島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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言い訳をしておきますが、筆者はツェッペリンを愛しています。

2019/01/29
ちょっと修正。


「ハッハー!ツェッペリンなんてお笑いだぜ!」

 その後は下姉ちゃんに、それと夕方からは上姉ちゃんに、代わり番こで仁王立ちのお説教を受けて、私は終始土下座。頭を上げることは一切許されなかった。

 

 内容は私の肝に刻み込むがごとく、三つくらいの話題を水で薄めた……のではなくて、原液たっぷりを時間を掛けて刷り込むように語られた。大いに。

 

 まず一つ。

 私が寝起きで重大な決断をしたこと。これは二人共が言っていた。

 お前さ、流石にそれはマズいってわかんないかなー、みたいな。下姉ちゃんは蔑み、上姉ちゃんは呆れていた。……どっちも意味が同じのような。さじ加減であって。

 

 次に二つ。

 自分が艦娘であることを十分理解できていないこと。こっちは下姉ちゃんが十分に語った。これについては裁判で一度世間様に顔を出しちゃったから勘違いしたんだろうな、みたいなことを仕方ないなー……じゃなくて、何勘違いしてんだゴミカス、みたいな感じで分からされた。要は提督に言われた内容と概ね同じだ。

 言うだけ言ったら下姉ちゃんは夕食に出かけていった。あの、一緒に夜戦に行くんだから……。

 

 そして三つ。

 最後に上姉ちゃんが何故か心配したのが、練習どうすんだって話。軍人としてのお話しじゃなかった。

 あんなんで人様の前に出てタイコ叩けんのかお前は、みたいなすっごくお師匠みたいな話をされてしまった。

 ……解せない。プロは私だ。素人は上姉ちゃんの方である。でも言えない。末妹に口を開く権利はない。

 じゃあ練習に付き合ってよ、って言う話なんだけれど、それについてはついに話題に上らなかった。

 

 ……そうして話が終わると、ようやく頭を上げることが許される。

 眼の前にはサングラス装備、黒いパジャマの上姉ちゃんがいた。

 私は立ち上がろうとして、

 

「……立てない」

「うん。まぁ、だろうねーって感じ」

 

 他人事みたいに言ってるけど……。

 ともかく私はなんとか正座を崩して足を前に放り出して、

 

「……ああー、足がビリビリする……」

「うん。ハルコ、あんたいい薬じゃん」

「なんでこの歳になって躾受けてるんだろ……」

「あんたが大人としてダメだからでしょ」

「うーん……」

 

 縮こまって固まっていた体をほぐしたくて、その場でバターンと上体も寝かせてタコのように体をうねらせる。1分もそうしていると、不思議と体は楽になっていた。その間、上姉ちゃんは私のスマホを勝手にいじっていて、

 

「あ、上姉ちゃん何してんの……」

「いやね、我が妹の誠意のほどとチョイスの良し悪しをだ……てかロックくらい掛けなよ」

「いや、私すぐ忘れるし分かりやすいのにするとないのと同じになっちゃうから」

「あー……まぁ、確かにそうか。しかし……へぇ、やっぱ高いんだね、フェンダーって」

 

 上姉ちゃん的にも”誠意”なのか。とりあえず半分予想が当たって嬉しいのか悲しいのか。わかんないからとりあえず笑った。

 それで、上姉ちゃんは何故かヤンキー座りになってスマホをペチペチやり始めたから、私は立ち上がってその後ろから画面を覗き込む。

 ……どれも天下御免のクオリティー、そんな名品が並ぶ検索画面をサングラス越しに眺めていた上姉ちゃんだけれど、突然首を傾げ始めた。で、

 

「コレさ、全部新品だよね?」

「うん。それで検索してるけど」

「マジ?」

 

 怪訝な声、更に疑問を深めたらしい。何がおかしいのかな、って思って画面をよく見ると、

 

「あー、これはね……」

 

