島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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YATTAZE。

 ――――――――で。

 監視機能として役に立たなかったウォースパイトさん。

 そして実行するにあたって何の見通しもしていなかった私。

 かくして、2人まとめて下姉ちゃんの叱責を受けることになったわけである。

 それはありがたいことに大変短かった。左脇に上姉ちゃんの着替えとかを抱えていたからだけれど。

 

 まぁ、まず私がマズかった。手順の把握と承認、という段階を踏めば、ウォースパイトさんの方でチェックが入った”はず”。

 そう、私が問うたのは”水の抜き方”のみ。

 ”意識のない艦娘を引き上げる正しい手順”じゃない。融通の効かないウォースパイトさんは律儀に”水の抜き方”にのみ答えておしまい。

 

 一方、ウォースパイトさんも”水の抜き方”を聞かれた時点で順番の誤りを指摘すべきだった。

 ただ、彼女は几帳面なところを主に見せている一方で、あんまり興味のないところに関しては非常に雑な認識をしているみたい。そして”修復”の立会も今回が初めてだった……と思う。

 ただし、栓を開けて抜くとなれば、当然色々と吸い込まれるわけである。特にこの栓の構造は開口部が小さくて詰まりやすいんだろう。多少ならともかく、この量の髪の毛を全部すっきり通せるような構造ではない。

 そう、確かに彼女は構造について知ってはいるものの、実際使うにあたっての特徴……つまり、欠点について想像出来ていなかった。その辺が欠けていたわけで、つまり”考えれば分かる”ことであるのが余計に良くない。よってチェック機構として不適格だった……というわけである。

 

 そして私達に纏めてこの一言。

 

「もう少し考えてから行動してください」

 

 ごもっとも。

 でもウォースパイトさんはやたらケロリとしていて、

 

「これで覚えたからもう大丈夫よ」

 

 ……その前向きさは本当に素晴らしいと思うし、実際彼女は想像力を経験則や知識量で補う人間なんだと思う。……多分、死にゲーとか向いてる。滅茶苦茶な回数死ぬだろうけど。

 

 というわけで、ウォースパイトさんは手伝いの必要はあるかということは聞いてきたけど、下姉ちゃんも戻ってきてるし人手は足りていた。下姉ちゃんがそれを謹んで、けれどはっきり辞退すると、仕事は終わったということで帰っていった。……役目を十全に果たしたとは言えないけれど。まぁ私だって悪いわけで。

 私達はそれを見送ると、

 

「――――――――それで」

「……はい」

 

 なんとなく察しはついていたけれど、

 

「続きです」

「はい……」

 

 そういうわけである。

 

 

 ●

 

 

「先程の指摘に追加。指導です」

「はい……」

「まず、絶対の前提を置きます。あなたはまず3秒考えなさい」

「はい……」

 

 えーっと、お叱りタイムです。

 ちょっと前に提督にも言われたことを、またここでも言われています。

 返事に”はい”以外は折檻コース間違いなし。

 

「そして3秒考えたことを10秒かけて反芻して、その是非を決めなさい」

「はい……」

 

 それは実に役に立つアイデアだし、私もそれに”はい”と頷く。

 けれどそれがスタートから蹴躓くのが私という人種で……そこが実に悩ましい。

 癖にすればいいんだろうけれど。癖にするまでがかなり危うい。というか”3秒考えて10秒追加で考える”だけが残って、何かあるごとに13秒泡を食うだけの人間になりそう。そっちの方がヤバい。

 

「先程の指摘と重なりますが……その考えを他人に明かして、改めて正誤を確認しなさい。以上の3点を固く守ること」

 

 最終手段だ。とにかく他人に話せ、相談しろと。

 はっきり言えば”自分をアテに出来ると思うな”ということである。大人失格を認めろと。

 私は情けないことこの上ないのだけれど、他人からすれば”やらかさられる”よりは万倍マシということである。私も他人も痛い目に合うくらいなら、私のプライドなんて安物も安物だ。分かってる。

 

 ……確かに、バンドの復活の件だって、他人に相談していればそれだけで返答を”保留”ということで安全に着地させられたのだ。……まぁ相談相手、あいにくその時は寝てたんだけど。ともかく、今からその方向に行こうとすると不時着の形になる。事故だ。いやもう本当にライブどうしよう。あと3ヶ月しか無い。”やっぱダメでした”を言うことすら出来てない。

 

 で、今回の場合。

 私の付添はウォースパイトさんだったのである。……考えるのも忍びないので、まぁそういうこととだけ。

 なので一旦頷いて、

 

「はい……でも――――――――あ」

 

 私の反論が始まろうとした途端、下姉ちゃんは大きく溜息、一度目を瞑る。

 それで思わず口が固まってしまった。反論は禁止だったのに、思わず口に出てしまった。

 どうしてこう、肝心なときにしくじるんだ私は。そういう運命なのか。

 そして、

 

「……確かに、今回は付き添った方がアテにならなかった、というのは私も認めるところです。私の想定が甘かったと思います」

 

 なんと、許された。何が起きるんだ。私死ぬのかな?

