2019/02/24
この回は改稿予定となっています。ご承知下さい。
その後、早霜先生からはお説教の無線が届き続けた。
一度ならず二度までもの逸脱行動。
お咎め無しでは済まない。
謹慎処分は確実、営倉入りも視野に入っている。
そして、”見てはいけないもの”を見てしまったのだと。
だから私は、”見てはいけない”ってどういうこと?って、問い掛けてやった。
それには先生も、
「分からない……」
”あの数字”が見えなかった彼女は、本当に”あれ”が何だったのかは分からない。
けれども、只事じゃないことは理解していたのだ。
私のほうが分かってる。あれがただの大きな艦じゃないってこと。
あれは”あるはずのないもの”だってことを、私のほうが理解している。
先生は、お説教は長く出来ない質みたいで、そんなに長い話にはならなかった。
けれど舞鶴に着くまで、それっきり私に無線を寄越してくることはなかった。
私は……そう、安心して、連絡用のチャンネルに無線を合わせて、そのまま航海を続けることにした。
●
ちょうど正午に差し掛かる頃だと思う。腹時計からすると。
そのくらいの時間に、輸送船団の係留までを見届け終わった。
船員達からの生の感謝の声、連絡用無線での謝辞を受けて、それから帰ることになった。
私の二度の暴挙には、全く触れない内容だった。
後、船員のほとんどは私のやったことなんて知らなくて、”ありがとう”の声は私にもきっちり届けてくれた。
……居心地が悪かった。
そして、休憩中だった艦娘二人が船内から甲板に上がってくる。船員達の最敬礼に囲まれながら。
艤装は当然完全装備、その上で海に出ていた四人分の荷物も持ってきたから、眠たい目を擦ることも出来ない、そんな感じだった。彼女らも彼女らで、居心地は悪いのかな、と思ったけれど、そんな素振りは見えなくて、ただ眠そうだった。
寝ぼけ顔の駆逐艦娘の片割れから荷物の背嚢二つを受け取って、私は”連装砲ちゃん”を動かしに掛かった。
他のみんなは元からフル装備だけど、私は資源節約のために”連装砲ちゃん”を船内に置きっぱなし。
だけど私が念じれば、器用にトコトコとやってくるのだ。でも保管庫から甲板は階段の段差があったりで時間が掛かる。緊急時はフルパワーで文字通り飛ぶようにやってくるけど、平時はこんなものだ。私の念そのものも弱いし。
……そうして五人を待たせていると、さっきまで寝ていた艦娘二人が私に、尖った視線を寄越してきた。視線は見えたんじゃなくて、感じたものだ。
だから首を少しだけ動かしてその二人を見ようとすると、他の二人も目に入った。ヒソヒソと声を潜めているけれど、耳を澄ましてみれば大体聞こえる。私のことを話していることがすぐに分かった。
そして今度はあっちが私の視線に気付くと、鋭い視線は二倍になった。
目を逸らして、”連装砲ちゃん”を急かすことにした。急げと。
するとほとんど全開の手応えが返ってきて、艦橋を突き破るような勢いでお出ましになった。
三体の“連装砲ちゃん”が次々着水、私に侍ると、四人の視線はより一層刺すようになった。
……手を抜いていたんじゃない。やたら勢いが強いから抑えていただけ。
そういう言い訳は頭には浮かんでも、口には届かない。そのまま忘却の流れに紛れて消える。
そんな空気の中、誰かが手を打ち鳴らした。
「さぁ、帰りましょう」
四人から離れた位置に佇んでいた、早霜先生だった。
特に表情は浮かべていない。クールないつもの無表情。
……似合っているのに、似合わない。
彼女がハナを切り、私達は続いて航行を開始する。遠征中よりずっと速く。
でも私は”連装砲ちゃん”を引き連れて、その最後尾にいることにした。
●
舞鶴鎮守府に到着。
霧とあいにくの曇り空で太陽は見えないけれど、昼のてっぺんはとっくのとうに過ぎていると思う。
もう、いい加減お腹が空いていた。
埠頭へ上がろうとする。……出迎えがいる様子はない。
けれど、早霜先生と他の四人は違和感を覚えたらしく、にわかにざわつき始める。
「……いつもなら、誰かはいるはずだけれど」
早霜先生の囁きが聞こえた。
私はこれが初めての遠征だったから、それが普通だということも知らない。私はそれに構わず、埠頭にリベットで留めてある、錆びた赤い階段を登り、久々の陸へ。
