかないけれど。

 

 当たる風はどんどん寒くなっていく。このまま北へ進んだら、どんどん寒くなっていくだろう。もう舞鶴が近くて良かった。まるで包丁の腹で撫で付けられているような、切られそうな風。別に時化ているわけじゃなくて、単純に進んでいるから風に当たるだけなのだけれど。

 正直、別に気持ちいいとか考えることはない。コートの裾から入り込んだり、前の袷の隙間から入ってきたり、あとはそのまま顔に当たったり。耳はとっくに凍ってるんじゃないかと思うくらいだ。けれど都合のいいことに、私達の体はそんなにヤワじゃない。それに耳当てを付けると聴音に差し障る可能性があるっていうからもう堪らない。なんで人間らしい権利がないのだろう。まぁ、兵士だ。もっと言えば……兵器なのだ。銃口を花で飾ることに意味がないように、あるいはそれによって意味をなさなくなるように、余計な装備は原則として禁じられている。防寒具はその例外に過ぎない。私達への最低限の施しというものは、篩から間違ってこぼれ落ちたものなのだ。

 

 また益体もないことを考えているな、と思ったとき、ふと気配に違和感を覚えた。

 それはもしかすると、遠くで風が乱れた音で、むしろそれが理解できることに私は驚いていた。そして、それがどんどん近付いていると。海面を乱す音も、その空気の乱れに続いて聞こえてきた。

 

 ……何かが来る。

 それは直感からすると船で――――――それも大きなものだ―――――私達に危機をもたらすものとはあまり思えなかった。けれど常識的に考えなければならないとすれば、敵の可能性がある。

 

 ……電探、つまりレーダーが使えるならばこんなもの、とっくに接近を察知できている。けれど電波は深海棲艦を誘引するという――――――もしかしたら迷信かもしれない。実際に無線の電波は、最大限の妥協で使っているらしい―――――ことが、私達を護衛に置くことを更に有益なものにしていた。

 私達だけで行動する分には、限度はあるにしても引き寄せても構わないから、電探を使えるのだけれど。

 

 私は迷わず無線の周波数を連絡用に合わせて、

 

「こちら島風。後方より接近音を認める」

 

 船団全体に情報を共有する。まずこれが出来なければ話にならない。そして一息置くと、

 

『こちら“わかさ丸”、この航路を通る船は他にはなし。航路状況・予定によればそのはずです。そちらの知覚は確かでしょうか。どうぞ』

 

 人の頭を疑うような、でも少し驚いた声色で返信が来た。

 かつて使用されていたらしいレーダー類は軒並み使えなくなったから、船舶の行動予定は行政に把握されている。そしてそれを全世界で共有していて……だからスケジュールは厳密に組まれている。そして“SOS”や“メーデー”も最終手段。この航海の予定が決まったのだって、確か私が艦娘に“改造”され始めた頃、そのはずだ。

 その声のバックで、気配はさらに近くなってくる。私はそろそろ視認可能だと考えて、左肩越しに後ろを見る。でも霧のことを忘れていたな、と思っていると、

 

「……船?」

 

 無線に語りかけるわけでもなく、私は思わず口に出していた。距離感は霧のせいで狂っている。それでもまだ遠いことは、それだけは判る。

 

 私は努めて冷静に、

 

「ただいま対象を視認。霧で大きさ程度しか把握できないものの……」

『……島風?報告を続けてください。どうぞ』

「こちら島風、対象は……」

 

 嘘みたいだ。

 それは遠いにしても、

 

「……巨大な船です」

 

 あまりにも、大きすぎた。

 それと同時、私達の船団から大きなサイレンが鳴り響く。

 

 にわかに無線がうるさくなった。総員通達として基本の連絡用チャンネルにまず連絡が来る。

 

 内容は単純、面舵――――――つまり北上している現在は東の方だな―――――積荷への重大な影響が出るギリギリまで進路を変えて、後方から接近する艦船をやり過ごす。

 それだけ。注意事項などは省いてある。それくらい自分で考えろ、あるいは船長の指示に、居る船の方針に従えということだ。

 