 死ぬのと死ぬほど怒られるなら……迷うな私。死ぬよりはマシだい。

 そう考えられることに、ちょっと自分の幸せを実感する。

 ……というかそれよりも、

 

「言っていいのそんなこと……」

「事実ですから仕方がないでしょう」

 

 元提督、上官に対してこの評価だ。本当にこんなこと言って大丈夫……?

 不安になる私は他所に、下姉ちゃんは続けて、

 

「残念ですが、ウォースパイトさんはこういう状況では無能です。あなたも分かっているでしょう?」

 

 ああ、言ってしまった……。

 まぁ本人も自覚していることだろうけれど……。

 下姉ちゃんは目を開くと、私と目を合わせ……というか睨んで、

 

「ですが、考えを口に出して他人に話すことで自らの愚かさを確認できる……という効果は、その他人がどういった存在であろうと変わらないのです。そもそも正誤を尋ねるわけでもないならば、他人は必須ではありません。独り言でもいいわけです。……理解しましたか?」

「はい……」

 

 多分……要はコレって”音読”がどれだけ凄いかという話で。

 口に出すことで暗記が上手くいくようになったり、”元気です”と言うだけで元気な感じになったり、他には……トラウマを口に出してもう一度心に傷を負ったり……だ。

 そもそも、私は結構音に関する記憶力はある、というか脳が処理しやすい……のだと思う。

 なら口に出せば、考えているだけよりはよっぽど頭が整理できるだろう。それは間違いない。

 私がもう一度深く頷くと、下姉ちゃんはわざとらしく微笑んで、

 

「――――――復唱しなさい」

 

 え゛?

 

「……あの、要約しても?」

「今、なんと?」

「復唱は無理です……」

 

 ある程度譲歩は欲しいんだけれど、下姉ちゃんはかなり微笑みを深くして……あ、コレ蔑みのやつだ。

 理不尽なこと吹っかけておいて勝手に失望ってそりゃあないでしょ。

 

「覚えていないのですか」

「……無理です」

「分かっていました。……ならば要約して述べなさい」

 

 ……分かってたなら期待したり失望したりするフリはやめて欲しい。心臓に悪いし。

 まぁ、今の話を私なりの言葉に置き換えると……、

 

「えっと……”私は3秒待って考えて、もう10秒でそれが本当に正しいのかを検証する。可能である限りは他人に相談しなければならない。またその相手がどういう人でも、自分で口に出すことで、考えの悪いところに気付く”……って感じで……」

「……まぁいいでしょう」

 

 一応及第点だったらしい。国語のテストか。得意と言えば得意だったけれど。文系だし。

 満足した下姉ちゃんは、左脇に挟んだ衣服類から、一枚の布きれ、紐付きを取り出す。

 アイマスクだ。

 

「とりあえず、姉さんにこれを」

「うん」

 

 そう言われて、私は段を上って上姉ちゃんの側に寄る。右手側。そしてアイマスクを装着。

 

「仕方ないので起きてもらいましょう」

「あ、目を開けたらマズイんだね、今」

「そういうことです。寝起きは蛍光灯でもかなり辛いと思いますから」

 

 下姉ちゃんは頷くと、私と同じように段を登り、私と反対側の位置にしゃがみ、上姉ちゃんの頭に手を添えて呼吸器をなるだけそっと引き抜きにかかった。

 

「……う、ぉぐぇ、――――――はぁ、……」

 

 呼吸器が抜けていくに従って、上姉ちゃんがえづきながら、右手で”修復槽”の底をタップした。パチャパチャとした水音が響く。

 喉から異物が引き抜かれるっていうのは、なかなか辛いものじゃないかと思う。吐き気とかしそうだし。

 抜き終わると、

 

「おぇっ……はぁ……ふぅ……はぁ……、あ?」

 

 吐き気を少し催しながらも、自発呼吸に切り替わって……目が覚めたみたいだ。

 それに下姉ちゃんは、

 

「姉さん」

 

 声を掛けると、上姉ちゃんは夢うつつと言った感じで、

 

「……アッコ?」

「神通です」

 

 反射的に本名で呼んでしまったのを下姉ちゃんが諌める。

 それで少し意識がはっきりしたのか、上姉ちゃんは首をぐりんと回し、

 

「……ああ、ごめん……神通。目が見えないんだけど、なんでかな……」

「アイマスクです」

「そっか……あ、なんか顔に着いてると思った……目が焼けてダメになったかと……」

 

