島風ちゃんは考えるのをやめた   作:黒灰

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初めての性的衝動

 それから、上姉ちゃんは“ドック”据え付けのシャワーを浴びて……抜け落ちた髪と皮膚だったものの塊を洗い流し、服を着た。

 上姉ちゃんは黒が好きで、服はいつも決まってオールブラック。ちなみにコーヒーもいつもブラック。

 久々の白い髪、レイバンカラーのサングラスに……黒のロンT、ブラックジーンズ。

 いやもう……これでもかってくらいビジュアル系。服はカジュアルなのに、本人の素のビジュアルが。

 

「いやー、スッキリした。それにしてもお肌スッベスベだ。別に普段気にしてないけどさ」

 

 いつもの不敵な笑顔を浮かべながら、バスタオルで髪の残りの水分を拭き取っている。

 こんなキューティクル抜群の白髪はなかなか見ない。どんなに気を遣ってても、脱色したらどうしても髪は荒れるものだし、お年寄りは言うまでもなく……だ。

 

 そう考えてみると、うちの両親って髪……それに他の美容に関してもかなり頑張ってるなぁと思う。

 お父さんはまさにロマンスグレーって感じ。

 娘の私から見てもかなりイケてるオジサンだ。ちょっと天然なダンディ。

 お母さんは……そういえば白髪染めとかしてた記憶が無いけど、いつも綺麗な黒髪だったなぁ。

 ……最後に顔を合わせたのが、私が普通の人間だった最後の……”あのとき”だっていうのが、ちょっと切ない。

 裁判では、会えなかった。多分、関係各所との調整やらなにやらで忙しかったんだと思う。

 思えば……現役の艦娘が、人間として表の社会に一時的に戻ってくる。

 これは多分初めての事態で、きっと大変だったんだろう。

 

 こうして考えてみると、私……これからとんでもないことをやろうとしている、というか、阻まれたのか。一応。

 坂神さんもキツく言ってくるはずだなぁ。

 

 内心少し落ち込んできたから……あえて私から話を振ってみようか。

 姉妹のお喋りは楽しいし。私達は仲良しな部類だから、幸せなんだと思う。

 で……まぁ、妥当な話題としては、

 

「久しぶりに見るね。上姉ちゃんの地毛」

「そうですね……定時制に行き始めてから、でしたよね。黒染めは」

 

 上姉ちゃんはバスタオルで髪をわしゃわしゃする手を止めて、

 

「あー、そっか。……そうだよね。でも軍大学入る時にぶっつけ本番、ってならなくて良かったなぁ。今思うと」

「地毛ってことで……通るもんじゃないの?そういうのって」

 

 あれ?と思ったので隣の下姉ちゃんにも視線を投げてみる。

 下姉ちゃんは少し考えて、

 

「生来の髪色とは言え……流石に軍大学では、指導が入ったかもしれませんね」

「うん。まぁ仮にも軍だしね、学校とは言えさ。学生だって見習いっつっても軍人の端くれ。エリートだけどね」

 

 そういうもんなんだなぁ。まぁ、公務員だし。

 しかもメッチャクチャ厳格な公務員って感じだから当然なのか。

 そう思っていると、

 

「那珂も……すげー色に染めたよね、一回」

「……ああ、そう言えばそんなことも。確か……3年生の時の夏休み、でしたか。あれには言葉もありませんでした」

 

 ……あの時のことか、とすぐに思いつく。というかその一度だけしか染めてないし。

 言葉もない、ってことはまぁつまり、

 

「……そんな酷かった?」

 

 二人共うんうんと頷いて、

 

「うん。ありゃヒドかったね」

「まるでクズの着いたボビンのような頭でした。赤いボビン……」

「まぁ……確かにそうだったけど」

 

 そう、若気の至りで……よりによって赤に染めたことがある。

 経緯は、というと……専門学校に入ってしばらくして髪を切ったのだ。ボブくらいまで思い切って。

 そのまま調子に乗って髪をブリーチ、赤に染めた。

 

 でも結局、私が髪に関してかなりぞんざいだったのもあって髪がかなり荒れた。酷いもんだった。

 ブチブチ髪が切れて、部屋に赤い糸クズがパラパラと。

 拾ってみると……まぁ嫌な感じに変質してて、これが私に生えてたのか、と思うとかなり気が滅入った。

 それに懲りて、髪染めはもう止めた。

 後は伸びるに任せて、ただあんまり長いと面倒だからセミロングで維持。

 で、艦娘になってからは”那珂”としての髪型に合わせて……長く伸びたのを放置、ってところ。

 

