終わりが近いものから終わらせたいのはやまやまなんですが、まぁ書けちゃったものは仕方ない。
では更新です。
2018/09/28
”彼女”の四十九日が明けていることを明文化しました。
昼半ば頃、眠い目を擦りつつ起きて、適当に着替えた。
それで下姉ちゃんと廊下に出たら……木曾さんが私服でドアの脇に立っていた。
今は眼帯も帽子もなし。白いノースリーブのブラウス、生地の薄いフレアスカート。
意外と私服はフェミニンである。
為人は……人嫌いの激しさはこの警備府でも随一、上姉ちゃんによると”狂犬だったから躾けた”とか。警備府への着任時期は……上姉ちゃん・下姉ちゃんの同期、だったはず。上姉ちゃんが一回”ヤキを入れた”……らしいのだ。で、今は狂犬ぶりが鳴りを潜めて大人しい、ただの御一人様。
加えて津軽海峡の守護神の片割れである。週の半分くらいはフェリー・輸送船のお守りをしている。
今日は非番だったらしい。つまり今日からは時雨さんが津軽海峡に出張。
ただ、そんな休みのときでも他人と関わるということが皆無だったんだけれど……、なんでここで出待ちなんかしているのか。
その疑問はすぐに解けた。彼女は右目を閉じたまま、苦い顔でこう言った。
「川内の姐さん、死にかけたぞ。……昼過ぎ、埠頭に転がってたのを明石が見つけた。あいつは非番だったんだが……暇潰しに工廠に行ったら見つけたらしい。……運が良かったな」
それだけ言って、彼女は階段を降りていった。自分の部屋に戻るらしい。
私と下姉ちゃんはまさに青天の霹靂を食らった感じで、しばし呆然としていた。
――――――――上姉ちゃんが……これは、自殺未遂?
にわかには信じがたい、その事実。
私達は顔を見合わせると、”ドック”に向かって走り出した。
……五十鈴さんは、まだイヤホンを耳に突っ込んで寝てると信じて。
●
工廠のすぐ隣、“ドック”。
お風呂みたいな緑色のタイル張りの空間。
まるで銭湯の縮小版みたいな感じで”修復槽“が4つ並んでいる。
その中の一番奥の一つから、緑の蛍光が放たれている。
そこだけ、今は”修復液”で満たされているということだ。
私達は少し怪しい足取りで、そこを覗き込みに行く。
……上姉ちゃんは人工呼吸器を口に突っ込まれて、修復液の中に本当に沈められていた。
全身が漬け込まれている。
当然、死んだわけじゃない。目を閉じたまま、呼吸に合わせて体は浮き沈みしている。
その体、白い肌は到るところが赤く焼け爛れていて、今は少しずつ、白に戻っていく途中だと分かった。
顔は……こんなの初めて見た。見たくなかった。ズタボロとしか言いようがない。
私達二人は、何も言えなかった。
眠っている上姉ちゃんを見て、ただ愕然、混乱していたのだ。
絶対にこんなバカな事、しないと思っていた。
上姉ちゃんだけはずっと正気なのだと。
真人間では無いけれど、それでもこんなことをするとは夢にも思っていなかったのだ。
水川家の誇るヤンチャ娘、大湊の夜の王、破天荒な天才。それが、この様?
