2018/08/02
夕張の音楽の好みを追記。
「ナンバーガール、ねぇ。なるほどなるほど……」
私の問い掛けに、上姉ちゃんは曖昧な返事。スマホに視線を落としている。
……私の話、聞くんじゃなかったの?
下姉ちゃん、五十鈴さんはというと、
「どんなバンドですか」
「私、ロックは本当に疎いから分からないわ」
いつもそれ言ってるなって感じだ。五十鈴さんはともかく、下姉ちゃんは何か別のパターンを用意して欲しい。
まぁ、とりあえず説明申し上げることにしよう。
言うなれば、あれは……
「……どう言えばいいんだろうね」
私が自分で首を傾げてしまった。いや、言葉はあるのだ。でもどれもピンと来ないのだ。
激しい?そりゃあ激しいよ。でもそれが本質だとは思えない。
熱い?そりゃロックだし当然だ。当たり前のことを言っても仕方ない。
男らしい?……うん、まぁそうだよね。さっきまで女々しいとか言われてばっかりだったから、
「男のロック」
と、大雑把に説明。間違ってはいないと思う。
「ヘヴィメタルですか?」
「クラシックもどっちかと言うと男性的なのが多いと思ってたのよね。そういう系統?」
何か勘違いさせてしまったようなので、私が弁明しようとすると、
「いやいやお二方、そういうのとはこいつは違うね」
上姉ちゃんが先に口を出した。……その口ぶりだと、知っているってことかな。
「ナンバーガールは……オルタナティブ・ロックだ!」
スマホを片手に、チラチラ見ながらそう言った。……画面がなんだか白地に黒字で埋まっている。
つまりWiki調べによる情報だ。言わなくても分かる、ジャンル分けはあんまり知らないんだな、と。
知ってても名前だけとかその程度。
「オルタナティブ……とは?」
「”Alternative”……は、どういう意味だったかしら。そんなには使わない単語よね」
「”二者択一の”って形容詞。らしい!私の好きなレディオヘッドもオルタナだってさ!」
上姉ちゃんはまたもやスマホをチラッと見ながら元気よく、自信たっぷりに。
……Wiki調べでここまで得意げになれる人類を初めて見たかもしれない。
「二者択一ロック?……生きるか死ぬか……殺伐とした音楽ということでしょうか」
「いや、それは勘ぐり過ぎじゃないかしら?違う意味があるんじゃないの?」
「まぁ実際ナンバーガールは“殺伐”がよくテーマに挙げられるんだけどね」
「では合っているではないですか」
いや、確かに向井は”殺伐”が大好きで、カウントにも『殺』『伐』を使わせたほどなんだけど……。
そんなところでスマホに目を落としっぱなしの上姉ちゃんが、”止まれ”みたいな感じで右手を上げる。
「待て待て妹たちよ……”Alternative”には、”代わりの”という意味もあるらしいよ」
「代わりのロック……つまり本物のロックではないということではないですか。―――――軟弱な」
いやだからどうしてそうなるのかなぁ。
一応訂正すると、
「オルタナの“Alternative”は、確か……“代わりの選択肢”みたいな意味だったと思うんだよね」
「……代わりの選択肢ロック……?全くピンと来ませんが」
まぁ、普通はピンと来ない。というか私自身オルタナが”どうしてオルタナティブなのか”をそんなに理解していない。私にとって、ロックは”生まれたときからそうだった”のだ。多分、オルタナの何がオルタナティブなのかが分かるのは……この中ではオールドロック上等な上姉ちゃんくらいだと思う。
で、
「なになにピクシーズなどのオルタナティブ・ロックからの影響……ピクシーズはアメリカのバンドか……うーん、私はUKしか聞かないから、USはもちろんJロックもてんでダメなんだけどさ。そういや、ニルヴァーナってやつもオルタナティブだっけ」
「うん。よく知らないけど……グランジって括られる方が多いみたい。まぁ、あれはあれで下姉ちゃんからしたら軟弱なんだけど」
洋楽派の上姉ちゃんは一応名前だけなら知っていた。そう、オルタナ系で世界的に有名なのは確かニルヴァーナだ。
上姉ちゃんは少し考え込む仕草をして、
「スメル……なんだっけ、アレ。那珂、分かる?」
曲名を思い出そうとしてたみたいだった。言わんとするその曲名は知ってる。
「私は一曲だけなら知ってる。上姉ちゃんが言いたいのは多分、”スメルス・ライク・ティーン・スピリット“」
