島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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さん、ハイ

「またお前か」

このB面ですが、筆者前作「女提督は金剛だけを愛しすぎてる。」の直接的な続編にあたるものです。特に番外編-2の続編です。
最低でも番外編-2だけでも読んでいただければ、大体登場するキャラの把握は出来るかと思います。

2019/04/03
裁判のカメラ規制について考証し直しました。
那珂の父親個人のツテと司法への”お願い”で行われた、と直しています。


2018/09/28
四十九日が明けていることので明文化しました。
それと矛盾するので、「禁酒してるので」を削りました。

2019/07/01
那珂ちゃんの身分と軍人の副業について重大な考証漏れがありました。
大変インチキ臭い設定で申し訳ありませんが、以下の通りです。
Q.君たちいつまで軍にいるつもりだい?フハハハ!
 退職金も軍人年金も大して出せないし、今のうちに自分でセカンドキャリアを形成して、
 それで国民年金受給までの生計を立ててくれたまえ!君たちなら出来る!
A.(仕事がキツすぎて)無理じゃい!そんなら資格取得でどうにかするわい!
……制度上OKだけど物理的に困難、みたいな感じです。国家公務員では軍人だけOK。
西側諸国の風潮を反映してるつもりなんだと思います。半端なことしやがって……。
また、このことは自明のこととするため本文にはあんまり反映しません。

他、那珂ちゃんがちょっと自分の状況やら世間の情勢を把握しすぎていました。
後の展開で差し障るので改訂しています。


B面「メンヘラ那珂ちゃんと愉快な仲間たち2017(仮称)」
白昼夢色


 覚悟はしていたけれど、それは唐突だった。

 

「……マジですか。青森市で復活ミニライブ……あの、むつ市じゃ……交通の便悪い、いやまぁそうですけど……ああ、はい、わかりました……やります」

 

 私の現役復帰が、通達された。

 

 

 ●

 

 

 私の名前は、那珂。今のところ、そして当面の間。

 元々あった名前の方は看板を下ろして封印中……だったはずなのだけれど、そうもいかなくなったらしい。

 

「ついに来たかー……」

 

 今は真っ昼間、実のところ寝ていなければならない時間帯。昨晩も夜間戦闘に従事していた。それで次の夜の食堂での演奏時間、その次の出撃に備えて体力を回復する……はずだった。

 けれど、マナーモードにするのを忘れていた携帯電話がいきなり鳴り出して、飛び起きた私は押取り刀で通話ボタンをタッチ。その前に誰から掛かってきたかくらい確認すればよかったんだけれど、寝起き・焦り・そそっかしいの三段重ねのせいで、私はわけも分からず電話に出ることになったのである。

 

 電話の主はやけに懐かしい声。私のバンドのプロデューサーからだった。懐かしいと言っても数ヶ月前の裁判の時には彼は出てきていて、二言三言は話した。その後のバンドメンバーとの飲み会には出てきていなかったから、まともには話していない。そのせいだと思う。

 

 さて。

 封印中の本名を引っ張り出して、その人間として振る舞うことが求められた理由は、私をこの夏に現役復帰させるというからだ。

 

 裁判が終わってすぐ、マネージャーから速報でバンドの活動再開の連絡が来たけれど、対外的・内部的にも具体的な動きは無かった。いつになるか分からない復帰の日を恐れて、私はリハビリに日々励んでいた。そのおかげで得たものは大きい。新しい音楽仲間と日々演奏を披露できる場所だ。と言うものの、ジャンルはロックじゃない。

 

 新しい音楽仲間というのは、五十鈴さんと上姉ちゃんの川内。

 彼女達と私のジャンルはまるっきり違っていて、そこで擦り合わせるのではなく適当な落とし所を作ったところ、バンドが出来上がった。ジャンルはジャズだ。クラシックピアニスト・初心者ベーシスト・ハードコアドラマーの3人という凸凹トリオだけれど、私達はなんだか上手くやっていた。音楽性の食い違いで仲違いとかは、お互いがお互いの本領に踏み込んでいないから起きていない。そもそもお遊びバンドなのだ。組んだ理由も適当なのだし。

 

 ・私が基礎練習をやっていた

 ↓

 ・五十鈴さんがスネアの音色だけで私の正体を看破した

 ↓

 ・一緒に演奏してみようかという話になった

 ↓

 ・上姉ちゃんが適当に乗り込んできた

 