「にしてもさ」

 

 上姉ちゃんの言葉でハッとなる。顔を上げて、

 

「なんで赤だったの?」

「えーっと……」

 

 口ごもっていると下姉ちゃんは、

 

「それも、こ汚い赤でした」

「こ汚いはちょっと……」

「事実です」

 

 いや事実だけどさ。

 ……染めるは染めるでも、赤にした理由なんて、一つしか無いんだよね。

 恥ずかしながら、

 

「……私も憧れたわけです、”透明少女”」

 

 と、言ったものの、別にイントロが始まるわけではない。MCじゃないんだから。

 それで上姉ちゃんはピンと来たらしく、

 

「わぁお、早速履修した知識が役に立ったぜ。……でも”早足の男”がいる気配はなかったけどなぁ」

「そこは……えっとぉ……」

 

 まぁ、その、ズタズタの髪の女には誰も寄り付かなかったんです。……というのは恥ずかしい。

 ……のに、

 

「ボビン頭に言い寄る男が居なかったのですから、いい学校ですね」

 

 なんでそこでにっこり笑うのか分からないなぁ、下姉ちゃんは。

 しかも私が言い兼ねたことをあっさり当ててくるし、でも私の行ってた学校を褒めるってのは皮肉が大部分だとしても珍しい。

 

 こう言ってはなんだけど、下姉ちゃんは古い考え方をしていて、結構学歴を重視する人種。

 だから専門学校に行った私をよく思っていなかった。両親より強硬に反対していたのが下姉ちゃん。

 私のような人間こそ大学に行くべきだ、という考えらしく。

 これを姉妹愛として捉えるなら……学歴が私を守ってくれるってところか。

 

 ……けれどあんまり下姉ちゃんが電話でこき下ろすもんだから、かえって両親は私の肩を持っちゃったわけで。

 それで最終的にはつつがなーく専門学校へ進学したんだけど。

 ついでに私の入学寸前の春休み、軍大学からうちに帰ってきたときは……二人称が”クズ”だった。酷い。

 

 でもまぁ、私だし。……ダメ人間の私なんかだし。

 大学に行ってもこうしてドラマーになってたか、あるいは本当に半端な人間になってたか、そんなところ。

 大して人生に変わりはない気がする。

 

「まぁ、私の話はいいから。でも、日が落ちるまでまだしばらく掛かりそうかな……」

「日も長くなってきましたから……姉さん。外に出るなら”梱包”しますけれど」

「あー、いや。起きてる状態でそれやられるのはチョイと嫌だなぁ。寝てたら文句ないけど、もう目が冴えちゃってるし」

 

 ”梱包”というのは、日の光に弱い上姉ちゃんを完全防備……というか、布とかで包んでしまうこと。まんまだ。

 それで、私達が担いで運ぶのである。

 

「座ろっか。んで駄弁って日没を待とう」

「それじゃあそういうことで……」

 

 三人揃って、使われてなかった”修復槽”3つの縁に並んで座る。向かい合うにもちょうどいい椅子がないし。

 私が真ん中で、上姉ちゃんは私の右で入り口側、下姉ちゃんは左で奥側。

 座ってすぐ上姉ちゃんは、

 

「煙草……は、まぁダメか。こういう時にこそ欲しいんだけどさ」

「まぁ基本的に屋内は禁煙だし……」

 

 あー、と言って上姉ちゃんが足をパタパタさせる。

 確かに、私だって今日はまだ吸ってないし一本行きたいところだけれど。

 姉妹で唯一非喫煙者の下姉ちゃんは憮然として、

 

「たまには吸わないのもいいと思いますが。二人共吸いすぎです」

「健康被害無視できるからいいじゃんかよー、ねー那珂」

「私達、体丈夫だしね」

 

 艦娘の体ってのは便利だ。肺活量とかもかなり上がった気がする。

 本数は減ってないのに全然影響を感じない。だから結構楽観しているわけで。

 でも下姉ちゃんはその返事でもご不満らしく、

 

「……退役したらどうするんですか。人間に戻る、はずなのですから」

「そんときはそんときだ。今は今を楽しむもんだって。死なないように気張りはするけどね」

 

 ”死なないように”……という言葉で空気が止まった。それに全員が気付いている。

 それを破って、

 

「んで、まぁ……なんで私がこんなことしたか、話しとこうと思う」

 