 一通り通達が終わると、音が途切れる。なんとなく理由は分かる。そう思ってチャンネルを雑談用に合わせると、そっちでも同じような言葉が告げられている途中だった。最初は戸惑いの声も少し混信していて、でもすぐになくなった。こちらでも一通り連絡が終わると、またノイズだけになる。雑談用チャンネルだけど、誰ももう連絡を取り合うことはない。連絡内容に従って船団運動への追従に専念、あるいは見張りに専念……そういうことだ。

 

 私は船団が右に舵を取り始めたのを見届けると、少し速度を落としつつ、大回り気味にその軌道の平行線へ乗る。

 そして、気まぐれにチャンネルを適当に回してみる。ちょっと回してみると、すぐに何かと繋がった。

 とは言え、その何かというのは当然ながら私達の護衛する船団からの無線だ。内容は今までと違って、あの艦に連絡をつけようと試みるものだった。私は無線がノイズだけになるのに合わせて、チャンネルを回して無線を追いかける。片手間にやるにはちょうどいい。

 

 けれど、さすがに3個目のチャンネルは追い掛けられなくなって、私はまた連絡用に割り当てられた周波数に戻しておく。いつ普通の連絡が来るかもわからない。それに備えておくのが利口だと思った。

 

「……少し近くなったかな」

 

 そう思って謎の艦に視線をよこす。予想通り近づいてきているけれど、それ以上に速い。速すぎる。

 霧をまとっているのに――――――だんだんと解像度が上がっていくように――――――既に形が見えてくる。近い。波濤を裂いて、まさしく爆進と言った様子で航行する様も見て取れるほどに。

 それはやはり、確かに艦船だということが分かった。けれど甲板には、

 

「構造物がない……」

 

 いや、それは本質じゃない。あれは……空母だからだ。そうだ、空母の形で間違いない。

 ……見えてきた。左側、艦体からすれば右側に慎ましく艦橋が乗っかっている。

 でも、煙突はない。ということは原子力空母か。……中国はまだ持っていないはずだから、あれは米軍か仏軍のもののはず――――――――そんな馬鹿なことがあるか。

 

 なぜ一隻だけなんだ。どうしても私にはその一隻以外が見当たらないように思う。

 

 空母というものは随伴艦を常に伴う艦種である。それは空母が専ら艦載機を扱う艦だからだ。

 特に米軍の空母は原則、”空母打撃群”という艦隊を構成して行動する。

 それには潜水艦が含まれる時もあって……じゃあ、もしかして海中に潜水艦がいるのかもしれない。それが共連れなのか。いや、それでも絶対に水上艦の随伴があるはずなのだ。それも、露払いのような先導する艦が。潜水艦がいるとしても、それは水上艦がいない理由にはならないのだ。

 ――――――――じゃあ、ひょっとして見えているものが間違い?

 

 何かがおかしい。幽霊船か蜃気楼だという方がまだ信用できる。

 けど、私の目は確かに、”それ”がそこにあるということを私に知らせている。

 単独で行動する原子力空母という、あり得ない存在。

 

 私はその正体を……確かめなければならないと思った。それは義務感なのだ。

 だから、堂々と言わなくてはならない。

 ……無線は未だうるさい。

 船団の運動については打ち合わせが終わったらしくて、その話題はなかった。後は航路になんであんなものが通るのか、そこに話題が終始していた。

 

 私の言葉の入り込む隙間はないようにすら思えた。けれど、私は口を開く。

 

「……こちら島風、応答願います。どうぞ」

『こちら”わかさ丸”、どういった要件でしょうか』

「あの艦について偵察に行って参ります。通信終わり」

『ご、ご遠慮頂きたく思います!船団の護衛に専念『島風、やめなさい!』

 

 混信した。声は、早霜先生のものだ。止める言葉だった。でも、私は行く。

 私は右に舵を取った船団とは反対に、左周りにターン。そして西向きへと軌道を変える。

 

『やめなさい!島風!これ以上の逸脱行為は、あなたにとっても、この船団にとっても――――――』

 

 無線機のチャンネルを変えた。

 もう聞こえない。聞こえないはずなのに、耳にこびりつくように、”やめなさい”が頭の中で反響している。

 私はあの空母と距離を詰めに行く。確かめなければならないのだ。これは、私のためではないのだ。

 断じて、これは、真実を知らなければならないから、そうしているだけなのだ。

 でも、遠鳴りのように、

 