 こんなものである。その上、組んでからなし崩しにジャズトリオに。何をやるのかも決めていなかった結果だ。ともかく、私達は警備府の食堂で夕食後に演奏するようになった。評判は悪くないと思う。プロが二人もいるし、上姉ちゃんは天才的な成長曲線を描いている。まったく卑怯だ。

 

 で、そんな中で私についに復帰の日が告げられた。2017年の8月19日だそうだ。お盆は外して、その次の週。そういえばお盆……お盆も世の中休みだ。特に実家に帰るという風習が多いから、青森だろうと流石に交通が混み合う。そうすると交通の問題で客足が伸び悩む恐れもあるってことかな。……元々会社勤めとは縁がなかったから関係ないけど、お盆かぁ。私にはやっぱり関係ない。……関係ない?

 

「……んん?」

 

 私の仕事、艦娘。軍人みたいなもの。世間のお休みとは関係ない。つまり、私が外に出る日についても全く関係が無い、というか……、

 

「やっば!」

 

 そうだ、外に出るんだ。出なきゃいけない!出ちゃいけないのにだ!裁判の時は司法の力に親が折れ、親の力に軍と提督が折れ、と”力”というどうしようもないものによって外に出ることになったけれども、今回は違う。事務所の力に軍が折れることはまずない。……いや、待った。ここには有給休暇というものがなかったっけ?それと外出申請というものも。良く考えよう。前回の外出は、外出申請を上の権力で通して……という形だったはずだ。

 つまり、提督さえ首を縦に振ればいいわけだ。なーんだ、そんな簡単なこと────────

 

 

 ●

 

 

 

「……は?寝ボケてんの?頭大丈夫?」

 

 ダメだった。

 いやまぁ、実際寝起きで取った電話だったんだけれども。うん。

 

 さて、起きてからTシャツとGパンにサンダル……私服で髪もそのままにして食事へ、それから提督……叢雲、もとい元叢雲の坂神さんのところに相談に行ったのだけれど……答えは真っ向から”NO、ダメ、ゼッタイ”だ。それも”頭の具合を疑う”という強烈な熨斗がついている。確かに仕方ないけれど、私はちょっと諦めるわけにはいかなかった。約束は守らなければならない。うっかり結んだ約束でも、約束は大事なものだ。そして芸能界では信義が何にも勝る。というわけで、

 

「あのー、また大吟醸差し入れるんでー、何卒……」

「酔ってんの?」

「素面です……」

「素で言うんだから頭が可哀想ね、あン?」

 

 マジで頭が残念ということにされつつある。私の立場本当に弱いな。

 こういうとき、普通の無神経なボンボンなら親の力に任せてゴリ押すのかもしれないけれど……特に私の場合、止むに止まれぬ事情がない限り、もう親の力をあてにすることは出来ない。今まで親にかなり迷惑を掛けてきたから尚更。私ももうそんなことがないことをひたすら願っている。今回のような事情の場合は特にダメだろう。何しろ私が蒔いた種。私の仕事の話だ。艦娘も仕事だけれど、バンドマンとしてはまた別なわけで。本当に個人的な事情なのだ。軽率に約束をした私が悪い。

 そうであっても、やはり約束は守らなければならない。ということは、坂神さんの心変わりが起きるまでひたすら拝み倒すしかないのだ。

 

「本当にお願いします!なんでもします!……出来ることなら!」

「あー?なんでもって言ったわねぇ?出来ることならってのは聞き逃したことにしておいて……」

「すみませんこんな立場で本当に申し訳ないんですが聞いたことにしてもらえれば」

 

 机越しに私が何度もペコペコ頭を下げてお願いしていると、なんか機嫌が良くなってきたみたいで”ほれほれ”とばかりに、「あ~?聞こえないわねぇ~?」とあっちも何度も繰り返してくる。けれどそれも何度か繰り返したあと、坂神さんは急に姿勢を正し……いや、ゲンドウポーズだから別に正しているわけではないけれど、

 

「……と、まぁ。何が問題なのかってのは分かってるわけ?」

「へ?」

 

 何が問題なのか、と改めて問われると……言葉に出来ない。ダメなものはダメ、とかしか思いつかない。それで私が口ごもっていると、

 