……信じられなかった。認められなかった。
眼の前のこの人を、私が畏れ敬う上姉ちゃんだとは。
上姉ちゃんは目覚める気配もないし、その上目を覚ましたところで顔も治っていない。
ここに居ても仕方ない。そう思って、私は“ドック”を後にした。
下姉ちゃんも、後ろ髪を引かれるように振り向いていたけれど、やっぱり私と一緒に帰ることにしたらしく、足音が私を追いかけてきた。
あまりのショックで、私は、ふらついていた。頭がクラクラしていた。これは起き抜けだから、そのまま全力で走って来たから、そんなんじゃない。
ただ、頭を殴られたからだ。
今見たものが信じ難くて、掻き消したくて。
私はこれから、この光景を打ち切るために行動するだろう。
司令部、執務室に行く。
●
執務室のドアの前に立つ。後ろには下姉ちゃんがちゃんと着いてきていた。私のやりたいことを理解しているんだと思う。そして、そのためには承認を得る必要がある、ということも。
ノックを3回。
「那珂です」
「入って」
間髪を入れず声が返ってくる。坂神提督の声だ。私もすぐにノブを降ろしてドアを開け、執務室に入る。
「失礼します」
「失礼します……」
入ってすぐ、顔も見ずに頭を下げる。最敬礼の角度で、深く。
「お願いします、”バケツ”を使わせて下さい」
「私からも、どうか……」
“バケツ”は俗称。正式には”高速修復材”。”修復液“に添加することで、傷の治癒を瞬く間に完了させるという、信じがたい代物だ。そしてびっくりすることに、これは”艦娘用”と”艤装用”とで一セット。艤装の修理というのも、工廠に同じように存在する”修復槽”に漬け込むことで行われる。妖精さんが資源を溶かして”修復液”を作るんだそうだ。そこに”バケツ”をぶっ掛けることで、まるで逆再生みたいに復元する……らしい。……なにせ、ここは基本的に資源が少ない。もちろん、装備開発に使う”開発資材”はともかく、”高速修復材”はほとんど無用の長物なのだ。大した備蓄はない。よって私も使われる場面というのを見たことがない。例え大怪我したとしても、一日以内になんとか治るから、ローテーションが少し崩れる程度で影響が少ないのだ。
つまり、勿論上姉ちゃんの傷も一日以内に“修復”されるだろう。けれど、どうしても。
少しだけ息を入れると、続けて請う。
「どうしても、見てられないんです」
「……お願いします、提督、どうか」
そうして、数秒経ったと思う。
高い金属音、そして弾けるような音が一つずつ、続いて聞こえてきて、それから大きなため息。
「頭、上げなさい」
それに従って、顔を上げる。
気怠げに煙草をくわえて、椅子に身を任せる提督の姿が見えた。黒い詰め襟をだらしなく着崩した、見慣れた姿。けれど顔は少し青白かった。煙草を吸わずに蒸して、煙を無為に垂れ流していた。
提督のそんな顔も初めて見たから、私達もなんだか不安になって、思わず後ろに回した右手で、左手首を強く握った。……いつの間にか早鐘になっていた心臓に気付いて、耳の奥がざわめいている。
右横目に、下姉ちゃんを見る。顔は正面を見据えているけれど、目の端になにかの動きが見えた。
……目が、泳いでいる。こちらにしたって、私は初めて見た気がする。ずっと一緒に育ってきたのに、こうまで所在なさげにしている下姉ちゃんも見たことがなかった。いつだって堂々としていて、……というか、堂々とし過ぎていて苦手な部分も多分にあるのだけれど、それがこうも崩れるとは、思っていなかったのだ。
……私は、私のことを多少分かっているつもりでいる。でも、私が過ちを起こしたときと、違うけれど、どこか似ていた。……世界が傾いている。全てひっくり返った、あのときほどではないにしろ、私の中の”神話”とも呼ぶべきものが崩れ落ちたのだ。
その感情は、もしかすると私達3人で共有していたのかもしれない。少なくとも下姉ちゃんとは、多分間違いなくこの気持ちを同じにしていただろうと思う。
私がそこまで確認していると、提督はくわえていた煙草を右手に持ち、灰皿でもみ消した。まだまだ残っていたはずなのに。……まさに苦虫を噛み潰したような表情で。
そして私達に改めて向き直り、
「……直球で言ったげるけど、その要請、もう遅かったわ」
……遅かった?