 ――――――――やめなさい――――――――

 

 うるさい。

 

 ――――――――やめなさい――――――――

 

 行くんだ、私は。

 

「やめなさい、島風!止まりなさい!」

 

 本当に耳に聞こえていることに気がついて、私は思わず速度を緩めて後ろを見る。

 

「……早霜、先生」

 

 彼女が、私を追い掛けてきた。必死の形相だ。でも、私より、遅かった。

 

「戻りなさい!いいから!今なら、私が取りなせるから!」

 

 ――――――――ダメだ。

 それは、させたくない。だから私は、

 

「いい。私一人で行くから。放っておいて」

 

 そう。……悪いのならば、私一人が悪くなければならないのだ。

 私は先生を背後に残して、全速力であの空母に向かっていった。

 

 

 ●

 

 

 船団はあの空母のコースを逸れた。そして今現在、空母は私達を追い越そうとしている。

 ものすごい速さだ。下手すると35ノット以上出ているかもしれない。でも私よりは遅い。追いつける。

 あの空母のコースを見極めて、斜めに交わるようなコース取りをする。舵を少し右に傾けると、進路は北北西気味になる。そしてちょうどいいと思った角度で舵を真っ直ぐに。

 

 私の全速力には、早霜先生は追いつけない。私は一人で行くから、それでいいのだ。

 

 それにしても速い。並走状態にある今、特にそう思う。私に速度の分があるとしても、前に回り込むなんてことはしたくもない。今にも艦載機を飛ばしそうな、まるで臨戦態勢……でも艦載機が見えない。

 

 おかしい。

 普通、空母がこんなに速度を出すのは艦載機の発艦に速度を乗せるときだけだ。戦うときだけだ。

 だってのに、こんなに速度を出すのはおかしい。

 

 そして霧に包まれた空母が、まるでベールを引き裂いたように、はっきりと見えるようになった。

 ……本当におかしい。幽霊船だ。幽霊空母だ。だって、今運用されている空母があんなに錆まみれのはずはないのだ。塗装はところどころ剥げて、赤錆だらけで痛々しいほど。特に艦橋なんて――――――――

 

「え?」

 

 嘘だ。

 あの艦橋。

 あの数字。

 

「なんで、”これ”が今も動いてるっていうの……」

 

 こうして、ましてや全速力以上で動いているはずはないのだ。

 あれが、この日本海に用なんかないはずなのだ……!

 

 私は、”その二桁の数字”の意味を知っている。知っているから分からない。

 混乱の極みに達した私は、そこで機関を止めて、追いかけるのをやめた。

 私の偵察は無意味だった。

 見ても、”わけがわからないもの”があっただけだった。

 

 そこに、小さな航行音が聞こえてくる。波濤を切り裂くあの空母の航行音に混じって、あれが遠ざかるに連れて、それは少しずつ大きくなっていく。高い音。それこそ、目いっぱいに機関を回したみたいな。

 

 立ち尽くす私が、反射的に、でものろく、それを右肩越しに覗き込む。

 

「……早霜、先生」

 

 彼女が、追い掛けてきていた。そして彼女を”先生”と……初めて声にしたと思う。

 彼女の顔は赤いのか青いのか分からない。表情なんて見たくなかった。私は目をそらす。

 そして、彼女は私のすぐ目の前、それどころか顔と顔が触れ合うほど近くまで来て、

 

「……っ!」

 

 私は、左頬に、痛い一発を食らった

 強烈なビンタ。

 ……すごい、本当にすごい衝撃だった。

 だから、何も言えなくなった。

 

「……帰りましょう」

 

 私はうつむいて、何も言えなかった。

 

「……いい!?」

 

 私は、口の中にほんの少しだけ鉄の味がするのを感じながら、

 

「……はい」

 

 自分でも分かる、くぐもった声で返事をした。

 

 けれど私は、冷えていく血の気の中に、奇妙な熱さがあることに気付いた。

 心臓がまだ跳ねているのはそのせいだろう。

 私はわけのわからないものを見た。

 多分、それが理由なのだ。

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