「私がアンタの外出を認めないわけ、分かるかって聞いてんのよ」

 

 仕方なしに私は”ダメなものはダメ”説にヤマを張って、

 

「いや、普通に外出がダメなんじゃ……」

「あのねぇ、別に強制収容所じゃないんだから”普通の”外出なら大吟醸で頷くわよ」

 

 ……大吟醸は必須条件なんだ。強制労働施設ではあるらしい。外出権を買う必要があるくらいには。

 ともかく、坂神さんの言う”問題”についてまるで分かっていないということが分かって、私は首を傾げた。一方坂神さんは力なく俯く。それで一息つくと、彼女は顔を上げて、

 

「聞き方を変えるわ、アンタは“自分が何者か”分かってんの?」

「それは、えっと、しがないドラマーやってる────────」

「それもそうだけど、もう一つあるじゃない。今」

「あ、その、艦娘”那珂”です」

「で、アンタの場合、その2つはイコールなのよ?意味、分かる?艦娘”那珂”……世間ではその顔も有名ね。それが芸能人……しかも殺人容疑かかったことのある”人間”。どういうことを意味するか、分かんないわけ?」

 

 あ、そうか。”那珂”が”人間として生きてきた誰か”ということが分かってしまう。

 ”那珂”って私だけじゃない。

 それにそもそも私は”本物の那珂”の”レプリカ”で、他にも”レプリカ”はいるはずで……。

 身バレするのは”私という那珂”だけなんだけど……。

 

 ええと、とにかくめちゃくちゃになることはなんとなく分かる。

 とりあえず、

 

「その、”那珂”が”わたし”だということがヤバい、と……」

「まぁそうなるわね。……正直、外出理由を素直に申告してきたことだけは利口だったわ。隠してたらマジでヤバかったから」

 

 とりあえず、相談したこと自体は間違っていないらしくて、それはよかった。

 相談に至るようなことを起こしたのは間違いだけど。

 ……あれ?今思うと、私、裁判のときに顔を誤魔化したのって超ファインプレーだった?

 

「あのー、私が裁判に行ったのってやっぱマズかったんですよね?顔誤魔化しといて良かっ──────」

「うん?いや、裁判は写真禁止だし、そんなに心配してなかったけど?てか、顔を誤魔化した?何?ブスメイクでもしたの?」

 

 うん、おかしいな。全然ヒヤヒヤした感じがない。ブスメイクってのも間違っていないけど何故か納得行かない。って、

 

「でも判決後の……囲み取材とかは?」

「アンタの父親……中将、それと司法側の力でカメラ・それに類するものはメチャクチャ厳重に持ち込み禁止を発令。関東だからか中将個人の顔がかなり効いたらしいわ。だからアンタ関連であの時メディアに残ったの、声だけなのよ。フラッシュとかシャッター音でも聞こえた?ってか、自分のニュースは見ない主義?アレ、シケた似顔絵しか映ってなかったわよ」

「いや、聞こえなかったような……あと、すぐ車に乗って出たし、元々テレビもそんなに見ないなぁ」

「そういうこと。でもテレビ見ないとは感心しないわねー。娯楽がタダで見れんのよ?タダよ?でもNH────―」

「それ公務員が言っちゃダメじゃ……」

「チッ、うるさいのよドラムドンスカ女」

 

 ……ドンスカ?なにそれ?イメージは分かるけれど……。

 どこからそんな擬音が出てきたのか真剣に私が悩んでいると、坂神さんは煙草をくわえて火をつけていた。

 箱を見ると……パーラメントか。金持ちで何よりだ。あとは賄賂から大吟醸を値引いてくれれば文句がない。

 で、美味そうに一口吸うと煙を吐きながら、

 

「……で、やるのはライブだっけ?写真残るわよね?」

 

 少しリラックスした雰囲気になったけれど、話は元に戻った。私の顔についての話だ。質問には頷いて、

 

「まぁ、大抵は……あと、ファンの隠し撮りとかもあるかもしれません」

 

 経験からも写真が残る可能性をさらに述べると、彼女はもう一口。かなりの勢いで吸い込み、煙草の先が赤々と燃えて……ああ、これは不味そう。今度は大量の煙を吐き出しながら、

 