 映っているのはボロボロのギター。それが3つ。それぞれ三者三様といったボロボロ加減だった。

 塗装が剥げて木目が見えてるのはもう全部。それが本当にひどい具合だったり、ちょっとくらいだったり、あるいは”あー、大事に使い込んだねー”くらい。指板も色が変わってたりする。この汚れ具合も、まぁボディと同じ程度だ。すっごく黒ずんでるのから、ところどころ黒ずんでる、あるいは全体的に使用感あり、みたいな。

 上姉ちゃんは今度は逆の角度に首を傾げて、画面を目に近づける。ガン見の体勢だ。

 

「おっかしいな。私の知ってる新品ってこんな年季の入った風情はしてないけどなぁ。しかも中古、ってかジャンクみたいな」

「うん、でも新品なんだよね」

 

 今度は首を傾げるんじゃなくて、”あーもうわからん”みたいに天を仰ぎ始めて、

 

「何を以て新品とするか、みたいな話?なにそれ、哲学?」

「いやそんなんじゃなく。――――――そういう加工なんだよね。私にはよくわかんない価値観だけど」

 

 更に首を反らして、私とサングラス越しに目を合わせて、

 

「……加工?わざとボロっちくするのが?」

 

 耳を疑う、みたいなニュアンスだけど、私も最初は目を疑ったものだし、まぁまぁって感じだった。

 

「うん。レリック加工って言うんだったかな……ギタリストのかたっぽはマジモンのビンテージギター使ってたけど、話に出たことはあったし。だから”あー、ビンテージってこういう感じだよねー”ってところかな」

 

 そこで”ほへー”なんて口の形をさせてから、首を戻して画面に目をやる。そしてギターの画像を指差して、

 

「つまりなんだ……ビンテージの偽物」

「いやそれを言ったら下手すると殺されるかも」

「……レプリカ」

「それなら当たり障りないかな、うん」

 

 危ないところだった。

 

「しっかしそんなにビンテージが欲しいかー、世の中の人間ってさー。畳と嫁は新品が良いってよく言うのにさー」

「いやこれ新品……」

「じゃあ中古に見える新品って損じゃないかなぁー?あと、これも誰かの手に渡ってまた離れて……ってなって、こいつが本当のビンテージになる頃には何が本物か分かんなくならない?」

「素性の良い楽器って大体シリアル振ってるらしいし。これだってそれは分かるんじゃないかな」

「あー、そういうもんなんだ。……ふーん」

 

 それで疑問はなくなったらしくて、上姉ちゃんは黙って楽器の詳細なスペックを見始めた。見てもわからんだろうに……。まぁ、私だってギターは門外漢だから分かんないんだけれど。

 

「しっかし、50万とかフツーに超えてくるんだ。高い誠意だなぁ」

「……」

 

 そんな高い金を払わせようというあたり、プライドに高値を付けすぎでしょ。

 私の無言にはお構いなしに、上姉ちゃんはどんどん他のギターも見ていく。

 

「しっかし、レリック加工だっけ?それがないやつもないやつで普通にヤバいくらい高いじゃん。……そういやボロいのは型式名に”Relic”って入ってるね。”Journey”も入ってるのはそれよりかはボロくない。……他には、うーん、なんか少し汚れてるのもあるけど、これはRelicって入ってないし……“NOS”って入ってるのもあるね。……これはうん、どう見ても新品だ。しかもクソみたいに高い。レリックより高くない?ボロいほど高いってわけじゃないの?」

「うん、よくわかんないけど全部高いことだけわかったって感じなんだよね」

 

 流石に”うげー”って感じになっている。うん、それが一般人の感覚だよね。30万くらいをポンとベースで使った人とは思えない。まぁ、アレは間違いなく一生モノのつもりだったから出せたんだろうけど。

 

「……しっかし、私も知らないんだけどさ。あの子、誰に憧れてギター弾きたいと思ったんだろーね」

「確かに……」

 

 と言うか、そこらへんを曖昧にしたままブランドと機種名だけでオーダーしてきたわけだ。こっちとしては何がなんだか分からないのである。選べ、と言われても困る。

 

 ……いや、誠意を試されている”だけ”だからこそ、逆に曖昧なんだ。

 

「つまりさ、まず私が選んだもので試されるってことかな?」

「うん?……ああー、なるほど。そういうことね。うん。間違いないよ、その考えは」

 