私がちょっとだけ面食らっているところ、下姉ちゃんはすかさずもう一度深々と一礼して、
「ありがとうございます……」
それで流れを理解した。
「上ね……川内に、使ってくれるんですか?」
「……あー、那珂?別にそういう畏まりはいらないから。特に私達、身内って感じだし。普通に”上姉ちゃん”でいいわよ」
「……すみません」
なんだ、私も大概混乱している……のかな。押さえつけようとして、却って何かはみ出てるみたいな。いつも坂神さんって言ってるのに。そそっかしさ全開で、もう恥ずかしくなって、思わず俯いてしまった。
それに提督は疲れた顔でカラカラ笑って、
「知らせ聞いたときには……正直血の気引いたわ。アンタ達がそうして泡食ってるみたいに、私も煙草落っことしたし。床焦げちゃったわ」
「はぁ」
口が開かない私に代わって、下姉ちゃんが呆然と相槌を打っている。……まぁ、煙草吸いにはありがちな話なのである。漫画みたいだけれど、ビクってなると指は意外と思ったように動かない。滑り落ちてしまうのである。
……そういや、渋谷で暮らしていた頃、何度か火の着いた煙草を落っことした覚えがある。そのたびに敷物がそれを受け止めてくれて……化繊系の敷物だったからか、プラスチック片がこびりついたようになったっけ。削り落としてみたくもなったし、実際座っていて右手の位置にちょうど来るからガジガジと爪で引っ掻いてた。
……本当にどうでもいいことを考えてる。現実逃避だ。悪い癖だと思う。すぐに思い出に逃げ込もうとするんだから。
目を覚ましたように、顔を上げてしっかりと提督の顔を見る。
いきなり目線が飛んできたからか、顔にうっすらと疑問符が浮かんでいるのが見える。
それに、どこか”いつもどおり”を見つけた私は、
「……ありがとうございます」
そう言って、頭を下げた。下姉ちゃんも律儀にそれに付き合ってまた頭を下げる。
それに提督は、
「まぁ、アンタ達の上に就いてるんだから、何が起きたってしゃーないってものよ。それに――――――」
そこまで言うと、言葉が止まった。私達は頭を上げる。
提督が左手に携帯を持って、何かを読み取っている。そして、私達に向かって歯を見せて、
「――――――――修復完了、だって。金剛にも診てくれるよう頼んであるから、迎えに行きなさい」
そう言って、右手を伸ばした。退室を促すサイン。
私達は今一度深々と礼をして、
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
二人で声を揃え。
下姉ちゃんがドアを開けて飛び出すように退出、それに私も続く。
基本走っちゃダメと言われてるけど、廊下を走り始め――――――
「そそっかしい方―、ドア閉めてって」
……あーあ。
こんなときに、やっちゃったぁ。
●
足を止めてそろりと廊下を逆戻りして、ドアを閉めに行った。足を止めて待っていた下姉ちゃんには案の定、
「……もう言葉もありません」
目を閉じて、その言葉をため息に乗せた。
昔はガミガミ言われていたけれど、それすら無くなってしまった。
でも、もうどうしようもない症状なんだから、お説教が来るよりは随分マシなのである。
例え蔑みとしての無言だとしても、そんなのは自己嫌悪で間に合ってるわけで、わざわざ真に受けたりしない。
はっきり言って、結構図々しいくらいでちょうどいいのである。少なくとも、私にとっては。でないとまた心が叩き割れるわけで。そう何度も精神崩壊するわけにもいかない。
ともかく、私達は司令部を出て“ドック”へとんぼ返り。
●
ドックに入ると、白衣を着た長いブラウンヘアーの人。
それと同じくらい長いブロンドヘアーの人、こっちは黒のフリフリの服を着ている。それと右手には杖。
白衣の方は金剛さん、黒い服の方はウォースパイトさんだ。
金剛さんは膝をついて”修復槽”を覗き込んでいて、ウォースパイトさんはそれを見下ろしている。
「金剛さん、ウォースパイトさん」
「姉さんは、どうでしょうか」
私達が声を掛けると、ウォースパイトさんが振り向いて、無言で微笑んだ。
この人、本当に“あの”提督だったとは思えないくらい表情が豊かになったと思う。それに同性の私から見ても眼福としか言いようがない、それくらい美人だから凄いと思う。
けれど、それ以上に、
「……ああ、那珂、神通。大丈夫デスよ」