「”10代の魂のような匂い”……詩的だわ。どんな曲なのかしら?」
下姉ちゃんは”代わりのロック”など惰弱とぶった切ってるし、五十鈴さんはなんか違う想像をしてる。多分それはプログレッシブな方向を考えていると思う。けど、あれはそんなんじゃなかった。一曲だけしか知らないから、そのバンドを語ることは全く出来ないんだけど、
「ダウナーで乾いた感じの曲、だったかな」
「……詩的、とかではなくって?」
「歌詞も読んだことあるけど、なんだろ。俗語だったのかな……意味が分かんなかった」
「えぇ……」
いきなりがっかりしている五十鈴さん、なんかノリノリだったのがいきなり消沈してる。けどまぁ事実として、
「しかもダウナーだけど耽美さとかそういうのは全くない、憂鬱な曲だったかな。でも耳に残るんだよね」
「ま、やっぱ売れた曲は耳に残るものだよねぇ。普通はさ。思い出にだって残る」
上姉ちゃんが締め括る。なんか耳に痛い気がする。そういうものからは遠ざかっていようとしてきたつもりなんだけど、なりたくないものになってはいないか、みたいな。
ちょっと改めて聴いてみたくて、
「掛けてみる?まずオルタナ入門みたいな感じで」
「おう、掛けろ掛けろー。US系はほとんど初体験だしねー」
「そんなに興味は湧かないのですが……姉さんが言うなら」
「私も逆に気になってきたから、いいわよ」
それなら、と私は動画共有サイトの検索フォームに曲名を打ち込んで、適当に動画を選んで流し始めた。
●
で、感想は。
「ダウナーだけどさ、ぶっちゃけポップだと思ったね。すっげーとっつきやすい曲だった。でもレディオヘッドとか、UKのオルタナとは違う感じだった」
「極めて単純な曲でしたが、確かに、耳に残りやすい曲。そうですね」
「あなたの言った通り、乾いた音楽だったわ。歌詞もちょっと、汚いし」
評判は……どうだろう?
良くもなければ悪くもないみたいな。『さすが有名だねー』ってところ?
それとスマホに目を落としっぱなしの上姉ちゃんは付け加えて、
「これさ、ボーカル・ギターのカート・コバーンって奴はこの曲が嫌いなんだってね。……自分で作った曲を自分で嫌いって言っちゃうってさ。なんだか、奇妙な話だよね」
なんだか、しみじみとしているんだけど、多分あんまり分からないんだろう。
自分の意思じゃない、何か別の意思によって作らされるというか。それか、自分自身が心変わりしてしまうというか。上姉ちゃんは、そういった”ブレる”ということからは縁遠いと思う。
私自身は、カート・コバーンみたいな目にあったことはない。幸運なことだと思う。
私はバンドで作った曲が好きだし、演奏していて楽しい。人気がある、売れるというのは嬉しいと思っている。
それにバンドの曲作りにプロデューサーが干渉してきても、それは”よりよくするもの”だった。と言うより、もしかすると私達の音楽性そのものが割と”それなりに売れる音楽”だったのかもしれない。いや、そういうことなんだろう。プロデューサーは基本的に、”曲を売る”ことを最上の命題とするから。そして私達のプロデューサーは、”売れるものは良いもの、良いものは売れるもの”という哲学でいる。多分、ミュージシャン側に寄り添ったそれだと思うのだ。
結局のところ、非商業主義とか、アンダーグラウンド志向とか言っても曲は”売り物”なのだ。私は音楽を商っている時点でそれを受け入れた。そして、売り物として恥ずかしくないレベルに私自身を高めてきた。そのつもり。
はっきり言うと私は、宇宙一の超天才とかそういうアーティスト以外は、ディレクションやプロデュースを受けなきゃならないと思っている。音楽は産業……というと、なにか語弊があるかな。そう、ものづくりだ。だから目の利く人間が居てくれたほうがいい、そういうことだと思う。そして的確に口出しをしてくれるなら尚更だ。そもそも、それがプロデューサー達の飯のタネなんだし。
でも、カート・コバーンは違ったんだろう。
自分で嫌な曲を作る人間はそう居ない。その例外が彼だった、とは思っていない。
彼は、作ってから嫌いになってしまったのだ。それがどれだけ辛いことかはわからない。
自分で作ったものを自分で否定する、それはただ何かを嫌いになるのとはわけが違う。
自分を嫌いになる、ってこと。