 じゃあこれは多分……とりあえず私の誠意の”額”を知りたいんだろう。やっぱりヤクザだ。国家公務員の思考法じゃない。

 ただ、そういうことなら値段という絞り込み条件を増やせるのはありがたい。それだけはありがたい。

 問題はどこで絞り込むかなんだけれど!最低35万からスタートってのが非常に悩ましい!当然そこで私が妥協しようものなら誠意が足りないと理不尽を言われそうだし。いや、言わないのかな……流石に下姉ちゃんも人の子だし……。そう思うと、ちょっと上の価格帯でも、という気になるあたり私はなんだかバカみたいだ。

 私はなんだか、頭がグルグルと回り始めるのを感じて、上姉ちゃんの頭の左側に手をスッと伸ばした。

 

「――――――――上姉ちゃん、携帯返して。探す」

「うん?……いや、あんた、今はマズい。やめときな」

 

 え?と思ったときには頭をコツンと小突かれて、私はなんだか寝起きみたいに頭がクラクラしている。

 あれ?

 

 ああ。

 ……集中に入っちゃうところだったのか。危なかった。

 

「ごめん」

「こっちも叩いてごめん。……飯行こっか。もう十分日も落ちたし」

「そうだね」

 

 そう言うと、上姉ちゃんはちゃぶ台の上のアークロイヤルとジッポを引っ掴んで、

 

「んじゃ行こっか」

 

 私に一度振り向くと、床の間を降りて靴を履いた。

 それに続いて、私もサンダルをつっかける。

 

 

 ●

 

 

 私達が食堂に着くと、もう人は居なかった。炊事担当の給糧艦の人すら居ない。

 飲ん兵衛達は鳳翔さんのところに行ったし、夜戦のない日なら私達も帰ってるころだ。夜戦があっても私達が演奏してれば、それなりに人は残るし、間宮さんか伊良湖さんが残っていたんだけれど、今日はそういう状況じゃなかった。

 

 そこに、一人だけ残っていた。制服を着た下姉ちゃん、神通。六人がけの机、その真中の椅子に座って羊羹と抹茶をちびちび楽しんでいる。しかもお盆が二つだから、二人前だ。贅沢な夜を過ごしているなぁ。

 そしてその手前には、お盆が二つ。私達が遅くなると踏んで、私達二人の分ももらっていてくれたみたい。

 

「よ、おまた?」

「ええ。ゆっくりとさせていただいています」

 

 手を挙げて近寄っていく上姉ちゃんの影に心持ち隠れるように、私が後ろを歩く。まぁ、そんなことは無意味でギュピーンと効果音を鳴らさんばかりの視線が私を貫いているんだけれど……。

 

「まぁまぁそんな目しないでさ」

「……それで、あなたの誠意は?」

 

 私への視線による暴力は意にも介さず、上姉ちゃんは下姉ちゃんの右手側にどっかと座り、

 

「それより飯。誠意の大きさくらいは決めてきたよね、妹」

 

 その逆側に座ろうとしたところに、ぐいっと上姉ちゃんの視線も。それに私は、

 

「まぁ、それくらいは……」

 

 嘘だ。正直、覚悟が決まっていない。ピックアップは検索条件を絞り込むだけで終了する。それから適当に選ぶだけでOKだ。レリックとかNOSとかの概念もきっと知っている下姉ちゃんは、おそらく値段だけを見て私を値踏みするだろう。

 

「んじゃいただきまーす」

「……いただきます」

 

 食べながら考えよう。と、思った矢先に、

 

「あ」

 

 右手から片方の箸がこぼれて、机で跳ねて、そして、

 

「ん」

 

 左手が勝手に動いて、間一髪、机から宙に舞おうとしていた箸の片方を掴んで止めた。

 

「やるねぇ」

「……はぁ、落とさなかったことは褒めましょう」

「手厳しい……」

 

 思わずぼやくのも仕方ない。うん。

 そんなことより今日の晩ごはんは……と言うと。

 