 上姉ちゃんを見ると、足を組んで膝に肘をついていた。

 横顔が見えるから、目を見ると……少し、虚ろだった。

 

「……自殺に見えたろ、私がやったこと」

 

 ……答えろ、と言っているけれど。言えるはずなかった。言いたくなかった。

 下姉ちゃんも同じみたいで、押し黙っている。

 

「うん。まぁ、見えたんだよね。フツーはそうでしょ。……”改造”されて昔に増して日光がダメな体になった。あれくらい日向ぼっこしたくらいで……全身が火傷みたいになってたんでしょ。……私が”改造”に頷いたのは、そういうのが治せるかもしれない、って甘い言葉に乗ったからだった。那珂には言ったこと、あったよね」

「うん」

「……私もさ、”普通”になりたかったんだ。”普通”なんかにはそっぽ向いて生きるのが正しいと思ってて、少なくとも私にとってはそのはずで、でも……”普通の体”に憧れてた」

 

 ”普通”って、何。……それすら言えなかった。それほどに、重かった。

 人と違うことを誇って生きている人だと思っていたし、多分今この瞬間だってそうだと思う。

 でも、やっぱり、上姉ちゃんも”人間”だったんだと、今……この上なく”納得”している。

 相槌すら打てない。

 上姉ちゃんは続ける。

 

「黒染めだってさ……本当は心底やってみたかった、だからやった。目立たないほうが良いだなんて言い訳つけてさ。地毛だって嫌いなわけじゃない。でもさ、持ってないものは欲しくなるんだよ。自分らしさなんて関係ない。十分私は自分らしく生きてきてた。幸せに生きてこれた。お父さんやお母さん、みんなのおかげで。でも私は欲張りでさ、黒い髪も欲しかった……」

 

 白い髪の上姉ちゃんが、俯いている。顔は……右にそっぽを向いているから窺えない。

 

「染めた時に鏡の中の自分を見て、あんた達と姉妹なんだなって、心底納得できてさ……嬉しかった」

 

 はは、と笑うその声は、聞いたことがないくらい弱々しい声で……、それで今ようやく理解した。

 上姉ちゃんは……弱音を吐いているんだって。

 

「そもそも分かってはいたよ。自負だってあった。私はいつだってあんた達の姉だった。けど、やっぱり一番それに納得できたのは……この髪が、黒くなったときだったんだよ。たかが髪の色くらい、どってことないことのはずなんだけど、なにかが違うんだよ。なんか変わったんだよ……」

 

 ……鼻をすする音。泣くところを見るのも珍しい。

 昨日は、ただ涙を流していただけで、泣いているのとは少し違うように見えたから、だと思う。

 でも、やっぱり泣いていたんだ。

 

「ずっと”普通”に憧れてたってことを、昨日また思い出した。……”OMOIDE IN MY HEAD”は、すげー曲だった。すごくて、”普通”の曲だった。”普通”を歌ってた。でも、私は見れなかったんだよ」

 

 ……あれは、それこそ思い出と感傷の歌。

 夜を明かして朝を迎える歌。黎明の中を歩く歌。

 だからこそ、上姉ちゃんはそれを……”普通”の風景だって理解はしていても、同じように体験することは出来ない。

 そう、

 

「眩しくて、見えない風景なんだよ。朝日の白い眩しさや、白昼夢の色とか、気が狂いそうな青空も、センチメンタル通りも。なんで私は見れないんだよ、って思った。……どういうことだったか、もう分かったでしょ」

 

 確かに、分かった。

 上姉ちゃんは、自分には見えないと分かっていて……その風景を探しに行ったんだ。

 見えないものを探しに、悔しくて、それでも諦められなくて。諦められなくなって。

 

「ムカついて、私も白く眩しい朝日が見たかったから……太陽の馬鹿野郎って言いたかったから……私はあんなことをした……だから、自殺ってわけじゃないんだよ」

 

 そして、上姉ちゃんは胸一杯に息を吸うと、震えながら、

 

「まぶしかった……本当に、まぶしかった……気が狂いそうなほど、まぶしかった……」

 

 子供のように泣き喚きたいのを押し殺して、それでも漏れ出す嗚咽。

 私は、それを……”理解できる”なんて言っちゃいけないと思う。絶対に。

 同じアルビノの人だって、理解できないだろう。

 

 それに、その”まぶしかった”の意味はきっと語られることはないんだろう。

 けれども、痛いほどに”なにか”が伝わってきた。

 恋?憧れ?喜び?悲しみ?いや、あえて語ろうとしても、きっと違うなにかになってしまう。

 だからきっと、”まぶしかった”……その言葉のままであるべきなんだ。

 

 上姉ちゃんは、大きくしゃくり上げて、鼻を一層大きくすすると、

 

「そんでさ……それを歌ったやつが、カッコいいと思った。心底惚れた……」

 

 ……えっと、え?