あるいは、過去の自分に、自分が傷付けられているのかも。
……そういうことを考えていると、上姉ちゃんは、
「もう一曲掛けてよ。なんか、気になる曲があるんだよね」
「……ん、どんな曲?」
「ユー・ノウ・ユア・ライト。”君が正しいって君は知ってる”……って訳せばいいのかな。コバーンの生前には世に出なかった曲だってさ。どんなもんか聞いてやろうって思って」
「分かった。一応、スペルは?」
「ユアはユー・アーの短縮形。あとは訳から分かる?」
「分かる。……こうかな」
“you know you’re right”。
正直、嫌な予感しかしない。というか、ぶっちゃけとっとと本題のナンバーガールを聴かせたい。
けど、まぁ。
売れた曲への憎しみ、そんな自己嫌悪の果てについに世に出ない曲、つまり一枚も売れない曲を残して死んだ。
そんな彼の、望み通りの徒花を聞いてみよう。……まぁ、こうして世に出たから聞けるんだけど。
一方、会話に参加しなかったクラシカル大好きの2人はと言うと、
「……後でジェット・トゥ・ジェットを流しなさい」
「私は少し寝るわ……あなたの曲ってすっごく落ち着くのよ……」
ソファーでふんぞり返ったり、イヤホン突っ込んで寝っ転がったり。
なんだろう、私達。
ロックバンドらしき何かになった途端、すごく溝が深くなった。
●
予感どおり……ひどい曲だった。
スメルスのような、なんだか気の強い部分とか、ちょっと明るい部分とか、そういうのが全て取り払われた、本当の奈落みたいな。
これを残して死んだ、なるほど納得。
上姉ちゃんはもうお決まりになってきたけど、スマホに視線を落としている。
そして、口を開いて、
「酷いね。……コレ、売る気あったのかな」
「まんま遺書だよね。遺書そのものは別にあるみたいだけど、ミュージシャンとしての遺書というか」
「また歌詞見ながら聴いてたんだけどホントそうだよ。ちょっとくらいなら私だって暗くなるけど、よくここまでになれるね、人間ってさ。いっそ感心モノだ」
「……」
いや、それにはちょっと閉口してしまう。
何しろ私がその暗ぁーい人間の一人だからで、挙句の果てにと言うべきか、一応はと言うべきか、手首まで切ったのである。あとそうだ、点滴のチューブで自分の首を絞めたりとかもしたっけ。大昔のリストカットをカウントしなくても、2回自殺未遂をやらかしている。……人殺しのくせに。でもそのときのことも、もうあんまり思い出せなくなってきてる。割と正気の今は、狂っていた頃のことは遠く感じている。取り返しの付かないことを背負い続けるためには、少しずつ軽くなっていかなくちゃいけないのだろうか……なんて。
だから言い返すとして、そうだな、
「ちょっと前の私はこれくらい酷い気分だったかもね」
「……ああー、うん」
私がそう言うと、上姉ちゃんはサングラス越しにも分かるくらい目を丸くして、それからばつの悪い顔になった。
わかればよろしい……なんて言うのもはっきり言って情けないし、厚かましいんだけれど。
私の場合、特に。
「もうニルヴァーナはいい?」
「ああうん、もういいや。USオルタナも入門したね。で、本題だよ。ナンバーガール」
「うん、そろそろ聴かせたかったし。五十鈴さん起こそうか」
「あなた達」
そうして五十鈴さんはともかく、下姉ちゃんを放ったらかしてると、
「イングヴェイ様のギターを聴いて空気を変えましょう」
ブスッとした声で提案。
ワオ、なんだかまっとうな意見に聞こえてくるから不思議。
それで適当にアルカトラスのジェット・トゥ・ジェットで検索してライブ映像を見つけたんだけど、
「”Alcatrazz”ってあるから、コレ?」
私がスマホから複製されたテレビ画面を指差すと、下姉ちゃんは首を振って否定。
「それはスティーヴ・ヴァイの演奏です」
「え、イングヴェイってアルカトラスのギタリストじゃなかったの?」
「加入後、程なくしてお辞めになりましたから。イングヴェイ様がアルカトラスでジェット・トゥ・ジェットを演奏している映像は、私が探した限りでは見つかりませんでした。なので、イングヴェイ様が演奏しているということを優先して下さい」
だってさ。つまり、
「これ?」
モロに名前に”イングヴェイ・マルムスティーン”って書いてあるやつ。
「そうです、それです!」