「でしょ?でもまぁ、フツーの対面なら空似で済むのよ、記憶なら完全な検証はしようがないし。ただ写真となると話は全く別。特に今のようなネット社会だとね。マジで取り返しつかないわよ」

「まぁ、そうなりますよねぇ……」

 

 そこでお互いが溜息を吐いて、少し間が空いた。居心地の悪い雰囲気で、私はなんとなく視線を彷徨わせた。……場所は定まらない。そのまま、ふと湧き上がった喫煙欲求に誘われて煙を眺めている。そしてモクモクと煙を吐き出している煙草の赤い一点とピントが合って、

 

「……一本吸う?」

 

 物欲しそうにしている目だと思ったのか、いや確かにそういう面もあるけれど、それを察して坂神さんが箱を左手で私に差し出した。それに思わず、

 

「え?ケチの坂神さんが────―」

「根性行っとく?」

 

 間髪入れずに右手で煙草の先を向けて、ねじ込むぞーとばかりに素振りの体勢。即反省し、

 

「考えてものを言うようにします」

 

 根性注入棒を引っ込めて一口吸うと、坂神さんは、

 

「そうね、行動も三秒くらい待つこと。この話だってアンタが冷静に保留にしておくとかしとけばまだマシだったのよ。……にしても、ケチケチケチケチって、私ゃ高給取りよ。20代にして年収は勝ち組なのよ?だから煙草の一本くらいどうってことないわよ」

 

 ケチは一回しか言っていないはずなんだけれど。まぁいいか。そう思って頷く。すると、気を取り直してというか、坂神さんが箱を差し出す。私はそこから一本頂いて、

 

「火、あんの?」

「まぁ、常に持ち歩いてるし……」

 

 私はGパンの右ポケットを探ると、

 

「あ、れ?」

 

 手に馴染んだショッポの箱の感触はあるんだけれど……。これはつまり、

 

「……すみません、火もらえます?」

 

 私のうっかりは割とウルトラCモノで、例えば煙草の箱を引っ掴んでも隣のライターには手が出なかったりするのである。指から火が出るからいらない、とかだったら実にスマートなんだけれど、私はあいにくガンガンの看板漫画の類のビックリ人間じゃない。ビックリ人間であること自体は全く否定出来ないけれど。改造人間・戦闘の天才・プロのドラマーなのである。欠点が致命的なのもバランスの問題だろう。神は二物与えたら代わりに三物奪い取るものだ。理不尽である。トータルで損をしてるんだから人生っていうのはままならない。

 

「アンタ、本当にうっかりよね。……あのさ、そういう病気なんだっけ?」

「まぁ、実際……」

 

 私の病名はADHD。

 パニック障害なんてのも患っていたけど、そっちはほぼ完全に寛解した。主に今戦っているのはADHDの方である。

 この戦いの不毛さと言ったらない。

 何かに気をつけるほど他のこと、あるいはそれそのものがヤバい方向に転がるという、まるで幽霊を殴りに追い掛けていたら崖に落ちていたような感覚なのだ。そしてよしんば追い付いてパンチしたところで、完璧なスウェーバックの上で頭突きカウンターしてくるという……もうこれは戦いになっていない。一方的にいたぶられているだけだ。

 私の今の主治医である前々提督の金剛さんは、

 

『結局今まで処方は出来まセンでしたけど……ストラテラの処方、始めてみマスか?コンサータはちょっと難しいのデスが……』

 

 と言っていた。それに関しては、私はちょっと答えを出しかねていた。

 

 病名を言われた後、私も個人的にこの病気について調べていたのだ。そして、特効薬に近いものがあるということも。それが”コンサータ”と”ストラテラ”。副作用もあるけれど、本当に人並みの生活が送れるようになるらしい。問題は、それが私の能力の偏りを均してしまうのではないか、という点だった。

 障害である点は、私にとって武器でもある。人並みの生活と引き換えにそれが奪われる。

 

 幸いにして、私は私のうっかりに”死にたくなるほど”困ったことは少ない。”あの事件”は忘れられない、忘れないし、死にたくなったこともあったけれど……今はそうじゃない。多分、ああいった薬に頼るべきなのは、本当に困っている人なのだ。

 

 ……まぁ、そんなものは建前で。

 