ちょっと変な訛りが混じったその声の主。
右肩越しに振り向いたその顔。
そしてこの微笑み。……多分人死が出る。この世に女神はいた。
……いやー、もう。
ウォースパイトさんも絶世の美人だけれど、この人と比べるとランクが落ちるってのが恐ろしい。
この世にこんな美形存在していていいのかってくらい綺麗な人。はっきり言って、ウォースパイトさんが羨ましい。いや、私は同性愛者じゃないけど、それでもこんな女神様とお付き合いが出来るってもんのすごい幸運だと思う。
そう。この人の美しさと言ったら、もう好き嫌いの次元じゃない。1億人中1億人が世界一の美人と認めるはず。それでいて、正真正銘の医者。つまり私なんかよりも滅茶苦茶頭がいい。天が二物与えたとしか言いようがない。……勿論、私と同じように、けどもっと色々なものを奪われているわけなんだけれど。
めちゃくちゃ幸薄いし、鬱病だし。精神科医なのに。
それはともかく、上姉ちゃんである。
”修復槽”に近づいていくと、そこには、
「……よかった」
思わず、それが口に出た。
まだ人工呼吸器を付けられたまま、透明の液体に浮かんでいるその体は、元通り、白い肌。
でも、
「……髪も元に戻っていますね」
私も思ったことだけれど、下姉ちゃんが先に口に出した。
そう、黒染めしていた髪もすっかり色が抜けていて、今は限りなく白に近いプラチナブロンド。
上姉ちゃんが定時制高校に入って黒染めするまでは見慣れていたその色。
なんだか、場違いに懐かしかった。
「この警備府ではほとんど使ったことがないので、私もあまり理解はしていまセン。けれど、髪の毛も生え変わるみたいなのデス」
そう言って金剛さんが手招く。それに促されて”修復槽”の縁に立って中を覗き込む。
「ホラ」
「あ、黒い毛……」
ちょっと気持ち悪いくらいに、髪の毛がうようよ浮いていた。加えて角質の塊みたいなものも。それも例えば普通の入浴で落ちる量じゃなくて、確かに頭一個分と言うべき量だった。
「染め直し……なのかなぁ」
「夜戦では目立ちますし、姉さんならそうするとは思いますが」
まぁ、そうだろうと思う。けど、
「治ってはいますし、もう出してあげたほうがいいのでしょうか?まだ寝ているようですけれど……」
下姉ちゃんが金剛さんに問いかけると、彼女は首肯、
「そうデスね。後は経過の観察になりマスので、もう部屋に戻ってもいいと思いマス」
「そうですか。では……タオルは、そこにありますし……、那珂」
「うん」
呼ばれたので返事。多分上姉ちゃんの着替えを持ってこいってことだろう。
なので、
「任せといて」
「では、姉さんをよろしくお願いします」
……あれ?
そう思って拍子抜けしているとどうやら顔に出ていたみたいで、下姉ちゃんは、
「……あなた、忘れ物せずに持って来れますか?」
かなーり呆れ顔でそう言ってきた。
それは問いかけの形ではあったけれど、もちろん”無理です”が後ろに付くのは明らかだった。言い切りだ。
なので大人しく、
「……お願いします」
「よろしい」
というわけで、
「姉さんの引き揚げは任せます」
「……はい」
「念の為です。復唱」
「上姉ちゃんを”修復槽”から引き揚げます……」
「では任せます。金剛さん、ウォースパイトさん、この愚妹の監視をお願い致します」
「分かりマシた」
下姉ちゃんが一礼して立ち去る。足取りは、多分軽い。というかガンダッシュ。
それで、お願いされた金剛さんはちょっと苦笑いを浮かべながら、
「では手伝いもさせて頂きマス」
「金剛」
そこに、ウォースパイトさんが口を挟んできた。しかも金剛さんの左手を握って、引き止める恰好。
「――――――え?」
当然金剛さんは戸惑って、ウォースパイトさんに振り向く。そして、
「あなたの定時は過ぎているわ」
……あ、そうか。金剛さん、あの子の四九日が明けて復帰したのは良いけど、勤務時間相当は短くされてるんだった。
残業禁止、じゃなくてそれ以上、ガチガチに締め上げて時短勤務。
多分、意図としては……安全マージンを滅茶苦茶大きく取っているってことだと思う。過労死ラインとか言うけれど、金剛さんの場合前科持ちである。自発的に過労死ラインをオーバーラン。なのでウォースパイトさんはそれを絶対許さないわけだ。今の提督……坂神さんだってその方針を良しとしている。
それで今……もう四時位だっけ?