上姉ちゃんがちょっと口寂しそうに唇を歪めながら、
「聞くの初めてなんだけどさ。ご機嫌なやつ?気分爽快な」
首だけぐりんと回して、下姉ちゃんに問いかける。それに下姉ちゃんは、
「姉さんのお望み通りの曲だと思います!」
もう顔まで赤くして、興奮して売り込みに掛かっている。
いやもう、本当に好きだね……。
そのご期待にお応えして、そのご指定の動画のサムネイルをタッチ。
……いきなり始まる、一聴して忘れられなくなるような印象的なギターリフ。しかも当然すっごくカッコいい。
私のようなJロック、あるいはオルタナ人間の発想とは違う。多分、これが”カッコいいというフォーマット”なんだろう。言うなれば、ロックの本来の様式に沿っているというか。
だからか、元祖志向の上姉ちゃんはやはり思い当たる何かがあったらしく、
「……なんつーか、パープルの血を感じるなぁ。USなのにさ。てかよく見たら……イングヴェイってブラックモアのコスプレしてるわけ?」
「分かりますか、姉さん!」
下姉ちゃん、食いつきが良い。イングヴェイについて語りたくて仕方ないと言うか。私はブラックモアがどんな人かは分からないんだけど。
「ん、なんかやっぱパープルと関わりあるの?」
「イングヴェイ様のルーツはリッチー・ブラックモアですから」
「おー、なるほど。しかし徹底したブラックモアのフリークだねぇ。カッコまでまんまなあたり」
「それだけではありません。クラシックの要素をより一層取り込んだのがイングヴェイ様の様式なのです」
すかさずイングヴェイを上げていくスタンス、他人をこうまで褒めちぎるというか、称賛するというのは正直あまりにも見たことのないシチュエーションで、私としては不気味さすら感じる。
けど上姉ちゃんはそれを意にも介さず、ぽろりと、
「へぇ。でもさ。――――――――それってつまり、実質UKじゃないの?」
「えっ」
下姉ちゃん、絶句。
なんか手が震えだしてるし、頭を抱え始めた。
「わ、私はUSメタルファンのはず……いやでもディープ・パープルの、リッチー・ブラックモアの系譜に連なるイングヴェイ様の音楽を嗜好するということは、つまりディープ・パープル、UKのファンということに……」
「いやいやいや、そんな三段論法にはならないけどさ。音楽性はUKの系譜だよねってだけで」
「私のUSは、本当はUKだった、ということですか……」
いや、うん。その。よくわかんないけど。
イングヴェイは実はUK直系のギタリストで、それをアメリカのバンドでやっただけであって、本当のUSの音楽性とは違う、ってことなのかな?
それだけでアイデンティティが崩壊し始めている。
……なんだろう、人の音楽性が音を立てて崩れる瞬間を初めて見てしまった。音楽性とかのを出来るほど下姉ちゃんは演奏家ではないんだけど。というか初心者だし。機材がいかついだけで。
それでひとしきりなんかブツブツ言った後に、
「私はイングヴェイ様をお慕いしているのです」
据わった目で、
「ですから、USだろうとUKだろうと北欧だろうとイングヴェイ様がイングヴェイ様であることに変わりはないのです」
なるほど。そういう防御方法もあった。いや、むしろ音楽好きとしてある種の正解なのかもしれない。
自分を無理にジャンルに当てはめないっていうのは健全だと思う。ただ個人への狂信は病的なんだけど。
「うん、あんたがそうならいいんだけどさ。……じゃあパープル聞こうよパープル。武道館のやつ!」
「私もロックに目覚めました……イングヴェイ様を絶対的頂点に置き、それを基準にあらゆるものを取り込みましょう」
「おうそうだそうだ。ルーツも勉強して、そこから色々とムーブメントを追体験しようじゃないかいみんな」
「……」
あのさぁ。
本題からなんで遠ざかっていこうとしてるんだいあなた達は。
ジャパニーズオルタナティブに一向に入っていけないじゃないか。
それかあれだ、ロックの歴史を本当に追体験しようとしているんじゃあるまいな。
それとも『メタルにも飽きたなー』まで行ってからオルタナに入ろうとしてるのかい。
というか日本は海外にそこまで影響を及ぼしてきていないから、結局Jロックへの道筋がないじゃない。
いや、もう一度ニルヴァーナを経由して少年ナイフで入って来ればいいのか。