いくら水を弾くとは言っても、陸に上がるとコートをより一層重く感じた。足場が違うとよく分かる。私達がどこで働いているのか、ということを。
それに続いて皆も上がってくる。最後に早霜先生。
そして、
「……いやな雰囲気」
風は吹きさらし、今にも泣き出しそうな空―――――と言えばいいんだろうか、こういう時は―――――を見つめて意味深な台詞、また早霜先生は先陣を切って歩き始めた。工廠へ。艤装を預けなくてはいけない。
……私は、今度も離れてシンガリ役を選んだ。
●
……工廠も無人だった。”いやな雰囲気”、それは確かに当たっているように思えて、私もその”いやな雰囲気”とやらを肌で感じられるようになった気がした。
とにかく、私は魚雷発射管を降ろして脚部艤装も外し、”連装砲ちゃん”も置いていく。
でも自前の靴に履き替えていると、彼らがぴょこぴょこ跳ねて寄って来た。
だからなんとなく口だけで”バイバイ”と言って、手も振ってあげた。長い付き合いじゃないからだと思うのだけれど、彼らはなにものなんだろうか。わからないけど、私の指示に従うことは分かっている。そして……そう、私に懐いているらしいことも。
みんなも装備を降ろすと、私と同じように靴に履き替える。
理由は知らないけど、みんなローファーだった。多分、ファッションなのだと思う。デザインはそれぞれ違うから支給品じゃない。
私はその点楽でいい。こんな格好だ。何を履いても関係ない。今はコートを着ているけど。
みんなそれぞれが武装解除を終えて、仕事の終わりを実感しているようだった。伸びをする者、屈伸をする者、あるいは……眠たげに欠伸をする者。
そして一番驚いたことに、
「島風。ストレッチするわよ」
早霜先生がそう言ってきた。
一方、他のみんなはとっとと帰って寝たいらしくて、足早に工廠を去っていった。そして、私と先生二人きりになった。
……正直なところ、気まずいなんてもんじゃない。
それに耐えきれなくって、
「行かなくていいの?」
「私が今回の責任者だから。まだ休めないのよ」
「じゃあ早く報告に行けば」
「もう歳なのよ」
……さいですか。
体をほぐして一度リラックスしないとこれ以上保たない年齢なのだ、と。
艦娘になった以上、実際の年齢なんて関係なさそうに思うのだけれど。
それで私が粛々と頷くと、
「いや……今の、笑いどころだったのだけれど」
「……」
いつものクールな無表情が崩れて、苦い顔になっている。多分、これは珍しい表情だ。
でも今更笑ってあげられるほど、私は肝が太くない。だから、
「ごめんなさい」
「……許す。ちょっとだけ」
そう言って一度鼻を鳴らすと、彼女は地べたに座って開脚。まずは私が押せ、ということらしい。
”許す”、”ちょっとだけ”。
それにどういう意味があったのか、なんて考えてしまう。
けれど、そんなことを考えるのは……きっと私の甘えなのだ。
私も地べたに膝をついて―――――――コートの裾が地面との間に入ってる。邪魔のような、ありがたいような―――――――、彼女の背中を押した。彼女が身を倒していくのに、引っ掛かりは感じない。柔らかい体だ。どこも凝っていないし、だからストレッチなんて最初から必要ないだろうと感じた。
なんとなく口に出して、
「柔らかいね」
そう言うと、先生は身を起こしていく。私は押す力を抜いて、
「”改造”されて良かったことの一つ、かしらね」
上体が起ききると、彼女は正面を向いたままそう言った。
「ふーん」
「もう一度」
促されたので、もう一度押す。
……やっぱり、ストレッチしなくてもいいと思う。もうぺったりと地面にくっついてるほど。この行いの意味が分からなくて、でも多分、聞く権利はないと思った。
また先生の体が起きていく。力を抜く。
背筋がピンと伸びたところで、
「横は自分でやるから。後でまた押してちょうだいね」
そう言って、今度は右に体を倒し始めた。私は左右の伸ばしが終わるまで待機。
膝をついているのは正直疲れるから、私も一度座った。……なんとなく、背中合わせに。工廠の入り口の方向だ。
特に気乗りしているわけではないけど、自分でも試しに一人で長座体前屈。
コートの裾がやっぱりちょっと邪魔だけど……まぁ、昔から続けていたし、私も体は柔らかい。特に昔と違いは感じないと思う。……でももしかすると、少しだけ、もっと柔軟になったかもしれない。体質改善……と言えばいいんだろうか。元から良いのも更に良くしてくれるみたいだ。”改造”って不思議。