 メインはどうやら鰆の西京焼き。緑色の……確か、シダ系の葉っぱ。そうだ、葉山椒だった。それが乗っている。その添え物は……なんだっけ、この細長くて生姜みたいな味するやつ。食べ慣れている方だとは思うけど、名前が分からない。……じゃあ生姜でいいや。多分そこは合ってるはずだから。

 

 思わず西京焼きに手が伸びそうになるけれど、そこで箸を方向転換。左手は右手側のお椀に。こう見えても育ちはいい私達。育ってどうなったかはともかく、食事の一口目は汁物で口を潤すというものがマナーだと知っている。

 ……本日はオーソドックス、シンプル・イズ・ベストとばかりにワカメと豆腐の白味噌汁だった。……具材だけど、代わりにしじみなんて入ってたらまたアツい。特に朝まで飲んでからの朝食には最高だと思う。

 

 ずず、と味噌汁をすすると……まぁ、流石に少しは冷めてる。けれども口に含んだ時、熱さで分からなくなるような、そんな繊細なところまでが分かるような気がする。はっきり言って、出汁モノは冷め掛けが一番美味しいと私は感じる。ヌルいところまで行くとダメなんだけれど。しかし……ははぁ、これはいりこ出汁だな。しかもなんだかそれだけじゃない感じがする。多分だけれど昆布と合わせてるのかな。私は食通ってわけじゃないから、流石にどこの昆布なのかは皆目見当もつかないのだけれど、それでも合わせ出汁なのはなんとなく分かる。実家の食事でも確かこの組み合わせは鉄板だったはず。まぁいずれにしても、この鎮守府は結構裕福らしいから、いい煮干や昆布を使って贅沢仕様なんだろう。

 

 次はご飯。……まぁ、こっちは私の好みが炊きたて熱々だから、なんとも言えない気分になるんだけれど、それでもまぁ美味しい。そりゃあ高級料亭とか、実家の味には負けるけれど。一人前を土鍋で炊いてとか、高級炊飯器でとか、そういうのは大量生産を第一の目的とする食堂では望むべくもない。というのに、十分美味しいのだ。これはなにかのマジックだと思う。さすが給糧艦。家事の超人だ。

 

 そしてメインの西京焼き。箸で身を裂くと、もうまさにふわりとした手応え。箸で摘んで口元まで持っていくと、焼いた白味噌の、香ばしいけど品のいい香り。実に良い。私はこういうのも好きだ。なにせ、育ちだけは良いのである。結果がダメなだけで。……自分で考えていて悲しくなる。一口パクっと行ったらそのままもう一度ご飯を一口だ。

 

「……おいしい」

 

 ちゃんとご飯と西京焼きを飲み込んでから言ったことだ。口をモゴモゴさせて話しちゃいけないって言われてきた。何度怒られたことか、そうしてマナーとかを身に付けてきたことか。

 

「お、ほんろだ、これおいひいれ」

 

 ……上姉ちゃんは色々と例外だけど。

 私や下姉ちゃんと同じような教育を受けて、何故かとびっきりの悪童に育った、これこそまさに突然変異なのだから。

 

 

 ●

 

 

「ごっそさん」

「ごちそうさまでした」

 

 今日も素晴らしい夕餉を楽しむことが出来た。……ここに来てから私に成長があったとすると、あの一件を背負うことが出来たこと、それと下姉ちゃんと一緒に食卓を囲んでも食事の味がわかるようになったことだと思う。しょうもないことだけれど、図太い神経を手に入れられたのは良いことだと思うのだ。問題は自分が死にそうなことにも気づかなくなりそうなことだけれど。

 

 と、夕食を食べてそれから少し準備して夜戦……なんだけど、今日はストレートにそうするわけにも行かない。なんせ、私の誠意を見せなくちゃいけないのだ。

 

「……それで、あなたの誠意は如何程でしょうか?」

 