でもそんな七面倒臭いことはやってられない。
それことを口にすることは出来ないから、私はもう行動で示すことにした。
2人が画面を見ていないのをいいことに、私はスマホを操作して準備に掛かる。
「そんでさぁ、メタルって言うならメタリカってのもあるじゃんさ」
「メタリカも少し聞きましたがミスが多すぎて笑い者です」
「おっと隙あらば他のギタリストをディスっていくなあんたさぁ」
「メガデスは演歌の心があると言います。そこから日本の音楽に入っていくというルートも」
「演歌かぁー。私らも年食ったら良さが分かるのかねぇ」
私を放っておいてなんか、話が進んでいるけど。構うことはない。
そもそもの話。
私の本領というか、直接的な影響元は”凛として時雨”のピエール中野のドラミングだ。
けれど初期衝動、始まりの原動力は違う。”ナンバーガール”というバンド”そのもの”だった。
今でもふと聞きたくなって聞く。そして、それを追い掛けている自分に気がつく。
でも、私は彼らにはなれない。
ピエール中野にもなれない。
だから私なりに追い掛けてきたけど、追いつけない今がそれで良いのだと受け入れている。
そうしてどこか別の道に外れて、走った距離くらいは並ぶことが出来ればいいと、そう思っている。
私はドラマー。ポスト・ハードコアを信条とする、誰よりも喧しくなりたいドラマーだ。
私は心を音にしたいだけ。頭が音でいっぱいになっていて溢れ出してくるだけ。
そうしてもいいのだと先人が教えてくれたから、それをやりすぎなくらい徹底しているだけの。
多分、それが今の私だ。
だから、その始まりを共有したい。
誰も彼もが追い掛けていたものを、私は今でも追い掛けているということを、素直に吐き出したい。
私の”芯”をぶつける。
「ナンバーガール、行くよ。五十鈴さんも起こそう」
「っておいおい、那珂。今いい所なんだから――――――――」
『福岡市 博多区から参りました ナンバーガールです ドラムス、アヒトイナザワ』
そう、宵闇の中、このお決まりのMCにかぶせるように、ドラムが単独でイントロの先陣を切る。
スネアの連打から始まり、タム、フロアへ行って、間を溜めて。
シンバルを打ち鳴らすと同時にギター二本、ベースのGコード。
「……おう、もう日本に来ちまったのか私達は。太平洋の旅は短かったなぁ」
「せっかく世界に視界が広がったというのに……」
水を掛けられたみたいな2人は放置。本題に入らせない方が悪い。
私は失礼して、五十鈴さんの耳からイヤホンを取り去る。
すると、すぐに耳の感覚、BGMが変わった事に気づいて彼女は起きた。
そんなに深い眠りじゃなかったんだろう。目をパッチリ開けて、
「……そろそろ?」
「うん」
問い掛けにはそう答える。五十鈴さんは体をよろりと起こして、オープニングが終わる。
同時、私は音量を上げた。目一杯に。
一瞬静寂。
四度をスネアが数え、
鋼が、
絶叫する。
狂った鋼の、まるで、目覚めのあくびのような。
ギター、ギター、ベースの三重に重なったフィードバックノイズ。
誰も、もう口を開かない。
それはハードロックにあらず。
ヘヴィメタルにあらず。
その魂は、
追従者が後を絶たなくなったこれ以降、そして今はともかくとして、少なくとも当時のこの国ではそうだったのだと思う。
解散してその結果、無数のフォロワーを置き去りに”伝説”へと上り詰めた。
”思い出”のオルタナティブ・ロックバンド。
私は色々聴いてきたと思う。けれど、それでも思うのだ。
解散した後から知った私でも思う。
絶対にナンバーガールは超えられない。
もしかしたら、”思い出”であるということが、そうさせているのかもしれない。
思い出は美しいから、頭の中のそれは、途方もなく美しいから。
そうだ。
私のロック、その産声が、あの時画面の向こうから聞こえてきたのだ。
この曲を聞くと、私の心に火が点く。
今もそう。
こんなにもドラムを叩きたい。今すぐに。
心の高鳴りに任せて、空の青に染まる、この頭の中が、世界に流れ出していくように。
この青の中に、溺れていきたい。
みんなも飲まれてしまえばいい。この感情の中に。
フィードバックが止むと、ギターとドラムがリズムを刻んでいる。
私は固唾を飲んで、テレキャスターの音が空へ登っていくのを見つめる。