 一番イヤなのは酒が飲めなくなることなのだ。

 かつてデパスとちゃんぽんしていたのは忘れたことだ。もうやらない。特に医者が身近にいる。大目玉どころか大粒の涙で懇願されて居たたまれなくなるだろう。……あの人、常軌を逸した善人だから、実は怖いのである。はっきり言って苦手なのだ。やりにくいし、良心が痛むから悲しませたくない。あと悲しませると今度はエクストリームな折檻が待っているだろう。ウォースパイトさんのことだ。前提督の。

 

 ……しかし相変わらず思考がとっ散らかっているなぁ。

 気がついたら、私、煙草くわえてるし。

 ふと思ったことが口を突いて出る。

 

「……私、いつの間に火着けてたんですか」

「いやフツーに。……って驚いたわ、アンタ心ここにあらずって時ほど動きが冴えてるんだから」

「まぁ、そういう病気です……」

 

 いわゆる神の手である。無意識に手が動くというか、ほとんど意識がない時に起こるアレである。私の場合は特にひどい。ライターを忘れても煙草の箱だけは持ってきている、というのも本当に無意識なのである。

 

 一服して少し空気が緩んだところで、

 

「……で、どうすれば出られると思います?」

 

 なんて聞くのも私の考えなしで、

 

「出すわけないってんのよこのトンチキ」

 

 こう返ってくるのを予想できたのにしないのが私である。

 話は平行線になってしまったわけだ。もうどちらかが折れるしか手はない。

 

「言い訳、どうしよう……」

 

 で、私が先に折れた。

 

「よく考えることね、んじゃ今日の夜戦もよろしくー」

 

 

 あっち行けのサインで私の退室を促してくる坂神さん。本当に変わらずドライなんだから、この人はここに向いている。特にトップに立つと面目躍如だ。出来上がっていたルールを守り続けるあたり、真面目なのか、体制変更が面倒なのか、そこは良く分からないけれど、ともかく彼女はここのトップに相応しいだろう。そんなどうにもならないないことを考えた。

 

 そして執務室を出ると、左太ももになんだか違和感。

 まさか、と思ってポケットを探ると、

 

「……いや、まぁ、よくあることかなぁ」

 

 手のひらに転がり出たのは何度買い直したかわからない100円ライター。

 左の手のひらで、プラスチックが光を照り返していたのだった。

 神の手、恐れ入りました。

 乾杯、もとい完敗……の代わりに、司令部の外の喫煙所でもう一服することにした。

 

 肩をすくめて溜息一つ、そして私はふらりふらりと歩き出す。

 廊下の窓から、最近高くなってきた太陽が、静かな司令部を柔らかく暖めている。

 その光が照らすものに、なんとなく視線を引かれる。

 ……壁際の床板に残された、明らかに只事ではつかないはずの、どす黒いシミ。

 でも私を含め、それに眉を顰める者は誰も居ない。不思議だけれど、そういうことだ。

 

 ……もう、すっかり春だ。

 あの葬式が終わって、しばらくの。四十九日も明けた。

 何も変わらない、でも確かに何かを変えたはず。

 去っていった彼女は、そんな曖昧な名残だけを残して。

 私達に、最期の光だけを残して。

 そう、彼女がついにブライト・サイドを示してみせたなんて、なんて皮肉。

 けれど彼女が示したからこそ、私達はその存在を確かに信じることが出来るようになったのだ。

 

 私は、なんとなく口笛を吹いて、センチメンタルな廊下を歩いていく。

 涙も出ないほどの、うっすらとした感傷が、心を撫でて、そして包んでいった。

 

「……”そっち”に行ったら、まともに話が出来るといいな」

 

 ……だなんて、縁起でもないことを考えるのも仕方ないと思う。

 

 でも、そうだな。

 可愛い、素直で良い子の彼女に煙草を教えてあげるのが、楽しみなのかもしれない。

 そんな私は、きっと悪い人なんだろう。そもそも人殺し、なんだし。

 それじゃあ天国では会えないなぁ。

 けれど、三途の川で誰かを待ってる、なんてことがあるなら、その誰かを待っている間に話でも出来るかもしれない。

 私が死んだときは、棺桶に酒と煙草と……色々と入れてもらわなくちゃなぁ。




この子動かしやすいんです。
言い訳しますけど、後から本編とクロスするんです。
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