 腕を組んでふんぞり返り、下姉ちゃんがそう言った。なんだろう。……やけに機嫌が良い。こんなに横柄になるのは近年珍しかった。そう言えば、堅物スパルタウーマンに成り果てるまでは、私を見下して偉そうにするのが好きだったな。……まぁ、それは自分に厳しくなりきれなかった頃の若気の至りだった、ということにしよう。でも若気の至りと言っても、ティーンになる前にそれを卒業してしまった。やっぱり只者じゃないストイック女だと思う。中学生にもなると、出来の悪い私にマウントを取るどころか一心不乱に鞭を入れるようになり、そして人一倍自分自身の尻に火をつけるような感じになっていた。それで将来は一流大学で一流の婿を見つけて捕まえる、はずだったのに、それどころか軍大学の首席でバリバリの軍人になった。なんか、一族全体の目論見違いにもなってしまったんだけれど。それでも一族の誇りは誇りだった。……というかむしろもう女扱いされていなかった気もする。女であることを差っ引けば諸手を挙げて喜べる、ということに気がついた私の一族は本当に優しくて頭がいい。身内の贔屓目は入るにしても、確かに下姉ちゃんは昔から美人だった。それを帳消しにするくらいインテリゴリラだった。うん。女と思ってたら殺される。

 

 そんなインテリゴリラあらため鬼ゴリラの下姉ちゃん、ストラトキャスターに憧れる二十代半ば。

 このギャップよ。

 そこでストラトキャスターというのがまたよくわからない。

 本当によくわからない。

 あまりに王道も王道すぎる。

 エレキギターの”当たり前”すぎて、なぜ憧れるのかがよくわからない。それにストラトに拘るからこそカスタムショップの存在に気付くのであって、普通にエレキギターに憧れるだけならそんなものは知る動機がない。

 

 そんな不思議について考えても誠意の額に下駄がつくわけでもなし、私は覚悟を決めて、スマホを睨み、やけくそで一品を選んでみた。

 

「これなんか、どう?」

「ふむ……」

 

 私が画面を見せると、腕を組んだまま前のめりになる下姉ちゃん。そして画面にガンを飛ばさんばかりの気迫の目で品定めし、

 

「いいでしょう」

 

 ご満悦とばかりに再びふんぞり返る下姉ちゃん。もう笑みを隠そうともしない。

 私の誠意は、一応及第点を超えたらしい。

 

 さて、やけくそで選んだから私もどんなものか詳しく分かっていない。

 で、自分の手元に戻して品物をチェック。

 

 ……値段は40万程度、色は白。

 仕様は……ふむ。Journeyman Relic、2015年版。

 経年劣化加工とは裏腹に、けっこう近代的な設計をしている、というくらいか。何年式のレプリカ、ってわけでもないそうだ。

 ……それくらいしか私にはわからない。まぁ、私はドラム一筋だから仕方ない。

 

 ともかく、それで下姉ちゃんは満足したらしい。で、それは私の誠意の程度であって、本命はちゃんとあるんだと思う。それを暗に聞く形で、

 

「これで本当にいい?」

 

 と、問いかけると、

 

「いえ、私の方で目を付けているものがあります」

 

 やっぱり、か。まぁ、そうだよね。でも多分これと同ランクのものになるはず。

 そう安心していると、下姉ちゃんは自分のスマホを取り出して、画面を点灯。

 

 現れたのは――――――――

 

「98万……98万!?」

 

 意味がわからない。なんでこんな価値が――――――――

 

「イングヴェイ・マルムスティーン様ご自身がオーダーしたものと噂の一品です。あと一桁上がっても不思議ではありません。お得です。これは間違いなくお得な一品です」

 

「イング……なに、どなた様?」

 

 私が首を傾げていると、

 

「あー、あの超絶に根性悪いピロピロギタリスト?」

 

 隣の上姉ちゃんはご存知の様子。背もたれにぐたーっと寄っかかりながら……と、思ったら勢いよく姿勢を正して、

 

「様、を付ける、フツー?」

「イングヴェイ様です」

 

 なに、その目の輝き。怖いんだけど。

 

「……おいおい、我が末妹よ、こいつは相当ヤバいよ」

 

 隣から何か聞こえてくるけど、なんだか雰囲気が今までにないものすぎて、却って身の危険を感じてきている。

 

「……イングヴェイがストラト使ってるから、ストラトが欲しいってこと?」

「それ以外の何がありますか」

「おいおい妹冗談きついよ、なんでまたイングヴェイなんだ、ストラト弾きって他にもごまんといるでしょ、特にクラプトンとか、ベックとか……」

「王者の前には3大も所詮下郎です。ペイジはヘタクソですし」

「おいおいマジかよ私の愛するペイジをディスるとは……」

 