本当にほんの一瞬、時が止まったように、真空になって、
『ん゛ッ!』
間隙の中に、音の洪水が雪崩れ込んで鋭く切り裂く。
斬られた私はもう、OMOIDE IN MY HEAD状態だった。
●
かくして、寂しさを残し曲は幕を閉じる。
私は、みんなに問いかける。
「どうだった?」
表情は、まさに三者三様と言った感じだ。
真っ先に五十鈴さんは、
「凄いわ!私、今晩からこのバンドも聴いて寝る!これが日本のロックなのね!イントロのあの轟音はどうやって出してるのかしら……電気の楽器じゃなきゃあんな音、絶対に出せない!私もあの音を……ああ、何が何だか、もう……!」
相当お気に召したようで何よりだった。まぁ、私達のバンドからすると、このバンドこそが元祖。やっぱり一度は聴いてみてほしかったと思う。でもピアノじゃフィードバックは出せない。残念。
そして、意外や意外、下姉ちゃんは感心しきりの顔で、
「新鮮です。いえ、これももう古いのかもしれませんが、イングヴェイ様だけを追い掛けていた私からすると、やはり新しく聞こえました。……それに音楽の本質は技巧ではなく、”説得力”なのですね。単純で、でも見失いがちなのかもしれません……」
本当にそうだと思う。
結局、“何が伝わるか”じゃないのだ。
“とにかく何かが伝わるか”が音楽なのだ。少なくとも私はそう思う。
だから解釈は自由で構わない。泣いたって、喜んだって、悲しんだっていいのだ。
音楽はただ、感情を駆り立てるもの。方向は問わないもの。
最後に、上姉ちゃん。こっちの方がもっと意外だったかもしれない。
ただ、呆然としていた。
だからもう一度問い掛けて、
「……上姉ちゃん、どうだった?」
私の言葉に上姉ちゃんはただ顔を向けて、多分私の目を見て、
「――――――――まぶしい」
それだけ言って……涙を流した。
よく分からなかったけれど、私は、
「そっか」
そう答えた。
●
それからしばらく、私達はナンバーガールをメインに、他のバンドも聴き漁っていた。
ナンバーガールのご先祖とも言えるピクシーズとか、あとは影響された向井秀徳が公言しているイースタン・ユース、ブラッドサースティ・ブッチャーズ……。後はいわゆる”97の世代”からスーパーカー、あとくるりも。
他にも、五十鈴さんが意外にも『聞きましょ!』って提案してきた、ヴァネッサ・カールトン。”サウザンド・マイルズ”。一曲だけだったんだけど、素晴らしい曲だった。ピアノメインのソフトなポップ・ロックって感じ。
そうしたら下姉ちゃんも遠慮せずに『ファー・ビヨンド・サン、それとブラック・スターも聴かなければならないでしょう』と二連チャン。いきなりあまりのクラシカルさにむせ返りそうだったけど、クラシックに親しい五十鈴さんは結構好みみたいで、楽しそうに聴いていた。
それと、途中で大音量がうるさいってことで夕張さんが乗り込んで来たけど、結局私達の音楽鑑賞会に参加。
しかし彼女のお好みってビジュアル系は予想通りだったけど意外、ニューメタル、それとダブ・ステップもだったのだ。黒夢、ペニシリン、BUCK-TICKは知ってたけど、ニューメタルとかは分かんない。もちろん私の知らないバンドばっかりだった。スリップノット、リンプ・ビズキット、リンキン・パーク、あとDJからはスクリレックス。うるさいと叱りに来たのにより一層ズンズクとうるさくなった。そんなわけで、意外とヘヴィな音の曲が好みだって分かって、ちょっと下姉ちゃんと意気投合したり、意見がぶつかったりして楽しそうだった。
……上姉ちゃんはずっと黙っていた。サングラスの向こうの目が何を見ていたのか、何を思って泣いていたのかは私達には分からなかった。ただ、ずっと細く涙を流していた。
そんな楽しい音楽鑑賞会だったけど、もう夜明けってことで私達は談話室から引き上げた。
五十鈴さんはこれからナンバーガールも子守唄にして眠り、下姉ちゃんは愛しのギターを抱いて眠り、私は頭の中のOMOIDEに浸って眠る。
上姉ちゃんは突然筆記用具を準備してちゃぶ台に向かい、ノートに何かを書き始めた。多分、そのうち起きていられなくなって眠るだろう。
そうして春眠暁をおぼえず、昼も知らぬと、私と下姉ちゃんは眠っていた。
一方上姉ちゃんは、埠頭で倒れていて。
――――――――陽の光を浴び続けて、死にかけていた。