 上姉ちゃんは寝起きということもあってか、受け答えに覇気がない。いつもこんな感じだったっけ、と思ってしまう。いつもは元気になってからベッドを出て来ている、ということなんだろうか。日が落ちる前に実はもう目が覚めてて、充電してからドジャーンと登場、みたいな感じで。……よく考えると、自分の姉なのに生態がよく分からないってのは不思議だと思う。……違うのかな、上姉ちゃんが意図的にそういう弱さを見せないようにしているのかもしれない。

 

 私はとりあえず声を掛けるとして、

 

「上姉ちゃん、大丈夫?」

 

 なぜ、とは問わないことにした。それは今聞いても、なんだか、というか。

 自殺未遂した人に、なんでこんなことをした、ってすぐに聞こうとするのは酷だと思う。

 ……私だったら、かなり辛い。

 

「あー……那珂もいるんだ。うん、大丈夫。……ってか、ごめん。迷惑掛けてさ」

「気にしなくていいよ」

 

 こうして気安く話せるなら、多分大丈夫だと思う。今のところは。なんであんなことをしたのかの理由は知りたいけれど、それでこの空気を重く沈めてしまうのは嫌だ。

 上姉ちゃんは少し乾いた感じだったけど、カラカラ笑って、

 

「すまねえすまねえ、っと。で……えっと、ここさ、”ドック”? だよね?」

「はい。それで、寝起きで申し訳ないんですが……シャワーを浴びていただきたいんです」

 

 質問に答え、下姉ちゃんがお願いする。

 すると上姉ちゃんは首を傾げて、

 

「……今、この中身って水になってんじゃないの?拭くだけでいいんじゃ?」

「そうなんですが……」

 

 と、下姉ちゃんが言いかけた、と思ったら私に視線をいきなり寄越した。

 

「え?あの……」

「ん、那珂?何?」

 

 私が思わず出した疑問符に、上姉ちゃんは見えてないから理由が分からず反応してしまった。

 混乱させっぱなしは申し訳ないので、というかフツーに今の状況が申し訳ないので、正直に。

 

「……あのね、私、”修復槽”の水を抜こうとしたんだよね」

「おう」

「でも、上姉ちゃん、皮膚とか髪の毛とか全部生え変わっちゃってさ」

「え?髪の毛までゴッソリ?」

「うん。角質とか、抜け毛とかべっとり着いてる」

「言われてみると……なんかやな感じだね、確かに」

「それで、水を抜こうとしたらさ、……詰まらせました……」

「あー……マジか」

 

 私がちゃんと説明すると、下姉ちゃんは無表情にうなずいた。……一応、過不足ないということで良いよね?

 そして下姉ちゃんが話を引き継いで、

 

「拭き取るだけでは取り除くのが難しいので、いっそ起きていただいてシャワーを、と思いまして」

「ああ、うん。とっとと浴びたい。……うっわ、触ってみると髪の毛べたぁーって付いてるんだね、マジで気色悪いなぁ」

 

 上姉ちゃんは自分の肌をペタペタ触りつつ、指に引っかかる髪の毛、角質の固まりにうへぇ、という顔をしている。

 

「ホント、すみません……」

「あー、いいからいいから。元はといえば自分が招いた事態だし、担ぎ込んでもらった身で文句なんか無いよ。みんなにお礼参りしないとね」

 

 ……ずいぶんと、あっけらかんとしている、と思う。

 死にかけるような事態に自分をブチ込んでおいて、恐ろしいくらいに。

 さっき、多分私は上姉ちゃんに……失望した、のかもしれない。けれど、今はそう思ったことを忘れそうなくらい、目の前の上姉ちゃんはいつもどおりだ。

 どこか取り繕っているフシが無いかと、探してしまうくらいに。

 

「さって、起きるか……」

 

 上姉ちゃんはそう言うと、”修復槽”の縁に手を掛けて立ち上がる。下姉ちゃんと私は段を降りた。

 そして上姉ちゃんはアイマスクの下の方を右手で少しだけ引っ張って、

 

「眩し……よく見えないけど……こうか」

 

 底と縁の高さに見当をつけて、足を持ち上げた。縁に足先を掛けて、一気に体を持ち上げる。

 そして、縁の上で……なんか腰に手を当ててポーズ。

 

「なんだっけ、生きているからラッキーだ……うん、それだ」

 

 いやその。

 葉っぱ一枚もないのにそれは……。

 にしても、高さがあるから視線が、ね。

 ……本当に白いなぁと。どことは言わないけどさ。

 

 で、取り繕っている感じだけれど。

 そんなの全く見えない。むしろいつもよりハッピーな感じとしか……。

 なんで自殺未遂してこんなにポジティブなんだろう。

 

 私、このひとには絶対敵わないと思った。

 

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