確か……ウォースパイトさんも金剛さんも寝起きが最悪らしいから十時スタート。
ここでもう流石と言わざるを得ない。色々と。
それで一時間休憩挟んで……今四時だから、五時間勤務。
あの金剛さんから労働時間をここまで奪い取るとは、もはや無体と言ってもいい。
しかし、それでも分かる。金剛さん、本当に愛されすぎである。もう大事に大事にされてるわけで、金剛さん自身だってその愛を無碍にする訳にもいかない。
とまぁ、つまり、
「あのー、デモ……」
「あなたは絶対に定時で仕事を終えなければならないの。残業は許しません」
「……ハイ」
「立会は私がやるわ。部屋に戻っていて。約束よ」
「分かりマシた……でも、見ているだけなら……」
「拘束時間が生まれるわ。ダメよ」
「ハイ……」
ちょいちょい食い下がるものの、押し切られる、どころかぶった切られる。
この匙加減の効かなさって、確かに金剛さんには必要かなぁ、と思っている。
というわけで、
「それじゃあ、私は帰りマス……本当にごめんなさい……」
「いえ、大丈夫です。お休みなさい……」
金剛さんは申し訳なさそうに、頭を二度三度下げながら”ドック”を去っていく。
それを見送るウォースパイトさんはニコニコ顔でご満悦って感じだ。
そして金剛さんの影が見えなくなると、ウォースパイトさんは、
「それじゃあ、私が立ち会うわ。ちょっとした手伝いは出来るから、ちゃんと言って頂戴」
「あ、はい」
そう返すと、私は上姉ちゃんをドックから引き揚げる作業に入る。
やり方は……あまり慣れてないからなんとも言えないんだけれど、先に水を抜くんだろうか。栓は……お風呂みたいな感じでチェーン付きの、ああいうのがある……ようには見えない。
早速質問。
「あの、この……水ってどうやって抜くんですか?」
「そこにプッシュボタンがあるわ。それを押すと、浴槽の底の栓が跳ね上がって、そこから水が流れ出るの」
「え、栓が跳ね上がる?」
「正式な名称、構造も知りたい?」
「あ、いや、そこまではいいです……極端な話、水が抜ければいいので」
「そう……」
ちょっとがっかりさせたようで申し訳ないけど、とりあえず……そのボタンとやらはどこに。
足元を見回すけれど、それらしきものはない。
「えっと、ボタン、どこです?」
「貴方が今踏んでいるところよ」
「あっ」
そう言われて右足をちょっと上げる。
……そこにはなかったので、今度は左足を。
あった。しゃがんで、ぐいっと押す。すると、カコンって感じの音が鳴った。聞き慣れた感じがする。多分、スナッピーをオンにした時のと似ているんだ。
それからちょっとした唸り声のような音が流れ始める。そっちは多分下水管の音だ。
あとは流れるのを待つ。
そうして、水が減っていくのをぼーっと見ている。ウォースパイトさんも静観。
そして、ふと考える。
……多分、だけれど。
方向性は違うにしろ、この人―――――ウォースパイトさんも私と同じく、能力が偏っている。
具体的には……そう、いわゆるASD。調べて初めて分かったことだけれど、私のADHDと括られることの多いアレ。
あの時聞いた限りではあるけれど、彼女曰く……”呪い”。全く以て正しい。私もその一人だから。
そういう性質だからだろう、”しょうがないわね”とかそういう余地は彼女にない。
逆に坂神さんなんかは融通の効く側、つまり”いわゆる普通”のところに立っている。
ただし、ウォースパイトさんと同じく金剛さんに対しては例外を設定した。同じようにちょっと強硬に接している。残業、ダメゼッタイの体制だ。
ここから分かることは、……前科持ちが信用を取り戻すのって本当に大変だと思う、というか。いや、前科って言うには違う気もするけれど。
それに、そんなこと言ったら……私は人殺しである。無罪ではあっても。
……罪に対して、もう”喰らっちゃう”ことはない。棚上げにするのをやめて、私の中にきっちり収めてる。
それでも生きるために。
月並みではあるけれど、あの子に生きて欲しかったこの世界を、生きていくために。
それでも。
罪を犯した者は……世界からの視線に耐えなくちゃいけないのだ。
その人達からの、”信用していない”という事実を、どうしても受け止めなくちゃならない。
信用してくれる人がいる、それでも絶対に信用してくれない人だっているわけで。
例え無罪で済んだのだとしても、私は”人殺し”と呼ばれることを否定することが出来ない。
否定出来るとも思わない。私自身、それを受け入れた。
それでも。
その上で、信用というものを建てていかなくちゃいけないのだ。
吹けば飛ぶような、砂の城でも。
――――――――それでも、生きてゆかねばならない。
私はダメ人間。
ダメで、ダメで、どうしようもなくて、もしかすると生きている価値なんかも無くて。
それでも、生きると決めた。
生ききって死ぬのだ。”彼女”が教えてくれた。
そして、生ききれず死んだはずの”あの子”も、また私を生かしている。
私は人間、胎児の夢の続きで。
泣きながら、恐れに震えながら、それでも生きていく。
――――――――そう考えていると、ゴボゴボという音を立てて、水が抜け終わった……と思ったら、
「……あれ?」
水が残っているのだ。……ちょっと待て、もしかして。
「……えっと、これって、――――――――詰まった?」
「……そのようね」
ウォースパイトさんが杖をコツコツと鳴らしながら、ゆっくりとした歩みで近づいてきて、私と一緒に“修復槽”を覗き込む。
それに加えて、だ。上姉ちゃんの体に、角質っぽいものと夥しい抜け毛がべったりと纏わり付いている。
つまり、これはなんだ、アレだ。
それじゃあ頭を抱えて一人でご唱和、
「やらかしたぁ――――――――!」