 良く分からないけれど、ギターを知るものなら知っていなくちゃいけないらしい。特に”3大”と言われるギタリスト達は。私は知らないけど。ドラマーだし。それにJロックの人間だし。

 だから私は話の外だなーって思ってたら、突然胸ぐらを掴まれて、

 

「3大ならペイジ、だよね、ね!?」

「うわぁ」

 

 なんだかヤバい状況に。蚊帳の外にいたら腕が突き破ってきて捕まったみたいな感じだ。我が姉達は理不尽の塊だ。

 

「何が”うわぁ”だ、ツェッペリンあんなに聞かせただろうが、車ン中でさ!神通も聞いてたじゃん!」

「あー、でも私ドラムしか聞いてなかったし。あのバンドのドラマーは神様だよね」

「ペイジは確かに偉大かもしれませんが好みに合いません。何よりイングヴェイ様と比べれば下郎ですから」

「分かってるけど分かってないなーあんたらはさー!」

「私はドラマーなんだから仕方ないでしょ……」

「もうちょっとUKに敬意を払えってんの!」

「時代は北欧だというのに……」

「いつから始まったってのそんな時代は!」

 

 多分ごもっともなお叱りなんだろうけど、私は本当にJロックの人なのだ。そっちなら当然多少は分かってるんだけども……。

 これ見よがしに大きく溜息を吐いて、上姉ちゃんは椅子に座り直し、

 

「……んで、どうすんのさ。こいつ100万は出せないし、私も出させる気はないよ」

 

 よく分からないけど、何故かここで完全に味方になってくれてしまった。まぁ、実際そこまで出すのはキツいし……。

 すると下姉ちゃんは、

 

「ええ、ですから誠意の分だけ出してもらいます」

「え?」

「あ、そっか。んじゃいいのか。……でもペイジを下郎と呼んだ罪は重いよ。泣きたくなるまで天国への階段弾かせてやるからね」

「……」

 

 しかし、なんだろう。この違和感、いや、今感じたことが、長年の謎の鍵……というか、何か分かっちゃいけないものが分かってしまうような、予感が。

 

「下姉ちゃん」

「なんですか」

「タイプの男性は?」

「イングヴェイ様です」

 

 即答かよ。

 でも……ああー、うん。そういうことか。

 

「どこが好み?」

「顔も性格もスタイルも演奏も全てです」

 

 いよいよ何かマズいものに直面していると気付いた上姉ちゃんが、貧乏ゆすりの動きで床を踏み鳴らし始める。そして真顔で、

 

「……マジ?」

「天上天下唯我独尊、それを裏打ちする確かな才能、凄み、そして貴族的な容姿の変遷……」

「……」

 

 うん。もう、何も言うことはない。

 

「根性ひん曲がってるだけでしょあのデブ、ってかまさか、むしろそれが――――――」

「素敵です……太り始めてからは愛らしくて……」

「ワーオ」

 

 私の姉は、人間としてダメな男が好きなんだ。しかも性格が苛烈にネジ曲がった方に……。

 これはとてつもない欠点だった。まぁ、バランスだ。凄まじい才能に恵まれて、人格面もスパルタすぎること以外、特に問題はない。だからその裏に、

 

「……不遜になじられたいのです。見下してなじりたいのです……抱き合って転がるように、上と下を延々と入れ替え続けて……ああ……ああ……!」

 

 こんな核爆弾が潜んでいたというわけだ。

 そしてそれが信仰というには明らかに危うい、いわゆる性癖であるということが、拍車をかけてマズい。

 しかもマゾじゃなくてサドマゾというあたり業が深い。

 

「オイオイオイオイこいつはヤバいよ……」

「うん、マズい。―――――――私達誰も結婚できないよ」

「……私を一緒にするなよ、ダメ人間」

「それに自覚はあるけど上姉ちゃんも大概だからね」

 

 どうしよう。

 本当に水川家、断絶の危機です。

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