 それは、もしかして。

 下姉ちゃんに続いて、”また”?

 

「画面の向こうの、あの男に惚れたよ。自意識クソみたいに肥大して、粋がってて、イっちゃってる目して、こっちを睨んでる。でもなんか、そこに……普通の兄ちゃんが……”男の子”がいた。どうしようもなくカッコよかった」

 

 思わず左の下姉ちゃんを見た。

 ……もらい泣きしていたらしくて頬に涙が伝っていたんだけれど、表情はポカンだ。

 私が見ていることに気付くと、表情を引き締めてこっちを睨んできた。いや、そんな怖い顔しなくても。

 それはいざしらず、そっぽ向いたままの上姉ちゃんはしみじみとしたトーンで続けて、

 

「私は、この男に抱かれたいって思ったよ。初めてはこの兄ちゃんが……いや、今はオッサンなんだろうけど、関係ない。私の処女をこの男にくれてやりたい……こんなこと思うの初めてだ。てか私、今年何歳だよって……28にもなろうってアラサー女が今更初恋で、しかも十何年前に撮られた映像の中の男、しかもバンドマンに惚れるとか……馬鹿かってね」

 

 つまり……うちの姉2人はこうだ。

 二人共、絶対に結婚できない相手に懸想しているわけです。

 うわぁ、と思っていると、

 

「那珂」

 

 いきなり上姉ちゃんがこっちを向いた。顔は涙で濡れているけれど、表情は……真顔。

 

「え、何?」

「向井は結婚してたっけか」

 

 ……なんで聞くかな、そんなこと。

 でも……向井、その辺謎なんだよなぁ。

 とりあえず言えることとしては、

 

「配偶者いるかどうか非公開だし、マジでなんにも分かんない……はず。結婚してる説も出てたと思うけど……」

「ふーん……」

 

 それだけ言ってみたけど、上姉ちゃんは考えモードに入った。

 そしてしばらくすると、

 

「私の退役後が決まった」

「え?」

「え?」

 

 下姉ちゃんと私の声が揃った。当然、どちらも疑問の声。

 それに機嫌を良くしたのか上姉ちゃんはいつもの不敵な笑みで、

 

「ベーシストになるよ、私は」

 

 いや、マジで?遅咲きも遅咲きすぎない?

 確かに初心者にしては上手いけれど……同年代のプロと比べると当然技量なんかは全く及ばないわけで、

 

「私は本気でベースをやるよ。……誰にも負けないようなベースを弾く。どーせ退役したら暇なオバサンだしさ。オバサンなめんなってね」

 

 それでも……”本気”となれば話は別かもしれない。

 なにせ、私の姉だ。夜しか活動できない代わりに完全上位互換。

 私の”本気”は典型的な追い込み型だけど、上姉ちゃんと下姉ちゃんは最初から最後までスピードが衰えない。

 スランプの一つや二つ、あるいは三つ四つがあるにしても、それでも力づくで這い上がるだろう。

 私の場合は、スランプの壁は気がついたら登りきっている感じだけれど。

 だから……退役後の暇な時間と金を注ぎ込めば……あるいは、と言ったところ。

 きっと長生きも出来るだろうし、何よりアルビノという身体的特徴はビジュアル的に映える。

 でもまぁ一応、とりあえずプロの先達としては、

 

「どういうジャンルがやりたい?オルタナ?」

「ZAZEN BOYSに入りたい」

「え何聞こえなかった」

「ZAZEN BOYSに入りたい」

 

 ……この姉、何言ってるんだ。

 そもそもBOYSでしょ。

 それにいつ退役するかに関係なく、もう上姉ちゃんはGIRLという年でもないし。

 

「別にBOYSん中にオバハン一人混じっててもいいでしょ」

 

 言いやがった。

 

「んで、向井とワケアリになる。不倫だろうがそうじゃなかろうが最低でもワンナイトラブまでは持ち込む」

 

 絶対それが主目的でしょうが。

 

「つーわけでまずライブがやりたい。那珂、あんたのバンド、ライブやるでしょ。前座やらせろ」

 

 つーわけって……ええ─────!?

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