でも結局この疑問に帰ってくる。
なんで特に意味もなくこんなストレッチをしてるんだろう。
そう思いながら足を開いて体を前に倒そうとすると、
「提督への報告、あなたも連れて行くから。……あら、自分でもやってるの?」
「え、うん」
”うん”とは言ったけど、それはストレッチについての方だったので改めて、
「私も、うん……行かなくちゃいけないよね」
「ちゃんと話を覚えてるのはよろしい。後はその場でちゃんと聞ければ合格、かしらね」
…………さいですか。
少し肌が暖かくなった気がする。
……多分、もう風を浴びていないからだ。気付くのが遅すぎる。
そんなことを考えながら、体を前に倒していく。ゆっくりと、でもそのつもりが思った以上にスムーズに曲がっていくから、そのままぺたりと地面と胸がくっつく。顔は正面を向けたまま。
すると先生は体を捻っていて……私と目が合う。先生は眉を緩めながら、
「楽しい?」
「いや、別に」
突然聞かれたから、思わずそう答えてしまった。本当の話、別に楽しくはないし。
でもなんでだろう、私の言葉を聞いて彼女は、
「そう。でもあなた、うん。やっぱり本当に分かりやすい」
そう言って、笑った。
私は、……なんだか、コートはもう脱ごうと思い始めていた。
●
そうして、もう話すことはなくなった。
けれど、実際話す必要はなかったと思う。
責任者である早霜先生と一緒に、提督に報告に行く。その通達を受けた。それで十分だったわけだ。
ストレッチは必要だったのか、という疑問はすっごくあるのだけれど、やっぱりそれは口にしないことにした。
そして長座した早霜先生の背中を押して、一通りが終わった。
先生は立ち上がって伸びをして、
「……じゃ、交代しましょう」
「え、別に私、そこまで疲れてないし」
本当になんでストレッチなんだろうか。こんなに時間を掛けて。
私が本当にいらない、って思っていると、早霜先生は……ああ、ちょっと憮然としている。無表情とはちょっと違う。それで少し低い声で、
「若いから?」
「関係ないでしょ」
さっきの自分の年齢を理由にしたのは冗談なのに、なんでその真顔で聞いてくるのか。
私が突き返すと、彼女は少しだけ眦を下げて、
「あら。若いうちからやっておくことに意味があるのよ」
「いや、昔からやってきてるから」
そう言うと、今度は溜息を吐いて……何だろう。これは初めてのパターンか。
「……頑固は美徳だけど、ノリの悪さは悪徳、そう思わない?」
声のトーンからして、非難か呆れかどちらかだろう。
でもそういうことなら私は座らなければならない、ということは分かっていた。
大人しく長座の体勢になると、
「じゃあ、押すわ」
と言って――――――――いきなり容赦なく体を倒しに掛かってきた。
幸い筋が痛くなるとかは全くなかったけれど、単純にびっくりして、
「……何してるの」
抗議を口にしてみるけれど、
「あら、本当に柔らかい」
なんでクスクス笑いをするのか分からない。
「そっちもそうだったけど」
「いいえ、やっぱり若いのねって」
「……」
もう、これしか頭に浮かばない。
さいですか。
「……悠長に何をやってるんですか!」
突然、外から声が聞こえてきて、工廠の中に響き渡った。
顔を上げると……明石だと分かった。工廠の主だ。
家主の留守を良いことに遊んでいたことに怒ったんだろうか。
でも早霜先生は悠然として、
「あら、クールダウンは重要だと思うけれど?」
「そんなことしてる場合じゃないんです!」
明石はそのまま工廠の中に入ってきて、私達を睨む。
……怒っている以上に、顔色が悪い。何故だろう。いや、何故じゃない。つまり只事じゃないのだ。
私と先生が同時に立ち上がる。そしてなんとなく隣を見た。
先生の顔は硬く、それに浅く溜息を吐いた。
「……予感、的中かしら」
独り言ではない、そう思ったから私も頷いた。
それに答える形か、先生も一度頷いて、
「何があったのかしら」
「――――――――軍葬です。海軍上層部も軒並み出席されます。直ちに準備の上で、あなた達も出席して下さい」
本当に、只事ではなかった。
……とりあえず、この服では出られないな。
どうでもいいことなのか、大事なことなのか……そんなことを考えてしまった。